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私 : 天皇陛下 が昨夏、 退位の意向を示唆する「お気持ち」を表明して以降 、 政治 は大きく動いていて、 与野党は特例法制定でまとまり、政府は今国会に法案を出すというところまできた ね。
この問題は、このブログでも以下のようにとりあげていたね。
「退位問題に思 う 天皇制と民主主義の矛盾」 、 「天皇と『公務』」小熊英二氏:「生前退位、明確な基準必要」木村草太氏 、 「退位のルール」元最高裁判事、東北大学名誉教授・藤田宙靖氏のインタビュー:高橋源一郎氏寄稿・「皇居で考える」 、
A 氏 :「 皇室典範」に天皇退位の条項を入れることについては違憲でないことは共通 しているようだね。
私 :問題は、この 原武史 氏のように、 退位の意向を示唆する「お気持ち」を表明してから、 急に政府が動きだ し、 国政を動かしているのは、いまの憲法下で、天皇は国政に関与できない はずなのに、 関与したことになるという見方 が強いね。
A 氏 :本来は 天皇を規定するはずの法が、天皇の意思で作られたり変わったりしたら、法の上に天皇が立つことになってしまい 、 天皇の意思が現実政治に影響を及ぼしたことになるということで憲法違反 になってしまうね。
私 : 憲法は天皇の地位を「国民の総意に基づく」と定めている のだから、 あらかじめ国民の中に「天皇の年齢を考えると、そろそろ退位してもらい、皇太子が即位した方がいい」という意見 が広がり、 その国民の「総意」に基づいて、天皇が退位するという過程 をたどるべきだという。
A 氏 :しかし、 原 氏は、それが 現実には難しかった ということもわかるとして、 国民の中に、天皇に対する『おそれおおい』という感情は今も根強くあ り、さらに、各地の被災地やかつての激戦地を訪れる 天皇の姿に、尊敬の念が増していることもある とう。
原 氏は、 政府が天皇の内意をくみとり、自発的に動いていればよかった と思うといい、少なくとも、 天皇の意思がこんなに露骨に政治を動かすという事態は避けられた という。
周囲や政府の責任は大きいと指摘 している。
私 : 摂政案 もあったが、 天皇本人が強く反対した という報道もあった。
大正天皇 の時に、 皇太子だった後の昭和天皇が摂政になった が、この結果、 大正天皇 はいわば 押し込められ 、しかも 宮中は天皇側と摂政側に大きく割れてしまい 、 今の天皇はそれを知っていて、摂政案を拒否した といわれている。
A 氏 :「 お気持ち 」には、 敗戦翌年の1946年元日の昭和天皇による「人間宣言」と「相互の信頼と敬愛」が重なるなど共通点 があり、 引き継いでいる と、リベラルといわれる人からも 高い評価 があったという。
A 氏 :しかし、 原 氏は、 昭和天皇の「人間宣言」 は、たしかに 詔書で「現御神(アキツミカミ)」であることは否定 したが、「 昭和天皇実録」の当時の記述 を読むと、 昭和天皇は「神の裔でないとすることには反対である」という意見 だったとあり、つまり 天皇本人は天照大神の子孫であることを否定しておらず 、 万世一系イデオロギーを継承している という。
私 : 原 氏は、それより、 45年8月15日の昭和天皇による終戦詔書の朗読 、いわゆる「 玉音放送」との比較にこそ意味がある という。
本土決戦覚悟 が、 いったんあの放送が流れるや、圧倒的多数の臣民がそれを受け入れ 、だからこそ、 速やかに戦争を終えることができた と指摘する。
A 氏 : 昨年7月にNHKの「お気持ち」の第一報 が流れるまでは、もし国民の誰かが「 陛下ももうお年なのだから、そろそろ皇位を皇太子にお譲りになって引退されたら 」などと言おうものなら、それこそ「 身のほどをわきまえない無礼者 」とのそしりを受けた可能性は大いにあっただろうと 原 氏はいう。
私 :ところが、いったん 天皇からその意思が示されるや、圧倒的多数の国民が受け入れ 、 これが天皇と国民との関係 で、 この点で、45年8月と現在は変わっていないと原氏は指摘 する。
この点、 「退位問題に思う 天皇制と民主主義の矛盾」 で、 佐伯教授 がいうように、 日本の天皇 は、あくまで世俗的な征服王朝から始まった 英国流の君主 とも違い、 おそらく世界(先進国)には例を見ないもの であろうとし、 天皇を抱く日本の歴史的な「国のかたち 」と 戦後の民主主義や西洋流の立憲主義の間に齟齬が生じるのは当然 で、この齟齬を全面的に解決する方策はないが、 天皇の退位問題を通してわれわれが見るべきものは、こうした困難な事情ではなかろうかという指摘 はあたっているように思うね。