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私 : 片山杜秀 氏は、 1980年代にオウム真理教が成長していく背景を 日露戦争後の1900年代と比較 しているね。
日露戦争 の勝利で維新以来の右肩上がり志向も一段落 し、 若者は何をしていいか分からない閉塞感が漂う のを 石川啄木は敏感に論じた「時代閉塞の現状」 を書いたのは 1910(明治43)年。
一方、 高度経済成長も一段落した1960年代の昭和の終わり にも、 やはり若者の鬱屈をオウム真理教は吸引して成長 し、 文明は行き詰まっている! 人間自体が変わらねば! 理性ではなく霊性や 超能力 を問題 とした。
オウム真理教はもともと殺生を禁ずる仏教をもとにしていたが、その一派である阿含宗(オカルト)の考え から出ていて、 ヨガ道場を皮切りに麻原は独自の考えを発展させ、いわゆるキリスト教の一神教の終末思想のように、倒錯した世界観を形成 させる。
A 氏 : 実は啄木の活躍期も、千里眼や念写のブームと重なっていた。
右翼 革命家 、北一輝が『国体論及び純正社会主義』(『北一輝思想集成』所収、書肆心水・7452円)を著したのは明治39年。
そこで北は、天皇の霊性に照らされた日本人が人類から神類にすぐ進化しうると説き、ダーウィンの進化論 を応用した疑似科学的記述がいっぱい。
大正に入ると世間では「手かざし」による病気治療や特殊な食事による体質改善が流行し、閉塞と超能力の時代は明治末・大正期にもあった。
御船千鶴子 ( 1886-1911 ) は透視能力者で、日露戦争で軍に関する予知を命中させたり、当時の三井合名会社からの依頼で透視を行い万田炭鉱を発見し、現在にすると約 2000 万円 の 報酬 を得たりしたという。
長南年恵( 1863-1907 )は 大人になってからも肉体、精神ともに子どものようだったといわれており、何もない空中から水を発生させることができ、その力で心霊医療を求める人が後を絶たず、無免許による医療行為で逮捕されたが、裁判中に空気中から水を取り出す実演をすることで最終的には無罪の判決 が出ているという。
私 : だが、 疑似科学はじきに見破られるし、それでも似た真似を続けるとすれば「ごっこ」にならざるを得ない。
「遊び」と「本気」の違いは、やめられるのが「遊び」で、「いちぬけた」となり、無責任、刹那主義、思いつきとなり、昨日千里眼 、今日手かざし、明日断食という具合 。
かくして「ごっこ」も短命に終わりそうだが、そうならないときもあり、「ごっこ」の内部で非常時を演出し、外部に敵を作って内部の凝集力を強め続けられたとき。
麻原は、教団が外部から毒ガス等で攻撃されていると主張し、信者に危機意識を植えつけ、カリスマのもとで敵に向かって結束。
世の中からはみ出ているというコンプレックス の共有が、内部の一元化・同質化と、外部に対する攻撃性を相乗的に高める。
この回路が働き出すと容易に止まらず、「遊び」が「本気」に化ける。
1930年代のファシズムの本質 はそれ。
教団ぐるみで起きることは国ぐるみでも起きる。
A 氏 : 麻原がオウム真理教 を設立してから死刑になるまで31年。
北一輝が「国体論及び純正社会主義」を刊行して右翼のカリスマとなり死刑になるまで、やはり31年。
最初に異常な何かとして現れたものが装いを変えて一般化するのに程よい長さ なのかもしれず、 北は2・26事件に連座して銃殺刑に処せられた が、 そのとき北の夢見たファシズム的体制は日本国家によってかたちにされつつあった。
オウム真理教のファシズム的性向を、閉塞する現代日本は無意識になぞっていないか と、 片山杜秀 氏は 指摘 する。
私 : しかも、 オウム真理教はテロの高度科学技術化という点では世界史的に突出 。
戦前の右翼テロは刃物や拳銃 で、 戦後の新左翼のテロも手製爆弾 だが、 オウム真理教は化学兵器を都心で使用し、国家と見紛う武装を民間でなした。
もしもオウムとドローンが結びついていたらと、ポスト・オウム時代のテロへの想像力 がふくらむ。
片山 氏は、 「 オカルト、ファシズム、テクノロジーのトライアングルとして、オウム真理教が改めて見つめ直されるべきだろう。同じ穴に落ちないために」 という。
オウム事件の謎 はまだ深いね。