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w能登初日は、七尾城山、和倉温泉、能登島、宿泊。そして二日目は、輪島朝市、千枚田、南志見、宿泊。三日目の今日は、能登半島最北端を巡る。日本海の荒波。奇岩、窓岩、塩田、禄剛崎。北にむかうほど、山や、崖は崩れ、川は荒ぶり、海岸は隆起し、痛々しい姿を現す。
2026.05.05
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きのうは、節分 旧暦の新年。いわしを食べて 巻ずしを丸かぶりしキラキラ光る星たちに願いをたくしました♪ そして きのう大きな決断をしました いざ現状から動くとなると損得勘定や 動くことの不安いろいろでてくるのですが 自分はこれから どうしたいかそしてどうありたいか それだけを大切にしようと思いましたそしたら すっきり♪ 決めたら あとは 迷わず ご~~~☆ ●今から20年後、 あなたはやったことよりも やらなかったことに失望する。 ゆえに、もやいを解き放て。 安全な港から船を出せ。 貿易風を帆にとらえよ。 探検せよ。 夢を持ち、発見せよ。 マーク・トウェイン自分を解き放ち、安逸から抜け出で風を感じ それを力に変えて、目指すものを探しに。 こころとからだが 動くことの限りない恵みを感謝して~ 今日も素晴らしい一日のはじまり~☆
2011.02.04
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能登に足を踏み入れるのは、二十歳の一人旅以来で、能登かつら崎ユースに連泊して以来だ。ここの海に出会い、固く閉ざされた心は、解放される。ペアレントさんの人間力に触れたことも大きい。その時の海は、今も心のなかで輝いている。そして今回の旅。曇りから激しい雨となる。また、違う能登を感じる。今日は、朝市と、千枚田、地元の方との交流。楽しみだ。
2026.05.04
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つまりジタバタしない。なるようになる。そのままに任せる。なるほどなぁと。先日行った生駒のあじさい園。その山道でおしゃべりしていた。「脚の調子はどう?」「いや、イマイチ。3週間前、ランの帰りから、脚が痛くて走ることができない。」なんどか、走ろうとしたが、100メートルも走ることが出来ない。もやもやするが、どうしようもない。そして、同じような症状の人の話を聞いた。やはり、長距離を走る人。その人もあらゆることを試しているが、一向に治る兆しがない。その人が、先輩で治ったという人に聞いたには、「何もしないでいると、数年で治っている」そうだな。それだな。私もテニスで、肘、肩が痛くてどうしようもなくなり、続けていたテニスをやめた。そして、マラソンに転向。そうしたら、いつの間にか数年で肩や腕の痛みはなくなっていた今回は、中臀筋、小臀筋のまだその奥の痛みから、左足全体に痛みが広がっていて、なかなか治らない。なにか、良い方法はないかといろいろ試しているがひどくなるばかり。やはり、とどのつまり、何もしないことか。そうだな。と。走れなくても、歩けるし、山道は歩ける。いまは、いまできることを楽しめばいいのだろうな。
2024.07.02
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そうそう、この「視線を感じる」という文章が、先日ポンと消えてしまったんだ。本人は見えないので、顔のあざは、お風呂へ行っても出かけてもあまり気にしていない。ただ、レーザー照射後の、ダウンタイムというものがあり、その回復期間が大事だと、施術後に知る。ほんと、行き当たりばったり、なんでも勢いで突き進むところがある。今は、両頬がすごいことになっている。真っ黒と赤が混じっていて、やはり人の目を引くのだろう。一瞬、顔の一部に相手の目が止まる。あまりのすごさに気になるのだろう。人は異物に敏感だ。当然だろう。私は、あまり人に関心がないので、・・いいのかわるいのか・・わからないが。人をあまり見ない。知り合いはたいてい、向こうから気づいて声をかけてくれる。ありがたい。というか横柄なのかもしれない。でも、そのぐらいが私は生きやすい。そして、知り合いは、なんとなく全体の雰囲気で認知できる。話しがそれた。1週間くらいは、顔にテープを張ったこの状態が続くらしい。なるべく、髪であざを隠し、下を向いて歩いている。レーザー後の回復期間・・ダウンタイムというらしい。そのダウンタイムのことを今頃調べる。我ながら泥縄だなぁ。。汗をかくのは、よくないらしい。ありゃ~~~。しっかりサウナに入っている。朝ランもしちゃった。アウトドアもだめらしい。でもいっぱい予定を入れてしまっている。帽子と眼鏡、マスク、でなんとか日差しを遮るしかないなぁ。だいたい、この紫外線が強くなる時期に、施術はお勧めじゃない。そうなんだけど、やろうと思ったら止まらない。なんとか、予後がよいように祈るばかりだ。まぁ、全部自己責任。ごめんよ、顔よ☆
2026.04.28
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最近、私のブログの中の初期のころに書いた「未来日記」というのが読まれていて、履歴にアップされる。私も、内容を忘れている。そして、中身を読むと我ながら、なかなかいい。武田双雲さんが、おっしゃってたお話で、100歳までの日記を想像して書くというものだ。やり方は忘れたが、私流に理解した方法は、100歳の時は何をしているか。まず、その日の日記を書く。そして、90歳、80歳、70歳。その時の日記を順番に書いてゆく。書けるかなぁと思ってやり始めたら、今、一気に書き終えた。できるもんだなぁ。もう戦争も、争いも、エネルギーや、食糧、いろんな難しい問題は解決していて、みんなが愛にあふれている。AIとも折り合いがついて、お互いに理解し協力しあっている。家族も、友人も、近隣の人たちもみんなが幸せそうだ。それに、私も、どんどん元気になっている。科学と人々の努力で、病気や老化、いろんな問題が解明されてきている。こどもたちもエネルギーにあふれ快活だ。怖れは手放し、和を大切にし、愛を選択している。なんてすばらしい世界だ。書いていて、とても楽しくなった。求めよ。さらば与えられん。たたけよ、さらば開かれん。
2026.05.01
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昨日は、週に一回の独居高齢者のお買い物支援の日。90歳になるこの女性。なかなか可愛い。そして、私の未来を見せてくださっている素敵な人生の先輩だ。いつもの出入りの人は、月命日に来られるお寺さん。そして、月一のお花屋さん。農協のお金担当の人。何でも屋の電気屋のお兄さん。ヤクルトの配達員さん。新聞屋さん。近所の民生委員さんと向かいのご近所さん。いろいろ気にかけてくださっている。でも、普段は一人静かに表の部屋でテレビを見てらっしゃる。ところが、昨日、買い物に行って帰ってきたら、家の外もバイクや自転車などがにぎにぎしく並んでいる。家に入ったら、6人ほどの人たちがなにやらワイワイがやがや。その人たちの話を聞いていたら、ようやくわかってきた。近所の人たちが心配して、公的な機関に働きかけて、現状を調査してもらっているようだ。公的な人たちが3人。近所の人たちが3人ほど。奥におばーちゃんがいすに座って、取り囲まれている。家の中が片付いたと思っていたら、なんと、「買い取り業者」が大きなトラックでやってきて、家じゅうをあさっていた。らしい。それで、近所の人があわてて、問いただしたらしい。そうか、それで、玄関の戸が、急に変わったんだ。だれか悪い人に、また、ぼったくられたのか。。言葉が悪い。。昭和の古い玄関戸なのに、数十万かかったとおばーちゃんから聞いていたので。近所の人が、取り換えさせたらしい。変な業者が家じゅう入り込んでいた防護策。そして、食料品を冷蔵庫に片づけたり、お釣りを出したりしている間に、聞こえてきたのは、近所の病院の先生も来られているらしい。いろいろ厳しい、取り調べ調になってきた。お風呂は入っているのか。掃除をしているのか。先日のおむつはどうした?・・どうもお医者さんがおいていったらしい。でも、いやなので、本人処分した。という。今までも、何度も公的機関。介護保険の認定を受けるように促しても、いつもご本人、頑として受け入れなかった。今回は、人数で城攻め、包囲作戦にいたったのか。どうしても、詰問調になるので、おばーちゃんはいやなのだろう。長々私もいられないので、帰ろうとしたら、おばーちゃんわざわざ席を立って台所にいる私のほうに、仏壇に供えてあるヤクルトを持ってきてくれた。いつものお礼の印だ。有難くいただく。おばーちゃん、頑張って!と手を振って後にする。おあーちゃんも、手を振ってくれた。どうなるんだろう。がんばれ!! みなさんも、気にかけて集まってくださっている。有難いことだ。どうぞ、いい方法に行き当たりますように!!!
2026.05.02
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やはり、地震で、その姿は変わってもシンボル的存在だ。海の向こうに白い峰、立山連峰が浮かぶ。白い砂浜、青い海と空、海にポツリと浮かぶ小さな島。その右に、海の上に白い峰。美しい。2日続きの雨と嵐。最後にピカピカの晴天。深く傷つく能登半島。復興は、ゆっくりだが、歩みは着実だと感じる。
2026.05.06
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