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つい先日、大変丁寧に書かれた立て看板を見かけました。丁寧すぎて思わず笑ってしまいました。
2017.03.28
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”京都案内と合同練習” という大変大きなイベントを無事に終え、私も家族も随分と気が楽になりました。 翌日は奈良観光組と太秦映画村組の二組に分かれて観光する予定でした。ホテルで打ち合わせをした時に、私達家族は奈良組を案内すると告げておきました。効率良く回れるように観光ルートを調べたり、お食事をする時間や場所を考えたり、かなり綿密に計画を立てていました。 ところが、翌日の天気予報は強めの雨。残念ながら奈良行きは取りやめになり、フランスの皆さんはホテル近くのデパートやショッピングモールで最後のお買い物をすることになりました。 今回のツアーの代表者である私達の古い友人が、主人のお墓へ連れて行って欲しいと仰いました。貴重な滞在時間を主人のお墓参りに使っていただけるなんて・・・ 車でホテルに迎えに行き、主人が眠る大谷祖廟へと向かいました。雨は少し小降りになっていました。 「お父さん、フランスから会いに来てくれはったえ。 嬉しいね。 良かったね。」 お参りの後、笑顔で記念写真を撮りました。 お参りを済ませると直ぐにホテルへ送っていき、ホテル前で最後のサヨナラの挨拶を交わしました。 止んでいた雨がまた降り出しました。 3ヶ月前に娘のフェースブックへ入った一通のメール。この日を迎えるまでは、不安が半分、期待が半分の日々でしたが、どうにか無事に終えることが出来ました。 道場の人達にとっても、私達家族にとっても、またフランスの方達にとっても、素晴らしい思い出が作れたんじゃないかなぁと思っています。 主人が受けるべき恩恵を、今私達家族が受けています。ありがたく思っています。 ありがとう ありがとう お父さん。
2017.03.10
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車にプレゼントを積みこみ、一足遅れて体育館に向かいました。日はとうに暮れて、辺りはすっかり暗くなっていました。 体育館に着くや否や、指導員と子供達の元気な掛け声が聞こえてきました。 「えいーっ!」 「やーっ!」 「たーっ!」 主人が亡くなって丸13年。あの日から一度も聞くことのなかったこの懐かしい掛け声。 心が躍りました。 長男に至っては、道着を着るのは17年ぶりです。中学卒業までは、部活と私生活の武道を両立させ、中々立派な成績も収めてきました。物心付くか付かない内から、師範である父親に連れられての道場通い。自宅の前の道路や公園で、恥ずかしがりもせず父と子が練習する姿は、今でもはっきりと目に焼きついています。 その長男が、今ではもうすっかり小さくなってしまった昔の道着を着て、私の目の前で練習をしています。自然と涙が溢れてきました。 私の後ろで見ていた娘も、同じように涙を流していました。 桜 「お父さん、きっとここに居はるんやわ。お兄ちゃんの姿見てたら、お母さん急に涙が出てきた。天国からお父さんが降りてきはったんやと思う。」 娘 「私もなんか知らんけど、お兄ちゃん見てたら涙が出てきた。」 桜 「17年振りやのに、 お兄ちゃん やっぱりうまいなぁ。体がちゃんと覚えてるんやね。もう一度、始めてくれたらいいのに・・・」 娘 「私もそう思う。 全然鈍ってないし。 始めて欲しい。」 そんな母娘の会話を聞いていた現在の道場長の奥様が、「私も今ここに師範が居はると思います。 〇〇君の姿を見て喜んではると思います!」と言ってくださいました。 娘は父と兄を思い、私は主人と長男を重ね合わせ、暫くは長男の道着姿に見とれていました。 次男ですが・・・朝から三十三間堂・伏見稲荷・宇治平等院と回って、精神的に相当疲れたらしく、 家でひとり爆睡中。 合同練習は最後まで楽しく、また真剣に執り行われました。フランスの人達も日本の道場生達も、またそれを見ていた保護者の皆様にとっても、心に残る素晴らしい一日だったことと思います。 最後に全員で記念写真を撮り、記念のプレゼントを渡してお開きとなりました。 練習後、フランス人を一旦駅まで送って行き、”お見送り" の予定でしたが、そのまま別れるには忍びなく、フランス人全員と日本人十数人は、駅近くのファミリーレストランへと。既に夜9時を回っていてレストランはガラガラ。またもや私達はレストラン1軒を貸切してしまいました。 私の住む町に、こんなにも多くの外国人が来られた事は多分なかったろうと思います。帰り際に、レジの女性二人が深々と頭を下げて、物凄く丁寧にご挨拶して下さったのには驚きました。得体の知れない集団にきっと圧倒されたんじゃないかと思います。 食事を終えて皆で駅まで歩きました。歩きながらスマホで電車の時間を調べると、なんとなんと・・・次が終電! 朝から約14時間、一緒に過ごした友人達ともいよいよお別れです。手を振って電車を見送り、駅前に残された私達は、互いに労いの言葉を述べていました。 長男が 「ここまで濃い一日は人生で始めてかもしれへん。」 と。 これからの長い人生、もっと濃い一日を作ってくださいな。by sakura ちなみに爆睡していた次男ですが・・・レストランへ行くと伝えると、急いで途中から参加しました。 続く
2017.03.09
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JR稲荷からJR宇治までは約30分。平日午後3時台のJRは殊の外空いていて、ゆっくり座って移動することができました。 次に目指すは宇治平等院。駅から歩いて10分と、遠くもなく近くもない距離感。お喋りしながらの10分は、とても近く感じました。ここでも団体割引が適用されて、お得に参拝することができました。 平等院を訪れた時間帯は午後3時半前後だったと思います。鳳凰堂の後ろから強い西日が射し込んで、ここで撮った写真は全て逆光。鳳凰堂の ”侘び寂感” が全く感じられない乾いた写真となってしまいました。 平等院を堪能し、次に ”中村藤吉” へと向かいました。念の為、娘が席の空き具合を電話で確かめてくれたのですが、流石に25人は無理とのこと。仕方なく、 ”藤吉組” ”宇治茶メインのコーヒーショップ組” ”自動販売機組” ”そのまま観光組” に分かれてのフリータイム。 一人のイケメン男性が、一杯1500円もするおうすを注文しました。コーヒーショップでおうす? しかも1500円。大丈夫か~っ。 そのイケメンの、背筋をピンと伸ばし、慣れた手つきでおうすをすする姿は、その辺の日本人より余程日本人 じゃないか。思わず ”娘のお婿さんになってください。” と想像を膨らませてしまいました。 昨年伏見稲荷へ遊びに行った友人が、中国人や韓国人、その他の国の観光客で滅茶苦茶混み合っていたし、きっと平等院も観光客で一杯だよ、と教えてくれました。しっかり束ねないと、と覚悟を決めていたのですが、三十三間堂も伏見稲荷も宇治平等院も拍子抜けするほど空いていました。 少なくとも私の目にはそう見えました。 滅茶苦茶混み合う、イコール 大晦日や初詣の賑わい。私の覚悟はかなり重かった。 JR宇治駅に5時に集合した私達は、駅前からタクシーに分乗して体育館へと向かいました。私は一旦家に戻り、フランスの人達へのお土産を車に積んで、少し遅れて体育館に向かいました。 続く
2017.03.06
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三十三間堂を満喫した私達は、次の目的地 伏見稲荷へと向かいました。京阪七条まで歩いて5分。25人の大移動。 アリの行列みたい。 発券機の前で、180cm以上ある背の高い高校生が、「ボクハ オトナデスカ? コドモデスカ?」 と手振り身振りで聞いてきたので、笑いながら 「ユー アー アダルト!」 と答えました。「子供料金は小学生まで。」 と教えてあげました。納得した高校生は発券機に大人料金を投入しました。 電車は、一両丸ごと貸切したかのようにガラガラに空いていました。皆好きな場所に座って、車内の写真を撮ったり風景を眺めたり。京阪七条から僅か5分の乗車でしたが、楽しんでもらえたようです。 伏見稲荷の改札口を出ると、目の前は狭くて交通量の多い賑やかな駅前通り。25人の大人たちが迷子にならないように、何度も人数を確認しました。 ネットで調べて、何軒か候補に挙げていた中の一軒 「弥ざめ家」 が最初に目に飛び込んできました。 お店の前で鰻を焼いていた男性に、25人入れるかどうか尋ねると二階が空いているので全員OKとのこと。ここでも私達は、2階を丸ごと貸切したような形になりました。今日はついてるなと思いました。 朝からかなりの距離を歩いていたので、グループ一の年長者()の私は、靴を脱いで、ゆっくり畳の上で足を休める必要がありました。そうしなければ、きっと最後まで持たなかったでしょう。 弥ざめ家は必ず一人一品注文しなければなりません。品数の少ないメニュー()の写真を見ながら、全員がバラバラに注文をし、全員が食べ終わるまで約1時間半ほどかかってしまいました。単品で稲荷寿司を注文した背の高い高校生は、甘いお揚げが口に合わなかったようです。中身の酢飯だけはどうにか食べられたものの、回りのお揚げは全てお皿の上に積み重ねるように残してしまいました。稲荷寿司を頼んで稲荷を残すなんて・・・と一同大笑い。 アダルトじゃなく、小学生やん! 無事昼食を終え、 1時間程度の自由時間を設けました。解散する前に集合場所であるJR稲荷駅まで移動して、駅前の鳥居の前で全員で集合写真を撮りました。あれ? 数か足りないぞ!? 続く
2017.03.05
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いよいよ京都観光の始まりです。フランスからの17人に加え、私達家族4人と道場の指導員4人、合わせて25人の大所帯です。 朝10時にホテルに集まり、三十三間堂へと出発しました。三十三間堂へはホテルから歩いて30分弱。25人がまとまって歩くには歩道も狭く交通量も多いので、日本勢8人は先頭と最後尾に適当に分かれて見守ることにしました。 三十三間堂に到着するまでに、何度か立ち止まって写真をパチリ。一昔前までは、写真と言えばニコンやキャノン。今ではスマホやアイパッドで簡単に写真が撮れます。撮った画像を瞬時に確認したり、気に入らなかったら削除したり、本当に世の中便利になったものです。 そうこうしている内に無事三十三間堂に到着しました。25人の大集団、という事は入観料は団体割引が適用!一人50円引きです。 ちょっと得した気分。 独身時代に母と何度か訪れたことがありましたが、当時は脱いだ靴をビニール袋に入れて、その袋を最後までぶら下げて参拝した記憶があります。冬の冷えた長い廊下を素足で歩いて、足がカチコチに冷えたこともありました。今は入り口でスリッパに履き替えて参拝できますし、冷たい板の廊下もカーペットが敷き詰められています。足が冷えることもなく、数十分かけてゆっくり見て回ることができました。 千体の仏像がぎっしり並んでいる様は何度見ても圧倒されます。少しずつお顔が違っていて、この中に会いたい人の顔に会えると言われています。見ようによっては女性にも男性にも見える。 要所要所の仏像の前には日本語と英語で簡単な説明文がつけられています。 次男曰く、英語の方がより詳しく説明されているそうな。無知な私にも分かる様に、日本語も詳しく説明 お願いします。 三十三間堂、会いたい人に会えたかな? 続く
2017.03.04
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昨年11月の末に娘のフェースブックに1件のメールが届きました。2月に京都へ行くので、主人の教え子達と一緒に練習できないかと。思えば19年前、私達家族がフランスへ行った時には、いたせり尽くせり、家族ぐるみでお世話をして下さった方です。今度は私達家族がお返しをする番です。 でも相手はフランス人。それも英語が話せないフランス人なのです。こちらはと言えば、やはり英語が話せない日本人です。 それからの3ヶ月、グーグルやヤフーの翻訳機能をフル活用しながら、どうにかお互いの意思を確認しあい2月を迎えました。 この方は30数年前に武道を通して知り合ったフランス人なのですが、今回は総勢17名を引き連れての来日でした。 京都へ入られた初日に、私は一人でホテルまでお出迎えに行きました。言葉は分からなくても、会って顔を見れば何とかなるさと信じて・・・ おおお・・・何とかなりました~っ! 私の為にと、奥様手作りのトートバッグとセーターとスカーフを、主人がフランスへ行った時に撮ってもらった40代の頃の写真を額に入れて、そして主人をモデルに描いたと言うサムライのイラストをお土産に頂きました。このサムライのイラストは、友人が経営するスポーツジムの壁に描かれているものです。何と鮮やかな、何とダイナミックな絵でしょう!フランス人の目には、日本のサムライはこんな風に見えるのでしょうね。友人の道場には、今も主人の写真が飾られているそうです。日本と、そして主人のことをこよなく愛してくださるフランス人です。 この日は、翌日のスケジュール確認をする為だけに行ったので、(と言うか、お土産を貰う為に?)私は頂いた沢山のお土産をぶら下げて、ホテルを後にしました。 続く
2017.03.03
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↑ここ数年のプチ雛人形 今日はひなまつり。主人が生きている時には毎年のように飾っていたお雛様ですが、主人が亡くなる前の年に納戸の一番上の棚に片付けて以来、我が家で飾られることがなくなってしまいました。背の低い私は棚の上に手が届かないのです。私より多少は背の高い子供達も、こういう力のいる仕事は避けたがります。宝の持ち腐れとはこういうことですね。次の出番まで、どうか綺麗なお顔のままでいて下さい。 二日続きの雨で、公園の梅の花はすっかり落ちてしまい、灰色のアスファルトにピタリとへばりついています。 早いもので、月末には桜の花も開きます。ついこの前、クリスマスだ お正月だ、四大陸選手権だ、と言っていたのに、月日の経つのはどうしてこんなに早いのでしょう。年とともに、充実した一日を過ごすことも少なくなり、何もしなかった一日、ただダラダラと過ごした一日の方が圧倒的に多くなりました。健康に良くないと知りつつ、居間にどんと座り込んでテレビを見たりパソコンをしたり。母が施設に入っているので、思いっきり気が緩んでいるのかもしれません。おまけに、長男も家を出ているので、気を使う人もいない。娘も次男も、ああせいこうせいと無理は言わないし。怠け者の私にはこの世の春? いえいえ、もう少しシャンとしなければ。このままの状態で年をとるわけにはいかない。春になったら、少し家を片付けよう。
2017.03.02
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