Tequila's  Bar

Tequila's Bar

2008.03.30
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カテゴリ: カテゴリ未分類
看取る、つまり死にいく人を看取ること。

これまでに何人の人を送ってきたかしら・・・・・。

まだ、生きれると思っていたはずの人が急変したことも、朝、急に訃報が入ったことも。

「死」という、通常の概念に捉われている方だとは思わないけれど。

この間、スキルス性の胃癌で余命三ヶ月と宣告された青年の話を、TVで観た。
潔く死を迎えたい本人と、チューブ人間になってもいいから生きていて欲しいと願う両親。
どちらの気持ちも良く分かる。
在宅医療は、今、こういった週末を家で迎えたい人を看取ることが多いそうだ。
本人の気持ちと親の気持ち、また本人と子供の気持ち。

内科医は、ここまで看なくてはいけないのか。
実際にはそうなっている。

で、私は何か役に立てることは無いのかと探した。
看護士免許・介護士免許・心理カウンセラーの免許・・・・・。
私のカウンセラーは、免許の数を羅列してくれた。
「でも、止めてほしい。
重すぎることだから・・・・・。」
と。
重すぎることだから、手分けしなくちゃいけないんじゃないの?

在った。
山谷に、「終いの家」。

マザー・テレサがインドに作った家のように、山谷の中に在った。
ボランティアで支えられている家だとか。
以前は日雇い労働者の町だった山谷。
岡林信康が歌った「山谷ブルース」の山谷。

周囲の皆が反対する。

通うことが出来ても、住み込んでしまうのが目に見えているから。
全てを打ち込んでしまうから。
そして、逝ってしまった人たちを思い続けてしまうだろうから、と。

何かの役に立ちたい。
誰かのためになりたい。

そんな価値も無いのかなあ・・・・・。

すみません、今日は元気がありません。





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Last updated  2008.03.30 21:43:24
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