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2013/11/14
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またまた 随分とここから遠ざかっていたものだ。もうこのページは消滅しているかな?と多少ビクビクしながら来てみたら、まだ有った。ウェブとは恐ろしいものだ。本人(管理人)が死んでも永遠に残るとしたら … なんて思ってしまった。この二年ばかり自分にとってもまた日本にとっても大変な年だった、それでも自分は絶好調とまではいかないが、毎日張りのある時間を過ごして来れたと思う。自分にとって今までの数十年に想像もできなかった展開!があり、人生はわからないもの、毎日同じ道ばかり歩かないで自分のように道草ばかりしてると、いろいろな場面が現れやはり運命は自分で創るものかなと思ってしまう。
2012/12/07
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この場所にくる事さえ忘れていた、そんな無責任な管理人?昨年は自分にとって生涯でおそらく最悪な事態が続いた年であった。2月に母が亡くなり、外では3月の大震災、その後も自分にとって未曾有の事態が続いた。でもその分それを克服していく後にすごい充実感、幸福感を得た事も確かであった。もうこれ以下の想いは無いと想う。今また日々生きる実感をかみしめている。雪の山道をすっ飛ばして帰りコタツで夕飯を済ませると一杯の後押しもあり、ついゴロリと夜更けまで、うたた寝してしまう。今日はちゃんとしてるぞと想いつつ。
2012/01/11
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風邪引きの後遺症の喘息も何とか治って練習不足のまま、前日も夕方携帯にソフトボールの試合で審判の番で出てくれと言われ仕方なく、中学校のグランドへ、帰りに一寸一杯でもう練習は出来ずダウン。明けてしょうがない状態でライブ、しかし店内は大盛況、自分の声を掛けたお客さんも11人、後は信大生の集団でイスが足るなくなる状態だった。自分の声はまだ雑音混じりだ。
2011/06/17
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能舞台に立つのは二回目だ。初回は十年程前に獅子舞の後持ちで舞いの最後に滑る舞台で獅子頭共々見事に滑って転んだ。あとであれは無理にやった事だろうと言われた。【きっとそうだ】ここ戸隠、荒倉山の『鬼女紅葉祭り』は謡曲「紅葉狩り」の発祥の地。舞台奉納のトップを切って(前座の前座?)ショートライブが始まった。山の斜面を利用した観客席は恒例のビニールシート敷き、オープニングは父の形見のハーモニカで童謡『もみじ』から始まった。観客席の横の小高い芝生には後で出演する追通組の神楽囃子の連中が陣取っていて知り合いの顔が見えるというのは気恥ずかしいがリラックスしていけて良かった。その後今回のために作った『千年を超えて』等3曲を演奏して、いよいよ本邦初演?(MAI&Wファンタジー)の出番、MAIちゃんは自分のイメージ通りこの祭りにはとても映える歌姫だ。そして獅子舞が終わって昼食たいむ、もらった食券でおこわを食べた。その後トシさんMAIちゃんとこの上の『舞台岩』めざして登って行った。ずい分久しく来たものだが途中の道は洪水の山崩れで無残に荒れていた。20分位歩いて舞台岩に来た。山崩れで案内板もなにも無いが、その昔もみじや家来達が踊って宴を開いたと言うその岩は健在だった。この上で演奏したら最高だなと思った。再び山道を下りて祭りの会場に来ると善光寺の雅楽隊の演奏が始まっていた。お寺の雅楽は初めて聞いたが感動した。やはり日本の文化は素晴らしい。最後の演歌ショーになったら観客がほとんど帰ってしまってちょっと歌手が気の毒に思えた。久しぶりに自然の中で演奏は気持ち良かった。ライブハウスとまた違った楽しさがある。
2010/10/24
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免許証が見えなくなって、あちこちのポケットやカバンや車内を捜した。夕方車を止めて用事で車を降りたらテールランプが片方切れていた。こんなんで警察に捕まったらヤバイ。行き付けの車の修理屋はもう帰る頃は閉まってるし、そんなこんなで4.5日たってしまった。昨日やっと昼休みに街の反対側にある修理屋へいってランプを交換した。帰って普段あまり使ってない車庫に行くとなんとそこに免許証があった。これでやっとまともにクルマに乗れる。
2010/10/21
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夕方仕事帰りにちょっとこの前気分悪かったライブをやってる飲み屋?に寄った。今夜出ているMAIちゃん達と打ち合わせする為、店に入ると間もなくMAIちゃん達の演奏が始まった。先客の3人組の中に今日36の誕生日だといって騒いでる女がいた。英語圏に居た中国人らしかった。英語でやたらステージに声を上げていた。その内にMAIちゃんが曲を歌うたびにフォルテはこんな風にとか叫ぶようにだとか一々アドバイスと言うより屁理屈言い出した。そういう時は日本語だ。私は小学生から合唱団でソロやってたとか、聞いてないって、ふざけるなって。人のライブで出演者に一々ケチつけてるとは。MAIちゃん達はニコニコ笑っていたけど、このばか女許せないと思った。なんて店なんだ、またしてもいやな思いを残して店を出た。
2010/10/15
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9月になってもまだ夏のような暑い日が続く。それでも大分日が短くなってきた。夕方近くなって地元の山奥にあるキャンプ場へ行った。ここはシーズンしか管理人も居なく、さすがに時期はずれに行って見ると、周りの景色、自然は素晴らしいと思うけど、さびしいと言うか夕暮れ近くなると森の中は一層暗くなって不気味な感じもある。自曲に『夕暮れの森の中歩いているよ‥‥』なんて歌詞があったけど。また例によって病気というか、ここで音響実験をしようと思い立ってやって来た。機材をセットしていると無人の管理所脇に公衆トイレと小さなコンテナのような物置があってその辺りからカタリと音が聞こえてきた。でもここには誰も居ないはずである。気になって側まで行ったけどその物置まで開ける気にはなれなかった。セットしていて『録音機』※死語?の電池が終わってる事に気づいた。デジカメの電池を出してみたらこれもダメ、やとこさ設定し終わったところなのに、迷ったけれど結局我が財産の楽器や機材セットをここに出したまま、ここから山道を下ってクルマで10分はかかる集落にある、酒屋兼雑貨屋に行く事にした。そこにまた例のコトリ音がした。一か八かで下って行った。酒屋に着くと知り合いが居てちょっと話し込んでしまった。店のおばあさんから電池を買って戻った。かなり陽は落ちてうっそうとしたキャンプ場は暗くなっていた。『有った』何事もなく我が財産達は無事だった。
2010/09/12
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日曜日早朝から組の役員は集合という事で、村の入口の花壇の草刈りに出た。大分ほったらかしてあったので草の茎も木の様にかたくなってきてる。途中ケイタイ電話のアンテナ塔に絡まったつる草を取るために、回転する草刈機の刃では鉄塔に刃が当たってボロボロになるので、機械を使わないで手で取ろうとしたら左手にジャッと熱い痛みが走った。はちだはちに刺されたんだ。昔は 刺されるとかなりショックでで医者に飛んで行くくらいひどいダメージを受けたのに近年ははちに刺されても何とも無くなった。免疫体が出来たのか?感覚が鈍くなったのか?その後は遊びにお来た親戚の連中と呑んだり夕方は会議に行ってまた呑んでしまった。
2010/08/23
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金曜の夕方少しは早く帰れるかな、と思ってたらケイタイに『今夜ソフトの試合があるし、人数が集まりが厳しいのでぜひ出てくれ』とかかってきた。明るいうちに帰れると思っていたのに。家に帰って着替えて中学校のグランドへ行った。時間がまだ有るのでキャッチボールを始めた。最近忙しくて試合に余り出てないので勘が狂ってきてるのか、そのうち捕球のときグラブをはめて無い右手の小指でボールをはじいた。痛みと共に指を見ると小指が第二関節から横に曲がっている。ウワッと言う感じだ。何年か前も夕方小さな角材に乗ってドリルで穴あけをしていて角材がこけて指を突いて中指が第二関節から横に直角に曲がってしまった事がある。その時すぐ横に指を戻したらポーンと直ったので今回も思い切ってやると指が元に戻った。一寸痛みや腫れは有るけど相手にも気付かれずにすんだ。これは後で聞いたのだけどすぐに直したのが正解だそうだ。
2010/08/21
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。 連日鉄板焼きの中にいる様な猛暑、午後思いついて会社を出て程遠くない古い街並の通りに面した洋館のお宅に行った。今はどうか知らないがホテルや割烹なんかも昔はしてた様に思う。古びた門から入った中庭は樹木がうっそうとしていた。大きなかなり古びた建物で、とても人が住んで居るようには見えない。映画に出てくるような洋館だ。一応ロータリーの正面の玄関戸を恐る恐る開けた。その瞬間背中がスーッと寒くなった。この猛暑の中である。暗い玄関ホールから中には無数の人形があちこちに置いてあった。子供の頃から夜中に墓地なんかを歩いても全然平気な自分がこんな怖い気持ちになったのは初めてですぐ逃げ出したくなった。呼び鈴を押すと、かぼそい声が奥の方から聞こえて間もなく老婆が出てきて、大変丁寧にお辞儀をしてイスをすすめられた。そして奥のほうへ軽く声を掛けるとスレンダーで美人であるがちょっと不思議な雰囲気の女性が出てきて床にひざまずいた。『娘です』と先ほどの老婦人が言った。二人共床にひざまずいて自分だけイスにかけて、会話が始まった。なんとも居ずまいが悪いもんだ。こちらがお願いに来たのになんか違う。この建物は古いままでそのまま怪奇映画の洋館そのもの、聞くと大正年間に建築が始まって完成するのに5年はかかったそうで、部材や彫刻もすごいものである。年齢は想像つかないそのお嬢さんも絶えず笑顔を浮かべているが、なんか怖く感じる。帰り際に老女が袋に包んだお土産を持ってきた。『これは誰にもそうしてるんですよ』と言って。やっと建物から出たけど、背中に視線を感じた
2010/08/20
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結構以前から知り合いの電装屋から新品だけど事情で回収された自動車用のバッテリーを格安で譲ってもらい色々使っていた。最初は多分アマ無線で山岳移動の為に買った様な気がする。それから畑の真ん中にあるビニールハウスで親達が夜仕事してる時の照明用に、ポンコツ車から外した12ボルトの電球なんかを点けたり、あと色々アウトドアーで使っていた。 数年前から野外でバンド練習やミニライブでバッテリー1個でアンプやらミキサー・楽器・照明等2~3人くらいの電力は充分足りている。まだ程度の良いバッテリーだと3時間~4時間くらいはOKなのだ。 これを『バツ1ライブ』と呼んでいる。 勝手に!
2010/08/15
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休日出勤 静かな職場になる休みの日は時間の経つのが非常に遅い。普段の忙しい日々に比べたら時計が止まっているようだ。 夕方近く今夜の『びんずる踊り』に出る女子達が事務所にやってきた。揃いのはっぴ、白足袋で颯爽と、疲れたおじさん達は出る幕が無い、家でいっぱい呑んでるだけだ。 この祭りは夕立に見舞われる事が多いが今夜は大丈夫そうだ。
2010/08/07
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土曜休みの日曜出勤 調子が狂うパターン、休んでいても職場から現場からバンバン電話がかかってくる。仕事に出ていた方が気が楽ってもんだ。他の連中は家に会社の携帯を持ってってる者は少ない、自分は24時間会社の携帯の電源が入ってる。かと言ってどうって事は無いが。こないだMAY&Wfのライブをを見に行った店のパンフを見て、夕方街のど真ん中にある地下の店に行った。今日は男性アーチストによるジャズのピアノ弾き語りがあるのだ。カウンターに一人客らしい男がいて、バーテンとバーボンなんかを呑みながら音楽談義(洋楽の歌手や演歌歌手のハナシのようだ)をしていた。ライブ開始の7時が過ぎても何にも始まらない。案内チラシには確かに19時と書いてある。バーテンに問いただすと『○チジ半に始まります』エッ、聞きなおした。八時半だと言った。客が居ようと無かろうと時間をテキトウに変えるとは、しかも一時間半も変えるとは頭にきた、すぐ店を出た。バーテンが路上まで見送りに出た。キャバレーか!八時半はFIFAのオランダ戦が始まるんだ。
2010/06/19
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久しぶりに天気が良かったと想ったら、夕方からまた雪が降ってる。結構積もってきた、もうすぐ4月というのに。今年の庭の福寿草たちは何回雪を冠ったか知れない。日中近所でフキノトウを採っておいて良かった。 新型インフルの事はこの頃騒がれなくなった。今頃『毒入りギョウザ」の捜査の事がまた取り上げられてきた。この頃はどんな事件とかでも人々はすぐに忘れていってしまう。
2010/03/28
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連休最後の朝もかなり早起きでスタート、夕べの組総会の酒が未だ残ってるけどそんな事言ってらんない。高速道に力不足の我が通勤カーで松本に向かう。タイヤが焦げた様な匂いがしてるし、左側の足回りの辺りで小さなカタンコトンなんて音が聞こえて、140kmくらいで走ってるとなんかこのままクルマが分解してしまう様な不安にかられる。何とか予定時間内で久々の街に着いた。マニアックな会議が3時間位で終わって、まだかなり時間があったので『県のもり』に行って公園を歩いた。 旧制中学の校舎が今は記念館になっている、その明治の洋風建築を日本に合わせた佇まいは素晴らしい。松本には沢山当時の建築があるがこの建物を見るとなんか向学心が湧いてくる。もし自分が10代の頃ここに来てこの建物を見たら、もっと学問の道を究めていただろうなと想った。 その後駅前通りを探して、ライブハウス『アレックス』を訪ねた。地元の高校生バンドがリハの準備をしていた。5月末頃時間できたら初ライブに来たいと思った。
2010/03/23
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先週のライブからもう1週間経った。時間たっても感想は変わらずきっと今までで一番Gooな感じである。 新進のhoryちゃん以外はタイバンのアーチストは知り合いばかりでかなりリラックスできた。 通して対話式のライブだった。未熟な小生にもやっとこさファンといえる方々が来てくれる様になってうれしい、が録音を聞くと他の人達に比べ未だまだ自分は声が出てない。本番の声は震えて居る様に聞こえる。 修行が足りないのだ。
2010/03/18
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今日は村?の御柱祭りの準備会、温泉から飛ぶように帰って開始時間の11時ギリギリに間に合った。今年は自分の地区から御柱が2本出る。そのうちの男柱が自分の生家の前の家から出る事になって、親戚や近所の者が呼ばれた。この家は結構旧家でこの辺では珍しくバイオリンやギター・アコーディオンが有って自分が昔4・5歳頃夕方父親に連れられてギターと言う物を聞かせてもらえると言うので嬉々として行って親父達が話しをしてる内に父の膝の上でついつい眠ってしまって、楽器を聞かないでしまった。そして今日まで来た。家には父の時々吹くハーモニかくらいしか楽器など無く、子供のときよく細いコイルの針金を釘に張って弦のようにして鳴らして遊んでいた事を思い出した。準備会には久しぶりに同級の親友も来ていた。会議と言ってもほとんど決まっている事を聞きながら僅かの時間で終わった。そして宴会である。やはりこれがメインなんだ。そして宴の半ばでお祝いの盃事が始まり、自分が木遣りをやる事になった。もう正規の席で木遣りをやるのはきっと20年ぶりくらいだろう。やってみると『ボイストレのレッスンに行ってるせいか、結構声が出てるね』とよばれて来ていた親戚のギターの先生のY君に言われた。 今週のライブで『木遣りビート』の時これやってみようかな?なんて
2010/03/07
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地区の神社の総代の決算会で湯田中温泉に行った。3年間自分が会計だったので一人で段取りして、この役員は後9年かかる。一通り役員をまっとうするには15年かかる。高齢になって途中でリタイヤしたり死んでいってしまう人も少なくない。我が地区はこの辺一帯で最も神社の数が多く年間の祭事が有り過ぎる。 会社を半日で早退して役員仲間と出かけた。今日暖かい 久しぶりに春の陽気だ。旅館で決算会を早々に済ませ宴会になった。そして最後まで宴会場で騒いでいたのは自分達のところだけだった。後で外出して渋温泉まで有名な豆腐ラーメンを食いに、行った。帰りは数人をタクシーに乗っけて自分は歩いて帰ってきた。他にも歩きの仲間が居たのに気付かずに。金曜の夜のせいなのか、山の街はむかしの賑わいは無く、帰り道は遠かった。人っ子一人会わない夜道を千切れそうな突っかけ履いて帰ったらもう日付けは替わっていた。
2010/03/06
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結構ブログから遠ざかっていた。今年初めてなのだ。我ながら書かない記録でも更新してるようなもの。 日曜の夜ついついTVのロング番組(相棒SPV)を見てしまって11時半近くなり、出す物があって台所の物置に入ったら床に水が溜まっていた。”ねこ”が小便でもしたかな?と思って匂いを嗅いだら無臭だこれは水だ。直感で屋根を思った。この上に階段がありその上に屋根の複雑な『谷』という部分がある。案の定階段に行くと窓際が水びたしだった。 こんな夜中に屋根に登る羽目になった。懐中電灯と鉄製とアルミのスコップを持って屋根に登ってガタガタやりだした。近所迷惑だが近所といっても200mは離れているからまあいいか、雪の積もった下の部分が家の熱で解けた雪が氷になり屋根の上に池のような水溜まりが出来てそこから雨漏りが始まる『すが漏り』だ。二階の屋根の上で汗だくになって雪と厚く凍った周辺を撤去作業、なんと言う休日の最後!自作の家だがこれは失敗部分だ。
2010/02/07
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初めて日曜日のライブだった。だから長い一日だった。午前中はちょっと練習なんかしたけど、いまさら直前に焦ってもしようが無いとすぐやめて、近くの畑に行って秋の片付けなんかをしてた。お昼頃に区長から、『金比羅山のチャイムが狂ってきたので診てくれないか』と電話がきた。そういえば昨日休みで家の近くにいたら、お昼のチャイムが1時頃聞こえて来たのでオカシイと思った。金比羅山に登ってアンプなんかを見たけど、自分も素人なんでゼンゼンわかりましぇんってとこだ。そうこうしてるうちに、ライブに行く時間が迫ってきた。自分の体重の半分以上もあるクソ思いキーボを担いでいざスカイへ。行ってすぐ思わぬ知り合いが店にいて笑っていたので、びっくり。あまりに以外な場所で逢ったので良く知ってる顔なのに脳の回路が混線してしまって誰だったかしばらくわからなくて適当に話しをあわせながら懸命にだれだか思い出していた。その連れの共演の鉄筋君が名前をよんだので、アーと思い出した。以前もそんな事があった。しょっちゅう会ってる合唱の仲間が夜の繁華街で『お兄さんいかが』なんて笑って声をかけてきた。一瞬で顔はわかるんだけど全然違う環境で出会うと誰だったかなと思い出せない。家に帰ってからやっと思い出して一人で笑ってしまった。今夜のライブはそれぞれ個性的な人達ばかりで時間が短く感じた。すごく幸せな気持ちで過ごせたナイトだった。
2009/11/11
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連休最後の午後、2階の部屋に溜まったビデオ、カセットテープ等整理処分する事にした。来月から市のゴミ収集が有料化になるし。ビデオはアナログのTV等から録ったものは全部捨てる事にした。昔自分でカメラで撮ったもの意外は、デッキのすぐイカれるMDも全部すてた。カセットはその数に呆然とした、10代の頃から録った懐かしい楽曲のテープは全て捨てる事にした。その数400本近くまでは数えたがやめた。500本は超えている。自分で録音した発表会・友人達の結婚式・サークルの練習・演劇公演・イベントでの演奏等は残しておいた。その中に今は居ない『おやじの昔話し』と言うのがあった。S55年の夕方、茶の間で父の子供の頃の話を母と聞いてるもので、その頃いた犬のジョンの声なども入っていて、ちょうど横浜から遊びに来ていた妹や母と懐かしく聞いた。辰巳渚の書で『捨てる技術』に家の中の整理はモノを捨てる以外に無いとあった。情け容赦なく
2009/09/25
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二つ穴の鉛筆削り、子供の頃はナイフで鉛筆を削っていたので、幼い頃からナイフに憧れのような思いを抱いていた。小1の頃母親の実家にお祭りに一人よばれていって、実家のおばあさんに手にした事無い程の子供には大金の小遣いを貰って、親には内緒でナイフを2本くらい買ったり、近所の悪ガキ達に大判振る舞いをしたら、お店のおばさんが母親に告げ口してバレてしまった事を思い出す。
2009/09/22
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今日カルチャー教室(ボイストレ)の発表会があった。先生の話では他の教室(歌関係の)との合同の会と言う事で。10時過ぎて久々にハコスカを引っ張り出して出かけた。秋の大型連休のど真ん中で道も街も混んでいた。鳩山新総理の訪米とノリピーのニュースを聞きながら。会場の文化会館に着き入ってみてビックリした『カラオケ歌謡&シャンソンジョイント発表会』となっていた。会場に入ると間もなくリハの番が回ってきた。20数年前にはここでスタインウェイの新品を係り員に睨まれながら弾いたのに、会場には電子ピアノがセットしてあった。我が教室の参加生徒は10人程で全員女性で、顔ぶれを見るのは初めてで、先生はかなりの美人だが、生徒がまた皆さん美人揃いでなんか別世界に来た感がある。カラオケ教室の発表会を見るのも初めてで、こちらはほとんど中高年の方々で占めてこちらの3倍くらいの人数だった。午後1時から始まった。途中日本舞踊や高齢者のダンス、ピアノ教室に行ってるお嬢さんの発表会もあり、なんか地区の文化祭のようだ。自分の出番が回ってきた。舞台の袖で先生が『ユックリ ゆっくり』と言った。自分がとかく焦って突っ走る傾向があるので。舞台に出ると以外に大勢の観客が居るのに驚きだった。短い自曲を弾き語りでやった。コードも詞も間違えた、自分がぶっ飛んでいた、ライブより全然緊張する。当教室の生徒さん達は先生の伴奏でシャンソン中心に歌ったがその声量のすごさ、さすがである。音痴の自分だけ足を引っ張ってるのかな。そこにカラオケだ、発声法が全然違う分野でちょっと不思議な発表会だった。最後は先生がカンッォーネを歌った、やはり素晴らしい。その後でカラオケの先生が金ピカに輝くドレスで現われるとステージは今まで見た事も無いような真っ赤な照明に変った。『エッ?』て感じになったが、これが今回の発表会のすべてなのかな?
2009/09/21
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これも恐竜かネッシーのマスコットでは無い。買ったままほとんど使用してない代物、『居眠り防止器』これも耳掛け式なのだ。なんか耳かけが好い。いまだに鉛筆を耳によくはさんでいる。するとそれを見た小さな子供達が珍しがって真似をよくする。前に永六輔が大工が耳に鉛筆を挟んでいるのは、使わない時そこに置くのが一番危なくないからだと言ってた。なるほどこんなにフィットするところは他に無いなー。
2009/09/02
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これから2週間余りの間に秋祭りが三回ある、うちの地区が春祭りが遅くて秋祭りが一番早く終わる。27日は諏訪社の御射山祭で明日の日曜日に伊勢社で次が金毘羅社で終了となる。神社の総代なので会報を見るとわが地区が神社やお祭りがダントツに多い。高齢化が進む中でいついつまでも様々な役をカラダが効かなくなる迄住んでる者がやらなくてはならない状況はどこも同じようだ。 子供の頃のように祭りが来るのが待ち遠しいのははるか彼方のことで今では皆、祭りが来ると少なくなっていく住民で重苦しいような義務感を背負ってやっている。
2009/08/29
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一年ぶり位に机の中を昼休みに片付けた。ゴチャゴチャしてて引きだしを開けただけでイライラするような我がおもちゃ箱、一念発起で整理。以外に捨てようにも捨てられないモノばかり。だから片付かないのか?その中に自分らしいヘンなモノがいくつかあったので 携帯のレンズでアップしてみた。 UFOのマスコットではなく 耳にかける『懐中電灯』
2009/08/28
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いよいよ休みも三日目、午前中前に用意してあった材木でテントの骨組みを作った。久しぶりの大工仕事はワクワクするほど楽しい。その組立部材と野外ライブの機材をワゴンRに積み込んだ。よくこんなクルマに詰めればこれだけのモノがはいるもんだ。家を出たのはもう3時過ぎになった。モリヤ君と落ち合い彼の知ってる穴場、かなりロケーションの良い川原を見つけた。部材を拡げて組立が始まった。何とか組んでみると見かけはちゃちだけど木部材だけで20種類はある。強度についいては自信有り。持参のバッテリーから電源をとって川原にアンプのサウンドが響きわたったのはもう夕方近かった。でんでん虫がやっと背中に小屋を背負ったみたいでご機嫌である。
2009/08/15
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今年の夏は暑い盛りもずっと毎日雨降り、例年のような猛暑の日はなかった。ここに来てやっと青空が出るようになった。セミがうれしそうに鳴いてる。午後遅くなって妹の家族がやってきた。子供達も全員揃って来たのはもう何年ぶりか?それぞれ逞しくなった、親達の影が薄くなって行くなー。
2009/08/14
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14日から休む予定だったが13日から休める事になった。昨日横浜から来たHIROちゃん夫婦も夕べ街で泊まって今日また上ってきて盆棚の飾り付けの用意などしてくれた。両脇にたてるモミジも毎年庭先のモミジの幹の2m半くらいのを切ってきた。今年の夏の長雨も今日までか。
2009/08/13
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仕事で千曲市へいった。現調(現地調査)のすぐそばには10年くらい前まではこの温泉地を代表するようなビッグホテルが窓は全て破られお化け屋敷のようになって空き家になっていた。モノには栄華盛衰があるのだな。
2009/08/07
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うちのアカ(アカポンキ)は生まれてもう1年を過ぎたから子猫といっても母親ねこよりカラダ付きだけは大きく見える様になった。今まで居たネコとちょっと違うところに気がついた。昨年暮れに茶の間のテレビが壊れて仕方無し地デジにしたせいか、よくテレビの前に座って画面を見ている。特にそれは民放の動物番組でコマーシャルまでの20分くらいじっと見ている事もある。いろんな動物が出て来るので興味がわくのだろう。ただ困るのは鳥が出て来るともうじっとしていなくて、画面の鳥を狙っていて手ごろな大きさの鳥が写ると画面に飛びついて行く。『これはテレビだ』と叱ってもわからない。
2009/07/31
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土曜日は甥の結婚式、つい昨年秋に兄が式を挙げて間もなく弟のTATTU君の番だ。午前中に鳴り物機材をクルマに乗っけて家を出た。会場は去年来たメルパルクなので建物の様子は解っていたが、鳴り物を持ち込むのは初めてだ。キーボード・PAアンプ・ベースアンプ・ミキサー・マイクスタンドその他で120kは超えるモノはエレベーターが在るものの気が重い。しかし会場のスタッフの人達が大変親切で時間前に楽々設定できた。やがて披露宴が始まった。新郎のTATTU君は子供の頃は年中ケガの絶えない稀に見る腕白坊主だったが可愛いお嫁さんを迎える様になって、感無量の想いだった。自分がこの披露宴で演奏するのは半月位前に話したスタッフ以外誰も知らない事。4時間に亘る長い披露宴の終盤にアナウンサーの案内があり、自分が会場の片隅に設定した鳴り物の前にいるのを皆驚きの目をみはった。3曲をお祝いに演奏した。大勢の前で以外に醒めて演奏出来た自分は以外だった。帰りには義弟達が機材の撤収を応援してくれ随分助かった。
2009/07/27
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梅雨明けの暑い日差しの一日が始まった。昼下がり外周りをはじめて間もなく、公衆トイレのそばを通りかかって、何気に入り口の方をみたら若い女のこがそこの手洗いの水道の蛇口からホースを引っ張って軽乗用車を洗車していた。『エッ なんか変だなー こんなのおかしいなー』と思いながら通り過ぎてしまった。なんかそのときその女性はニコニコ笑っていたように見えた。笑ってごまかしていいのかい。
2009/07/15
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土日の職場のイベントも終わり、翌月曜日は代休。それと合わせて昔の仕事仲間のMさんがバトミントン仲間の若い女性数人を連れて午後登ってきた。写真で見たトムソーヤー・デッキが見たかったそうで。下界の町から来ると『涼しいすずしい』と言っていた。すぐにバーベキュウが始まった。天気予報が雨だと言ってたから早めに会場の上にビニールシートを張ったらそのうちに降って来た。『こんな田舎の片隅で楽しいんかなー?』と思ったが。みんな夜遅くまでワイワイやっていた。「また秋も好いんで来て」と言ったら「夏も来ます」といわれた。そうか未だまだ季節はあるのだ。
2009/07/02
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今日は職場の夏のイベントで小生他数名は本社のテラスで野菜・果物売り担当になった。10時のオープン前から行列になって時間を待たずに”商売”がはじまった。野菜や果物は採算度外しなのでその辺のスーパーなんかの半値位だ。だからお客さんがドドーッと来ると普段やりつけない事だけに心はパニクリまくる。特に『不ぞろいのにんじん』が袋に溢れんばかりに詰めて100円なんで軽トラ1台位が午前中で終わってしまい、また市場に交渉する程だった。そんな安いものばかり売っていてもおばさん達のしぶとさは更にそれをひっくり返す勢いだ。 知ってるお客さんも大勢寄っていった。『こういう処で演奏したら』なんて言った知人がいた。ここに職場の者は数十人いるけども小生がライブとかやってる事は皆知らない。それが秘密主義ではないけども、一寸うれしい。 変かな !
2009/06/27
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ここ2週間日曜日に知人の引越しの手伝いを頼まれて行ってる。知人はそれもそれぞれ午後の3時間位で好いわけだけど、いつになったら終わるのか見当もつかない。新居に古い家財や品物『ガラクタと言ったら失礼かな』ほとんど捨てないで持って来てるので整理がつかない。そこに今住んでないおばあさんに聞かないと決断つかないらしい。他人の事だから『そんなもの捨ててしまったら』と言う訳にもいかず。ちょっとストレスというか感じてしまう。今の物で溢れてる時代モノは捨てない限り整理がつかないと思うけど。そういう自分もガラクタの中に住んでいる。
2009/06/08
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久々のライブは初めてのサタデーナイト、午前中家の前の畑仕事をしたりして、午後準備して5時前には‘スカイ‘に入った。今回はチーフの和久井さんが3階まで急階段を30kもある楽器を運んでくれたので、楽をした。すぐリハを済ませて楽屋でタイバンのメンバーと時間が来るのを待っていると外が騒々しくなってきた。消防や警察のサイレンが近くで停まった。まもなくライブはスタートした。松本から来た桑山嬢は正統派のフォークだった。最近こんな音楽を聞いてないので、懐かしい感じと新鮮な感じが重なった。次が当方の出番で何とか終わった。練習で一度も、まともにできなかったフレーズが本番で出来たのは奇跡的だった。アコースティック3組が終わって後半3組はバリバリのロックだ。そのうちに誰かが窓から下を見て店の前の道路が封鎖になり警官がびっしりいると言う。嫌な予感がした。ワンセグを見てた人が隣りのホテルで女の人が殺されたと言った。こんな田舎街でこんな凶悪な事件は本当に稀だ。全ての演奏が終わって11時頃帰ろうとなって焦った。来るときは楽器を店の入り口に横付けで運び込んだのにもう外の通りは通行止めでクルマを持って来る事が出来なくなった。仕方なく(非常線)のテープをくぐって往来に出て30kの楽器を担いで遠い駐車場へ向かった。150m以上は在るな、こんなアクシデントの遭遇するとは。御開帳の街は警察車両に大勢の警官とヒマ人達で混雑していた。
2009/05/24
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数え年7年一度の御開帳で寂れた山国の門前町も連日大賑わい冬季五輪以来の人出だ。ひっきり無しのように街に入ってくる観光バスにはお年寄りの顔・顔。職場が善光寺のすぐ側なので日中の社用車の出入りは通行規制によって遠回りなんかしなくてはならない。結構ストレス感がある。善光寺参道あたりの混雑を聞いてか見てか、職場ではまだ御開帳に行ったという人が居ないようで、そばだからいつでも行けるってのと、別に行く予定無いって者と有るようだ。やはり物事遠くに在りて尊く想うものかな?
2009/05/16
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新年度は職場の名前も制服も変り今までクルマで通勤してた人達がほとんど公共交通機関で通う事になった。小生のような僻地に棲んでいる者は『バスもねえ、電車もねえ』って事でそれは免れた。若い者も急に増えてきたので精神年齢の低い自分ももっと貫禄の有るとこを見せないといけない、なんて思ったりして。仕事帰りにレッスンを受けている師や30年来の知人の出るライブに行った。となりの隣りの町の私鉄駅舎のなかの一角でやった。ボサノバ中心の進行で素晴らしかった。しかしそこに偶然居合わせた知人が自分の前で終始デジカメで知り合いだと思う女性歌手の写真を撮りまくっていた。今まで数多くライブとかコンサートに行ってこんなマナーが無い人は始めてで、その無神経さに隣に居合わせた人達もなんか興ざめで嫌な感じでいるのが痛く感じた。自分も1枚2枚知人の為に撮って上げる事はあったけど、そこの場所を考えないと。音楽を聴きに来てるんでなくても良いけど、マナーぐらい持ち合わせて、こういう場所に来てほしい。ティーンエージャー達の方がよっぽどこういうところで紳士だ。
2009/04/26
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この曲はもう作って7~8年たってしまった。今まで自曲の中で唯一元気になれた。やっとこの頃これにこれに負けない?元気になれる曲ができた。 『自分の心を信じて』1、 時の流れは 旅人のように 季節を巡りながら通り過ぎて行く 人は時々立ち止まり 想う 未来の見えない星に生まれて 自分の心を 自分を信じて 選んだこの道 歩いて行こう
2009/04/25
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ちょこっとうたた寝しても眠れない布団の中でも,夢を見た後なんか映画を観たようで又そこの中に戻りたい気持ちになる事がよくある。先日、何日に見た夢をまた観れるビデオなんて出来ないかな!
2009/03/25
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東京から帰ってアイちゃんが路上ライブすると聞いて帰りに駅前にいった。駅前の広場のポールを背にアイちゃんが頑張っていた。日中はだいぶ暖かくなったと言え夜はまだまだ冬空の下寒い。クルマに「防寒着」を置いて出ていったのでだんだんカラダが冷えてきた。しかしこの騒がしい駅前の中10mくらい離れているのに彼女の生声が響いてくる。まだ10代なのにすごいもんだなー。レコ発ライブなので『ストリートライフ』というタイトルのCDをゲットして帰る。その帰りコンビにクルマを停めて店内に入ろうとしたら丁度その時、店の中から30代くらいだけど、なんか自分みたいにさえない男が出てきて目の前に落ちていた紙くずをサッと拾い上げてすぐ側のゴミ箱にさりげなく入れ通り過ぎた。そのゴミは自分も目にしてはいたけど、なんか急にその男がかっこ良く見えた。未だ日本にもこんな男がいたんだ。
2009/03/18
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こんな事は自分だけだろうか 疲れて帰って一杯やりながら 夕飯を食べたらなんとなく横になり ワンツースリーそのまま眠り込んでしまい 目が醒めたらたら夜中の2時近くなっている やりたい事がいろいろ有ったのに こんな事は自分だけだろうか うたた寝はなんて気持ちいいんだろう 耳元でドカドカ太鼓なんか叩いても ワンツースリーそのまま眠り込んでしまい 目が醒めたら寝ていた時間は取り返せないけど それからここだけ夜中の祭りが始まる こんな事は自分だけだろうか 静かな夜更けは何でも集中できる もう山のフクロウも眠ったしまったようで 窓の外白々と少し寝ようと思ったら 目が冴えてきて布団ではとても眠れそうも無く 虚ろに浅い夢の中漂いながら朝になる 先週作った曲です。 この生活パターン中々変えられない!
2009/02/22
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まだ正月気分残ってるのかな?休日に雪が降ってると一寸そんな感じになる。空を見上げるとグレイと言うか鉛色。三日ばかり前に帰宅途中でスリップ事故で今乗ってきてる代車が庭で寒そうに見える。何十年も通い慣れてる路なのに、圧雪の上をスピードを出して走っていてスピンして対向車側のガードレールにぶつかり跳ね返って対向車に又衝突。右左往復ビンタみたいになった。相手のクルマはクルマ屋さんの軽でどっちも怪我も無かったので警察騒ぎにもならなくまあ不幸中の幸いかな。我が通勤路は凍結路でもフルスピードで走る地元クルマが一杯で、マイペースさを忘れるとたちまち事故になる。冷静 冷静!雪空にたつ我が家のアンテナ(ほとんど使って無いぞ)
2009/01/16
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今年も年末忙しくて、職場や他人に頼まれて作った年賀状はちゃんと間に合せたのに、自分のは元旦になって鉢巻掛けで造った。2日にポストに入れて、はがきが着くのにどの位かかるのだろうと、まとめて出したはがきの中に1枚一緒に住んでる母に軽い気持ちで年賀状をだした。同じ市内のポストに入れたのに家に届いたのは4日だった。年老いた母宛てのはがきは最近少なくなってる。母に年賀状出したのは初めての事。しかし母はひどく嬉しそうだった。
2009/01/05
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暮れの30日まで仕事で、それも当番に当ってたので、夕方7時過ぎて職場を出た。夕べの久々のライブは楽しかった。それはいつも終わってから思えるのであって、半年のブランクはやはり相当のプレッシャーがあって出場前は腹が減っているのにパンを一切れやっとかじる事が出来ただけだった。終わった時の達成感が病みつきになるのは、皆同じのだろう。地元から東京に行ってるアーチスト達が3組も里帰りタイバンしていて、懐かしい顔ぶれもあった。自分以外は皆音楽でプロを目指している若者達ばかりで、その点何と気楽な立場かと人様には思えるかも知れないが、ライブに出てる連中のレベルの高さの中にお粗末な自分が出る事自体考えられない位な事でプレッシャーはハンパじゃ無いのだ。あこがれの自分にとって孫くらい?若い十代のヒグチアイちゃん共ゆっくり話しができた。あの歌唱力ならきっとメジャーな世界で活躍すると思う。実は夕べ帰りにライブハウスに機材の接続コードやペダルなんか一式入ったバックを忘れて来たので今日帰りに取りにいった。昨日2,400円も取られた駅前のパーキングは料金清算機が故障で、出口の係員が『300円よこせ』と言った。『ここは30分300円もするのか』と聞いたら1時間300円だと言う。『まだ10分も入って無い』と言ったらおじさんが料金カードをすかして見て無料にしてくれた。これだけで非常に嬉しく感じた。単純なもんだ。
2008/12/30
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今だから、書けるようになったけど、先週の日曜日夕食の後、台所でずいぶん溜めてしまったゴミを分別していた。一月分は有る量。途中で風呂を焚きつけた。今は余り使われない薪と灯油の兼用バーナーで、いつもはスイッチを入れて20分くらいその場から離れて、ほかの部屋などで色々してるのに、非常にまれにその夜は焚き口のガラス戸の前でゴミの分別をしていた。5分くらいしたら突然目の前のタタミ1枚ちょっと位の焚き口の中全体に火の手が上がった。 火事だっ! 去年ちょうど今頃の隣家の火事を連想した。『ちきしょう今度はうちかよ』と思った。 すぐに近くの消火器を持ってきたけど、余りに古かったのか、ネコの小便くらいチョロチョロで全然ダメ、 廊下をぐるりと廻って浴室へ行こうとしたら突然停電!目に焼きついた火の光で家の中は真っ暗闇になり、廊下にあるワゴンなどにつまずきながら風呂場に辿りついて洗面器で浴槽の水をすくってきて暗い廊下を水浸しにしながら台所に来て水をかけた。しかしこんな水の量では火は消えない。また風呂場へ行き、手探りでバケツの水をこぼしながら戻り火にかけた。一寸火が弱まった。残って配管の周りで燃えているビニール巻きの部分は夢中で手の平でもみ消した。少しやけどしたが、これで一応火は治まった。 原因は二日前ガソリンスタンドのローリーで外の空のタンクに給油してもらった灯油が、風呂釜の隣にあるボイラーにつながってる給油管の接続部分を以前自分がいじって有ったせいか、灯油が床に二日間漏れ出していて床に溜まった灰や木片や土台や引き戸に、一機に風呂釜の火が燃え付いたという訳だ。ふだん焚き口の前にいた事が無いのに、たまたま目の前で火の手が上がったので、助かった。後2~3分遅かったらもう自分の手に負えなかったと思うと、神に感謝である。
2008/12/16
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午前中に持越し、先延ばししていた野沢菜をつけた。庭で水洗いして。自分で漬けるのは2回目だ。人がやってるのを見ると冷たそうに見えるがやってみるとそんな事は感じなかった。側の椅子に掛けた母の指示を受けながら。なにしろ急ピッチで作業した。それは昨日イベントで走るSLを見にいって下手な写真とか撮ったけどイマイチなので、今日の午後の最終走行に行く為だった。スタッドレスタイヤで一昨日の雪が未だ道路脇に残っている山道を、峠道をすっ飛ばした。40分くらいで黒姫まで来た。それからまた山の中へ入って車の入れないような所をあっちこっちと捜しまくった。線路の勾配とかロケーション中々良いと思うところが無い。古間の方に降りて行って以外に安易見つけた場所はに村の踏み切りの側にあった。時間が経つにつれて近所の人達らしいお年よりや家族連れが集まってきた。昨日はどこに行っても全国区みたいなマニアでひしめき合ってたのに、今日はローカルな雰囲気だ。待つ時間が長いので自然近くの人達とのおしゃべりが退屈しのぎになる。 汽笛が聞こえてきた、煙が見えてきた、指が震えてきた。
2008/11/24
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寒い朝だ。新聞を取りに外に出たら、薄っすらと雪が降りていた。一緒に飛び出した子猫のアカ(アカポンキ)が道路わきの葉っぱにかかった雪を見るのが初めてなので不思議そうに手(前足)でちょこっとたたいてみたり口をつけていた。生まれた時からの猫の親子を見てるのは初めてで、生き物の本能とか不思議にいろいろ感心させられる。最近親猫のチビは寄り添ってくる大分成長したアカをうとましいのか、側に来ると喉の奥から(ガウアウ)とか言うような声を出してけん制している。はしゃぎまくっているアカも親が怒ると神妙な顔になって小さくなってる、それが可笑しい。それでも親は毎夜のように夜外に出てどこからかネズミを捕まえて来ると子猫に渡している。その時のアカの喜びようは格別だ。疎ましがられてもやはり親に甘えている時は幸せな顔をしている。
2008/11/19
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