2008.10.11
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カテゴリ: 今の話題
意味深なタイトルをつけました。

「愛」がわからないです。

昨日の日記に引き続き、今日の「愛」をテーマに選びました。

都会は「愛」が行き届かないところだと常々思っていましたが、昨日の通勤途中に
思ったことがあります。

私は帰り道だけバスを使っているのですが(疲れて歩きたくな~い!!というただのわがままで)そのバスの中で、女子高生が出入口に近いところで立っていました。

手には携帯電話。何か一生懸命ボタンを押しています。誰でも見るありふれた光景です

その携帯電話の先端は、ちょうど私の顔からとても近いところにあり、かなり目障りでした。
私は3停留所くらいですぐバスを降りてしまうので、それくらいの時間ならと我慢してみました。



女子高生は氣がつきませんでした。多分彼女は自分のことで一生懸命でほかに目配りするだけの余裕がなかったと思います。また彼女を取り巻くどの環境でもそれが許されることだったのだと思います。

それを見たときに思いました。彼女のお母さんは「愛」の授け方を知らない人なのかもしれないなあ・・・とです。

よく「人の嫌なことはしてはいけないよ」と言いますが、自分には甘く「別にいいじゃん、これくらい」と言いがちです。

でも、人には良くしてもらいたいというわがままをみんな持っていますよね。

このひとこまも自分には甘く「別にいいじゃん。迷惑かけてないんだから・・・」です。

これは「愛」がわからない行為だと思いました。自分のことだけしか氣にしないから他が目に入らないし、知らないし。おそらくは親から受けついでいるのだろうと思います。

思いやりなんか持たなくても、自分のことだけ考えてればいいのよという声なき声が聞こえてきました。こうやって「愛」を失っていくのかなと思いました。

きっとこの女子高生のお母さんも「愛」をわからずに育ったのかもしれません。

道を歩くことも、電車に乗れることも、きまった時間に家に帰れることも、スーパーに行けば食品が売っていてそれを買うことができることも、奇跡だと思えないことがいけないのかもしれませんね。

何故、世の中には安全ではない地雷の埋まっている道しか通れない国があることや、スーパーがあっても食品は買えない国や、遠くに行くには自分で歩くしかない国があることを知ろうとしないのか不思議です。

だから、大きな病気になったときに初めて自分が今まで恵まれていたということに氣がつくのかもしれませんね。



とりとめのない話になってしまいました。

お勧めの本ですが、かなり難解で宗教色が濃いです



新選谷口雅春選集(9)







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最終更新日  2008.10.11 10:13:01
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