雪香楼箚記

春(1)_春の夜の






                                      藤原定家
       春の夜の夢の浮橋とだえして峰に別るる横雲の空










 どうして人間にこんな歌を詠むことが可能なのでしょう? もはや人間業とは思えない作品です。この歌を読むたびに、「ああ、この一首さえ残るのなら、たとえ日本という国や民族や文明が滅んでも構わない。この歌があるだけで、充分日本というものの存在意義は果たされた」と思ってしまいます。

 春の夜の夢が途絶えて、うっすらと窓の外に目をやると、峰に雲がわかれてゆく、あなたとの恋もこうやって終ってゆくのか、というのがおおよその意味です。春歌の部に入っているので、恋歌としての性格は言う必要はないのかもしれませんが、もともと古典和歌は、こういう意味だ、と一義的、限定的に決めつけられる性格のものではなく、配列や前後に置かれた歌の意味などによって、その場ごとにさし示す内容を変えてゆくので、留保のような意味で恋歌としての性格を読んでおくほうがいいと思います。春景色に一滴、恋心のバニラエッセンスをたらすことによって、一首の雰囲気はさらに芳醇なものになります。

 夢の浮橋、という言葉が出てきたら、しっかり源氏物語を思い出すことができなければ、定家の時代には歌人失格(というか、人間失格)でした。定家の父であった俊成は、「源氏見ぬ歌詠みは遺恨のことなり」(源氏物語も読まぬ歌人など遺憾である)と言ったほどですが、こうした物語の世界を歌に取入れるのは、俊成、定家以降の時代の大きな特徴です。それまでは、万葉集や古今集の世界を歌に詠みこんでいたものが、さらに劇的でロマンチックな歌を可能にした点で、この変換は非常に重大です。

 夢の浮橋といのは、源氏物語五十四帖(いちばん最後の章)の題ですね。源氏の帖名は、朝顔とか、空蝉とか、花散里とか、優雅な言葉が選ばれているので、歌に詠みこむにはぴったりです(ちなみに、水商売の女性が名乗る源氏名というのは、江戸時代の吉原の遊女が、浮舟とか、玉鬘とか、源氏物語の帖名にもとづく名前を、商売の上で名乗ったことに由来します)。さて、夢の浮橋の巻は、三角関係のもつれから浮舟という女君が宇治川に投身自殺を図るというお話です。浮舟と関係するのは、光源氏の息子(ということになっているが、実は源氏の後妻の不義の子)の薫の君と、やはり光源氏の孫にあたる匂宮。じつに哀切で、人間存在の悲しさを描ききったみごとな幕切れです。だからこそ、夢の浮橋という言葉が出てくると、なんとなく悲しい恋の終りをイメージさせるわけですね。

 しかし、ぼくらが日本人であることの幸福は……、源氏物語を知らなくても夢の浮橋のイメージがぼんやりと浮かんでくる点です(源氏物語を読むのも、日本語を使って生きる上での幸福ですが)。夢が、ふんわり浮くような状態。夢と現実がかすかにつながっている。たよりない橋のようなはかない夢。なんとなく、イメージが湧いてくる。源氏を知っていた方がいいけれど、知らなくてもなんだかぼんやり解る。そういう言葉のイメージが、伝統というものの重みなのですね(だから、文章を綴るうえで古典は欠かせないのです)。

 さて、この、イメージというのが、新古今集では大切なのですが、歌人たちは、どの言葉を使えば読者にどんなイメージを抱かせるか、に細心の注意を払っていました。「夢の浮橋」もそうですが、「とだえる」(夢が途絶えるほかに、男の訪問が途絶える)、「別るる」(雲と雲が分れるほかに、男女が別れる)なども、定家の充分に計算されつくした言葉選びの才能がうかがえます。しかもそれが、完全に「これだ」と決定できるのではなく、多義的で重層的な、どちらとも決めがたい、あたかも春の朝の桜の花が霞にまぎれてどれがどうだと判別できないような状況に置かれているあたりが、なんとも心憎い。読者は、それを解きあかそうとしてやっきになり、けれどもそんなこと不可能で、やがてつかれはてて、あたかも夢醒めの朦朧とした心地のように、「こうかもしれない、しかしこうでもあるかもしれない」という、たゆたうような境地に引きいれられる。つよいお酒でも飲んだようなその酔い心地は、意識を現実から離れた美しい理想郷に誘い(それを幽玄というのでしょう。幽玄は定家のひとつの理想の境地でした)、この世の真実の姿を目に見せてくれるのです。

 この歌のなかで実際に歌人が見ているものは、夜明けに峰にわかれゆく雲と空であるはずなのです。でも、それをぼくたちが読むとき、どうしてこれほどに芳醇な味わいが意識のなかにたちのぼるのでしょうか? それは、言葉のなかに輻輳するイメージを、どれとも決められず受取っているからです。ぼくは、慎重に「言葉の意味」という言い方を避けて、「言葉のイメージ」と言ってきたのですが、例えば、「夢の浮橋」などというのは、単なる夢の隠喩表現であるわけです。ちょっと言葉を飾ったに過ぎない。意味の上では、夢というのと変らない。しかし、そこにうつるイメージはじつに豊かなものがある。読者は、自分の言語経験に照らして、勝手に夢の浮橋という言葉のイメージを広げることができるからです。そして、無数にひろがるイメージのいちばん奥のところに源氏物語がある。それを見出したとき、一首の世界はさらに一段と深みを添える。

 たとえば、ぼくなら、この一首を読んで、こんなことを考えます。この歌を詠んだのは女だろうか(古典和歌には、男が女の立場で歌を詠むことがよくある。つまり、作者と語り手を分離しているのですね)。きっと、男とひとつ夜着のなかにいて、朝の空を見ているのではないか。それは、浮舟と薫君だろうか。それならば、薫はいちずに浮舟を愛し、薫を裏切ってしまった浮舟は罪悪感から薫を愛しているだろう。ふたりは微妙なちがいを抱えた愛情をもって、ひとつの空を見ているのだろうか? あるいは、浮舟と匂宮であるならば、強姦同様にしてまでして浮舟を我がものにしながら元来多情な匂宮と、最初は嫌がっていたのにいつのまにか匂宮へ愛情をうつしてしまった浮舟には、やはり悲劇的な結末しか用意されていないのだろうなあ。そんなことを思って、定家はこの歌を詠んだのだろうか? もしかしたら、そこには彼自身の恋愛さえ影を落としているのかもしれない。(現在の伝記研究では否定されているが)定家と式子内親王には、昔から悲恋の伝説があるけれど、あれはどうなのだろう……。

 こういった妄想は、すべてまちがっていて、けれどもすべて正しい。ぼくはまんまと定家の術中にはまって、彼の立てた計画通りに、その言葉とイメージの迷宮に迷いこんでいるからです。まさしく、言葉とイメージを材料にして、幽玄の迷宮を作りあげることにかけて、定家を越える才能を見せた日本人はついにいなかったのではないでしょうか?

 ぼくたちは、そうした芳醇な迷宮にさまよっているだけで、日本語を使うものとして最上の幸福を味わっているのです。


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