雪香楼箚記

夏____鳴く声を






                                      柿本人丸
       鳴く声をえやは忍ばぬ郭公初卯の花の陰に隠れて










 歌聖とあがめられた万葉歌人、柿本人麻呂(時代が下るにつれて、人麿、人丸などと書かれるようになった)の歌ですが……、出典が不明です。この歌の収められた歌集が、新古今集以外には見つからない。選者より時代が前の歌人の作品においてこういうことは非常に珍しい(同時代や、直前の時代の歌人なら、聞覚えやメモなどから歌を抜いてくるということは充分ありえますが)といわざるをえません。しかも、歌風を見ると、どうも平安朝の感じがまさった歌で、人麻呂の実作かどうかあやしい(もともとこの歌人はそういう作品の多い人で、有名な、しかし作者のわからない歌は、とりあえず人麻呂作にしておこう、という傾向がないのでもないのですが)ところです。まあ、伝人麻呂作、くらいのところで。

 意味は、鳴くことを我慢できずにほととぎすは早くも声をもらしているのだろうか、咲きはじめた卯の花の影に隠れて。郭公は、ほととぎすです。かっこうではない。

 夏の歌の題材といえば、なにを置いてもまずほととぎす。そして橘です。四季の歌は、春と秋が各二巻ずつ、夏と冬が一巻ずつ、という割当なのですが、その夏歌の巻の、大半はほとぎすか橘を詠んだものです。

 ほととぎすは、夏の到来を告げる鳥として、特にその鳴き声が珍重されたものですが、歌によく詠まれるのは、それだけの理由によるものではありません。

 この歌の四首うしろに、

                            読人しらず
  おのが妻恋ひつつ鳴くやさつき闇神南備山の山ほととぎす

という後鳥羽院の歌がありますが(おのがつまこひつつなくやさつきやみかんなびやまのやまほととぎす。歌意は、自分の妻を恋しく思って鳴くのだろうか、五月の闇夜に神南備山のほととぎすの声が聞こえる、ということ。新古今集で「よみ人知らず」というふうにされているのは次のような事情によるものです。勅撰集では、歌の配列上、適当なものが見つからないときは、前後の歌との繋りを見て選者が詠んだ歌を入れることになっていましたが、あまりに同一人物の歌ばかり入選するのは不公平になるので、そういう歌は「よみ人知らず」として作者名を隠すという不文律があったからです)、ほととぎすが鳴き声をあげるのは、自分の妻を恋しく思って泣いているからだ、と当時の人は思っていたようです。平安朝の和歌の世界では、声を挙げて人を恋しがるのは男のほうでしたから、歌に登場するほととぎすは、男心の象徴でもあるわけです。つまり、夏歌と恋歌を重ねて詠むには、ほととぎすは非常に都合のいい題材で、だからこそ、夏歌の巻は、これほど闇夜の鳥の鳴き声で占められることになったわけです。

 ああ、そうそう、忘れないように、漢文のことも書いておきましょう。ほととぎすは漢字で書くといろいろ表記がありますが、そのひとつに「子規」というものがあります。正岡子規の雅号がここから採られものであることは、ご存知のとおり(特に、山内さん親子にとっては)。ほととぎすは、血を吐くまで鳴きつづける、という話が漢文のなかにありまして、ここから、子規は結核に冒された自分をほととぎすに例えたわけです。徳富蘆花の作品に、『不如帰』(これも、ほととぎす)という、メロドラマの古典がありますが、こちらもヒロインが結核になってしまうお話(だったと思う……。だいたい、むかしの小説や映画は、美人、美男子の秀才で、性格のいい登場人物は、たいがい結核にかかると相場が決ってました)。では、どうして、血を吐くまでほととぎすは鳴くのか? それは、蘆花のほうの不如帰という字を見れば解ります。これは「帰るにしかず」(帰りたい)と読みくだすのですが、中国の人は、ほととぎすの鳴き声が「フニョキ」(現代語では、プー・ルー・コイとなりますが)と鳴いているように聞こえたのですね。それに「不如帰」という字をあてた。そこから、こういう伝説ができました。曰く、さる国の王が戦に敗れて、敵国の捕虜になった。幽閉された牢獄のなかで、王は故郷を忍び、頻りに「帰るにしかず、帰るにしかず」と繰りかえしていたが、それも果たせずに病死してしまう。彼の望郷の念は鳥となって、「不如帰」と鳴きつづける。それが、今のほととぎすである……。切々たる望郷の念ですから、血を吐くまで鳴きつづける、というわけです。ですから、従来の和歌研究では、「妻を恋いる」ほととぎすの鳴き声は、この中国の伝説をアレンジした日本独自のもの、ということになっていました。─ところが、最近になって、新しい文献が見つかったんです。恋に身を焦して死んでしまった王さまの思慕の念が、ほととぎすになったという話が漢文のなかにあることがわかって、どうも、和歌のほうもこれと関係があるかもしれない、ということになってきた。ぼくとしては、時代の関係から、あまり有力ではない説だと思うのですが、しかしおもしろい話ですし、論証が不可能というわけでもない。国文学の研究というのは、こういうふうに進められてゆくのです。

 この歌にしても、表立って直接的な言いかたで言っているわけではありませんが、そこはかとなく恋歌の雰囲気が漂っています。「鳴く声」はむろん、上で言ったように、「泣く声」に掛かっているといっていいでしょう。鳴くのは、もちろんどこかにいる妻を想ってのことです。それを、「えやは忍ばぬ」と受ける。これがまた、心憎い受け方ではありませんか。式子内親王のところでも出てきましたが、「忍ぶ」、つまり、我慢する、表に現れるのを隠す、というのは、恋歌の常套語です。前にも言ったとおり、平安時代においては、恋は徹底的に隠すものでしたから、それが、片恋のつらさと相俟って(当時の結婚形式は、夫が妻のもとに妻問通い婚ですから、男にも、女にも、非常に不安定なもので、言ってみれば、相手の気持をはかりかねる部分が多くて、年中片恋のようなものです)、恋歌の、じれったくて、妖艶な雰囲気を作りだしている。この歌でも、鳴き声を忍ぶことはできなくて、と、ほととぎすのことを言いながら、さらりと、人間の恋をも漂わせているところがなかなかに上手いですね。さすが歌聖だ。しかも、表面上は、ほととぎすが鳴き声をこらえきれない、という、季節の題材を(つまり、ほととぎすは、妻を想って鳴くものなのですが、同時に夏の到来を知って鳴くものでもあるのですから、夏が来たからもう我慢できなくなって声を挙げてしまう、というのが、歌のいちばん表層に来ているのです。なんと言っても夏歌の巻に入っている歌ですからね。その次の層にほととぎすの恋が、そして、いちばん深層には人間の恋がある。新古今集というのは、ミルフィーユのような文学なのです)さわやかに詠みこんで、しかし、深いところで、「あなたが恋しくて恋しくて、声を立てて泣くほどです」という……、これは、決してさわやかとは言いがたい感情を詠んでいる。思いは深くて、言葉はさらりと流れる。文学としては最上のものです。

 文法のお話もいたしましょう。「えやは」というところ。「や」という助詞は以前に説明しましたが、反語、疑問、強調の意味を持っていて(「その三」の俊成の歌を参照)、「は」にくっついて「やは」となると、これは大半の場合、反語になります。「~だろうか、いや、~ではない」という意味。「え」というのは、─これが入試の古典文法には頻出なのですが─、副詞の一種で、たいがい下に否定的なニュアンスのある言葉を伴います(これを「呼応の副詞」といいますね。覚えてますか?)。この場合も、「ぬ」がついているので、意味としては、「~でき(ない)」ということになる。「ない」は呼応する助詞で意味を補うので、「え」そのものの意味としては「~でき(る)」ということになるのですが、まあ、肯定的表現を伴うことは、万葉集に用例があるくらいで、平安朝以降はたいがい「~でき(ない)」というふうになります。よって、ここの意味は「忍ぶことができるだろうか、いや、できない」。……と、学校の古典のようなことを言いましたが、これを踏まえて、歌をもういちど読みかえしてみてください。ここのところ、例えばもし「えしも忍ばぬ」(「し」も「も」も、意味を強める助詞で、さして意味はないのですが、あえて違いを出して訳せば「忍ぶことができない」ということになります)という表現だったらどうでしょう? 大筋の意味としては変りません。「鳴き声を我慢できない」ということ。でも、歌としては大違いです。これでは、まったく余情というものがない。幽玄ではない。この連載でも、くどいほど「余情」「幽玄」ということを言ってきたので、 もうそろそろ、その意味するところが肌でわかってきたのではないかと思うのですが、「えしも忍ばぬ」と言いきってしまうと、この表現はつよすぎる。それも、いい勁さではなくて、ただの切り口上。余情をすべて切りすててしまう、幽玄から遠ざかるだけのつよさです。

 ここは、反語だからいいのです。反語、というのは、要するに歌の流れの結滞ですね。反語がひとつはさまるだけで、歌の意味の流れは滞ってしまう。すっと、そこの部分だけが流れのなかで立ちどまってしまう。逆に言えば、それが反語の効果なのです。流れのなかで立ちどまることは、そのまま強調というか、全体のなかのアクセントになる。立ちどまった部分をくっきりと目立たせ、そこに読者の視線を集めることになる。しかも、その視線を集めた先でおこなっていることは、歌人の自問自答であるわけです。「忍べるであろうか?
 いや、忍べないだろう」と、自分に問い、自分で答えている。ここでは、「忍べない」と言いきっているのではありません。決めつけるのではなく、「忍べるだろうか、忍べないだろうか」という二者択一のなかから、片方を選択したに過ぎない。言いきることと二者択一は、似ているようでまったく異ります。言いきることは、最初からほかの可能性を想定しませんが、二者択一はほかの可能性を想定しなければ成りたたない。言ってみれば、この、ほかの可能性を想定すること、その可能性の前で逡巡することこそが、余情というものの源泉なのです。片方を選びとって、けれども、もう片方に未練がある。あるいは、一方に決めておきながら、しかし、自分自身でさえ、それを完全には信じ切れずに、心のどこかでもう一方のものへの気持がそこはかとなくある。この歌の、読者の視線の先には、そういう作者のドラマがある。それが、「えやは忍ばぬ」という、余情深い、やさしい言いきりのかたちになっている。ゆくさきもはっきりとわからぬ恋のまえで、自分の気持をやわらかに確かめようとする男心が、ほととぎすのじれるような夏の喜びの声と、かすかに重なっている。それが、余情というものです。

 卯の花(うのはな)は、あまり一般的とは言えませんが、これも夏の歌題ですね。白い花で(木の花です)、一面に咲いている様子を雪や月の光に例えられたりします。「初」は、はつ、と読んで、これで「はつうのはな」、つまり、咲きそめた卯の花、ということです。ちょっとこなれてない表現ですが、おそらく作者の造語でしょう(この「はつうのはな」という造語の語感が、どうも万葉時代らしくないんですね。なんだか、平安時代ふうです)。卯の花は、緑の梢に、花とも実とも言えないような可憐な白い花をつける、晩春初夏の花です。いかにも、夏が来たという感じを与える、楚々とした趣と、健康的な野趣とでも言えばいいのでしょうか、野辺の飾らない少女を見るような雰囲気が、季節にふさわしいという印象をより一層つよめます。

 しかし、この歌の見どころは、やはり「花の陰に隠れて」というところでしょう。これがいい。なんともいい。いかにも新古今集に採られる歌、という感じの、繊細な、けれども若々しくて清新な、言葉のみずみずしさがあります。もちろん、「花の陰に隠れて」いるのはほととぎすなのですが(そこで、卯の花の白さと、緑の梢のコントラストが非常に生きてきます)、しかし、ここでもやはり恋歌としての一面が顔を覗かせて、それがいかにもさわやかに色っぽい雰囲気を漂わせます。「隠れて」というのが、しかも「花の陰に隠れて」というのが、片恋のイメージをくすぐるのでしょうか? 惜しむらくは、「隠れて」という言葉がすこし不用意な使われ方をしているということはできるかもしれませんね、ほととぎすの歌にしても、恋歌としても。陰、という言葉が出ているのならば、なにも「隠れて」と言いかさねることはなかったかもしれません。こうやって、ダメ押しのように言葉をかさねて、イメージを混乱させてゆくと、余情は遠いものになってしまいます。

 しかし、傷はあるものの、やはり「初卯の花の陰に隠れて」という下の句はいいものです。一首としての出来も見事なもので、じゅうぶん名歌という評価には耐えうるものであると言えるでしょう。

 花の陰に隠れるのは、ほととぎすなのか、あるいは作者の恋心なのか……。


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