雪香楼箚記

恋(5)_君があたり






                                      読人しらず
       君があたり見つつををらん生駒山雲な隠しそ雨は降るとも










 万葉集、伊勢物語にも採られた古歌。新古今集の巻十五、恋歌五の前半三分の一ほどは、このような古い時代の恋歌を集中的に収めています。歌意は、あなたのいるあたりを見つめつづけていましょう、だから、雲よ、どうか生駒山を隠さないでおくれ、雨は降るとしても、というところ。なんだか現代語訳するともとの歌のふっくらした感じが失せてしまいますが、重くれないひたむきさのある歌で、佳品です。なお、「見つつををらん」の最初のヲは、つよめの助詞。これといった意味は持っていません。万葉集では「見つつもをらん」となっています。

 すでにどこかで触れたはずですが、見る、ということは、民俗学的にいって日本の文化のなかで非常に重要な意味を持っています。端的に言えば、見るという行為は相手の魂に直接触れることであるといってもいいほどです。平安時代の常識では、女性の姿を、ことに顔かたちを見るということは、そのまま恋愛関係の成立につながるほどの重要な要素でした。王朝和歌では、「見る」ということばはほとんどそのまま「逢ふ」、つまり、関係の成立を意味します。

 源氏物語の若菜の巻で、光源氏の家に集った若い公達達が蹴鞠をして遊ぶ場面がありますね。ここで、その様子を見ようと、光源氏の正妻のひとり女三宮が縁側あたりまで出てきて、簾越しにその様子を眺めていたところ、ふとしたはずみで飼猫の綱がからまってしまって簾がめくれあがり、女三宮の姿があらわになってしまいます(そう、これこそ日本文学の伝統のなかにはじめて登場する猫なのですが!)。公達のひとり柏木はたまたまその光景を目にして、それをきっかけに女三宮に横恋慕し、ついには道ならぬ関係に陥ってゆく……。今まで寝取る側であった光源氏が、寝取られ亭主になるという(この寝取られ亭主の心理描写が実に見事で、近代文学のどの作品もおそらく源氏物語にはかなわないのですが)、源氏物語後半のクライマックスの発端となる場面なのですが、見る、ということは、これほどに重要な事件のきっかけを担うような行為だったのです。

 むろん、この歌を読む際には、見るという行為にそこまでつよい意味を与える必要はありません。ここでは、ただ単に見ているという、そのほかの意味はないと考えていいでしょう。ただ、大切なのは、見る、という言葉が、場合によっては上に述べたような重要な意味を持ちうる言葉であり、このように重要な意味を持ちうる行為を表現する言葉である、という点です。たしかに、この歌のなかでは、「見る」とは見ることにすぎない。けれども、詠み手の、あるいは読者の心理の深いところでは、その「見る」という言葉のなかに、恋人を思う心、恋人の魂に触れようとする意識が、しっかりと根づいているのです。だからこそ、この歌のなかで、「見る」ことは見ることに過ぎないながら、一首の中心を成すような重要な位置を占めている。読みかえしてみればわかりますが、この歌の核となるものは、あきらかに、歌人が恋人の住むあたりにまなざしを投げているという、そのことにあります。そして、ただそれだけのことが詩になりうるという、そのことの背後には、やはり、「見る」という行為、そして言葉が、文化のなかに占めている位置に関係するのですね。詩は原語で読んでみなければわからない、といわれるのは、このような場合があるからなのです。この「見る」は、文化全体のなかでの位相抜きでは訳せない言葉なのです。

 私はあなたのことを想っている。昼も夜も、苦しいほどに想っている。あなたの触れたものすべてが愛しく、あなたにまつわるものすべてが恋しい。だから、私はあなたを抱くように、あなたの触れたもの、あなたにまつわるものを抱きましょう。あなたの住む里であると思えば、あの生駒山さえ、私は恋しく思うのです。あなたを愛しく見つめるようにして、あの山をみつめます。あなたをかい抱くようにして、あの山を腕のなかに抱きます……。

 言ってみれば、この歌の初句、二句はそういうことです。ここでは、恋人と恋人の住む里が同一視されている。

 これには二つの面があります。ひとつ目は、訳文のなかにもはっきりと出したように、恋しい人にまつわるすべてのものが愛しく感じられる、という恋人の切ない心理ですね。もはやここでは、生駒山は象徴的に恋人そのものになっています。歌人にとっては、生駒山という対象を見るだけでみずからの恋心を刺激されるような、まるで赤裸にされたみたいな敏感な恋愛の心理があって、そこからこのような歌が生れてきている。それが、わざわざ生駒山を「君があたり」と言わねばならない、初句の表現を生みだす心につながっているわけです。

 ふたつ目は、これも以前に紹介しましたが、古代の(万葉集のころの)恋愛観には、男が女のもとにかようことを「男神が女神のもとにかよう」のに重ねあわせる意識がありました。神、といっても、ここではその集団を代表するシンボル、というくらいの文化人類学的な意味で考えてもらったほうがいいかもしれません。つまり、当時の人々は里ごとにひとつの社会を作っていて、それが一種の部族のようなものになっています。男がそこを抜けでて、ほかの里の女のもとに通う、ということは、単に個人的な恋愛に留らず、ある部族の代表が別な部族の代表のもとに通う、という意味を持つわけです。部族の代表、ということをシンボリックに表現すれば、それは神になるわけで、日本の古代の神は自然そのものでしたから(ほかの民族では、例えばアメリカのインディアンのように動物であったり、祖先神であったり、星であったり、花であったりしますが……)、例えばこの歌の場合、男はどこの者かよくわかりませんが、女は生駒山の近くに住む部族の一員であるわけですから、部族と部族のレベルで言えば、「なにがしの神(に代表される部族の一員)が生駒山の神(に代表される部族の一員)のもとに通った」ということになります。つまり、生駒山の歌枕は、すくなくともこれが詠まれた当時においては、部族の代表としての男の、部族の代表としての女への挨拶であったはずなのです。はるばると遠くの里から、あなたにお逢いするためにここまでやって来たのです、生駒山の神よ、―ということ。それが、個人としての愛情のなかにさりげなくとけ込んでいるのが、この歌の古色であり、また、魅力的な部分でもあります。男は神話をまとって女のもとを訪れる。その古雅な色気を新古今歌人たちは称賛したのでしょう。彼らは、物語を愛し、ロマンティックな情景を愛し、とりわけ、物語の祖先である神話的な神秘を好みました。

 雲な隠しそ雨は降るとも、という部分は説明するまでもないでしょう。どうしても生駒山を見たいのだ、という、歌人の哀切な叫びがひそやかに息づいた表現ですが、それを離れても、自然に呼びかける詩の言葉として充分に美しい。雨は降るとも、という譲歩表現(~だけれども、という言い方)をわざわざ後ろにもってきて倒置したのは、もちろん、ここに作者の心が深くこめられているからですね。雨は降ってもいいのです。

 そう、雨は愛の象徴。男心は雨になって、女のもとにふりそそぐ。


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