社会が貧しかったときは誰もその日食うに必死だったから,努力に理由は要らなかった.「夢の実現」なんて温いことを言う前に,生活を支え家を建て,子供に教育するので精一杯だったからだ.結果的に,「食うための努力」が人格形成につながり,国際社会でも一目おかれる経済大国になるエンジンにもなった.
豊かな社会になって,逆にニートや引きこもりを増やしているのは不思議だ.昔から「日雇い」的な人々は沢山いたけれど,これほどやる気を失った若年層が出現してきているのは,やはり社会問題なのだろう.
働くことの動機が事欠かない貧しい時代とは違い,現在の社会では「働く理由」そのものが希薄になっているようだ.特に当面の生活には困らないから,いつまでも「自分探し」を続けたり(そんなもの「後付け」しかないのに),先が見えないから一生懸命努力してもしんどいだけと考える若年層が増えてくる.
夢の実現,目標の達成にはそれなりのインプット(=努力)が必要だが,その努力を可能にするのは,自分の目標を「いつか実現させる」と信じ続けることが出来るかにかかっている思う.
日雇いであろうと低賃金であろうと,また経営の苦しい零細企業の経営者であろうと,「いつかは俺も」と思い続けて努力をしている限りは,決して落伍者ではあり得ない.つまり社会の落ちこぼれ的な「ニート」は,定期の職がないという客観的な事実だけでなく,心の持ち方が大きな問題だと思う.
競争社会の反省からか,「ナンバーワンよりオンリーワン」・「個性重視」・「自分の売り」などを強調する教育が,逆に人々に方向性を失わせる結果にもなっている.「一番になれ」と同じくらい,「個性的であれ」ということは難しい.大体の人は平凡で,反面,仔細に見れば個性的でもあるから(当たり前だ),敢えて「あなたの売りはなんなの?」と聞かれても,普通は答えようがない.
多分正解は,人間は「いつか私もと信じながら努力を続ける存在」であるということだ.「いつか」だから,今は別にオンリーワンでもナンバーワンでもなくても構わない.
当社も「いつか」と信じている.固く信じて努力していくうちに目標に到達しているはずだ.今は取るに足らない零細企業だけど,いつかやってやるぜと明日からも頑張りましょうね.
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