前々回 ・ 前回日記に訪問・コメントいただきまして 、
ありがとうございました m(_ _)m
しっかり読ませていただきました 。
カメラマンの I さんとはあの後も現場で御一緒しましたけど 、
私が見習いたい先輩が辞めてしまわれるのは淋しいですけど 、
心からエールをお送りしたい
ほな 、 今日の日記です 。
先般の日記にバングラデシュの国旗が日の丸に似てることを
書きました 。
バングラデシュ という国 ・ ・ ・
「 バングラ 」 は " ベンガル人の " を表し 、 「 デシュ 」 は
" 国 " すなわち " ベンガル人の国 " という意味を持ちます 。
国の歴史はまだ浅いんですよ 。
1947 ( 昭和22 ) 年 、 インドがイギリスからの独立を
果たしましたが 、 多数を占めるヒンドゥー教徒に対して 、
イスラム教徒の多い地域はパキスタンとして分離独立
することになったんですわ 。
せやけど 、 当時のパキスタンはインドをはさんで
「 西パキスタン 」 と 「 東パキスタン 」 に国土を二分する
形に なってしもたんです 。
両パキスタンは 、 宗教こそ同じであるものの 、 経済も文化も
違いが多くありました 。
言語も東の 「 ウルドゥー語 」 に対して西の 「 ベンガル語 」 。
これらの違いはさまざまな対立を引き起こし 、 政治の中心が
ある西パキスタンにかたよった政治が行われたため 、
やがて東パキスタンは 、 パキスタンからの独立を望むように
なったんですよね~ 。
インドは東パキスタンの独立を指示し 、 第三次印パ戦争 、
バングラディシュ独立戦争をへて 1971 ( 昭和46 ) 年に
バングラデシュの独立が確定したんです 。
独立したバングラデシュの国旗 、
公式的には 赤い円 は昇りゆく 太陽 を表し 、
地の緑色 はイスラムの伝統色であり豊かな大地や
国民の活力を表しています 。
また 、 赤い色は独立戦争で死んだ民衆の血潮を
表しているとも言われてます 。
せやけど 、 かつてバングラデシュ駐日大使館の広報担当官は 、
「 私の国では国旗の意味を特定していません 。
解釈は国民の自由です 」
としながらも 、 「 日本への憧れです 」 と答えたそうなんです 。
そして 、 バングラディッシュが生んだ3人の偉人として 、
ノーベル文学賞受賞者の ラビーンドラナート ・ タゴール
インド独立に 命を賭けた チ ャンドラ ・ ボ ース
東京裁判で正論を貫いた ラダビノード ・ パル判事
を挙げてます 。
この3人はいずれも日本ととても深い関係にあるんですわ 。
ラビーンドラナート ・ タゴール
バングラデシュ国歌の作詞 、 作曲者 。
1913 ( 大正2年 ) に アジア人発のノーベル賞である
ノーベル文学賞を受賞しています 。
5度にわたり来日してるんです 。
チャンドラ ・ ボース
インド独立運動家 。
日本の支援を受けての闘争による 独立を目指し 、
日本軍のインパール作戦に参加して 、 ともに
連合軍と戦いました 。
チャンドラ ・ ボースは台湾において 事故死しましたが 、
遺骨は日本に運ばれ 、 杉並区の 日蓮宗蓮光寺に
今も眠ってます 。
ラダビノード ・ パル
極東国際軍事裁判 ( 東京裁判 ) において判事を
務めた 唯一のアジア人 。
起訴された被告人である日本人全員の無罪を主張した
意見書 ( パル判決書 ) で知られてます 。
同じ解釈をするのは大使館員だけではないんです 。
独立した時に日本は国会議員を団長に 、 バングラデシユを
訪問したことがありまして 、 その時に 「 建国の父 」 といわれる
シェイク ・ ムジブル ・ ラーマン首相が 、 訪問団に同じ趣旨の
ことを述べたといいいます 。
バングラデシュが 、 日本に対して 「 憧れ 」 を持ってたっちゅう
のは
すごく嬉しいですよね ~
実は 、 日の丸に似た国旗がもう1つあるんですよ 。
これですねん

これは 、 パラオ
の国旗なんです 。
次の日記は パラオ のことを書いてみたいと思います![]()