せんだって日記

せんだって日記

2005.06.09
XML
 もういいかげんしつこいけど、神奈川の残虐ゲーム有害図書指定。

 ヴァーチャルと現実の区別が云々、という規制理由はなんか変だよ、だってゲームしまくってるウルトラゲーム脳の人のほうがあっちとこっちの区別がついてるんだもの、ということは書いた。

 で、「残虐ゲームは規制すべし」って健全コンテンツのカルトな人達の不安感情というのは、そのインモラルでおぞましくってチョーキモい残虐ゲームが、我が子、あるいは無垢な天使である子供たちの行動規範になってしまうのではないかしら、という所から出ているのではないかと思われる。

 つまり、よくわかんないけど不安だからアレを規制しようって心には、ピカレスクロマン(悪漢を主役にした物語のこと。 たとえば『池袋ウエストゲートパーク』『罪と罰』など)に描かれているような人間になってしまうのではないか、という懸念がある。
 そう考えないと筋が通らない。
 痛快な「悪い」お話、なんかカッコイイ暴力表現が、子どもの中に「悪い」ルールをこさえてしまうのではないかという漠然とした不安が、あるんでしょ。
 それがまた、画面の中の出来事に触れる「ゲーム」という形式だからなおさら影響が強い、と思ってるんでしょ。

 それを前提に、お役所は規制し、善良なる市民もまたとくにストップをかけないのは、カンケー無いと思ってるか、マジ規制して欲しいと思ってるか、どっちかなわけですよね。

 地方自治のトップである知事でさえ、そのカンチガイに犯されてるわけだから、これは根深い。報道も煽るから、なんかそんなふうな印象を抱きがちではあるが、これは悪く感じるように操作された印象で、ほんとは違う。





 もうまるで思想汚染で、ゲームも偉くなったもんだ。

 で、たとえば残虐ゲームをしている子どもの脇から、親がつきっきりで「真似すんなよ、真似したらタダじゃおかねえぞ」と囁き続けたら、どうか。

 たとえば、親が残虐ゲームをしながら「これは大人になってやるもの、子どもは見ちゃダメ、あっ、ワンミスしたー」と、あからさまに世間の常識を教え、さらにゲームは所詮ゲームだぜっていう覚めた視線を提示してやったら、どうか。

 これは、情操教育となる。

 こんなもの、どのように触れさせるかによって効果が180°変わるただの道具だ。
 金属バットはホームランを打つこともできるし、親を撲殺することもできる。

 学校システムで高名な学者に育った人もいるし、傷ついた子どももいる。

 こりゃ道具の使い方の話で、それを根こそぎ有害ザマス規制ザマスっても、損するだけだ。

 結局、「それしかやらない」ってのはよくないですよ、という昔からの教訓になる。
 ゲームだけやらせてもいいわけないし、勉強漬けにしてもいいわけねえ。

 どんなに眼を閉じ耳をふさいだって、どうせ「有害」な情報は子どもにぶつかってくる。「ここだけの話、おいしいバイトがあるんだけど」とか「あのコ、生意気じゃね? ハブらね?」とか「今が楽しければいいじゃん、親にはバレなきゃいいってばー」という形で、終始アレな情報に触れる。それが世間だ。



 簡単に有害だと判断しすぐに規制しちゃうって思考停止な姿勢を子どもにみせることこそ、その大人の背中こそ「有害」な結果をもたらすんじゃないかな。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005.06.10 01:04:15
コメント(2) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

せんだって日記

せんだって日記

カレンダー

コメント新着

背番号のないエース0829 @ 稲垣潤一 “ September Kiss ” に、上記の内容に…

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: