せんだって日記

せんだって日記

2008.01.24
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 せんだって、話の流れで永井豪の『デビルマン』を何歳で読んだかってことになって。
 アニメでしか見てないとか、中学生とか、大学生のとき後輩に興奮ぎみに薦められてとか、そういう話を聞いた。

 私は、小学生の時に近所の書店で立ち読みして、最後まで読んで、怖くなって走って逃げたことを思い出した。
 思い出したくらいだから、私はこの経験をこれまで忘れてたのだろう。忘れたって言うか、あまり意識することが無かった。
 飛鳥の語る人間が暗闇を本能的に怖がる話も、ジンメンの嫌な感じも、タレちゃんのアレも覚えてるけど、書店を逃げ出したことは忘れてた。

 皆さんは何歳の時に読んだだろうか。

 連載時には読める年齢ではない我々だが。
 大学生で読んだら衝撃を受けまくったであろうことは想像に難くない。主にその人間の描き方において。
 小学生で読んだ私はとにかく怖かった。切なかった。


 名作ってのに初めて当たる年齢は面白い。
 そこにゃきっと同時代性もあるのだろうけれど。たとえば『寄生獣』は世間の流れを読んで結末が変わったわけで、時代の空気が作品を作ることはある。

 上野千鶴子は『マンガ論争勃発(マイクロマガジン社)』において、マンガを「コンテクスト依存性の強い表象」と述べた。コンテクストとは文脈。一コマだけ見てもマンガの内容はわからないでしょ。
 マンガの読まれ方も、きっと深く読むことができる人と、わからん人がいる。このことは以前ブログで書いたけど、なんといいますか、いまの少女の多くに、それは無視できない数だが、『恋空』みたいな記号の羅列表現で充分な連中がいるとなると、今後の世代には『デビルマン』のような傑作が理解されうるのかどうかも、なんか不安がある。
 おそらくそれは杞憂だが、マンガの読み方を理解しない人は今もいて、今後増えないとも限らない。私は『ドラゴンボール』の人気が高いことも信じられないのだ。

 デビルマン初体験が例の実写映画だった人はお気の毒だが、漫画はすげえ。鬼気迫るとはこのことだ。
 表現規制が進んでいるので、今後アレを越える表現が雑誌連載の中で現れることはもうありえない。そういう意味でも空前絶後だ。

 ってなことを、デビルマン話で思い出したのだ。
 読んで、思わず唸った漫画はけっこうあるが、走って逃げ出したのは『デビルマン』だけだ。









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最終更新日  2008.02.12 23:48:03
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