韓国ソウル!文家の掟
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今日は思いっきり寝正月をきめこんだ。カマ夫は大学時代の友達と集まって賭けビリヤードに行った。本当に韓国の男達はビリヤードが好きである。私は本を読んだり(今は宮本輝の「睡蓮のまどろみ」)テレビを見たりで ダラダラ。韓国は明日まで正月休みだけど、悲しいニュースってのはあって、ホテルの火事で何人死んだとか、貧乏でオンドルがない家で一人暮らしのおばあさんが凍死してたとかこどもが行方不明で必死に探す親とかがでてくる。だいたい家族とかが泣き叫ぶ姿が映し出される。あの姿を見ると、韓国人って、悪い意味じゃなくて体と心が直結してるんだなー・・と思うことがある。悲しいときは泣き、頭に来たときは怒鳴り、楽しいときは騒ぐ。ここに住むようになってから、最初は奇異に映ったものがだんだん当たり前になってきた。それが一番早く心を浄化させる方法だとわかってきた。でも 韓国のドラマは無意味に泣くシーンが多すぎて辟易してるし、激しくなくことにもまだ抵抗を感じるんだけど。(笑)悲しむこと、それひとつとっても、日本と韓国は全然違う。泣けない私はまた「情がない」と言われるだろうか。(笑)下の日記は久しぶりにライコス時代のもの。============================2003・7・23日本と韓国・悲しみの表現方法の違い - 海外に住んでいると、日本のニュースというのは1.その国のニュースで見る2.NHKの国際放送(ケーブル料金が必要)で見る3.日本から来た人、来た電話で知る4.インターネットで見ると言う感じだろうか。私が情報を得る方法は NHKとインターネット。でも さすが、インターネット。おかげ様で 日本でナニが起こっているかぐらいは リアルタイムで知ることができる。今週はやっぱり、長崎の誘拐殺人事件?についてがいっぱい。韓国のニュースでも そのことが報道されていた。といっても、犯人に驚いたとか言うのではなく、それに震撼している日本について報道したようなもの。だいたい、そのあとの特集でボブサップが人気がある秘密なんてのを放送しちゃうんだから(笑)、無神経さに驚くと言うか、他人事なんだなと改めて思い知ったと言うか。NHKで 殺された男の子のお通夜とか近い存在の人のコメントが出てたけど、やっぱり日本と韓国の悲しみの表現は違うなって思った。もうずいぶん前になるが、北朝鮮のキム・イルソンが死んだときの放送を憶えている人はいるだろうか。北朝鮮の国民がみんな沿道に並んで 泣き叫ぶ姿を憶えているだろうか。顔を覆うわけでもなく、体全部を使って何か叫びまくる。あの頃、失礼とは思いながらそれを見て笑ってしまった。あまりにも演技めいて見えて(しかもかなり下手な)絶対これは嘘泣きだ、テレビで放送してるからわざと大げさに演技してるんだと思った。怒る人もいるかもしれないが、当時私はこの人たち、本当に気持ちわるい!と恐怖さえおぼえたものだ。それが 本当にこの民族の悲しみの表現だったと知ったのは韓国に住み始めてから。誰かが亡くなったとき、大きな事故があったとき、この国の人たちは 「しゃべりまくる」のだ。位牌にすがり付いて 泣く。これはどこの国でもあるだろう。日本だってそうだ。でも ここではだまって泣いてる人なんかいない。叫ぶのだ。「アイゴー!私たちの息子がどうしてこんなことになってしまったの?これからどうやって生きていけばいいの?誰かうそだと言って~」小さな声ではない。絶叫に近い。もう 心にある全ての言葉を出し切ってしまうような泣き方。 それを見て、キムイルソンが死んだときの国民の涙は嘘ではなかったんだなとわかった。(喜んでいた人も、まぁ少なくはなかったと思うけど)あの搾り出すような嘆き方を見ると、やはり悲しくなる。でも、今も違和感を感じてはいるのだ。だって 私はやっぱり日本人だから。悲しいときも ぐっと堪えて笑顔を見せろを叩き込まれて育ったから。悲しみを人にさらけ出すことを 潔しとしない九州男児の父に育てられた私は、涙をこらえている姿に悲しみを感じるのだ。涙が出ないほど悲しいということがあると思うのだ。去年だったか、日韓合作ドラマで「ソナギ」というドラマがあった。その中で 韓国の俳優が日本の女優に「泣きたいなら泣け。ここは韓国だ。」というようなせりふを使った。そしてその女優は大泣きした。まさに、その通り!と思った。泣きたいなら泣き叫ぶ方がいいのだ、この国では。泣かせてくれる国なのだ、韓国は。でも、できれば私としてはその時その女優にこう言ってほしかったのだ。「泣き叫ぶことだけが悲しみの表現ではない」と。「泣かないから悲しくないわけではない。」と。主人にこの気持ちを話したことがある。主人は ちょっと冷静に韓国のニュースを見て「本当だね、なんであんなに泣きながら話せるんだろう。でもオンマ(お母さん)もアッパ(お父さん)が亡くなった時 ずっと何か叫んでたなぁ」と。縁起悪い話しだが、主人が、いや可能性の高さから言うと義母が亡くなったら、私はどうやって泣くだろう。もし泣かずに悲しみに耐えていたら「なんて嫁だ!」と影で罵られるのだろうか。それとも今違和感を感じている「韓国風表現」をできるようになっているだろうか。泣き方も文化。表現は(かなり)違っても、悲しさに変わりはないのだ。
January 24, 2004
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