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2009.06.19
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カテゴリ: カテゴリ未分類
http://www5.ocn.ne.jp/~kmatsu/ishoku/ishoku.htm

 ・・・臓器も子供もモノじゃない・・・

 適切に治療を受ければ脳死にならなくて済む患者(ドナー)が取り替え用の臓器にされる・・・こんな世の中にしたくはありません。



こんな事が起こり得るなら問題です。



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 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1327276903


Q. 子供に対する臓器移植法案で色々考えさせられたのですが、脳死あるいは脳死に近い状態のお子さんを必死で看病している親御さん、
 一方、日本での臓器移植が困難な為、子供を救えない親御さん、高額な費用を払って海外で移植を待ち望む親御さん色々な思いがあるのでしょうが、海外からは「日本人はお金で臓器を買うのか」などの批判もあり、今後臓器移植の普及が待ち望まれるものと思います。
 そこで、臓器移植法案、A案~D案ありますが、どのようにすれば解決すると思いますか?



稀に、ごく稀に回復したという事例は、そもそも脳死判定が誤っていたということです。例外なく脳死からの回復はありません。
一度死んだ細胞は元には戻りません。足だって壊死したらデブリードしますよね?
そうなるとその診断の誤りで脳死の可能性が100%ではない子供の命を奪ってしまうかもしれません。
しかし医学は進歩し、奇跡でも起きない限りそんなことはまず起きないでしょう。
その奇跡を待つために多額の金銭、時間、労力を費やすのは合理的ではありません。
仮に、奇跡的に、実際回復した子供を見てみても、心臓が動いて、生命維持が何とかできているだけのそれです。
「生きている」と果たしていえますか?無理に「生かされている」のではないですか?
本人は「幸せ」を感じていると思いますか?
他の「生きている」人の命を救うためにもこの法案は可決されるべきです。


A. 突然死ですが
 実際に幼い子供を亡くして、医師から『死亡』を宣告されても、なかなか受け入れらませんでした考える時間はとても必要だった

 例え誰かの体の中でもいいから、子供の一部が生きていたら‥という気持ちで揺れると思う
 移植法案と並行して、ケアも充実させなければ
 親に選択権があるなら『YES』とは、なかなか言えない‥


A. アメリカ人もドイツ人も・・・・日本人だって、人の死の定義は同じはず。
いつまでも他国に頼るのはいけないし、命は平等でなければいけない。

 ドナーカードをコンビニなどにおいて(全然置いてない)もっと身近にすべき。 
 科学、経済共に先進国の日本ではもっと、臓器移植ができるようになり、いざというとき、助かる命は、日本で、助けて欲しい。


A. 我が子の死というものは、あらゆる臓器が停止しても信じたくないのが親の心情でしょう。奇跡が起こって息を吹き返すかも知れない・・・そう考えてしまうのです。
 逆の立場になったら、何とか移植で助からない物かと願う親の気持ちも良くわかります。
 もしかしたら、このまま焼かれてしまうより、誰かの体の一部になって生き続けるなら臓器提供しようという心境になるかもしれない。
 安らかに眠らせてあげたいと思うかもしれない。そんなことはそのときにならないとこうだとは言い切れない。
 ただ、子供(家族)の脳死で嘆き悲しんでいるときに医者でもすぐさまに「死」という言葉を使わない。それなのにこれからは、法律的にはお亡くなりになったのでどうなさいますか?・・・とばっさり問われるかと思うとせつない。
 もともと臓器提供の意志がある人達にのみの適用がいいような気がします。これはD案だったでしょうか。
 全ての脳死を法律で死と認めたところで臓器提供が増えるとは思えないのですが、いかがなんでしょう。


A. 人の死って豚肉や鶏肉を包丁でさばくように尊厳のないものなんですね。
 頭だけ止まればもう切り刻んでもいい。難病に苦しんで藁をも掴む思いであることは想像出来ますがそこまでして自分や子供の命救いたいならそれがどういうことか、子供の臓器を差し出す親と受け取る親がその子がまだ暖かいうちに内蔵を切り刻む現場での立ち会いを義務付けてしっかりと目に焼き付けて理解するっていうのはどうでしょう。何百万何千万円もの手術をする部品を提供するのですから我が子がどう扱われるか最後の立ち会いくらいは許されますよねお医者さま。我が子の亡きがらを医者にまかせたくなかったらお医者さまの管理のもと御自分の手で臓器を取り出すのはどうでしょう。さぞかし我が子も本望でしょう。そうすればA案でもD案でもいいんじゃないですか。
 法案自体が移植が必要な人たちや医者から上がってきたんですよね。脳死や臓器移植を法案に提出すること自体が人間としてのあるべき倫理観を超えています。


A. たしかに難しいですよね・・・自分が脳死ならどうぞ使ってくださいって思いますが、自分の子供ならどうかなって思います。死んでいないのと生きているのとでは同じことではないんですが、自分の子供なら割り切れません。
逆に自分の子供が、移植でしか助からないんなら誰か臓器下さいって感じだし・・・うーん考えますね。
でも臓器移植をする、しないは別として、法律として助かる命は自国で責任を持って、助ける法整備は必要だと思います。






さまざまな意見が出される問題ですが、衆議院での実質的議論は9時間しか行われていないとか… 





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Last updated  2009.06.19 08:30:29
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