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例えば、楽しかった想い出があったとして。例えば、哀しい過去があったとして。今は、そっと胸にしまっておこう。僕らは、今を生きる者。今を、生きる義務がある。今を、生きる権利がある。だから今を、大切に生きよう。いつか、永い時を経て。振り返ることができるなら、そっと振り返ろう。その時は、楽しかった想い出だけでなく、哀しかった過去さえも。きっと、笑いながら想い出せる。そんな気がするんだ。
2016.01.10
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叶わぬ夢がある。想い描いた世界、自身、風景。いつかたどり着ける。そう想っていても、あまりに長い道のりが待っている。でも、叶わぬ夢ばかりなのか。きっと、そうではないのだろう。夢へと続く、あまりに長い道のりを。歩くことをやめるのか。それとも、歩き続けることを選ぶのか。それを決めるのは、自分。そしてたったひとつだけ言えること。道は歩かなければ、前には進まない。歩き続ければ、道はいつかは夢に通じているということなのだ。
2014.09.06
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いつもの、森の風景。風が吹き、見上げると木々が揺れている。その先には、青く澄んだ空。空は、今そこにあって、地上のすべての場所へ、つながっている。そう、僕が知り合い、信じあい、共に過ごした人たちが、今も暮らす、その場所にも。みんな、元気で暮らしているだろうか。それぞれの街で、自分の夢に向かって、愛する家族を守るため、頑張っているのだろうか。ふと、そう考え。空に想いを届けてみる。自分には、今あるべき居場所がある。暮らす場所があり、過ごす刻がある。皆に、負けないよう。次に出会ったときに、胸を張っていられるように。今、この場所、この刻を。精一杯大事にして、生きていこうと想う。
2014.09.04
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僕のいる小屋には、小さな振り子時計が掛かっている。永らく止まっていたその時計の、ねじを巻いた。振り子がゆっくり動き始めた。そして、時を刻み始めた。振り子は、左右に揺れている。時は刻む音を、静かにたてている。部屋の隅に、古い蓄音機が置いてある。古いレコードが、立てかけてある。そのレコードを、蓄音機において。少し錆びた針を、レコートの上に置く。ゆっくりとハンドルを回す。大きなラッパから、蝋の溝をたどる針から伝わる、柔らかな音楽が、奏でられる。この森には、電気なんかない。それでも、時は刻まれ、音楽は奏でる。ふと、木々が風に揺れ、川のせせらぎが聞こえてくる。そのすべてが。いつしかなくしてしまった、柔らかで優しい、慈愛に満ちた音色に、想える。
2014.08.31
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長い刻が、過ぎた気がする。この森を訪れるのは、いつ以来なのだろう。時代が変わり、世界も変わる。この世のすべてが目まぐるしく変わり、今は過去となる。その中にあって、この森だけは。何も変わらずに、今ここにある。踏み荒らされ、打ち捨てられ、朽ち果てても。今、ここにある。もう、森を訪れることもない。森が無くても生きていける。そう想ったのは、いつのことだっただろう。違っていたんだ。森はいつでも心にあって、僕を励ましてくれていた。森は、いつでも僕に寄り添ってくれていたんだ。その僕が。僕自身が。森が無くても生きていけると、奢っていた。森を離れても生きていると、思い込んでいたんだ。今の僕を見たら、天のともだちは何と言うだろう。優しさを失い、思い遣りを失い、自分のことしか考えないで。大切な人を傷つけ、周りを悲しませるだけの、薄汚れた、情けないだけの、こびと…。もう一度、森で暮らそう。森とともに、生きよう。いつまでいられるのかも、わからないけれど。もう一度、森の言葉を紡ごう。優しさを、人を想う心を、想いだせるまで。
2014.08.31
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僕たちは、想いを伝える苦しみを。どれだけ味わえば気が済むのだろう。本当に大切な人に。大切な想いを伝えたい。しかし、想いを伝えようとして告げた言葉は。その人を傷つけ、悲しませ、そして苦しめる。そして、大切な人が苦しんでいることを知り、そしてまた自分も苦しむことになる。大切な人も、そして自分も。苦しむことなくわかり合える。そんな風にして想いを伝える方法が。言葉が。この世界のどこかに、あるだろうか。
2010.01.20
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僕達は、生きている。生きているからこそ、つらいことは多いけど。でも、生きているからこそ。喜びを、幸せを得るために。未来に向けて、自分自身を変えていくことができるんだ。真実は、自分の中にある。他人が描く歪んだ真実に、惑わされる必要はない。自分自身の真実。それだけが、たったひとつの真実なんだ。愛した、ともだちがいる。自分を支えてくれる、多くの人たちがいる。それはとてもとても、素晴らしいこと。その真実を、大切にして。自分自身を信じて。これからも強く、生きていってください。ともだちの誕生日を祝ったら。もう、年が明けますね。貴方にとって、心から笑顔を取り戻せる一年になりますよう。森から、お祈りしています。静かな森に住むこびと より
2009.12.06
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今の自分は、明日になれば古くなっている。自分を、変えていかなくてはいけない。でも、どうやったら自分を変えられるだろう。どのようになったら、自分が変わったことになるのだろう。答えは、見つからない。だから、大切な人たちの言葉に耳を傾けなければならない。本当は、自分を支える声がほしいと思う。でも、それはわがままだ。どんな、小さなことでも。自分自身への批判に耳を傾け。明日は、変わると自分に誓う。それだけの、心の大きさと強さを。今の僕に、持つことはできるのだろうか。
2009.08.16
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目が覚めて。ふと、過ぎ去った日々のことが頭によぎった。一緒に過ごした、友達のこと。共に見た、風景。語り合った、言葉の数々。ふとしたはずみで、起こった些細な出来事。止めることのできなかった、哀しい現実。その積み重ねがあって、現在という刻を生きている。僕らは、過去を振り返ることはできても。その事実を変えたり、曲げたりすることはできない。まして過去の事実がどうであれ、正当化することなどできはしない。大切なことは、過去に止まることではないんだ。時々、過去という時間を振り返り、小さな想い出と、後悔とを拾い、自分の胸の深くに、そっとしまいこんで。そして、再び未来へ続く道を。毅然と探しつづけることだと、想うんだ。
2009.07.25
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僕にだって、忘れ得ぬ想いがある。とてもとても深く、切ない想い。時に、そんな想いを言葉にして。綴りたくなるときも、ある。しかし、そうした自分自身の利己的な想いを言葉を綴ることは。時に、多くの人々を哀しみへと誘う。そのことを、知ってしまったからこそ。自らの想いを、心に閉じ込めて。ただ、森の言葉だけに耳を澄まし。淡々と、綴り続けている。
2009.07.21
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木々の間に広がる、空を見ていた。抜けるような、蒼さ。そして、広さ。人の心もどこまでも蒼く、そして広くあればいいのに。そうすれば互いを敬い、慈しむことができるはずなんだ。なのに、なぜなのだろう。いつしか、人の心にはゆがみが生まれる。想いの強さ、激しさが。時に、盲目で独善な行動を生み出し。人を傷つけてしまうことが、ある。そして、人を哀しませることになる。想いを、伝える。それはきっと、大切なことなのだろう。しかし、それがただ自分の願望だけの、一方的な想いの押し付けになったとき。新たな哀しみが、そこに生まれる。そのことを、僕たちは知らなければならない。過去の過ちを、目の当たりにした僕たちだからこそ。同じ悲劇を、二度と繰り返さないためにも…。
2009.07.20
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夏の眩しい陽の光が、森に差し込んでいる。木々に反射する、やわらかな光が。心まで、明るく照らしてくれるようだ。不思議に、勇気が漲ってくる気がする。何かが、僕にもできるような気がするんだ。こんな日は、この森に住まわせてもらっていることを。神様に感謝しなくては、と想う。そして、神様に託された願いに応えるために。精一杯、今を生きようと想う。心から、そう想うんだ。
2009.07.05
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漆黒の、夜。窓の外では、降り続いていた雨が止んだみたいだ。ふと、思い立って外に出てみた。暗い空にどんよりと浮かぶ、厚い雲が少し切れて。夜空が、見え隠れしている。瞬いている、星。暗い闇、重く空を覆う雲。その向こう側に、わずかに見える光がある。そのかすかな光は、無限の宇宙と長い時空を超えて。僕たちに、託された意志。その小さな光こそが。僕たちが未来に抱く、希望というものなのだろう。
2009.07.04
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哀しい過去が、ある。その哀しい過去を経て、現在という刻がある。過去の哀しみを、払拭することはできないのかもしれない。過去は、事実でしかないからだ。過去を想うたび、哀しみへと引き戻されてしまう。でも、未来は。自らの力で、変えることができる。過去の哀しみを、糧にして。もしも、哀しい過去があって。そのことで、現在という刻に苦しんでいるのなら。その哀しみを、自分自身の勇気に変えて。未来を想い、変えるべく邁進しよう。自らを信じ、行動を起こすことが必要なんだ。そして、その決意によってこそ。哀しい過去から、解き放たれるんだ。
2009.06.27
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未来を、夢見る。でも待っていれば、夢を見ることが出来るのだろうか。いや、そうじゃない。夢は、自分で描くもの。自分自身で模索して、目指して進むものなんだ。もしも自分の未来に、夢を描くなら。今、その夢に向かって努力する必要がある。夢は、やってくるものじゃない。自分自身が、夢に向かって進むんだ。そして、目指すべき夢があるからこそ。今を大切にして、生きていけるんだ。
2009.04.02
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ずっと、森を流れる川の流れを眺めていた。誰かが、言ったんだ。川の流れは、愛情を示すのだ、と。ゆったりと流れる、大きく豊かな川の流れのように。静かに、穏やかに、優しく人を包み込む。そんな深い愛情を。僕は、持つことができるのだろうか。
2009.04.01
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時に感じてしまう、憎しみを。心ならずも、ぶつけてしまうこともあるだろう。しかし、そこに待っているものは、混沌とした、闇。互いに傷つけあい、悲しみだけが広がる世界。もしも、哀しみの続く世界にあって。それでも、未来を信じ、光を、希望を求め。穏やかな心で、すべてを許すことができるなら。そこに待っているものは、互いを許しあい、穏やかな自分でいられる世界。もしも前者を地獄といい、後者を天国というのだとしたら。地獄も天国も、きっと自分の心とは別に存在するものではない。むしろ、地獄も天国も。きっと自分の心が創りだす世界だ、ということなのだろう。
2009.02.14
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この世は、きっと哀しいことばかりなのだ。でも、だからと言って。この世の哀しみに背を向けて。逃げながら生きることなど、出来はしない。たとえ、逃げても。またそこには、新たな哀しみが。待っているだけだ。いま目の前にある哀しみを、受け入れ。乗り越えて、生きるしかない。哀しみを、自分の中で受け入れる覚悟をして。その上で、これからを担う人々に未来を語り。そして、生きる勇気を与える。それをできる人こそが、本当の意味での。強き人、と云うのだろう。
2009.01.28
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今日は、嬉しいことがあった。かつて、森の学校で一緒に学んだ仲間たちが。僕の住むの森まで、遊びに来てくれたんだ。この森に住む、ずっと前のこと。別の森の学校に、僕は通っていた。そして、愛する仲間たちと毎日勉強していた。時には、野原で切り株に座ってみんなで食事をしたり。時には、一緒に色々な森へ遊びに出かけたり。時には、森の外の世界へと想いを馳せて、将来を語り合ったりした。ただただ、楽しかった。そんな時間が、僕にもあったんだ。今、みんなはそれぞれの森にいて。それぞれの立場から、この世を見つめ。そして、それぞれの願いを世に語り続けている。そうした、仲間たちに励まされて。今、僕ももう一度この世の中と向き合う。僕が今を生きている、この大切な森で。愛する、木々たちの想いを言葉にしながら。
2009.01.02
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人を許す、ということ。自ら負った深い心の傷に耐えて、憎しみを超えて。なお相手を愛し、包み込む。哀しみに溢れる、この世界で。そのような心の大きさを、持つことができるのだろうか。できるんだ。僕は、信じている。たとえ今はまだ、傷つき、妬む、小さくささくれた心でも。いつかきっと、すべてを許すことのできる。いつかそんな自分に、なれることを。
2008.12.27
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自分の身の丈に合った、質素でつつましやかな暮らしを。ずっと、そう願って暮らしてきた。不要なものを一つ持てば、一つ苦労が不要なものを十持てば、十の苦労が増す。だれかが、そんなことを言っていた。自分が生きていくのに、最低限のものを持っていれば。そしてそのことに、満足をしていれば。世の中に、哀しい出来事は起こらないだろう。でも、人の欲は止めることはできない。それは、無理からぬことだ。自分では止められないからこそ、欲なのだ。僕らは、人を想わなければならない。自分だけではない、多くの人々がこの世に生きている。そして、誰もが同じように願いを持っている。だからこそ、自分自身の欲を抑えて。周りの人を気遣い、自身をわきまえることができる。自分の身の丈に合った暮らしに、満足できるんだ。
2008.12.23
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森は今、雪に覆われている。夏の間、あれだけ元気だった動物達も鳥達も。今はその姿さえ、見せることはない。冬は、静寂の季節。でも、その静寂はただの静寂じゃない。森を覆った雪の下では。木々の芽が育ち、冬を越しながら生きるもの達が、いる。生命の息吹が、一斉に花開く。美しい春を、夢に見ながら。人の生き方にも、そうした時があるのだろう。将来の栄光を、成功を、幸福を得るために。深い深い雌伏の刻が、きっと必要なんだ。厳しい厳しい、冬。今はただ、耐えよう。やがて来る、美しい春を迎えるために。
2008.12.20
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ある人が言ったんだ。「成功は、既に下り坂にあるのだ」、と。きっと、そうなのだろう。と、すれば。自分が、今幸せなのだとすれば。また、先々には哀しみが待っているのかもしれない。そして、裏を返せば。今、哀しみの中にいるということは。実は、哀しむことではないのかもしれない。時は流れ、季節は巡る。その中で、喜びと哀しみもまた巡る。今、哀しみの中にあることは。未来への幸せに向かうスタートにいる、ということだ。だから今、考えよう。この哀しみの中で、自分自身に何ができるのか。この哀しみの中にあって、何を為すべきなのか。そのことが。これから始まる、幸せに向かう未来を。より、大きく、太く、深く。そして、力強いものにするかもしれない。
2008.12.14
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太古の時代から、人は人とともに生きてきた。多くの想いがそこにはあり、それぞれに想いを通わせ、互いに尊重しながら、生きてきた。そして、僕らは今の時代を生きている。たとえ時代が移り変わっても、人が、人ともに生き、想いを通わせていることに、何も変わりはない。人は、それぞれに想いを抱く。今を生きる人の数だけ、想いはある。子供達にも。若者達にも。老人にも。それぞれに、今このとき馳せる想いがあるのだ。ただ、その想いが人に語られることは無いのかもしれない。だから、その想いに気づかない。ただ、それだけのことなのだ。なのに、そのことを省みず。まるでただ、そこにひとつ存在する物のように。まるで無機質な物体のように扱い、自分の想いだけを実現しようとする。そうした人達だけを生み出し続ける、そんな世の中に。どのような未来がある、というのだろうか。
2008.12.07
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森の中で、ひとり。黄色に染まったいちょうの老木に寄り添い、佇んでいる。老木は、何も言わないのに。その穏やかさ、懐の大きさで。僕を、癒してくれる。たとえそこに、言葉は無くても。そこには、安心できる空間がある。優しく、澄んだ空気が。木々の間に流れる、心地よい風が。柔らかく、暖かい木漏れ日が。その老木の周りを、包み。心癒す佇まいを、創りあげている。時に、そうした人にめぐり合うことがある。木々の心を、湛えた人。言葉少なくとも、周囲の人々をやさしく包み、癒す。その人は、どのようにして。そうした佇まいを、身につけるに至ったのだろう。
2008.11.29
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愛する人を想い、悩む。愛する人を逢えないことを寂しい、哀しいと想う。その想いは、大人の世界を知るほどに。深く、強くなる。僕ら、大人には。自分自身の置かれた現実が、ある。そして、その現実をも大切にしなければならないからこそ。その想いの深さ、強さとの狭間に悩み、苦しむのだ。でも、もしも現実の中に沈めて。平静を装うことができる、そんな想いなら。きっと、本当ではないのだろう。心から願う、深く強い想いだからこそ。現実を大切にする心との狭間で、悩み、苦しむのだ。そうした苦悩こそが、大人への階段。そして、その苦悩の中に身を置きながらも、自らの想いを認め、大切にし、素直に、愚直に従う。それが僕達が身につけなければならない、真実の強さなのだ。
2008.11.20
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少し肌寒い、秋の森。切り株に座って、夜の空を眺めている。満天の星空。もう、冬も近いんだ。空気が澄んでいて、星が瞬いている。大切なともだちの星は、どれだろう。ともだちは、言っていた。『ぼくの星を、探してほしい。 そうすれば、星を好きになるから』きっと、そうなんだろう。空を見上げて星を見ていると。どの星も、本当に愛おしい。あれから、1年。僕らは、ともだちの想いを、今この時へと、繋ぐことができたのだろうか。満天の星のもとで。多くの人々が、今という時を生きている。そこには、多くの幸せが生まれている。そして多くの哀しみが、絶えることなく生まれている。深い森にあって、世を捨てて孤独でいながら、人の世の平穏と幸福を祈って、言葉を綴っている。そんな僕は、弱虫なのだろう。でもそれでも、僕は言葉を綴り続ける。哀しみの境遇のなかにあっても。憎しみを抑え平穏を望んだ、ともだち。そのともだちの、意志を、希望を。少しでも、今のこの世に繋いでいきたいんだ。だから僕は、森の言葉を綴り続ける。
2008.11.15
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子供たちの、瞳。そこには、一点の曇りも無い。ただ輝きだけをもって、未来を見つめている。でも、現実には。この世には、あまりに哀しい出来事が多すぎる。しかし、もしも。僕たちがそのことを、切に願うのなら。僕たちが信じて、自分の成すべきことを成したなら。おそらく、この世の中は変わる。子供達が、大人になったとき。今、僕たちが見つめている哀しい現実を観るのではなく。子供の時と変わらぬ、輝かしい未来を観ることが出来る。そうした未来を創るために。今、僕達は生きている。
2008.11.09
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この世に、哀しいことが多いからと。自ら、命を断つ人がいる。確かに、命の火を自ら消してしまえば。哀しみから、逃れることができるのかもしれない。でも、それは同時に。この世の中の素晴らしさとも、決別するということ。心を癒してくれる木々の緑に、自らを委ねることも。四季折々に色彩を添えてくれる花たちを、愛でることも。広がる空の青さを、澄んだ心で眺めることも。多くの心優しき人たちの想いに、触れることも。もう、できなくなるということなのだ。無数に訪れる、深い哀しみに耐えながら。時に出会う喜びと、充実と、感謝を蓄えて。自分自身の成長を得て、未来への希望に繋げていく。それが、生きるということなのかもしれない。
2008.11.01
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どんなに強い想いを、抱いていても。大切な人に通じないことも、ある。相手にだって、願いや想いはあるのだ。たとえその時は、想いがすれ違ってしまったとしても。いつか、時が互いの凍った心を溶かしてくれる。また、昔のように話せる時がやって来る。たとえ、今は悲しくても。再び笑い合えるときが、きっとやって来る。そう、信じているんだ。
2008.10.28
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大切な人の笑顔に、どれだけ救われたのだろう。その笑顔は、ただそこに在るわけではない。多くの困難の中に自らを置き、乗り越えてきた末に、そこに在るのだ。長い時を経て、この世を達観したものだけが創造し得る、平穏と安心。何物にも揺るぎの無い、確かな自信がそこに在る。まるで木々が、風雪に耐えて年輪をたくわえ、豊かに育ち、穏やかに佇んでいるように。人の心もまた、多くの苦難と悲哀を経て、優しさをたくわえ、穏やかな笑顔となって、現れるものなのだろう。
2008.10.25
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誰しも、闇夜を歩かなくてはならない刻が、ある。一寸先も見えない、闇。遥か遠くを見通そうともがけばもがくほど、不安になる。深い闇の中にあって、先など見通せるはずも無い。闇夜を歩く時は、目の前に見えている、そのわずか先を。静かな覚悟をもって、一歩一歩踏みしめて歩く。たとえその歩みは小さく、遅いものであったとしても。不安に駆られながら、立ち竦むよりも。確実に、自分自身を前へ進めてくれる。そして、前へ進む実感が。自分自身に、自信を与えてくれる。闇夜を超えて、必ず朝へ辿り着いてみせる。その勇気を、与えてくれるのだ。
2008.10.21
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自らに訪れた哀しみから、目をそらすことも。自らが負ってしまった辛い運命から、逃げることも。その気になれば、多分できるのだろう。そしてそれを誰かに咎められることも、おそらく無いのだろう。でも、そうして今の自分自身の境遇を否定して。どうして心の安住が、充実が、得られるだろうか。どのような未来が、得られるというのだろうか。今の哀しみを乗り越えたい、と想うのならば。自らの辛い運命を変えたい、と想うのならば。自分自身の弱さと、闘うしかないのだ。
2008.10.19
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森には、秋の光景が広がっている。木々が実をつけ、それを動物達が探して駆け回っている。森は、生きている。ただ静かに、そこに佇んでいるだけなのに。生命の息吹を、空間全体から感じることができる。遥か彼方まで続く森に、小さな僕ひとり。森は、偉大で、深遠。そんな森にあって、僕なんて。ほんのちっぽけな存在でしか、ないんだ。そんなちっぽけな、僕が。なぜ、自分こそが正しいだなんて。なぜ、自分がこの世界を動かしているだなんて。想うことができるというのだろう。
2008.10.15
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森の奥へと続く道を、長く歩いてきた。ふと、背中越しに振り返ってみる。歩いてきた道が、長く続いている。自分が歩んできた、道。誰しも、生きている限り。長い時間をかけ、歩いてきた道がある。それは、自分が成しえてきた、結果。自分が誇ることのできる、真実。道のありようは、千差万別。でも道を歩み続けて、今を生きている。そのことは、誰しも変わらない。誰もが、自分の歩いてきた道を持っている。もしも少し、自分に、疲れてしまったら。自分に訪れている悲しみに、負けそうになったなら。描く自分の未来を、見失ったなら。歩いてきた道を、振り返ろう。自分が歩いてきた、道がある。それは、成し得た結果。誇れるべき、真実。自信が、そこにはある。自分が生きてきた、証がそこにあるんだ。そう思えることで、きっともう一度、前に向かって歩く勇気が生まれる。きっともう一度、未来を目指す力を取り戻すことができる。
2008.10.11
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人は、変わることができる。自分を変えることは、きっとできる。ほんのちょっとの、勇気を持って。過信と、邪念を捨てて。初心に帰り、謙虚になる。自分自身の、おかれた環境。今の、自分自身のあり方。その場所に、とどまるのではなく。常に自分を新しくしようと、想う。そうした、想い。その日々の、積み重ねによって。より充実した、新しい自分を、切り拓くことができる。
2008.10.05
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人の世には、哀しみが溢れている。人の世に触れるほど、多くの哀しみを知る。その哀しみの前に、打ちひしがれることになる。しかし、そのことは。本当は哀しいことではないのかもしれない。なぜなら、心優しき自分を知ることができるから。もしもこの世の哀しみに、背を向けたまま日々を過ごしたなら。きっと僕達は、人の心の痛みをわからない、哀しい人間になってしまうだろう。でも、哀しみに打ちひしがれた自分であるがゆえに。人の心の痛みを、自分の想いに重ねることができる。人の哀しみを、わかち合うことができるのだ。人を慈しむ、優しい心。それは、多くの哀しみに打ちひしがれたその果てに。ようやく、手に入れられるものなのかもしれない。
2008.10.02
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時は、流れている。僕らの意志とは、無関係に。でも、流れる時を。本当に大切にできるかどうかは、僕ら次第。今という、この時を。より意義深く、より正義と慈愛に満ちた。より美しく、より輝いた。より、未来への希望に満ちた。そういう時にできるかどうかは、僕ら次第。僕らの意志しだい、なんだ。
2008.09.28
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僕は、生きている。自分自身の足で立ち、自分自身の心の感じるままに。自分の人生は、自分だけのものだ。だから、今を精一杯生きたい。後悔の無い、納得のいく生き方を見つけたい。人生いたるところに、青山あり。志をもち、信念を持って。自分自身の生き方を、探して旅をしていきたい。そう、想うんだ。
2008.09.25
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やり切れない出来事が、起こったり。自分の想いが伝わらないことが、悲しかったり。上手く行かない自分に、もどかしかったり。愛する人とすれ違ったり、道を違えたりしたとき。愛する人を、失ってしまったとき。そんな時、前に進もうとする気持ちさえ。失ってしまうことさえ、あるのかもしれない。でも、そうした時こそ。小さな勇気を、持とう。その場で震えて、立ち止まってしまうのではなく。何も考えず。小さな勇気だけを持って。ほんの一歩、踏み出す。その時、その小さな勇気が、小さな自信につながる。そして、そのことで風景が変わる。小さな勇気を持ち続け、ほんの一歩を歩み続ける。そのことで、小さな自信を積み重ねる。そのことで、風景はどんどん変わり。そして大きな自信へとつながっていく。その時、もう一度。もう一度。前を向いて、歩きつづけよう。そういう気持ちを、取り戻すことができる。未来へ向かう、気持ちを取り戻すことが出来るんだ。
2008.09.21
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今、自分がいる場所に。いつまでも、止まることは出来ない。時が、移り変わり。自分の置かれた環境が変わっていけば。自分もまた、止まってはいられない。自分もまた、変わらなくてはならない。変化を、恐れてはいけない。水のように 空気のように。周りの環境に合わせて、形を変える。常に、新しい自分のあり方を求め続ける。そうした、柔軟な生き方をできる人に。初めて未来という時間が、与えられる。
2008.09.16
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森を、静かに眺めている。ただ、静かに。いろいろな心のざわめきがある。時には、悲しく想えるときもある。憎しみ、苦しみ、憤りを感じることさえある。でも、そうした感情も。長い時を刻んできた、この深い森の前では、ごく小さなことなのかもしれない、と想う。ただ、穏やかであること。ただ、優しい気持ちを持ち続けること。そうした心持に、辿り着くまで。あとどれくらいの時間を、僕は過ごせばよいのだろう。
2008.09.12
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森に降った雨が、あがった。まだ昼なのに暗かった空が、少し明るさを取り戻しつつある。森の緑が、雨露に濡れて光っている。人の心にも、時に苦しみが訪れる。苦しみは、雨。時に心へと突然降り注ぎ、濡らす。苦しみという雨に心を晒し、向き合って、じっと耐え続けてこそ。初めて雨上がりに、その心は輝き。その人の心を、潤わせる。心に強さを、優しさをもたらすのだ。
2008.08.16
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明日は、この世を去った大切な人と、再会することができる日、なのだそうだ。先立った人々が、年に一度。今を生きる僕たちのもとへと、帰ってくる。永遠の時のなかで、生命はめぐる。新たな生命が芽吹く一方で、静かに消えていく生命もある。大切な人が、精一杯生きた証さえも。いつかは過去のものとなり、人々の記憶からも失われる。でも、今を生きる僕たちが。大切な人が生きていた証を、未来へと伝え続けることはできる。それは、今を生きる僕たちの。果たすべき責務でさえ、あるのかもしれない。ともだちが、人知れず自分の生命の火を消し去ってから。もう、何ヶ月がたっただろう。明日、彼女は。決して自分を幸せにしてはくれなかったのに、感謝してやまなかった、両親の元へ。苦しみながら、愛し続けた彼の元へ。帰ってきて、静かに想い出を語り合うのだろうか。
2008.08.14
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今、僕が立っているその場所は。無限の広さの大地の中にあって、ごくわずかな広さにすぎない。しかし誰しもが同じように、大地に立っている。人である限り、大地に立つ権利は、誰しもが与えられている。誰しもが、同じように立つことができるんだ。そこに、貧富や身分の差などない。大人と、子供の差もない。大事なことは、木々のように、自分が立ったその場所に根を張って、自分自身に何ができるのか、だ。自分に与えられた、その場所で。どれだけ精一杯生きられるか、ということなのだ。
2008.08.09
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未来は、無限。無限であるからこそ、人は、未来に夢を見る。自分自身の理想を、希望を、夢に見るのだ。そして、夢は自分自身の力の源になる。夢を持とう。たとえそれが、叶わない願いであったとしても。絵空事だったとしても。それを持つこと、そのことで。今という時間を、大切に生きることができるのだから。
2008.08.05
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森は、何も見返りを求めない。ただ、自分はそこにあって。太陽の恵みを受けながら、その恵みの形を変えて、生き物達に分け与えている。けっして、生き物達に見返りを求めたりしない。人を信じるということも、同じなのかもしれない。そのことに、見返りを求めるべきではない。ただ、自分が信じる。その一方的な想いだけで、十分。たとえ、その結果裏切られても。悲しい想いをすることがあったとしても。その気持ちを自分自身が享受し、乗り越えられる、強くて巨きい心があれば。懐の深さがあるならば。決して、人を信じるということは、怖いことではないはずなんだ。そして、そうして人を無条件に信じられる深い懐を持った人こそが。誰からも信頼される、尊い人となりうる。
2008.08.02
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生きている僕らは、それぞれに過去を背負っている。無限にある未来と違って。過去は、ただひとつだけ。振り返ると、そこには修正を許されない事実だけが、横たわっている。つらい過去に、目を伏せたとして。何の解決にも、ならない。何も生まれは、しない。過去という時間は、そこから逃げることを許してはくれないのだ。乗り越えるしか、ない。悲しみの事実と真摯に向き合い、謙虚に自分自身を省みて今の自分に投影しながら、生きるしかない。そうした強い心をもって今という時間を精一杯、生きてこそ。はじめて、未来へと向かう意志を持つことが出来る。
2008.07.29
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森は長い時間を経て、その姿を形作り、そして、多くの生き物に恵みを与えてきた。だから、偉大なんだ。僕らの人生も同じ。大事なことは、長い時間を積み重ねることだ。その瞬間では、何の結果も得られなくても。それを続けていけば、いつか何か結果が得られるものだ。どんなに、不器用でも。どんなに、凡庸でも。長い時を刻み、継続することで。得られる深みが、ある。それは僕らすべてが、誰でもできること。そして、どんな器用や要領よりも評価されるべきもの。そうして生まれた結果こそが、何よりも、偉大なものとなる。
2008.07.27
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世の中には、悲しい事件が溢れている。悲しみの中にある人は、時にその悲しみを、他人へとぶつけてしまう。そのことは結果的に、新たな悲しみを生む。いわれなき人々へと、悲しみは連鎖していくのだ。もしも僕らが自分の悲しみに耐え、人を慈しむ心へと、昇華できる強さを持ったなら、心に悲しみを抱く人を一人でも、減らすことができるだろうか。
2008.07.23
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