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<ようやっと>
YOMIURI ONRAINより
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山形県鶴岡市の加藤紘一・元自民党幹事長(67)の実家と事務所が放火され、全焼した事件で、鶴岡署は31日、現住建造物等放火などの容疑で逮捕した右翼団体「大日本同胞社」構成員堀米正広容疑者(65)(東京都新宿区歌舞伎町)を山形地検鶴岡支部に送検した。
これまでの調べで、堀米容疑者は、動機について「加藤氏の発言を不満に思った」との趣旨の供述をしている。加藤氏は小泉首相の靖国神社参拝を批判しており、堀米容疑者はこうした加藤氏の発言に反発したとの疑いを強め、追及する。
(2006年8月31日14時29分 読売新聞)
( http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060831ic11.htm )
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当初名前がいつまでたっても出てこないので,「もしかしたら・・・」なんて余計な勘繰りをしていましたが,名前が公表されたので勘繰りではなく,推測ができそうですね。
正直なところ,自分には日本人のように思えます。
確かに自分も加藤氏には正直腹の底が煮え繰り返る思いがすることもしばしばある。
しかし, 人の主張・発言を暴力で封ずるのは絶対に,絶対にあってはならないこと 。
これはもし自分がそうされた時のことを考えればおのずとそういう結論に至るはず。そうした自然な感情から離れた理由を探すと,第一にある主張というのは他の主張の存在とそれとの対論・議論によって磨かれ又は引き立たされるものであること(要するに異なる意見の排除は,自己の意見の輝きを失わせてしまうことにもなるということ),第二に民主主義というのは多様な意見の存在を前提としていて,その優劣を決するのはその構成員一人一人の自主的な判断によるべきものであること,等が挙げられる。今回の対象は政治家ということもあるから,さらに民主政治の過程を暴力でゆがめることは,暴力による統治を認めるも同然のことで,近代国家では絶対に許容できない,ということも理由の一つに挙げられる。
まして人の家に,しかも人が住んでいる家に火を放つなど言語道断。今回はたまたま人がいなかったからよかったようなものを,もし人がいて,なおかつこれが他の家に延焼でもしていたら・・・
この犯人は厳罰に処していただきたい。
<この方はいったい何を期待されるのか・・・>
さて,上記の記事に関連して奇妙なオピニオンを見たので紹介します。

これは読売新聞 2006(平成18)年8月31日 朝刊の第38面に載っていた記事です。
よくわからないのは,赤線を引いた部分(下手くそでゴメンナサイ)。煩を厭わず書き出してみると,こう書いてあります。吉田教授は次のように言っています。
「社会全体がテロに対し寛容で,今回も国民の反応は鈍い。異論に対し,非寛容な社会が作られつつあるように感じる」
「社会全体がテロに対し寛容」?何を根拠におっしゃってるんでしょうか。国民が表立ったアクションを起こさないことを根拠に,テロを「寛容」に受け止めているなどという推論が根拠なら,その誤りは簡単に指摘できますね。
「行動しないからといって寛容であるとは限らない」
またデモなどに参加するなど表立った行為をすることを避ける傾向にある国民性からすれば,
「行動しないからといって,それが寛容の表明であると推定できない」
従って,何か他に根拠が必要ですね,教授が持論を正当化するためには。
それと,「国民の反応も鈍い」ってなんですか?いったい我々に何を期待されておられるんでしょう。
デモでもしろと?それとも加藤氏に激励メールを送れとでも?いったい何をすればよろしいのでしょうか?何をすれば「反応も鈍い」という批判を免れることができるんでしょうか。
ま,もっとも「非寛容な社会が作られつつあるように 感じる 」ってことで,単なる感想の類を述べておられるようなので,ここまで突っ込むのは可哀想なのかもしれませんがね。
ところで,こういう筋のとおらない文章を書く人って,アチラ側の人に極めて多いのですが,調べてみたら,この教授はこんな人でした。
Wikipedeaより
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吉田 裕(よしだ ゆたか、1954年11月2日 - )は埼玉県入間市出身の歴史学者。専門は日本近代史。天皇の戦争責任などについても論じている。南京大虐殺肯定派に属し、精力的に活躍している。
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E8%A3%95)
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なーんだ,確信犯だった(w

ということです。
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