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10月31日(金)1975年Halloween day なので、夜エスコンディッドの街をドライブしたとき、カボチャのランタンを飾ってあったり、仮面をかぶった子供たちが袋を持って、「Trick or Treat ? 」と言いながら家から家へとキャンディを集めて回っていた。Benson氏の家に行ったら、奥さんは主人と一緒にディナーに出かけていて、留守番のシャーリーというおばあさんがいたので、一緒にコルトレーンを聴いた。とてもよかった。ジャズが好きになりそうだ。そのうちに子供たちが帰ってきたのでチョコレートなどをおすそ分けしてもらった。そのうちに夫婦が帰ってきたので夜の12時過ぎまで話しこんでいた。「ずいぶん久しぶりだけど、もう金がなくなったからやって来たの?」とか言われてしまった。とてもいい人たちだ。そういう人の温かさというのが本当に嬉しいのだ。アメリカに来ていろんな人と知りあえるってことはやっぱりとても素晴らしいことなんだ・・・そう、じっと閉じこもっていたんじゃ気分が滅入るだけ。Benson氏の家のTax は900$以上だって。会員になると日本まで1人300$ちょっとで行けるんだそうだ。もちろん往復で・・・ラモナのF島君の車は実に調子が悪そうで、どうもトゥインも狂っているみたいだ。実際に乗ってないからはっきりとはわからないんだけれどね。とにかく今夜はHalloween で楽しかった。Bossはどこかへ家族で出かけてしまった。やっぱりtetywestたちも外出するというのは気分が変わってとてもいいことなのだ。金のかからないように、そして有意義な外出を目ざそう!!・・・ということだ。
2005年10月31日
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10月30日(木)1975年Riverside へ Avocado Field Day のプログラムに参加した。San Diego カウンティの人々が150人ほど、あまりに多いので急きょ部屋を変更したほどの人気だった。やはり、あまりEnglish はわからないけれど、それでもよかったのだ。UCRだったので、昼からは温室や実験室ものぞいて有意義だった。今日は昼から雨が降ってきて、ちょうどいい休みだったな。帰ってきて牛丼を食べて、school へ行ったら、今日は Halloween の大特集で、何しろ魔法使いのスープに何を入れるかとか、後半は大パーティになってしまってとにかく楽しかった。それに、Maria の誕生日だったので扇子をやったらkiss してくれた。とにかく童心に返ってはしゃぎまわった一夜だった。Party では「椅子争奪戦」、「トライリング渡しゲーム」、「水の中のリンゴかじり」、「頭の上の本」なんていうのをやって、それで最後にはGo Go を踊って、夜風が気持ちよかった。中村雅俊の「いつか街で会ったなら」の1コーラスを覚えた。今日一日仕事がOFFで、かつ、このNight Party だったので、今日はよかったのだ。そして日本の歌を聴いてね。コーヒーをよく飲んでいる。しかし、何か視点が少し変わったような、そんな2、3日なのでいい感じなのだ。今、カセットからは小柳ルミ子・・・Saturday にはホーン君のところへ遊びに行くことになっているし、日曜日から1週間はヨセミテでVacation だし。「熊に気をつけるのよ」なんてJudy に言われたり、とにかくいいね、あのschool・・・
2005年10月30日
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10月29日(水)1975年今このボールペンを買ってきたんだけど、例によってインクの出が悪い!!さて、今日は疲れたので9時には寝ることにして、今妹から送ってきたカセットの3本のうち2本目を聴いている。久しぶりの日本の曲がアメリカで流れているというのも変てこなものだけど、いいねえやはり・・・リリーや井上陽水や中村雅俊君なんかがいいのですねえ。tetywestのフォークの趣味もこのへんに落ち着いてきた感じだなあ。ワーワーとうるさいのは大したことなくて嫌いだし、イズミヤもそれほど感動しないね。夕食の食べ過ぎで胃が大変なのだ。拓郎のおしゃべり・・・おもしろい会話がトパトパ飛び出してくるのでおかしい。今月はもうお金が底をついた。ディズニーランドの写真などを現像したので4$も飛んで行ったし、そのあとフィルムも買ったし。1本1$59¢のを2本。そんなわけで、ああ、仕事の方は本日はミスが目立って、アボカドの上のほうでトラクターが動かなくなってBossに頼んでショベルローダーでトレーラーを引き下げてもらったり、ガス補給のときトラックをshedにぶつけたり、何をやっているんだろうね。そんなわけで、もう寝よう。明日はRiversideへアボカドについての講義を聴きに行くのだ。だから仕事は休みなのだ。嬉しいのだ。
2005年10月29日
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10月28日(火)1975年それまで機嫌が悪かったけれど、school に行ってMaria と話しているうちに次第になごやかな気分になって来た。今度のThursday が誕生日だそうで17歳になるのだという。面白い娘なので相手している。Texas のエルパソ生まれでEnglish はペラペラなのに何でこんなクラスへ来ているのだろう?で、Next Thursday にはBirthday present をやろうと思っている。今日、仕事中に「バーネット探偵社」という怪盗ルパンの本を読んだし、今は小説新潮を真面目に読んでいる。これはわりとまじめな本で、いいなあと思う。日本へ帰ったらずっと買ってみようかなんてね。こういう本は新潮じゃなくてもいいけど、日本へ帰ってからも読むチャンスを持ちたいと思うのだ。そんなわけで、school はとにかく何があっても行かなくてはいけない。それしか救われる道がないような気がしてきたのだ。このところ・・・というより今日。とにかく、読書の秋、食欲の秋、もの想う秋なのだな・・・ガンバロウ!!とにかく生きてゆこう。少々チャンスも見つかりそうだし、やるぞという気分がわいてきたのはいいことだ。
2005年10月28日
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10月27日(月)1975年今月もあと4日を残すのみとなった。月日の経つのは早いものだ。今、LPを日本に送るためにバレンシアのつっかえ棒を切った。レコードが割れないようにこの柱で外枠を作るのだ。荷物は1個20kgまでらしいので、たぶん3個になるだろう。それにしても大変な荷物だと思う。今月は送れないだろうから、来月ヨセミテから帰ってきてすぐ送ることにしよう。土曜日に一人でリバーサイドへ行って、play girl へ行ったけれど、もうつまらなかった。女のコが踊っているのを見ているだけではバカらしい気がしていてシラけていた。次の日、F浪君と一緒に Riverside International Race Way へ California Grand Prix を観に行った。初めてF1というかフォーミュラ5000というのを見たけど、さすがに迫力だった。音もすごいし、マシンもとにかくすごかった。ただ、レース自体はカマロ・レースの方が面白かった。これは全く同じカマロ12台のレースなのだが、A. J. Foyt とか、Bobby Unser とか、Mario Andretti なんかの有名なドライバーが出場していてる。20週目くらいでフィッテバルディが事故でリタイヤしたので、イエロー・フラッグになって各車の間隔が詰まったので、そのあとのリスタートからが面白かった。金はなくてもこういうのにはどんどん参加したいよ。 Riverside International Race Way California Grand Prix で優勝した Mario Andretti International Race of Champions (IROC)のカマロ・レース IROCカマロ・レースの結果 October 26, 1975 Riverside International Raceway Riverside, California 2.54-mile road course, 30 laps, 76.2 miles 1 2 Bobby Allison 30 Running 2 4 Al Unser 30 Running 3 11 A. J. Foyt 30 Running 4 10 Mario Andretti 30 Running 5 12 Bobby Unser 30 Running 6 1 James Hunt 30 Running 7 5 Brian Redman 30 Running 8 3 David Pearson 30 Running 9 8 Benny Parsons 30 Running 10 6 Jody Scheckter 27 Flat tire 11 7 Richard Petty 23 Accident 12 9 Emerson Fittipaldi 18 Accident Time of Race: 45 minutes, 54.124 seconds Average Speed: 99.603 MPH Margin of Victory: .534 second Lead Changes: 1 レースはフィルム4本使った。全部といっていいほど流し撮りをやったので、うまく写っているかどうか心配だけれど・・・USAに来てからずっと続いていたサマータイムが26日から冬時間になり、仕事も7時から5時の9時間労働になって楽になった気がする。しかし、6時になるともう暗いので何か変な感じだ。今もまだほんの7時半なのだけれど、どうも時間の感覚がズレてしまっていけないのだ。リバーサイドもF浪君が一人でシラケているようなところがあって、どうも、やっぱりどこも同じなんだなと思う。今日など他の2人とは仕事中はほとんど口をきかなかったし、実習生ハウスへ帰ってきてからも話題がないのでしゃべらずじまい。それに今2人ともベッドルームにいるからなおのこと。7時半からベッドに入ってどうするのだろうと思うけど、まあtetywestの知ったことではないのだ。昨日は久々の別行動だったのでこのところになく気分は良かったのだが、それにしても性格の違いというのをもろに感じている。もうすぐ帰るという意識がそうさせることは確かだろうね。あとたった4ヶ月だからね。これは早いだろう・・・このところM子のことよりそっちで頭が一杯で、もう彼女のことはあまり頭の中で行き来しなくなった。いいことだろう。それにしても人生はなんて難しいのだろう。もちろんどう生きても人生なのだけれど、ここの2人を見ていると「ああはなりたくない」と思うことがいっぱいあって、そう思うtetywestもまだまだダメだとイヤになるこの頃・・・
2005年10月27日
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10月24日(金)1975年昨日に引き続いて、気分の上では何の変化もなし。朝寝坊して6時50分に目覚め、顔も洗わずに飛び出していった。USA最後の10時間のwork はこうして終わった。昼からはトラクターの上だったので硫黄島を読んだ。ずっと読んで5時10分頃に読み終わった。今日は2人に係わらずに自分の時間をひたすら追究した感じ。今からもこうして生活するのだろう。本を読み終わって、2人の作業を見ていた。A山君はどうしてあんなに口を曲げて歯をむき出して、まるで泣きそうな顔で仕事をするのだろう・・・などとずっと考えていた。たぶん無意識なのだろうけど、面白い。もう1つ考えたことがある。tetywestは誰彼を問わず長い間一緒に住んでいる人間から愛想をつかされる性格なんだと思っていた。結婚しても、たぶんその相手がとてもつまらなく見えてくるんじゃないか?結局一緒に住める人間なんて見つかりはしないじゃないか・・・なんて、そんな悲しいことをね。M子もそういう風にtetywestのことを感じたのかな・・・なんて考えてみた。でもこれはわからないこと。夕方寒かったので少々風邪気味。でもK君にletter を書いた。20日から書いてたヤツだ。明日で今週も終わる。終わってみれば何もかも早いのに、その中でもがいている人間はなんて弱いのだろう。そして考えるってことはなんて素晴らしいんだろう。
2005年10月24日
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10月23日(木)1975年English class は Patio Playhouse へ招待されたのだ。Celeblation (a musical about winter)8時から10時までだったけど、とてもよかった。しかし内容はtoo difficult で、やっぱり表面だけしか捉えることが出来ないのは悲しいことだ。この劇くらいが完全にわかれば English も本物だと思うのだけれど・・・Celeblation のプログラムどちらにせよ、こういう劇を観るのもとてもいいことだと思う。ただフラッと遊びに行くのではなく、何かのイベントに参加するというのがアメリカでのエンジョイの方法なのだと最近思うようになった。もちろん日本でもそうあるべきで、この辺りは生活に取り入れたいなんて考えている。今日の仕事は昨日の夕方と同じで、あと半日で終わりそうだ。それと、T橋君からletter があった。彼とも会っていろいろ話をしたいと思う。とにかくここの生活には何か足りないものがあって、tetywestはそれは「思いやり」だと思うのだが、このところM森君の態度が特に気に入らないので、tetywestはとにかくイヤだと思っている。まあ、ある程度割り切ってしまえばいいのかもしれないのだが・・・あの考え方にはついて行きかねる。したがって会話もないというわけだ。何というか、もう実習生活がさっさと終わってしまえばいいのにという気がしている。これから仕事も1日9時間になるし、もうほぼ終わったんじゃないかと錯覚してしまうのだ。このところ気分のよくない日々が続いているな・・・
2005年10月23日
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10月22日(水)1975年さて、本日baseball のWorld series でBoston Red Sox と Cincinnati Reds のGame 第7戦だったのだが、9回表に4点目を取って、4対3で Cincinnati が勝った。今日の仕事は昼からショベルローダーを使って鶏ふんをトレーラーに積み込んで、それをドリップのバレンシアにふりかけるというものだった。午前中はpuruning だったけど・・・とにかく、Bossの話では葉分析の結果、窒素も燐酸もカリも不足していたのだそうで、遠くから見ても葉っぱが黄色いと思っていたのだ。それで果実の品質が良かったのだ。「but、アメリカじゃ味がいくら良くてもパッキングハウスでは評価されないのでいけないのね」とのことだった。バレンシアは早く収穫するほど値段が安い。しかしプールは1回。レモンもプールは1回で、夏は高くなるのだけれど今のところ50¢しかリターンがないのだそうだ。ネーブルは1$65¢か70¢のリターンがあったそうだ。今日、フィルムを買って写真を現像に出したので7$20¢支出することになる。11$足すと18$20¢。そうすると後17$ちょっとしか残らない。リバーサイドじゃ昼食も食べなきゃいけないし、もう絶対赤字なのだ!!困った、困った!!今、Japanese Pachinko masine が29$いくらだってTVコマーシャルをやっていた。夕食は牛丼。そういえば、こっちへ来て初めて卵を買った。12個で60何¢かだった。日本より安いよ。今日、リバーサイドへ電話したらF浪君はイリゲーションの水をかぶって風邪をひいたといって寝込んでいた。そんなわけで今日はとても疲れたので、もう寝ることにする。9時過ぎだけど・・・明日は楽しみな Patio Playhouse だもんね。
2005年10月22日
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10月21日(火)1975年今日は一日中バレンシアの剪定。puruning の鋏を持ってスソ枝を切っていく。さて、school ではLuam っていう39歳のベトナム人で、体育の先生をやっていた人に会って話をした。それにしてもschool はとても English の勉強になる。リバーサイドのF浪君からTel があり、カリフォルニア・グランプリの入場券は11$だって、大変だ!!・・・それにしても、これで確実に行けるのだ。今、妹が送ってきたカセットテープで井上陽水を聴いている。とてもいい歌だ。どれもいい歌だ。かぐや姫に変わった、こっちもGood なのだ。それにしても金がない、困ったものだ。今調べてみたら共同貯金も30$くらいになってるし、やれやれだね。本当に金がないのだ。あ~、tetywestは今36$、M森君は60$はあると言うし、A山君は100$以上あるって言うから参ってしまう。本当に困ってしまった。どこかから隠し金でも出てこないかな・・・でも、出て来なかった、本当に悲しいもんだ。レコードを買うのもいいが、ほどほどにしておくんだった・・・あ――、しかし、しかし、何とかなるのだ。A山君に借りよう!!そして何とか11月の9日まで生き延びよう。そしたら11月は何とかなるだろう。そしたら・・・・でもね、11月のと12月の給料はひたすら貯金しないといけない。つまり最終トリップのためにもう後がない・・・やれやれ。金欠病はずっと続きそうだ。大変だ。これは大変なことになるぞ!!!!
2005年10月21日
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10月20日(月)1975年本日の最高気温は71度(21.6℃)で最低気温は53度(11.6℃)、しのぎやすくなった。仕事はバレンシアのモアをかけた後の枝を真ん中へ集めて、もう一度モアをかける作業。ほこりだらけになって大変だったけど、それも今日で終わった。農林中金の鈴木専務と高木というヒラの職員がBossの農場を見に来た。たかが1日の視察で何がわかるものかと思ったけど、口には出さなかったよ。専務はやけに威張っていてイヤな感じだった。M子にletter を書かなきゃと思うけど、ちょっと今書くとまた変てこな手紙になりそうだな。だから止めとこう。今日一日はモアに乗っていたからM子のことをずっと考えていたのだけれど、やっぱり彼女はtetywestの一番愛している女のコだから、結局何をどんな風に考えても同じなのだと思ってなるべく忘れるようにしているのに・・・あのletter のあと、またまた、ちょっと度々頭の中へ蘇ってきてしまうのだ。とにかく・・・そう、K君からletter が来ていた。
2005年10月20日
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10月19日(日)1975年土曜日は朝からアナハイムのディズニーランドへ行った。着いたのは10時半で、The little world の可愛い人形や、建国200年記念パレードや、冒険の国のジャングル船や、開拓の国のお化け屋敷、トム・ソーヤの島、そしてミシシッピー川に浮かぶマーク・トゥェイン号。未来の国では Sing America とゴーカートに乗って、ステージを観て、ベルサービスで America Beautiful の360度パノラマ・ムービーを観て、とにかく楽しく過ごしたのだ。今でもThe little world のメロディが頭の中を駆け巡っている。おとぎの国The little world 夜はリトル・トーキョーで札幌ラーメンを食べて、ハリウッドのSunset blv.にある Palms motel へ泊まったのだけど、何とそこは street girls のねぐらだった。チェックインをやっているところから黒人の二人連れに耳元で、「Do you wann'a girl ? ]とささやかれた。最初に入った部屋にはベッドが1つしかなくて、フロントまで文句を言いに行って、次の部屋は2つだったけれど、むこうが気を利かして3つ目のベッドを用意してくれたので3人が別々のベッドで寝られたのだ。18$84¢だった。その motel はとにかくすごくて、2つ目の部屋に入るときにも一人やって来たので、「15$、OK?」と訊いたら、安すぎると言う。最初の黒人は15$だって言ってたのに・・・A山君は眠るというので、M森君と街をぶらついてこようとロビーへ降りていったら、最初の黒人の二人連れがずうずうしく車まで乗り込んでくるので、仕方なく泊まっているモーテルまで送ってやった。down town Hollywood へ行ってぶらぶらして、 Palms motel へ帰ってきたら白人の可愛い女のコのがいて、「Would you date with me ?」「こっちは2人だよ」と言うと、もうひとり黒人を連れてきて、「This is my sister.」ハハハ夜中の2時過ぎまで motel の前の通りで女どもがギャーギャー騒いでいた。次の日はゆっくりと寝て、昼からウエスト・ハリウッドのタワー・レコードで77$のLPレコードを買った。今回はjazzを中心に安いのをびっしり27枚ほど。サイモン&ガーファンクルのベスト・ヒットも買ったのだけど、これは4$66¢もした。その後、ユニバーサル・スタジオへ行ったけど、入場は3時半までだったので閉まっていて、売店で「スターの家の地図」を2$で買って、ビバリー・ヒルのSunset blv.の北の方をグルグルと回ってみた。アンディ・ウィリアムズとか、フランク・シナトラとか、ジュディ・アンドリュースとか、エルビス・プレスリーとか、とにかくいい家に住んでいて、門の前まで行っても中は見えなかった。それから、リバーサイドへ寄ったけど留守で、来週の日曜日のチケットを買ってくれるように書置きだけして帰ってきた。※ディズニーランドでは、3分でマンガみたいな似顔絵を描いてくれるのがあって、記念に3人とも描いてもらった。確か7$だったような・・・
2005年10月19日
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10月17日(金)1975年明日の予定について誰も何も言わないから、maybe もうそれぞれ行くところを決めてあるのだろう。今日はずっとM子のことを考えていたから、他の2人にとってtetywestは迷惑な存在だっただろう。N野さんとM子の姉さんが結婚したって言うのは、やっぱりそうかとも思うし、それと同時に何かうまく表現できない感じがする。両方とも知っている人たちだし、N野さんがクラブの先輩で、相手がM子の姉さんだというのも非常によくない。tetywestは惨めな気分になるし素直になれない。彼等だって結婚してしまうまではいろんな悩みがあっただろうけれど、それはわからないし、とにかく結婚しちゃったんだもんな。結婚って一体なんだろう?結局愛し合うもの同士が結ばれるので、仕事とか家庭の事情なんていうのはその次のものじゃないかと考えている。それにしても、tetywestがもし農業をやってなかったらM子と結婚できたのにと考えてしまうのは、やはりひがみなのかな。とにかく、今tetywestにはM子を幸せにできる自信がないし、両親や祖父母のいる家庭へ入ってくるという負い目があるね。そんな事情に負けるのは嫌だけど、それにしてもtetywest一人でミカンを作る自信もない。とにかく中途半端で、今は何も言えないし何も出来ないからこんな気持ちになってしまうんだ。それが結論で、これは時間が解決してくれるものだから、とにかく今はとても悲しいわけ。何も出来ない。-------------------------------------------------皆さんお変わりありませんか―― こっちは元気ですよ。昭和50年みかん戦線もただいま前半戦に入っておりますが、どうですか調子は?また近況を知らせてください。忙しいこととは思いますが・・・こっちは車を買ってからボスとは仲良くやっています。安心してください。早いもので、もうあと4ヶ月半ですからね。ボスが1回、土日の連休をくれたので、グランドキャニオンとラスベガスへ行って来ました。2,000kmのドライヴでしたが、ラスベガスではギャンブルで18$儲けたので、1日仕事をしたのと同じ勘定になります。気分良かったですよ、勝つとね。ギャンブルと言っても1回5¢のスロットルマシーンなので、日本のパチンコみたいなもんです。Mexico も行って来ました。エンセナダという、国境から67マイル入った海岸沿いの街ですが、お土産が安いので財布を7個買いました。1つ1$95¢です。これはナイショ、そのうち送ります。あと、仁尾町へあげようと思ってMexico という文字が入った壁飾りを買ったのですが、表面がガラスなので無事着くかどうか、これは4$しました。あと、純銀だと言っていたけど本当かどうかわからないネックレスを2つ。1つ3$ですか・・・それこれ買うと結局60$くらい使ってしまいましたが、本当に土産には頭を悩ましていますね。ろくなものがなくて・・・安くていいものなんてなかなかないですよ。レコードはLP1枚が2$くらいなので(もっとも、よく売れている人気のあるのは5$くらいなのですが、それでも日本より安い)、それを48枚ほど買い込んであります。どうやって日本へ送ろうかと思案中なのです。割れたら困るしね。まあ、そんなわけで、そろそろ荷物もまとめて送らなくてはと思っています。今月は金が残りそうもありません。実は明日と明後日もボスが連休をくれたので、ディズニーランドへでも行こうかと思っています。まだはっきり決まったわけではないのでわかりませんが・・・次のSunday(日曜日)にはRiverside ってところでカリフォルニア・グランプリのレースがあるのでそれを観に行くつもりで、11月に入るとすぐ、一週間ヨセミテで研修があるので、そこまで何とか今の金を持たせなくてはいけないのです。貯金は295$から全く増えず。もう仕事時間も1日9時間になるだろうし、もう貯金は出来ないでしょうけど、まあ何とかなるでしょう。仕事の方は、夏中、草を相手に除草でしたが、今はそれも一段落して、すごく密植になった10エーカーのバレンシアを1本おきに間伐するのと、レモンの新植のワラを使ったマルチと、マイト(ダニ)のスプレーとをやっていて、あと帰るまでの仕事としては、もう一回冬草の除草と、バレンシアとネーブルの支柱立てと、レモンの剪定くらいのもんで、雨も降り始めることだろうし仕事は楽になる一方でしょう。こっちは何と言っても収穫作業がないのでね。こっちの気候も狂っていて、お彼岸に44度Cなんてバカみたいに暑い日が2日続いて、それ以外も30度Cを超えてましたが、またずっと涼しくなったと思ったら、今度はインディアン・サマーというのがあって、また30度近くまで温度が上がって、とにかくいつまで暑いのかわからないのです。時たま、12月にも30度を超える日があるそうです。しかし夜はさすがに涼しく、とても過ごしやすい季節です。雨は先週の土曜日に3ヶ月ぶりに2時間ほど降っただけで、後はずっと晴れてます。この日照量の多さは、日本じゃどうあがいても真似できませんね、残念ながら・・・そういえば、写真ももう600枚くらい写しました。今度これもまとめて送らなきゃと思っています。見るときはちゃんと前に入っていた袋に入れといてくださいよ。あとで整理しなきゃいけないから袋に番号をうってあるので・・・そんなわけで、あれもこれも送らなきゃなんて考えてると、もう本当にすぐ日本へ帰る日になってしまいそうです。車を買ってからは月日の経つのが早いこと早いこと。毎週火曜日と木曜日は夜3時間ずつ、エスコンディッド高校で英語の勉強をしています。これもなかなか楽しくて、友達も出来るし、今この英語の授業を一番楽しみにしているのです。これで、なかなかスジがいいって先生にほめられたんですぞ、英語の発音で・・・。今クラスにはベトナム難民の人たちとメキシコ人がほとんどです。英語のクラス以外にも料理やらダンスやら自動車の修理やら、歴史やら、散髪の仕方やら、とにかくものすごい数の授業をやっています。登録料が3$だけで、ただみたいなもんです。こういうのはいいなあと思いました。夜だから仕事が終わってから行けるし、日本じゃ学校を出てしまうとなかなかそういう教育は受けにくいものですが、アメリカではいつでも誰でも行けるのだから・・・もう少し英語がわかれば他の授業も取りたいのはいっぱいあったのですが、とにかく英語が第一だから・・・ハハハそれから、エスコンディッドにはロックの音楽を生演奏でやる格調高い飲み屋というかスナックというのがあって、日本と違って会計はその時払いで、それも何でも1杯1$ですから安心して飲めますし、とてもいい音楽をやるので気に入って2回ほど行きました。サンディエゴにも同じような店で、フォークソングをやるところがあって、こっちはちょっと高くて1杯1$50¢ですが、1回行きました。エスコンディッドの街はアメリカの街としてはとても小奇麗な街で、ダウンタウンという、いわゆる下町のない街で、珍しいのですが、サンディエゴまで出るとこのダウンタウンがあります。もちろんロサンゼルスにもありますが、車を持ってからはダウンタウンよりは郊外の少し高級な場所へ行っています。バスを使うとバス停がダウンタウンの近くなので、いつも汚いところを見るわけですが、車を持ってみるともっと違ったアメリカを見つけられたので良かったと思っています。今日はこのへんで。 10月17日-------------------------------------------------
2005年10月17日
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10月16日(木)1975年mite の splay が終わって、モアをかけた後の枝をもう一度真ん中へ集める作業をやったら疲れてしまって、本日のschool は休んでしまった。今日、M子からletter があって、これも独りでいたかった原因の主なもの。どうも終わったはずなのにまだ心が乱れているのはどういう訳なのだ?これではいけないと思うけれど、今日はこの2~3ヶ月で最高に頭の中がこんがらがってしまっている。チクショウ、どうもtetywestは弱いのでいけない。ただの友達からのletter として気軽に考えられないのだろうか?どうでもいいことかも知れないが、N野さんがM子の姉さんと結婚したそうで、ああ、そういうのを聞くとますますおかしくなってしまうのだ。M子の手紙には共鳴するところはあるのだけれど、所詮終わったものなんだから今更どうしようもないのに・・・嬉しさと悲しさと苛立ちと・・・とにかくtetywestは変わらなきゃいけないのに、これでまた昔に引き戻されてしまった気がするよ。一度は、そう最近はI田君へのletter でも書いたように、独身時代を楽しむことにしていたのに・・・当分結婚なんかするまいと決めていたのに、どうもまたゆらゆら・・・・チクショウ、tetywestにとってM子の存在があまりにも大きすぎるのがいけない。手紙が来たことで、また身近なものと勝手に錯覚しているなんてバカなもんだ。とにかく手紙が来たことは嬉しいけれど、素直に嬉しがってだけいられないということが頭にきている。それにあまりにも違いすぎるのだ。全てが!!だから、こう素直に忘れちまえばいいのだが、それをやるためにアメリカまで来たんじゃなかったのかい?「風と共に去りぬ」を観て、スカーレットの生き方に感動しているっていうけど、tetywestは残念ながら知らない。だから読んで見たい気もするね。とにかく1年会っていないうちにだいぶ変わったことは確かなのだ。M子もtetywestも・・・tetywestは早くもっと愛することができる素晴らしい人が欲しいよ。いつまでもM子、M子じゃやりきれないもの。アメリカ生活ってのもその意味じゃ中途半端なんだよ。今日は3年前に何か特別なことがあった日のような気がするね。いやだね、そんなことまで思い出したんじゃ。とにかく独りになったことだし、M子も元気だし、いいじゃないか。10時までは独りっきりさ。こんな時間もあったほうがいい。そして人生について悩んでいるのもいいことだ。とにかく、going my way it's not with her だから・・・・bye bye
2005年10月16日
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10月15日(水)1975年昨日はschool でHawaii から来たという男と食堂で話し込んでしまって、後半の授業はサボりだったけど有意義だったのだ。日本食のことなどよく知っていて楽しいguy だ。Next Thursday に Patio Playhouse で劇があるのを観に行くことになって楽しみだね。そんなわけでschool も楽しいのだけど、A山君は、「疲れたから」と言って行かなかった。school へ行かなきゃ何のために車を持ったのだろう?今、TVで三橋達也とクリント・ウォーカーとフランク・シナトラの出ている戦争映画をやっているのだけど、両方とも小さな島にいて、今三橋とクリント・ウォーカーのコミュニケーションが始まっている。「医者を貸してくれれば魚と芋をやる」なんて。一風変わったいい映画みたいだ。今日はとても疲れたけど、この映画は観終わってから寝よう。今日はインディアン・サマーらしく86度F、とにかくいい映画はいいもんだ。そんなわけで、school にはまた目的ができたし、月日の経つのも早くなることだろう・・・なんてね。エルトン・ジョンのコンサート・チケットは今日来た。tetywestも早く買わなきゃなんて思っている。この映画、とにかく面白い。天皇の訪米を記念してか、「戦争の中での日米の友情」を謳い上げている、とてもいい映画なのだ。三橋君は英語がよくできるのね、うらやましいよ。チクショウ、tetywestももう少しEnglish を真面目にやれば良かった・・・そんなとろだ、今日は。あ、昨日ルーマニアの研修生から写真を送ってきた。バイセリアの研修のときの。-------------------------------------------------参照URL:http://www007.upp.so-net.ne.jp/Mr-YUNIOSHI/ww2.html第二次世界大戦・太平洋戦争を描くもの 大戦前後(日中戦争など)、戦中に作られた戦意昂揚映画も含む【映画】勇者のみNone but The Brave1965年、日米フランク・シナトラ監督・主演・製作三橋達也加藤武勝呂誉春風亭柳朝黒部進太宰久雄クリント・ウォーカートミー・サンズ円谷英二特撮監督音楽ジョン・ウィリアムズシナトラ・プロとワーナ-、東宝の合作だがシナトラがかなりの力を入れて取り組んだ作品。太平洋戦争末期、ソロモンの孤島に残された15人の日本兵と、その島に不時着した15人の米兵が、交戦状態となる。しかし、ある事件をきっかけに両軍は休戦し、やがて交流が始まり…。戦場での敵味方の友情を描く。ハワイでロケが行なわれたが、戦闘機の不時着や暴風雨・津波のシーンは円谷が東宝のスタジオで撮影した。音楽はジョニー名義だがまぎれもない『スター・ウォーズ』の彼である。円谷&ウィリアムズなんて夢みたい。-------------------------------------------------
2005年10月15日
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10月13日(月)1975年今日の夜はずっとテレビを観て、Love American Style と the night in Casabranka 、そのあとカントリー・ミュージックの年間賞の発表を観た。グレン・キャンベルやジョン・デンバーや、DJ・トーマスなんかが出てきて、カントリー・ミュージックもとてもいいもんだ。今日の昼からM森君は10エーカーのバレンシアの間伐を始めたし、A山君とtetywestはまだワラを敷いている。ワラ敷きは午前中にアボカドが終わって、昼からはレモンに入った。今日はピックアップのエンジン調整をしょっちゅうやっていた感じ。最後にshed の前で10分くらい調整して、やっと調子を取り戻せた、よかったね。たまには夜TVにかじりついているのもいいものだ。これからはしょっちゅうそうしてみようかな・・・でも、これもいつ気が変わるかわからないけどね。そんなわけで、グレン・キャンベルは名前は知ってたけど、今日初めて顔を見たのだ。夕食はご飯とエビ団子のフライと、お吸い物と漬け物の日本食を作った。明日は車の smog device の登録に行かなくちゃいけない。もうすぐ11時なのだ。あとは・・・そうね、今日はコロンブス・ディで本当は祝日で休みなんだよね。年間最優秀singer には Jhon Denber なんて人が選ばれた。今TVに出てたけど、こんな顔をしてね。幼そうな、ははは・・・・
2005年10月13日
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10月12日(日)1975年一日中寝ていた。昨日寝たのが午前5時過ぎで起きたのは4時頃。A山君とM森君が日本食を買い出しに行ってカレーライスを作った。久しぶりのことだ。テレビで Washington と USC の football game を観て、28対10で USC が勝った。そのあと The street of San Fransisco を観て、今日は別に何もせずに1日が終わってしまった。tetywestは来週の連休に何をしたらいいのか困っている。実にすることがないのだ。どこかへ行っても3人一緒ではシラケるのは目に見えているので、それもしたくないし・・・一度バラバラで行動してみるのもいいんじゃないかと思う。少々金がかかるけどね。今日だって3人の会話なんてあまりなかったし、やることが無いと寝てるだけだからとにかくつまらないよ。そうなると、ディズニーランドあたりへ行くのがいいのかな・・・と思っている。一人ではつまらないかもしれないが、とにかく今の状態じゃ限界を感じてしまうので、どうしたらいいのだろう?こういうのは、確かにぜいたくな悩みかもしれないが、要するに実習生というのがいかに中途半端なものかということなのだ。何かをやるにしても3人でいたんじゃ何もできないってことだ。でも、車を持つのは3人が力を合わせなきゃできなかった。どうも、ここら辺に変な矛盾があるのだ。自分のやりたいことは独りじゃないと出来ないし・・・あ――いやだねえ。とにかく、他の2人に気を遣わないで勝手にやりたいことが出来たら最高だろうね・・・ムリのようだけれど。そんなわけで、本日もシラケてひとりソファーの上で悩んでいるのだ。
2005年10月12日
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10月11日(土)1975年夜、San Marcos のRED BARN へ行ったけれど、入場料が4$いるというので入らなかった。あの券を持っていると free だと思っていたのに、行って損した感じ。なぜかと言うと、今日は雨が降って仕事は半日だけで休みだったから・・・だから昼からずっと寝ていた。ハエがうるさかったけど。今は午前3時10分。サンディエゴへ行って、Pacer っていうトップレス・ゴーゴーへ行って、そのあと4$でヌードダンスを見て、帰ってきたところ。ゴーゴーが踊れる店はサンダルじゃ入場できないと言われてスゴスゴ・・・しょうがないね。しかし、Saturday night だというのにやることがなくて困ってしまう。こんな風に外出してもどうもつまらないのだ。もちろん出れないよりはいいのだけれど・・・3人の意見がまとまらないし。ダウンタウンは嫌だとか、ムービーを観るのは嫌だとか・・・だから3人でいてもつまらないよ。どちらかというと独りでいたい。だから、2人とも寝てしまって今はtetywestひとりで起きているのだけれど、こういうのが好きだね。後の連中と話をあわせて気分を悪くしたってつまらないから。今日の後のヌードダンスだって、ただのゴーゴーよりはきれいでよかったと思うけど、M森君は気に入らないみたいだった。いいんだよ・・・とにかくひとりで何かを考えてみたい。だから今起きている。せっかくのSaturday night だもの、明日は一日中寝ててもかまわないよ。
2005年10月11日
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10月10日(金)1975年11時10分前。今 Escondido High school から帰ってきたところ。昨日はラモナが来て、school を半分で escape して酒を飲みに行った。今日は Fallbrook との Football game を観に行って、21対6で Escondido が勝った。 Escondido チームの愛称は「クーガー」。ハーフタイムにはブラスバンドとバイオリンとブラロックバンドが出て演奏したし、ロックのときの女のコたちのチアリーディングがとても美しくて印象に残っている。 Escondido は黒のユニフォームで、ビジターの Fallbrook は赤と白。とにかくカクテルライトに照らされてきれいなのだ。USAのハイスクールはこのナイトゲームがあるので、なんだかとても自由という感じで日本とはかなり違う。ブラスバンドのユニフォームなんかもとても金をかけていて凝っていて、とにかくきれいだ。あの雰囲気が、またなんとも言えず良くて、入場料は2$だけどそんなに高くはないし・・・そんなわけで、いい感じなのだ。今日は車に smog device を取り付けたので、今からは燃費が悪くなることだろう。朝Bossが、「今週か来週に連休を取ってもいい」と言うので、来週もらうことにした。いい傾向なのだ。今日は仕事中に気分を悪くして、とにかく機嫌が悪かったのだが、独りで考え事をするにはこういう状況の方がいいのだ。I田君から久々にletter があったので、その返事も書かなきゃ。
2005年10月10日
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10月8日(水)1975年6月22日に観に行ったモトクロスのGrand Prix が載っている雑誌を2冊買った。2$25¢。朝、Bossが言うには、「This week の Friday night に Escondido High school で Fallbrook との Football game があるのね」Bossたちも行くらしいけど、もちろんtetywestたちも行くのだ。そして Escondido High school を応援するのだ。最近マッチが不足しているので、仕事中のためにライターを2個買ってきた。1個1$19¢の・・・仕事中にアリの穴へガスを流し込んで火をつけたらよく燃えたけど、駆除の効果はあるのかしら?Fallbrook での Football game の写真は、暗くてあまりよく写っていなかった。Goddamn!! だね。それにしても写真はガンバッてよく撮っている。もうこっちへ来て27rolesだ。今日の夕食は昼から仕込んだバーベキュー・チキン。美味かった。TVガイドを23¢で買ってきて、いい番組があれば観ようなんて思ってるけど・・・無理かな、忙しくて。買い物が水曜日になったからTVガイドも買えるのだ。仕事は今日もストローのマルチ。Bossの話では、「Friday には25%の雨が降る」んだって・・・・なんて言いながら今日も終わっていく。そうだ、今、水会社がshed の前に直径1mくらいのパイプを埋めるために穴を掘っている。もう朝起きたときには真っ暗の感じ。日中も涼しくなってきたし、本格的に秋なのだ。さて、何をしよう?今日はbooks の整理でもやって日本へ送るかなあ・・・そろそろ・・・なんて考えている。今9時5分前。
2005年10月08日
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10月7日(火)1975年朝起きたら、何と雨が降っているではないか、それも本格的に!!これはきっと DAY OFF だと思ってピックアップも取りに行かなかったら7時にはほとんど止んでいた。仕事を始めて30分もするともう完全にあがった。今日の仕事はアボカドに麦わらのマルチ。ナイト・スクールはベトナムの Lan Min とまた会って、食堂でも話をした。Miyasako nersery で働いていて、住んでいるところは 222 West 7th Ave. Escondido で、今度遊びにおいでと言われた。結婚していて、高校の同級生のS水さんに似ている顔立ちなのだ。今日はミランも Ochi も来てなかったので落ち着いていたし、帰りに土曜の夜のロック・コンサートのチケットをもらったので、今週末には行ってみようと思っている。そんなわけで、ナイト・スクールはいろいろ楽しいことがあるのだ。夕食はスパゲティで10時半に食べ終えたけれど、こんなことをやっているからもうすぐ11時。大変なのだ。しかし、実にナイト・スクールは気分転換にはいいのだ・・・いろいろな人に会えるから・・・さあ、そんなわけで本日はもう寝るぞ。今日は本当に気分がいいのでグッスリ眠れるだろうな・・・
2005年10月07日
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10月6日(月)1975年土曜は12時半で仕事を終わってエンセナダへ行った。昨日は買い物をして、ラモナでティワナの話を聴いて帰ってきたら午前様になった。今日の朝は誰も目を覚まさなくてBossに起されてしまった。今は久しぶりに床も拭いて部屋の中がきれいになっている。K君にletter を書き終わったところ。tetywestは California Grand Prix に行きたいのだけれど、あとの2人は Elton John のコンサートに行くと言って、今チケットを注文している。California Grand Prix のチケットは土曜日にシアーズへ行ってみたけど無かった。今日は一日中曇っていて、夕方には久しぶりに雨がパラパラと降ってきたし、その前はすごく風が吹いて、何となく秋らしくなってきた。エンセナダじゃ、買い物以外はそれほど満足したものもなかった。貝にマリア様を彫った銀細工のペンダントがとても気に入って、英語が通じない店員さんと値段交渉をしたけど、責任者に電話して80%にまけてくれた。(※このペンダントはUSAで買った物のうち一番高価なものになった。将来tetywestのお嫁さんになる人にプレゼントしようと思って買ったのを覚えていて、今は家内が所有している。)でも、みんなの土産のことになると困ってしまうなあ。A山君が最近一人でシラケているから、ろくに話をしていない。彼の性格がああだから仕方がないと思うけれど、結局自分からは何もしないのがやけに頭に来ることがある。しかし、無視しても支障なく暮らせる存在だということは気が楽なのだ。今日はゆっくりしていて、こういう日もたまにはないとね。夕食は飯と味噌汁とステーキとベジタブルとフレンチフライの豪華版を食べた。今日はゆっくり寝るのだ。しかし、これだけ忙しいと、やるべきことがどんどん後回しになって、そのうち忘れてしまうかもしれないなあ・・・・いやだねえ―――!!!!
2005年10月06日
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10月3日(金)1975年昼間93度Fになった。確かに暑かったけど、ガマンできないほどでもなかったのは、さすが108度Fを一度経験した強味なのだ。夕方は外出もせずに、A山君の作ってくれたハンバーグを食べて、Capを1個作った。A山君の赤のシャツとM森君の緑のシャツを継ぎ合わせて、きれいなチューリップ・ハットが出来たのだ。ついでにGパンのほころびも直して、全面的にお裁縫の時間だったのだ。今日はチェックを全部キャッシュにしたけど、307$06¢。11月3日~8日がヨセミテ研修なのであまり残りそうもないなあ・・・などと考えている。今、Fred のところへ行ってきたけど、レスリーだけがいていろいろ話をした。マリワナをやっていると言うし、吸うための道具も見せてくれた。土曜と日曜はパーティに出かけたり、ヒッチハイクでサンディエゴやオーシャンサイドへ行くと言うし、ドアーズが好きでレコードを聴かせてくれた。ベッドルームまで入って・・・さすがに女のコの部屋なので綺麗だった。グリーン何とかという場所の話もした。1時間くらいいたんだけど30分くらいの感覚で、時間が経つのが早かった。とにかく、14歳だというのに体だけ見てるともうリッパな女の娘だから、それがジーパンを短く切ったのとタンクトップだから目のやり場に困ってしまうのだが、とにかく楽しかった。また来いと言うのだから、また行くことにしよう。レスリーは可愛かった。何もできないのが残念だよ。本当、カワイイ娘だ。
2005年10月03日
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10月2日(木)1975年今日の仕事は、またドリップパイプだった。ゆっくりやったけど、もう取り付けが半分終わった。今日のスクールでは、ジョージとテレサとリタとに会ってなかなか楽しかったし、彼女達はエンセナダから来ているのだそうだ。class のほうはどうも人数が少なくなりつつある。難しすぎるのかな・・・20人しか来てなかった。それでもやっぱりためになるし、頑張っているのだ。今日は中西部のK君からletter があって、ファイナル・トリップを一緒にやろうと言うのだ。「それもいいかなぁ」と考えている。T橋君も一緒じゃ、乱れに乱れるかな。また少々letter がたまってきた。明日少し整理しよう。とにかく大変なのだ、毎晩がvery busy だから。今度の週末はティワナ、エンセナダへ行こうという計画だし、まあ今日チェックが来たからお金は何とか間に合ってよかったのだけど・・・そんなわけで、あと2日で今週も終わるのだと思うと、何となく早いね。天皇さんも今アメリカの地にいらっしゃることだし、頑張らなくっちゃ、いろいろとね。今、夕食が出来たのでそれを食べる。10時25分。M森君の時計が時々止まるらしい。買ったばっかりなのに何ということだ!車のsmog devise(排気対策) もやらなきゃいけないみたいだし、どうもやることが一杯あるのに一向に片付かない。みんな無関心なのだな、困ったものだ。 Goddamn!!
2005年10月02日
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10月1日(水)1975年Bossの結婚記念日だそうだが、tetywestたちには関係なし。パーツが揃わないのでウィードオイルに変更した。「バレンシアのウィードオイルがなくなりそうだ」と言ったのに、A山君が先に入れてしまったので本当になくなってしまった。仕方がないので、ノロノロと運転してこちらまで入れに来た。バカらしい限りだ、2人で往復1時間かかった。気分が悪い。A山君は、ときどき何を考えているのかあまりにもボケすぎていてイライラすることがある。最近向こうもしゃべらないから、こっちも無視している感じだ。とにかく何につけても気がきかないのがイラつく原因のようだ。Bossは今日もガソリン代2$くれて、「自分たちで買い物に行ってくるのね」昨日shed の前にBossが郵便ポストを作った。もう、いちいち持って来るのが面倒くさくなったのか、それともtetywestたちと顔をあわせるのが嫌なのか・・・とにかく面白い。今日M森君は6$99¢で時計を買った。今日から10月、わりと涼しくなってきた。しかし、こっちの天気はわからない。いつまたあの暑さがやってくることやら・・・・今日20$食費に出したので、もう残りの金は20$しかない。金欠病はいやだねえ、土産も買わなきゃならんのに・・・まあ、今日は早く寝るぞ。今10時5分、F家君と妹にletter を書いた。
2005年10月01日
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