2004年01月16日
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テーマ: 中国&台湾(3344)
カテゴリ: カテゴリ未分類
桃渓に到着したとき、そこには家族4人のグループが民族衣装を着たガイドさんと一緒に先に来ていた。玉帯雲遊路を歩いている間に他の人と出会ったのはこの時だけだった。桃渓には橋が架かっている。澄み切った渓流が勢いよく流れ落ちている。苔むした大きな岩には赤い字で「桃渓」と刻まれていた。


桃渓の渓流


ここまで来た証拠にその岩を背景にして記念撮影をした後、ガイドさんに教えてもらった細い道をさらに上流へと上がってみる。しかし道は次第に細くなり、最後には岩をよじ登らなくてはならなくなった。しかも渓流は雑木や笹に覆われてあまりよく見えないので、ちょっと期待はずれだった。

ただ、そこに行く途中には大きな岩の洞窟があった。その奥には何やら紙が貼ってあり、食べ物が供えられている。whさんが、
「家族の誰かが病気になったとき、ここへ来てお祈りします」
と教えてくれる。中国にも大きな岩を信仰の対象とする習慣があることを知ったのは初めてだった。ただし、それは少数民族の白族独自の文化なのかも知れないのだが・・・

さて桃渓まで到着すれば、後は再び元来た道を引き返すことになる。滑らないようにと石畳を見つめながら黙々と歩いていく。

ふとhxyさんの足元を見ると、素足にスニーカーを履いていて踵に靴擦れが出来ている。tetywestは日本でも常にショルダーバッグを携帯しているのだが、今回の旅行にもそれを持って来ていた。バッグの中にはめったに使わないものが入っているもので、都合よくバンドエイドもあった。hxyさんは嬉しそうにそれを受け取ってくれた。

いつの間にか霧が晴れて、大理平野が俯瞰できる。難所の断崖の写真も背景に大理平野と【さんずいに耳】海があるほうがずっと印象深い。そしていつも不思議に思うのだが、帰り道は往きよりも短く感じる。


右上の岩が削られている所が難所の断崖


大理には崇聖寺三塔という名所もある。その三塔もはっきりと見ることができる。

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三塔は9世紀、南詔国末期の仏塔だ。大理の城外約1キロに位置し、大理古文化の象徴として、大理名勝の一つとなっている。とくに、池の水面に投影された揺れ動く三塔は美しい。中央のものは唐時代の893年に建てられ、方形16層、69mの高さを誇り、西安の小雁塔に似ている。南北の2塔は八角形10層、42mで、大理国の時代に建てられたものだ。三塔ともレンガでできているが、1100年余りの間の度重なる地震にも耐えた高度なレベルの建築様式だ。主塔が前(【さんずいに耳】海側)に、残りの二塔が後ろ(蒼山)に建っている。
今まで何度となく修理が行われてきたが、その度に多くの文物が発見されている。1978~1981年の修理では、塔頂、塔基などから680余りの各種文物が発見された。特徴的なのは観音像で、三塔から出土した50件あまりの観音像の三分の一は男の観音像であった。

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玉帯雲遊路から望む大理三塔


そして昨日訪れた大理古城も、その全体が箱庭のように見渡せる。


玉帯雲遊路から望む大理古城


スカートをはいていたために玉帯雲遊路を歩かなかった家内はこの絶景を見逃したわけだ。そのかわり疲労回復はできたかも知れないのだが・・・






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最終更新日  2004年01月16日 12時06分11秒
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