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実は、このブログのタイトルの一部になっている中華そば 白壁 あおい ってまだ営業してないんです。(このお店は前回両親から衝撃の告白を受けた店です。)両親がラーメンのラの字も経験しないまま突然あおいを立ち上げ、全速力でつ走ってきて、今ではたくさんのお客様に愛される店に育て上げました。しかしながら、もともと五十の手習い如く始めたお店で、最近は心身ともに疲労の色が見えていました。(ラーメン店て、朝早くから仕込みをし、閉店後もいろんな仕事があり、かなり重労働なんです。)で、そんな時な、なんと衝撃の告白 第二段両親 『来年、引退するから やってくれ』僕 『ハ?・・・・・・』 (僕、一刻屋始めたばっかなんですけど・・・・)しかしながら、その両親の告白が、まっ親子なんで直感的に考え抜いての決断だとわかり、 『あっ そう。わかった。』 (普通にさらっと答えちゃいましたよ)それからは、怒涛の日々。どうしたらこの僕が2店舗経営できるのか。日々頭の中はグルグル状態。営業が終わったら、経営の本を片っ端から読み、休みの日はセミナーに出たりしていろんなことを試しては捨て、試しては捨て、正にスクラップアンドビルドの毎日。そんなこんなであっという間に今年を迎え、先週、両親引退しちゃいましたよ~。幸い、現在一刻屋は、信頼できるスタッフに恵まれ、ご贔屓にしていただいているお客様に恵まれ、順調にやっています。ほんと感謝です。あおいは、両親が『飛騨高山中華そば あおい』という店名で、飛騨高山のご当地ラーメンを提供してきましたが、僕が引継ぐにあたり『中華そば 白壁 あおい』という店名に改め、初代(両親)の思いと二代目(僕)の思いが融合 というテーマで現在準備をすすめています。※ 明日から店舗の改装工事が始まります。工事の状況を毎日アップする予定です。
2006/03/09
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ラーメンバカな僕ですが、実は読書バカでもあるんです。自宅にはアマゾンで買った本が本棚に入りきらずにいろんな場所に詰まれています。うちの奥さん掃除が出来ずに時々キレてます。そんな僕が最近読んだ本の中で面白かった本を紹介します。一冊目は、バカつながりで『豆富バカが上場した!』町の豆腐屋の二代目(僕と同じ二代目なので惹かれちゃいました)として起業し、豆腐屋で初めて東証マザーズに上場を果たした著者の人生観・経営観が書かれています。豆腐というものを自分の中心軸に据え、軸がブレない一貫した姿勢に共感しました。僕も中華そばという軸を決してブラすことなく、日々邁進していきたいものです。二冊目は、郷土の英雄、最近はワールドベースボールクラシックでも話題のイチロー本です。『夢をつかむイチロー262のメッセージ』いろんな本を読んでいるとつくづく思うのは、一つのことを究めている人は哲学者であるということです。そんなことを再認識させられる本です。本書はイチロー自身の野球に対する考え方・技術論が語られていると思われがちですが、ところがどっこい実は人生観・仕事観ついて語られている(解釈できる)本といっていいと思います。本書の中でかなり僕自身、腹に落ちたのは、『ちいさいことをかさねることが、とんでもないところへ行くただひとつの道』という言葉です。深い、深すぎる言葉です。
2006/03/08
今日は、中学校からの友人の顧問税理士と確定申告の打ち合わせ後蔘好来@丸の内に訪問。春岡通りの薬膳系ラーメン総本山 好来道場ののれん分け店みたいです。松 800円を税理士先生にご馳走していただいた。スープが薄味で滋味深く、30歳半ばに差し掛かっている僕には、ちょうど良い濃度おいしかったです。ご馳走様です。※今日は写真撮るの忘れたので次回から撮りますね。
2006/03/07
今日は、僕の最初の店『中華そば 一刻屋』についてお話します。僕がこのお店を立ち上げたのは、H15年9月15日僕が32歳の時です。開業する前に1年ほど、両親の店や名古屋市内の店3件で昼も夜も睡眠時間4時間ぐらいで毎日かなり働きました。両親の店だけでなく他の店で働くことにより、いろんなことを学びました。しかし、働いて1年未満のいちアルバイトにラーメンの秘密を教えてくれるほど世間は甘くなく正直言って、ぶっつけ本番状態で開業し(今思うとよく開業したなと思います。)当初は毎日心身ともにヘロヘロでした。そんな中、地元のテレビ局の人気グルメ番組『PS』の取材を受けまして放映された次の日から、開店前に20人~30人の大行列。毎日、開店前行列を見るともう頭がくらくらする始末。行列を見てみないフリをして(並んでいただいたお客さんスミマセンでした。)毎日必死に中華そばを作りつづけました。必死に走りつづけてあっという間に1年が過ぎ、2年が過ぎ現在に至っております。ありがたいことに、開業当初からコアな常連さんに支えられて、順調にここまできました。これからも、地元に密着し、地元に愛される中華そば屋であり続けられるよう心に刻み従業員ともども精進いたします。ありがとうございます。
2006/03/06
昨日の続き・・・そんなことがありながらも、山奥で高速道路を作っていたわけですが、実は僕大学時代からかなりのラーメン好きで西区の万楽さん、千種区の金龍さん、天白区のの山ちゃんさんなど、結構通ってまして、就職してからも週末には下山して、地元の評判のラーメン店に通ってたんで、ラーメンとのただならぬ運命を感じ始めちゃったわけです。そうなると熱しやすい僕の性格上、日に日にラーメンへの思いが強くなり実は、僕が作りたいのは建築物ではなく、ラーメンなんじゃないかと思うようになったんです。(単純ですねー)結局、両親から衝撃的告白をされてから7年の歳月を経て自分の最初の店『中華そば 一刻屋』を立ち上げることになりました。大学の頃はそれなりに楽しい生活をしてきたわけですが、まさかその10数年後にラーメン屋になってるなんて夢にも思ってないわけで、『人生って不思議ーなものでーすね♪』(by美空ひばりさん)
2006/03/05
今日は、僕がこの麺の道に進んだいきさつをお話します。そもそも、子供の頃から物を作るのが大好きだった僕。レゴを毎日組み立てては壊し、組み立てては壊し、いろんなものを作ってたんです。そんなのが背景にあったんでしょうか。大学は地元名古屋の理工系大学を卒業し、バブル景気真っ盛りの建設会社に入社。岡山で高速道路作ったり、飛騨高山で高速道路作ったりといろんな土地で地図に残る仕事をしてきました。そんな折、両親から突然の知らせが・・・両親 『ラーメン屋開業したから』僕 『ハァ?』(実はこの頃、天然記念物の日本カモシカが出るような山奥で高速道路を作ってたので半年以上、両親と音信不通になってたんです。) 『ラ、ラーメンって・・・唐突過ぎるんですけど』実は、両親はずーとラーメンのラの字も関係ない洋品店をやってまして、当然僕は洋品店やってるもんだと思ってましたし、ラーメンの話題なんて一度も聞いたことがありませんでした。その時の両親とのやり取りは、衝撃的で今でも鮮明に覚えています。その年の暮れ、正月休みで半年振りに下山して、実家に帰った時なんと実家がほんとにラーメン屋になってたんですよ!ラーメンとの出会いはこんな突然のものでした。しかし、この衝撃的出合いこそ僕がこの道に興味を持つ一つのきっかけとなりました。明日に続く・・・・
2006/03/04
はじめまして。名古屋で『中華そば 鶴舞 一刻屋』『中華そば 白壁 あおい』というラーメン店をやってます 澤 竜一郎(34歳)です。ラーメンのこと、経営に関すること、プライベートでのこと等々僕が感じたこと、考えてることを気ままに綴っていきたいと思います。よろしくお願いします。
2006/03/03
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