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皆さんこんばんは。紅ズワイガニです。大阪は日中、汗ばむほどの暖かさとなりました。暑がり・汗かきの私から、一人また一人と周りから去っていくシーズンです。さて。昨日、異業種交流会に参加してきました!色んな方が、色んな想いで参加されている「熱い」会で、私も良い刺激を受けました。私は最近、自分にとって「何が価値あるモノなんだろう?」と考えるときがあります。年齢のせいかも知れません。「世間が狭くなったなあ」とも感じます。年齢のせいかも知れません。「世間」とは、阿部謹也や、太宰治が散々述べていることなので、ここでは省略しますが、要は自分の周りのことです。人間、ある「集団」に属しますと、その「集団」への帰属意識が芽生えます。遊び仲間や会社、家族なんかもこの類ですね。その「集団」にある自分と、「世間」はまた違う価値観を持っています。十人十色とはよく言ったものです。別の会社に勤める友人や、既にことを起こした友人・・・。様々な友人がいますが、一ついえることは、彼らも一緒ということです。上記、「集団」に属している以上、同じような悩みを抱え、同じような想いをしています。では、この「ズレ感覚」をなくす手段はないのでしょうか?一つだけあります。「開き直れ」です。その「開き直る」が難しいんじゃないか!という声もありそうですが、とにかく「アカンかったらアカンかったでええやん。死ぬことはあれへんわ!」です。「ズレ」とは、つまるところ、自分が勝手に作り出した「幻想」「夢想」に過ぎません。だったら自分から変わるしかないでしょう。周りを変えるより、自分が変わる方が手っ取り早いですしね。では!
2007.04.12
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皆さんこんばんは。紅ズワイガニです。明後日から新入学!ってな方も多いのではないでしょうか?ハラハラドキドキでしょうけれども、新しい門出。緊張しながらも楽しんでくださいね。さて、表題です。先日から、良く分からない文章を綴ってきましたが…。結局何を言いたかったのか、というと「自分で出来ないことは人様に任せる」です。例えば、悩み。悩みって自己解決できれば越したことがないですが、なかなか難しいですよね。なんで難しいのか?人はプライドを持っています。特に、男性はそのような教育を受けてこられたと思います。「男は人前で泣くもんじゃあない」なんか、典型ですよね。私も、そんな教育を受けてきた一人ですし、未だにその影響は大きく残ってます。では、何もかも自分で背負うのが賢明なのでしょうか?このブログを見て頂いてる方には自明のことですが、そんなことはありません。変な例ですが、皆さんが海外旅行に行ったとしましょうか。実は私自身の話ですが、新婚旅行や海外旅行に行ったとき、非常に活躍してくれます。英語が話せるからです。私も多少は話せる(限りなく受験英語ですが…)のですが、妻は学生時代、オーストラリアにホームステイしていた経験から、やはり「本当の英語」を話します。閑話休題(こればっかですが)。このように、「自分が不得意としていること」は他人任せでもいいのではないでしょうか?身近な例として、悩みを取り上げます。なんでもいいですが、ある「悩み」を持っているとして多くの人が自分で解決しようとする。でもこれは賢明な判断でしょうか?恋愛に悩む、人生に悩む、職場・クラスで悩む・・・・。挙げだしたらきりがないくらい、我々は悩みます。ある哲学者が「人間は悩む動物である」と言ったとおりですね。変な話ですが、我々には確固とした「信じるべきものの存在」がありません。西洋ではキリスト教があり、中東ではイスラム教があり、拠り所がありますが、悲しいかな、我々日本人には崇拝すべき存在がありません。信仰がある人は別にして、一般的には「悩み」を自分自身の問題として捉え、自分で解決しようとしがちです(無論、信仰がある人もこの悩みはあってしかるべきです)。では、どうすれば良いのか?簡単なようで難しいですが、「自己開示」しかありません。人は自己開示した人を、何とか救ってあげたい、という「親切心」があります。友達でもなんでも良いです。自分の悩みを打ち明けてみませんか?恥ずかしいでしょうね!最初だけ。でも、そんな「恥ずかしがりやさん」を手薬煉引いて待っているのも、この日本の現状です。あなたの悩みを共有したくて待っている人が多いのに、一人で抱え込んでしまってどうするのですか!この「宗教がない=信じるものがない」日本においては、ますます「人に頼られ、頼ること」が大切になってきます。「人に悩みを共有してもらう」、これが最高のアウトソーシングです!。明日から、ぜひ実践してみてください。なお、実践されて、友達が離れていったというあなた。良かったですね。それは友人でもなんでもありません。早く分かって、良かったというべきです。では。追記:ホワイトベアーさん。今は大変ですが、私もそのうち経験します。ぜひともその時はア ドバイスくださいね!
2007.04.07
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皆さんこんばんは。紅ズワイガニです。大阪は日中、とても暖かい一日でした。朝はまだ寒の戻りがあるものの、春はもうすぐです。厳しい寒さ(今年はさほどでもなかったですが)から暖かい春を迎えると、つくづく「春の来ない冬はない」(明けない夜はないと同意)という格言を思い返します。さて、今日こそ表題です!前回はビジネスでの「アウトソーシング」を不本意ながら(?)綴りましたが、今回は本当に書きたかった「アウトソーシング」を書きます。皆さんの中で、一から十まで自分ひとりでやっているという方はいらっしゃいますか?まあ、人間とは悲劇のヒーロー(ヒロイン)になりたがるものなので、そういう主張をされる方がいてもおかしくないと思います。ここで。俺は(私は)ひとりで頑張ってるぞー、という方に質問です。今日はご飯を食べましたか?お酒は飲みましたか?タバコは吸いましたか?何より、生きてますか?突拍子もない質問をしましたが、どうでしょうか?例えば「ご飯を食べる」行為を例に挙げましょうか。手ごろなホカ弁や、インスタント食品を食べている方も多いと思います。また、自炊している方もいらっしゃるでしょう。でも、あなたが食べている食品は誰が作ったのでしょう?この手の質問は非常にピュアであり、それゆえ宗教臭くもなったりするのですが…。断じてそのようなものとは関係ありません。閑話休題。例えばお米。今更、農家に感謝せよ、というのではありません。「食べる」という意識はあってもそこまで思いが行き着くことはありません。また、お米を栽培している農家ばかりに注目するのもおかしな話です。農家(メーカー)が栽培→バイヤーが買い付ける→バイヤーが仲介業者(スーパーなど)に販売する→仲介業者が我々に販売する・・・。非常に単純な流通の流れですが、大まかにはこの通りです。この流通があって、初めて我々の口に入るわけです。でも、その「口に入る」まで、やはり「人」を仲介していることは言わずもがなでしょう。何が言いたいのか、というと、我々は知らず知らずの内に人を頼っている、要は「アウトソーシング」しているということです。あまり意識されたことはないと思います。例えば会社。会社=組織ですが、営業などがいるから経理が機能する。営業は経理は出来ません(不得意に言い換えます)。また逆もしかりです。例えばスポーツ。この場合、マネージャー及び記録係がいないとチーム自体が機能しません。選手はデータ分析している暇があれば、練習をするでしょう。これも逆もしかりですね。例えば結婚。私はフェミニストではありませんので敢えて言うと、「男は稼ぐ、女は家庭を守る」。この場合、逆はありえますが、基本は上記ですね。前置きが長くなりすぎましたが…。私の言う「アウトソーシング」とは、今までつらつらと書いてきたように、もっと奥深い人間の心をアウトソーシングできるのではないか、ということです。要は、「悩み」をアウトソーシングし、より気楽に生きることが出来ないものだろうか?と考えます。あまりに前置きが長くなりすぎましたので、次回に回しますが(次回に回すことが多くなってきた)、“悩みアウトソーシング”は考える余地が十分ありそうです。このあたりを、更に論じてみたいと思います。(日によっては変わるかも。それがイカン)では。
2007.04.05
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こんばんは。紅ズワイガニです。今日はなんだか、花粉の量が多かったようですね。おまけに明日からは、冬に逆行したような寒さだとか・・・。踏んだり蹴ったりですが、まあ自然には勝てませんので仕方ないですね。さて、本日の内容はタイトル通り「アウトソーシング」です。一般的にアウトソーシングというと何を思い浮かべられるでしょうか?工場請負作業員、という方も少なくないのでしょうか?また、システム関連を含むIT系を思い浮かべる方も多いでしょう。元々、アウトソーシングの意味は請負よりも委託の意味合いが強いものでした。要は企業側から見た側面で語られてきました。ただ、なかなか日本には定着しませんでした。なぜなら、日本の会社経営者は「自分の会社の問題点は自前で補う」という考えだったからです。でも一旦アウトソースしてしまうと、その「楽さ」から更に「自社社員」が嫌がる作業をもアウトソーシング可してしまおうと、何でもかんでもアウトソーシングしました。このあたりで、請負の意味合いが強くなってきました。その「嫌がる作業」(いわゆる3K)が「工場」であったので、ドンドンアウトソースしてしまい、いわゆる熟練工が育つ環境がなくなってきた。すなわち、日本の根幹とも言える「モノ作り」会社がダメになっていった、というのが今の日本の弱さの根源です・・・、などという話はするつもりはなかったのに。今回のアウトソーシングの話は・・・。明日に回します。もう!
2007.04.03
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皆さんこんばんは。紅ズワイガニです。本日より本格的な新年度、ということもあり街中には新しい社会人の人たちが多く見受けられました。例に漏れず、紅ズワイガニが勤めている会社にも新入社員が来ました。いやあ、さすがにフレッシュ!自分も新人の頃はあんな感じだったのかなあー、と思い、いつ頃から社会に余りにもなじんだヒネクれたオッサンになったのかなあ…、などと感傷的になりました。でも、やはりかわいらしいものです。挨拶もしっかり、折り目正しく、さわやか!我々も見習う点が多いですね。さて、本題。今日は昨日の続き、「挑戦」をテーマに書くつもりでしたが・・・。実は、皆さんに相談があります。実は私、ある「恋」をしています。結婚して子供も生まれそうというのになんてふしだらな!という声も聞こえてきそうですが。でも、「恋心」ってそんなものです。「その子」のお陰で、モチベーションが高まっていると言っても過言ではありません。本当に夢中で、その「お名前」を聞くだけで全身にやる気がみなぎり、「お姿」を見るだけでも動悸がします。実際、お近づきになろうと電話をかけたり、直接「家」にまで訪問したり、恋文を出したり・・・・。私は「世間や視野」が狭いのかも知れません・・・。でも、相手の心はさっぱり分かりません。何せ「本人」が電話口や応対に出ることはないのです。元会社の同僚に聞くところによると、ご主人の都合で東京に「転勤」してしまった、などと聞いたときには狂おしいほどの気持ちになりました。今の会社の仲間にも、私が「その子」に心底惚れている事を知ってもらっています。仲間の中には、「その恋を追いかけるより、別の子を探したほうが早いのでは?」といったアドバイスをしてくれる人もいれば、「余程好きなんやね。では、こうしたらどうか」といったアドバイスをしてくれる人もいたり。でも、自分が完全に「その子」に嵌っているのです。お洗濯や子供の世話もしっかりとし、また清潔好きでもある「あの子」。当然、狙っている「男」も多いでしょう。それゆえ、「その子」の「家族」が電話口や直接訪問にも、当人を出したがらないのは当然です。警戒心でしょうね。でも、私は、あの手・この手を使ってでも「落としたい」と考えてます。今この瞬間でも、「その子」のことを思うと胸がキュンとなります。たまに同僚の口から「その子」の名前が出たとき、耳がダンボになってしまいます。そんな先週の土曜日。またしつこくも「その子」に対して恋文を作成しているとき、仲間が助言をくれました。この助言は本当に効きました。その助言とは、「方法は百万通りある」と。なんて心強い言葉でしょう。悩んでいるときの、そんなちょっとした一言が凄く嬉しく感じたりします。ありがとう。今はどの「子」も忙しいとの事で、一時休戦ですが、また来週辺りからアプローチしてみるつもりです。絶対に落とすぞ!なんかアドバイスを頂ければ幸いです。では
2007.04.02
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皆さん、こんばん”は”。紅ズワイガニです。実は今まで、こんばん○ 及び こんにち○ の丸のところ、ここを”わ”だと思い込んでいました。辞書で調べてみると”は”が正しいらしく、友人からのメール(めったに挨拶は付けないが。借金したいときにこのような挨拶が入る)などに、今までこんばん”は”となっていると「あ、”わ”でないことを知らないのだな。本当は”わ”と書くのだよ」と一人ほくそ笑んでいたことに赤面です。さて、今日の大阪は雨ですね。今日は友人が家に遊びにきて、うち一人が子供連れでした。女の子で2歳9ヶ月との事でしたが、大変かわいらしく、特に私のことを「お兄ちゃん」と呼んでくれたところに、更なるかわいさを感じました。私の妻も妊娠の身。最近では電車で小さい子を見かけると、妙に心が和みます。ああ、楽しみやなあ!さて、今日は何を書こうかな…。そうそう、挑戦することについて書きたいと思います。挑戦…。なんて甘美であり、感動的であり、それでいて、恐怖を感じさせる言葉でしょう!と、昔の外国小説のような前文から始めてみました。挑戦、には色々な意味があり(行動上は、です)ふと見逃す瞬間も大いにあります。例えば、新しいビールが出たので、試してみる。例えば、新刊が出たので読んでみる。例えば、たまには自分で料理をしてみる。すべて挑戦ですね。ともすれば、大きな挑みのみを「挑戦」と我々は認識しがちですが、非常に身近であり、ただ日常生活に近づけば近づくほど、挑戦とは思われなくなってしまいます。思えば、人生って「挑戦」の連続ではないでしょうか?なかなか気づかないですが、一度意識しながら一日を過ごすのもいいでしょうね。「意外と充実してるのだなあ」と気づくと思います。気づくことの重要性。また本稿で書いていきたいと思いますが、今まではなんとなく流れ行く時間、と考えてたものが、非常に重要だったのだ!と思えます。では
2007.04.01
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皆さんこんばんわ。紅ズワイガニです。大阪は今(0時30現在)雨です。でも、この雨、雷を伴っていたので、季節変わりの雨なんですね。なんだか、春が来ると嬉しい気分になります。さて年次も改まることですし、改めて…。皆さん、お正月に「今年はこういう年にしたい」と考えたことはありませんか?俗に言う「所信表明」ですね。この所信表明、皆さん守られていますか?実行されてますか?私はまだ手がとどいてません。まだ、「努力してます」という段階。情けないなあー、と思いながら日々過ごしております。皆さんは如何ですか?なかなか「出来ていない」というご回答が」ほとんどではないでしょうか?例えば受験生なら、「あの大学に絶対受かってやる!」と奮い立ち、今は結果が出ているでしょうが、なかなか「普通」に生きていれば難しいものです。そもそも「所信表明」自体が難しいものを設定しがちですから・・・。「所信表明」=「誓い」ですが、病気の方が「今年中に治すぞ!」と誓っても、自分に意思ではどうにもならないこと故、誓うことは素晴らしいですが、「想い」だけでは難しいでしょう(もちろん、それくらいの気概は必要ですが)。さて、年度も改まることですし(ありがたいことに、日本では「所信表明」の時期が至る所にある!)、何か「達成しやすい目標」をつくってみませんか?なんでもいいのです。例えば、今まで昼まで寝ていた方が、朝8時に起きてみる。何のやる気も起こらなかったが、たとえば庭の花を育ててみる。テレビの時間を縮小して、その分読書にあててみる、など・・・。何でも良いのです。自分自身に何らかの「義務」を与えること、またそれを「実行」することによって、人間変わります。今現在、何らかの症状で悩んでいる方には特に言いたい。目標を持つことで変わる。すべてが変わります。失敗しても、全く構いません。でも、最初から「失敗」を念頭にした目標設定は止めてください。止めるとか、もうだめ、とか否定言葉を使うと、不思議なもので人間その通りになります。大丈夫。絶対大丈夫ですよ!人は目標を持てば、自然と道は開かれます。失敗したら・・・・。この言葉を思ってください。「まだまだ。可能性はまだある」では!
2007.03.31
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皆さんこんばんわ。紅ズワイガニです。高校野球が全く見れず、残念です。今年は大阪桐蔭の中田翔選手のプレーが見たい…。さて、本題。今日は少し趣向を変えて見ます。表題は特に「朝の表情」についてです。朝が得意な方もいれば、不得意な方もいます。私もはっきり言って、朝は得意ではありません。とは言え、あまり「他人」にその表情を見せることはありません(嫁の前は別。逆に嫁のほうが怖い)。昔から、朝っぱらから…といった慣用句があります。これは朝から(否定語)をするな、というように使われますが、まさしくその通りで、朝の誰もがしんどい時に、その人の真価が問われている気がします。たとえますと、うつ病の人は笑顔というか、笑うこと・楽しむことを忘れてしまっているので、朝起きたら鏡に向かい、笑顔を作るのが一つの治療法であると聞きます。要はしんどいときに、如何に笑顔でいられるか?といったことですが、意外にも周囲に影響を与えてしまっています。朝から暗い顔、明らかに二日酔いの顔、それらを含めたダルい顔…。通勤電車でもよく見られますが、余りにしんどそうな表情の方を見ると、なんだか近づきにくい感じがします。しんどい、という信号を発するのは悪いことではありません。でも公の場でしてしまうのは、私にとって「甘えてるのではないか?」という疑念さえ思い起こさせてしまいます。しんどいのは当然です。でも、しんどさを感じさせない、それこそが大人としての「礼儀」でもないでしょうか?私はしんどい表情を人前で晒してしまうのは、甘え以外の何者でもありません。無理する必要はありません。でも「他人」にまで不快な気分を起こさせているようではダメ。人として、「余りにも良くないかな?」と思いましたので書きました。皆さんも朝の表情にはお気をつけを!ま、私もその一人なんですがね・・・。では。
2007.03.29
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こんばんわ。紅ズワイガニです。本日は会社の帰りに、懐かしのツレに会ってきました。彼は4つ年上ですが、全く格好を付けることなく、私に接してくれました。そんな彼は、今では会社の中核を担うポジション。仕事ができる、ということも一つですが、人間性によるところも多いでしょう。そんな、私にとって「師匠」ともいえる人間は少なくありません。少ないどころか、大変多くいます。知り合ったキッカケは些細なものです。学校が一緒だった、会社が一緒だった、趣味が一緒だった…。中には本当に、偶然というか、何で知り合ったのかもさえよく分からない人もいます。共通するのは、話が合うというのもありますが、私の存在を認めてくれた人です。結婚がその究極の形ですが、全く知らないもの同士が仲良くなるのは本当に偶然の産物です。このブログにおいては、感情ではなく論理的に解釈してみたいというのが趣旨でした。なぜなら論理的に解釈するほうが「笑える」からです。「承認」もそうですね。例えば、皆さんも胸が熱くなる「青春時代の恋」の思い出があると思います。その当時は必死だったはずです。何とかして目指す相手に認めてもらおうとしたはず。叶わなかった恋も多いでしょう。私もその一人です。でも、今になって冷静に思い返せば、なんであれほどに必死になれたのか?そんなに彼女(彼)のことが好きだったのか?ここは敢えて第三者の立場で振り返ってもらいたいのですが、如何に彼女(彼)に時間をもらって、思いのたけを聞いてもらうか?に心血を注いだものです。「思いのたけ」(色んな表現があると思いますが)とは飽くまで自分の気持ちであり、相手の気持ちではありませんね。身勝手とも言えますが、最中の人間にはそんなこと、思いもよりません。でも、思い出すと、なんだか切なくもあり気恥ずかしい。当時流行った音楽なんかも同時にフィードバックされたりして。非常に人間臭いが故に崇高で、気恥ずかしいのも「承認」の特徴です。ほら、自分を偉く見せたいがために、格好を付けたり、妙に可愛こぶったりしたことあるでしょう?その行き過ぎたのが「ストーカー」であり、各種犯罪です。そう、「承認」とは人間の生理的欲求であるが故、よくない方面にも作用するのです。人間には3大欲求というものがありますが、すべてに「承認」が絡んできます。どうですか?わかりますか?漠然とは理解いただけましたか?「承認論」は、哲学の根本的命題であると同時に、「自分を笑う」ことにも有効です(何故私が存在するのか?は典型的な哲学命題ですが、良く出来たジョークでもあります)。では。
2007.03.28
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こんばんわ。紅ズワイガニです。日々更新!のつもりが、出来ませんでした。意志が弱いなあ…。今、テレビで「カンブリア宮殿」を見ています。プロジェクトXが大好きだった私にとって、このような”サラリーマン応援番組”が唯一の救いです。あとは、「ガイアの夜明」でしょうか。「ハゲタカ」も終了しましたし・・・。残念です。さて、テレビのことはここまでにして・・・・。最近、「承認」について書いています。何が「承認」なのか?という方には、潜越ながら過去のブログを参照して頂ければ幸いです。今回は「承認」は本当に必要か?という話を書きたいと思います。もし、あなたがすごく強い人間であったとして、自信家だったとします。では、そんなあなたはたった一人きりで、この世を生きていけるでしょうか?また、逆に自信を喪失してしまい、「一人にしてくれ」などと孤独を欲しますが、そんなあなたも、この先一人で生きていけるでしょうか?極端な話、お金は腐るほどあって、一生働かなくても良いほど持っているとします。スーパーカーを買った帰りに、急に自家用機が欲しくなり、特に品定めせず買って帰る。帰ってから、ふと思い立って、駐車場が足りないことに気づく。で、翌日、駐車場のための土地を買う。それも100坪くらい。その足で、新しく出たまたまたスーパーカーを購入し、ついでにデパートで高級腕時計も買う。帰りしなに小腹が空いたので、ステーキハウスにて食事をし、10万のワインを空ける。上記は非常に極端ですが、そんな生活、果たして楽しいでしょうか?上記の文章、わざと「人と接する場面」を省きました。お金はあるに越したことありません。でも、最低限のお金があれば十分でしょう。では何が必要か?といえば、「他人」です。人間、何故働くのでしょう?なぜ毎日学校に行くのでしょう?それは「他人」と触れ合うことが出来るからです。人は、決して一人では生きられません。寂しいからです。では、「寂しさ」を解決してくれるものは何でしょう?また希望や勇気を持てるのは何故でしょう?それは「他人」がいるおかげなのです。それでも俺(私)は一人で生きていく、という方もいらっしゃるかも知れません。そのような方は、途中で挫折しない限り、神の領域に入っているといっても良いでしょう。それだけ、人は「他人」を求めます。「他人」に惑わされ、「他人」と楽しい思いをし、「他人」に悩みを打ち明ける…。効用は様々ですが、「承認」とはそういうものです。「弱いだけじゃないの?」という方。大正解です。弱いからこそ、人間は「承認」を求めるのです。なんかこのテーマ、泥沼に嵌ってしまったかのように、限りありません。まあ、難しく考えず、あくまで観念としてこういうものがあるのだ、ということだけ知っておいてください。では*今、WBSで新卒採用のことをやっています。仲間の方、ぜひ見てください!
2007.03.26
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こんばんわ。紅ズワイガニです。西日本は全般的に雨のようで…。でもこの雨をきっかけに、春の陽気がやってきそうですね。雨の止まない日はない、ってことでしょうか。さて、昨日はお休みをいただきましたが、改めて「承認」について書いて見たいと思います。そもそも、何故人は他人に認められたいのか?簡単な概略こそ書きましたが、あえて深くは書きませんでした。自我が確立されると、まず親に認められようとします。オギャーといった時点で既に承認欲求が出ているわけです。赤ちゃんの段階では自我の塊、つまりは承認欲求の塊でもあります。オギャーと発信して時点で、親が構います。この構ってもらえるというのが、承認欲求には重要なキーポイントになります。年齢を重ねるごとに、人間は具体的な承認欲求を持つようになります。隣の席の誰々ちゃんと仲良くしたい、ではどうしたらよいか?まずは誰々ちゃんに自分をアピールしなければいけません。何故、アピールするのでしょうか?誰々ちゃんに自分のことを認めてもらいたいからですね。また、その誰々ちゃんも、別の誰かに向けて認めてほしいという行動を起こします。友達つくりの第一歩というわけです。前提条件ともいえます。では、何故そこまでして友達がほしいと思うのでしょうか?自己顕示欲を満足させたいからですね。自己顕示とは、皆さんも普通に持っている人間の基本的欲求ですが、自分をアピールし、それに対して、他人に自分というものを知ってもらいたいことです。では何故知ってもらいたいのでしょう?人は他の動物に比べて、強くありません。常に誰か頼れるもの(認めてくれる人)を求めています。求めていない人は仙人くらいでしょうか?私も含め、特別な存在な人間なんていません。その特別を求めて、人は飽くなき人生を過ごします。その最大が結婚です。結婚とは、どこの馬の骨ともつかぬもの同士が将来を誓い、またそれに向かって努力する運命共同体です。みんな、「どこの馬の骨」とカテゴライズされるのを、知らず知らずに嫌悪します。でも、悲しいかな、人間(お馬さんもふくめ)「どこの馬の骨」なんですよねえ。「認められたい!」。でも認められません(そんなうまい具合に世界は成り立ちません)。なんか切ないですよね。でもそれが現実であり、そのために人は努力をするのです。努力とは認められるためにする事、です。それ以上のものではありません。でも努力する人を、他人は素晴らしい人だ、と言います。話がループしますが、認められるために努力する。これが「自己承認」です。上司に認められたいたまに、努力する。女の子(女性だったら男の子)にモテるために努力する。この「承認欲求」が肥大化したものが、放火犯であり、金権主義者であり(ホリエモンのような)、殺人者です。まあ、これは極端ですが。話が難しくなり行くところを中途半端に止めたため、よく分からない文章になってしまいました。ま、笑ってやってください。では
2007.03.24
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皆さんこんばんわ。紅ズワイガニです。大阪の日中はかなり暖かくなりました。外回り仕事(要は営業)の私には喜ばしいことです。花粉も落ち着き気味なようで、これも嬉しいことです。さてさて・・・。最近「行動すること」について書いてますが、食傷気味かとも思われますので、「行動すること」の先にある「認めてもらうこと」について書きます。人は「行動すること」に何を求めているのでしょうか?今まで書いたもので薄々お気づきの方もいらっしゃるかも知れません。あくまで究極的な目的は「人に認めてもらうこと」ではないでしょうか?簡単に「承認」といたしましょう。人間、他人に良く思われたい、という根源的なものを抱えております。思春期の少年少女に良く見られることですが、野球をやる・サッカーをやる・ギターを始める果ては、悪い格好をして人を威圧してみる…。もちろん大人だってあります。お腹が出てきて格好悪いから鍛え始める、会社の上司に認められたいがために、多少無理を押してでも頑張る…など。「承認」に対する簡単な例を挙げてみますと・・・。そう!異性にモテたい欲求です。モテることは、動物においての最たる欲望であり、男と女・オスとメスの区分がある限り、途絶えることはないでしょう。決してモテたいと思う気持ちを恥ずかしがってはいけません。それは非常に正常であるからです(先の区分に入らない、いわゆるオカマといわれる人たちもいますが、彼ら彼女らも同性からモテたいと思う気持ちに変わりありません)。ここでさらに掘り下げて、何故モテたいのか?動物には「種の保存」が生まれながらにして与えられているため、自然と異性に対し、良く見せたい!という意識が働くのです。最近、勝ち組負け組みという単純な二元論がありますが、元を質せばここに行き着きます。今回は短いですが、「承認」について書いてみました。種明かしをしますと、正式には「承認欲求」といい、これもまた哲学命題です。順々に書いていきます。では。
2007.03.22
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皆さんこんばんわ。紅ズワイガニです。今日の大阪は、日中穏やかな天候でした。来週から気温も上がりそうで、いよいよ春の到来ですね。とは言え、寒い時期があまりにも短かったため、例年のような感慨はありませんが・・・。さて、テーマに戻ります。これ、実は私の愛読雑誌「Number」で、イチローのインタビュー記事が書かれており、その中で、イチローが王貞治に聞いたという話の内容です。「王さんは現役時代、チームのためにプレーしていたか、自分のために働プレーしていたか?」とイチローが質問したところ、「自分のためだ」と、王貞治が答えたというものです。皆さん、この引用記事をお読みになってどう思われましたか?意外だ、と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか?我々は時として、行動するときに「何のためにやるのか?」と考えがちです。以前も書きましたが、一種の「怯え」があるからですね。私が上記の文章を読んで意外に感じたのは、イチローがこんな質問をするのか、でした。一般的な見方をすると、メジャーで大活躍し、何事においても順風満帆に見えるイチローがこんな質問をするなんて・・・。しかし見方を変えると、あらゆる意味でトップで「あり続けなければならない」イチローは、非常なプレッシャーの中にいるわけですから、「不安」で当然でしょう。「行動は怯えに連動する」ことを、私は主張したいのですが(主張してどうなる!の声あり。無視して)、行動し続けること、さらにそれをプレッシャーに感じれば、益々「怯え」の材料は増えて来ます。別にイチローを自分の位置(この場合の位置とは世間的な立場などを指す)に降ろしてきて楽しもう、といった週刊誌的なものではありません。イチローも我々と同じ、人間なんだ、というつもりもありません(分かりきったことです)。ここで皆さんに聞きたいのは「何のために行動するのか」ということです。行動を仕事や勉強に置き換えると分かりやすいかも知れません。生きていくために、家族のために。はたまたキャリアアップのために、さらには地位のために、プライドのために・・・。もしくは、何のために仕事をするかなんて考えたこともない、という人もいるでしょう。様々でしょうね。ただ、根底に流れるものは同じではないでしょうか?人生は誰においても火の車だと。誰もが何かに追われ、背負い、這いつくばりながらも前に進もうとしているのです。頑張るざるを得ないのです。いま、病気の方は病と闘っている訳ですし、職探しの方は「早く仕事につかなければ」と頑張ってます。変な話、私はこの世で頑張ってない人はいないと思っています。マスコミで「怠けの象徴」のように言われているニートの方々も、逆にニートの立場から言えば、頑張っているのです。自分に合う仕事はないか?何が適正なのか?…。引きこもりの方々もそうですよね。特にニートや引きこもりは面白半分で、マスコミに取り沙汰されたりしまので、情報に対する正確な「自分の見方」も必要だと教えてくれているのかも知れません。最後に、王貞治が何故自分のためにやってきたのか?の回答を書きます。「自分のためにやるからこそチームのためになる。自分のためにやってる人が結果的に、自分自身に一番厳しい。何々のために、という人はどこかで言い訳する」まさに至言です!なお、この「Number674号」は現在発売中です。興味をもたれた方、一度読んで見て下さい。では
2007.03.21
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皆さんこんばんわ。紅ズワイガニです。最近、自宅のパソコンの調子が悪く、困惑の日々が続いております。新しく買おうにも、妻への根回しが大変なため、あきらめてます・・・。さて・・・。昨日今日と博多に行ってまいりました(社用で、面接業務ですが)。やはりというか、大阪や東京の子に比べたら非常に純情です。発想がかわいらしいというか、何か忘れていたものを想起させてくれました。変な例えですが、何度もリメイクされている「愛と死をみつめて」を思い出しました。このドラマ、最近では草薙剛・広末涼子で昨年にリメイクされましたが、元々は河野実さん、と大島みち子さんの往復書簡が元になったものです。大島みち子さんは軟骨肉腫という病に冒され、しかも女性なら何とも言えない(私は男なんで)顔を犯されるという症状でした。その、河野実さんと大島みち子さんの悲しくも、青春の一時代を描いたドラマですが、この大島みち子さん、なんと私の大学の大先輩にあたります。閑話休題。当時、青山和子さんによって主題歌は歌われました。マコ、甘えてばかりで ごめんネ。ミコはとってもしあわせなの。儚い命と 知った日に意地悪いって 泣いたとき涙をふいて くれたマコマコわがままいって ごめんネミコはほんとに嬉しかったのたとえその眼は みえずともふたりで夢見た 信濃路を背負って歩くとといった マコマコ元気になれずにごめんネミコはもっと生きたかったのたとえこの身は 召されても二人の愛は永久に咲くミコの命を 生きて マコという歌詞です(泣きます)。実際にドラマや映画を見てないと分からないと思います。ちなみに、親世代に聞いても…。我々(30前半も前半)の親世代は「それがどうした」的な感想しか持っていません。ああ、純情。我々の純情感覚はどこに行ってしまったのでしょうね!補足になりますが、上記「愛と死をみつめて」は、吉永さゆりをはじめ、何回かリメイクされております。機会があればぜひ、ご鑑賞を!※嫁恐怖症の方へ…この歌やドラマを見ると一時的に嫁が愛おしくなります。しかし、ホンの 一瞬だけですが・・・・・。ではさらに補足。森進一のようにならなければいいのですが。上記の歌詞は著作権が絡んでいるので。泥臭い大人の世界を最後にしてしまい、すみません。
2007.03.20
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こんばんわ。紅ズワイガニです。昨日、病院に行き先週受けた血液検査の結果を聞いてきました。すると、白血球が多く、またアレルギー抗体を示すIgeの血中濃度も高く、一般の10倍ほどあり、ついに今週末、精密検査を受けることになりました。今日も引き続き調子が悪く、ほぼ一日動けませんでした。さて・・・・。先日、行動することの難しさについて書きました。今日はその続編です。人間、いざ行動!となると誰しも緊張します。ここではこれを「怯え」ということにしましょう。なにか新しいことを始めるにあたっての「怯え」今までやってきたことを止める「怯え」行動すること=怯えに繋がるといっても良いでしょう。では何故怯えるのか?これは哲学上の命題ともいえるテーマですが、簡単に言ってしまえば、人間も動物だからという結論を導き出せることもできるでしょう。動物は本能で生きています。皆さん、犬が電信柱にオシッコをかけているのを見たことがありますよね。あれはご存知のように、その犬の縄張りを示すものです。マーキングといいますが、「ここは俺のもんだかんな、わかってるな」ということです。「虚勢」ともいえるでしょう。さて、これを人間に当てはめるとどうなるでしょうか?例えば暴走族。夜中にブンブンとバイクをかき鳴らし、他人に虚勢を張っています。また一般でも、妙に虚勢を張ったり、必要以上に格好を付けてみたり・・・。まあ、コンプレックスの裏返しですが、これは「自分は弱い人間なんです」と告白しているようなものでしょう。要は「怯え」です。逆説的にいうと「怯え」があるから行動できるとも考えられます。だいぶ以前に読んだ本の中に、あるプロボクサーの話がありました。試合の前日、ホテルで休む選手。でもぜんぜん眠れません。眠るどころか、興奮し、部屋で暴れます。それは明日の試合で、相手をぶちのめす興奮ではありません。人に殴られる恐怖から、本能的に自分を逃げ出そうとしているのです。上記は特殊な例ですが、我々にも近い経験はあります。明日、初出勤。明日、かわいいあの子に告白する。明日、誰それと口論する予定だ。例は変ですが、近い経験はあるでしょう。そのとき、あなたならどうしますか?絶体絶命、逃げられません。とすると答えはひとつ、「怯えながら行動する」です。怯えたままで良い。怖いままでいいのです。まずは勇気を出して一歩を踏み出すこと。後のことは何とかなります。行動することで一番難しいのは「はじめの第一歩」です。それさえクリアできればもう大丈夫。あとは野となり、山となります。どうか大いに怖がって、怯えながら挑戦していく楽しさを感じてください。本当に身近に転がっているものですよ。ドンドンやってみましょう!本日は以上です。
2007.03.18
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こんばんわ。紅ズワイガニです。妻も早々に寝てしまい、嬉しい夜中、皆さんは如何お過ごしでしょうか?さて、昨日は携帯からブログを書いたため、滅茶苦茶な文章でした(反省)。さて休日ですが、みなさんどうされますか?「私は彼とデート」「あの本をこの休日に読んでやる」「昼まで寝て、そっからはなんも考えてないっす」。人それぞれです。有意義な過ごし方なんてありません。千差万別でしょう。パラサイトシングルという言葉が流行ったのを覚えてますか?今の格差社会といった言葉同様、皆が踊らされていました。さあ、この格差社会とは何でしょう?特権階級と貧乏人の差、なら分かりやすいですが、サラリーマンの年収にまで階級意識が及んでおります(及ぼされる人もどうかと思いますが)。キレイごとではなく、この世に勝ち組・負け組はありえません。なぜなら個人個人がそれぞれの価値観で生きているからです。パラサイトシングルも、フリーターも、ニートも同様です。何を持ってそうカテゴライズされなければいけないのか?もっとも、個人主義の弊害はあるのですが・・・。良いではありませんか!と、言いたいところですが、日本は資本主義であり、資本主義とは「働かざるもの食うべからず」です。マスコミに扇情される必要性は全くないですが、とにもかくにも食わなければなりません。さて、この今、変な症状で悩んでいる方。簡単なアルバイトから始めてみませんか?アルバイト雑誌で「これ」というのがあれば、まずは問い合わせの電話をするころからはじめましょう。難しいですか?ならば、さらに簡単な方法。何をおいても人と話せる機会を持ってください。近所の公園や図書館でも十分です。まずは自分から発信する。でないと人は振り向かない。です。偉そうに綴りましたが、真実です。マイペースで結構ですので、何か自分からアクションを起こしましょう!案外、他人は人のことを見てませんよ・では注:本稿は今日話した仲間と共感を得たことです、悪しからず。
2007.03.16
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みなさんこんばんわ。紅ズワイガニです。 さて、みなさんの日々の睡眠時間はどれくらいですか? だいたい6時間くらいの方が多いのではないでしょうか? かくいう私は日々の変動こそあれ、大体5時間ほどです。 これが長いのか短いのか良くわかりませんが、私にとってはベストな時間です。 では今まで医学で提唱されてきた8時間睡眠の根拠はなんなんでしょうか?皆さんご存じですか? 回答を申し上げますと、一日24時間ですので、単純に3で割った数なんだそうです。ではなんで3で割ったのか?これも単純で、仕事8時間、それ以外のプライベート時間(食事なども含む)が8時間、残りが睡眠となったわけです。よって8時間睡眠には特に根拠はありません。こじつければ別ですが・・・。 そもそも一日は正確に言うと24、時間ではないので、たとえば夜中0時に眠る癖を持つ方でも、毎日その時間にぴったり眠れるわけではありません。眠りにくい日もあって当然なのです。 そもそも、一日24時間単位が全世界に広まったのは最近のことで、時計の概念が一般に広がってからのようです。 時計は惑星との関係や諸々の条件下で時間を割り出したものですが、元来が動物である人間に、完璧に時間を当てはめるのは不可能なことです。合理化を美とする西洋らしい発想とも言えます。農耕民族である日本人は朝起きて暗くなったら眠るという伝統でした。 「昨日は3時間しか眠れなかった」とか「あ、もう2時。早く寝ないと」と気に病むみなさん。 気に病む必要は全くありません。とはいえ、日照時間にタイミングを合わせるのが良いのは事実ですので、眠れない方もせめて暗いうちに床に入って、明るくなったら起きるようにすると、精神状態が格段に安定するようです。鬱病の治療が、まずは睡眠薬を出され、夜に眠れるようにするのもこのためです。 中途半端ですが本日はここまで。おもしろいテーマなので続けます。 では
2007.03.16
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こんばんは。紅ズワイガニです。本日、私の最近のフェイバリットドラマのひとつ、「ハケンの品格」が終わってしまいました。実は前職が派遣屋でしたので、大変興味深く見ておりました。妻もこのドラマだけは一緒に見ていました。またNHKの「ハゲタカ」も好きですが、これももうすぐ終わります。実は前々職が、・・・・もういいか。日曜のスタメンも終わるようです…。見るものはニュース以外なくなってしまいました。本日はほとんど休刊状態です。また明日!
2007.03.14
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こんばんわ。紅ズワイガニです。さて、大阪は本日も寒かった…。みなさん、体調はいかがでしょうか?インフルエンザが流行っているので、このシーズンは早めに体を休めて下さい!さて今日は何について書こうか…。そうそう、久々に初心に戻り「自分を笑うために」について書きたいと思います。医学でも証明されていることですが、人は笑うこと(楽しいことを経験すること)によって、癌細胞を押さえ込むNK細胞というものに利くそうです。では何が楽しいことなんでしょうか?それこそ十人十色で、お酒を飲むことであったり、体を動かすことが楽しみ・休日にゆっくり昼まで寝ることが楽しみであったり、様々です。それはそれで大変良いと思います。でも原点に立ち返って…。私はこのブログを通して、一人でも多くの方に「自分自身を笑い飛ばそう」というのが、そもそもブログ開設したきっかけでした。自分を笑い飛ばすことによって、あらゆる”とらわれ”から開放され、人生を楽しもうというのが根底にあります。では、悩みをどうやって笑うのか?その手法は追々書きたいと思いますが、まずは自分を見つめなおし、「ここがだめなんよなあ」という、自分でもあまり触れたくない”事実”について、客観的に見てみることです。難しいと思われるかも知れません。人間は悩むという唯一の特権を持って存在しているものですから(とは言え、猫や犬にそのあたりの詳細を聞いたわけではありませんから、この論も怪しいものです)、悩みが悩みを呼ぶという自体に陥るわけです。苦悩とは言わないまでも、日常の悩みは誰しもあります。そこで、です。苦悩でも日常の悩みでも何でも良いです。客観的に見て、「この悩みは他人に言うと笑われるんではないか?」と思うこともあるでしょう。大チャンスです。ではなぜ他人に言うと笑われるのか、考えて見ましょう。恥ずかしいからか?例えば思春期の子が好きな相手に告白したいと思うことがそれにあたります。格好悪いからか?例えば病気を患い、それが下関係の病気である場合、これにあたります。もうひとつ。情けないからか?例えば、何かに失敗した。どうしたらよいのか。でも人には聞けない。どうでしょう?大別すると悩みは大方上記3つにカテゴライズされると思います。では、その悩みを逆に考えましょう。「情けない」の例でいきますと、人には聞けない→どうしたらよいか→ああ、情けない、と言うことになるわけです。それ自体、すでにユーモアの範疇に入るのではないでしょうか?お笑いの常套手法ですが、自分を落として人の笑いを誘うという手段があります。この「自分を落として」の作業は考える時でもあり、客観的に悩みを捉えなおす機会でもあります。非常にくだらない例を出しますと「自分は足が短い」といったことを悩んでいるとします。これを思考逆転させ、「足が短い→ということは腰の位置が低い→腰の低い謙虚な人間」と考えることも出来るわけです。今日はここまでにしますが、なかなか面白いテーマです。実はこのテーマ、哲学の問題でもあり、未だに結論が出ていない命題です。ではまた。
2007.03.13
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みなさんこんばんわ。紅ズワイガニです。先週の土曜日、あまりにもしんどいので病院に行きました。すると診断結果は「花粉症の酷いもの」でした。たかが花粉症と侮っていた私はビックリしました。医者曰く、鼻の奥のほうに”タンク”のようなものが存在するようで、元々鼻がよくない私の”タンク”に花粉が奥深く入っており、それが体のダルさなどに結びついてるとのこと。睡眠時無呼吸症の恐れもあるため、再度病院に行かなくてはなりません。薬も抗生物質を含めた4種類をもらい、これがキツイ薬のようで、眠くなる・下痢を引き起こす、など散々な目にあってます。ああ、花粉が憎い。さて、表題の話です。仕事の都合上、面接をする機会があります。そんな時、いつも「果たして俺は人を評価できる人間なんだろうか」と思ってます。自分自身、そんな大したことのないヤツであることは重々承知してますし、人を裁くようなそんな大それた考え方はしないほうです。でも面接「業務」となればそうも言ってられません。面接を受けに来られる方には様々な思いがあるでしょう。ただ面接のために遥々遠方からやってくる方、入社したいがために友人などと色々な相談をしている方、何が何でも働かなくてはいけない方・・・・。様々なバックグラウンドを抱え、それでも一生懸命に、真摯に面接を受ける・・・。私も何社か転職しましたが、やはりその時その時の心境や場面を思うことがあります。とはいえ、やはり面接ですし、企業もボランティア団体でない以上、どこかで人を判別し、評価し、値を付ける・・・。全員を入社させるわけには行かないのです。評価といえば、かつて中途社員の入社面接をしたことがあります。これも評価する業務だったので、仕事であったとは言え、自分にはきついなあと考えておりました。人間、そんな大差なんてありません。今就職活動している方、アルバイトを探している方、ずいぶん前にも書きましたが、選ばれた人間だけができる仕事なんてこの世には少数派に属します(例を挙げますと、宇宙飛行士や総理大臣など)。評価された結果ダメだったとしても、悔しい思いをする必要なんてないのです。評価した人間もあなたと同じく、悩みを抱え、嫁には無茶苦茶言われ、嫁の実家からも無茶を言われ、安酒でそんな諸々のことを一時わすれ、眠り、次の日は嫌々ながらも仕事に行き・・・その繰り返しをやっているのです。どうですか?あなたと違うところはありますか?隣の芝生は・・・とよく言いますが、本当に羨ましく感じられるだけ。それ以上のものではありません。では。
2007.03.12
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皆さんこんばんわ。紅ズワイガニです。今日は妻が昼過ぎに、妻の家族を連れて帰ってきました。一瞬、うつ病になりそうでした…。妻の家族は一月に一度、やってくるのですが、その時は特に私は家に居場所がありません。まあ、普段からないのですが。少し妻もつわりがあり、情緒不安定になってたりして、「夫としてどうしたらよいのか?」と日々思います。でもまだ実感が湧きません。さて、昨日は如何に悩んでいる人とコミュニケーションをとるか?という内容を書きました。本日はその第2弾です。コミュニケーションについてさらに論じたいと思います。書店に行くとこの手の「これでスッキリ 人間関係」とか「いやなあの人と話す法」といったコミュニケーションのハウツー本が目に付きます。さて、この手の本で、開眼というか上手く行かれた方はいるでしょうか?恐らくいないと思います。なぜならコミュニケーションのやり方なんて人それぞれですし、これほどノウハウが通じないことも珍しいでしょう。また著者も自分のやり方(経験論)を語るため、それをそのまま自分に当てはめるのは無理があろうってものです。ではコミュニケーション上手になるためには?特効薬はありません(結論早!)。多くの人と接し、自分なりに経験値を積み上げる以外にはありません。いくら「これで完璧!あの人と話す法」「気になるアイツを口説き落とす100の方法」なんて読んでも無駄です。特に家で読んで関心している間は。そもそもこの手のハウツー本を読んでること自体、よろしくない精神状態です。自分自身が悩んでいる状態ですので、まずはそれをどうにかすべきでしょう。閑話休題一度、自分自身をゼロに戻して、積極的に色んな人と話をし、学んでいくしかありません。それが苦手なんだよなあ、ってなあなた!普通に人と接している人を見習ってください。そして言葉の一つでも良いですからパクッてください。徳川家康の言うとおり、学ぶということは真似ぶということです。今日は妻がいるせいか、上段から構えてものをいってしまいました・・・。反省反省。では
2007.03.11
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皆さんこんばんわ。紅ズワイガニです。今日は妻の実家に行ってきました。雨が降ってきましたので、「たまには実家に泊まってはいかがですか?」と妻に助言。「家事や諸々を忘れてゆっくりして下さい」と、最後に言い、非常にルンルン気分で一人で家に帰ってきました。今は最高のひと時を味わっております。さて先日、大学時代の後輩も結婚することになりました。おめでたいことなので式にはぜひ参加したいと思ってますが、なんせお金がかさみます親戚以外には3万円の祝儀と決まっております。昨年だけで4回の結婚式に出場しましたから、計12万の出費+2次会の出席、他移動交通費(体外は還ってきますが)なども含めると結構な額になります。少なくとも私の友人・知人や親戚関係には、しばらく結婚は控えて頂きたいものです。さて、テーマに沿った話題に変えましょう。今回は「がんばること」という言葉の解釈です。たとえば皆さんが、勉強やスポーツ・仕事に打ち込んでいる状況であれば、明確な目標設定が出来るため、「がんばって」という言葉は大変有効です(黄色い声であればなおさら)。翻って、病気のときや、何らかのことに悩む方にとって「がんばって」は有効どころか、かえって鬱陶しく感じるのではないでしょうか?要はプラスの状況のときにはプラスの、それもシンプルな言葉が利きますが、マイナスの状況においては必ずしもそうとはいえない、ということです。私も以前、よく分からない症状に襲われたことを書きましたが、そのときの「がんばれ」は迷惑とさえ感じていました。ではどうしたら、マイナス状況の方に対して言葉を投げかけてあげたら良いのでしょう?私はなるべく、目線を合わせて話すよう心がけています。同じ立場に立つということですね。もちろん、人によって悩みは千差万別ですので、安易な判断での目線合わせは逆に大やけどを負わせてしまう可能性もありますので、要注意ですが…。最大限にその人の立場に立って発言する。また自分では判断しかねることに対しては、向こうが心開いて話しかけるのを待つのが賢明な方法でしょう。決して上から話すのではなく、その人と対等になること(下に出てもいけない)。もう、ほとんど彼女(彼氏)の作り方講座の様相を呈してますが、結局人間関係で重要な声がけとは上記のようなものになるのではないでしょうか?なかなか難しいことですが、心がけ次第で出来るようになり、ひいては自分自身にも幸せが還ってくることにもつながるような気がします。では今日はここまで。なんだか中途半端で申し訳ありません…。追記:ホワイトベアーさん、「ハゲタカ」見ましたか?今日も面白かったですが、なんか 先が読める展開ではありましたね。来週は面白そうですよ!
2007.03.10
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こんばんわ。紅ズワイガニです。さきほど、書き込んだのですが、操作ミス(ってかパソコンが悪い)により、あっさりと消え去っていました。まるで何事もなかったかのように…。かなり書き込んだのに…。妻を強制的に先に寝かせ(先に寝てくれたらいいよー、とかなり亭主関白)、書いてたのに。チクショー!!明日改めますわ。
2007.03.08
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皆さんこんばんわ。紅ズワイガニです。さてさて、また寒い一日でしたね。皆さん体調はいかがですか?あまり無理はしないでくださいね。さて、写真の本は今から8年ほど前に、営業先で購入したものです。当時はまだ症状も残ってた、というのに加え、別冊宝島に凝っていたため(別冊宝島は当時、サブカルチャー的な本を多く出していました)、なにか従来とは別のアプローチがあるのでは?と考え衝動的に買いました。ところが・・・。当時の私にとってはあまり参考になりませんでした。なぜなら、非常に表面的なのです。全体的にQ&A式に書かれてあるのですが、一例を挙げますと、「毎朝通勤が億劫で辛い」という悩みに対し、その答えが「駅につきさえすれば何とかなる」といった回答・・・。当時、この手の症状(あえて病気とは言いたくない)に関する本などがメディアに取り上げられたり、また芸能人が「自分も過去にうつ病だった」などと表明し始めたのもこの頃でした。とは言え、あまりにも商業主義(出版"社"である以上当然ですが)に走りすぎた結果、大変お気軽な本も多かったのも事実です。その仇花とも言える本でした。最近でこそ少なくなりましたが・・・。何らかのことで弱っている人は昔から「いわしの頭も信心から」というように、無差別に「救ってくれそうなもの」にすがりつきがちです。ある意味、人間の弱さが思いっきり出てしまう時でもあります。またそういった心理を巧みに利用した商売は枚挙をいといません。悲しいことですが・・・。安っぽい解決策なんてないことを重々知りながら、何かあるのでは?となってしまうんですよね。人って。私自身もそうでしたし・・・。ただ、これだけは断定できますが、人は弱ったときは身近な人間に頼った方が良い。友人でも、恋人でも親でもなんでもいい。頼れるものは頼ったほうが楽です。変に格好をつけないのが、この症状を和らげる近道であると思います。皆さんはいかがですか?では、今日はここまで。
2007.03.07
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皆さんこんばんわ。紅ズワイガニです。今日は昨日と打って変って寒い一日。まあ、時期的にこれくらいが当たり前なんですが、あまりにも急激な気温の変化で、皆さん体調は大丈夫ですか?なるべく休養をたっぷり取るよう、意識して心がけてくださいね。また花粉症の方、今日は花粉が多かったようです。マスクは忘れずに外出してください。さて、心の悩みについてです。ある本で、気分転換が下手な方に多い病気だそうです。確かに一理ありそうです。また、些細なことでも気になる方も症状が出やすいようです。また、いろんなタイプの方が列挙されており、これでいくと人類の全員が「予備軍」と言えそうです。今苦しんでいるあなた、決して一人ではありません。ですので、他の人も苦しんでいるかも・・・、くらいの捉え方のほうが精神衛生上良さそうですよ。どうか、一人で閉じこもらず、ドンドン積極的に自己開示し、そんな苦しんでいる方の規範となりましょう。まずは今苦しんでいるあなた、あなたから始めるのですよ!では、今日はここまで。
2007.03.06
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みなさんこんばんわ。紅ズワイガニです。さて、私は大阪に住んでいるのですが昨日はやたらと暖かかったですね。まだ3月に入ったばかりなのに、変な気候ですね。さて・・・。昨日がテーマから脱線してしまいましたので、改めて仕切りなおしを…。前に「この症状は神が与えてくれた試練だ」といったようなことを書きました。今でもそう考えています。理由は自分でも強引に考えたものなので、文章にするのは難しいですが・・・。ただ、言える事は「これを機会に自分を改めて見つめなおせ」という暗示ではないか、と考えた訳です(なんせ若い頃の話なので)。例えば周りを見てみましょう。デリカシーのない人、不平不満だらけの人、現実逃避する人…。いろんな人がいますが、これって結局は自己欺瞞であり、周囲のことを考えた行動ではありません。反論の多いのは承知のうえで申しますと、その代表が、太宰治の本ではないでしょうか?曰く「自分は穢れている」、曰く「世間から必要とされていない」などだいぶ以前に太宰にはまりましたので、覚えている範囲ですが。私も確かに、自分自身で思い当たる節もあります。でも、こんなことを言っていても何の解決にもなりませんよね?たとえば、ここにあることで悩んでいる人がいたとします。悩みというのは多分に自分勝手な思い込みが含まれていて、それが他人にも分かってくれるはず、というのは大間違いです。大事なのははっきりした悩みであれば他人の意見を伺ってみる、など行動を起こすことが重要です。とは言え、なかなか難しい。そんな話しをしていきませんか?誰も攻めません。それどころか情報開示する勇気をもった方は、それだけで大きな一歩を踏み込んだと言えるでしょう。人間、一人では難しいことのほうが大半です。どうか協力しあって、でも規律は正しく、そんなコミュニティーを作って行きたいと考えています。それでは。追記:コメントをいただいた皆さん、申し訳ございません。 今日は皆さんのブログを覗く時間がありませんでした。 どうかお許しを。
2007.03.05
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皆さんこんばんわ。紅ズワイガニです。明日(今日?)から月曜です。ブルー名な気分の方も多いのでは?さて、今回だけテーマが違います。妻がついに「ご懐妊」あそばされました!本当にうれしい。知ったのは3/3の土曜日。健康な子が生まれてくると良いなあ。男の子であれ、女の子であれ、病気をもって生まれてきたって私は父親として、精一杯がんばります。気が早いため、すでに父親としてどのような態度で接したらいいのか、女の子であれば彼氏を紹介されたとき、結婚するとき辛いだろうなあ、などど20年ほど先の心配をしています。でも、生まれいずる子よ。安心して僕らの前に出てきてください。絶対に幸せにするからね!父ちゃん、がんばるよ!とりあえずは報告を。明日より元に戻します。では!
2007.03.04
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こんばんわ。紅ズワイガニです。さて、昨日から引き続きまして心の病について書きます。簡単な私の経験は書きましたが、さらに本当にきついですが体験談を書きます。変な症状やなあ、とは感じておりましたし、実際に苦しかったのですが、しばらくは内科に通っておりました。よもや自分が精神病とも考えず、行きつけの病院に行ってました。それが半年ほど続いたでしょうか・・・・。晴れて大学に受かり、京都に下宿し始めてから、考えうる限りの手段を講じました。まずは、イエローページで電話しまくりです(当時インターネットはなかった)。そこで、心理カウンセリングをしているところに一度行ってみました。でも・・・。結論から言うと何の役にもたちませんでした。催眠療法というのをやっているところだったのですが、すぐに結果がほしい私にとっては余りに時間がかかり過ぎ、2回くらい行って止めました。そんな中、ある大学の付属病院に行きました。今から考えると非常にシステマチックではありましが、いわゆる「精神科」でありまして、簡単な心理テストや生い立ちなどをインタビューされた後、薬を出してもらえました。病名は自律神経失調症。7種類くらい薬をもらい、早速飲みました。眠い眠い。要はいわゆる精神安定剤なので、薬を飲んだ最初の日は眠くて仕方がありませんでした。しかし、体が楽になった実感を覚えた瞬間でもありました。今までの妙な緊張感が取れ、自然体であることを実感させてもらいました。本当に助かったんや!と心からおもうことができました。でも・・・。根本的なところからの治療ではなく、あくまで薬によって緩和されているだけと気づくまでそれほど時間を要しませんでした。また非常に多くの薬を処方されていたため、飲むことが私の仕事になりました。そのうちまた薬が変わり、病院も変わり…てな展開になりましたが、それはまた改めて。本当に思い出すだけでも辛いです。でもね、今なら思えることではありますが、辛い時って自分のことしか考えてないんですよね。他に辛い人がいることなんて考えもしません。人として悲しいことです。自分の体験は随時書きますが、本当に今の自分に役立っていることと思えます。なんでもそうではないでしょうか?今辛いこと(すごく身近に言えば、職場が辛い・学校が辛い、借金が辛い、ほか現状が辛いなど)って今辛いだけでしょう?未来永劫に辛いことでしょうか?そんなことはありませんよね。今さえ耐え忍べば良いのです。私の経験から言えますが、辛いのはほんの僅かな時間に過ぎません。その辛いときにどういう行動(思考)を持ったかで、後々自分が変わったことを実感します。悩みがある皆さん(この場合、病気云々は別です)、今を大切にして下さい。絶対に抜け道はあります。中途半端ですがきょうはここまで。
2007.03.03
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皆さんこんばんわ。紅スワイガにです。今日は鼻づまりで目が覚めました。大変気分の悪い起き方です。おかげで、ほとんど眠れませんでした。6:50分まで、全く眠れないというしんどい日でした。6:40まで熟睡してたから良かったものの、そのまま寝ておきたい気分でした。さて・・・。昨日から「心の病」をテーマに本稿を綴っていこうと、前置きを長く致しましたが・・・。ここで告白しますと、私も元々「心の病」の経験者です。それは忘れもしない、2浪目の夏でした。アルバイトをしながらの浪人生活でしたが、その時は浪人仲間と食事に行ってました。その時、急に気分が悪くなったのです。汚い話で申し訳ないですが、数度吐きました。それより以前に、当時通っていた予備校の講師から「夜中に勉強すると能率が良い」と聞き、実践していたのですが、恐らくこの昼夜逆転生活が祟ったのでしょう。一時的に「風邪や」と思っていました。しかし次の日の朝、起きてみると酷い二日酔いの感じがしました。それからというもの、毎日起きると二日酔いの感覚。無論酒は呑んでません。ここからは書くのもきついですが、風邪と思い込んでいた自分自身に良く分からない兆候が出始めました。まず、電車に乗れなくなりました。それまで予備校には電車とバスを利用して通っていたのですが、各駅停車の電車も無理でした。「吐くのではないか」という不安に襲われるようになったのです。またコンビニなど、身近なものも行けなくなりました。とにかく、人が集まっているところには恐怖心で一杯でした。特に密室がダメになりました。浪人ですから模試や図書館に行って勉強するのですが、これがきつい。予備校はテンプラ学生(受講料を払わず、無料で講義を聴く)だったので、なんとか通わず済みましたが・・・。本当にきつかったです。当時はそういう多浪生がこの手の病(無論当時は病とは思っていない)が少なからずいましたので、なんとか救われました。また、この「発症体験」については改めて詳しく書きます。受験の時も辛かったのを覚えています。関西で最初に試験がある関大・関学を受けたのですが、私の席は大教室の真ん中。恐怖で試験もクソもあったものではありませんでした。その後、2月の中旬に第二志望であった大学を受験したのですが、幸いにも一番後ろの席だったのでなんとか乗り切ることが出来ました。ただ、第一志望の大学が東京で(これは実力不足ですが・・・)ここも真中の席でした。以後、大学に入学してからも上記の症状に悩まされていたのです。現在もだいぶマシにはなったものの、相変わらずJRの新快速などは辛いです。どうでしょうか?掻い摘んでですが、自己開示は致しました。はっきり、思い出すのも辛い体験です。でもある時期から(大学入学後2ヶ月位経った後ですが)自分はこういう運命を背負っているのだ、と妙に悟った瞬間、楽になりました。無論症状は変わりませんでしたが、開き直ったのです。「これは神が与えた私への試練なのだ」と。この経験により、人に対して非常に柔らかくなったと思います。人は試練が多ければ多いほど、成長できます。心の病で悩んでいる方、どうぞ自己否定なさらずに。人間、八方塞がりはありえません。どうか、希望を持って頑張りましょう!そして、今苦しんでいる方、過去を隠している方。ぜひ、自身の体験を笑い飛ばしながら語ってください。自分を笑える人は、周りを幸せにする人です。せっかくこんな数奇な病(症状?)にかかったのですから。この話、しばらく続けます。では。ちなみに下記は私が”その症状”に襲われた当時のものです。別名、天草四郎時貞と言い、ずいぶんモテたものです(うそです)。
2007.03.02
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皆さんこんばんわ。紅ズワイガニです。久々の更新でございます。さて、気持ちも新たに、今回から少し視点を変えたテーマで綴りたいと思います。とは言え、表題の意味や今まで書いてきたものと矛盾したものではありません。むしろ、より近づいたともいえます。前置きはこの程度にしておいて・・・。こころの病について皆さんで交流してみませんか?もはや現代病ともいえる心の病ですが、多かれ少なかれストレス社会で生きている限り、この病から間逃れることはできないと言えるでしょう。それが顕在化しているか否か、といった単純な二元論で語ることも大いに可能です。この「心の病」で悩んでいる方、もしくは過去に悩んだ方。ひょっとして自分も・・・なんて方、俺には関係ねえな、という江戸っ子の方。参加には一切不問です。少しでも共感できる方はぜひともご参加ください。では明日から本格的に始めたいと思います。よろしく!
2007.03.01
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こんばんわ。紅ズワイガニです。昨日の続きですが、人生の楽しみを書きたいと思います。さて、なにか?夢想、これです。ああいう風であればいいなあ、とか、あの家洒落てるな。自分も住んでみたいな。など。だいぶ前(中学生くらいか)に読んだ、武者小路実篤という作家の一文に感銘した文章があります。曰く「人は実現不可能なことを夢見たりしない」。表現は恐らく違っててますが、伝えたい内容は間違いないと思います。私はその頃、野球をやっていたので、ご他聞にもれず、高校に入ったら甲子園に行きたい!と毎日思い続けていました。仲間がドンドンと有名高校(野球で)に推薦される中、私は呆然と過ごしておりました。そんな時、私にも一応強豪といわれる学校何校からか推薦をいただき、ありがたく受け取りましたが・・・。残念ながら甲子園には行けず、今の体たらくですが、上の引用文章、心強くなりませんか?皆に平等にチャンスをつかむ機会があるということです。年齢は関係あるでしょうか?ないと言い切れます。今の自分を不遇と悩む前に、何かしらのアクションを自分から起こしてみませんか?難しいことだとは私も思います。でも、あなたがやらなければ誰がやるのですか?スクールウォーズの主題歌ではありませんが(大好きな曲です)、「熱き夢を抱きしめて走れよ」です。私も人生これから。試行錯誤をこれからも続けて行くと思いますが、それも楽しみの一つ。決められてたら誰も人生に惑ったりしませんからね。惑うことを楽しみましょう。そして、チャンスが来たら、そのときを大いに楽しんでください!では!
2007.02.26
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こんばんわ。紅ズワイガニです。先ほど、NHKのスポーツニュースでカズが出てました。あのカズももう40歳なんですね。月日の経つのは早いものです。Jリーグができたとき、私は高校生でしたのでずいぶん前の話になります。そのJリーグの象徴ともいえるカズ。私は今でも大ファンです。彼の魅力とはなんでしょうか。一言でいうと、一本の道をひたすらに走り続けていることもひとつです。野球でいうと長嶋茂雄のような存在であるのでしょう。前振りが長くなりましたが、皆さんには何か熱中できるものがあるでしょうか?ともすれば妥協で毎日を過ごしがちな私たちですが、何事かをなさん、と思えば妥協なんぞ出来ません。その目標の見つけ方ですが、以外に身近なところに転がっているものです。ただあまりにも身近過ぎて気づいてないだけです。熱中できる目標を見つけたとき、あなたの口からは後ろ向きな意見や発言は出ないでしょう。なぜなら、そんなことさえ考えているほど暇ではなくなります。また、これは錯覚に過ぎないのですが、周りの世界も変わったように見えます。でも錯覚であっても良いではないですか。せっかくこの世に生を受けた限り、燃え尽きたと最後には笑えるようにしたいものです。では今から初めて見ませんか?そんな難しいものではないですよ。確かに我々の目指すもの(目標)は、マスコミや日本中から注目を集めるものではないかも知れません。良いではないですか。それだけ自由ってことでもあります。本日は以上です。
2007.02.25
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皆さんこんばんわ。紅ズワイガニです。今日は花粉飛散量がどうも多かったようで、花粉症の方々には最悪の一日ではなかったでしょうか?かくいう私も花粉症です。互いに苦労しますね。突然話は変わりますが皆さん、愛読書ってありますか?小説でも雑誌でもなんでも良いです。私は「Number」と「High Wind」(ウィンドサーフィンの雑誌)、立ち読みで「Mens'club」を愛読しています。特に「Number」は強烈にファンですが、結婚して以来、購入機会が減っております。また音楽も好きなので、「Prayer」も愛読しております(立ち読みメインですが…)。読書は昔から好きで、通勤時などにも小説を読んだりしています。おかげで家の書籍室(ギターなど趣味のものはここに収容するよう妻から厳しく言われている。ちなみに夫婦二人では余る部屋に置いてます)は、コーナンで買った組み立て式の本箱は満載です。(ウィンドボードやセイル、サーフボードは妻からの叱責があり、処分いたしました。必要なものは艇庫に置いてます…)テレビゲームのたぐいは、プレイステーション2というのがありますが、友人が引越しする際にもらったもので、ほとんど使ってません。いま私が強烈に必要としているのは、通勤時に読む本です。今のところ、司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読んでますが、本当に好きなのは沢木耕太郎の「深夜特急」です。文体が私に合います。他は山崎豊子でしょうか(文体があまり好みではありませんが)。学生時代は皆がそうであるように、太宰治やニーチェ、坂口安吾などを読んでました。特に専攻が専攻だったため、哲学書は多く読みました。が、最近食傷気味です(坂の上の雲ももうすぐ読了します)。あ、最近では「神様からの手紙」が結構面白かったです。なにかお勧めの本があれば言ってください。変な文章でした。まあ、「弘法も筆の誤り」です。では。休日を皆さん大いに楽しんでください。次回からは平常文章に戻します。良い休日を!※今は仲間からもらった「二百三高地」を見ています。
2007.02.24
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こんばんわ。紅ズワイガニです。最近はやたらと暖かいですね。おかげで、購入しようと考えていたドルガバのコート(4000ユーロ。ちなみに1ユーロ160円換算)も全く登場する機会がなさそうです。残念ですが、そもそも購入するお金がなかったのが救いです。さて、今回は少し変わった内容で・・・。皆さんは不平不満がありますか?ない!と断言できる方は非常に稀でしょう。あると言う皆さん。私もあります。腐るほどあります(特に妻の私に対する虐待など)。では不平不満がある皆さんに質問です。それは誰かのせいですか?または取り巻く環境(職場・学校・友人など)ですか?違いますよね?では、さらに質問。不平不満がある方、自分が本当に正当に評価されたいですか?(この場合の評価とは成績や人事評定ではなく、あくまで主観的なもの)されても良いという方、私は尊敬いたします。人間、誰もが自分を過大評価しています。あたかも「自分には一点の曇りもない」というが如くに。ではあなたが不満を持つ環境や誰かさんは曇りだらけですか?これも違いますよね?ここで少し閑話休題ですが、20年以上前になりますが、朝7時頃からキリスト教の番組を土曜の朝にやっており(暗い場面にロウソクを何本も立てた、いまから考えると怖いですが)、その番組の冒頭のナレーションに「暗い暗いという前に、自分で灯りをつけましょう」と言うのがありました。なんだか妙に心の中に残っています。結局、何が言いたかったのかというと、自分が変わらないと何も変わらない、ということです。クラブなど(酒飲んで姉ちゃんを口説くところではない)、団体活動を経験されてきた方には容易に理解していただけると思いますが、例えば練習後などに必ず不平不満を言う連中はいたと思います。しんどい、こんな練習しても仕方ない…。学校は会社でも、表現は違いますが必ずいます。でも、言っても始まらないでしょう?何もかも。そんな彼らがレギュラーになれますか?じゃあ、自分から何とかやれば良いのです。現実逃避は即刻止めて、今を真剣に見つめること。大きな目標を持つことでも良いですし、他人が面倒がってやらないことを自分がやってみる、も大いに結構です。サッカーのカズや中田、野球の野茂やイチローを見てください。彼らは「日本のクラブチームで飽き足らなくなったので挑戦した」もしくは「海外で自分の力を試してみたい」のであり、決して環境や誰かさんに不平不満があったから海外へ飛び出したのではありません。そんな考えでは海外はおろか、日本でも通じません。地道に地道に努力した結果、”堂々と”海外へ晴れて行ったのです。もちろん現実逃避ではないことは言うまでもありません。「まずは自分からやってみよう!」です。小さなこと(これは当人の尺度による)でも、革新は革新です。目の前のことから決して逃げず、直視して邁進していけば、きっと誰かが見てます。行動する、それはあなたにとっても環境にとっても素晴らしい一歩足りうるでしょう。しかし、それが現実逃避からの発想であれば、全く意味を成しません。10年先を幸多きものにしたければ、今から始めましょう。あなたの問題はあなた自身ですよ!では。
2007.02.23
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こんばんわ。紅ズワイガニです。最近、ブログを始めてからあれだけ嫌いであったパソコンに毎日触れるようになりました。(妻はいまだに苦手です)さて・・・。本日からようやく社会復帰しました。健康とはありがたいものだ!とつくづく感じます。ただ残念なのは、ワイドショーが見られないことです。休んでいたときは欠かさず「昼のワイドショー」→「ザ・ワイド」及び「UHFでやっている古いドラマ」(そういや最近UHFって言葉、あまり聴きませんね)と決まっていましたが、会社に行けば当然見れません。森進一の件はどうなったのか、叶姉妹の件はどうなったのか…など、気が気でならない一日でした。また、恒例となっていた好きなときに好きなだけ眠ることもできなくなり、健康が呪わしくなるほどです。とは言え、体調を崩し、妻の顔をいつでも見られるのもつらい話です。どこか遠いお国に旅したい・・・、そんな17歳の夜でした(32ですが)。妻が来ました。キョksjほlしhdfきfgヴqylryf全身が痛くなってきました。病ではありません。みのもんたに相談する日はそう遠くなさそうです。本当に怖いので今日はここまで。
2007.02.22
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こんにちわ。紅ズワイガニです。 下記の続きですが、いま診察が終わりました。 果たしてその結果は・・・ ハンサムで優雅な風貌の方によく見られる「ノロ」でした。 しかし、もっと格好良い病名に変えてもらいたいものです。例えば、ストゥアリー2世とか、ゲリフォーエバーとか。なんにせよ今しばらく固形物は止めておけとのこと。今日はステーキの予定でしたが急遽変更です。 しかしいまどきステーキが最大の御馳走と一番に思いつく自分が少し恥ずかしいそんな照れる年頃のオッサン(しかしハンサム)でした
2007.02.21
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皆さんこんにちわ。紅ズワイガニです。 月曜の昼から体調が悪くなり、晴れ晴れしい気分で会社を早退してから二日半。そろそろ暇になってきました。先週からヤバい予兆はあったのですが(仕事に集中できない、会議等で寝てしまう、妻と上手く行かないなど)、今週に入りますますヒドクなってしまいました。今病院に来ているのですが、周囲が患者ばかりのため(当たり前か)余計に悪くなりそうです。診察はまだですが恐らく病名は・・・恐ろしくて書けません。先程から看護婦が注射云々と話しております。もうヤバいです。今の私は、ワールドカップでペナルティキックを蹴るデビットベッカムのような心境です。また状況が分かりましたらここに報告いたします。なお、これが遺書にならんことを祈ります。
2007.02.21
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皆さんこんばんは。紅ズワイガニです。今日はわたくし、眠くて眠くて…。さて皆さんは、最近心の底から楽しい!と思ったことはありますか?なかなかないなあー、というそこのあなた!いけません。楽しいことは自分から見つけることです。手始めに、自分から人を楽しませることをして見ませんか?そのためにはネタが・・・と言っているそこのあなた!ネタなんぞなくても、人を楽しませようと思えばいくらでもでてきます。ネタとか言ってる場合ではありません。先ず、自分をさらけ出して、人を笑かせることをしてみませんか?これならネタいらずですよ。そのうち自然と笑わせるネタ(体質?)に変わります。さあ、早速始めてみましょう!あ、妻が来ました。結婚以来、どうも笑いを忘れてしまいました。では、怖いので今日はここまで。またタイトルとずれてしまいました・・・。
2007.02.18
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こんばんは。紅ズワイガニです。今日は妻とクラシックのコンサートに行ってきました。クラシックといってもいわゆるオーケストラではなく、J.S.Bachに代表されるバロック音楽の古楽器を使った、少数編成のものでした。古楽器というのはガット弦(クラシックギターやテニスのラケットに使われる”糸”を弦に使った)のバイオリンやチェンバロなどを使った非常に魅力ある音楽です。難点は当時の楽器を使っているため、音が小さいと言うところでしょうか(そもそもバッハ等は宮廷お抱えのミュージシャンであり、室内楽のため)。バロックは楽器をされている方にはわかり易い表現になると思いますが、要はハーモニックマイナースケールを多様したもので、理論構成が複雑でない分、ジャズよりわかり易い音楽です。クラシックと言えば「堅い」イメージがあるかも知れませんが、当時は最先端の楽器や作曲法を使ったものに当たるので、現代のロックに代表される音楽と変わりはありません。ロックなどの世界でもの世界でも「様式美」という言葉が使われますが、大体はクラシックの手法を使います。ここらあたりが様式美と言われる所以でしょう。雨の中のクラシックもなかなかよく、夕飯も貴族的な気分で食べられました(ちなみに今晩はトンカツでした)。今回は休日ということもあり、思い切り趣味に走りました。妻はチューボーを見ています。そういや皆さん、NHKでやっていたファンドのドラマを見ましたか?なかなか面白かったですよ。では!
2007.02.17
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こんばんわ。紅ズワイガニです。本日は如何に楽に生きるか、の第2弾をお送りいたします。楽に生きるとは、ただ単にお気楽な人生を送るというのではありません。確かに誰もが思いつく楽な生き方というのは現存します。たとえば、「田中 浩二」という方であれば、「楽な 人生」と改名すれば良い・・・・・・・・という詐欺まがいなものではありません。端的な例を出しますと、石油を掘り当て、召使いを100名雇っている・・・というのは一見楽な気がしますが、その住居が四畳半であれば押し合い圧し合いで、とても楽どころではありません。また、まったく働かずとも毎月100万円が入ってくる・・・といった夢のような世界でも、借金で毎月120万の利息を払っている、という状況であれば幸せどころか地獄のような毎日ではないでしょうか?(しかし思いっきり貧乏人の僻みの発想ではありますが…)。本稿で言う楽な生き方とは要領の良い生き方を追求すると言ったもので、宝クジで一攫千金!とか、100万円を拾った、といった現実離れした話でもありません(非常に憧れるが。もしこの稿を読まれて上記のような幸せを手に入れた方はぜひご一報を。幸せは分け合うものです)。地道に、かつ楽に。難しいですが、「地道に」と書いている時点ですでに、地に足のついた考え方と言えるでしょう(かなり理論破綻してますが)。そんな、楽かつ楽しい人生をみんなで目指しましょう。あ、妻が来ました。こんな文章を見られたらエライ目に合わされるのは目に見えています。ああ、楽以前に恐怖のない日々を過ごしたい!最後は本音です。さよなら*表題と関係のない文章でした。ま、良くあることです。
2007.02.15
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こんばんわ。紅ズワイガニです。今日は建国記念日の振り替えであった月曜にひいたであろう風邪がヒドクなって来ました。なので簡潔に・・・。最初は風邪とは思いませんでした(すべての人類がそのように錯覚する)。クシャミが連続で出てきた時は、私の知らぬ美人が噂をしているとも考えてました(ハンサムに共通する錯覚)。しかし、鼻水・咳が出だしてからは「風邪や」と認識するようになり(癌や白血病および妊娠の可能性も考えましたが)、上記すべてを否定する思考になりました。身体がしんどくなれば自分勝手なもので、自分はしんどいから仕方がないと考えがちです。確かに身体から黄信号が出ている証拠ですが、こういうときこそ自分を客観的に見るチャンスともいえます。ソクラテス的な論法を無理やり当てはめますと「自分はしんどい。現に風邪を引いている。ゆえに、周りの人間は自分にもっとおもいやるべきである」と考えがちですが、ここでこの思考法を逆転させ、「自分はしんどい。でもみんなもしんどい。ゆえに周りの人間も苦しんでいる」と考えると人間楽になるものです。この思考法はたぶんに無理がありますが(人間に甘えがある以上)、上記「自分はしんどい。現に風邪を引いている。ゆえに、周りの人間は自分にもっとおもいやるべきである」の思考は大いに自分勝手な思考とも考えられます。またシュールなギャグとさえ思えます。無論、、「自分はしんどい。でもみんなもしんどい。ゆえに周りの人間も苦しんでいる」も立派なユーモアですが、こちらのほうが前向きに感じられます。さて、皆さんに私からのアドバイス。しんどいときやつらいときは、身近な人間やその関係性上のもののせいにしがちですが、そうなると世間が狭いことをアピールしているようなものです。これじゃあ、面白くもなんともない。いっそのこと、遠く離れた北極星のせいにしてみませんか?どうせ800光年も離れた遠い星です。むこうが「俺のせいにしやがって!」と怒りだすころにはすでに我々はこの世にいません。後の祭りです。アフターカーニバルです。さあ、皆さんも早速今日から始めてみませんか?「しんどいことは北極星が悪いからである。自分も周りの人間も関係ない」妻が来ました。さよなら
2007.02.14
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皆さんこんばんわ。紅ズワイガニです。今日は会社からの帰りの電車で寝過ごしてしまい、終着駅まで行ってしまいました。すぐに最寄駅方面の電車が来たので良かったものの、体は冷え冷えでした。冷え冷えの体に流し込むビールもまた格別なもので、終着駅で呑んで帰りたい位の心境でした(お金さえあればの話。またお金さえあればそのまま終着駅付近で泊り込むと言う手もある。妻に怒られなくても済む)。さて、家に戻って日々の日課であるWBSを見ています。私は前職で派遣会社に勤めていた経緯もあり、経済動向や雇用動向には特に関心があるのですが、WBSによると「派遣社員が減ってきている」との事。まあ、私が派遣会社に勤めていたころから如何に派遣スタッフを確保するか、は大命題ともいえるものでした。皆さんの中には、派遣スタッフとして活躍されている方も多いと思いますが、このブログでは社会的地位など一切無視して、どれだけ客観的に物事を見られるか、ということを主題にしたいと思います。それがひいてはこのブログの主題でもある「自分を笑おう」と言うことにも繋がってきます。どうですか?なんとなくお分かり頂けましたか?私も含め、ユーモア精神あふれる日々を送ろうではありませんか!皆でこのブログを踏み台にしながら、楽しい毎日を送れることを祈ります。それでは!!
2007.02.13
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こんばんわ。紅ズワイガニです。今日は妻と二人で(まだ二人だけですが・・・。二人で十分なんですが。むしろ二人以上いたら破産しますが)で鍋を粛々と執り行ないました。昔から鍋は大好きで、極論を言えば妻より好きです(鍋はスリッパを投げてこない、暖かさと栄養と安らぎを与えてくれるなど)。このように(無理矢理ですが)皆さんも何か自分が心から好きだ!と言えるものはないでしょうか?あればそれだけで人生の半分は充足したものになると言ってもよいでしょう。私はこの世になれない職業(自分像)はないと考えます。無論、スッチーや女流作家・女優、女性議員などは無理ですが、そういった先天的な仕事を除けば何でもできると思います。そんな不確かではあるが、確実にあるものに対して如何に自分が真剣に向き合い、がんばれるかについて人間は人生を全うするものだと考えます。妻が来ました。恐ろしいので今日はここまで。
2007.02.12
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はじめまして。紅ズワイガニこと、デビット・ベッカムです。ここは皆さんと如何に自分の悩みや心配事を笑い飛ばすか?といった哲学的内容をテーマに、さらには現在問題視されている「ニート・フリーター問題」にもメスを入れ、どうやったら気楽に生きられるのだろう?といったことを全般のテーマでお送りしたく思います。どうぞお気楽にご参加ください(*エッチサイトではありませんので、変なお金を求めることはありませんが、進んでお金を恵んで下さる方は大歓迎です)。上記のように、皆さんのユーモアある悩みを募集します。しかし私は解決いたしません。自分なりに笑い飛ばして下さいね。
2007.02.11
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