October 31, 2007
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カテゴリ: そのほか
歌を歌うとき、言葉の大切さは常に感じている。

聴き手の目の色が変わる。
詩を歌うことで対話が出来る。
これは互いに共有する言葉が有って初めて成り立つ。

日本の中で英語の歌を歌っても、
ドイツ語の歌を歌っても、
お客さんの中にその言語で暮らす人が一人いるだけで、
伝わっている事が感じられ、

言葉の力。

歌を通して手を繋いでいる様な、
そんな感覚になる。

笑顔、涙、真剣な眼差し、、

日本語で普通に歌いたい。
ただ、素直にそう思う。

人間の生活に欠かせない言葉。
言葉は、言葉そのものがもう既に歌の始まりだ。
そう僕は思っている。

日本の中で日本語の歌を歌えば、
多くの人に言葉の力が伝わっている事が感じられ、

歌を通して手を繋いでいる。
言葉の力。

あるときは鳴き声や、叫び、喜びの声、笑い声
といった純粋な声だけのときもあるだろう、、
楽音のみの音楽の力ももちろんある。


でも、言葉が歌を生む。
これは自然な成り行きである。


盛期バロックの音楽の語法。
この成立にはドイツ語が大きくかかわっている。
ラテン系の言語だけでは決して成立しなかった。
しかし、ラテン系やその他のヨーロッパ言語、
それらの存在も決して抜きには存在し得ない。

盛期バロックの音楽の語法。
ましてや日本語とは遥かに隔たったのもの、、
全くの別物そういっても過言ではない。
日本語はその声、語法、、いろんな意味で
バロック音楽表現の障害にこそなれ、力にはなり得ない。
ただ、表現を細くする説明や理解の場所では大いに役立つ。

日本語に専念し、バロックやルネサンスを捨てる。
バロックやルネサンスに専念し、日本語を捨てる。

どちらもする気は一切無い。

これまでもそうだが、
今後もこの矛盾の中に身を置く積もりだ。
この矛盾が自分の生きている時代に解消されないものである。
それほどの事である事も重々承知している。

しかし、狭間と矛盾、
これを回避して通るつもりは全く無い。

日本語の声で話し。
日本語を歌い。
ヨーロッパ語の音楽を愛し、歌い続ける。





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Last updated  November 1, 2007 01:59:02 AM
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