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小説「クチナシの庭」 (12ページ目)32~34

 知らないと通す橋川に、圭介は追及を断念したようだ。
 しばらくの沈黙の後、大げさにため息をつく圭介の声が聞こえた。

「……なあ」
 そう橋川に声をかけた圭介は、けれど次の言葉を口にするまでに時間をようした。

「なんだよ」と橋川に促されて、それでも言いにくそうにぼそぼそとつぶやいている。

 再度、橋川に促され「用がないなら帰る」と言われて、ようやく圭介は口を開いた。

「なんで、リツを嫌ってんの?」

 ……息が、止まるかと思った。
 なぜそんなことを聞くの。
 体中が熱をおびている。

「嫌ってる?」
 あくまでシラをきる橋川に「とぼけんなよ」と圭介がかみついた。
「この前、聞いたの、わかってんだろ。聞こえたよ。ハシがリツに言ってたの。あれで嫌ってんじゃないなら、なんなんだよ」
「あの時は、イラついただけ」
「それでも、ハシならほおっておくだろ。何かしらの感情抱いたって、本人にぶつけるなんてしないだろ」
「……なんで言い切れる?」
「経験談」

 きっぱりと言い切る圭介に、橋川は何もいえなかった。
 橋川に誰より近しいのは圭介だと、彼自身わかっているから。 

「……聞いて、どうすんの」
「原因が知りたいんだよ」
「だから。なんで圭介にいわなきゃならないんだよ。立川ならいざ知らず」
「言うなよ、リツには」

 橋川は黙り込んだ。

「……ほんとは、付き合ってんの?」
「……だから。そうじゃなくて……」
 疲れた息を吐く圭介に、橋川は納得いかないとの口調になる。

「友人として仲がいいだけで、そんなに気遣うか? ……それともお前……」
「違うって言ってるだろ!」

 圭介の声に、私はびくりと体が震えた。
 思わず、体がすくんだ。
 同時に、驚いてもいた。

 いつも笑っている圭介が声を荒げるなんて、滅多にない。
 圭介の怒鳴り声なんて、何年ぶりに聞いただろう。

「……そうじゃなくて……」
 言いながら息をつき、言葉を詰まらせる圭介は、ひどくもどかしそうだった。
 どう伝えればいいのか、思案している様子が、姿は見えなくても想像できる。

 帰る。などと言って急かしていた橋川も、今はだまって、圭介の言葉を待っている。

「……ハシは……知らないから……」

 ようやく出てきたのは、かすれるほど細い声だけ。
 また沈黙する圭介を、橋川は辛抱強く待っていた。

「……これから話すこと、誰にも言うなよ」

 長い沈黙を経て、圭介はそうつぶやく。
 返事をしない橋川に「言うなよ」と念を押す。

「理由を話すから、ハシもリツを嫌うわけを教えろよ」
 否定を許さない口調だった。

 内容が内容だけに、橋川は黙り込んだけれど、間をおいて了承した。
 ここでうやむやにしても、圭介との問答が先送りされるだけだとわかっているのだ。

「誰かに言ったら、ハシでも俺は許さない」

 かつて、これほど強い口調で話す圭介を見たことがあっただろうか。
 私でさえ驚くほど、圭介は必死になっていた。
 切羽詰った感は、橋川にもわかったのだろう。

 多少、気圧(けお)された声音ながら「わかったよ」と橋川は了承した。

 もともと橋川は口数が少ない。
 それ以上に、口が固いことは圭介が良く知っている。
 確信をつかれても、動揺するそぶりも見せず、素知らぬフリをするのは、17歳とは思えない態度だ。
 そんな橋川だからこそ、秘密めいた話をする気にもなったのだろう。

 相手が橋川でも、圭介は気が重いらしく、話し始めるまでに時間がかかった。
 橋川は、そんな圭介を辛抱強く待ってた。

「……リツは、ちっちゃいころ、よく高久見(たかくみ)に遊びに来てた」
「……ちいさいころ?」
「あれ。知らなかったか?」
 意外そうに圭介はつぶやいて、すぐに「ああ、そうか」と納得した。

 橋川は中学のときに高久見に転校してきた。
 その頃には私は高久見にいたから、昔からここにいるのだと思ったのだろう。

「リツ、生まれはこっちじゃないんだ。高久見には、じーちゃんばーちゃんがいたから、盆休みとかに家族で帰ってきてた。小学低学年のころはこっちにいたけど、親の転勤で引っ越して、中学でまた戻ってきたんだ」

「小学生になる前は、考えなしにフラフラして、よく迷子になってた。
 それでも、自分で帰ってきたり、親切な人につれて戻られたりしてたから、特に気にしてなかったんだ。
『またか』ってくらいで。本人も迷子になった意識もないし、知らない場所でひとりになる不安も、あんまり感じてなかったから……ああいうことが起こるとは、思っていなかった」

 そう、説明した後、圭介は一拍の間を置いた。

「……リツ、あるときの記憶がないんだ」

 圭介の声を聞いて、私は急に不安にかられた。
 クチナシの庭を見つけたあとの、記憶がとぎれていることは、これまでに何度も圭介に話している。
 圭介は特に興味がない様子で、相槌をうっていたのに、いまの口調には深刻な様相が含まれていた。

「記憶が……ないって?」
 橋川が戸惑っている様子が、声からわかる。
 その後も圭介は、言いにくそうに、ぽつぽつと続けた。

「いつものように迷子になって……。
 家にもリツが来てないかって昼過ぎに連絡があった。
 そんな電話、しょっちゅうだったから、家の親も俺も、気にしてなかった。
 いつも小一時間くらいすると、見つかったって連絡くれるのに、その日は夕方になっても何の音沙汰もなくてな。
 さすがに気になって、リツん家に行ったんだよ。
 いつものように、庭をよこぎって行くと、垣根の側でリツが寝てたんだ。
 まあ、もしかしたらって不安を、子供心に持ってたから、眠ってるリツみて安心してさ。
 体ゆすって起こしたら、寝ぼけた顔でしばらくぼーっとしてた。
 俺が何度もリツの名前を呼んで、リツが俺に気づいて、ぼんやりとこっち見てたと思ったら――」

 圭介はそこで、一度口を閉ざした。
 後で思えば……言葉を……さがしていたのだと思う。

「急に、奇声を上げて暴れだした」

 圭介の言葉に、私は口を覆った。



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