すい工房 -ブログー

すい工房 -ブログー

14


小説「クチナシの庭」 (14ページ目)38~39


 圭介が教室を出てから時間を置いて、教室に戻ると、そのまま帰路についた。
 家に帰るとそのまま部屋に戻って、夕食もとらず、極力家族との接触も絶っていた。

 食欲がないと告げると、お母さんが心配そうに何度か様子を見に来たけれど、それさえ私にはつらかった。

 顔をあわせると、どうしても聞きそうになるから。

『記憶の途切れた日、何があったの?』
 ――と。

 聞けるわけがないのに。
 今までだって、私に余計な不安を与えないように隠していたのだから。

 なのに、私が思い出したわけでもないのにそんな話をしたら、不安を募らせるだけだ。
 迷惑は……圭介にも及ぶ。
 家の家族が誰も話してないとわかると、ほかに事情を知っているのは、圭介の家族だけ。
 圭介たちにこれ以上、迷惑をかけるなんて出来ない。

 ――奇声を上げて……暴れたんだ――

 圭介の言葉が、耳について離れない。
 ベットに仰向けに寝転んでいた体をうつぶせにして、枕に顔を押し付ける。

 ぎゅっと目をつぶり、自然と力を入れて拳を握りしめていた。

 思い返せば……心あたりはいくつもあった。
 何度も迷子になったことはあったのに、あのときいらい、家族は私の動向に神経質なほど気を配っていた。
 記憶がないと知ったあと、病院にも行った。
 普通ありえないことだから、一応調べてもらおうと。

 あの時は眠っている間に全ての検査を終えたから、どのような方法で調べたのか、覚えていない。
 覚えていたら、後になって、何かしらの違和感を覚えただろう。
 ……たぶん、その事態を避けるために、麻酔か何かをかいだのだろうけど。

 思って、自分の体を抱きしめた。

 記憶がないのは、事件性をはらんでいるからだとは、思いもしなかった。
 ごく単純に、ただ覚えていないだけだと……軽い気持ちで考えていた。
 子供の頃だから。
 そう、考えていた。

 奇声を上げて暴れたとわかっていたら、考えも変わっていた。
 ……だからこそ、家族も、圭介もおばさんたちも、ひた隠しにしていたのだろうけど。

 なくした記憶のことを考えると、急に怖くなった。
 何が……あったというのか。

 圭介の言ったように、私もイタズラ関係をまっさきに思った。
 カクン、と力が抜けて、寒気に襲われた。
 かすかに……震えもしていた。

 圭介が橋川に「形跡がない」と告げて、どれほど安堵したか。
 その言葉を聞いていなければ、我慢できずに、両親に、圭介に、事情を説明してとすがり付いていた。
 知らないままだと、気が変になりそうだったから。

 自分の浅はかさに、我知らず、苦笑がもれる。

 周囲の気遣いも知らずに、のんきにクチナシの庭を探していた自分の無神経さが、たまらなく嫌だった。
 庭について聞くと、両親や祖父母がいい顔をしないと気づいていた。
 けれどそれは、迷子の騒動を起こした、あの時に関しているからだと、単純に考えただけだった。

 一番の被害者は……圭介だ。
 本人にも聞いたし、なにより友人を中心に聞いていたから、圭介は何度も耳にしたはずだ。
 ……気が気でなかったろう。

 いつ思い出すとも知れないのだから。

 この時の私は、圭介の話のほうが衝撃的で、橋川が私を嫌う理由に関して特に気に留めていなかった。

 生理的に受け付けないなら、どうしようもないなと、感じだだけ。
 橋川には何の感情も抱いていないし、むしろ関わりたくない人物だから、ショックも少なかったのだろう。

 ――あの文化祭最終日。
 橋川がクチナシの庭を知っている可能性を、この時は思いつかなかった。





←13              15→


※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※
ブログランキング


© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: