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小説「クチナシの庭」 (17ページ目)49~51


 私は……圭介に負担をかけたくなかっただけなのに。

 ベットにもたれたまま、固く目をとじる。

 この前……圭介が橋川と、私のとぎれた記憶の件を話しているとき、正直驚いた。
 なぜ圭介が、そこまで私を気遣うのかと。

 圭介とは家が近いから親しいだけの友人だ。
 互いへの恋愛感情などないと、圭介も私も思っている。

 これまでも圭介が、私を気遣ってくれているのは感じていた。
 友人としての範疇だと思っていた。

 けれど――。

 橋川との話は、明らかに友人として心配している枠を、超えているように思えてならない。

 私の知らないところで手回しをし、障害物を取り除こうとしているのだから。
 それも、私の知らない過去の記憶を話してまで。

 どうして、そこまでするの。

 困惑しながら同時に、これまでも圭介が同じようなことをしていたのではないかとも考えた。
 橋川のように、秘密裡の話までしなくとも、私の知らないところでフォローしてくれていたのでは。と。

 そう考えると、足元がすっと寒くなった。

 この前の圭介と橋川の話だって、偶然耳にしなければ気づかなかった。
 同じようなことが、これまでずっと続いていたとしたら。

 圭介の気遣いも知らず、私は――。 
 何も知らず、置き石のない場所を、それが当然のものと過ごしてきたのだとしたら。 

 そう考えると、いたたまれない思いで胸がざわついた。

 そんな気遣いをさせたくなかったから、圭介と距離をとろうとした。

 あからさまな態度をとってしまったのが悔やしい。
 もっとうまく立ち回れていたら、圭介に気づかれもしなかったのに。

 深く息を吐くと、円卓に置かれた圭介の分のコップの隣に、自分のコップを置いた。
 二つのコップがのったトレイを持って、台所へ下りていく。

 触れ合うコップが、ガラスの澄んだ音をたてていた。




        7

 クリスマス当日。
 精神的にも肉体的にも疲労困憊で眠りについたというのに、その日は携帯電話の呼び出し音で目が覚めた。

 正確に言うと、頼んでもいないモーニングコールで、たたき起こされた。
 夢の中なんだか、現実なのか。
 そんなこともはっきりとわからない、判然とした夢心地の中、ディスプレイを見ると、カエからの着信を知らせていた。

 時計を見ると午前9時。
 休みだというのに、なぜ快適な睡眠をさまたげなければならないの。

 寝ぼけていたのも手伝って、電話に出る私の声は、不機嫌極まりないものだった。

「もしもし?」
「リツ? ……もしかして寝てた?」
「うん。寝てた。まだ眠りたい」
「起こしてごめん」

 そうカエは謝ったものの「ホントにごめんなんだけど」と続けた。

 そこでカエの声が、いつになく暗い事に気づいた。
 寝ぼけていた頭も目覚めてきて、ぼんやりとしていた思考も多少すっきりしている。

「……どうしたの? 何かあった?」
「たいしたことじゃないんだけど……今日、予定なかったら付き合って欲しいトコあるんだけど」
「……ないってわかって聞いてんでしょ?」
「そんなんじゃなくて。リツだから聞いてんの」

 ……よく意味がわからない。
 少し考えて「どこ行くの?」と尋ねると、カエは重々しい声で「ラ・クォーツ」と答えた。

「……はい?」

 間の抜けた声だとわかっているけれど、思わず声が漏れた。
 カエも私の呆れた声に気づいたのだろう。
「何を言いたいか、わかってる。わかってるから何も言わないで」と続けた。

「昨日も行ったじゃない」
「だからわかってるって。だからリツに頼んでるの」

 ますます意味がわからない。

 沈黙する私に、受話器越しにカエのため息が聞こえた。
 困惑しているのがわかったのだろう。

「……昨日ね、家に帰ってからケーキをもらったって言ったら……。
 家の家族が目の色変えてさ。
 『どうして持って帰らなかった』って、剣幕がすごくて。
 で、話の流れで買いに行くことになってね。
 けどそうすると、お店の人に感想聞かれるかもしれないじゃない。
 食べてないから、ごまかしがきかないかもしれないでしょ。
 ……だから、リツにフォローして欲しいなぁ……って」

 話はこうだった。
 もともとカエの家族は甘いものが苦手なだった。
 だから『ラ・クォーツ』のケーキも同様だと、カエは思っていた。
 昨日、帰宅したとき、バイト先の話となって『ラ・クォーツ』の短期バイトだと知ると、話にとびついてきた。

 さらにお土産としてケーキをもらったけれど、友達にあげたと知ると、カエの家族は目の色を変えたという。

「なんで『バカっ!』ってののしられなくちゃいけないの……」
 さしものカエも、昨日の疲れがとれていないらしく、眠たそうな顔で、あくびを1つ漏らした。

 結局、カエに付き合うことにして、駅で待ち合わせたのち『ラ・クォーツ』に向かっている。

 『ラ・クォーツ』のケーキは別物だと、家族に熱弁をふるわれたらしい。

 ――甘すぎず、けれどふんわりと風味が口の中に広がる心地よさ。

「んなの、誰がわかるかっての」
 と、成り行きを説明しながら、カエは悪態をもらした。

 カエの家族が唯一、気に入っているのが『ラ・クォーツ』のケーキだった。
 そのクリスマスケーキは、入手困難で知られている。
 甘いものに興味はないとはいえ、『ラ・クォーツ』のクリスマスケーキはいつか食べてみたいと、思っていたらしい。

「そんなの、知るわけないじゃない」

 カエは『ラ・クォーツ』のケーキを食べたことがない。
 それに部活動で帰宅が遅いので、家族との――特に兄姉との――会話もないに等しい。
 そんな事情で、家族の情報を熟知していなかった。

 家族としては、棚ぼた的に食す機会のあったものを、カエが無残にも放棄したため、落胆が大きかったのだそうだ。
 その落胆は怒りに変わり、理不尽にもカエに向けられた。

 喧々囂々(けんけんごうごう)の口論のあと、なぜかカエが『ラ・クォーツ』のケーキを買いにいく羽目になったのだそうだ。

「うまくのせられたとしか思えない」
 ……と、本人は不満そうだが。

「だいたい、なんで私が買いに行かなきゃならないの? 私がもらったものだから、どうしようと私の勝手じゃない」
「ホントにねぇ」
「食べたきゃ、自分たちで行けばいいのよ」
「そうだねぇ」
「ホント、わけわかんない」
「できればそれを、家族に言って欲しかったなぁ」

 そうすれば、私も巻き込まれずにすんだのに。

 あくびをかみ殺しながら言うと「できないからグチってるの」と逆に怒られた。
 お兄さん、お姉さんには逆らえないところがあるらしい。
 眉間に皺を寄せるカエの機嫌は悪かった。

 商店街を歩きながら、吹き付けた木枯らしに首をすくめた。
 このあたりは建物が密集しているから、風もそれほど強くない。

 とはいえ、日が南の空に昇りきらない冬空の下は、底冷えする冷気が残っている。
 肌を刺す寒さに、思わず体をすくめた。

「私としては、そこの店のケーキを食べたこともないのに、よくバイトする気になったもんだって、そっちのほうが気になるけど。店のこともよく知らなかったんでしょ?」
「先輩から聞いてたから。時給がいいって」
「ほんとに時給だけで決めたの」
「短期で高収入。……それを狙ってたしね」


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