スキルス胃癌 サポート

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ヒデオさん


ヒデオさんという30代の男性患者さんに出会いました。

腹腔鏡での検査の後に問題なければ胃全摘手術、腹膜に転移していれば手術不可能だから、何も切除せずに化学療法に切り替えますと主治医に説明を受けた後でした。

ヒデオさんは
「自分は余命を含めた全てを知りたいのです」
と、言い切った数少ない方でした。

どうも、周りの皆が何かを隠しているような気がしてならない。
さすがに親に聞くのは可哀想だから、嫁を怒鳴りつけて本当の話を聞いてきました・・・
と言っていました。

自営業を営んでいる方で、ご家族で会社を経営されていて、名目上は父親が社長だけど、実質的な社長を務めておられるようでした。
余命を含めた全てを聞いてきました・・と淡々と話した後、

「ほら、自分が死んで親戚とかが遺品整理で自宅にやってきて、隠しているエロ本が見つかったら格好悪いでしょう。その頃自分はもう死んでいるのだから構わないけど、嫁が恥をかきますからねぇ・・ははは・・・」

そんな風に茶化した後、

「何でこんな病気になったのかなぁ~
やはり病気ってストレスが原因ですかねぇ・・?
そんなストレスなんて感じていないんだけどなぁ~、やっぱり接待がストレスだったのかなぁ・・」

お酒が全く飲めないのにお客さんから誘われると無理に一口飲んで、あとは飲めない分、場を盛り上げるのに苦労していたようでした。

「あれがストレスと言えば、ストレスだったから自分が死ねば弟が同じ仕事をするはず。
弟まで同じ病気になっては大変だから、自分の給料を減らして人を雇うかな・・・
結婚したばかりでまだ子供はいないから、嫁はいずれ再婚できるだろうし・・・」

等と、家族の心配ばかりをされていました。
そして、
「今の病院に不満がある訳じゃないけど、自分はがんセンターに世話になる訳にはいかないんですよ。
がんセンターに入院なんてしたら、癌だって皆にバレるでしょう。
折角、自分に付いてきてくれているお客さんが離れてしまう。
今の病院なら、ちょっと酷い胃潰瘍で通せますから。」
とも、言っていました。
決して長いとは言えない余命を知りながら、その上で家族とその行く末ばかりを気にかけていました。
事実上、社長ともなれば自分の事は二の次にならざるを得ない。
病気以外にも重いものを背負っている患者さんでした。

「今の家業を継ぐまでは、決して人に自慢出来るような人生じゃなかった。
逆に人に言えるような仕事をしてこなかった。」
と、前置きをしながら今の仕事にかける自負を語っていました。
仕事の話の時は目が輝いていたな・・・

ご両親が健康食品の類にとても熱心で色んな物を試されていました。
確か、1日分が計5千円にもなるとか・・
その親の気持ちがありがたいし、自分はそういう物は嫌いじゃないから飲んでますって言っていました。

2~3時間くらいだったかな・・・お互い声を出して時に笑い合い、こんなおしゃべりをした。
「でも、自分は全く死ぬ気がしていないし、絶対に治ると思ってますから。
誰にでも言える話じゃないから、聞いてくれてありがとうございました。」
と、言って元気に帰って行かれた。

この後、腹膜に転移していたので、手術不可能になり化学療法を受けますとメールがきたけれどずっと疎遠になっていました。
虫の知らせとでも言うのでしょうか・・・
上記は2006年7月にブログに書いたものですが、この少し後ヒデオさんのお姉さまから久しぶりのメールが届きました。
もともとは、このお姉さまから私に紹介された患者さんでした。
この頃はヒデオさんはかなり状態が悪く、お姉さまから届く内容は信じ難いものでした。
「死ぬ気が全くしない」
って笑って言って、セカンドオピニオンを受けに来られたのだけれどY先生に
「気合で治りませんか?」
って、真剣に言っていた。
あの日の出来事が嘘のようだ。

2006年8月4日ヒデオさんは旅立ちました。


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