全252件 (252件中 1-50件目)
こっちでもやってます(^^) GOLDEN MAP http://warpman100.blog.fc2.com/
Feb 24, 2013
コメント(0)

年明けから一気に気が抜けていた。 年越しから年末な感じもなく、新年な感じもな く、まるでオールも漕がずに去年の余力だけで ただゆらゆらと、呑気にボートにでも揺られて いたような、気づけば今日に流れ着いていたよ うな。 で、今朝目が覚めてから部屋の掃除をした。 時間を忘れ、気づけば夕方。気づけば2013 年。で、気づけばMy誕生日。 感覚や実感、時の采配は全てベストなタイミン グでやってくる。 アクションありきで。 とにもかくにも、まぁ、かたずいた部屋、気分 爽快、ボク豪快。 お陰で今日やっと年を越せた気がした。 今年はデカイ事が起きそうだ。 なんかワクワクしてしまう。 それでは、改めまして地球の皆さま、 新年、明けましておめでとうございます‼ それから ハッピーニューイヤァー & ハッピーバースデー おれぇぇぇ〜〜〜〜〜。 愛だよ愛 ^_−☆
Jan 12, 2013
コメント(0)

ハローアース。明け方の景色はいつも新鮮で飽きる事がない。特に最近はベールが剥がれたかの様に美しい。もっともっとこの地球を体験したくなる。僕は毎朝この地球(ほし)に感謝し、そしてワクワクしている。
Dec 28, 2012
コメント(0)
流れ星をみた
Dec 24, 2012
コメント(0)
路地裏で 昼寝している男の子懐かし顔の女の子ライトとミラー 壊れた扉その街角が震えてる 流れる時を平然と駆け抜けてゆくのは月のカモシカ 尖ったビルの谷間から変形加速の月の風 明け方過ぎに 突き抜ける トランシーバー握るゴーストまっ赤な 電波 と 毛皮のカルマ でっかい嘘と高級車お出迎えは 変則の刻 カップの底に張り付いたピンクの退廃ラメの膜黒いスーツが舌ベラで舐める姿を見る老婆 揺れる朝日のその中を優雅に過ぎ行く空はカモシカ ライトとミラー 壊れた扉の路地裏で眠る小さな真実に ヒカリ差し込むカモシカシティー 孤独の屋根の つま先で過ぎゆく 痛み と 悲しみを気がふれそうな このときにビルの上までよじ登る バラバラ零れたおはなしとキミとドラマと瞬間を 見つけた頃には日が昇る明日へ行くのだとどやされながら 走り抜けてく 夢のカモシカ
Dec 17, 2012
コメント(0)

長く延びる灼熱のロード アスファルトにへばりついたコンドルの死骸 それを無表情で見つめるインディアンの精霊 彼の顔に刻まれた歴史 その上空へと意識の残像は羽ばたき もがく 大いなる光の糸に吊るされた自由と孤独 浮いたり沈んだり 共に重なり合ったり 空なのか 大地なのか 意図的に分裂し それは無意識に砕けたりしている 浮かんだ土地で年老いた精霊は僕にこう言った 「劣ることも勝ることもない、負けることも勝ち得ることもない‥…」 遠くの山肌に白く綺麗な雪が残る 僕は峠を越え、歩き続ける 星空にほっとして 焚き火の向こうに未来をさがす 誰も知りえない稲妻が僕の中に光り 内なる宇宙から脳を突き破り 空の向こう側へと突き抜けたがる 僕はそれを必死に食い止めながら その行為の無意味さと自分への後ろめたさを 痛感する そうこうしている間に世の中はすれ違う車のように猛スピードで様変わりしていく 僕は自分の歩幅で突き進む そのリズムの中 迫りくる暴風雨に飛ばされぬよう ただひたすらに 留め具のない小さな正気にしがみつき 叫び 問い 進む 皮肉な事に僕は心の情景が目の前の景色を作り上げてしまう事を知っている 瞬間と共に僕はいるが 残念ながら誰かが言う「そこ」に僕はいない 僕の右目は季節の中へと低空で潜り込み その全てを見渡せる丘の上に左目を置く 数ある哲学や思想、宗教という物質化されたそのどこにも僕は存在しない 流れゆく経験の中にのみ学び 耳を澄まし そして吟味する 君自身が創りあげてしまった制御不能のモンスターは自分自身で消し去る他に方法は ないのだ もうこれ以上 時代をまたぐわけにはいかない 稲穂が揺れる草原を一人歩いている時もそれは突然やってくる 時の反転した午後、遠くの丘にぽつりと小さな小屋を見つけた 今にも崩れ落ちそうな 古いオルゴール箱のような廃墟を そこに吹く 幻想的な風の匂い 音 吹きっさらしの別世界 灰色の空を突き破る無駄のない光線 意識 僕は不思議に思う 幸せな風景とは何故こんなにも残酷なのだろうかと まるで手触りのない空想みたいに 救い難いほどの残酷さに 僕はたじろいでしまう それは死に対する浅はかな思い込みに似ている そして僕は我に返り落胆する これが 僕の善良な精神なのかと...... 遠い昔 丘の上 あの小さな窓を開け 風に揺れる幸せのカーテンを押さえながら 未知なる誰かが顔をだし そんな僕を見つけたのだろうか 遠い未来 知らない顔と 知らない声で あのなつかしい仕草で またその手を僕にふるのだろうか 満面の笑みを浮かべながら 鋭利な刃物を抱えて立つこの僕に 君は「おかえり」と 優しい声で その手を僕にふるのだろうか その昔も いまも そして いつかの今日も とても居心地のいい 穏やかな場所で 僕を待っていてくれるのだろうか だとしたら僕は全てを終わらせるだろう あの頃から分かっていた きっとこうなるって事 何も感じなくなっていく恐怖 どこにも戻れないこの心を それでも いつの日も あの小屋は僕を受け入れてくれるのだろうか 「劣ることも勝ることもない、負けもなければ勝ち得ることもない‥…」 いつかの精霊は僕にそう言った それでも、まだ未熟な僕は思う 「自分のココロにウソはつけない」と まだ僕は感じる 森を彷徨い歩くオオカミのゴースト その思いを まだ僕は信じる こんな旅路に射し込む微かな希望をも 期待に傷ついても 希望に傷つくことはない それまで僕は膜の薄いこの世界を歩き続ける あの精霊の顔に刻まれた未来へと繋がる歴史の上を旋回しながら 強靭なモンスターに打ち勝つ秘策を一つ一つ手にいれていく 僕が僕を突き破るまで 僕が僕を突き抜けるまで
Dec 16, 2012
コメント(0)

自分自身や出会う人にはポジティブな言葉を発したい。 言葉は飛ぶ 発した一言は山を越え海を渡り 世界中に広がってゆく そして それはやがて現実となって自分の所に帰ってくる 今 発するその言葉が自分の未来を作っている
Dec 16, 2012
コメント(0)
今夜は誰もいないビーチで一人キャンプ。台風の影響で浜は流木のオーケストラ。異様な光景の中にテントを張り、火を焚く。なるべくこの景色に同化するようにさりげなく。クリエイティブな休養は限りのない世界を僕に見せてくれる。
Oct 17, 2011
コメント(0)
いつも月に助けられてきた。 みんないろんなこと言うけど、真実は分からない。 感覚だけが知っている。 9.11 あの創られた悪夢のシナリオから10年。 僕はあらためて感覚に耳を澄ます。 10年前の今日、あの日に思った事、今でもずっと変わらない。 今を生きていれば、飼いならされ、創られた情報なんかより身体で感じる感覚が道 しるべとなる。 これからも情報に捕われ、飼われることはない。 こころの眼で真実を探す。 やっぱり月が好きだ。
Sep 11, 2011
コメント(0)
むかし僕の父親は独裁者のようだった。 僕ら兄弟はその威圧的な存在にいつもビクビクと怯えていたのもだ。 兄弟の中でも僕に対する父親の態度は特別に酷かったようだ。 ある日、その理不尽な仕打ちを見た祖母が父親を怒鳴りつけた。 「なんで、あんたはいつもこの子ばっかり」 その時、小学生だった僕はやっぱり僕だけの思い過ごしじゃなかったんだと、悲し くなった。 そのことで母親に「ごめんね」と謝られた。 みんな分かってたんだ。。。そう思うと本当に傷ついた。自分がひどく惨めに思え た。 その時、僕はただ漠然と一つのことを確信した。 それは、この家に自分はいちゃいけない存在なんだということ。 何となく感じていた事だったけど、それがただ確信に変わっただけの事だって自分 に言い聞かせた。 一晩泣いた。 でも、どこかで前向きだった自分もいた。 それでも、何とか気に入られようと努力をした。 絵かなんかで僕が表彰状を貰った時、僕は父親が仕事から帰ってくるなりそれをみ せた。 でもその時も父親は「ふ~ん」とだけ言い、関係のない兄の事を褒め始めた。 やっぱり、、、だった。 わかっていても、もしかしたらって期待しちゃう自分もイヤだった。 その時だった 「オレとこいつを比べるな!」 兄が大きな声で父親にそういった。いつも黙って見ていた兄が、僕をかばってく れたのだ。 嬉しかった。その時、僕は涙をこらえながら、比べられる方もきついのかなと思っ た。 誰かと比べたりするって事はその両方を傷つける事になりえるんだとあの時に僕は 学んだ。 僕は僕として見て欲しい。他の誰でもなく……。 結局、家に居ることじたいが苦しみに変わっていった。その後も何も変わることな く長く窮屈な幼き日々は過ぎていった。 僕が10代のころ、早くに家を飛び出した決定的な理由の一つはそんな父親との確 執だった。必ず自分の居場所はどこかにある。ここじゃないどこか。 幼い頃からずっとその場所を夢見てきた。 そして16の終わり、東京に出る。 結果、それで良かった。 そのお陰で僕は沢山の人と出会い、今の自分がある。 それだけで父親には感謝している。 あくまでもこれは感傷的な話しではない。 当たり前だけど、もうとっくに父親への過去の憎しみなんてものはない。 両親を一人の男、一人の女性として見るようになってからは心もだいぶ軽くなっ た。何よりも沢山の出会いの中で世の中には様々な状況に暮らす、それこそ様々な 人達がいるって事を知れた。どの家庭にも問題はあり、どんな人にも歴史がある。 両親の過去の生い立ちや思いを知れば何故ああなってしまったのかも少しは分かる 気がした。そして、そこに生まれた自分、年齢と共に点と点が繋がっていく。 時が経ち、父親も今じゃあそこが痛いだの、疲れただのと弱音ばかりを吐くように なり過去の独裁者的な振る舞いはない。 困った事にそんな父親の姿を僕は受け入れることがまだできない。 「もう、ゆっくり休みな」なんて言葉が出てこない。 いろいろな記憶が邪魔をして優しくなれない自分がいる。 他にはない特別な感情が沸き上がってくる。 僕が長い何月をかけ、やっと乗り越えられたと思っていたもの。その思いが強烈に 自分の内側に蘇り、溢れだしてくる。 もう、とうの昔に消し去ったはずの思いが苦しいくらいに溢れだしてくる。 ちょっとした父親の一言に自分でも驚くほど過剰に反応してしまう。 あの頃と同じ、幼き日に連れ戻され、時々頭がおかしくなりそうになる。 そして昔みたいになるべく顔をあわさないようになっていく。 一緒に暮らすってことはそういう事なのかもしれない。 離れて暮らしていれば、自分の中で何とか納得できる理由を探し、感謝だけに結び つけることができる。 今回、実家に帰ってきたことにも意味があるだろう。 さまざまな経験をし、いい年齢になった今も僕は何一つ成長していなかった事、そ して、このテーマが自分の根底にあり、僕の人生に多大なる影響を与えていたとい う事実、そしてそれをいまだ克服できていない自分を再確認させられる。 次に進むいい機会だ。 ここは父親や母親の居場所であって、僕の居る所ではない。それはあの頃から変 わっていない。居させてもらっているのだ。 形はどうあれ、僕の居場所もきっとあるはずだ。しっくりくる場所が。 その時に初めて本当の意味で父親の目を見て話せるのかもしれない。 いろいろごめん、それから、ありがとうって。。。
Sep 4, 2011
コメント(0)
受け入れられる運命 受け入れ難い運命 出来ればその全部を受け入れたいが…… 生まれながらにして強く健康な身体をもっている人と、そうじゃない人がいるよう に、人の心も十人十色。 打たれ強い人もいれば、打たれ弱い人もいる 運命はオリジナルであり、それぞれに用意されている 何かが起きた時、オレは運命のせいだけにはしたくない だから、オレは運命の先をいく ときどき、次にやってくる運命の足音が聞こえることがある。 オレの逃げ足は速い とっても だから追っかけてくる運命も速い お陰であまり気の休まる時もない 少し休むとすぐに追いつかれる たまに共に歩き、語り合い 運命に身を委ねてみるが それは心地よすぎたり苦しすぎたりでクタクタになってしまう で、またそこから飛び出さづにはいられなくなる オレのワル知恵はハンパない とっても 運命をも煙にまく だからオレの運命は更に知恵をつける ただもう一度だけ言っておくが オレの逃げ足の速さはハンパない 超高速 友よ、まだお前と寄り添い歩く気分にはなれないんだ まだお前に捕まるわけにはいかない 追いつけるもんなら追いついてみろ!! オレが先か、運命が先か でもそんな時、運命はふっと後方から追い風をくれたりもする そんな時、感謝の気持ちでこう思う オレがお前を切り開いてやる
Aug 10, 2011
コメント(0)
今 必要なのはスピード 脇目もふらず ただすべてを突き抜けなくちゃいけない 超高速で
Aug 10, 2011
コメント(0)
母方の祖父が亡くなった日、その日は幼稚園のお泊まり会だった。 母親や親戚のおばさん、大勢の大人達が泣いている光景を見たのはあの時が初めて だったと思う。 夕方、「頑張っていってくるんだよ」と母親に言われ、「何故、がんばるんだろ う?」と不思議に思ったけど、泣きはらした顔で母親にそう言われたので「がん ばって行かなきゃいけないんだ」と訳も分からず強く自分に言い聞かせた。 僕は泣きやまない従兄弟(同じ年)と共に幼稚園へ。 子供ながらに何となく重たい空気を感じながら幼稚園への道を歩いた。 でも、その時、僕は何よりもお泊まり会でおねしょをしちゃうんじゃないかってそ の事ばかりをず~っと心配していた。 夜になって 皆が寝静まる。 僕は眠くないふりをして、出もしないのに何度もトイレに行き、朝を待った。 すやすや眠るみんなの寝顔を見て、おねしょの事なんて気にしないで眠れるみんな を羨ましいと思った。 静まり返る教室で、僕は一人、寝てしまわないようにとずっと緊張感を崩さずにい た。そんな時、ふとおじいちゃんが死んでしまった事を思い出す。 「死」ってなんだろう? 初めて死について考えたのはこの時だったように思う。 「もう、おじいちゃんに会えない」 そのシンプルな答えに胸が苦しくなった。 それからだんだんと悲しくなってきた。 「頑張っていってくるんだよ」 真っ赤な眼をした母親が僕に言ったその言葉の意味が、少し理解できた瞬間でも あった。 僕は真新しい枕に顔をうずめて泣いた。 何故かあの時の枕の匂い、今でもまだ覚えている。 結局、僕はそのまま眠ってしまい、その日、僕はおねしょをしていなかった。
Aug 4, 2011
コメント(0)
どんなことがあったって オレの人生 ベリ~~~~~~~ グッド!!
Jul 29, 2011
コメント(0)
つり 中学生になりたての頃、友達とチャリンコに乗り「七つ池」という釣り場へと釣りに行った時の話し。 面子は、たつおという筋肉バカと野崎くんと後、数名(二人以外思い出せない)。野崎くんはオデコが狭く(狭いというかない)、剃り込みを入れる気すらない、ずんぐりむっくりの胡麻団子。コアラそっくりの彼とは小学校からの仲で、小学一年生の時、クラスのみんなから集団無視されていた孤独な僕に、「一緒に帰ろ」と自分の危険も省みず優しく話しかけてくれた男であり、いつもカップラーメンのニオイをプンプンとさせており、おじさんみたいに落ち着いており…、まぁ、とにかく心優しき、たぬき君だった。 とにかく僕らはチャリンコに乗りブラックバスを釣りに「七つ池」へと向かったのだ。 「七つ池」に着くと、なんか想像と違い酷くがっかりしたのを覚えている。普通の池がポツリポツリといくつかあるだけの(四つくらい)普通の池だった。「ここ釣れるの?」僕がコアラ野崎に小声でそう聞くと、彼は「けっこう釣れるよん」と狭いオデコでそう答えた。僕らが支度を始めると、どや顔キングのチビマッチョたつおの「オレのルアー自慢」が始まった。面倒くさいので僕はたつおのルアーを道具箱から一つ取り、ポイッとそれを池に投げた。「おい!! おめ~なにやってんだ~!!」と案の定たつおは怒ったが、僕は無視して胡麻団子野崎くんにルアーを取り付けてもらっていた。 たつおは池の中から大事なルアーを取り上げながら、何やらブツクサ言っていたが、それは曇り空のせいだろうと僕は思った(オレがルアー投げちゃったからです。はい)。 「さぁ、じゃあ釣るとしますかぁ~!」 ん~~~、一時間ほどねばったが誰一人として釣れない。それどころかお魚の気配すらない。「ここ、魚いないっしょ? あそこで工事してるし、ほら、泥水がんがん流れきちゃってるし。」僕がサラリとそう言うとみんなが変な空気に。。。そこで僕は気がついた。 彼らはここに着いた時点で知っていたのだ。「釣れないかもしれないかもしれない」って。だから、誰一人として「工事中」って事について触れなかったのだ。そこに辿り着くまでの間、「七つ池は釣れるぜ~~~!!」なんて連発していただけに、特に初めて来る僕にそう言ってしまった以上、引けなかったのだろう。彼らは暗黙の内に「工事中してま~っす!!」という事実から逃れようとしていたのだ(七つ池が四つ池になっちゃった事も)。 それが、僕のポロリ発言で台無しになってしまったってことだろう。無言で釣り竿を持つ5人の中学1年生。そこへ、しとしとと雨が降りだした。「今日はダメだな、帰ろうぜ。」たつおが言った(最後まで工事には触れないプロテインたつお)。野崎くんも残りの二人も片付けを始めた。 「よ~し! じゃあ、最後に一発、オレ釣っちゃうよ~!! おりゃ~~!!」僕は場の空気を変えるべくテンションを上げ、思い切り池に向かって釣り竿を振った。 「ん????」 何かに引っかかった(もうお気づきだろう)??? 「よいしょ、よいしょ!!」 いくら振っても竿が振り切れない。 「おい!! バカ!! お前!!やめろ!やめろ!!」 たつおが変な声を出して叫んでいる。 「んっ???」 「あ~~~~~~~!!!!!!」 そう、振り返るとそこにはうずくまるコアラが!!! 「ぐえ~~~~~~~~~!!!! 野崎釣っちゃった~~~~!!!!」 なんと、僕が竿を振った時ちょうど僕の後ろにいた野崎くんを僕は見事釣り上げてしまったのだ(たつおじゃないよ)。 「救急車!!救急車!!」 たつおが叫んでいる。 野崎くんは「イテテテテテ」と小さな呻き声を漏らしてうずくまっている(おもしろい声で)。僕はすぐに野崎くんのもとへと駆け寄り、状態を見た。ちょうど左耳の上辺りにしっかりと七色の大きなルアーが引っかかっていた。「近くに病院は?」「子供病院がある!!」「子供病院てもう中学生だぜ!?」「中学生って子供?大人?」 「どっちでもいーよ!!とりあえず病院行こう!」そんな会話が飛び交う中、何故か僕はひどく冷静だった。 小学校の頃、僕は友達のおじさんを釣ってしまった事があり、上手くやればすぐにルアーがとれる事を知っていたのだ。「おい!たつお!ハサミある?」「え!? お前何する気だよ!?」「取ってみる」「無理だよ無理!! 救急車だよ救急車!!」たつおはかなり慌てていた。野崎くんは救急車は嫌だと言う。 僕はたつおの道具箱からハサミを取り出し、傷口が見やすいようにルアーの引っかかった所の髪の毛を切った。坊主頭の野崎くんだったが髪の毛が絨毯みたいにごわごわで傷口が見えなかったのだ。トラ刈りになったそこにはしっかりと針が食い込み、相変わらずおでこは狭いままだった。「だめだ、病院行こう、ついでにおでこも広げてもらう。」 「おめーしゃれになんねーよ……。」(一同ため息) 病院に向かう途中、公衆電話から僕は野崎くんのお母さんに電話を入れ、子供病院まで来てもらうように頼んだ。自転車に乗るズングリムックリ野崎くん。彼の頭にぶら下がったド派手な七色のルアーがブラブラと揺れる度に「イテテテテ」と顔をしかめる野崎くん。そのルアーの揺れ方は何ともリズミカル。 なんだかその姿はブラジルのサンバを連想させ、派手な髪飾りを付けたアフリカ人のようにも見え、かなり酷い状態にも関わらず見た目は実に楽しげであり、僕の責任でこんな事になってしまったのにも関わらず僕は笑いを堪えきれず、自転車を漕ぎながら大爆笑してしまった。 そんな僕をたつお達はきっと溜め息まじりで見ていた。「最低なやつ」だと思っていただろう。 でも、我慢できなかったのだ。本当におもしろかったんだから。 そして病院につき、僕が事情を説明した際、先生は派手なルアーを頭にぶらさげた彼を見て大爆笑していた(やはりおもしろかったのだ)。更に先生は笑いながらこう言った。 「だれ? 髪の毛切っちゃったのは~、切らなくてもすぐ取れたのに~」と。そして僕は「すみません」と謝り、もう一度トラ刈りになちゃった野崎くんの頭と、そこにぶら下がっているルアーを見て、やっぱり吹き出してしまった。とうの本人も可笑しくなったらしく得意のハニカミを見せていて僕は少しホッした。 そして、そこへ野崎くんのお母さんがやってきた。僕が正直に話すと、お母さんもゲラゲラと笑った。たつおだけが納得いかないといった顔でウロウロと病院内を歩き回っていた。そのとき僕は、優しい野崎くんじゃなくてたつおを釣れば良かったって思った。 結果、針はものの数秒で取れ、大事にはいたらなかった。 だから今、こうして話せているんだけど。。。 無知な子供時代、振り返ると怖くなる事がいっぱいだ。いつもスレスレだった気がする。 でも、今、人に優しくしたいと思えるのは野崎くんやたつおのお陰なのかもしれない。 みんなありがとう。またいつか行こうね。
Jul 24, 2011
コメント(0)
最近、ふとした時に幼い頃のことを思いだす。それも最低だったことばっかり。 「消して~~~~~~~~~。」的な。 謝りたい人多々。 今日は中でもまだ話せるレベルの「まじかよオレ」な話しをひとつ、懺悔の意味も含め告白しよう。 ドン引き覚悟で読んで下さいませ。 あれは小学校5年生の冬、当時、僕はとなりのとなりのクラスの女の子とつき合っていた。つき合っていたって言っても小学生、そんなレベルかどうかは置いといてとりあえず「彼氏と彼女」、そうお互いに理解はしていた。ハニーの名前は、「あけみちゃん」としておこう。 あけみちゃんが越してきた家は僕ん家の近くで(あけみちゃんは転入生だった)、たまに夕食のあと僕らは近所の公園で待ち合わせをし、夜のデートを楽しんだ。デートと言ってもベンチに並んで座り、ただ「5秒間キッス」をしたり、「じゃあ次は10秒キッス~!!」なんかをしたり、クラスメートやイジワル先生や宇宙人なんかの話しを大袈裟に話すくらいのものだった(かなり盛って話してました。半分はノリで。)。 今思えば、なんなのか分からないデートだけどウブだったに違いない。 そしてあの日はやってきた。いつもの様に僕とあけみちゃんは夕食後に公園で待ち合わせをした。外は暗くて寒くて北風ピュ~ピュ~。先に公園に着いた僕は氷のように冷たくなったベンチに腰掛け、あけみちゃんがやって来るのをワクワクとしながら身体を丸めて待っていた。 暗くなった夕方の公園、あけみちゃんがやってきた。寒さの中、街灯の灯りに照らされたあの時のあけみちゃんはやたら可愛くみえ、ココロはぽっかポッカコーフィーとなった。 「ごめんね、待った?」とあけみちゃん、 「ううん、それより寒くない?」 あけみちゃんは真冬なのにスヌーピーがプリントされた水色のトレーナー1枚だけだったのだ。 「だいじょうぶだよ」 あけみちゃんは笑顔でそう言いながらも寒そうにトレーナーの袖に手を入れこんで肩をすぼめていた。 「んっ?」その時、僕の目に入ってきたのは恥ずかしがって可愛い顔を覆ったそのトレーナーの「そで」。 そこには見事なまでに穴があいており、かなりホツれ、そしてひどく汚れ、黄ばみ、お醤油のシミがつき、その繊維の全てがベッタリグッタリと疲れきっていた。いつものあけみちゃんにはないパターンに僕は不覚ながら動揺した。だって可愛いあけみちゃん、可愛いスヌーピー、なのに、いや、だのに、だのになぜ? なぜソデだけが思いっきしヤラかしちゃってるの!?ナンセンスじゃないか!! そう、恋は水色 トレーナーも水色 昨日のキミはマーメイド(そういうのいりません) 素直さとは時に残酷だ。僕は自分でも驚く程にひどく落胆していた(ソデに)。 ちょい冷めモードが始まっちゃった自分自身にも引いた。 駄目だ駄目だ!!トレーナーの袖がちょっとズタボロくらいでうんちゃらかんちゃら、僕の靴下だって右と左、色ちがうし!!これじゃ、大好きだった女の子のあくびを見ただけでキライになっちゃった三年生の時とおんなじじゃないか!etc……、僕は必死に自分に言い聞かせた。(この数年後、好きだった女の子の腹打ち飛び込みと水圧に負けっぱなしのバタフライ姿を見てまたキライになる)意識を逸らそうと試みても見ちゃう、見たらいけないと思えば思う程に、どうしても袖ばっかり見ちゃう。イケない小学5年生。 更に最悪な事にその空気に気づいたのか、いや、その熱い視線に気づいたのか、あけみちゃんはヨレたそのソデをグイッとひっぱり、更に手をそこに入れ込み、そのやらかしてる部分を必死に伸ばし、隠しているみたいだった(よけい目立っちゃう)。 「だめだよ~!そんなに引っぱったら、もっとやぶけちゃうじゃないか!!それ以上ひっぱったらボク、あけみちゃんのことキライになっちゃうから~!!(涙)」 僕は平静を装いながら心でそう叫んだ。 当時そんな気まずい空気の中でカマせるギャグもなく、沈黙が更に僕を真冬の窮地へと向かわせた……。 しかもさっきから何だか臭うのも気になっていた。 「あれ?」 ぎょえ~~~~~~~~~~~~っ!!!!!!!!??????? ボ、ボクはまたしても見つけてしまった。 見つけちゃイケナイものを。。。。 水色の可愛いトレーナー、スヌーピーのそのトレーナーの「ひじ」今度は「肘」。 そこには なんと NATTO GA、 なってゅ~が、 な、な、な、なってゅってゅ、てゅ~が、 納豆が!!!! OH ! MY ガアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーッツ石松!!!!!!! 街灯に照らされた数粒のそれは(金の粒か!)、可愛いあけみちゃんの肘にしっかりとしがみつき、驚きを必死で隠そうとしている僕をそれはまるで笑っているかのように伸び伸びと異臭をまき散らしていた。 「まったく~、こんな所で発酵なんてさせちゃっても~う、おちゃめか!!」今ならそんな事を言いながらジェントルに肘についたそれをとってあげるのだろうが、当時の僕はそんなレベルになく、ただただ引きまくり。かなりのショックに打ちのめされ、動揺を隠すことで精一杯だった。 先にも言ったが僕らのデートは夕食後。 あけみちゃんは今夜、納豆を食べたんだ 食べたんだ 食べたんだ~(輪唱)。 僕の意識はそこに向かった。 ひどい話しだが子供時代、僕の中で「納豆は朝ごはん!」が常識だった。 「あけみちゃん、納豆は朝ごはん、じゃないの?」 なんて言えるはずもなく。。。。(実際は夜の納豆が身体にいいらしい、あけみちゃん先駆け!ってホロになってませんね……) そして「そで」と「ひじ」とほつれと臭いとスヌーピー、その相乗効果も相まってか、どうなのか、何故か僕の脳裏に浮かんだのはいつかニュースで見た警察犬の訓練で腕に噛み付いたまま離れないシェパードの姿だった。 「ワン!」 混乱していたのか、気づけば僕は小さく吠えていた。 「えっ?」とあけみちゃん 「な、何でもない」とボク。 ダメだ、僕は「そで」のほつれや「ひじ」のネバネバなんかよりも夜ごはんに納豆を食べているというあけみちゃんに幻滅した。僕はあけみちゃんをキライになろうとしたのか、そこからは早かった。「なんで今日に限ってトレーナー1枚なの!?修行かっ!?」とか、心で酷い突っ込みを入れ始め、更に意図しない想像力が勝手に働きだし、僕の中で可愛いあけみちゃんは妖怪納豆にされ、しまいにはネバネバ婆さんになり、怖い、キライにまで悪化していった。(し、しどすぎる)僕もよく服の袖にご飯つぶとか付けてるくせに結局僕はあけみちゃんのことをキライになった(はい、最低です)。 「あけみ!こんな時間にどこ行くの!?」 お母さんに怒られて着替えも出来ず、着の身着のまま外に飛び出して来たのかもしれないのに。。。当時の僕に大切なそっち側の想像力は欠落していたようだ。そう「恋は憧れ」だったのだ。 とにかく結果、デートに納豆達を連れてきてしまったあけみちゃん、それを可愛いと思えなかったボク。 バッドタイミング。 今なら可愛いと思えたり、なんでもないことが、子供の頃にはそうじゃなかったりするもので……。 なんつって…………。。。 「どうしたの?」 冬の公園、黙ってうつむく僕にあけみちゃんが問いかける。 「ごめん、もう好きじゃなくなちゃった」 ひどく残酷な小学生の僕だったのである。 ごめんなしゃ~~~~~~い(涙) あ~、やっと謝れた。 PS , その後、何度かあけみちゃんに理由を聞かれたが答えられるはずもなく、その度に何故かあの獰猛なシェパードの姿を思い出した。ひょっとしてそれは当時の僕自身のココロの姿だったのかもしれない。 「ウ~~~~~~ッ、ワン!!」
Jul 20, 2011
コメント(0)
夏だよベイベー。 地元はお盆。昨日、今日と迎え火をした。 夕方、家の前の路地には、ぽつりぽつりと火が灯りはじめる。幼い頃、毎年ばあちゃんと迎え火をした。松の燃える匂いが好きだった。夏の夕暮れの穏やかで静かな時間が好きだった。 小さな炎を目印に、ナスの牛や、キュウリの馬にまたがってご先祖さまが帰ってくる。僕は迷子にならないか、無事に帰ってこられるかが心配で、その姿をジッと眼を凝らして探していた。 炎が消えかける頃 「もう、じいちゃん帰ってきた? まだ? 迷子になってない?」 僕は会ったことのないじいちゃんに会えるのが楽しみだった。 ばあちゃんは微笑みながら「もう帰ってきてるよ。」そう言って微かに残るともしびを眺めていた。僕には見えないのにばあちゃんには見えるんだ。少し羨ましかったけど、そんなばあちゃんは幼い僕にとって尊敬できる唯一の人だった。 今、僕は火を焚き、そのばあちゃんを迎えている。 気づけばあの頃と何も変わっていない。 ただ、迷子にならないか?の心配はなくなった。 近くに感じることが出来る。 「もう帰ってきてるよ」 そう言ったあの時のばあちゃんの気持ちが少しだけ分かった気がした。
Jul 14, 2011
コメント(0)
最近、内側も外側も衝突ばっかり。 自分自身が制御不能。 オレとオレがぶつかりあってる。 穏やかじゃなく、きっつい言動が多くて、自分自身反省の日々。 よくない。 なんだこのマグマ。 絶対、こんなんじゃ地球に良くない これも何かのメッセージかな。 健全な精神が食いつぶされそうで……。 こんな時、自分にだけは負けるわけにはいかない。 その反面、嫌なものはとことん嫌になって 好きなものや正しいと思える事は永遠になった気がする 自分の中で何かが確実に崩れて壊れて、また新たに構築されていくみたい。 とりあえず修正するまでなるべく人との接触を避ける。 まあ、世のためだね。 今回は今までで至上最強の敵が自分の中にいる。 必死に闘うけど、かなり強い。 なにくわぬ顔で仕事しながらも内側じゃ荒波が続けざまにやって来て飲み込まれそ うになる。 仕事よりもそっちでクタクタ。 そんでもって今日は七夕。 彦星が黒で、織り姫が白なら天の川はグレーゾーン。 オレに今、一番必要なのはグレーゾーン、折り合いのいいところ。 川の様に穏やかに流れていくこと。 かな。 まっ、ぜってー負けねーけどね。。。
Jul 7, 2011
コメント(0)
一日の終わり、何気なくベランダに出て今日最後のタバコを吸う。 眠りにつく前の穏やかな時間。 思えば色んなところで、いろんな思いでこの最後の一本を吸ってきた。 誰かと時を過ごす夜も、そうでない一人の夜も。 嬉しい出来事があった夜も、そうでない夜も。 何も考えられないほど疲れきった夜も。 最後の一本、それを吸う時は誰と居ても、どこに居ても独りの時間となる。 一日の締めくくり。 その一本のタバコを吸い尽くすまでのほんの僅かな時間に色んなことを思う。 結局、その殆どは覚えてもいないんだけど…。 それでも、その時間だけは何故か自分に素直になれる気がする。 きっと自然と自分に向き合える時間なのかもしれない。 だからなのかは解らないけど、オレは誰かが一人、物思いに耽りながらタバコを 吸っている姿が好き。 自分に問いかけているのか、語りかけているのか、それともただぼんやりとしてい るだけなのか、その表情はため息まじりだったり悲しげだったりするけど、オレに はその姿がとても愛おしく、純粋に映る。 今夜もこの空の下、世界中のあちこちで、それぞれに煙を燻らせながら最後の一本 を吸っている人達がいるだろう。 アイツも、あの子も、あの人も。 みなバックグラウンドにはドラマがあり、思いがあり、悲しみや喜びがある。 子供が眠ったあと、なんとか今日も一日を乗り越えられたとキッチンに独り立ち、 タバコに火をつける働き詰めの母親。 長年連れ添った妻を亡くした老人、眠る彼の姿を幸せそうに眺めている女の子、明 日、大事な一人娘を嫁に出す父親、 親友と仲直りした少年、犬と旅を続けるフラ ンスの老人、そして大切な人とのお別れを知った女の子、 希望に満ち溢れていたり、幸せだったり、不安に押しつぶされそうだったりな今 日。 みな一日の終わり、同じ時にタバコに火をつける。 それぞれの場所で。 繋がった世界で。
Jun 21, 2011
コメント(0)
う~、暑い。 今日は晴れたけど、きほん梅雨が苦手。僕は五月病にはかからないけど毎年六月には酷く病む。六月の僕は危険だ。ほとんど侵されている。そう湿度のしつお君に。湿気が好きな人もそうそういないと思うけど、多分僕はその人の何千倍も湿度に弱い。人に自分の弱点を知られるのはイヤだけど、これはバレちゃう。 身体中からエネルギーが吸い取られていくのが毎秒解る。まるでそれは苦手な人と個室で一日中一緒にいろって言われているみたいな、そんな重たい気分が毎日続くのだ。それはそれはブルー。 まあ、苦手な人でも一日中2人で個室にいたら仲よしになっちゃえそうだけどね。 でも、しつお君とはそうはいかない。生まれ持った体質みたいなものもあると思うけど、僕の場合は尋常じゃない。 このジメジメは全てのやる気も僕の身体から奪いとってしまうのだ。去年の今頃は旅をしていた。旅の途中も、祖国の梅雨を思うと今年はそこから解放されたのだという、ただそれだけの事に飛び上がる程の喜びを感じたものだ。よって、行きたい国も湿度の高いところは避けてしまう。理由は楽しめないからだけど、それは僕が、じゃなくて、身体が、だ。空気も心も軽い方がいい。過ごしやすい場所を求めるだけの旅に出たくなる。 とにかくこの時期はなるべく人と会わず(しつお君とは毎日会ってるけど…)、おとなしく過ごし、充電期間としている。 あ~、きっとその昔、僕は湿度のないカラッとした王国に住んでいたに違いない。 もしくは広大な北の大地か? ひょっとしたら、しつおのファーザー、湿度大魔王との闘いに敗れ、いまだその魔術にかけられたままなのか。 そんなことより、ま~うまく出来ている。梅雨が明ければピーカンの夏がやってくる。梅雨の気怠さが夏の到来を更に輝かせる。 梅雨や湿気はイヤだが、このサイクルは崩れて欲しくない(ハイ、得意の矛盾でました~)。 日本の四季、このサイクルによって日本人特有の情緒ってものが育まれてきたんだろうし。 さて、山へ行き、川で泳ぎ、木陰にボートを浮かべ、そこでポテチでも食べながら好きな本を読んだり、思い立った詩を書いたり、昼寝をしたり、一人のんびりと過ごそう。 うん…、そんな想像で梅雨を乗り越える。 想像大事。 これも梅雨のなせるワザ、梅雨ありきの想像か。 木々と川と風と太陽、書物と紙とペンとラジオ そこにポテチがあればパーフェクト(カールでもいいよ~)。 ちなみに泳いだ後、自然の中でほうばるポテチは極上と言える。 てか、あれ、なんであんなに旨いんだろ???
Jun 12, 2011
コメント(0)
大切なこと 見えていない時ほど美しい 大切なものなんて 初めから宙に浮いたもの 探して見つかるものでもない あらゆる隙間から あらゆる瞬間に あたりまえのように こぼれて 落ちて 消えていく 永遠 僕は今を飛躍する 偽りのバランスなんて保てない 眠れぬキミにぬくもりを ただ正直に 今日も全部にサヨウナラ それぐらいが ちょうどいい
Jun 9, 2011
コメント(0)
今日は久しぶりにスタジオに入った。 ドラムの、のぐっちゃんとベースのた~、リードギターのはるちゃん、3人は毎週 入ってる。 最近ずっと行けなかったのはオレだけ。 今夜 はるちゃんはお休み。 爆音ギターめちゃくちゃ 感覚でガゴ~ン!! いい汗かいた。 空っぽでバキュ~ン。 旅に出なくともそこには自由がある。 ココロに自由がある。 明日も早い。 きっと暑い。 久々の夜更かし。 オレコントロール。 マスト。。。
Jun 4, 2011
コメント(0)
M.Jと清志郎がステージの真ん中で歌っている。二人を囲む様に広いステージの上には沢山のアーティスト達がいる。そこには、ジョンやエルビス、越地吹雪や美空ひばり、ジムにジャニス、ブライアンやカートにジョーイ・ラモン、シド&ナンシーまで・・・、その他、数え切れない程の世界の歴代のアーティスト達が楽しそうに大合唱している(曲は聞いたことない曲、たぶん新曲)。彼らは一足先にやってきて、今回の震災で亡くなられた多くの人達を盛大なコンサートで迎え入れていた。広い会場の外では、岡本太郎からバスキア、ピカソやダリといった様々なアーティスト達がいて(かなり若い)、彼らの新作が屋根のない展示会場にズラリと飾られていた。みな気さくに、おじいちゃんやおばあちゃん、子供たちと話している。その場所、その世界、その空気、そこにある歌や作品の全ては温かく、優しいヒカリに満ちていた・・・。
May 12, 2011
コメント(0)
ハロー人類。久々のブログだ。想像を絶する出来事が起きたとき、思考はストップし、全ての音や声にすら何の質感も感じられなくなる。行動したくても身体は硬直し、言葉は出ない。それでも呼吸をし、生きている。生きて行かなければならない。愛する家族、恋人、仕事、家、さっきまであたりまえのようにあった生活の全てを失ってしまった多くの人達。そして亡くなられた大切な命の一つ一つ。そして今も尚、厳しい現状と闘っている人々・・・。その計り知れない不安と悲しみ、心情を思うと、ただ立ち尽くすことしか出来ない無力さを痛感させられた。情報はゴロゴロと転がり出し、モンスターみたいに膨れ上がっていく中、オレは感覚を信じた。忙しい日々に逃げ込んでも、常に胸の奥は火傷したみたいにヒリヒリとして痛かった。話題は時の流れと共に変わりゆく。恐怖も悲しみも、いつの間にかネジれたテレビの向こう側の出来事になりつつあり、これからが更に大変な筈なのに、それと反比例して現実味はどんどん薄れていく。同じ日本にいるのに・・・。ぼーっとした頭で、そんな現実を恐ろく思った。かと言って今回ばかりは今までみたいに情熱だけじゃ動けない。 ただでさえ大変な被災地に支援物資すら持たず、ただ勝手な思いだけで行っても逆に迷惑だろう。個人主義のオレも今回ばかりはしっかりとそういった事に携わっている知り合いに頼み、希望だけは伝えておいた。逸る気持ちを押さえ込み、冷静に迷い、悩んだ結果、思いは通じるはずだと自分を信じて、時を待った。思いはすぐに通じたみたいだ。東北大震災 災害救援本部からボランティアの要請が来たと知らせが入った。全国からの大勢の希望者の中から受け入れや諸々の事情でその場所に限ってはその地区から4、5人だけしか行けないと言う。募集要項にはこう記されていた。「本ボランティアは精神的、肉体的に過酷な状況下での作業となるため、心身ともに健康であり、体力のある者、そして周囲と調和がとれる方を条件とします。更にその地区の代表者が認めた者とします。」 信じた通り、なんなく推薦してもらい行ける事になった。ちなみに面子は男5人。介護福祉を6年、医療関係にいた人、土木関係の免許をやたら持ってる人、調理全般出来る人、ボランティアでスリランカに行っていた人、で、オレ?まぁ、寝袋や食料、作業着や土嚢袋なんかを全て車に積み込み5人で、仙台、宮城へと向かった。現実は凄まじく、あまりの想像をこえた光景に、ただただ呆然とし、現実として受け入れることは困難だった。悲しいのかさえも分からずにただ胸が苦しく、言葉にはならなかった・・・。何かしたくても何をしたらいいのか分からない、行きたくても諸々の事情で行けない沢山の友、「身体が丈夫ならあたしが行きたい・・・。」そう呟いてた母親、etc・・・その思いと共に強い自分の意思でやっては来たが・・・。正直、微力とはいえ役に立てるとは思えなかった。でもオレにはこの身体しかなく・・・。この身体一つで出来ることなんて知れてるかもしれない。何の役にも立てないかもしれない。それでも、この手で、この身体でやれるだけやらしてもらおう。その気持ちだけで頑張らせてもらった。現場からの帰り道、ラジオから聞こえてくる「頑張ろう日本!!」的な言葉を現地で聞くと、その声がとても遠くから聞こえる様な・・・、どこか妙な違和感を感じた。盛り上がる復興という言葉の陰で、孤立したままの集落で暮らす人達がいる。まだまだ気持ちが復興とまでは追いつかず、二ヶ月経った今も放置されたままの瓦礫の陰、止まったままの時間、その中で取り残されていくような気持ちを抱えた人々がいる。かたや生活が戻りつつある一方で、道路を挟んだ向こう側にはそうではない現状がある。それでも、みな悲しみを胸の奥にしまい不安と共に淡々と生活を取り戻そうと身体を動かしている。その姿、振る舞いに実際に震災を体験した人にしか分からない強さみたいなものを感じた。全国から来ているボランティアは学生からお爺ちゃんまで幅広く、みな黙々と作業をしている。今、オレがこうやってブログを書いている間にも折れそうな心と闘っている人達がいる・・・。そこにいるみなが生きていた。オレも被災地にいる時はただ必死だった。帰ってきて・・・、今になってじわじわと胸に込み上げてくる何かがある。当然だけど、行く前と行った後では気持ちが確実に違う。気持ちはもちろんだけど、今、やっぱりお金、それと直接的な人手だと思う。でも勢いだけでは身がもたない。長いスパンで腰を据え、極力温度差を失くし、たんたんと、そしてじっくりと取り組んでいかなければならないと、当たり前の事だけどそう強く感じた。引き続き出来ることをやり、動きながら時を待ち、全ての人に少しでも早く安穏な日々が訪れることを願い続けます・・・。
Apr 22, 2011
コメント(2)
ハローハローハロリーナビッチ!!(なんだそれ?) あ~、最近OZN(オーズゥィーエヌ)だぜ。(オレ 全然 しゃべってない)昔はよく、「お前、口から生まれてきただろ?」 なんつってよく褒めらる程だったのになぁ~(・・・・・?)。そう、しゃべくり王子(オーズゥィー)なオレ様なのに。 ってか、仕事じゃ喋るよ。それ以外じゃ、週1くいらいで入ってる1時間のスタジオでバンドのメンバーと話すくらいかなあ~?えっ?これって ふつうかな? まなかなかな? ん~、王子(オーズゥィー)的にはか~な~りサイレントな生活なんだけどなぁ~。 まっ、相変わらず自分の内側とは、よ~く語り合ってはいるんだけどもね、フフッ。 まぁ、今の時代しゃべり より クシャミ そんなワケでお陰で最近は、ずいぶん喉を休めている感じ。 ってか休めているハズだ が、 何故に、オレってばず~っと声がガラガラ? 何で? 分かる? オレ分かるあるよ それはねぇ ジゴエだから ZIGOE じ~ご~え~!! ってほっとけ。 きょう仕事で行った家のおばちゃんが、健康体のオレに「あんた、風邪ぇ~? ひどい声して可哀想に~」 と言った。 よくある事、心の広すぎるオレは曖昧ミーマインに受け流し、これ見よがしに上着を脱いで元気ですアピール、腕なんかまくっちゃったりして。 が、帰り際・・・・・ 「あんた、風邪なのによくがんばるねぇ~、ほら、これ持っていきな」 世の中、やっぱり言葉じゃなきゃ伝わらないことがある。 おばちゃん・・・、みかんと、のど飴 ありがとう(><) でも、おばちゃん、ごめんなさい 地声です。 今日調子いい方です・・・。 セクスィ~過ぎてすみません(><) ガオ~~~~!!
Mar 3, 2011
コメント(0)
今朝、森で見つけちまったんだ。チェド&ケベック の上流からポンティアックの残骸が流れてくるのをさ。「ちくしょう・・・」今夜はあの子が初舞台に立つっていうのに・・・、結局今日もこの森で僕は一人バカ共が不法投棄していったガラクタを片付けなくちゃならないんだ!「今日の為にもう何年も前から洋服だって準備しておいたのに。」まったく、予定が狂っちまったじゃないか!今夜着ていく予定だったじいちゃんから貰ったチェックの粋なスラックスはお預け、結局今夜もこのケチャップのついたボロのワークパンツさ。新調したスウェードのジャケットもフィッシャーマンロジャーから貰ったブカブカのフーディー、あの子に渡すはずの花束は今夜も親指のところが破けたこの軍手に早変わりってわけさ。まるで、いつもと おんなじじゃないか! これじゃ、いつになってもオシャレなんて出来やしないし、あの子にだって会えやしないよ。 「あっ、そうだ! 今度、ここに持ってきて着て見せてあげるよ!」 とにかく、この仕事をさぼってまで街へ行くなんて事は僕には出来ないんだ。 別に次の日に仕事が増えるからって訳じゃないんだぜ・・・。分かるだろ?1日サボるとゴミが増える。まるで生きてるみたいに繁殖するんだ。増えたゴミの数だけ不法投棄する連中が増えるって事さ。ようは昨日よりもこの世の中にバカ共が更に増えちまうんだ。 最低だろ?だから僕は毎朝、毎晩この森を片付けてるんだ。おかげで自分の家にすら、もう何年も帰れていない始末さ。 2ヶ月前の妹の結婚パーティーにすら、行けてないんだから。母ちゃんの葬式の時なんか酷いもんだったさ。キミも覚えているだろ?きっとその日だけは僕が来ないとでも思ったんだろうな。予想的中さ。出来そこないのでっかいトラックにたんまりゴミを積みこんだバカ共は森に居た僕を見て驚いて逃げ出していったんだよ、ははっ、ざまぁみろさ。 村のみんなは、そんな僕の事を可哀想なヤツだとか、気が変になっただとか、時には幽霊だなんて言うんだぜ。じいちゃんや妹までもが、まともになってくれだなんて言って泣くんだぜ!!ひどいもんさ。きっと僕がこの森の番人を任されているって事にみんな嫉妬してるんだ。僕の仕事はいつだって完璧だし、思考だって随分しっかりしいるからね。 一番可哀想なのは、妹や死んだ母さんやあの子さ。だって大事な時にこの僕が居ないんだからね。でも、しょうがないんだ。 あの時も決して母さんとの最後のお別れから逃げ出したわけじゃないんだ・・・。 とにかく僕は今夜もキリングスの街には行けないんだ。カワイイあの子の初舞台を観てあげるわけにはいかないんだ。 だって今朝チェド&ケベック の上流からポンティアックの残骸が流れてくるのを見つけちまったんだからね。そりゃ、しょうがないさ!!そうだろ? 「えっ? 行きたくないのかって? そりゃ行きたいに決まってるじゃないか!!誰よりも行きたいさ!! チェッ!! まったく何でまた僕もあんなもの見つけちまったんだ!! イヤな役回りさ!」 とにかく、僕は今夜もこの森からあの子の成功を祈るんだ。だってあの子は夢をつかんで幸せにならなくちゃいけないんだから。あの子はここに来るバカ共とは違って、この森に塵一つ棄てやしないんだ。キミの陰に隠れて僕はあの子をずっと見てたんだ。キミもあの子の綺麗な歌声を聞いただろ?時々、この森にやってきて歌の練習をしていたあの子の事さ。僕はずっとあの子を見てたんだ。とにかくあの子は特別さ。 だから僕はこの森から祈るんだ。 捨てられたゴミやガラクタを拾いながら、 優しかった母さんを失ったあの時みたいにね。 「しっ!!」 ・・・ん?また誰か来やがった!! ちくしょう!!まったく忙しいったらありゃしないぜ!!
Feb 28, 2011
コメント(0)
ハローハロー人類。 今日、久々にこのブログを開くと懐かしい人からメッセージが届いていた。4,5年ぶりかな?当時、その子にはかなり世話になり、そしてかなり世話を焼いた。その子は、よく泣き、よく笑い、よく叫び、そしてよく暴れた。それでも、常にあったかい心を失わない子だった。 僕は夜の仕事をやめてから、沢山の人との連絡を絶った。当時の僕にとってそれは必要な事だった。 このブログを知ってくれているのも、ほんの一握りの友人だけ。あれから数年経った今、その子は色々とネットを辿りこのブログを見つけてくれたらしい。目まぐるしく過ぎてゆく日々の中で、沢山の出会いと別れを繰り返すその中で、その子はふと、思い出してくれたんだろうか。また僕を見つけてくれた。 漠然と人はそういう人の思いで存在していられるのかもしれないと思った。 ありがとう。 この数年、その子も色んなことがあったみたいだ。辛いこともたくさんあるだろう。でも、思い出してほしい。すべりまくっていた当時のこの僕、いやこのオレさまを(しまいにはすべりキャラ)・・・。 今さら笑ってくれたら本望だ。 ガ~ッハッハッハ!! ってね。
Feb 27, 2011
コメント(0)
ハローハローメロー。 今日、仕事で行ったお宅に犬がいた。片目だけがグレーの綺麗なミニチュアダックス。作業中ずっと僕のそばから離れない。まとわりつく様に僕の腕に顔や身体をこすりつけやがる。こっちが必死に作業してんのに可愛い顔したその犬は「ハァハァ」と嬉しそうに笑ってやがる。しょうがねぇ~から撫でてやったら調子こいて更に甘えてきやがる。ちっ、ちくしょー、トゥ~マッチかわいい!じゃねぇ~か。 そこへ書類に記入を済ませた飼い主さんが戻ってきた。 「すいませ~ん、ほら!クッキー、やめなさい!!」 「あっ、いや、全然いいっすよ♪(逆に癒されちゃってまぁ~す!)」 「お兄さん、犬だいじょうぶですか?」 「あ~はい。」 「でも、珍しいですよ! その子がそんな・・・、あっれ~、どうしたのかしら、その子、人見知りが激しくて普段は知らない人が来ると怯えて隠れちゃうんです。 何年も知ってる私の兄でもだめなんです。気が小っちゃくて・・・。いやぁ~珍しい~わ~。」 飼い主さんはそう言うと、ひどく感心した様子でクッキーを眺めていた。僕も「へぇ~そうなんすかぁ~」みたいな感じでクッキーを見た。 「ん・・・・!?」 彼は僕の腕に股間を押し当てて、尋常じゃないほど激しく腰を振っていた。 ガッツリと・・・。 「あ、あの~、クッキーちゃんて、ホントに人見知り、です、か・・・? ボ、ボクちん、信じられないなぁ~、アハハハハ~(汗)」 まぁ、不思議だけど、そんな人見知りクッキーの激しい洗礼を受けながら、僕はふと、今日もお墓参りに行こうと思い立った。 仕事帰り、昨日買えなかった花を買い、祖母ちゃんやご先祖様が眠るお墓に行ってきた。 最近、精神のバランスを上手く保てずにいた僕にクッキーは気がついたのかもしれない。
Feb 13, 2011
コメント(0)

なつかしい風まだ2月なのに春っぽくてノスタルジーな感じ。夜の散歩日和りだな。 Artist Takashi Terada 触れられない温もりばかりを求めてきたけどやっぱりこの手で感じる事のできる優しさっていいね。 木っていいなぁ~。
Feb 7, 2011
コメント(0)

イカす☆
Feb 5, 2011
コメント(0)

この間、110番に電話をかけた 「はい、110番です! 事件ですか? 事故ですか?」 「あっ、いえ、事件というか、あの、今○○のどこそこなんですけど、飛べない鳥が群れからはぐれちゃったらしくて、近所の駐車場で鳴いてるんですけど」 「はぁ~、こちらは出動専門なんで・・・、その鳥は飛べないんですか?」 「はい、ケガしてるみたいで・・・、バタバタやるんですけど飛べません。それにまだ子供みたいで。」 「そうですかぁ~、どんな鳥ですか?」 「鵜(う)だと思います。」 「う?」 「う、です。」 「う、ですかぁ~?」 「はい、うっ です。」 「なるほど~・・・・。」 「あの~いちお中央警察署の方の番号言いますんでそこにかけてもらえますか?」 「はい、わかりまし、んっ??? あれ?あ~、今ちょうどパトカー来ました!!近所の人が呼んだのかもしれません!!」 「ああそうですかぁ~!良かったですう~!!」 「はい、ありがとうございましたぁ~。」 「は~い」 いい人だった。 結局、パトカー2台来るも何も出来ず・・・。 農林なんとか課に連絡をとるとのこと。 飛べない鳥はとりあえず検査をうけるらしい。 住宅街の一画に迷い込んだ一羽の鳥、どうやってこんな所までやってきたのだろう? 早く自然に帰れるといいが・・・。
Feb 3, 2011
コメント(0)
何かを造りはじめる時 まずノートに向かうその時、たまに真っ白な紙の上に沢山の文字や色、風景やストーリーが立体的に浮き出てきて、それがゴツゴツと重なり合って要塞みたいに浮かんで見える。その感じは例えるならキュビズム的。その一つ一つがそれぞれのテーマをもっていたりする。結局、その全部は自分が表現したいと思っているもののカタマリなわけだから『浮遊する思考の要塞』として、それが見えた時は胸が躍る。 キュビズムっていうとピカソやレジェ、ブラックetc...個人的にはそっちよりもピカソだったら『青の時代』や落書きてきな簡単なスケッチが好きだった。バルセロナに居た頃、アパートの近くにピカソ美術館があって、そこは雰囲気があって凄くいい空間だった。その近くに古いBARがあってそこがまたまた良かった・・・。やっぱりその場所その場所にいいところってあるよね。 そうそう、絵画って言うと、エゴンシ-レの作品を見た時の衝撃は凄くて今だにあの衝撃を超える作品とは出会ってない・・・。EGON SCHIELE、20世紀初め、オーストリアのパンクな画家。 10代の頃、初めて個展てものに行ったんだけど、それがそのエゴンシーレだった。その時に受けた衝撃と感動はちょっと異様で、当時の僕にとって、その感動ってのは全く新しい感覚で、戸惑った・・・。今でもハッキリと覚えてる。よじれた身体や裸像、多くの自画像に音と匂い、色やタッチ、寂しさや不安、孤独や葛藤、色んなものが絵から強烈に迫ってきた。絵が音楽だった。それも切実で嘘がない。きっと作品こそがこの人自身なんだと思わされた。僕は気が付くと絵の前で泣いていた。絵を見て泣いたなんてのはその時が初めてで・・・、その後、一人で一日中ぼ~っと、遠い昔に死んだエゴンシーレという人の事を考えながら歩いた。同じ個展に3回行ったのも後にも先にもそれだけかな。中でもシーレのクロッキーは鳥肌「線が息してる、叫んでる」ってくらい生きていた・・・。 なんかいい意味でラインが不良だなぁ~って。下品じゃなく、湾曲していても高貴であり尖っている。そこに研ぎ澄まされた信念を感じた。 エゴンシーレの絵を見ていると、もう何十年も前に若くして亡くなった(28歳で死去)彼の声や思い、当時の匂いや暮らしを感じる事が出来た。それは心地いいものだったけど、同時にひどく悲しくもあり、自分自身の内側を晒されているようにも感じた。僕は絵は描かない。でも何故か彼の絵から伝わってくる温度とか波動の中から感じる彼の信念みたいなものに共感した。何となく彼の伝えたい事が理解できた。 とにかく少年だったあの日、僕はエゴンシーレっていう画家と出会い、衝撃を受け、わけもなく共鳴し、心が震えた。あの時の気持ち、あの時の感覚・・・・。今も変わらずここにある。 時は経ち、今夜生前に彼が残したいくつかの言葉を見つけた。なるほど あの時の意味が分かった。 ここに紹介しよう。 『エゴンシーレの言葉』 「こうして僕は、より多くのものを、もっと遥かなものを、自分の中から限りもなく涌き出ずるものを送り出そうとします。すべてである愛が、このような方法で僕を豊かにしてくれる限り。 従来の自分を飛び越えてまで察知した新しい認識をもたらすべく、自分の中へ引き込もうとする何か、つまり本能的に引かれる何ものかへと導いてくれる限り」 オスカル・ライヒェル宛の書簡ノイレングバッハから 1911年 9月 彼は創造者でなければならない断固として過去のものや旧来のものを頼りとせずまったく独自に彼が信じる基礎を自分自身の内部に持っていなければならない激しく炎をあげて燃え戦いを求めて成長する心臓の痙攣(けいれん)吟味することそして狂ったように歓びに打ち震えて活発に展開する感覚を失ってただ考えるだけの苦悩には意味がないもしぼくが自分自身を本当に見せようとするのなら自分自身を直視せねばならぬだろう己が何を求めているか何が自身の中で起こっているかを知るだけではなくどれほど真に視る能力をぼくが備えているかを自ら知ることになるだろう ぼくが芸術家という言葉で呼ぼうとするのは 肩書きや資格を持つ人間ではなく 使命を負った人間のことである あらゆる者は 生きながら死んでいる・・・・ 「エゴン・シーレ魂の裸像」から(発行者)渡邊隆男 (発行所)株式会社 二弦社
Jan 22, 2011
コメント(0)
次のプラン まずは3年計画。ヒラメキと直感、瞬発力勝負のオレにしては長い。が、じっくりとやる。そろそろそういう時期。まっ、それも直感だけどさ・・・。 ってことで仕事も頑張れる。 早朝、まだ暗い静岡市内から富士までの道のり、ちょうど由比あたりで朝日が昇りはじめる。あやふやな時間帯を突き抜けて朝へ向かう。静かな海をキラキラとさせながらゆっくりと顔を出す神聖な朝日の中、ヒラメキは絶えることがない。その光りの中、いつもオレはこう言っている 「やべ~、 オレ ・・・・・・・・・・・ てんさい ・・・・・・・・・・・・・・・・・ププッ。」
Jan 17, 2011
コメント(0)
1が五つ。1並びの日。こんな誕生日は最初で最後かな。この間は、はるちゃんの子供達の手作りケーキ(プロ並み)、おとといは、夜、仕事から帰ると3歳の甥っ子からの絵の手紙(天才的)、昨日は6歳の姪っ子からのあったかい手紙(地球色)とチェブラーシカの何か紙とか挟むやつ。休日だったこともあってか、わざわざ家に届けてくれたらしい。夜、仕事から帰り開けたオレ。疲れた身体に沁みる沁みる。ココロかなりヤバめ(><)すかさず「ありがとう」の電話、受話器越しから眠そうな声。癒しのこえ2011、1、11 オレの誕生日、迎える前から子供ラッシュ!! そして今日、おめでとうメールをくれた面子、オレの中で、そうそうたる面子。すごくお世話になったのに、ここ数年は会うこともなく、気になりながらも連絡も出来ず・・・・、それでも気がかりで、何やってんのかなぁ~とか、あんな事話したっけなぁ~とか・・・、共に過ごした時間なんかをふと思い出してしまう人。どこにいても、何をしてても胸の奥に残る忘れられない人。自分を曝け出させてくれた指で数えるほどの人たち。バースデーメールの全ては懐かしいそんな人達からのものだった。 その中の一人、前にもここに書いたけど初めてオレが先輩だと思えた人からのメール。一番荒れてた時期にその人と出会ってなかったら間違いなく今のオレはいない。『極上のいい加減さ』 『忍法手抜きの術』 などなど、色々と笑顔で生きる術を教えてくれたオレの中の夜の帝王だ。全然連絡せずにいた不義理なオレ、アメリカから事後報告で一度メールしたきりだ。そのメールも届いているかいないのか。(結果、読まれてなかったみたい(><))昔もそれで叱られた。 今年の誕生日、いい年こいてまた救われた。すっきりさせてもらっちまった。みんな場所は離れていても、日々の思い伝わっている。繋がってんだなぁ~って感じた。 日々、それぞれ色んな事がある中で、ふと思い出す人、きっとその時その人もキミを思い出している。 ハッピーバースデーオレ。 それから ありがとう。 オレ し・あ・わ・せ
Jan 11, 2011
コメント(0)

お正月休みの間、やっとプラネタリウムに行けた。ヒルズのプラネタリウムには行けそうもなく、地元にある静かなプラネタリウム。海沿いにポツンとそびえ立つ小さなロケット型の建物、秘密の研究所の様なその中に、東海一と言われている天体投影設備がある。 いざ宇宙へ。 その日はお正月バージョンで、天体観測の後、『宇宙の果て』まで連れて行ってくれるという。静かな音楽と満天の星空。優しい語りの後、いよいよ地球を飛び出した。広がる宇宙は穏やかで温かく、無限の優しさに抱かれているような気持ちになった。ほんの数十分の宇宙旅行(45分)。脳や心、全ての扉が開かれていくような心地よさを感じながら宇宙空間を浮遊した。 さぁ、そろそろ帰る時間だ。 遠くに僕らの暮らす地球が見えてきた。 不思議だ さっき飛び立ったばかりなのに、尋常じゃない程の懐かしさが込み上げて来る。地球でのいろんな記憶が次から次へと、走馬燈の様に蘇ってくる。忘れていた事も、身に覚えのない記憶までも・・・。その全てがもう遥か昔の事の様に感じられてならない。目の前に浮かぶその青く美しい惑星が切なく、そして愛しくて仕方がなくなる。 「やっと巡り合えた」 言い知れぬ安堵感と、今まで感じた事のない望郷の念に胸が震えた。その時、唐突に命と母体、母親と子供の関係性なんだと確信した。見えないへその緒で、僕ら一人一人が完全にこの地球と繋がっている。そこから栄養をもらい僕らは生かされている。例え僕らが悪い子供でも、地球は何とか僕らを生かそうと身を削って働き続けている。 『誕生』そして『絆』 その2文字が映像と共に感覚で僕の脳内宇宙の遥か向こうに浮かんでいるのが見えた。 とにかく僕は地球を見た時、この両手で今すぐに抱きしめたい!そんな強い衝動にかられた。 そして、こんなに綺麗な惑星で、数々の戦争が起きている事を悲しく思った。 あの45分間で、僕の中にあった何かが劇的に変わった。というより、ずっと眠っていたものが目を覚ましたんだろう。きっと、あの時間は僕にとって何憶光年に値する時間だったのかもしれない。 2011年、僕は改めて地球に降り立った。
Jan 6, 2011
コメント(0)
昨日、幼なじみのはるちゃんの家で新年会をやった。珍しく段取りから何から、はるちゃんが仕切り、僕は永遠のマザコン、ドラマーの、のぐっちゃん(彼も幼稚園からの幼なじみ)を迎えに行き、はるちゃん家に向かった。その道すがら、のぐっちゃんは言った。 「新年会ってオレ、なんにも聞いてなかったよ。気付いたらなんかもう決まってた。」のぐっちゃん、大概そういう感じ。 「俺らの中ではるちゃんは長男だな。お前は末っ子なんだよ」僕がのぐっちゃんにそい言うと、のぐっちゃんは分かったのか分かっていないのか 「フフ♪」と適当に笑っていた。 のぐっちゃん、そういう感じ。 これ、この三人のバランス。 はるちゃんには料理上手で素敵な奥さんと、幼稚園一番のイケてる息子(野生児)、そしてシャイで健気な小学1年?2年?生の可愛い娘ちゃんがいる。 「お~ぅ、明けましておめでとう!座ってすわって、呑もう呑もう!」はるちゃん家に着くと、はるちゃんは嬉しそうに言った。それから美味しい料理を頂きながらのお酒とアホトーク。会うたびに成長している2人の子ども達は、いつも僕が尋ねて行くと恥ずかしいのか、大概隠れてしまうか、寝てるかなのに、その日はいつもに比べて距離感が近く感じられた。 大分、慣れてくれたのかな(^^) 楽しい宴の中盤、いい感じでお酒もまわってきた頃だった。突然電気が消えた。 「ん...?」僕は子ども達がふざけて消したのかなぁ~程度に思い、まぁ気にもせずにお酒を呑んでいた。 すると、いきなり思いもよらぬ出来事が。 「ハッピ~バ~スデ~トゥユ~♪」 そう、暗がりの中バースデーソングに合わせてケーキが! ん......!? はるちゃんが言った「は~い1月生まれのひと~」 「ん...は~い」僕は手を上げた。 そうだ、もうすぐ僕のバビスデー。 まさか!?そこでやっと意味が分かった。「まじ!?」 聞けば、はるちゃんの子ども達が一生懸命頑張って僕の為にバースデーケーキを作ってくれたのだという。 うっ、な、泣けるじゃねぇ~か~!!はるちゃんの珍しい仕切り、子ども達のテンション、なるほど、そこでそれまでの全てが繋がった。 普段、僕は自分が祝われるのって、どうしていいのか分からなくて苦手なんだけど、そんな事は飛び越えて、あまりの不意打ちに感動してしまった。照れながら僕の前にケーキを運んでくれた子供達。ろうそくの灯りに照らされた可愛い二人の笑顔に、心底癒された。更に思いの詰まった手作りケーキは本当にお世辞抜きで美味しくて美味しくて(レアチーズケーキ)驚いた。そこは、はるちゃんじゃなくてお母さん似で良かったなぁ~なんて、思った。 全部ひっくるめて友だちっていいなぁ~っなんてしみじみと思った。友達がいて、子どもの笑い声があって、温かい空気があって...。そこにいる誰もが笑顔で・・・。それぞれが大人になり、今まで色々な事があったにしろ、こうして今日に辿りつき、こういう時間を共に笑って過ごせる事、それって奇跡だと思った。 恵まれてるな~・・・・。 ほんと感謝だ。 昨日は家族っていいかも...なんてちょっとだけ思わせてもらいました。 ありがとなぁ~! !
Jan 4, 2011
コメント(0)

HAPPY NEW YEAR2011
Jan 2, 2011
コメント(0)
2010年が 終わっちまう。今年最後!言わせてもらうぜ!! くそったれ~!! 氷川きよし まじ かっこよすぎるじゃね~か~!!
Dec 31, 2010
コメント(0)

毎年、12月30日は恒例の餅つき。各家庭が持ち寄ったもち米を、町内のおっさん達が、ひたすら搗く、餅を搗く、つく、ツク。正月の餅だ。かれこれこの行事、もう22年も続いているのだという。僕の親父も毎年この日には気合を入れるのだという。今まで気にもしなかったけど、確かに、毎年帰省すると、僕の実家には旨い餅が沢山。「ほら、父さんの搗いたお餅だよ~」そんな母親の言葉をよく耳にしていた。 今回、僕も初参戦。早朝、そこに着くと、小学生以来、久々に会う懐かしいオッサン達の姿。タフな親父ギャグ炸裂!! 僕の地元は職人さんの多い街。 ↑ この、アイディア、オッサンの知恵に脱帽。ほんと、よく出来ている(北米ではトラックのホイールを使っていた。) ↑この臼と杵は漆塗り。漆職人さんの手作りだ。贅沢!! 釜から上がった餅米をみんなでこねる。 そっからいよいよ、餅つきだ。これ、想像してたよりも結構ハード。でもオッサン達のパワーは凄かった。さ・す・が。僕も後からガッツリつきました! ↑次から次へと搗きあがってくるお餅、女衆も、粉だらけになって働く。 タラバを焼き、するめを焼き、ビール、日本酒、旨いもん食って餅をつく。「これがあるから止められねぇ~だよ~」と誰かが言っていた。本気で旨かった。 入れ替わり立ち代り、4時間つきっぱなし。 最後の締めは、ヨモギ入りの餅。 ちなみに、一番上手くつけた餅はお供えものとなるらしい。 ↑こうなる。 気づいたら沢山の人が・・・。 つきたてのお餅で、お雑煮、きな粉餅、大福、地元ワサビと大根おろしの辛み餅、磯部焼き、お手製のお新香まで、どれも最高に美味しかった。 あるオッサンが僕に言った。 「もう若い衆がいなくて大変だよ。これ、続けてってなぁ~。」 こんな最高の行事、なくなったらもったいない・・・。 ここには、まだ昭和の温かさが残っている。
Dec 30, 2010
コメント(0)
夜の六本木、以前、店の従業員に忘れもしない、シバちゃんという男がいた。水商売、甘くない世界、テレビや雑誌を見て憧れを抱いて来るものの、その厳しさを目の当たりにして多くの若者達が入っては辞め、入っては辞め、目まぐるしく人が入れ替わっていった。早い子はものの10分で消えていく。共に働いたとは言え、名前も顔も思い出せない子の方が多い。長く続けている人達の殆どはホント仕事が出来るか、ほんとどっか抜けてるかのどちらかが多かった。どちらにしても中途半端じゃ男の水商売は続かない。そんな中、もう若くもないそのシバちゃん。彼の個性は良くも悪くも群を抜いていた。お客さんによっては「シバちゃんだけは絶対、席につけないでね!」って人と「シバちゃん元気ぃ~? ~!呑もう呑もう!」なんて言ってくれる人と、とにかくフルスイングでの空振りか(たいがいこっち)間違って奇跡のホ~ムランかのどちらかしかない、ドカベンでいうところの岩木の様な男だった。 彼は、真冬なのにジャケットの下に忍者みたいなインナー(素肌に黒メッシュ)を着て出勤したり、あの素敵なバンド、BUCK-TICKの初期みたいに髪をおっ立ててきたり、(それが全く別物、ムンクの叫びに針刺したみたいな...)、突然ポニーテールにしてきたかと思えば100均で買ったチェ~ンやら安全ピンやらを所構わずくっつけてきたりと、更にそのどれをとっても少しズレがあり、「本気」であり、マジなのだ。完全それシバちゃんワ~ルドだろ?としか言いようのない雰囲気にお客さんは、・・・・・ひく。 しかし、人間よく出来ているものだ。そんな彼は、底抜けの明るさと忍耐力、理屈ぬきの打たれ強さを持ちあわせていた。逆を言えば、ひたすら前向き、天然よろしく、彼は思いっきり「抜けてるほう」の部類に入っていた。 そんな前歯のかけたシバちゃん、気が優しくて嘘のつけない、ほんっといい奴なんだけど、まともにお客さんと会話が出来たためしがなかった。 客 「シバちゃん、すごいねそのカッコ。爬虫類だね。」オレ (そ、それ顔でしょ・・・・?)シバ 「でしょ~!今、じぶん武士道にハマってるんだよね~うんうん!」客 「えっ?どこが?なんでいきなり武士?」シバ 「うぅ~んとね~......、わかんないな~、んっ、塩かもしれない...。」客 「......」シバ 「じぶん、息つぎしないんすよ~。アハハハハハ~」客 「????」 そんなシバちゃん、もと自衛隊である。水商売も匍匐前進(ほふくぜんしん)ぎみであった...。以前、彼に聞いた話しで、こんな話しがあったので、紹介したい。自衛隊の訓練の時、彼は何もない砂丘に3日間、1人だけ取り残されてしまったらしい。時間になっても誰も迎えに来ず、結局その後、彼は仲間の救出を信じて三日三晩そのテントの中で一人過ごしたのだと言う。オレ 「まじ!?ってか、なんでシバちゃんだけ取り残されちゃったの?」シバ 「いやぁ~、じぶんのいる潜伏地の場所だけ、ちょうど地図が破けちゃってたみたい なんすよ、ふんで誰も気付かなくて迎えに来てくれなかったみたいなんすよね~。」なんと、シバちゃんがテントを張った所は地図上でいうと端の方、かなり、外れた所にテントを構えさせられたのだという。で、その指揮官みたいな偉い人の持つ地図のちょうどそのシバちゃんが隠れている部分だけが、たまたま破れていていて、シバちゃんの存在と共に頭から消え去ってしまったのだと言う。「たまたま」だとシバちゃんは強調して言う。その時、砂漠の真ん中、シバちゃんのポカァ~ンとした情けない顔が脳裏にに浮かんだ。 やばい、シバちゃん、そういうの似合うよ、似合いすぎるよ・・・・。しかも、たまたまって言うけど、それ、たまたまな気がしないよシバちゃん。オレは笑いを堪えることが出来ず大爆笑してしまったのである。命がけの訓練。笑ったら失礼だとは承知しながらも・・・・。だってそれは、まさしくシバちゃんにピッタリなエピソードであり、そのあまりのハマリ具合に僕の腹筋はヒクヒクが止まらなかったのだ。「シバ、地図と共に去りぬ」だ。 シバちゃんという男は、そんな感じの男なのだ。(って、分かりづれぇ~) 「体力だけは自信ありますよ~!」そう、やたらと彼が口癖のように言うのも、きっとその悪夢のような三日間を乗り越えたという彼の自信から来ているものなんだろう~な~なんて思った。しかしだ、そんなシバちゃん、言葉とは裏腹、基本的に、朝までもった試しがない。早い時には2時、3時、その頃にはもう既に潰れていた。 まぁ、何にでも一生懸命な証拠なんだが...。 「テキ~ラいっちゃう~?」頑張り屋のシバちゃん。それは認めよう。しかし、自分からお客さんを煽っておいて誰よりも先にノックアウト...。 お客さん、おこる。エヌ&ジーだ。 オレは別卓から「テキ~ラ~」そんなシバちゃんの声が聞こえる度にヒヤヒヤしたもんだ。 人手が足りない夜なんて尚更だ。 それでもシバちゃんは容赦なく毎日潰れた。 適量で...。 どこで呑んだのか?分かる先から店の隅にヘタばり、痩せこけたタコの様に潰れていた。 「また、シバ寝ちゃったよ・・・・。」「だいひょう~!シバさん寝ゲロしてますう~!!」「見つけましたぁ~!!今日は非常階段で寝てます!!」 これが従業員同士の日常会話だった(オ~マイガ~)。 営業が終わり、 酒につぶれたタコカマキリに皆が声をかける。 「シバちゃん!帰るぞ~!起きろよ~!」起きない。これもいつもの事。でも、ここは自衛隊ではない。地図を破いてしまうワケにはいかない。いつもシバちゃんの居場所は安全に確保してあげなければならなかった。地図を破きたくなる時も多々あったが...。オレの甘さか、シバちゃんの人柄か...。とにかく声はかけた。顔に愛たっぷりの落書きをしてから(バカボンのパパ)「掃除よろしくなぁ~」と・・・、だいたいこのパターンだった。 次の日出勤したオレ。 オレ 「んっ?店キレイじゃん。いっつもやり直しなのに。」シバ 「はぁ~い、オッサン達が頑張ってくれました!」オレ 「オッサン達...?」 まっまさか。 シバ 「はぁ~、何だかうるさくて目が覚めたんすよ~、したら、こ~んなちっさいオッサン 達が作業着きてえっさえっさってテーブル拭いたり、ゴミひろったりと掃除してくれて たんすよ。」オレ 「それ妖精だな」シバ 「え~、自分ビックリして目ぇこすってジッと見てたんすけど、みんなすごい働き者 で、驚きましたぁ~...。こう~テキパキっていうかぁ~...。」オレ 「で、シバちゃん掃除手伝ったの?」シバ 「いや、アタマ痛くてぇ~...。」オレ 「シバちゃんの仕事だよ、それ。」シバ 「ですよね~(>_<)ハハハハハ...」その後もシバちゃんは営業終了後、結構な頻度で小さなオッサン達に掃除をしてもらい、当の本人は薄目を開けてそれをジッと見ていたのだそうだ。まぁ、シバちゃんには妖精のオッサン達も同じ匂いを感じたんだろう。異質な水商売の世界でも異質だったシバちゃん。基本的な接客も最後まで出来なかったシバちゃん。 でも純真な彼は店や従業員達にとって欠かせない存在だった。誰よりも年上の彼は売り上げやナンバーに追われ、ピリピリとした従業員達をいつも和ませ、時には愚痴を聞いてやり、時にはピエロだってやってのけていた。お客さんの反応はどうあれ、バカであれ...、彼のまっすぐさをバカにした従業員は誰一人としていなかった。 ある日、シバちゃんと二人で飲んでいる時、彼はこんな事を言った。 「だいひょう~、じぶん、やっと今度お客さん連れてけそうです。」 「おっ、すげぇ~じゃぁ~ん!どんなひと?」 「はい、ナタ~シャって言います!!」「ナ、ナターシャ?......い、いいんじゃ、ない・・・。」 シバ~...、 お前、他じゃとっくにクビだぜ...。あ~、シバちゃん 今、何やってんだろ?砂漠に捨てられてなきゃいいが・・・・。
Dec 28, 2010
コメント(0)
今、僕はケーブルガイをやっている。思い返せば、北米をヒッチハイクしている時、僕は今の僕と同じ仕事をしている人の車に乗せてもらった事がある。彼はケナンという若者で、fort St Jhon から half way まで僕を運んでくれた。向こうのケーブルTVは物凄い数のチャンネルがあり、かなりのユーザーがいるらしい。機材を積みこんだボロボロの車を運転しながらハンバーガーを2個食いする彼はこんなことを言っていた。「街から街へ、毎日、いろんな家にいくんだ。沢山のチャンネルを届けにね。忙しいけど色んな人に会えるから楽しいし飽きない仕事だよ。」「ふ~ん」何となくその会話は僕の胸に残っていた。 帰国し、無一文の僕、そんなとき「人手不足で人が足りないからしばらくの間手伝ってほしい」と、知り合いに頼まれた仕事。それが、デジタルチューナーの設置作業だった。車に機材を積み込み、毎日毎日、様々な家にチューナーを取り付けに行く。ケナンと全く同じ仕事だった。それこそ、ほんと様々。大喧嘩してるカップル、一人暮らしの老人、兄ちゃん姉ちゃん新婚さん、老若男女、とにかく様々なドラマある暮らしの中に、僕もほんの数十分だけお邪魔させてもらっている。そして、一度伺った所へは二度と行く事はない仕事。その日、電波状況なんかの都合で取り付け出来なければ後日、別の人が行く。ようはお客さんともその日限りなのだ。まさに一期一会。 僕にはあまり関係のないクリスマスイヴ、いつもの様に朝から仕事、午後に行く予定だったマンションのある部屋からどうしても午前中に変更して欲しいとの連絡があり、通常午前に行くはずだった現場へ向かう前に急遽そのお宅へと向かう事になった。到着し、伝えられていた番号へと連絡をいれると年配らしき女性がでた。その人は時間変更の事をひどく申し訳なさそうに何度も謝り、その事情までを話してくれた。その人の身体は今、癌に侵されていて自宅療養中だという事、午後からは抗がん剤治療を受けるのでグッタリとしてしまって対応出来ないという事、受話器の向こうから聞こえる穏やかで誠意あるそのか細い声に、「今からすぐ伺いま~す!」僕はそれだけを伝え電話を切った。 灰色の階段を上り、いざチャイムを鳴らす。扉はすぐに開かれた。迎えてくれたのは、かなり痩せてはいたけど、背筋のピンと伸びた五十代後半らしき優しそうな女性だった。 電話で聞いていた内容や声のイメージから、寝たきりだとばかり思っていた僕。心は何となく重く、しっかり説明できるかな~?とか、色々と心配してたけど、その人の明るい表情を見て少し安心した。その人は僕の顔を見るなり、「本当に申し訳ありません、わがまま言っちゃって...本当助かりますぅ・・・。」と、細く小さな身体を深く折りまげて、本当に申し訳なさそうに言った。その雰囲気からは、そうとうの辛さが感じられた。「いえ、ぜんぜん問題ないっす!」それから、ご主人は仕事に出ていて娘さんも出掛けているのだとその人は言った。きっと、ご主人は自宅で療養する奥さんを少しでも退屈させない様にと、多チャンネルのこのチューナーを頼んだんだろう。「大丈夫ですよ!じゃあ、サッと取り付けちゃいますね!」僕はなるべく存在を消し、いつものごとく黙々と作業に取りかかった。その間も彼女はずっと謝罪と感謝の言葉を僕にかけ続けてくれていた。「あ、いえ、ほんっとぜんぜん大丈夫です!こっちこそ午前中とは言えちょっと早すぎちゃいましたね~ナハナハ~気にしないで休んでて下さい!」なんて事を言いながらスムーズに作業は終わり、その後取り扱いの簡単な説明をした。なるべく疲れさせないようにゆっくりとシンプルに、要点だけを話すように気をつけた。その間、彼女は一度も僕から目をそらす事なく、ゆっくりと頷きながら真剣に説明を聞いてくれていた。その人の醸し出す雰囲気、人柄が静かな部屋の空気を温かく感じさせているように感じた。たまに部屋に入った瞬間「あ、れ?やばい、ここ・・・、出たい・・・。」なんてお宅もある。とにかく彼女の作る空間に僕は癒されていた。「ああ、でも良かったぁ、午前中に来ていただいて、午後にはもう気持ち悪くて、もどしちゃうし動けないしで...、そんな姿は見せられないですもんね~。すいませんほんとに・・・。」僕は何も答えられず、ただ首を横に振った。そうとう苦しいはずなのに、その人は僕に気を使い、ひたすら穏やかであり、気丈であり、眼差しは優しかった。僕なんかには解らない痛みや苦しみと闘いながら、怖くて不安で仕方がないはずなのに・・・・。ほんの数十分の間に、僕はその人から様々なことを学んだ。 「良かったぁ・・・。」もう一度その人はそう呟いて笑った。 帰り際、その人は「ちょっと待って、これ、持っていって下さい」とティッシュペーパーに何かをくるみ僕に手渡した。察しがついた僕は「受け取れません」と頑なに断った。でも、結局、その人の眼差しからひく気がない事を悟り、僕はありがたく受け取ることにした。その人はとても嬉しそうで、僕は受け取って良かったと思った。そして深く頭を下げてお礼を言うと、その人は僕に言った。 「ほら、今日はクリスマスイヴだから...ねっ!」嬉しかった。何故だか胸にガツンと響いた。その人の気持ちが本当に嬉しかった。 「あっ、ありがとうございます!すごい嬉しいです!」 それから、僕は勇気を出して言った。「癌になんか負けないで下さい!」本心だった。「生きて欲しい」心からそう思った。 「ありがとう」その人はまた丁寧にお辞儀をし、僕が玄関を開け、扉を閉めるまでずっとそこで微笑んでいた。 僕は車に戻り、その人の暮らす窓を見上げ、もう一度お礼を言った。そして、エンジンをかけ次の現場へと急いだ。車の中、ラジオから流れるクリスマスソングがとても切なく聞こえた。 あの人の笑顔が頭から離れなかった。 その後は、息つく暇もなく走り回り、結局、最後の家を廻り終えた頃にはいつもの様にとっくに日が暮れていた。 「さて帰るか。」寒空の下、助手席に放り込んでおいた上着を羽織り、ポケットの中に手を入れる。「あっ、そうだ。」そこにはティッシュペーパーがあった。あまりの忙しさにすっかり忘れていた。僕は、朝の出来事を思い出しながらゆっくりとそれを開けてみた。 中には千円札が二枚、綺麗にたたんで入れてあった。 「ほら、今日はクリスマスイヴだから...」あの人の声が聞こえた。 「これ何に使おう・・・・・・・」 悩んだ。 今日はクリスマスイヴ。 現場から自宅まで約一時間半、僕は色んな事を思いながら少しだけ遠回りをして帰った。疲れていたせいか、色々な事があったからか、それとも今日がクリスマスイヴだからか、嬉しかったり切なかったり、悲しかったり...。 神社に辿り着いた頃にはもう夜の9時をまわっていた。僕は車を停め、真っ暗で誰もいない神社の中を歩いた。日が暮れてからの神社は良くないって聞くけど、そんな事言ってられない。今日じゃなきゃダメな気がした。そして神様の前に辿り着いた僕は、ポケットから大事な千円札二枚となけなしのお金の全てを取り出し、祈る思いでゆっくりとそれをお賽銭箱に入れた。 僕は掌を合わせた。 「お願いします、どうか、あの人が元気になりますように」 僕は願った。 これ以上ないくらい強く。あの人の身体を蝕む、その全てを消してあげたいと思った。「あの人が優しいヒカリに包まれますように...。」 そう願った時に僕は気付いた。既にあの人は優しいヒカリを放っていた。しっかり生きなきゃ・・・。 そう思うと胸が熱くなった。 「一期一会」 この思い、少しは届いてくれるだろう。 帰り道、気が付くと僕は一人鼻歌を歌っていた。まっ赤なお~はな~の~♪ これが2010年 聖なる夜僕のクリスマスイヴの出来事だった。 おばさん、ホントにありがとうございました!
Dec 25, 2010
コメント(0)
いま おれ がんばるとき おまえも がんばれ な おまえ は お ま え ダ~~~~~~~~ ~~~~~~~~ ~~~~~~~~~ッハッハッ!!! ねる。
Dec 15, 2010
コメント(0)

今日も引き続き ちびっこ忍者と一日を過ごした。海、大好きなクルクル、海賊船etc・・・。 海沿いの公園。綺麗な青空の下、滑り台やアスレチック。そこで数人の子供達が遊んでいた。 「あそこで遊ぶか?」 僕がそう尋ねると、彼は はしゃぎもせず、静かな口調でこう言った。 「う~ん、それよりもぼく一緒に海が見たいなぁ。」 僕と彼は手を繋ぎ、海沿いの道をゆっくりと歩いた。 その先に見えるのは彼の大好きなクルクル。 太陽を浴びてキラキラと光る海。波の音を聴きながら 穏やかにはしゃぐ彼との時間はゆったりとしていて とても心地が良かった。 彼の描いたクルクルの絵 癒されたぁ~~~。
Nov 19, 2010
コメント(0)

あ~寒くなってきた。いい感じだ。今日は先日、七五三を終えたばかりの3歳になる甥っ子を預かり、丸一日彼と遊んだ。海賊ごっこや、おままごと。彼とこんなに長い時間を過ごしたのは初めてだ。ご飯を食べる時も、ちょっとした買い物に行くときもずっと一緒だった。彼はこの世界に対して疑問だらけのようだった。「どうちて木には枝があるの~?」「どうちてもう外が暗いの~?」「どうちてどうちて~?」だ。 実にかわいらしい。 彼は自分の事を忍者だと思っている。途中、眠くなった僕は、「忍法たぬき寝入りの術」を使ってみせた。が・・・・・、彼には効かなかった。 そうそう、以前、旅の話しをさせてもらった所から旅の写真を展示して欲しいという依頼があり、今日3歳の彼に手伝ってもらい前もって貼り付けておいた写真をその展示スペースにかけて来た。 自分で言うのもなんだけど、手作り感満載の、あったかい感じに仕上がったと思う。写っている人達の人柄が何となく見る人に伝わってくれたら嬉しいな。 ちなみに、僕がボードをかけている間、ずっと脚立を支えてくれていた小さな忍者は、一仕事終えると眉間に皺を寄せ、「ふう~」と溜め息をつくと、僕にこう言った。 「あ~なんだか お腹すいちゃったね~。」 と・・・。 GOOD JOB!!!
Nov 18, 2010
コメント(0)
旅に出た本当の理由。 僕は自分が書いた詩画集を翻訳し、各国が支援する戦争孤児とかじゃなく、もっと身近に暮らすにあまり誰も目を向けていない、生きている親に何らかの事情で捨てられた子供達が暮らす孤児院にそれを自分の手で配り歩こうとおもって旅に出ました。僕は「書く」事で自分自身が救われ、それしか自分に自信を持てるところがなく・・・。書くことで自分自身と向き合えるって事をただ伝えたかっただけでした。その時の僕は真剣で、どうしても死ぬ前に何か誰かの役に立ちたくて仕方がなかったんだと思います。今、思えばただ路頭に迷った自分自身が幼い頃からの自分を彼らを通し、救いたかっただけなのかもしれません・・・。自分が求めていた、会いたかった人に自分がなりたかった。ロスに着き、色々調べ、ロサンゼルスタイムスまで行き情報を煽りました。ボランティアをやっている現地の人にもコンタクトをとりました。しかし、人権保護の関係などで近づく事すら出来ないという事でした。みな、クリスマスにオモチャやなんかを贈る事くらいしかできない様で・・・。それから、僕は「きっと州が違えば」と思い旅を続けました。必ず、僕を待っている誰かがいるって信じてました。 でも、誰にその話しをしても皆、眉間に皺を寄せ「無理だよ」と言いました。「お前が有名人なら別だけど・・・」って。 お金もなく、その日を過ごすことで精一杯だった僕は、気持ちだけじゃだめなんだなと、現実を知り、正直、打ちのめされ、諦めてしまいました。でも、不思議でした。その後、僕が出会う人達(一般で言う)の殆どが、孤児院にも入れなかったストリートチルドレンや、両親がいるのにずっと苦しみ続けている若者、いまだに路頭に迷い、自暴自棄に犯罪を犯し、誰にも守られる事なく育ってきた人達、刑務所あがりの大人達ばかりでした。そんな彼らはみな僕に言いました。「なんで日本人がこんなところにいるんだ?」僕はそんな真っ直ぐな彼らに正直に全部話しました。自分がよく解らないんだって事。でも今、僕がいるのはきっとここだって事。生きてる意味を見失っていた事、親がいたって、いなくたって、戦争がなくたって、誰にでも苦しみは同じようにあるって事・・・・そこに差なんて絶対ないって事。みんな、真剣に聞いてくれました。本気で・・・。僕は、おこがましくも誰かを通して自分を救いたかった。なのに、ありがたい事に彼らを笑わせたい思えたこと。自分すら救えないくせに誰かを助けたいと思ってた。僕は、孤児院に行かなくとも、あやふやな世界に暮らす、彼らに助けられた。 結局、僕の詩画集は彼らへの「ありがとう」の気持ちとして彼らに渡す事となった。 考えて見ればそうだよね。人が人を救うなんて・・・・。 僕は昔から興味があった。でもあんまり言えなかった。でも今、僕は言える。誰もが怖がったり、あいつは根暗で危険で嫌なヤツだと言ったり、かたよってるとか・・・・・僕はそういう人に信頼を持つ。嘘つかないし、人を試したりしない。思い返せば、いざという時、僕を助けてくれた人、みんな世間ではそういった不器用な人ばかりだった。国境を越えてもそうだった。 こないだ、変なアートを仕切ってるって人に会った。人の話も聞かず、見た目で決め付けて始めから話しにならない。 アート?勝手にやってくれ。僕は、アートなどやるつもりはない。必死に生きてる人、のんびり生きてる人、それぞれが生まれた時点で大いなる芸術だと思っている。汚れてたっていい、綺麗事ならべたっていい、迷って悩めばいい。誰にも自分を叫ぶ権利はあり、それを型にはめる資格は誰にもない。やりなおせるチャンスはみんな平等にある。僕の中の芸術とは、誰もが持っているもの。特別なものじゃない。ましてや語り合うようなものでもない。ただ、そこに焦点をあてるかあてないか、かけるかかけないか、貫く意志が僕らに波動として伝わってくるのだと思っている。ようはその人の意思だ。僕のスタンスを思い出させてくれたその人には「ありがとう」と言いたい。 形は違えど、持ち続けた夢は結果叶っているはずだ。 やっぱり僕はこれからもこの場所から光りを放ち続けようと思う。
Nov 17, 2010
コメント(0)

Nov 8, 2010
コメント(0)

ガジュマル(半年前) 伸びてる。 ってな事で最近、子供欲しいなぁ~なんて身の程知らずな事を思ってるオレ様。甥っ子や姪っ子見てると癒されるんだよね~。正直、子供は苦手な方なんだけど、きっとめちゃくちゃ可愛がっちゃうんだろう~な~。生活に、はりあいなんか出ちゃったりしてさ。 オレのこども・・・・・・・・・・・。 やべ~~~~~~~。 でも、命かけて守れるものがあるって・・・・、なんかいいなぁ~。
Nov 7, 2010
コメント(1)
昨日、発作が起きた。しかも、かなり強烈な発作。「富良野病」だ。もう何年も前から年に数回はこの発作に見舞われてしまう。突然あの、あれ、そう「北の国から」が見たくなり、見たくて見たくて我慢ができず、どうしようもなくなってしまうっていう病気だ。でも今回の発作は、酷く辛く、まるで青春の恋。息苦しくさえなってしまう程だった。「富良野病、黒板症候群」だ。オレが前に買った(自分への誕プレ)DVDBOXは、前のお客さんに貸したまま帰ってこず・・・、手元にある「北の~」ネタは伸びきったビデオテープだけ。そう言えば、はるちゃんも「北の国から」好きだったし、確か彼も持っていたような記憶が・・・。幼稚園からの幼なじみ、はるちゃんのお家はオレん家からスケボーで10分程度。よしっ!!はるちゃんに電話しよう。ル~ルルルルル~~♪ル~ルルルルル~♪ハル「もしも~し」オレ「おつかれもっこり~!オレオレ~。まだ仕事中?」はる「大丈夫だいじょうぶ、どした~?」オレ「うん、北の国から見たくなっちゃってさ。はるちゃんDVD持ってなかったっけ?」はる「あ~~、オレ持ってねぇ~んだよねぇ~。」と、かなり残念そうなはるちゃん。オレ「そっかぁ~、分かったよ~、サンキュー!」はる「うい~。」電話を切った。残念、なかった。ダンボールから伸びきったビデオテープ取り出して伸びきりゴローでも見ようか。いや、この辺にレンタルビデオ屋あったかな?地元なのにまったく分からない自分にびっくり。街は変わっているのだ。これまでも、地元に帰って来ても街の方までは行かなかったオレ。まぁ、とにかく何でもいい!伸びきりテープで応急処置だ。その前に気持ちを落ち着かせるため、とりあえずオレは風呂に浸かった。風呂に浸かりながら携帯で「北の国から」を検索。またDVDBOXを買っちまおうか!!って、今のオレにそんなお金があるわけもなく・・・。しかし、観たい、いま観たい。風呂から上がったオレは、まるで麻薬の切れた薬中みたいにダンボール箱をガサガサとあさり、伸びきりテープを探していた。一心不乱に・・・。完全に病気だ。ル~ルルルルル~~♪ル~ルルルルル~~♪そんな時にオレのポニー、携帯が鳴った。着信はさっき電話を切ったはるちゃんからだった。オレ「うい」はる「おお、オレオレ、今、下にいるんだけど、降りて来れない?」オレ「あ?俺んちの下?」はる「うん。」オレは何だろう?酒か?なんて考えながら玄関を出て鉄骨の階段を降りた。辺りを見渡してもはるちゃんの姿はない。すると、暗がりの中はるちゃんの車がス~っと現れ、俺んちの横にとまった。車から降りた作業着のはるちゃんは頭にタオルを巻き、どうやら仕事帰りの模様。オレ「おう、どうした~?」はる「はい、これ」そういって、はるちゃんはふくれた青いフクロをオレに手渡した。オレ「ん?何コレ?」そう尋ねながらそのフクロを手にした瞬間、オレの心に感動の波が打ち寄せてきた。フフフフ、もう分かっているね?そう、サプライズだベイベー☆なんと、フクロの中にはデーブイデーが。83冬~98時代まで、最後の「2002遺言」のみを除いた「北の国から」スペシャル版が、10本入っていたのだ。その時、感動の波が遂にオレの禁断症状なみの発作を完全に打ち消した。オレ「え~~!!何なにナニ何!!!まじ!?」はる「最後のやつだけなかった(2002遺言)。それはまた自分で借りてくれ。」オレ「ぜんっぜんいいよ!!ありがとう!!え~、ってかいいの!?え~、まじかよ~!!ツ タヤ?どこ?いくらだ?」嬉しさと感動で興奮ボンバーなレオ、いやオレ。はる「それはいいよ。一週間後にポパイに返しといてくれ。」オレ「えっ?ポ、ポパイ?」はる「うん、ビデオ屋だよ、あのパチンコABCの横のさ・・・。」オレ「お、おん(うん)。(そんなところあったっけな~???)」はる「そんじゃ!! 夜は長げ~ぞ、またな!」そう言ってはるちゃんはサッと車に乗り込み、ブオ~ンとまた闇夜に消えていった。・・・・・何だよおい~~!!トキメクぜ~~!!オレとの短い電話を覚えていてくれ、一日中働いた疲れた身体でわざわざビデオ屋に寄り、友だちの為に「北の国から」を10本も借り、家にまで届けてくれる。早く帰って可愛い子供や愛しい奥さんの顔を見ながら一杯やりたいだろうに・・・。そんなやついないぜ!! 正吉なみにかっこいいじゃね~か!!ってなワケで、そんな最高の友に恵まれたオレはここ2日間、お陰でドップリ「北の~」漬け。観る度に心に刺さる。その都度感じ方が違ったり、気づく事があったり、やっぱり何か、戻してもらえる。時代を越えた普遍的なものがそこにあるからだ。「オレもゴローさんに会いたい。」そうはるちゃんもけ言ってたっけな。何だか、やっと実感が沸いてきた。ああ~、帰って来たんだなぁ~オレ・・・。・・・・てかぁ、週末の夜「北の国からシリーズ」だけをゴッソリ借りていく一人のおとこ。うん、やっぱり友だちだ。サンキュ~!!
Oct 23, 2010
コメント(0)

早いもので帰国して約一ヶ月が過ぎた。ボーっとしながらも何かと忙しかったこの一ヶ月。御神輿担いだり、縁あって100人程の前で旅の話しをする機会を頂いたり、又その繋がりで、若者達の前でも話しをさせてもらう機会なんかに恵まれたり・・・。今回、旅も含めて色んな意味で水商売時代に培った事がかなり役にたったなぁ~。 しかし、あまりに急だったんで正直ちょっとビビッてしまったわけで・・・。まぁ広い世の中、世界中を旅してる人や、凄い冒険家とかって沢山いて・・・、でも僕はすっげ~そういうんじゃなくて・・・。冒険家でも何でもないし。どうすっかなぁ~、何話そうかなぁ~って・・・。そもそも命をかけてた僕にとって、今回の旅は周りが思うほど過酷なものなんかじゃなくて・・・、ただ生きてる実感も守るものもなく生きてる事の方がよっぽど苦しくて過酷な日々で・・・。これって逃げなのかな?なんて事も考えたけど、別に逃げだったとしてもいいやって・・・。こう思う事にも意味があるはずだし、とことん攻めてやろうって、とにかく生きたかった。それで死んでも後悔はしなかった(今となってはおこがましい限りです、はい・・・)。とにかく自分に挑戦してみたかったんだ。何よりも停滞してるよりはよっぽどいいやって(僕、自分に都合がいいんです)。結果、今までに感じた事のない、気持ちになれて。心がぶぁ~~!!って開いて身体全部が心になっちゃって風に吹かれてるみたいな・・・とにかくハンパない開放感に包まれて、何もかもが素直に自分の中に入り込んできて・・・。「全て直感だけに身を任せよう、それでダメならダメだ」なんて真剣に思って運命(目に見えないもの)に身を投じきってしまったお陰で恐怖心てものもなくなって・・・。今、思えば結果それがどんなに厳しい環境や、命に関わるヤバイ状況に立たされても冷静でいられた要因だったように思う・・・。また、どんな人と出会っても、何の壁も感じることなくスムーズにその中に入っていけたのも僕の中の様々な壁がきれいさっぱり取り除かれていたからで。会う人会う人にホント運命的な縁を感じて。(中にはホント危ないヤツもいたけど、それも全部含めて。)しかも、不思議な事に出会った人の殆どが生きてるだけでラッキーなんだなって事を思わせてくれる人ばかりで。結局、僕は秘境や荒野を探しに行ったわけでもなく、ましてや死にに行ったワケでもなく、生きるために行ったんだなぁ~って。幼い頃から、どこかに必ず僕を待っている人が必ずいるはずだって、ずっと思ってたけど、このタイミングでそのみんなに引き寄せてもらえたんだなぁ~って。「直感!?」正に心の声、いや天の声?を信じて良かったなって。しかも、そう思ったのは僕だけじゃなかったみたいで、特によく語り明かした友だち、シェルターで出会ったカーソンやポートランドで出会ったレイ、彼らはそれぞれ僕に同じ言葉をくれたんだ。「何年間もお前みたいなヤツを探してた、でもずっと見つけられなかった。今やっと巡り会えたよ」って。生まれ育った環境は違えど、僕らにとってそういう人と出会いたいって気持ち、長い間ずっと心にあった切実な問題だったんだと思う。同じ空を見上げて同じような事を感じながら生きてる人が必ずいるんだよね。彼らは、それぞれの街で究極の時に僕を助けてくれた二人。彼らだけじゃなくて今回の出会いの全部はそういうものだったんだ。何を言いたいのかと言うと、やっぱり人と人は必要なときに必要な人と必ず出会うって事。やっぱり全部の出会いは出会うべくして出会ってるんだって事。苦手な人もそうじゃない人も。それは奇跡であって、全部意味のあるものなんだって。頭じゃ分かってたけど、今回の沢山の出会いが僕にそう確信を持たせてくれたんだ。全ての出会いは奇跡だ。一人ひとりがオリジナルであって、その人にしか出来ない旅(人生)や出会い(経験)をするんだし、そういう意味では今回も僕にしか出来ない旅だったわけで・・・、その中から何か伝えられたらいいなって。結局、僕が人前に立って伝えられたこと、それは国や景色の美しさ、大自然の驚異や生態系の事でも何でもなく素直に「人」でしかなかったんだ。会場にいた人たちはみんなとても真剣に聞いてくれて、中には涙を流しながら僕の下手な話しを聞いてくれてる人なんかもいた。そこにまた僕は振動し、それにまた誰かが共鳴する。これって大自然の原理と同じで。感動でした。ありがとうございまいした。まっとうに生きたくてもやる事なす事うまくいかずに自暴自棄を繰り返す人々。伝えたい事、聞いてもらいたい事が山ほどあるのに、言葉に出来ずに苦しんでいる人々。貧しくて、決して目立たなくとも、黙々と自分と葛藤しながらも必死に毎日を笑顔で生きてる人々。そんな心の綺麗な人達。僕はそんな素晴らしい人達に助けられ、やっぱり心を揺さぶられる。痛みを知ってる人達の見返りを求めない本当の優しさは、身体中が震えるくらいあたたかい。残念なことにそうじゃない人も世の中にはまだまだ沢山いる・・・。もしかしたら僕もその内の一人かもしれない。卑怯だし、ずるいし、責任感ないし・・・。でも、もう、自分を責めることはやめたんだ。寂しく思う事も、くやしく思う事も沢山。でも、くやしさから貰えるエネルギーはありがたい。もっと人に優しくなれるなら、いつか素直になれるなら、全部受け入れてみるのも悪くない。それがカタチにならずとも、見えない未来こそ頼もしい。停滞は嫌いだ。いい音を鳴らしたい。いい振動を感じていたい。時代は変わりつつある。投げたブーメランは自分のところに帰ってくる。なら僕は直感で投げる。傷ついても後悔するよりはましだ。まだまだ人生ぶっちぎります!!
Oct 20, 2010
コメント(0)

無事に日本に着いて数日がたった。もう何年も日本を離れていたような不思議な感覚。大袈裟かも知れないけど、この5ヶ月間は本当に生きるか死ぬかの毎日だった。今振り返っても、あの日々の中に自分がいたなんて何となく信じられない。でも、だからこそ感じられたことも沢山あった。ってか、まだに地に足がついていない感じだけど・・・(><)とにかく、無事に生きて帰ってこれた事、感謝です。 自然界の厳しさ、そしてそこにある途方もない生命の美しさ。その膝元、様々な境遇で暮らす人々との出会い。国籍、国境を越えた繋がり。5ヶ月前、僕は覚悟を決め誰一人、知り合いがいない場所へと旅にでた。しかし、その先でのいろいろな出会いの全てが、疲れきっていた僕にもう一度、命を与えてくれた。 ロスのバス停で最終バスに乗れず、夜中に沢山のホームレスに挟まれていた僕に声をかけアパートに泊めてくれたメイガンとサマンサ。サンフランシスコでは、そのサマンサの彼、ジョエル、兄のクリス、そしてデイブとメロディーが、バースデーパーティーに僕を招いてくれ、旅の疲れは吹っ飛んだ。ヨセミテで出会った湖のほとりでハーブを奏でる老人は一人で旅する僕の事を心配し、沢山の事を教えてくれた。マーセドからユージーンまでの11時間を共に過ごしたアメリカンインディアンのジョー、彼の右腕にはお婆さん、左腕には勇敢な戦士だった彼のお爺さん、そして首には「MODOC」と彼の部族の名前が彫られていた。彼とは深夜バスの中、潰れた食パンを2人で分け合って食べた。彼は5年間の刑期を終え家族のもとへ帰る途中だった。「No more trouble」彼は穏やかな顔でそう言っていた。ポートランドで長距離パスのパスを盗まれたその日、職を探し入ったレストラン、そこで僕を助けてくれたウェイトレスのREI、彼女は日本語を教えてくれるならと、約1ヶ月間友だちと暮らすアパートの一室を僕に提供してくれた。普通じゃありえない話しだ。彼女は14歳の時に父親の虐待から逃れ、ストリー トで暮らしていたという。それから10年経った今、彼女もそして彼女の父親もそれぞれを受け入れながら、必死に生きている。モー、ハッピー、スティーブにカルメン、マギー、皆、沢山の笑顔とアドバイスをくれた。仕事を探す僕に仕事をくれると言った売人のジョニー5(ファイブ)勿論断ったけど・・・。でも、そんな優しさがありがたかった。飛び込みで頼んだのに仕事をくれたストーンワークスのジョン。シアトル、タコマで僕を泊めてくれた老夫婦、おばあちゃんの温かさに祖母を思い出した。小さな砂漠の町メッリットでは、夜テントを張れる場所を探していた僕に声をかけ、自分のアパートに泊めてくれたシェリーン、一緒に太鼓を叩き唄った。彼女は麻薬に溺れた彼氏を必死に助けようと努力し疲れきっていた。そんな彼女は僕のペットボトルに「smile,peace,happiness,truth」と書き込んでくれた(このペットボトルは旅の最後まで大切に使った)。だれもが皆、自分も辛いのにとことん優しかった。そして、フェンセスブリッジで僕を拾ってくれたトラック運転手のデイブ、そして奥さんのリンディアは僕にぺンキ塗りの仕事をくれ、本当の親子のように接してくれた。共に働いたハッパ大好きなマッチョマンケヴィン。彼のお陰で何とか期日までに塗り終える事が出来た。アラスカボーダー近くの小さな村に住む部族、ホワイト・リヴァーネーションのみんな、彼らと過ごした数日は最高だった。 貧しい中で助け合う仲間達、ないものから人に与えてくれるその優しさ。キャンプファイヤーとギター、もう兄弟だ、そう言って「ウルフ・ザット・ウォークス」 別れ際、そんな栄誉ある名前まで僕に授けてくれた。そしてカムループスのシェルターで出会った、インディアンのクリス、スティーブ、ゼイン、皆、みんないい奴らだった。そしてケベック出身のジャギ、彼は僕よりもかなり年上だったけど、昔からの友だちの様に毎日を彼と共に過ごした。朝は必ずシケモク拾い。彼は町の公園を知り尽くしていた。昼寝に適した公園、読書に適した公園、シケモクがもっとも多く取れる公園などなど。彼は毎日に感謝しながら1日をシンプルに楽しんでいた。よく公園でそんな彼と話した。彼は17歳の時から17年間を刑務所の中で過ごし、その後20年間打ち続けたヘロインを(刑務所の中でも)身体から抜く為、彼は周りの反対を押し切りメタドン治療を拒否した。そして自らの力で薬を絶った。ストレートでだ。その想像を絶する過酷な闘病の末、彼の左眼は潰れてしまった。まだ40代の彼の顔は皺だらけで彼の人生を物語っていた。彼は「何でもストレートがいいんだ」そう言っていた。とにかく彼の笑顔は優しく、穏やかで一緒にいると安心した。拾った大事なシケモクをバラシ、煙草を巻いてくれた。煙草を巻きながら「my life is smork!」そう言って笑っていた。「Thank you my friend」それが彼の口癖だった。苦労したんだろうなぁ・・・・、僕は何となくそう感じた。過去にどんな犯罪を犯していたとしても、僕にとって今、彼は「友だち」だった。いくつもの出会いや別れを繰り返す旅の途中、前に進まなきゃいけない僕には別れを惜しみ泣いている余裕はなかった。荷物を背負い、親指を上げ、また前を向いてハイウェイを歩く。とにかく前に進む。進んでいると安心した。不安な時も、歯を食いしばって歩いた。それは、次にやってくる新し出会いに笑顔で答える為だった。でも、ジャギとの別れの時だけは違った。僕らは別れ際、それぞれの人生がより良くなるようにお互いに祈ることを誓った。その時、僕は涙をこらえる事が出来なかった。 そして、その日、僕は生まれて初めてピンク色の太陽を見た。 その後も沢山の人と出会い、互いに語り合いそしてまた別れた。今、思えば言葉はそれほど重要じゃなかった。1対1で向き合って話している時に僕は言葉の壁を感じた事は1度もなかった。本当に思い一つだけで通じ合えた。人と人だ。 沢山の出会いの中、今ここに書いたのは、ほんの僅か。今回、何十年分かの出会いをこの5ヶ月で全て果たしてしまったかの様だった。そしてその全ての出会いは奇跡であり僕にとって大切なものだった。そしてその殆どは、ただの「通りすがりの出会い」ではなく、見えない力に引き寄せられたかの様な必要な出会いだった。「時間」では無く「直感」だけを信じた事が良かったのかもしれない。 僕にとって出会えた皆がメッセージだった。何度、重い荷物をハイウェイに投げ捨てようと思ったことか・・・。でも、今回、諦めるわけにはいかなかった。諦めるのは死ぬ時だと決めていた。多分、自分の中での限界はとっくに超えていたんだと思う。でも、そこを越える度に奇跡が起こった。限界のその先には何かが必ず待っていてくれた。そして、結果Alaska との国境に辿りつくことが出来た。実際は日本への帰りのチケットを持っていなかったため、完全な入国は出来なかった。所持金も200ドル弱。でも、イミグレーションの人は僕の事情を知りパスポートにスタンプを押してくれた。そして「ここは、もうアラスカだよ。ボーダーから100mは越えてる。」そう言った。僕はもう充分だった。何もない広大な景色を前に、僕の頭にはそこまで僕を繋げてくれた人達の顔が次々と蘇った。僕はアラスカに辿り着いたという喜びよりも、そんな彼らに出会えたことに改めて感動し心の底から感謝した。そして自分との約束をはたし、自分自身に証明することが出来た。やっぱり愛は溢れている、そして僕の中にも・・・・。 今、この瞬間もきっとその全ての関係は響きあっている。 悲しい現実、どうしようもなく根の深い問題。多々あれど、やっぱり、世の中には愛が溢れている。心の求めるままに素直に動いた時、まるで魔法の様に物事が驚く程スムーズに動いた。それは「奇跡」だった。そして、その全部は大きくて、偉大で、優しさに包まれていた。 僕は今回の体験をまとめ、出来る所から発信していこうと決めた。誰かの為じゃなく、彼らから学んだ事。生きることを僕自身がもう一度楽しみ、そして忘れない為に。 ジャギがこう言っていた。「ヘイ、マイフレンド、いつか日本のクソガキ共にオレの話しをしてやってくれないか?こんんなオレでも誰かの役に立ちたいんだ。」って・・・。 2010/4/22~9/21L・A(us)~Alaska border~vancouver(canada)~pekin~tokyo~shizuokaHitch hike (merritt~alaska border~vancouver 6500km)32ride(39人) zankin 100円 上等!!
Sep 29, 2010
コメント(2)
全252件 (252件中 1-50件目)