Welcome to My Novel Jewel Box
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昨日、勉強部屋のクローゼットで探し物をしていて、急に珍しく、この中にある大量の本を整理する気が起きた。 ずーっと、息子が小学校に入学して、そのまんまになっていたものだ。途中、一部整理をしたが、母が何かを片付ける際、本の上にどさどさっと物を置いたので、すっかりグチャグチャの状態になっていた。 私の本は、17歳の頃から買っては読んできたので、大量なものだ。ジャンルも、大学の教科書から、文学小説、エッセイ集、哲学書、詩集、画集、写真集、少女漫画の単行本、大学で教えてきたテキスト、出版社から送られてくるテキスト見本、映画のパンフレット...etc. といった感じ。学生時代から20代後半まで書いていた小説ノートまで出てきて、感動した。食事も好き嫌いがないが、本も、あまり好き嫌いがない。 ところで、2時間あまり、本の大きさや種類別に整えながら、並べていったら、最近買ったが、どこにいったのかなあ、という少女漫画の単行本が出てきた。 ここ5~6年の作家は知らない。少女漫画の雑誌を買わなくなったから。そこで、私の好きだった20年前頃、一世を風靡したような大御所作家のは、ちょうど小説のような大きさになって、書店に並ぶようになった。 手塚治虫の『ブラック・ジャック』もそうだが、萩尾望都や大和和紀などのもそうである。本の装丁も、大人っぽくデザインしてあるので、もう少女でなくなった年代の人たちが、ちょうど買いやすい。(大人が漫画を買うというのには、恥ずかしさがつきまとう。) 私がクローゼットから見つけた中で、特に懐かしかったのは、大島弓子さんの作品集『全て緑になる日まで』だった。 これは、大島弓子さんが『綿の国星』という、チビ猫を主人公にしたロングセラーを描く以前のもの、確か1970年代後半に描かれたものを集めた叙情短編集である。 私は「ああ、懐かしいなあ」と思って、ちょっと読んでみたのは、その本の中の『ヨハネが好き』という作品だった。 ちょうど、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品に、『ヨハネ像』と題する油絵がある。そのヨハネは、青年であるが、髪が長く、若い美しい女性のような表情をしている。大島弓子さんも、きっとこの「ヨハネ」を知っていて、モデルにしたのではないだろうか。 高校2年生で、17歳の美少年夜羽(ヨハネ)は、両親を失い、両親の親友だった夫婦に、養子として引き取られる。その夫婦には、2人の幼い男の子と、10歳になる少女、そして最近生まれた「梅丸」という赤ちゃんがいる。みんな、ヨハネの義理の兄弟だ。 ある日、夫婦は、子供たちを長兄のヨハネに任せて、気晴らしに旅行に出かけるが、事故死してしまう。 この物語は、まだ17歳の少年ヨハネが、幼い弟や妹の面倒を見ながら、学校に登校しようとするが、乳児がいるためできない。それをクラスの中でもヨハネと親しい女学生が、みんなと相談し、学校ともかけあい、ヨハネが高校で勉強できるよう、子供たちを保健室などでその間預かる―そういう風に進んでいく。 でも、一番小さい梅丸の世話にある日てこずって、近所の医者からも注意されたころから、ヨハネは、高校中退を決意する。 そして、子供たちを連れて、お母さん代わりになってお弁当を作り、ある晴れた日の午後、ピクニックに出かける。 ぼくの妹 ぼくの弟... みんなすてきに笑っておくれ 部屋にこもって鍵をかけて泣かないでおくれ でも、途中で妹が行方不明になる。その子をヨハネが探しに走り出すと、心配したまだ7歳の弟が、ヨハネがどこかに行ってしまうのではないか、と彼を追いかけ、車道に飛び出す。 弟をかばったヨハネは軽傷ですんだが、弟は足を大怪我してしまう。 そんなことから、亡くなったヨハネの義理の両親の兄弟にあたる親戚一同が集まって、中でも一番口のきつい叔母さんが、ヨハネをさんざん責める。 ヨハネは考える。 ヨハネは『むく鳥のゆめ』(浜田廣介作)を考える。これは、母鳥を失ったむく鳥の子が、父さん鳥と住んでいるが、秋の終わりの枯れ葉がかさこそ、かさこそ、鳴る音や、枯れ葉にふりつもる雪の音を聞いて、「お父さん、お母さんが帰ってきたよ」と父鳥に話しかけるお話だ。 むく鳥の話の ぼくは言わば 風や木の葉だ かさこそ かさこそ 音をたてても その葉に雪を降り積らせても それは ムクドリの心を痛めつけるだけだったのか もしそうだとしたら― みんなへの決別のテープを切る前に 木の葉などは落ちてしまえ! 雪などとけてなくなってしまえ! 心の臓よ 止まってしまえ! みんなが大好きだったんだ! ヨハネはこう思いながら、高校陸上競技大会の4キロを、全速力で走り続ける... 1位でテープを切ったヨハネは気を失って倒れるが、目が覚めると、そこには、泣きながら謝る叔母さんの姿と、ヨハネに抱きつこうとする下から2番目の、幼い弟の姿があった。 繊細な絵も魅力だが、大島さんがここで描いたのは、人の「愛」というものだった。これだけの作品を、ただの「マンガ」と呼べるだろうか。私は文学であると思う。これだから、私は昔の少女漫画が大好きなのだ。
November 21, 2005
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