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Jan 31, 2003
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カテゴリ: カテゴリ未分類
今日、一つの日記HPが閉ざされた。

ご本人から何故そうするのかは聞いていたけれど、そのページのURLに残された「このユーザのホームページは作成されていません 」という文字を見ると、やはり淋しさは拭えない。

淡々と自らの想いを綴ったその日記は、誰かに助けを求めるものではなく、誰かを助けるためのものでもなかった。

公の場に対してその想いを示すという行為の中で、自分の中の輪郭の曖昧なそれに一つの形を与え、その形を自ら確かめることでさらに次のステップに進もうとする自己フィードバック回路を形成していたのだ。

公の場であること、即ち第三者の存在があって初めて成立するその回路には、必然的に第三者による干渉が伴った。
そして必要以上の干渉というものが発生した。

「私があなたを助けて上げる」
「私を助けて下さい」

繰り返されるPushとPull。

でも本人の意に反して、押されて引かれて、ただそこにじっと立っていることが難しくなった。

「私は貴方を理解しています」、、、、?

それはご本人が判断することだ。
読み手であるこちら側が書き手に対して一方的に理解していると決めれることではあり得ない。


それは絵に似ていたのかもしれない。
言葉で綴られた絵。
絵に込められた想いは、画家本人にしか分からない。

その人は絵を習いに来ていたのか?
その人は絵を教えに来ていたのか?

その人は、ただ絵を描きに来ていたのだ。

スケッチをしていただけなのだ。




その人は、自分のアトリエに戻っていった。
また気が向いたらスケッチに来るのかもしれない。
その時にはまた絵を見せて欲しいと思う。

河川敷はスケッチにはいい場所です。
何か描けたら、また、見せて下さいね。






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Last updated  Apr 11, 2012 08:28:48 AM
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