微熱 | Taite’s Hiding place

微熱

ぷちん。

音がした。弓の弦が切れるような音。

本当に音がしたのか、よくわからない。

目を開ける。
誰かの顔がある。
規則正しい寝息が頬にかかる。
お互いの鼻が触れ合うほど近くにある。
その顔が誰だかを確認してみたくもなるが、
あまりにも近すぎて焦点が合わない。

輪郭も眼も鼻も口も、
ぼやけたままそこにあるだけ。

まだ、
夜は明けていない。
隣で寝ているのが誰であろうと、
この時間ではあまり意味をもたない。
明け方前の時間なんてそんなもん。

ぷちん。

また、音がした気がした。

輪郭がぼやけたまま誰かの目が開いた。
明かりは消えているのに、
目が合ったことは判った。

誰かの瞳の輪郭もぼやけたまま、
深い周囲の闇に溶け込んでいる。

「手、痺れました」
「ごめん」
「あ、師匠よく寝てたから」

ぷちんぷちんと、
彼女の腕の筋が悲鳴を上げていたのだな。

私は肩肘をついて起き上がる。
私の頭の下にあった彼女の腕が引かれる。

闇に溶けていた輪郭も曖昧ながら像を結び、
その輪郭と声と記憶が一致した。

そうか、弟子だったのか。

私のものではない、
土と皮と鉄と油と汗の匂い。
この大陸に生きている者ならば、
全ての者が身に染みつけている匂い。

そして、
誰一人として同じ匂いを持つものはいない…。
定住者ではない者の匂い。

「肩、冷えますよ…？」

曖昧なままの輪郭が、
首を傾げ私を見上げた。

首の周りから背中にかけて
じっとりと汗ばんでいた身体が、
すうっと音を立てて冷えていく。

肩、肘、指、腰…、
関節は曲げるたびに遠くで痛みを発している。
頭の中と首より下は自分のものでないみたい。
風邪を引いたのかしらん。

目を閉じれば頭の中は
くるくると中途半端に働いていて、
何も考えていないのに
何かを考える余地は全くなさそう。

隣に誰かがいるのに、
それは確かなはずなのに。

そのことも徐々にはっきりとしなくなる。

返事にならない返事をして、
今一度枕に頭を落とす。

肩まで毛布を引き上げる。

互いの顔が近づくにつれ、
また輪郭はぼやけていく。
隣に誰かいるのかの判別がつかない。

今、
枕を並べているのは誰だったか。
ぼやけた輪郭では、また判然としなくなる。

ほぼ重なることなく、三人の弟子を取ってきた。
幸か不幸か時期が重なることもなく、
一人づつの弟子を取っていたこととなる。

隣にいるのはそのうちの誰か。
だけど、それぞれの弟子はそれぞれ違い、
誰かの代わりになる相手など、
存在しないはずなのに。

誰だか分からないなんて。

明け方の熱っぽいぼやけた頭では、
それすらもどうでも良いことなのかも。

私のつま先が誰かの脛に触れる。
額をかあるくぶつけ合い、
私たちは声を殺して笑った。

「なんか、おでこ熱い。脚はこんなに冷たいのに」

私と彼女の。
筋がぷちぷちと千切れる音。
骨がきしきしと軋むその音。
耳の奥に残っているけど。

熱に浮かされた、私の妄想かもしれない。

そんなことはどうでも良い。

夜と朝が切り替わる間の出来事なんて、
どっちにせよ幻みたいなものだから。

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いつぞやの「色気」日記に対抗。
あまり上手くいってないのはご愛嬌。

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