とある弓使いの呟き


1


 《私ハ、強クナレルカナ?》

  彼女の問いに、彼女の師匠は応えた。

 《強くなりたいと望めば、今よりは強くなれるよ》

 そうして渡されたのが一振りの弓。数本の竹を合わせただけの弓。麻で造られた粗末な弦。師匠の見様見真似で数メートル先の的を睨み、弦を引き絞り矢を放つ。的の中央に矢があった。放った瞬間に空気中を直線が走るのを彼女は見た。その手に残る感触を反芻していると、後ろで見ていた師匠が声をかけた。

 《上手いじゃない、いい感じ》

 彼女は照れたように振り向いたはずだ。両の手に残る感触を惜しむように、身体で始めて感じた感動を惜しむように、そしてその言葉をかけてくれた師匠を見上げた。

 《キット強クナレルカモト思ッタ》

 もう、モノトーンになっている記憶の中で、その一シーンだけは周囲になじむことがない。

2


 《弓…? ああ、今でも使ってるけど。あはは…膂力がないから、きっと弓を使う利点があっしの体に合ったと思うんだ。性に合う…っていうのかな。うん、今はそうね。ターラ拠点かな。場所としちゃ分相応だろうけど、結局のところはマ=ドゥラスに行くわけでもないしね。未だにチャクラなのさ。結局のところそれ以上のステップに上がれなくなっちゃったんですよね。装備だけは立派だけど実力はさっぱり。これは意識したくなくても意識しちゃうよね》

 モノトーンの風景からさほど時は経っていないのだが、その体つきと話し方。何よりその手の中にある感触を確かめる仕草が大きく変わっている。彼女の持つ弓は大きく質を上げ、そしてその弦を引く腕も、狙いをつける瞳も得た。

 《そう、師匠と同じギルドにほんの一瞬だけど参加してたんだ。うん、皆…弓で身を立てようと頑張ってたね。弓じゃなくて片手使いもいたけど、みんな体力には自身のない連中ばかりだった。でも、その中で何ができるかをずっと考えていたのかもしれない。そしてみんな…それぞれに単独行動を好む傾向にあったね。何でかね…》

 戦乙女が大半を占めるギルド。彼女はそこで戦乙女の戦い方を学んだという。

 《弓使いって一人で好き勝手に振舞えるし、何より昔は本気で強くなれると思えたんだよね。その点がすごくあっし向きだった。頭使った気になれて、単独行動で帳尻を合わすこと自体が楽しかった。師匠や同僚を見ると同じところで同じように狩ってても…2万~3万近く稼ぎに差があったんだ。追いつこうと思ったね。ろくでもない奴と組むと…あのころは一気に赤字だったし、一人でもとんとんチョイ上程度だったし、PTだとクエスト報酬でPOT選べないんだよね。いろいろと人数が多くなるとカッタルイ面も出てきちゃってるのも見たしね。仮にも、職業としての弓使い…職業としての冒険者ならば、収支の会わない行動はしないもの。一人での行動が苦にならない…のはそのころのせいだと思ってるんだ》

 そうして彼女は笑った。その手の中にある感触を確かめる仕草は、記憶の中のそれとは大きく変わっている。

3


 《弓使いであるだけで、PTを断られた事があったな。今でも断られる事あるね。その断りの背後にある部分はだいぶ変わってきてるけど。ずっと、一人でやってきたもんだから、今更居場所がないなんて嘆いてもしようがないんだけどね。バインドのかけ方にしても、デドリを合間に撃ち、更に背後の敵をバインドの範囲内までおびき寄せる立ち回りも、良く見ると一人一人に癖があるんだ。師匠や周囲の動きを観察して本気で盗んでアレンジしようと思ってた。だから…その意味ではPTに入って得るものなんてないと思ってたんだ。まだまだ遠くが見えないくらい広がってたから…そこにたどり着こうと躍起になってたんだよね》

 時折、弦の張り具合を確かめるように指で弾く。その度に空気が僅かながらに震える。

 《一人で出来る…っていうのが、辛いことだなんて思ってもなかったんだ。モートゥースにしてもアンテクラにしても、弓だと極論をいえばLV15から一人で倒せるんだよね。つまりは…飛び道具さえ何とかすれば、どんどん先に行けちゃう。体力? そんなことはあまり深刻に考えなかったさ。如何に先に進んで、そこでバインドの立ち回りを上手くやるか、そして有利な体制に持っていくか。それが頭の中にあったんだ。他の人に先んじてそれが出来た時期は…馬鹿馬鹿しいからPTに積極的に入ろうとしなかったし、また向こうも誘ってこなかったよね。弓は一人で先に行ってバインドで固めて一人で片付けちゃってるんだから。前衛のタゲ取りにも期待してなかったし、先に打ち落とせば良かったんだもの…すっごく自分勝手だったと思う。一人でやってたんだろうね》

4


 ところが、その後彼女に一つの転機が訪れた。

 《たしか、この大陸での連続殺人事件だったかな。そういったものがあって…ようやく初めていろんな人と話をする事を覚えたんだ。その前々から街の中では商売をしてたこともあってね。弓という職のストイックさに少々疲れてた部分もあったかもしれない…そして、いろんな人とPTを組むようになったんだ。ただ、ちょうどその頃から絶対的な体力不足が見えてきた。先に進もうにも進めない。一人で進める範囲を越えつつあったんですね。上手くすれば乗り越えられるはずの始めの壁を乗り越えられなかった。師匠とかはそれでもまだストイックに一人での挑戦を繰り返していたりしてたから。それを考えると自分が甘かっただけなのかもしれない》

 エゴイスティックに生きて前を見ていた彼女にとって、仲間とは何だったのだろうか。

 《一人で進もうとしていた動きと、何かの役割を期待されて動く動きとは、全く違うんだ。当たり前だけど。そして徐々に多職が力をつけてくるのと、一人で歩く弓としての壁が近づいて来て、他の職に追い越されていく。ちょうどその関係がクロスする位置にいたわけだから…期待されている面での動きを辛うじてこなせば、なんとか周囲との関係を保っていられた。一度得たものは、両手に握ったものは放したくなかったね》

 しかし、彼女の成長の度合いは、ここで大きく停滞する。仲間を遅まきながら得て、その仲間と共に歩む心地よさを学んだというのに。

5


 《マイヤー島かな。あっしはかなり遅くに渡ったんですよ。そしてあんまり向こうに滞在する事をしなかった。行けば行くだけ資産が減っていくし、正直ろくでもない場所だなって思った。一人で行く事を一瞬忘れちゃってたから、そのカンを取り戻すのにも思いのほか時間がかかった。仲間と共に行動する場合でも、立ち回り方が中途半端だったから、迷惑をかけてる実感もあった。それならば、いっそ楽なところで一人でいた方がいいなと》

 そして、そのスタンスを彼女は続けていくことになる。

 《マイヤー島はストイックになるにはちょっと辛いんだ。今になってもね。周りにいる連中も、ちょうどあっしの腕クラスの弓が、島での狩りにはそんなに役に立たない事を知ってる。だからPTの声もなかなかかからないし、こっちから入りにいって断られたこともある。顔見知りならともかく、そうでない野良の人にもかなり断られたね。それは充分にあの島で承知させられた。冷静に考えれば戦力にならないのを入れても仕方ないんだ。だから、一々断られるのもかったるいし、島にはいい思い出らしきものはないね》

 ここで、彼女はがむしゃらに進む事をやめ、自らに制限をつける。安心という枷は徐々にその身を蝕んでいく。だが、彼女はその時点では気がついていない。

 《まだ、自分のあとに…あの頃は弟子もいたかな。そしてギルメンと行動するという名分もあった。だからターラやチャクラでも問題なかった。一人でいるという満足と仲間が要る安心。この双方を満たすべく自分の我侭を通していた。すっごく気が楽だった》

6


 そうして、辛うじてバランスをとってきた物語は破局を迎える。彼女は弓使いであることの最終的な壁にぶつかることになる。

 《アイドラ討伐の話が盛り上がったんだね。これは行ってみるかと思ったんだけど、行ってみて驚いたね。10回以上気を失ったんだ。さすがに、あれは初めてだった。もう馬鹿馬鹿しくて声すら上げられなかった。もう、宿に帰って弓を叩きつけました。弓も床の上を弾けて、弦が切れて…あれほど情けなかったことは無かったね。一人でやってきた今までは何だったんだろうって。あくまでも一人で何かに挑戦している…っていう錯覚があったからやってこれたんだもの》

 彼女は、少ない財産の中から浄化薬を取り出して飲み干したという。今まで培ってきた弓使いとしてのプライド。何かしらでありたかった。強くなれるかもと思ったそのときの記憶のために。

 《一人で今までやってきた事。そのプライドを捨てて、体力の増強に努めたね。今まで装備していたものも方向を変えた。今までは気を失うことが当たり前でやってきたけど、そうでない方向に持っていったんだ。幾度かアイドラの討伐にも、なんとかその後参加はしたけど、結局のところ気を失って帰ってきた。そして、結局は…何も残らなかった。今までやってきた方向性も、土壇場になって足掻いた方向性も無駄だった。どこを向いてもなにもないし、どこにもいけない。なまじ浄化薬なんぞに頼っちゃったから、戻れない自分の身体だけがここにある。正直シラけちゃった》

 未だに彼女はターラ周辺からめったに出ることはない。彼女の力からすればそれも止むなしであろう。一度身につけた枷からは逃れる事が出来ない。己の身体を蔑ろにした者は、己の身体に復讐をされる。それを悔いても始まりはしない。

7


 彼女は何故エゴイスティックであり続けたのだろうか。

 《結局、自分でプライドを持っていないとダメなんだ。アイドラ討伐には参加したいけど、死んでばっかりな自分が許せない。先頭切って掛け声をかけるわけじゃないけれど。最低限、気を失わない、そしてある程度の力を持ち攻撃すること。その二つを己で満たさない限り、行く気になれないんだね。普段両手の人もボス時だけ片手になるっていう人がいるでしょ。あれはずるいと思うんだ。仲間を守る名分で片手になるなんてのは、自己欺瞞でしかないし…そういう使い分けをするのは違うと思う。あっしの考えからすれば、それはNoですね。弓は死ぬまで弓だし、両手は死ぬまで両手でなくちゃ。そうでなくちゃいけないと思う。あっしが片手になって盾持って短剣で突っ込んだらみんな笑うでしょ。それは…戦乙女が仲間に対しての能力を持たないから。死なない為の…報酬を得たいが為のエゴだって事がバレバレだからですよ。それをするくらいなら、弓を折ったって良いんだ》

 誰も意図して彼女のプライドに刃を向けているわけではない。しかし彼女は現にそのプライドを傷つけられている。それは彼女自身のプライドが己に刃を向けているだけ。

 《騎士でも戦士でも魔術師でもそれは同じだよね。己のプライドがそれを許さないんじゃないのかな。普段両手職なら…素材手に入れるときも両手でなくちゃ。だから、結局あっしは弓でいるだけなんだよね。最後に残ったのはそれだけかな。しんどいと思うことばっかりだし、アホみたいなプライドだと思いますけどね。今までそういった想いを抱いてきたんだし、人はプライドを保つことによってのみ生き続けていけると思ってるのさ。どういう持ち方であろうと、そのプライドを他者にどうこうされたくないしね》

8


 彼女の記憶の中の言葉。それを今問うてみた。

 《強くはなれなかったと思ってます。シラけた時点で脱落ですからね。勝負の世界には不向きだったんだと思いますよ。何者かであり続けることも出来なかったし…。また、何者かであり続ける努力をあっしはしなくなっちゃったから》

 Taite。STA寄りの弓使い。LV70。
 主人公になれず、強くはなれなかったが、未だ弓使いとしてこの大陸にいる。


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