トラウマ



 私は小学6年生だった。

 私の通っていた小学校はその頃、班活動が盛んだった。
 私はクラスでちょっと落ち着いていたためか、班長、あるいは副班長に推薦されたりしていた。

 そのとき、確か私は副班長で、班長は学級委員つまり議長だったので、私が班の意見をまとめなければいけない立場にあった。議題は忘れてしまったが、話し合い活動をすることがあった。そこで、私はうまく話し合いを進めることが出来ずに、発表の時間がきてしまった。

 一緒に組んでいた彼に、みんなの前でなじられた。「副班長のくせに、なんも話し合い進めてない。何やってんのよ!」どういう言い方だったかは判らない。なんだかそんな言い方。

 それから私はかたくなにリーダーになることを拒否し続けた。
 話し合いの中心にはなりたくなかった。

 中学校の3年間も。

 3年間担任だった先生にも放課後呼ばれた。
「どうして副班長にさえならないのか。」
「みんなが推薦してくれているじゃないか。」
「推薦と言うことは、みんなが認めていることだ・・・。」
うんぬんかんぬん・・・。

 先生、私は、みんなの意見をまとめることは出来ません。
 まとめるって、どうやればいいんですか?
 いろんな意見が出てきて、私は混乱してしまいます。
 私にはみんなを納得させるだけの力がないんです。 
 ほかの人よりちょっと言葉を知っていても、それを使い切ることが出来ません。
 人をひきつける言葉遣いが出来ません。
 わたしはもともとそのウツワがないんです。

 今もその時の気持ちはうまく言えない。

 ただ、

 「私には無理です。6ねんせいのときのせんせいにきいてみてください」

 そう言った気がする。
 「つらかったんです」
 最後までいえなかった。

 「何やってんのよ」
 そう言った彼と会うのが怖かった。
 彼は相変わらず、別のクラスの代表として前線に立っていた。

 中学3年間、私はいわゆる縁の下の・・・・・・それでよかった。
 班員としては、可もなく不可もなく。害のない人間だったようだ。

 数年後、彼と偶然プールであった。
 鳥肌が立った。

 今も私は職場で、議長をするときには緊張する。
 報告で終わるものならば何とかこなせるが、みんなの意見を吸い上げて、引き出して、まとめることが出来ない。 ・・・出来ていないと思う。
 私が議長でなければ、もっと話し合いが膨らんで、良いものが出来るだろう・・・・。そう思う。

 難しい話し合いは、まとめられない。
 みんなが何を言っているかが判らない。
 あせる気持ち、流れる冷や汗。感じる鼓動。
 そして決まって聞こえる、胸の中。

「何やってんのよ・・・・・」

 私はこの仕事を続けていていいのか?
 時々迷うことがある。


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