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スペイン最後の宿はHostel M Torresここはバス・トイレ共同ながら、24時間常駐しているスタッフさんが常に清潔に保ってくれているお陰で気持ちよく過ごす事ができますそんなスタッフさんに空港第2ターミナルまでの移動方法を聞くと、ス「色々な可能性があるけど、実は歩いて20分ちょっとで着いちゃうんだよ 僕はいつも空港まで散歩しているよ」とのことスーツケースを引きずる必要もないし、今の我々には20分なんてオチャノコサイサイヘノカッパ朝6時のフライトに備えて、3時20分頃宿を出ます空港お膝元の街とはいえ、さすがにこの時間は車の往来もごくまばら空港までの道も複雑ではなく、スムーズに歩きます本当に20分足らずで飛行機のすぐ横まで来ました!出発ロビーに行くと、早朝ということもあってか、まだ充分にカウンターが空いていないせいで長蛇の列!1時間ほど待つことを覚悟しましたが、40分程で急激に渋滞解消いざ自分たちの番が来ると、チャキチャキした職員さんがバックパックにきつく刺してあったトレッキングポールを見て、職「これではポールが抜けちゃうから、向こうに行ってしっかりパッキングしてもらってきて 終わったら列の如何に関わらずここに直接来て構わないから」特殊なフィルムで荷物をぐるぐる巻きにする梱包サービスのことですね実際に行ってみると、まだ営業前で機械を動かせないということで、バックパックのあらゆる紐やベルトでポールを縛り付けて、ようやく荷物を預かってもらえることになりましたさてこの日のフライト予定は、まずKLMでオランダ・アムステルダムに飛び、そこから香港→札幌というもの飛行機までのバス移動中にやたらとレトロな塗装のルフトハンザに遭遇無事に飛び立ち、しばらくして出てきたワッフルが美味しかったな…飛行機が空港に向けて降下を始めると、オランダらしく海上に無数の風力発電団地が運河も見えてきました無事定刻にスキポールに到着空港のロビーで次のフライトまでの時間をゆったり過ごしていると、突然キャセイパシフィックから一本のメールが「ご搭乗予定の便は運航機材の予定外の整備作業により遅延となります…」おいおい…!しかも本来12時20分発の便が17時30分になるというそうなってくると当初乗る予定だった香港から札幌の便にも乗れなくなるわけで、この後どうなるんだ?初めて経験するパターンに少し頭がパニクりそうになるのを必死に抑えて、まずはキャセイのチャットサービスに問い合わせそこで出てきた答えは「申し訳ございませんが、現地でご自身でキャセイのカウンターにて御手配下さい…」さいでございますか…というわけで一旦「入国」して、出発ロビーにあるキャセイのカウンターへそこで提示された新しい旅程は、17時30分にアムステルダムから香港に向かい、そこから羽田経由で新千歳空港へ飛ぶというもの最初のプランでは新千歳空港に15時20分に着くはずだったところ、新しいプランでも同じ日の23時過ぎには着くということで、ホッとひと安心しかもキャセイの「過失」ということで、2人の飛行機チケットに、それぞれ14.95ユーロ分×2口のバウチャーがつきましたただ昼の12時までに使わなければ、1口になってしまうという謎ルール…とりあえず気分転換に一瞬空港の外に出て、チューリップとオランダの空気を堪能ついでに無駄に空港駅のホームまで行ってオランダ鉄道にご挨拶そして急に約60ユーロも手に入った事に浮き立つ心を抑えつつ、意気揚々と空港内のスーパーへん?そういえばこれはどこでも使えるの?そしてお釣りはもらえるの?そんな疑問を持ちつつ、いくつかのパンを買ってお会計でバウチャーを出すも、「これはここでは使えません」 どうやら空港内の飲食店でのみ使えるようですだからここぞとばかりに香水や化粧品も買えないわけですねそうなると逆に17時30分までに60ユーロも使い切れるのか…(別に使い切る必要もないのですが…)とりあえずもう一度「出国」してバウチャーツアーへとにかく出発時間まで十分過ぎる時間があるので、空港内を端から端までくまなく歩きますそんな中まず13ユーロ(!)のサラダを購入その後オランダ料理の店に入り、コロッケを注文そこで知った事はバウチャーで会計するとバウチャー1口未満の価格の際お釣り分も含めて消化されるという事例えば5ユーロの会計でバウチャーを使うと14.95ユーロ分消化されるという事でした。なかなか複雑なルールがあるようです…頭を整理させながらコロッケを食べていると、またキャセイからメールがあり、「お客様がご搭乗予定の便が欠航になりました」はぁぉぁぁぁ⁉️マジですか…しょうがない再度「入国」入国審査官に入国理由を問われ、疲れた顔で「飛行機のキャンセルだよ」と告げると、同情に満ちた表情で通してくれましたこの一件でだいぶパスポートのスタンプを稼ぐ事ができましたよ😅先程お世話になったキャセイのカウンターに行くも、閉まって誰もいないその付近にいた空港職員さんにどこに行くべきか尋ねると、「スイス・ポートに行きなさい」とのことなんじゃそりゃ?教えられたところに行くと、カウンター越しに2人の職員さんがいましたた「あのぅ、乗るはずの便がキャンセルになってしまいまして…」🇨🇭「はい、それでは新しい飛行プランを作成しますねね」そこから30分のうちに、飛行機会社がキャセイからブリティッシュ・エアウェイズに変わり、経路がアムス→ロンドン→羽田→新千歳となりましたしかし出発は翌朝…と思っていたら🇨🇭「次はホテルを取りますね」担当の方は隣の職員さんと🇨🇭「明日は朝早いから空港近くじゃなきゃダメよね…あぁ食事も朝晩2食つけないとね…」とか話しながら、ホテルと交渉、予約までしてくれました要するにこのスイス・ポートという会社は、航空会社の代わりに緊急対応してくれるところなんでしょうね…我々が待っている間にも、隣のカウンターに次々とトラブルに見舞われた人々がやってきていましたが、その職員さんは、半狂乱になっている人にさえも冷静沈着に対応していて、心からカッコいいと思いました!最後に🇨🇭「航空会社が変わったので××に行って預けた荷物を引き取って下さいね」お仕事とはいえ、親切で完璧な対応に感服しましたよ!しかしオケの仕事復帰までの日程に余裕を持たせておいて本当に良かった😮💨さて預け荷物を取りに行きつつ、途中の飲食店でバウチャーにあといくら分残っているか聞いてみると、何と金額が増えている!どうやら該当飛行機のさらなる遅延やキャンセルとなってしまった場合、自動的にバウチャーも追加されるシステムのようで、今回は1人あたり3口バウチャーが付与されていました2人合わせて90ユーロ❗️いやぁ何だか申し訳ないねぇ😎とりあえずスタバで高級商品を頼む!スタバなんていつぶりだろか…ただこれ以上呑み食いするとホテルの夕食が食べられなくなるので、プロテインバーや缶ビールなどを買って、無事ほぼ使い切る事ができましたキャセイさんごちそうさまでした🙏この後手配されたホテルへ久々のibisです夕食も翌日の朝食もバイキング形式でとても充実していましたフライトの方も、定刻でロンドンまで飛び、久しぶりのヒースローの巨大化に多少ドギマギしながらも乗り継ぎに成功し…2度の機内食を堪能し…羽田で一旦荷物を取り出してJALに乗り換え、多少遅延があったものの新千歳に降り立ち、昼過ぎに無事札幌の我が家に戻る事ができました今思えばあの遅延→欠航騒ぎも予期せぬボーナストラックでしたね改めて、安全に帰ってくる事ができたことに心から感謝です次に巡礼路に行くまでの間に世界の緊張がいくらかでも良い方向に進んでいることを祈っていますというわけで今回のスペイン巡礼編完結ですお付き合い頂きありがとうございました!
May 4, 2026
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前日までに無事長い距離を歩き切り、宿のスタッフと巡礼仲間との温かい交流を終えて、満ち足りた気持ちで床に就いた我々夫婦しかしながら翌日は朝7時すぎの電車でマドリードに移動するということで、起床は5時半忘れ物のないように身支度をして、寝ている修道女を起こさないように、静かに食堂へ本来は7時から朝食開始でしたが、早く出発する巡礼者の為に、前日の夜から食事が準備してありました私たちが朝イチかと思いきや、数日前に会った台湾人のマダムがちょうど出掛けるところでした彼女はこの宿もお気に入りだったらしく、マ「ここはこの巡礼路全体で最高の宿の一つよ」とのことでした実際に泊まってみて心から同意できる気がしましたよさて7時12分発の電車に乗るべく6時45分頃宿を出ます2年前の巡礼の時もそうでしたが、ゴールに着く前に帰らざるを得ないことは、なんとも切ないです駅舎内はとてもシンプルなかなかおしゃれな駅名看板ですねなんとこの駅を出る便は、1日たった8本!やはりスペインは鉄道ではなく、バス文化なのですね!初のスペイン鉄道は、意外にも定刻に入線してきました!最近はドイツ鉄道が全く時間通りに動かないようですが…😏早速乗り込みます指定された席に座り車両内を観察Wi-Fiこそ無かったものの、トイレもとても綺麗で、期待を上回る快適さでしたよまた中距離列車ということもあってか、最高時速153キロというなかなかのスピード途中バリャドリードを経由し、美しい渓谷を抜けていきますそろそろマドリードかな、という頃になっても高いビルディングが見えてこないそれどころかローマを思わせるような松林を抜けていきます落ち着いた街並み結局定刻より10分ほど遅れて11時35分頃、マドリード・プリンシペ・ピオに到着です自動改札機がありました地下鉄のホームも駅舎には「北駅」とありましたさてこの日の予定は、市内の有名どころをピックアップしつつ、プラド美術館でまだ見ぬブリューゲルの作品に会いに行こうというもの駅前には大きな聖ヴィセンテ門王宮裏の大庭園王宮を裏から眺めるさすが王宮敷地内の屑入れバナナの皮なんて捨てられませんな…王宮の正面に向かう道すがら、間違って足を踏み入れてしまった公園にあった銅像のモデルが何とボッケリーニ!いま調べてみると、「イタリア・ルッカ生まれの彼は、26才からマドリードの宮廷に仕え、華々しく活躍したものの、晩年は失職して貧困と忘却のうちにこの世を去った」とかボッケリーニさん、あなたは永遠にクラシック界のアイドルですよ!アルムデナ大聖堂王宮!どのお部屋に王様はいらっしゃるんでしょ?テアトロ・レアル裏同正面サンティアゴ広場にある教会この場所こそマドリードから先程までいたサアグンまでの巡礼路、カミーノ・マドリードの起点となりますまさにその時、巡礼者と思しき男女2人組と遭遇どうやらニュージーランドから来て、この翌日からカミーノ・マドリードを歩き始めるというくれぐれもブエンカミーノです!サン・ミゲル市場の横を通り、一路プラド美術館へさらに20分ほど歩いて美術館に到着!この後この修学旅行の生徒たちの集合写真を頼まれるという大役を仰せつかりましたゴヤの像や何だか笑っている彫刻に迎えられ、チケットを購入し、ほぼ待たずにスムーズに入場厳重な金属チェックをくぐり抜け、バックパックを預けて、さぁ鑑賞タイムゴヤやベラスケス、エル・グレコなどのスペイン画家の多くの作品やフランスやベルギー出身の画家の傑作を見てまわりますしかし広い!一番長い通路は100メートル近くあったんじゃないでしょうか?この規模の美術館あるあるで、偉大な作品が多すぎる上に、歩きすぎで足が棒になってきて、だんだん感動が薄れてくる 歩くだけだったらそれまでに散々足を使っていたんですけどね…😅結局2時間ほどでギブアップ〆にお目当ての「死の勝利」どんな階級の人にも死が訪れる当時ペストが流行した時に「メメントモリ(死を記憶せよ)」との警句が言い習わせるようになった頃の作品だそうです疲労と充足感半々で美術館を出ますそこから10分ほど歩いたところにあるバス停から出るバスで空港へそこでバスを乗り換え、一泊ひとり4000円のユースホステルへ宿に着く前にスペイン最後の食事やはりたぢお的には前回同様ケバブで締めたかった!最高に美味かったっす!そんなこんなでスペイン最後の夜は更けていきました💤ちなみにこの日の歩数は21,364歩🥾翌日のフライトは朝6時です…
May 1, 2026
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4月6日巡礼最終日の朝7時30分夜明け前の空には、不思議な光の環と赤い柱が立っていました惜別の思いを胸にストレッチいよいよ出発ですこの日はサアグンまで21.33キロ歩きます奥方もいつの間にか一歩一歩が逞しくなってきましたこれ何年かかってこの大きさになっているのかなぁいつの間にかアヴィアヤさんと合流しました彼女は次の村レディゴスに入るなり、ア「私はここから電車に乗ってサアグンに行くわ」え?この村に鉄道は通っていないような…まぁいいやゆっくり行きたいんでしょう…彼女を村の空いているバルまでお送りして、こちらは先へ進みます何だかまたサアグンで会う気がしたんですよね…😌また荒野の始まり…テラディリョス・デ・ロス・テンプラリオスを通過次の村モラティノスに入ると不思議な洞窟だらけの丘が見えてきましたこれはワイナリー跡地のようです…さらに1時間ほど歩いてサン・ニコラス・デル・レアル・カミーノに到着ここでブランチタイムですここのボカディージョはとてもボリュームがあって、尚且つ美味で最高でした!ここの子供たちはとても素直で「ブエン・カミーノ!」と元気に挨拶してもらいましたよ再び出発し、村を出ようとした時に何やら大きな音楽を流しながらゆっくり走ってくるワゴン車がよく見ると移動図書館でした!こちらにもそういう文化があるのですね!いよいよ次の街が終点、サアグン最後だからと、300mほど余計に歩くことになろうとも自然の道を選ぶサアグンが見えてきた…一度通り過ぎてから何となく気になり、戻って撮った一枚実はこのポイントこそ、ロンセスバリェスとサンティアゴ・デ・コンポステーラの中間点だったようです撮れてよかった…!この後サアグンの街に入って行くわけですが、あるパン工場を歩いていた時のこと奥方が黒い車を見て「あ、あ!」とそちらを見ると、誰も乗っていない車がふらーっとゆるやかな下り坂を動き出していました咄嗟に車を止めにかかると、意外と一人で支えることができましたただこれを離してしまっては、このまま目の前の電柱にぶつかってしまう奥方にパン工場の人に助けを求めるよう依頼奥方の声が聞こえてきます最初は英語で嘆願するも、相手が動かないとみるや自然とドイツ語にスイッチ!その熱意が伝わったのか、工場内から5人ほどの男たちが出てきてくれて、タイヤの下に大きなブロックを敷いてくれ、ようやく重荷から解放されましたどうやらサイドブレーキが勝手に下がってしまったのか、エンジンのかかっていない状態で自然に動き出した模様しかし残念ながら工場内にはこの車の所有者はいなかったようで…あの後どうなったんだろうなぁ…しかし奥方の必死の訴えが無ければ、あたしゃいつまで支えていたんだろうねぇ…ありゃ!あんな高いところにも貝殻マーク!パンプローナで見て以来、久しぶりに出会った闘牛場!バルに通りかかったところ、リッカルドとゼンが別々にランチ中それぞれと長い別れの挨拶を交わしましたそして13時30分頃、最後の宿サンタ・クルスに到着受付ではウェルカムドリンクがあり、宿の「しきたり」の説明 結構忙しい!もちろん参加するかしないかは自由ですが…しかし館内はこれまでで一番豪華な造りでしたチャペル中庭も素敵です実はこの建物は修道院で、巡礼客と交わらないところに修道女さんたちが住んでいるそうですこの後17時からのコーヒータイムで、巡礼者同志の交流があり、18時30分からのミサに与りますしかし平日の夕方だというのに、満席!あるおじさんが自分達に席を譲ってくれただけでなく、自らはずっと立っていました何と親切なセニョール!20時からはシェアディナー参加を表明すると、それぞれ自分が食べたいものを買ってきて、あるいは作って、みんなで分け合って食べます我々担当は生野菜サラダ 食卓にはドイツ人2人と、やはりまた出会ったアヴィアヤさん(おそらく🚕移動)、神父さま2人、アメリカ人のオスピタレイラ、スペイン人のスタッフ2人と我々という大世帯美味しかったし、楽しかった!ところで後ろの方に世界地図があるでしょう?三沢に住んだ事のあるオスピタレイラから「あなたたちの出身地にそこにあるピンを刺しておいて」とのお達し誰も刺していないだろう、と意気揚々と札幌のもとに向かうと、既に一本刺さっている!どなただろう?いつかご縁があったらお会いしてお話ししたいものです!この後チャペルで寝る前のお祈りの時間があって就寝の時ついに今回の巡礼全日程が終了ですこの日の歩数は41,961歩そしてエステーリャからサアグンの総距離は14日間で293.18キロでした!ほぼ札幌から釧路手前の距離!この期間中、特に大きなトラブルや怪我もなく、歩き切れたことに本当に感謝ですあ、そうそう、初日にログローニョからエステーリャまでタクシーに乗っていきなり10キロ歩いたのですが、あの10キロが無ければ、この日にサアグンに着くことはありませんでした時と場合によっては思い切った行動もアリですねこれにて巡礼日記は終わりなのですが、「家に着くまでが遠足」とはよく言ったもので、今回はなかなかストレートには帰宅させてもらえませんでしたその辺りは番外編としてそのうち書きますねここまで自分たちの備忘録にお付き合い頂きありがとうございました!
Apr 30, 2026
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4月5日まだ暗い6時30分に起床何だか2時か3時頃に奥方と反対側の隣に寝ていたフランス人ぽい男性が荷物をまとめて出ていったような…やっぱイビキがうるさかったのかなぁ…真相は闇の中…同じ部屋には兵役前後と思われる韓国人の男の子2人、アヴィアヤさん、そして彼女と同じデンマーク人の男性この男性は、サンティアゴ・デ・コンポステーラまで着いて、また来た道を戻るという「逆打ち」、あるいは復路中とんでもない体力ですね!アヴィアヤさんも同胞と会えて嬉しそうでしたトイレに顔を洗いに行くと、ルークがツルツルの頭に泡をたくさんつけてカミソリを当てているた「もし聞いてよければ…どのくらいの頻度で剃るの?」ル「そうだなぁ、2、3週間に一回くらいかな。タカ、キミもやってみる?たぶん似合うと思うよ!😉」まぁ仕事辞めたらね…😅さてダイニングに朝食を食べに行くと、アヴィアヤさんから「私ちょっと風邪気味だからもう1日ここに泊まっていくわ」とのことた「おお、それはお大事にね!」と別れますさぁボチボチ行きますか!7時40分頃宿を出発しますこの日の目的地はカルサディージャ・デ・ラ・クエサ17.06キロの行程ですそしてこの翌日が今回の巡礼最終日となります😢今回の最終目的地を、マドリードまでの電車が出る、サアグンとしましたいまこれを書いていても切ない気持ちになってきますこの道に何の縁もない筈なのに、勝手に故郷のような心地良さを感じるんですよねーまずは目の前の道をしっかり2人で歩き切ることが最優先実はこの日の区間は、約6キロ先に移動式バルがあるものの、街は17.06キロ先までないというそれすなわち、トイレもないのですよ!ある程度水分摂取を抑えながらも、するべき時はどこでだってせにゃあかん…!いやはや鍛えられますなぁ!この日も沈みゆく月を追いかけるように進みます久しぶりにアイルランド人のゼンと会いました彼女には2人の息子がいて、仕事の関係で両方ともカナダに住んでいるとのことゼ「私たちアイルランド人と日本人は他の国と比べて慎ましやかだと思うんだけど、どうしてかな?」た「うーん、島国だからかなぁ」ゼ「本当にそうね」ゼ「あなたのオーケストラは何という名前なの?」た「札幌交響楽団だよ 素晴らしいオケだからいつか聴きに来てね!」ゼ「是非是非」とか何とか、いろいろ話していたらいつの間にかバルの前ゼ「私はここで飲んでくけどどうする?」た「ウチらは先に行くねー」実は休みたいのはやまやまなれど、ここで飲んだらトイレが…というか既にタンクは満水状態…!彼女と一緒では物陰に隠れるにも何となく気まずい…うまいこと離れますただその時歩いていた場所はひたすら真っ直ぐの一本道次々と巡礼者がやってきますしばらく彼らをやり過ごしたりしながら我慢していましたが、遂に後ろからの人影が途絶えるその間隙を突いて、茂みに飛び込む!ふぅ〜♨️いや、意外とね、みんなもそうしてるんです道端や茂みにはトイレットペーパーの切れ端がしばしば見られます🧻(まぁ自分の話ではないのですが…😏)貴重な日除け場サンティアゴ・デ・コンポステーラまであと400キロ!地平線の彼方へひとやすみおお、ついに街が見えてきた!12時半頃着きました!この日はもう一つ先のレディゴスまで行くというルークと別れの自撮り!キミのギターの繊細な音色は忘れないよ!宿に入り、シャワー、洗濯を済ませ、お昼ごはんこの期間で初めて、明るい時間からビールを飲みました!ところでこの宿の良いところは庭が広いこと!洗濯物を干すスペースもとてもゆとりがあり、ひなたぼっこにも事欠きません!台湾から来たマダムも「ここはもう4回目だけど、とても良い宿よね」…って4回目!?もう定年したのでトレーニングがてら、歩きに来るとかそんな老後も素敵ですね!そういえばこの宿でアヴィアヤさんと再会したんですあれ?風邪をひいたからカリオンにもう一泊すると言っていたような?と、宿の前を見るとタクシーが停まっているあぁ、そういうことですか!別に歩くだけが巡礼じゃない100人いたら100通りの巡礼方法がありますねこの日の午後はお天道様の下、スズメやツバメを見ながらゆーっくり過ごしていたら、肌が赤くなるくらい焼けてしまいましたさて夕飯の時間この宿では食事が提供されていないので、徒歩2分の違う宿に行って巡礼者メニューを頼みますひと皿目とふた皿目からそれぞれひとつ選ぶシステムもれなくキンキンに冷えた赤ワインとたっぷりの水が付いてくるのが嬉しい!奥方は赤豆とチョリソーのスープをチョイスこれだけでお腹いっぱいなるほどの充実感ちなみにたぢおはツナパスタふた皿目はステーキとポルトガル風フィッシュをチョイスデザートは7種類の中から選ぶことができましたちなみに奥の黄色い服を着た韓国人の彼は大の日本好きで、日本語を流暢に操る上に、「僕は秋田美人の彼女が欲しい!」んだとか…😃大満足でした!食後、急に貧血になってしまった奥方とえっちらおっちら宿に戻ると、玄関からギターをつまびく音が…なんとアヴィアヤさんとオスピタレイロが即席音楽会を開催していました!まさにセレナーデ!ギター弾けるって本当にいいなぁ!一旦寝床に行くも、まだ「音楽会」が続いていたので最後まで鑑賞して、満ち足りた気持ちで宿のまわりを少し徘徊そこへ地元の猫ちゃんがたそがれに来たのでお付き合いこの日の美しい夕焼けは一生忘れることはないでしょうこの日の歩数は32,062歩無事に歩き切れたことに感謝翌日は巡礼最終日です
Apr 27, 2026
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4月4日この日は6時30分頃起床フルーツジュースとバナナをお腹に入れて、7時15分頃に出発ですライトアップされたオシャレなデザイン!この日はカリオン・デ・ロス・コンデスまで18.41キロの行程いつもより少し短めですねピンクベースの看板は春らしくていい!朝焼けの中歩いていると、後ろから追いついてきたのが、デンマークから来たアヴィアヤさんこれまでちょくちょくお姿は拝見していたものの、お話しするのは初めて彼女は父親がデンマーク人、母親がグリーンランド人という「ハーフ」(同じ国ながら)だそうで、グリーンランド語を話し、教える事ができる貴重なデンマーク人、ということのようですとても語学に堪能で、母国語であるデンマーク語、グリーンランド語の他、英語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、フランス語を操って各国の巡礼者とコミュニケーションを取っていましたそういえば2度目の朝食を取ろうと入ったバルで、さかんに自己アピールに勤しむドイツに住むイタリア人が、さらに自分の語学能力を振りかざし始めた途端、アビアヤさんがその全ての言語に対応し、口あんぐりそこにロシア語まで御披露したから、彼は顎が外れんばかりに驚いていました…!彼女は音楽にも興味を持ち、ラフマニノフが好きとのことすると突然グリーンランドの民族音楽を力強く歌い出す!その体から発せられるパワーの凄まじいこと!かと思えば、「うーえーをーむーいて あーるこーーう」と日本語で歌い出すから、こちとら本当に驚いた‼️デンマークで教えていた日本人に教えてもらったとのことしかし歌詞まで憶えているなんて、頭の中はどうなっとんじゃい?お次はフィンランディアメロディーを口ずさみ始めて、「あ、この先どんなんだったっけ?」そこでこちらが助け舟を出すと、一緒に歌っちゃったりしてまさか巡礼路で誰かと歌う事になるとは思わなかったなぁそのままシベリウスのフィンランディアの歴史的背景について話したり、例のトランプによるグリーンランド買収未遂の一件について彼女の見解を聞いたり…ところで、途中のポブラシオン・デ・カンポスという街から道がふた手に分かれ、一つは短距離でひたすら自動車道の横を歩く道、そしてもう一つは少し長距離でひたすら自然の中を歩く道があり、我々はもちろん自然の中を行く道を選択話に夢中で写真を撮りそびれてしまいましたが、道沿いに小川が流れ、小さな花が咲きほこり、そこここで鳥がさえずり、まるで天国みたいだなぁと思っていたら、アビアヤさんがボソッと「ここ天国みたいね…」ア「グリーンランドでは人が集まって5分間何も喋らなくても通じ合えるのよ」…何だかスゲェ一行はいつの間にかヴァリャルカサル・デ・シルバに入ってきました聖堂で静かな時間を取り再びバルで栄養補給こちらに来て初めてのイカリングボカディージョそこでまた衝撃のひと言ア「私は普段グリーンランド語の教師をしたり、シーズン毎に様々な仕事をしているんだけど、実はバンドもやっているの」と見せてくれた写真には、なかなかヘビメタなお姿が…!とにかく振り幅がすごい!どうせならここでランチすれば良かったかな…さぁカリオンまであと6キロ!しかしこの6キロが辛かった!ほら、以前も書いたように、日陰の無い上りも下りもないひたすら平坦なまっすぐな一本道ほどタチの悪いものはないのです…制限速度90の看板がちょっと腹立たしいというか…そんな中、いつの間にかアビアヤさんに置いていかれてしまいましたまぁまた会うだろうと思い、お互い特に挨拶もせず…この日も赤帽さんがどこからともなく現れて、一歩一歩進みますそしてやっとの思いでカリオンの街に入りました宿に着いたのは15時頃オール一段ベットでしたここにはアビアヤさん、レイ、ルーク、リッカルド、ボクジュン他、顔馴染みオールスター勢ぞろい奥方には休んでいてもらって、旦那は聖マリア教会でのコンサートへ内容は歌あり、オルガンありの豪華なモノしかもこれを全部1人でやってるから驚いた!残念ながらこの日は手一杯ということでフルートの演奏はありませんでしたが、10人足らずの観客の為に、一生懸命演奏してくれた彼を見ながら、ドイツの浪人時代に教会で弾かせて頂いた時のことを思い出しました…つづいて朝食の買い出しにスーパーへいろいろ物色していたら、やはり夕飯も自炊したくなり…結局冷凍ピザとたっぷりサラダにしました!(冷凍モノとはいえ自炊です❗️)やはりねぇ、外に出てわかるのは、葉っぱの重要性お腹のお通じが全然違う!もう若くはないです…そして再び奥方を宿に残して、20時からのミサへ先程のコンサートと同じ教会へ行くと、ボクジュン、韓国人のおじさま、韓国人の親子、そして大和市に住んだことのあるというイタリア人のおじいさまと一緒になりましたここの神父様はなかなか情熱的なお方で、自らかき鳴らすギターで聖歌を歌っておりましたそういえば長野の幼稚園のスペイン人神父兼園長先生もミサ中にギターを弾いていたなぁ ミサが終わるとみんなで「復活祭おめでとう!」聖堂では甘いワインとお菓子が振る舞われていましたみんなで教会を出ると、やおらボクジュンが後戻り教会の外で毛布をかぶって寝ている人にコインを自分はヨーロッパでこういうシーンに何度も出くわしているのに一度もできたことがない様々な価値観のある中で、自分の正義に則って真っ直ぐ行動できる彼女を少しうらやましく見てしまいました…大部屋に戻ると、大半の巡礼者が夢の中奥方もとっても無垢なお顔で夢の中こちらも翌日に備えて寝袋の中へ💤この日は37,775歩でした🥾素敵な出会いに感謝🍀
Apr 22, 2026
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4月3日最近ブルーです…原因はもうすぐ巡礼リポートが終わってしまうから…歩く事はもちろんのこと、書きながら思い出すのもとても楽しい作業なんですよまぁ究極の自己満足なんですけどね…あと数日、一人でも多くの方に、カミーノ・デ・サンティアゴという素晴らしい巡礼路に興味を持ってもらえるようにやってみますね今回は巡礼後の番外編も期待を裏切りませんよー😅さて愛に溢れたシャンソン大会から一夜明け、晴れ晴れとした気持ちで6時30分頃に起床準備を整えて朝食会場へ昨晩夕食会場にはいなかった、おそらく南米系の女性が静かに食事していました挨拶するも、それ以上会話は弾まずまぁそういうこともあるね…食後はいつも通りしっかり日焼け止めを塗って、ストレッチなど準備体操をして、ペットボトルに水道水を満たして、さぁ行こう!この日の出発は7時40分頃数日前に夏時間になってからというもの、日の出が遅くなり、太陽に出会う前に、月が西に沈んでいくところを正面に見ながら巡礼路を進みます後ろを振り返ると、その月と暗闇を追いだすかのように、太陽の光が空を支配していきますこの日は朝イチでいきなり目の前の丘を越えなければなりません8時14分、東の空に太陽が姿を現しました宿から1時間、ついに坂を登り切りました早速美しい朝日を見ながら小休止です先に進むと息を飲むような広大な景色!そこでハッと思い出した!2023年の暮れに、洞爺湖町に住んでいるある音楽家御夫婦から送って頂いたカレンダーの景色にそっくり!このカレンダーは洞爺湖町のZERODAYというアウトドアショップが出しているものでしたが、このお店を経営している御夫婦も、過去に何回かこの巡礼路を歩いた事があるそうで、何回か近くを通った時にその時の経験談を伺った事がありました当時このカレンダーを見た瞬間に、なぜか涙が溢れてきて…その後、年明けの4月に1回目の巡礼に出かけたので、実際にこれが巡礼路からの招待状だったのかな、と思ってしまいますそしてついに2回目となる今回、カレンダーととても似た景色のところを歩いている…思わず後ろから1枚撮ってもらっちゃいましたよいやはや…何だか完全に自己陶酔の世界ですねごめんなさいね自分でも何でこのような感情になっているのかよくわからんのですよ…あ、そういえばこの日どこまで歩くか書いていませんでしたね!カストロヘリスから出て、フロミスタまで歩きます25.28キロといつもよりちょびっと長い行程ですさらに1時間ほど歩いて、ピスエルガ川にかかるフィテロ橋まで来ました先程の橋を境にブルゴス県からパレンシア県に入ったということかな?もう少し先にあるイテロ・デ・ラ・ヴェガという村でカフェブレイクそこのバルのマスター夫妻はロシア語っぽい言語を話していましたが、店の外にあった車のナンバーはウクライナどちらの出身だとしても、幸せに暮らしてほしいです…しかしこーゆー落書きは万国共通ですな!🙄さらに1時間ほど歩くとまた見晴らしの良いところに来ました少し前には初老の御夫婦が楽しげに歩いています(と、書いているまさに今、その老夫婦からメッセージが!巡礼路パワー恐るべし❗️)耳を澄ますと、何とドイツ語!声を掛けるチャンスを伺っていると、2人で写真を撮り出したすかさず奥方がドイツ語で「お撮りしましょうか?」老夫婦「おお、なんでドイツ語を話すんだ!」ナーイス👍ちゃっかりウチらのことも撮っていただきましたこの後すっかり打ち解けて自然と一緒に歩く事にご主人がヘアマン、奥様がエリザベート、ドイツ・ミュンスターから来たそうですミュンスターといえば、6年間住んだヘアフォルトからそう遠くない距離むしろミュンスターのオケにエキストラに行った事があります彼らはドイツ人とは思えないくらい、カラッと快活なタイプの方々なんでも2人はアマチュアコーラスグループで知り合ったそうで、とても音楽を愛していらっしゃいました!へ「ナニ、君たちはピアノとヴァイオリンで一緒に弾いているの?グループ名は?ない?それならel camino(道)はどうだ?」おお!なんかいいかも!他にも直近のコンサートの録音を聴かせてもらったり、人生で一番感動したコンサートの話を伺ったりしていたら、あっという間に時が過ぎていきました楽しい時って、いつどこでもそうですよね!13時頃にボアディージャ・デル・カミーノに到着 4人でランチブレイクコーラを奢ってもらったので、こちらはボカディージョをお返ししました昼食後は運河沿いをひたすら進みますいつの間にか、女性チーム、男性チームに分かれていましたへ「エリザベートはな、合唱団を立ち上げて指揮者として活躍していたんだ そこへ自分が入団して最初のコンサートが終わった後に彼女が来てな、『これでお別れではないですよね、また会えますよね』という歌を歌ってくれたんだよ」…ごちそうさまです❗️そして先を歩いていた女性チームに近づきながら大声でそれを歌う始末…エ「オマエやめろ❗️」こっちが爆笑しているとエ「タカが笑ってるってことは、オマエ言いやがったなー‼️」…いやぁ、ごちそうさまです‼️フロミスタに入り、いつかの再会を願いつつ、彼らと別れますそして16時頃、予約してあったアルベルゲに到着「ここのアルベルゲではドイツ語、ハンガリー語が通じる」とあり、奥方のために取ったのですが、肝心のハンガリー語担当の女性がちょうど母国に帰省中で残念賞それでもドイツ人のオスピタレイロが親切に対応してくれたおかげで快適な滞在となりましたシャワー、洗濯を済ませ、早速スーパーへ買い出しに行こうとすると、ちょうど受付を終えたレイと再会…ちょっと臭いた「昨日の廃墟アルベルゲはどうだった?」レ「ごめん、きのうシャワーに入っていないから臭いよね!でも思ったより快適に過ごせたよ しかもトイレが無いと思っていたら、夕食後に『実はあります 使える水の量が限られているから無いと言っていた』だって!」うーん、シャワーが無いのはキツイけど一回くらい経験してみてもいいかもなぁ…さてこの日は聖金曜日ということで、スーパーの開店時間が午後は5時から6時30分まで脚を休める奥方をアルベルゲに残し、早速向かいます本当は翌日の朝食を買いに行くつもりだったのですが、急に自炊したくなり、パスタ、イワシ缶、玉ねぎ、ニンニク、オリーブ缶、トマト缶を購入宿に戻って調理開始 なかなか上手にできましたよ!さすがにワインは飲みきれず、他の巡礼者に差し上げましたでもスペインワインがボトル3.5ユーロは破格です食後、20時からのミサに参列さすがにキリストが十字架に掛けられる聖金曜日のミサでは巡礼者の祝福はなく…ミサ終了後に2種類の山車が教会から外へ出て行きました聖歌を歌いながら1時間ほど街を練り歩いたようですその後その歌声は、自分たちの寝室にも聞こえてきましたというわけで、この日も素晴らしい出会いに満ちた1日となりました感謝ですね!この日は42,171歩!おやすみなさい💤
Apr 21, 2026
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4月2日おはようございます今回は久しぶりに10人部屋での睡眠でしたさすがに全員に挨拶がてら「ヘッドホン持ってる?」とイビキリサイタル宣言をするわけにもいかないので、奥方の助言を聞いて、口を閉じるテープを貼って、枕を抱いて横寝をすることを決断、実行してみましたしかし急に慣れないことをして充分な睡眠が取れるはずもなく、いつの間にか口テープは取れているわ、苦しさと暑苦しさでうなされるわ…おかしいなぁ、前回の巡礼の時は部屋中イビキとオナラの雨あられを経験したから安心していたのに…今回は総じてみんなおとなしい!昨晩も自分が迷惑をかけていなければいいけど…この朝の私たちの部屋の住民はみんなとても早起き6時前にはゴソゴソ起きだして、7時頃には我々2人と前日に知り合ったリヒャルトのみまぁこの日の宿も取ってあるし、ゆっくりマイペースで行きましょうところで今回あって良かったアプリが、ブエンカミーノとWhatsAppと翻訳アプリ例えば目的地が決まったら、まずはブエンカミーノアプリでその街の宿一覧をチェックして、宿を決めるちなみにこの日泊まる宿のページここからは直接ポチッて予約ができないし、WhatsAppを使って電話するほどの語学力もないただメッセージであれば、翻訳アプリを通したスペイン語でWhatsAppのメッセージ機能を使ってやり取りができる、というわけですいやはや、便利な世の中になったものです…😌まぁそのお陰で奥方がストレスフリーで歩ける訳ですから、感謝ですね!さて朝食を食べて7時40分頃、いよいよ出発です🥾この日は19.47キロ先のカストロヘリスまで向かいます朝焼けが綺麗です久しぶりに見たピンクの桜巡礼者の列ができてきました奥方の前を歩くのがアイルランド人のゼンプロカメラマンだそうです彼女とは巡礼3日目に「あんたたち大丈夫?」と声をかけられてから、ほぼ毎日のように出会っていますしかし話す英語と歩くスピードがとても速い!いつも一言二言話すと、つむじ風のように行ってしまいます10時10分頃、オンタナスという村に入ってきましたバルでトイレ休憩をして、先へ進みます何やら教会に呼ばれたような気がしたので入ってみると、ここも素晴らしい祭壇そして先程のゼンが一人静かに黙想していました邪魔をしないように外に出ますさらに30分ほど進むと、何やら岩場が多くなってきましたそこへまたゼンが追いついてきて、ゼ「さっきの教会はとても静かで雰囲気があって良かったわね…この辺はアイルランドや私の親戚のいるウェールズの景色を思い出させるわ…アイルランドではこの道の砂利と砂利の間の芝生の部分を裸足で歩くのよ…あなたたちもカストロヘリスに泊まるの?あそこは山の上に古いお城が建っているようね…」など、いろいろ語ってくれました確かにケルト音楽が合いそうな景色かもしれませんねいやぁしかしたった7キロ弱のリュックとはいえ、重みが肩に食い込んで痛い!意識的に腕を上げて血流を良くします12時過ぎ、とても巨大な廃墟が現れました!(ところで奥さま、またお荷物が見当たりませんね…)入ってみると、ルーク、ボクジュン、レイがいる! 何とここは巡礼宿!宿泊費や食費は寄付制度なのですが、電気、シャワー、トイレ無し!という完全に中世の宿でした!一人だったら行ってた!かどうか…?こんな威厳のある廃墟の物陰でいたすのもどうなんだろうねェ…夜のトイレもハンパなく怖そう…!というわけで先へ進みますよー20分ほど真っ直ぐの道を進むと、うん、確かに山の上にお城の建つ街が見えてきましたカストロヘリスのカストロは「丘の上の砦」という意味合いがあるようです街に入り、サンタ・マリア・デル・マンサーノ教会に立ち寄ってみました聖ヤコブですこちらはレコンキスタな聖ヤコブ今日も良い天気ですねぇ…by 赤帽14時頃、ついに到着しました!あてがわれた部屋はオール一段ベットの5人部屋しかもルームメイトはゼンと前の宿でも同部屋だったフランス人男女二人組その2人ともパスカルという名前だとかフランス人の女性と、彼女と同行している男性の話をしていて、「だって旦那さんでしょう?」と聞いたら、「とんでもない!ジャスト フレンド!」とムキになって答えていたのが少し可笑しかったなぁ😌奥方はシャワー後に休養こちらは気になっていた「丘の上の砦」に行ってみることにしました風呂上がりにもう一度トレッキングシューズを履きたくなかったので、ビーチサンダルで出たのですが、古城へ向かう道で思わず足が止まってしまいました舗装されていない急坂の砂利道だったのですでも性格上後戻りをしたくないので強引に進みますしかししかし踏ん張るたびにサンダルがちぎれそう途中から裸足で登ってみましたお、意外とイケる10分ほどでお城に到着廃墟のお城をてっぺんまで上ると、まぁ見事な景色!中世には監視塔としての役割を担っていたようですね…下りも裸足で降りるも、上りには気づかなかったガラスの破片を避けきれず、なかなかイテテな下山でしたさて宿に戻って夕食の時今回は同部屋のフランス人二人組を含む4人のフランス人とスペインの女の子と一緒になりましたラテン系同士ということで、フランス人とスペイン人の独壇場になるかと思いきや、意外とフランス語とスペイン語は近くない、とのことスペイン語はイタリア語と、より近いようですスペイン人の彼女はサン・セバスチャンでフリーの弁護士として働いている、とのことスペイン語の発音を教えてもらったり、スペイン人の印象を話したりしましたフランス人の1人も積極的に英語を話してくれたお陰で、なんとかテーブルとして一体感を得る事ができましたでも一体感はここからより強まります…ワインも進んでだいぶ機嫌の良くなってきた、英語を話すムシューやおらダイニングの壁にかかっていたギターを構えると、さまざまなフランスの歌を歌い始めましたそこへ同部屋のマダムも参戦YouTubeまで流しながらデュエットが始まりますさらに「次何歌ってほしい?」う〜ん、フランスの歌…あ、シャンソン!た「エディット・ピアフは?」2人は目を輝かせて大喜び YouTubeを流しながら身振り手振りまで加えての「愛の讃歌」を大熱唱これには向こう側のスペイン人ファミリー2組も大喜び!動画もあるので是非ここでご紹介したいんですけどねぇ!歌い終わるとブラボーの雨あられ👏アンコールでは「薔薇色の人生」🌹何だかこの2人、歌ってると急に若くなる青春時代に戻るみたい!やっぱりフランス人は "l'amour"「愛」に生きているのね!音楽のチカラってすごい❗️彼らのおかげで、この巡礼中最高に満たされた夜となりました‼️とっても幸せな気分で眠りにつきます💤この日は39,105歩でした素晴らしい巡礼仲間に感謝‼️
Apr 21, 2026
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4月1日この日の起床は6時30分久しぶりのプライベートルームでの寝袋無し、そして暖かい部屋での睡眠は本当に快適で…しかもたまたま最上階の角部屋だったので、隣の部屋にさえイビキを気にする必要もなかったし…やっぱり環境と寝具は大切ですね!そして肝心の奥方の脚は…まだ何となくしこりが残るものの、今にもつりそう、という恐怖感はなく歩けそうだ、とのことこれまで以上に慎重にゆっくり行こう…この日は脚の様子を見ながら、タルダホス、ラベ・デ・ラス・カルサダスに泊まる可能性も探りつつ、問題がなければ、オルニージョス・デル・カミーノを最終目的地としましたここの朝食は7時30分スタートその少し前に行ってたくさん食べちゃいました 7時50分頃、宿を出発奥方にとって初めての大聖堂への門をくぐります奥方視点の大聖堂そしてこの後決して忘れられない場所へブルゴスを見下ろす展望台そしてSAPPOROの文字が入った方向距離板2011年6月の日記当時北西ドイツフィルでここを訪れた時には、まさか自分が札響に戻して頂けるとは思ってもみないことでしたここを奥方と訪れる事ができたことに、小さな感動を覚えましたしかし何でまたSAPPOROなんでしょうね?姉妹都市でもないのに…さぁ先に進もうこの辺りから増え始めた壁画シリーズブルゴスを出て郊外へ虹とコラボなマダムここトラダホスまで、昨日買ったパワーフードや水分をこまめに摂取したせいか、ここまで約3時間、無事に歩けています30分ほど進むと次の街は、ラベ・デ・ラス・カルサダスここにも見事な壁画が!次々と巡礼客が足を止めて撮影していましたよそろそろこの街が終わろうとしたところに小さなチャペルがあり、その1時間ほど前に我々を追い抜いていった韓国人の女性ボクジュンが「ちょっとあなたたち、ここ入ったほうがいいよ!」と手招き行ってみると、中でおばあちゃんシスターがスタンプを押してくれ、さらに旅の安全を祈ってくれた上に、首にメダイをかけてくれましたさらに「なに、あなたたち日本から来たの?そしたら、はい、もっと持っていきなさい!」とアメコちゃんのように持たせてくれました何という…!外に出ると、いつの間にルーク、レイ、アイルランド人のゼンと再会、そして札幌雪まつりにも来た事があるというハンブルク在住のリヒャルトというドイツ人と知り合いになりました何だか急に仲間が増えたような…おそらくブルゴスで過ごした巡礼者が多く、これから20キロ平均で移動するとすると、ここから毎日ほぼ行動を共にすることになるかも…そして実際そうなりました!歩く元気と勇気を得て、先へ進みます巡礼路版「クリスマスツリーの木」にご挨拶この日のゴール、オルニージョス・デル・カミーノを見下ろす丘の上に立つ十字架とベンチで佇むご婦人方さぁもう少しだ!そして14時頃、ついに宿ミーティング・ポイントに到着!もう疲れて宿の写真をほぼ撮り忘れてしまいましたが、中庭の広い、そして人懐っこい猫の住む、雰囲気の良いアルベルゲでしたここは中庭へと続く食事会場この日の夕飯は素敵なパエーリャでした20人ほどでワイワイガヤガヤ知ってる顔、知らない顔、新しく知り合う顔…そこではリトアニアの方とも初めて話しました寝床はこんな感じ…この日歩いた距離は20.87キロ、34,818歩でした兎にも角にも、奥方が無事であることが1番です感謝!
Apr 19, 2026
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3月31日夜はやはり部屋の寒さで目覚めましたヒーターが切れると部屋の温度が一気に下がるんですよねーでもオスピタレイラに頼みたくても、自宅に帰ってしまいどうしようもないこの大きな建物に泊まった巡礼客は我々2人だけ誰も助けてくれないし…3時頃に起きてしまい、そこからは寒さに耐えながら、毛布にくるまって東の空が白み始めるのを待ちましたでもこういう時って、明るくなってくると逆に眠くなってきたりしませんか?最終的に起きたのは7時30分出発は8時となりましたさて、この日はいよいよブルゴスに入ります今回の巡礼路で最大の都市です この街に2泊して英気を養い、改めてスタートする巡礼者も少なくないようですブルゴスまでの移動距離は22.28キロとなりますさぁ今日も元気に歩こうそうそう、この日は宿で朝食をとることができなかったので、よきところでブランチをしたいところ隣り町のアタプエルカでは空いているバルを見つけることができず次の街へ向かいますここから足場の悪い上り坂こういうところで脚を痛めやすい慎重に進みます頂上には十字架がクロス部分をよく見ると、靴が掛けられているという…大きな看板の矢印のままに進むと右奥に廃墟となった教会が…どうやらこの聖堂の再建のための献金を募るための、強引な進路変更だったみたいこのあとちゃんと元のルートに戻れましたが…次の街はカルデニュエラ・リオピコバルー、バルー、腹減ったー😢あったー🙌特大トルティージャにハムとチーズのボカディージョ、そしてカフェ・コン・レッチェもはや王道メニュー👑しっかり腹ごしらえして、いざブルゴスへ!あと14キロ…役場を通ってほっそい歩道を抜け小さな空港の脇を抜け歩きに歩いて13時過ぎにブルゴスに入りましたここから30分もあれば宿に着くかと思いきや、ここからが長い❗️以前も書きましたが、山も谷もない、ひたすらまっすぐで平らな道が一番辛い!まぁWi-Fiが使えないので、Googleマップで残り時間の見当をつけることができない、ということもあるかもしれませんそういえばラファエル・フリューベック・デ・ブルゴスという指揮者は、ここブルゴスの出身ですね!実はブルゴスには2011年に北西ドイツフィルのツアーで来たことがあり、この建物の巨大ホタテ貝マークには記憶がありましたもちろん前回はバスの中から見ていた訳ですが単調な道に、ついに奥方が?度目のダウン赤帽サービス発動です🚚そして14時20分頃、ようやく宿に到着!ここは前日から予約してあり、ホステルながら布団とプライベートトイレ、バス付き! 何て贅沢なんでしょう❗️一週間ぶりにマシーンで洗濯🫧この後肉離れ寸前疑惑の奥方を宿に残し、ダンナは市内観光まずは翌日以降のおやつを大量に買い込む!スポーツドリンク2種に、板チョコ2種、そしてバナナにナッツ川を渡って広場へホントはこの辺でピンチョス巡りしてみたかったんだけどね…またいつかそして25年ぶりのブルゴス大聖堂‼️壮大です❗️中に入ってみると、丁度19時どちらかの聖人が鐘を鳴らしておりました19時半からミサに参加これまで同様巡礼者仲間の姿もチラホラミサの最後には巡礼者の為の祝福の時間がありましたさて夕食の時間一旦宿に戻り、調べてあったすぐ近くの中華へ結局我々のチカラメシはアジア飯ですよ!安いし、美味いし、もう最高の時間でした!これで少しでも奥方の脚が復活してくれるといいけど…というわけで就寝の時この日の歩数は39,940歩でした!ブルゴスまで来られたことに感謝!
Apr 18, 2026
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3月30日この日は7時30分頃起床ホセ・ルイスが「frío frío」と言っていた通り、この頃とても寒い日が続いていましたこの宿にはセントラルヒーティングは無かったものの、オスピタレイロの2人が他の部屋から二つの小さなヒーターを持ってきてくれたお陰で、凍えずに朝を迎える事ができましたレイも加えた5人でゆっくりと朝食をとります彼は昨晩に続いてナティージャをゲットしていましたよ☺️出発前に写真を撮ってもらいました📸(レイがいなかった…😢)外に出ると猫ちゃんがお出迎え😍フ「コイツは何かもらえると思って毎日来るんだよ…」何もあげられないけど…ありがとう😊さて、この日の目的地はアヘスどうやらヴィジャフランカ・モンテス・デ・オカからサン・フアン・デ・オルテガが結構な難所らしく、3キロの上りを含む9キロの行程となるようです9時30分に出発しますこの日は曇り空先に出発していたレイの後ろ姿を撮り、追いついた時に渡したらとても喜んでくれ、次に追いつかれた時に彼から貴重な一枚を頂きましたさすがに自分たちの後ろ姿は自撮りできません…😌ヴィジャフランカには11時過ぎに着いたものの、次の9キロに備えて、早めの腹ごしらえこれは血のソーセージのボカディージョかなさぁ行こう!お、意外とすぐ坂道終わり?いやいや、中世この道は緑濃い森林地帯で、追い剥ぎや危険な動物と遭遇する事も覚悟しなければならなかった 幸いな事に現代は登り坂だけが短所である この坂をみくびってはならない 普通の速度で3時間は見積もるべし!(カミーノガイドより)そんな区間を涼しげな表情で散策される奥方さま山あり谷ありそのうちわかったのは、辛いのは登り坂ではなく、ベンチの全くない平らな一本道がどんなに単調で苦痛かということ!…ん?リュックはどうした?😓結局次の街に着いたのは3時間20分後わんこに癒してもらいましたさぁ、残りは3キロ!野生(?)の馬と遭遇1時間ほど歩いてようやくアヘスが見えてきました…!16時前に一泊15ユーロの食事無しアルベルゲに入ります一応Wi-Fiがついているのですが、寝室に入ると使えないこのもどかしさ便利さって自由に使えないとかえってストレスになりますね…しかしここも寒かった…先にシャワーを浴びに行った奥方帰ってくると「冷たくて死にそうだった」とのことその後オスピタレイラさんが来て、「いま火を入れたのでシャワーに入れますよ」って遅いし…もう一度浴びに行ったものの、可哀想にその日以来少し体調を崩してしまいました部屋もとても寒く、ヒーターを持ってきてもらうも、気付くと止まっている始末いやはや…この経験から、奥方のことも考えて、基本的に出発前に翌日の宿を予約して進むことにしました風邪をひいて足止めというのも何だか残念ですしねさぁこんな日は美味しいものを食べてしっかり寝る!イカ墨パエーリャとチキンウィング🍗この日は22.68キロ、36,974歩でした!この日も歩ききれたことに感謝!
Apr 17, 2026
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3月29日この日は7時前に起床みんなキチンと寝れたかな?階下に行って各々朝食タイムオスピタレイロのフェリックスがコーヒーを淹れてくれましたそこへアメリカ人のジョンが来て、ジ「タカ、お前の寝ている様子を見ていたけど、呼吸が止まる時間があって、突然荒くなるの繰り返しだったよ 僕は医者の卵として、日本に帰ってから診療を受ける事をお勧めするよ」連日奥方からも奥「今日も誰よりもソリストだったよ」いや、たぶん非日常の疲れがそうさせているとは思うのですが…こちらで数日前にクリニックを予約しました25年ぶりの受診です…さてそろそろ出発の時みんなで記念撮影左からたぢお、ジョン、奥方、ルーク、レイ、オスピタレイロ夫婦のフェリックスとジャネットワンチーム感がいいですね!8時30分頃外に出ると小雨模様初めてポンチョを着用しますこの日は「20キロルール」に則ってトサントスを目指します先程のオスピタレイロにその事を伝えると、フ「おお、トサントスの『サンフランシスコ・デ・アシス』というアルベルゲはお勧めだよ もしそこに行ったらホセ・ルイスというオスピタレイロがいるからよろしく伝えてね」どうやらこの界隈では名の知れた方のようですこれは会うのが楽しみだ…しばらく歩くと先に出発していたレイが慌てて戻ってくるレ「アルベルゲに寄付をするのを忘れたー!」とっても律儀な好青年です☺️さぁ今日も歩くぞーここまで巡礼記を見てくださっている方は、「なんで連日こんな荒野を歩くの?」と思っている方もいらっしゃるのではないでしょうか?何ででしょうね?前回歩いた2024年の素晴らしい経験の数々、様々な国々から来た人々との出会い、教会の訪問、いつか巡礼路を歩き切ってサンティアゴ・デ・コンポステーラの巨大ボタフメイロ(香炉)が見たい!などなどまぁもちろんここに書けないことも理由のいくつかにありますでも確実に一つ言える事は、歩き続けることによって何かが浄化される気がするんですもちろん日本でも可能かとは思いますが、とりあえず今の自分にはこれが1番効果があるようですたまには違う空気を吸って、違う角度で自分と自分を取り巻く環境について見つめ直して、しっかりリフレッシュして、また自分の働く場所でベストを尽くしたいんです仕事を続ける中で、数年に一度その時間を与えられている事は、本当に幸せな事だと思いますカスティルデルガドに入り続いてヴァロリア・デ・リオハに入りトイレを探す‼️でもなぜか必要な時に、開いているバルもインフォもアルベルゲもひと気も全く無い‼️結局ここヴィジャマヨール・デル・リオの物陰でね…でもね、太古の昔からそれはウチらだけでなく巡礼者全員の問題なのですよ実際巡礼路上には「路傍の石」ならぬ「路傍のトイレットペーパー」(←なんか違うね…)スッキリして歩き始めると、長く真っ直ぐ伸びる車道の横に出ました交通量は極めて少ないながらも、みんな飛ばす飛ばす!しかも追い抜き方があまり美しくない対向車が来ていないにも関わらず、前の車の後ろにピッタリくっつき、急激にハンドルを切って抜いていきます日本だったら煽り運転ですよそこにもう一台、次々と追い抜かれながらゆっくり走っていた車が、突然巡礼路の方に乗り入れてくる少し嫌な予感がして前後を見渡してみるも、誰も歩いていない…しかも車から降りたサングラスをかけた男がこっちをジッと見ている…オイオイ、こんなところで追い剥ぎか…と身構えていると、やおらその男が小さな透明袋をかざして手を振っているもう少し近づくと…あ、フェリックスとジャネット❗️どうやらウチの奥方担当である洗面用具一式をアルベルゲに置いてきたらしく、彼らが車で巡礼路上の我々を探しながら持ってきてくれたのです‼️何と親切な‼️フ「きっとこの辺を歩いているんじゃないかと思ってね、ちょっと見つけるのに苦労したけど…」ちゃんと寄付しておいて良かったー!じゃなくて…お二人に心から感謝です!皆さん、グラニョンにお泊まりの際は是非サン・フアン・バウティスタをご贔屓に!12時過ぎにベロラドの街に入り、バルで昼休憩久しぶりのトイレとWi-Fiでお通じもバッチリ👌さぁこの日の行程もあと5キロ弱青空が見えてきたそして14時前にトサントスのサン・フランシス・デ・アシスに到着扉が開かず呼び鈴もないのでノックするも、反応がない…ここもお買い物中かな?5分ほどしてもう一度ノックしてみると、2階の窓がグワッと開いて、「ごめんごめん、今すぐ行くよ」と中年の大男が対応彼が噂のホセ・ルイスさんかな?玄関が空き、まずは受付いろいろ話していたら、彼がデュッセルドルフから来たドイツ人だと判明今回もご多分にもれずというか、お互いドイツ語を話せてホッとする瞬間が訪れますスペイン人の宿主ホセ・ルイスは外出中どうやら彼はもう年齢が増してきて、1人で巡礼客をもてなすのがキツくなってきたようで、それを見かねて、すでに4、5回巡礼路を歩き切った(!)彼、フローリアンがアシスタントとして数ヶ月前から手伝っているとかこういうことはこの巡礼路上では珍しくないようで、巡礼時に受けた親切をこういった形でお返しする元巡礼者が一定数いるようですとりあえずシャワーを浴びて、洗濯をして、布団を敷いて、ひと休みこの建物は、ドイツの木組みの家みたいで、コブレンツ時代に住んでいた家を思い出させましたそこへ昨晩知り合ったばかりのレイが登場!思わぬ再会を喜びあいましたそのあと玄関先に洗濯物を干していると、ホセ・ルイスさんがお出掛けから帰宅自己紹介するも、彼は英語がほぼ通じず、フェリックスからの「よろしく」も伝わったかどうか…😅本当に穏やかなお顔ですしばらくして今度は紅茶をもらいにキッチンへ行くと、ホセ・ルイスさん、フローリアンの他に、2人のスペイン人と思しき方々とアジア人の方が座っている彼らに日本から来た事を伝えると「え、日本の方ですか?」と日本語が…!あまりにビックリして後ずさりしてしまいましたよ❗️どうやら彼らはバルセロナ在住の一家で、休暇で車でこの先のレオンに向かっている途中に、以前巡礼時に泊まったこの宿のホセ・ルイスさんに会いに来たそうです中学生の娘さんも頑張って日本語を話してくれました結局今回の巡礼中にこの他の日本人と会うことはありませんでしたさて、夕食の時間結局宿泊者はレイと3人のみ小さなキッチンで食卓を囲みますシェフはフローリアンその彼にスペイン語を通訳してもらったところによると、マドリード出身のホセ・ルイスさんは、最初鉄鋼関係で働いていて、徐々に教会関係に携わるようになり、縁あって29年前にこのアルベルゲのオスピタレイロになったとか時々聖歌を口ずさんだりするくらいで決して口数は多くないのですが、とにかく周りの人々に心の安寧をもたらす特別な雰囲気をもった方ですデザートはナティージャカスタードクリームベースのスイーツですレイは相当気に入ったようでおかわりをゲットしていましたよ😆食後はレイと感謝のお皿洗いそしてここでも心の分かち合いの時間がありましたこの建物の屋根裏まで上っていくと、小さな手作りの聖堂がここでは、まず自分たちの今の思いを、それぞれの出身国の言葉で紙に書いて、ホセ・ルイスに渡すそして逆にホセ・ルイスから違う紙を渡されると、そこには日本語が…過去にここを訪れた方の、その時のありのままの思いが書かれていました これをそれぞれの出身国の言語、日本語、中国語(広東語ではなかったみたいでしたが)、スペイン語、そしてドイツ語で読み上げ、内容が分かろうが分かるまいが、その思いを天にお渡しするということのようですもちろん中国語やスペイン語の内容はわかりませんでしたが、日本語やドイツ語のものにはとても深い心情が記されており…フローリアンも読みながら泣いていましたどうか彼らに平安がもたらされますようにというわけで就寝の時何だかこうやって札幌で巡礼を振り返っていると、すぐにあの時に戻ってしまうせいか、時差ボケがなかなか治りません🥲この日歩いた距離は20.75キロ、歩数は31,796歩でしたいつも長文の備忘録に付き合って下さりありがとうございます🙇♂️
Apr 16, 2026
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3月28日この日は床暖房のお陰か、平和に起床自分は暑さより寒さの方が耐え難いタイプかなただイビキがとんでもなくうるさかった、とか…この日は二人部屋でしたが、壁がとんでもなく薄い!隣のイギリス人二人組のヒソヒソ話が聞こえてしまうくらい…彼ら寝れたかなぁ…さて、この日はどこまで行こうか…実は日本を発つ前に、何となくプランニングしていたのですが、基本的に1日平均20キロ歩くことができれば、最長でサアグンという街まで行けるのではないか…あまりプレッシャーをかけたくないので、この事を事前に奥方には伝えていませんでしたが、1日20キロ歩いてヘトヘトになっても、一晩寝ればケロッと歩ける身体に戻る丈夫な彼女を見て、これ以後、基本的にこの距離を歩く事が暗黙の了解になっていきましたそれもこれもそれぞれの健康な身体と、素晴らしいトレッキングシューズ、そしてスポーツタイツのお陰でしょうかいずれにせよ全てに感謝ですねという訳で、この日はアソフラからグラニョンまで行く事にしました朝7時頃アルベルゲを出て、昨日夕食をとった店で朝食タイムいつものカフェ・コン・レッチェと、卵とチョリソーのボカディージョさぁしっかり食べたし今日も楽しく歩こう!7時30分頃に出発🥾まずは約9キロ先の隣町、シルエーニャこのブログを更新するにあたって、シルエーニャまでの写真を見返してみるも全く出てこないとても集中していたか、撮るべき景色が無かったか、よっぽど奥方との会話が盛り上がっていたのか…😆次の写真は9時13分にシルエーニャに入ったところ…朝は元気だからか、歩く速度が速いようです🚀しかし巡礼路上のシルエーニャの印象は、ひと気のないゴーストタウン多くの集合住宅があるのに、ほぼ窓のシャッターが閉まっているなんだかなぁと思った次の瞬間ある住宅の玄関先のレイアウトに😍Aquí vive un Peregrino(a)(ここに巡礼者が住んでいます)夫婦かなぁ?これだけですっきりしてこの街を通過できますさぁ次へ🥾約6キロほど歩いて、サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサーダに入りますこの街は、ただの村落に過ぎなかったところに、12世紀頃聖ドミンゴが森を開拓し、川に橋を掛けて、巡礼者のための治療院を建てたことで多くの人々が住むようになったそうなここが聖ドミンゴの設立した治療院今はパラドールという、歴史的建造物を改築した国営ホテルとなっております実はここに泊まりたいという希望を持っていたのですが、この前後の日程、そしてこの約6キロほど先に興味深い宿泊先があったので、今回はパス時刻は11時30分何か食べたいなというわけで、バルで食事大きなチョコクロワッサンと、ハムとマッシュルームのキッシュだったかな小雨が降ってきたので、リュックカバーを掛けて進みます自転車巡礼者も登り坂を元気に疾走していきますついにグラニョンに入ります13時30分頃に、この日の宿、サン・フアン・バウティスタ(洗礼者ヨハネ)に到着ここは教会併設の宿泊施設となっており、料金は何と2食付きで寄付制!ただ「最低限の『礼儀』として一人当たり25ユーロは払うように」と、いつも参照している巡礼路のアプリには記してあります入り口で靴を脱ぎ、暗くて狭い階段を上がっていくと、ようやく住居らしきところに出ましたただ誰もいない…20分ほど待ってようやく買い物から帰ってきたオスピタレイロ夫婦が登場とても穏やかな方々で、てきぱきと手続きを済ませると、今度は館内を案内してくれましたそこから階段を上がると屋根裏に広いスペースがあり、そこにマットレスが重ねられていましたさらに奥に進むと、さらなる屋根裏に洗濯場がそこから上を見上げると、教会の鐘が…🔔ここはもともと教会の神父さまが住んでいた所だそうですそして当然Wi-Fiはナシ!これぞデジタルデトックス!とりあえず夕飯まで休みます先程も書きましたが、毎日20キロ以上歩けるのも、毎日大胆に休養するからこそ!やはり食事と休養は肝要です我々は一番乗りでしたが、そこへ次々と巡礼者が入ってきた気配が…次に目を覚ましたのは、甘いギターの音色によってでしたギターをつま弾いているのはイギリスから来たルーク何かを必死に調べているのはアメリカ人のジョンそしてここには写っていませんが、自らのとても太い腕と太ももにクリームを塗ってケアしている香港から来たレイこの後、我々の巡礼最終日にかけて、足を痛めたジョンを除き、ルークとレイとは、毎日巡礼路上のどこかで同じペースで歩き続ける仲間となります2時間ほどガチスピードの英語でワタワタと会話し、19時からのミサに5人全員で参加巡礼路上で行われるミサの後には、大抵巡礼者の道中の安全を祈ってくれる時間があり、それぞれの出身国を聞かれた後、祝福してもらえますこれはオスピタレイラが後ろから撮ってくれていましたここも見事な祭壇ですそしてこれが聖ヤコブこの巡礼路の終点、サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂には彼が祀られています宿に戻って、今度は夕食パエーリャだー🙌ワインもありましたが、この日は何となく飲まずオスピタレイロ夫婦も一緒に食卓を囲み楽しい時間を過ごしました食後はみんなで皿洗い絆が深まりますそして21時過ぎに先程の聖堂を見下ろす場所に行って、皆で分かち合いの時間真っ暗で静かな聖堂で、いまそれぞれの心の中にある気持ちを(なるべく英語で)さらけ出して、みんなで共有しようというものまずオスピタレイロのフェリックスが、「オレは神は全く信じていないが、この巡礼路のチカラは信じている…」(よく神を信じていないで教会付属の施設を運営してるな!というツッコミは脇へ置いておいた方がいいんでしょうね…😅)と突破口を開きますあとはそれぞれその時の気持ちを吐露して、最後は一人ひとりとハグそこには不思議な一体感がありましたというわけでこの日も終了寝る前にみんなに「ヘッドホン持ってる?」と自分のイビキがうるさい事を追加で吐露 「大丈夫、大丈夫」とやさしい同志たちヨシ、これで今夜もしっかりリサイタルするぞー🎙️(←なんか違うよな…)さぁこの後みんなは寝る事ができたかにゃ?この日は22.02キロ、35,043歩でした歩き切れたこと、素晴らしいメンバーに出会えた事に感謝です
Apr 15, 2026
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3月27日さむい…!凍えるほど寒い…!巡礼初日こそ晴れ間が見えましたが、それ以降は小雨模様か曇り空加えて2日前のワインがぶ飲みで完全に体のリズムを崩してしまいましたそして外気温一桁台にして暖房無しは、なかなか酷でした…厚着をして寝袋の中に毛布を押し込んで寝るも…早くも「非常用」に持っていった葛根湯と貼るカイロのお世話になりましたしかしここでへばる訳にはいかぬのじゃもう一度熱ーいシャワーを浴びてしっかり蓄熱してから朝食会場へオスピタレイラのマダムと挨拶していると、次々と地元のおじさまたちが入ってくるどうやらここはバルも兼ねているようですマダムは我々の朝食を準備しながら、おじさまたちにコーヒーを淹れる究極のワンオペ!どうかお身体に気をつけて!朝食は生搾りオレンジジュースにカフェ・コン・レッチェ、ハムチーズサンド、そして小麦粉は使わずアーモンド粉で作ったというタルト・デ・サンティアゴ今回の旅で一番クオリティが高かったなぁ奥方はタルトにいたく感動したようで、マダムにレシピを聞き、帰国前日にスーパーでアーモンド粉をゲットしておりましたお披露目が楽しみです😋というわけで出発の時 マダムとハグをして別れますさてこの日の目標はナヘラかアソフラシルエーニャは風邪っぴきにはちょっと厳しいかなこの日はゆったり8時20分頃宿を出ます歩き始めると大きな教会がドアが開いていたので中に入ってみることにここも見事な祭壇です…!ふと跪いているセニョールを見ると、あれ?携帯見てる?その方はドキッとしたのか、慌てて祈り始めました…あ、神父さまだまぁまぁ、人間だもの…😌こちらも少しお祈りして、クレデンシャルにスタンプを押していると、彼がバツの悪そうに来て、「あ、あぁ、スタンプ押してあげようか…あ、もう押してるね…Buen camino! (良い旅を!)」大丈夫、このことは誰にも言わないから…😉気を取り直して、いざナヘラへ🥾こちらはグラスロールではなく、四角く積み上げていましたそういえばいつの間にか土が赤みがかってきましたところで毎日洗濯する中で、どうしても乾き切らない衣類が出てきます例えば靴下程度であれば、バックパックの両脇のポケットに洗濯バサミで挟んで、乾かしながら歩きますところが休憩でベンチに腰を下ろして出発する時など、何かが引っ掛かって靴下を置いてきぼりにしてしまうんですよね今回はまずたぢおが、倶知安で買ったばかりの靴下を🪽🧦🧦🪽そしてこの日の行程で、あろうことかしっかり者の奥方まで🪽🧦🪽残念ながら自分では気づけないし、相手のものまでケアできない!あ、あそこだった!と思っても引き返す元気は全くない…!もしナヴァレッテ方向に上っていく葡萄畑のベンチで緑の靴下&洗濯バサミがあったらたぢおのナヘラの街に入る直前の公園のベンチでピンクの片方の靴下と洗濯バサミを見つけたら奥方のものですもし拾った方がいらっしゃったらご連絡下さい😂というわけで、若干軽くなったリュックを背負って、最初の街、ナヘラに入りますここまでナヴァレッテから約16キロ時刻は12時半さぁ、今日もカフェ・コン・レッチェで温まろう☕️いくつもバルはあれど、どうせなら旧市街の教会の近くがいい、とスルーしまくっていたら、肝心の場所には何も見当たらない…うろうろしていると、ちょうど目の前の住居から優しそうなおばさまとおばあさまが出てきたので、体当たりスパニッシュ…た「ド、ドンデ カフェ?」←カフェはどこですか?のつもり本当は ¿Dónde está la cafetería? だそうです…😓それでも何とか通じたようで、マダム「うーん、この辺にあったかしらねー、お母さん!この辺にあったっけ?あぁ、思い出した!そこの路地を進んだところにあるわよ!」お礼を言って早速行ってみると、看板も何もない、外から見たら営業しているかさえ、さっぱり判別のつかないカフェを発見中に入ってみると、広々としたスペースに、常連さんと思しきお客さまが一箇所にかたまって座っていますカウンター越しにカフェ・コン・レッチェとボカディージョ、フランスパンのサンドイッチを注文ここのボカディージョはじっくり炒めた玉ねぎとマヨネーズが濃厚な旨味を引き出していて、内臓の奥の奥まで満たされましたさぁアソフラまではあと約6キロ古戦場のようですここで野うさぎと遭遇しましたよ🐇少し青空が出てきたので初自撮りサンティアゴ・デ・コンポステーラまであと579キロ…1時間半ほど歩いて、ようやくアソフラに入ります商店はごくわずかもしあってもこの時間はシエスタ中それでもこのように薬局に自動販売機がありました!絆創膏、アスピリンから爪切り、耳栓まで!なかなかの品揃えですな…そして午後3時頃、今回の宿 Albergue municipal Azofraに到着!municipalとは市町村営ということ食事が付いていないことが多いかなここは一人一泊16ユーロでしたありがたいことに全て2ベッド毎の個室!しかもここは床暖房付きで寒さで凍えることがありません 中庭も広く、日当たりも良いので洗濯物がよく乾きます🧺少し体を休めてから、オスピタレイロに勧められた近くの食堂へここの巡礼者メニューは、選べる3皿+パン、水、ワイン付きで20ユーロ大抵巡礼者メニューでのワインは、一組につきボトルが1本ついてきますここで「残すともったいない!」と飲み干すと、ますます体調が悪くなりそうだったので、一杯でグッと我慢まぁこれを誰かが飲んでくれると思ったらね😢しっかり食べて外に出ると美しい夕暮れこの日は総距離21.78キロ、37,955歩でした無事に歩ききれたことに感謝です
Apr 14, 2026
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3月26日この日の起床は6時今回の宿では、2階の8人部屋を充てがわれましたが、たまたま巡礼者のキリが良かったせいか、広いスペースに我々2人だけ開放感があって良いものの、少し寂しいような…出掛ける準備をしてから階下のキッチンへこの宿には食事がついていなかったので、自分たちで用意する必要がありました前日食べきれなかったパン、ハム、チーズに加えて、フルーツジュースにインスタントスープやはり一品でも温かいものがあると違いますよ…ところで前日のラスト5キロくらいからかなりしんどそうだった奥方どうやら左の踵に水ぶくれができてしまったようです今日こそ無理しない方がいいかな…朝食を食べているとドイツ人のミヒャエルがやってきました奥方が水ぶくれの事を話すと、ミ「これあげるよ!」と取り出してきたのはコンピード水ぶくれを優しく包み込んでくれる特別な絆創膏だそうです彼にはヴィジャマヨールでの洗濯バサミの一件に続いて、また優しさを頂いてしまいました☺️さぁ、今日も無理せず楽しく行きましょう!この日は10キロほど先のログローニョか21キロほど先のナヴァレッテの2択でしょう聖ヤコブ像に見送られながら歩きますただこの日はあいにくの小雨模様そしてとても寒い!さらに奥方よりもグロッギーになって来たのがたぢお時差ボケ、移動疲れな身体に、ワインを大量に煽ってしまったせいか、ハナはぐずぐず、テンションはタダ下がり…いやはや情けない話です…それでも黙々と進んでいくとナヴァラ州からリオハ州に入りました!しばらくすると遠くに街並みがおそらく州都のログローニョでしょう!エブロ川にかかるピアドラ橋いよいよログローニョに入ってきましたところで寒さですっかり参ってしまい、ログローニョから先、長い距離を歩く自信が持てなかったので、奥方にバルで温かいコーヒーを飲む事を提案最初は少し渋っていた彼女も承諾してくれて入店今回初バルです☕️そして意気揚々とカウンターに行きDos café con leche, por favor! 🕺(ミルク入りコーヒーを2つ頼むぜぃ)ふふふ、Duolingoのレッスン1の例文を使ってやったぜぃ😎でも複数だったのでcafésだったかもしれないぜぃでもでもゲットできたからOKだぜだぜぃ🙆♂️しかも超美味しくて芯から温まったぜぃしかもしかも奥方もすっかりカフェ・コン・レッチェにハマって、この日以来1日1回のバル休憩が日課になったぜぃぜぃというわけで元気を取り戻した我々は近くの薬局で、先程のコンピードを購入し、街の教会に寄って、次の宿場町ナヴァレッテへいざ出発!そういえばここログローニョは、2日前にマドリードからのバスを降りてタクシーに乗り換えたところでしたね奥「そういえばさぁ、ログローニョからエステーリャまで、タクシーじゃなくて歩いて逆打ちして、ここまでバスで戻ってくる方法もあったかも?」う!するどい…!で、でもそしたら今回知り合いになった人たちとは出会えなかったかもしれないし、コンピードをゲットできないまま苦しんでいたかも知れないよ…😅前回の経験から、この道では必要なものは必要な時に与えられると信じていますいや、これはいつでもどこでもそうかもしれませんね…😌しかしさすがは州都、街を抜け切るのにとても時間が掛かりますようやっとの思いで街を抜けると、今度はひたすらまっすぐ延びる道天気が回復してきたから良かったものの、すぐにバテてしまいベンチに座りますそこを「あんたたち大丈夫?」とネイティブな英語で颯爽と通過していくマダムこの後彼女とは、最終日までほぼ毎日出会うことになりますリュックと靴のひもを調節して再び出発!ここからしばらくの間、パレスチナを攻撃したイスラエルを非難する落書きが尽きることがありませんでした…しばらく歩き続けると、おや?なんだチミたちは?随分人懐っこい…もう少し進むと…随分近いけど、どなた?いやぁ、悪いけど何もあげられるものはないのだよ…いつか冬にウチに来ればごはんをあげられるんだけどね…あ!きっとみんなごはんをあげてるんだね!危ない危ない!何かあげていたところを見つかってしまったら、とんでもない額が飛んでいるところでした!💸リオハワインの原産地を横切り、スペイン各地に見られる高速道路沿いの黒い牛の看板の下をくぐり抜けると…ナヴァレッテの街が見えてきました!面白かったのは高速道路を跨ぐ歩道橋を歩いている時、けたたましいクラクションが🔈驚いてトラックを見つめると、こちらに向かってはち切れんばかりに腕を振っている👋どうやら車内から励ましてくれていたようです!今回はこのようなことがしばしばありましたよ!ここは1185年にできた巡礼者のための病院跡だそうです!さすがは世界遺産こういった遺跡がゴーロゴロそして午後2時50分、ついに到着!今回の宿は Ikigai albergueここのオスピタレイラさんは日本にこそ行ったことがないものの、Ikigaiという、この言葉が人生の指針になっているそうですここでもまた、ベッド数に余裕があったせいか、我々夫婦を大部屋で2人だけにしてくれましたここでWi-Fiが繋がった瞬間に和波先生から連絡があり、すい臓がんが見つかって手術になったとの報告を受けますとてもショックを受けましたが、彼の手術の成功と快復のために祈りながら歩くことも、巡礼の大きな目的のひとつとなりましたさてこの宿は、館内がとても寒い事を除いては全てが素晴らしく、シャワーからは熱いお湯が出るし、ご飯は素晴らしいし、オスピタレイラさんもその名の通り愛情溢れる最高のホスピタリティーで、幸せな時を過ごす事ができました今回一緒に食卓を囲んだのは、ラテン語学者のサム、booking.comの手数料地獄から巡礼宿を救おうと新たな予約システムを構築中のマルタ、脚を負傷中のほんわか婦人警官マリーという、これまたバラエティーに富んだメンバーギャル系女子高生のようなノリのマルタ(実は30代😉)が場を上手く和ませてくれて、とっても愉しい夜になりました!左からたぢお、奥方、サム(イギリス)、マルタ(スペイン)、マリー(フランス)この日の総距離は21.51キロ、そして37,955歩でしたこの日も泥のようによく眠る事ができましたー💤
Apr 13, 2026
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3月25日前日は「準備運動」として10キロを無事に歩ききることができましたこの日は何キロ歩けるか…これは標高差と距離と巡礼宿がある街を示したものですが、ヴィジャマヨールの次の街はロス・アルコスで約12キロその次がサンソルかトレス・デル・リオで約19キロそして万が一「まだ行ける!」と感じたら約30キロ先のヴィアナ全ては二人の脚次第さてどうなるか…この日は5時30分に起きて下準備をしてから5時50分に階下のダイニングへ朝食は前夜にオスピタレイラさんが用意してくれていました私たちが食べていると次々と巡礼者が降りてきますミヒャエル、クリスさんに続いて、前夜は違うテーブルだったオーストラリア人のおばさま4人組も来て、食卓を囲みますそれぞれ「今日は何キロ歩くよ」とか「荷物は何キロ?」とか「荷物は次の宿まで送るよ」とか話は尽きないのでそろそろ行こう…まずは次の街、ロス・アルコスを目指して7時過ぎに出発🥾この日も良い天気です奥「こちらはメルロー畑でございます🍷」た「こちらはヴィジャマヨールでございました」そうそう、ここから次の街までは12キロもの間、ほぼ日陰も水を汲めるところもないんですよねここから先しばしばこのようなシチュエーションが訪れます今回は春の入り口だからいいようなものの、真夏のカミーノは灼熱の大地と化すようで、そんな中水無し、備え無しでは死んじゃいそうです💦そういう事情もあってか、多くのアルベルゲはチェックアウトが午前8時、涼しいウチに歩き出しなさい、ということでしょうねそしてチェックインは多くのところで12時半あまり長い距離を歩かない巡礼者も早めに休む事ができますそして早く着けば、太陽が高いうちに洗濯して、日が沈む頃には取り込めます少しでも荷物を軽くしたい巡礼者は、衣類も最小限にしたいものこの巡礼路は全てが理にかなっていますいずれにせよ朝のウォーキングは最高ですさてさて、そんなこんなで10時過ぎにロス・アルコスへ入ってきました動物たちの「歓迎」を受けますここで奥さまのクレデンシャル(巡礼手帳)が買えないか、インフォメーションに行ってみると、どこかの巡礼宿に連絡してくれて「ここに行けば買えるよ」とのこと親切だなぁ早速向かうと、とても穏やかなオスピタレイロのおじいちゃんが対応してくれました日本から来たというと、やおら奥の部屋へそしてカメラを手に戻ってくると「これ日本製だよ」カメラにはCanonの文字まだまだ日本のブランド力は健在のようですそしてついにゲットしたクレデンシャル!記念すべきひとつ目のスタンプです!さぁ、胸はっていこうー♪次の街サンソル、トレス・デル・リオまではおよそ7キロ途中得体の知れない足の違和感や、バックパックの重みで肩が痛くなるなど、だんだんキツくなってきましたそれでも地道に歩き続けてサンソルに到着どこか食べるところはないかとうろつくも、気付いたら丘の上…結局何かを食べることのできるバルを見つける事ができず、すぐそこに見える隣り町まで行ってみることに隣り町まではわずか800mあまりようやく小さな商店を見つけ、サンドイッチとアクエリアスでしっかり補給しますさてここからどうするか…時間は12時50分残り約11キロ奥方の決断は「行ってみる…!」よっしゃ、もう少し頑張ろう!緑の桜は初めて見ました全世代松ぼっくり人々の想いが括りつけられた樹木そしてついに街の入口に到達…!そう、この巡礼路そのものが世界遺産なんですシエスタ(お昼寝休み)中のスーパーマーケット市庁舎16時27分、着いたー!歩いた距離は30.51キロ!奥さまのタフさには本当に頭が下がります!早速寝床を作ってシャワーに入り、洗濯してから、痛む脚を引き摺りながら、お昼寝明けのスーパーへ買い出しパンとハムとチーズとトルティージャとワインを買って共同キッチンで乾杯!疲れでワインがグビグビ飲まさる!そこへ前日の宿で一緒だったミヒャエルやイギリス人二人組と再会すっかり楽しくなっちゃって気付いたらほぼ1人で一瓶空けてました…🍷これが後悔のもとになるのですが…😅翌日はどの程度歩くことができるのでしょうか…この日の歩数は51,568歩でした!30キロ歩き通せたことに感謝です!
Apr 12, 2026
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フランス南部のサン=ジャン=ピエ=ド=ポルとスペイン北西部のサンティアゴ・デ・コンポステーラを結ぶサンティアゴ巡礼路「フランス人の道」約770キロドイツで街を散策していた時に、ホタテ貝のマークに目を奪われ、その意味を知って以来、ずっと憧れ続けた巡礼路「カミーノ・デ・サンティアゴ」初めての巡礼は2024年4月急に思い立って巡礼路に向かい、実質5日間でサン=ジャンからエステーリャまで約112キロを歩きました世界各国から来る巡礼者との出会い、会話、美しい自然と景色、そして何より歩く・食べる・寝るのシンプルな生活が、衰弱していた心をリフレッシュしてくれました次はいつ続きを歩くことができるか考えていたところ、奥方さまが「次は私も行こうかなぁ…」するとあれよあれよという間にトレッキング用バックパック🎒、寝袋、トレッキングポール、雨用ポンチョ、スポーツタイツなど、前回「あれば良かった」と思ったグッズがみるみる揃っていきますそして「英雄の生涯」の初リハーサルを迎える数日前、準備に行き詰まっている中、突如「トレッキングシューズを買いに行こう」と奥方から声をかけられ、「アルトラ」というメーカーの、つま先部分が広くてゆとりのある作りの靴を買いに、中山峠を越えて倶知安町までドライブそこでは靴に加えて防寒性の高い靴下、そして速乾性の高い靴下を2足購入最後に飛行機のチケットも押さえ、あとはそれまでのひとつひとつのコンサートにより一層集中するのみ…のはずが、そこへアメリカのイランへの攻撃で、正直この時期に行っていいものか、もし行けたとしても戦争が拡大して帰ってこれないとなったら仕事に穴を空けてしまうなぁなど、気を揉む日々が続きましたただそのような不安を、ほんの少し攻撃の手が緩んだこと、そして「やはり行きたい」という気持ちが足を前に向かわせましたあとは長距離を歩いたことのない奥方さまが、1日どのくらい歩けるか…自分の歩きたい距離や目標は脇へ置いておいて、まずは彼女のペースに合わせようそしてここまで楽しみにしていた彼女をサポートするんだ…というわけで、3月22日に今シーズン最後のコンサートを終え、翌日マドリードに向かって出発ですまずは空港バスで新千歳空港へ朝5時半からテンション高めの奥方とシャンプーもボディソープもない現地のアルベルゲ(巡礼宿)で、日本から持っていくシャンプーを、毎回なるべく多く使わなくても済むように短髪にして気合の入れつつも、帰ってきたらもう車も乗れなくなるくらいガソリンが高くなってるかもなぁ、生活を一から見直さなければならないかもなぁなど、なんとなくセンチメンタルで複雑な心境だった筆者たぢおさて今回の飛行ルートは、新千歳〜羽田、羽田〜香港、そして香港〜マドリードの2回乗り換え1人あたり往復で約12万5千円という破格のお値段でした予定通り8時50分に新千歳を飛び立ち、羽田の5時間半の乗り換え時間で奥方の御両親と合流し、咲き始めの桜を目当てに目黒を散策楽しい時間を過ごしてから羽田に戻り、香港へ向け5時間15分のフライト到着後、さらに4時間25分の乗り継ぎ時間では、広い空港内を探索したり、寝転がることのできるより良いベンチを求めて右往左往1時間ほど仮眠して0時40分発の便でマドリードへところで今回の航空会社はキャセイパシフィック弊社の香港出身スーパーフルーティスト、クリスくんによると、香港が世界に誇る素晴らしいクオリティとのことその言葉通りスタッフさんの対応は素晴らしいし、機内は綺麗だし、何よりゴハンがおいしい😋特に2回目の食事が配られる時にスタッフさんから「キミたちディムスムが食べたいだろ?」と激推しモードディムスムって何…?と思いながらも、その圧になされるがままになっていると、出てきたのは…おお!点心のことか!これから質素な食生活に入るという前に、最高のメニュー美味しかったー🥰大いに力づけられました💪予定では14時間50分という長〜い飛行時間で、現地時間の午前8時半に到着するはずでしたが、それよりも1時間ほど早くマドリードに着陸思いのほか入国審査もスムーズに進み、預けた荷物を待ちます今回は新千歳空港の職員さんの計らいで、バックパックとは別にトレッキングポールを預けさせてもらっていましたが、果たしてちゃんと届くのか…今回に限らず経由便ではいつもドキドキします無事に2つのリュックに続いてポールが流れてきましたあ、どうやら香港でチェックされたみたいのちに彼女が巡礼路でポールを使う時に、長さを調整するロックがとてつもなくキツく締まっていて、とても大変だったのですが、おそらく検査官が分解して検査した後に、ネジを強く締めすぎてしまったようです…まぁ何かの武器に見えなくもないしね…次は前回のゴール地点にして今回のスタート地点であるエステーリャに移動ですまずはバスでログローニョまで4時間移動なかなかモダンな車内でWi-Fi、トイレ付きでした!その移動中に考えた…「このバスは13時15分にログローニョに着いて、次のエステーリャまでのバス出発まで2時間弱待つ ここまで乗り換え時間もとても長かったし、ずっと座りっぱなしで体を動かしたい ただ次のバスに乗って16時前に到着しても、もうその日は寝るしかないし、第一飛行機で散々寝てきたのでおちおち寝れないだろう それよりもタクシーで移動して早く着いて、歩いて日光を浴びて巡礼路を歩き始めた方が、翌日以降の『準備運動』としても良いのではないか…」この案を財務大臣に投げかけると「値段次第でありかもねー」とのことログローニョに着き、早速タクシー運転手にエステーリャまでの料金を聞いてみると「€65でいいよ でもオレはこれから用事があるから後ろの運ちゃんに聞いてみな アイツはダチだからな」ここで時間をお金で買うことを決断後ろのドライバーに聞くとド「€70でいいか?」た「あなたの友達が€65って言ってたよ」ド「いや€70だ」しょうがない…ほとんど英語を話さないドライバーは、ハンズフリーで誰かと話しながら高速道路を飛ばしに飛ばします30分ほどであっという間に到着🚀前回帰りのバスに乗り込んだバスターミナルに降り立ちます(結局メーターが71ユーロちょっとを示していたとかで€72払いましたけどね…)さぁ、行こう!まずは奥方の巡礼手帳「クレデンシャル」を買いに、前回2年前にインフォメーションがあったターミナルの一室に向かうと、何か様子がおかしい…思い切って中に入ってみると、そこにいた方に「もうここにはないわよ 巡礼路に向かってみて」とのこと街の看板を頼りにインフォメーションに向かってみると、何と5分前にシエスタ、お昼寝時間に入っている!しかも1時間半待ち…!ここで待っていたらタクシーに乗った意味が…😅近くにアルベルゲにクレデンシャルを買えるか尋ねてみるも、答えはノー🙅♂️自分の行き当たりばったりさから来る至らなさにテンションが下がりかける中、奥方の「それでも行こう!」の声に励まされました(結果的にこのタクシー移動が意味を持つことになります…)3月24日14時5分いよいよ巡礼スタートです🚶♀️➡️🚶➡️この日はまずは9.23キロエステーリャからヴィジャマヨール・デ・モンハルディンまで歩きます高低差はこのような感じ天気も上々素晴らしい滑り出しです通りかかった八百屋さんでバナナを買っていきますひさびさのこのサイン☺️公園で腹ごしらえをして再び歩き始めると、程なくして次の集落へ家の門にもホタテ貝と巡礼者のモニュメントモホン(mojón)といわれる道標に従って進んでいくと…出たぁ!イラーチェのワイン工場ここは巡礼路のハイライトの一つで、蛇口を捻るとタダでワインが出てくるという…🍷早速奥方を促すと…おお!ホントに出てきたー!すごい😍試飲なさる女史奥「若くて新鮮で力が湧いてくる味」とのこと撮影を終えてこちらも蛇口を捻ると、アレ?全開にしてもチョロチョロしか出てこない…💧しかも、止まった…?どうやら1日に出てくる量が決まっているのか、こちらはほとんど飲むことができませんでした…😢あわよくばペットボトルに一杯に詰めて、ワインをひっかけながら歩こうと思っていたのに…まぁ先は長いよー、との神様のお達しだったのでしょうそれにしても可哀想なのは、自分たちのあとから来た自転車の2人の若者たちもの凄い勢いで坂を上ってきたところをみると、相当期待してきたようですが…モウデナイヨー😂イラーチェ修道院を抜けひたすら進む遠くには雪を頂いた山々清麗な空気あぁ、帰ってきたなー❗️時差ボケも何のその巡礼路上でよく見られる坂の途上に建つ建物歩き始めること約2時間半、丘を上っていくとワイン畑が広がっていましたどうやら左の株がシャルドネ、右がピノノワールだそうです約1200年代に建てられた泉の湧く古い建造物の中から17時15分、ついに本日の目的地ヴィジャマヨール・デ・モンハルディンに到着!二人揃って約10キロを歩き切りました!さて、ここからは本日の宿探し幸運にも最初に入ったアルベルゲ ヴィジャマヨール・デ・モンハルディンにベッドが空いているとのこと良かった!お値段は、ベッドと二食付きで一人€30でした親切なオスピタレイラ(女性の宿主)に2階の部屋に案内されると、すでに7人ほどの巡礼者が身体を休めていました軽く挨拶をして、シャワーして、そこで下着類、靴下を洗って、洗濯物を干しに行くと、すでに洗濯バサミがほぼ使われているこんなこともあろうかといくつか持っていったものの、どうしたものか…するとベッドにいた筈のイカつい大男が来て、自分の洗濯物を片付け始め、「オレのもう乾いたからコレ使いなよ」と洗濯バサミを渡してくれたのですなんて優しいんだ…☺️深く感謝して使わせてもらいますその後夕食を食べに階下へ向かうと、先ほどのイカつくて優しいお兄さんと同じテーブルになりました出身地を聞くと何とドイツ!その瞬間にお互い心からホッとしてドイツ語トーク開始ヴュルツブルクから来ているミヒャエルという彼は、とても陽気でいろいろと話が弾みましたミ「巡礼路でまさか日本人とドイツ語で話すことになるとは思わなかったよ!」他にアメリカに住んでいる韓国出身のクリスさん、そして巧みに英語、スペイン語を操るリューベックから来たドイツ人のおばさまと楽しく食事をしましたオスピタレイラが作ってくれた料理はとても美味しく、カボチャスープにチョリソー、ポテト、目玉焼きそしてデザートはチーズにイチジクとクルミを載せた一品疲れた体が一気に緩みました寝る前に洗濯物を確認しにいくと教会の鐘が鳴り美しい夕暮れが広がっていましたこうして長〜い1日が終わります…この日の総歩数は19,592歩!ここから最高に感謝の巡礼体験が始まります🥾(ここまで読んで下さりありがとうございました😊)
Apr 12, 2026
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一歩一歩確実に歩み続けてきた2025/26シーズンもいよいよ22日のユニバーサルコンサートを残すのみそろそろゴールが見えてこようかというその前に、大きな本番がありました骨髄バンクチャリティーコンサート2023年に続き2回目の出演です今回は暴走せず、「なるべく身の丈にあった作品」を意識してプログラミングしてみました春待ちコンサートということでベートーヴェンの「春」をメインに据え、数年前に大進先生とブレハッチが札幌で演奏したのを聴いて以来ハマってしまったモーツァルトのソナタKV.296をやってみよう、とさぁ他をどうしよう…たまには本当は弾くことが大好きなバッハを、ということで明るいパルティータの第3番をそして最後まで迷った残りの1ピースはショーソンのポエムに実は昨夏に和波先生の講習会で、ショーソン愛に溢れた受講生の演奏と素晴らしすぎる玉井菜摘先生のレッスンに触れて、ドイツのクスマウルクラスでの一発目の発表会以来、公の場で初めて弾いてみよう、とさぁ準備を始めますか…実はベートーヴェンは昨年の9月から10月にかけて、創成高校での特別授業で曲の成り立ちも含めて15コマほど担当させて頂いていたので、ある程度余裕を持って臨む事ができましたバッハはやはり10月に小樽の商工会議所の会合で演奏させて頂き、本番でも譜面を見ることを決断モーツァルトについては、当時彼が就職活動中のマンハイムで、お世話になった方の娘さんにプレゼントしたというこの作品を、悦びと想像性を持って譜読みしますその過程でこの第2楽章は、当時ロンドンを中心に一世を風靡していたヨハン・クリスチャン・バッハの「甘いそよ風」のメロディーを拝借している事が判明オリジナルを検索するも…譜面もYouTube音源も歌詞も出てこない唯一やっとの思いで見つけ出したのがCD早速取り寄せてみると、原曲はカストラートのためのものだったようですここで歌っているアリス・クリストフェリスという方もとても美しいお声で…完全にメロディーがコピーされていたわけでは無かったものの、とても参考になりましたそしてショーソンとにかく演奏することが大変で、作品についての下調べどころではありませんでしたが、それでもギリギリ伝記を取り寄せて飛ばし読みそしてポエムを作るキッカケともなったツルゲーネフの「愛の勝利の歌」も検索これも原本が出てこない!Amazon、古書店、図書館全滅!こちらも唯一電子図書としてなら存在していて、Kindleをダウンロードして読んでみますキーワードは、イタリア、三角関係、ヴァイオリン、謎のメロディー、ペルシャの妖しいワイン、セイロン島から連れてきた舌の切られた使用人、新たな生命…何だか読後感のスッキリしない物語だし、詩曲自体もストーリーそのものを追った感じではないことはよく分かりました2月末に虎杖浜の温泉で本番を踏ませて頂き、いざキタラでのコンサートAIR'G(FMラジオ)出演効果もあってか、多くのお客様においで頂きました!まずはモーツァルトから楽しくスタート🎻間にトークも入れて…オレ何でこんな笑ってんだろ…😅そのおちゃらけモードのままバッハに入ったら、何回か崩壊しかけて慌てて集中!しかし奥方さまのマイクが実にご立派でございまして…いや、もちろんマイクだけではありませんが…🎹ショーソン、ベートーヴェンと何とか弾き切り、最後はドビュッシーの月の光でフィニッシュ!いつも通り頼もしい奥方だったのでした!有難いことに、多くの方々から喜びの声を頂くことができました!そして多くの御寄付を頂けたようで、これで今回の私たちのミッションは成功裡に終わったと言っても良いかと…本当に素晴らしい機会を頂けて感謝の思いで一杯です!これから少しでも骨髄バンクについて理解が深まり協力者が増えますように!
Mar 19, 2026
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2月22日「×(かける)クラシック」の公開収録に出演させて頂きましたこの番組の札幌収録にあたって、以前札響でご一緒させて頂いたMCのお二人が、たぢおがこの番組を聴いているようだとスタッフさんにお話ししてくれたようで、事務局を通じて出演の依頼がありましたこちらとしてはこのお二人に加えて大音楽家の阪田さんという素晴らしい方々とラジオなんて、全くの役不足だなと思いましたが、せっかくのお話ですし、大好きなラジオに出ることができるなんてこんなに幸せな事もないので、喜んでお引き受けしました収録の一週間ほど前にスタッフの方から電話での事前取材があり、2日前にメールで台本が送られてきましたセリフが一言一句決まっているのかと思いきや、大枠で質問内容が書いてある他は、ほとんど自由に喋ることができるようです本来であれば22日の収録日を指折り数えて楽しみにしたいところでしたが、前日まで洞爺湖〜七飯町ツアーがあり、当日寝坊しないことだけで精一杯😅今回はお話だけでなく、演奏もしなければならず、なかなか緊張感があります…さてその収録日10時30分にNHK札幌放送局に入り、11時からまず阪田さんと放送で弾く「タイス」のリハーサルあの阪田さんと2人で弾かせて頂けるなんて!彼のピアノはしなやかで理知的、スタジオの音響も絶妙に調整して頂き、とても気持ち良く演奏できそうです🎻続いて上野さんが加わり、この収録のために特別にトリオ版として編曲された「虹と雪のバラード」のリハーサル上野さんの温かい音色が心地よいいやぁありがたいなぁ…♨️そこに市川さんがいらして軽くマイクチェック🎙️おお、まさにいつも聴いている「かけクラ」の世界!ここで一旦退席して、オケのリハーサルへ実は収録自体は15時30分からだったのですが、前半は阪田さんをメインゲストに進み、後半はそこにたぢおが加わるという形でしたキタラで翌日行われる2回本番のプログラムを練習思いのほかスムーズに進み、16時にはNHKに戻りますすでに収録は始まっていて、こっそりスタジオに入ると、日本全国からいらっしゃったという約150人のお客さまでびっしりそんな中、3人の軽妙なトーク、阪田さんや上野さんの華麗なプレイが会場を盛り上げます 少し休憩の後、いよいよこちらの番ですMCコンビの呼び込みでステージへ何だかこのような入場は慣れないのでなかなか照れますね…実は紹介された時に「アマデウス!」と、かけクラ式新年の挨拶をかましてリスナーぶりをアピールしようかと目論んでおりましたが、いきなり引かれても困るので自重…いや、やんなくてよかったかも😅いざ始まってみると、MCのお二人がこちらをウマ〜く掌でコロコロしてくれたお陰で、とても楽しくおしゃべりができました阪田さんとも良いキャッチボールができたなー演奏も含めてあっという間の1時間でした!最後にスタジオの皆さまをバックに出演者4人でパシャリ📸こりゃオンエアが楽しみだ……3月1日の放送を聴いてみるとまずは阪田さんの出演場面「ピアニスト」にとどまらない彼の音楽家としての姿に尊敬の度を深めました😌そしていよいよたぢお編おお、とっても上手に編集して下さってる!特に「オンエア」にまつわる思い出の一曲に選んだブラームスの交響曲第1番第二楽章では、曲に会話が乗り、その切れ目でコンマスソロが入るという粋なつくりさすがNHKさま!お客さまの反応も含めてとても臨場感のある放送でした!それにしても各メディアに引っ張りだこの市川紗椰さんは、全くもって「そのまま」の方で、ついそのことについてご本人に「どうしていつもそのような自然体でいることができるのですか?」と伺うと、「え?だって自然体でいなくてどうするんですか?」とスパッと回答う〜ん、自分もそうありたいなぁ!市川さんに限らず、ラジオからはその人そのものがテレビよりも感じ取れるので、やはり好きですさてここからが今回書きたかった「本編」ですのでもう少しお付き合いを…🙏ラジオのスタッフさんに改めて感謝のメールをお送りすると、「次回のかけクラでも公開収録についてお話ししてますので是非聴いてみて下さい」とのことというわけで、定期演奏会から帰宅して早速らじるらじるのアプリを起動しますふと、その日の朝の名演奏ライブラリーを覗いてみると…なんとポンマーさんが特集されているじゃああーりませんか!さらにスクロールしていくと…おお、札響だー!あまりに驚いて先にこちらの番組を聴いてしまいました!ライプツィヒ新バッハ合奏団のイキイキとした演奏!ふとライプツィヒ出身のウィーンフィルコンサートマスターであるシュトイデさんが、ポンマーさんとこの楽団の素晴らしさを語っていたことを思い出しましたいやぁ得難い経験をさせて頂いていたんだなぁ…ライプツィヒ放送響、ハンブルク・カメラータと来て、いよいよ札響…何だか急に仕事モードにスイッチが入ってしまい、スコアまで持ち出して聴き始めた自分に嫌気がさして、途中で聴くのを止めてしまいましたやっぱり自分が弾いた演奏にはまだまだ心が乱されます…満を持してかけクラ!ところどころに公開収録についてのコメントが!何だか自分の声が流れてくるより、お二人に「思い出」として名前をあげて頂く方が嬉しいなぁ😃「今ごろはどんなご飯を作りながらこの放送を聞いてくださっているのでしょうか…」はい!こんなグラタンを作りながらね!でも公開収録もいいけど、やはり普段着のかけクラはお二人が心からリラックスしていて、より楽しいですね!これからもラジオにそれぞれの本業に、心から応援しております!またいつかご縁がありますように!そしてこの日の締めは札響東京公演の後半、「英雄の生涯」中学時代にソルフェージュ、楽典のレッスンを受けた柴辻先生の司会曲の一音目からググッと引き込まれますうわぁ、グランディ凄いなぁ…!舞台で感じるものとはまただいぶ違う印象です食事中のフォークが完全に止まった自分のソロまるで本番かのように緊張感MAX今さらどうしようもないのにね…😅う〜ん、よく頑張ったけど、ちょっと間伸びしちゃってたかな…まぁいいや…「ソロマイク」のお陰か、だいぶ響きを加えて下さったようですしかし「英雄の戦場」の場面は鳥肌が立つほど凄かったなぁ!反省すべき点もチラホラ散見されましたが…どんどん良いオーケストラになっているようです!自分も負けずに頑張ろう…!アンコールは悦びに溢れててよかったな!最後に柴辻先生から「コンマスの田島さんの演奏は…」とコメントを頂けたことにとてもしみじみしてしまいました🥲というわけで、「ラジオジャック」な一日も終わり、ラジオバブルもお空の向こうへ🫧さぁ次は金曜日のチャリティーコンサートに向けて頑張ろう💪皆さま是非お越しください🙇♂️
Mar 10, 2026
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明日3月1日午後2時より先日出演させて頂いた、NHK-FMの「かけるクラシック」の公開収録の模様が放送されます!司会の市川さん、上野さん、そしてゲストの阪田さん、いずれもとても気さくで素敵な方々で、楽しい時間を過ごすことができました!そして午後7時25分からは同じくNHK-FMで「ブラボー!オーケストラ」先日行われた札響東京公演のプログラム第一部が放送されます番組進行を務める柴辻純子さんは、何と桐朋受験のためのソルフェージュと楽典の先生!約30年の時を超えて、再びお世話になります!そして2月27日には、北海道のFM局AIR Gの番組、北川久仁子 ふふふにて、3月13日に行われる骨髄バンクチャリティーコンサートの告知を兼ねて、夫婦で出演させて頂きました!北川久仁子さんの包容力を前に、ついたくさん喋ってしまいました…この番組はおそらく3月6日頃までradikoで聞き逃し配信があると思いますので、ご興味のある方はいかがですか…?でもやはりラジオの世界は大好きです!また機会があれば嬉しいなぁ…!お声掛け頂き、本当にありがとうございました!📻
Feb 28, 2026
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一昨年の年末頃でしたか、事務局から2026年の一月定期及び東京公演でコンサートマスターを務めるようにと指名を頂きましたプログラムのメインはR.シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」シュトラウスの最後の交響詩にして、コンサートマスターの大きなソロが存在しますそれまでの様々な状況や精神的コンディションから、その事務局の判断は完全に青天の霹靂で、「あ、これでいよいよ札響卒業か、コンマス引退だな」と本気で思いましたそこから約一年、数多くのコンサートで演奏しながら、自分なりにこの曲を弾く覚悟を固めていきましたこの曲のソロ部分をオーケストラで初めて経験させて頂いたのは、2023年それまではドイツのオーケストラの入団試験の課題として散々弾いてきましたが、実際アンサンブルとしてのソロ部分の何と難しいことか!その本番は健闘虚しくとても空回ってしまい、もう一生この曲を弾くことはないかもしれない、と悲嘆にくれておりましたが、まさかもう一度機会が与えられるとは!2025年の節目となるコンサートを終える毎に、「英雄の生涯」への距離が近づいてきます6月にウィーンフィルのシュトイデさんがいらした時にこのことを話したら、「いつでもレッスンしてあげるから、動画をメールで送ってね!」と有難いお言葉さらに11月に今回の指揮者のエリアス・グランディが来札した際に、ソロ部分について軽く打ち合わせ2026年に入り、そろそろもう一段ギアを上げようかというタイミングで、事務局から「札響定期プレトークとして一人でYouTube解説をお願いしたい」とのこと1月もかなり仕事が立て込んでいたものの、その合間を縫って武満、マーラー、シュトラウスについて、伝記や音源など資料を集め、トーク内容をノートにまとめていきましたそれと同時に個人練習はもちろんのこと、この大舞台でも耐えうるメンタルを意識的に育んでいきました今回一番避けたかったのは、自分で緊張感を必要以上に煽って自滅してしまうことそんな自分を知ってか知らずか、携帯電話のアルゴリズムがYouTubeのおすすめ動画に、スポーツドクター辻秀一さんのサイトをやたらと推してきます幸いにそれらはとても素晴らしいものでした!「いま、ここ、自分」や「不機嫌さは周りも自分も誰も得をしない」など、他にも多くの心に残るフレーズがありましたそんな様々な努力にも関わらず、ある夜には30分ほど呼吸困難に陥る始末こりゃよっぽどプレッシャーを感じているんだな、たぢおはその夜以降、入浴とヨガを日々の習慣に加えて過ごしますそしてYouTubeの収録日いきなり「東京公演で英雄の生涯ですね!」と、こちらの神経をとてつもなく逆立て、煽るような問いかけが来たので、「その前に札幌があるし、札幌では札幌のベストを尽くし、東京では東京でその時のベストを尽くしたい」と冷静に対処クラシックコンサートはオリンピックじゃない…!その時の模様です札響プレイヤーズトーク さていよいよリハーサル初日、エリアスの情熱溢れるタクトがオーケストラを昇華させていきますソロ部分は相変わらず難しいけれど、有難いことに彼はこちらのイメージに寄り添ってくれるタイプで、それだけでも余計なプレッシャーが抜けていきます80年代に札響が初演したという武満の作品は、弦楽器のみの編成で、とても難解なものみんなで?マークのまま初日を終えましたシュトラウスのソロ部分のリハーサル録音を聴いてみると、課題は多いものの、何とか乗り越えられそうな兆しを微かに感じました2日目は何とソロ部分が時間の都合でカットされてしまい、緊張感をもって3日目へこの日からリハ場所がキタラに変わったので、いつもより早めに「勝負」をかけて本番モードで演奏その前日からリハーサルに加わったベンジャミン・アプルさんとのマーラーも、いよいよ熱を帯びてきましたそしてコンサート初日のゲネプロ日々作品への理解度が高まり、透明感を増す武満のア・ウェイ・ア・ローンII、若き日の失恋の痛みと諦めに満ちたマーラーのさすらう若人の歌、そしてエリアスの指示により本番に向けて力を温存した英雄の生涯さぁ、いよいよ本番ですところでこの定期演奏会をとても楽しみに待っていてくれた方がいらっしゃいましたそれが定期会員のMさん彼はとても熱心に札響を応援してくださる方で、時にとても厳しい意見を頂くこともあるのですが、数年前に癌に罹り、余命宣告まで受けてしまいましたこのままでは大好きな「英雄の生涯」が聴けないかもしれない…「微力ながら札響を頑張って支え続けるので、とにかく会場に帰ってきてください!」とメールのやり取りを続けました彼は壮絶な抗癌治療を経て、何とか来場できることになりました他にも20年来の親友のFくん、同じく20年来お世話になっているTさん、数年前からヴァイオリンを教えているAさんも、大きな病気を抱えながら、あるいは乗り越えながらいつも励まして頂いていますそしてオーケストラのソロをコンサートマスターが演奏するということは、オーケストラの評価に直結するということで大変な責任を伴うわけですよね様々な想いを胸に音楽の大海原に飛び込みましたいざその緊張感のある世界に入り込んでみると、むしろ冷静で、ゆっくりと時が流れ、次々と訪れる楽想を楽しんで受け入れる心のゆとりがありました何とか初日を終え、2日目の演奏の前にやはり緊張した面持ちで舞台袖で待機していた時、チェロの石川祐支さんから、「タジ、あまり上手く弾こうとしたり、背伸びをしようとしない方がいいかもよ」との金言を授かりますこの言葉が効いたのか、この日も多少のミスはあったものの、無事に弾き切りました終演後、ロビーで定期会員のMさんとご挨拶涙を流して「田島さんの英雄の生涯が聴けて本当に良かった!」と言って下さり、この一年、あるいはこれまでの頑張りが報われたような気がしましたまだまだ元気で札響を聴き続けてほしいものですこの数日後、東京公演に備えて茨城の実家に帰省両親と猫のレオくんから元気をもらい、心を一旦リセットそしていよいよサントリーでの本番へゲネプロ前にいつものお蕎麦屋さんに並んでいると、向こうのほうからニット帽をかぶったマスクをした外国人が歩いてくる…よく見たらエリアスくんじゃぁあーりませんか!こりゃ有名人が変装しててもわからない筈だ…お昼ごはんを食べて、楽屋でゆっくり音出しをして、会場で響きを堪能して…やはり何度来てもここも素晴らしいホールですね!キタラとはまた別の音の飛び方ですが、締まった響きというか…この日はラジオの録音があり、ゲネプロからマイクが目の前に立っていましたが、気にしない!(ふり)エリアスからの金言は、「速いパッセージはゆっくりはっきり。もう弾けているし、弾けるんだから、あとは勇気を持って!」そして始まったコンサート武満はそれまでで1番作品に近づけたように思いますマーラーでは、フィッシャー=ディースカウの最後の弟子、アプルさんの深い表現力にすっかり痺れっぱなし彼にもとても喜んで頂けて本当に良かった!そして頭がボーっとした状態でいつの間にか始まっていたシュトラウス「英雄の敵」に入る前にオケ団員さんを俯瞰して眺めながら演奏中、何故か「みんな愛してる」と呟いている完全にイッてしまっていたたぢお「英雄の伴侶」の直前も、いつものように息を吐き切ることをせず、すーっと入っていってしまいました一箇所肝を冷やしたところがありましたが、あとは全く憶えていませんでもとにかくエリアスもオーケストラも素晴らしかったような気がしますもしもご興味のある方は、その公演の模様がNHK-FMで放送されますので、是非お聴き下さい3月1日と8日の19:25から20:25まで2回に分けて、NHK-FMで放送されるようです開演前にはヴァイオリンの平尾先生やホルンの水野さん、終演後には家族、親戚に加えて、同級生でヴァイオリンのフミ、がのっち、後輩でチェロのヨウコ、そしてHerfordの大先輩であるチェロの辰紀さんやクラリネットの四戸さんとお会いすることができ、さらにここ数年の恒例となりつつあるハンガリーレストランでの打ち上げでは、奏くん、ふぢもとさん、小松さん、そして野津くん夫妻とほぼ終電まで旧交を温めました🍻いやはや、何ともしんどい、しかし充実した日々を送らせて頂きました全ての事柄、人々に感謝です!ちなみに翌日は4時半起きで奥方様の同伴でディズニーシーへ…開門2時間前から閉門ギリギリまで思う存分堪能したとか……アトラクション2時間待ちが3回もあってマジグロッキーとかなんて決して無かったとか………次は8月にランドに行こうとしてるのを必死に止めようとしてるとかしてないとか…………🥲
Feb 26, 2026
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ひさしぶりの更新です怒涛の1月公演、2014年に札響復帰してからクライマックスのひとつとも言える定期演奏会及び東京公演、2月の6連勤を終えて、ようやくひと息ついている、あるいは体が動く事を拒否している日曜日気持ちの整理も含めて書きますね11月の思い出深い仙台での室内楽公演の後は、またまた本州でのお仕事静岡に飛び、静岡、御前崎、岡山に移動して新見、島根に移動して雲南での移動公演でした各地の生徒と交流を深める傍ら、自由行動が認められた移動日には、配られた新幹線チケットを変更して浜松から岡山まで在来線の旅を楽しんだり、休養日には仲間と小豆島で過ごしたり、と冬を前にしっかりと日光を浴びてきました札幌に戻ると、今度は中標津、遠軽公演普段通り自家用車で移動しましたが、実は総移動距離約750キロ!道理で遠軽からの帰りの高速で、札幌方面ではなく、名寄方面へ間違えちゃう訳だ…それでもどうしても車で移動したかった理由の一つが、久しぶりに野付半島の雄大な自然に触れたかったことこの半島は中標津町より更に東に位置する海沿いの別海町にある、何やら細ーい海老のような形をした砂嘴(さし)で、すでに2回ほど訪れています今回はどんな姿を見せてくれるのか…中標津への移動日に日没の15時45分の1時間は前に到着できるように朝早くに札幌の自宅を出発6時間近く走って、ようやく半島入り口の一本道へネイチャーセンターを過ぎて、車で行ける限界まで進みますそこから先は徒歩↑これAIじゃないですよーこの日の宿は中標津保養所温泉旅館食事もお湯も最高でした!翌朝、日の出を見たくなり再び野付半島へ🚙こういうところに来ると、写真を腕を上げたくなりますね今回も息を飲むような美しさに触れることができました…!そして12年目のレガシイくん、いつもドライバーのわがままな運転に付き合ってくれてありがとう😊この後11月定期、12月に入り、清水和音さんの三大協奏曲、岩見沢、北洋銀行さんの本番では、HBCの糸賀舜アナウンサーが進行役テレビやラジオでご活躍の彼とお会いできて嬉しかったです!そしてヒタル定期、ジルベスターと雪崩れ込む中、結婚記念日も兼ねて、温泉旅行へ今回は十勝管内足寄町の芽登温泉以前テレビで観て気になっていたところでしたここは自宅から約250キロ時間があるなら、長距離移動はゆっくりと車窓を楽しみながら高速を使わずに走りましたその道すがら、一月定期で演奏する、武満徹のア・ウェイ・ア・ローンIIを世界初演した時の札響のCDを聴きます札幌市民会館でのライブ録音で、途中に武満さんご自身の解説もあるという… 北海道の雄大な景色を眺めながら、札響の大先輩方の素晴らしい演奏、そして武満さんの肉声に触れるというのも、なかなか得難い体験です何だかしみじみしながら温泉に到着この日は平日でしたが、何と他にお客様がいない、とのこと!貸切です!🤯お湯も、食事も、サービスもとても心温まるものでした❤️ちなみにこの日の朝の気温は−20℃!久しぶりに鼻の中が凍りましたよ!🥶そんなこんなで2025年もいろいろなことがありましたが、最後は緩やかに過ごすことができましたね皆様に感謝です!🙏
Feb 15, 2026
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久しぶりに遊びにきてくれたゴジュウカラちゃん雪を食べたり、松をつついたり…縦横無尽に跳ねまわりますた「やっぱゴジュウカラちゃんはかわいいなぁ!」奥「女はシジュウカラよ!👩」はい、2026年も彼女は舌好調です…😅
Jan 24, 2026
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11月には仙台で演奏の機会を頂きました元札響コントラバス首席奏者の助川龍くんからのお声掛けで、彼らが主宰している室内楽シリーズ「パトナ」で、バルトークの「コントラスツ」とバッハの「ゴルドベルク変奏曲」の弦楽五重奏版というプログラムバルトークは全くの初めまして、バッハは一度札響にシトコヴェツキーさんがいらっしゃって演奏したことがありましたが、やはりこの編成では初めてということで、コンサートに向けてかなりの準備期間を要しましたまずバルトークを聴いてみると、おやおや第3楽章にヴァイオリンの大きなソロがある!しかもその楽章の冒頭で調弦を変えた楽器で演奏して、数小節の休符ですばやく元の楽器に戻すという、まぁ何というアクロバティックな…この曲は、バルトークと同じハンガリー出身の名ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・シゲティが、知り合いのジャズ・クラリネット奏者「スイングの王様」ベニー・グッドマンとバルトークのピアノとの三重奏曲を作ってもらえないか、とバルトークに発注してできた作品だそうで、有難いことにその初演をしたメンバーの録音がYouTubeに残されていますバルトーク コントラスツ様々な素晴らしい音源を聴きましたが、この温かい音色で奏でられたこの録音が1番しっくり来ましたねぇバッハは五重奏版の録音を見つけることが出来なかったため、アンドレアス・シュタイアーのチェンバロと、アンドラーシュ・シフの音源を基本に、シトコヴェツキーらの演奏する弦楽三重奏版なども挟みつつ、スコアやピアノ譜とにらめっこして理解を深めていきましたさらに小沼純一さんの書いたこの一冊からは、とても多くの示唆を得ることができ、一気に興味が深まりましたバルトークはある程度きっちり、バッハは議論できる分の余白を作っていざ仙台へ仙台は自分が生まれた土地でもあるし、現在も祖母や叔母家族が住んでいるということで、特別な思いがありますそういえばプロ奏者になってこの地で公の演奏会で弾くのはこれが初めてでした本来は2日間のリハーサルで仕上げなければならなかったところ、主催者や共演者に無理を言って、バルトークだけ3日間にして頂きましたタイプの全く違う2曲を、ほぼ初めての皆様とその期間内でまとめる確信がなかったからですただその心配は初日で杞憂に変わりましたバルトークでご一緒したクラリネットのダビット・ヤジンスキーさん、ピアノの文京華さんの素晴らしいこと!おふたりの音楽への情熱で、コントラスツへのたじろぎ感が一気に取り払われ、気付いたら汗だくになりながら夢中で弾いていましたダビットさんの第1楽章でのカデンツでは毎回魂を抜かれ、京華さんのそのダイナミックさと繊細さを兼ね備えたピアニズムに圧倒されっぱなし!くたくたになりながらも充実した初顔合わせでした翌日はまずバルトークから始めて、続いてゴールドベルクへこちらのメンバーは、まず2ndヴァイオリンが初めましての川又明日香さん、ヴィオラが夏もご一緒した村松龍(りょう)さん、チェロが以前東京アンサンブルで一緒にトルコに行ったこともある三宅進さん、そしてコントラバスが旧知の助川龍(りゅう)くんということで、挨拶もそこそこに楽しく譜読みをスタートこの曲は両端のアリアと30の変奏曲から成り、繰り返しも含めると1時間20分ほどかかる長大なものリピートの有無、ボウイングや速度の確認、そして何よりこの五重奏版はどんな響きがするのか、様々な未知の領域を楽しみながら初合わせが終了しましたそれにしてもメンバーもさることながら、幸運にもリハーサルから使わせて頂いた宮城野区文化センター「パトナホール」の素晴らしい響きも充分に堪能しましたその翌日もまずバルトークからさすがにバルトークとバッハという2作品にパワーを吸い取られて、合わせでグロッギーになりかけながらも、やなおグイグイ弾こうとして空回り始めたたぢおを見かねたダビットさんが、「世の中にはいろいろなコントラスツの演奏があるけど、うちらもう40代だし、20代みたいにしゃかりきに弾かなくてもいいんじゃない?」と優しい一言お陰で内部崩壊せずにすみました感謝ですねぇ…バッハでは、たまたま立ち寄った英文のサイトに書かれていた、各変奏曲の「標題」を皆様と共有さらに奏法や解釈、音程などを適度に突き詰めていきましたしかしゴールドベルクも本当にやりがいのある作品です合わせを進めていくうちに、無私の境地というか、自然に浄化されていくのがわかりますこのグループも、いつの間にか自由闊達に意見を出し合える雰囲気となり、とても居心地が良かったそして本番の日ゲネプロではビシッとバルトークを合わせ、バッハは初めての全曲通しとなりましたよし、行ける…!本番5分前にステージ上で、開始を告げるオリジナル作品を演奏助川くん、三宅さん、そして主宰の1人である西澤さんによる軽妙なトークで会場が空気が暖まったところで、いよいよバルトーク素晴らしいお二人と腹の底から音楽しました🎻難しいカデンツや変拍子がわかりづらくなる9度の弾きにくい和音も何とかハマり、感動のフィニッシュ!あっという間の20分でした🚀続いてゴールドベルク前半と同じく、楽しいトークの後にいざステージへとても美しいアリアから長い音楽の旅路へバッハの音楽に包まれながら、各変奏曲を素晴らしい奏者の方々と散策します何の心配もせずに、ただただめくるめく音楽を堪能する、これって本当に幸せなことですね当時ゴールドベルクの演奏を聴いたカイザーリンク伯爵も、さぞかし満たされた気分になったことでしょう様々な景色を見終わって、また最初と同じアリアに戻ってきた時、なぜか弾き始めた時には感じなかったとても感傷的な気持ちが心に去来し、体にじんわりとしたものが降りてきましたなんと他のメンバーも同じような感覚に陥ったようで、きっと何かを共有できたんだ、と嬉しくなりましたこのコンサートには、両親や叔母家族も来てくれて、こちらも嬉しかったですねぇ…またこのメンバーで何かできたらいいなぁ翌日は親戚と合流して、祖父のお墓参りに行き、山形県村山市の「あらきそば」に連れて行って頂き、美味しいお蕎麦を堪能、仙台に戻って、少し前に入院してしていた来年1月に99歳になるおばあちゃんと久しぶりの再会を果たしましたなかなか訪れることが出来ないけど、やはり仙台は特別な土地また一つ素晴らしい思い出ができました皆様本当にありがとうございました😊
Dec 27, 2025
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内地から数週間ぶりに戻るとすぐに下野さんとの定期演奏会ジョン・アダムスの「ハルモニーレーレ」には苦労しましたが、なかなかいい曲で…ベートーヴェンのピアノ協奏曲は大好きなアンヌ・ケフェレックさんいまの時代にめったに聴けない美しい音色、音楽への誠実さ、伝統の継承を肌で感じられる素晴らしいピアニストですアンコールのヘンデルも涙を禁じ得ない繊細な演奏左手のポジションチェンジの丁寧さまで、かぶりつきで見ることのできる幸せ!感謝の気持ちを持って堪能致しましたいつまでもお元気で、また素敵なピアノを聴かせて下さい!あいぷらん様のコンサートでは、豊かな才能をお持ちのホルニスト、トランペッターの伴奏をし、大雨の中、道東は音更、帯広、釧路の皆様に音楽をお届けし、札幌に戻って、初めて千住真理子さんとの共演デビュー50周年だそうです!G線上のアリアから始まって、メンコン、チャイコン、ツィゴイネルワイゼンのフルコース!指揮者の岩村力さんを中心に、温かい雰囲気で彼女をお祝いする事ができたように思いますそして9月一杯で札響を退職してしまったのが、ライブラリアンの中村大志さん彼は、長年にわたって製本作業はもちろんのこと、ライブラリーのオンライン化、近代化に大きく貢献され、多くの団員さんが、より演奏しやすい環境を作り上げて下さいました!心から感謝の気持ちをお伝えすると共に、次の職場での大活躍を祈念しております!10月に入ってすぐに始まったのが、プロコフィエフのバレエ「シンデレラ」札響として初めてシンデレラ全曲を演奏するという中で、それをゲネプロを含む3日間でまとめなくてはならないという、何か試されているようなスケジュールでしたが、この慌ただしい日程で特に大きな事故もなく、無事に2日間の本番を終える事ができたことに、改めて札響団員さん方を誇りに思います!後日、観に来て下さったお客様からも喜びの声をいただく事ができました…😮💨ダウスゴーさんという素晴らしい指揮者とご一緒できた定期演奏会、メインのニールセン交響曲第4番はもとより、竹澤恭子さんとのブラームスは忘れ難いものとなりました学生だった25年ほど前に初めて共演させていただいた時から、全くぶれずに徹頭徹尾「音楽」をしていらっしゃる姿に、改めて最敬礼でございます10月22日には、ウクライナ人のヤーナ・ヤブロワさんと奥方様とで、トリオのふきのとうホールにて、オール・ウクライナプログラムでの演奏会そもそも彼女との出会いをお話しすると…数年前からレッスンさせて頂いている方の弟さんから、「ウクライナから避難してきているヤブロワさんと演奏してくれないか」と奥方さまに共演の要請があったのが始まりでしたそこで自分も少しでも手伝わせて頂けないかと申し出て、最大編成がトリオとなる事が決定6月、9月、10月に東京から来てもらって、合わせを重ねました北海道新聞にも取り上げて頂きましたただオールウクライナプログラムということで、全てが新しい曲音源も限られるとなると、頼れるものは楽譜のみ久しぶりにスイッチを深く押して譜読みしましたでもその成果か、譜面から得ることができたインスピレーションがとても多く、充実した時間となりましたそれは自分の弾かないチェロとピアノの作品にまで及び、ちょっとした室内楽の先生にでもなったかのような気分とても真面目で素直な性格のヤーナさん、最初はウクライナの現状についていろいろ話をする事が多かったものの、本番が近づくにつれてコンサートモードに全集中ゲネプロ後も、本番の1時間前までホールで調整する念の入れようで、こちらが心配するくらいでした演奏会が始まると、徐々にギアを上げ始め、最後の作品に向けて完全燃焼していたように思いますウチの奥方もフルサポートで無事に演奏会が終了©️Y.Fujii主催者の仰る通り、彼女が「日本に避難して良かった」と思える演奏会になったとしたら、こちらは本望ですこの演奏会の模様をウクライナ大使館のFacebookページでも紹介して頂きましたウクライナ大使館のFacebookページ彼女のこれからの将来はもとより、一日も早くウクライナに平和が訪れますように!
Dec 13, 2025
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いつ以来でしょう…ようやく日記に向き合える気持ちのゆとりができましたこれまでの期間にも素晴らしい経験をさせていただき、その度に考えさせられることが多々あるというのに、それを記録する前にどんどん記憶が薄れていきますまぁ記憶に残らないということは、結果的に自分にとってそこまで大した経験ではなかったのかもしれないけれど、それでも頭の中から消え去ってしまうのは、やっぱり残念です現時点で思い出せる事を書き出してみます7月は日常の演奏の他に、エスコンフィールドでの日米大学野球選手権の試合前、日本、アメリカ両国の国歌を演奏させて頂きました©️藤井さん日本国歌は言うに及ばず、外国の国歌を演奏することは、失礼に当たらないように気を使う分、とても緊張します…月末には山梨県北杜市で、和波先生御夫妻、チェロの林詩乃さん、ヴァイオリニストで今回はヴィオラを担当された山本大心くんと、ショスタコーヴィッチのピアノ五重奏曲を中心としたプログラムのコンサートがありました初めてのショスタコーヴィッチはなかなかの難曲で、作品を理解しきれない部分もありましたが、師匠である和波先生御夫妻を始め、もう付き合いの長くなっている林先輩、大心くんとの共演は、そこに何やらファミリー感さえ存在する、絆を感じる本番となりました札幌に戻ってブラームスの交響曲第4番を1日練習で仕上げ、本番後にウィーンから遊びに来た桐朋の同級生と約25年ぶりの再会フォルクスオーパーでコレペティをしている彼女は、すっかり「外国人化」していたものの、日本時代からのその苦労や体験談はとても興味深いものでした8月に入り、下野さん指揮のもと雨竜町での本番夏の日差しとお客様の熱気で十二分に温められた体育館での「運命」や「スペイン奇想曲」の演奏は流れる汗を止める事ができませんでしたが、アンコールの「カンカン」で、突然下野さんに指名されての足上げダンスwithポンポンは、心の中で恥ずかしさの涙を止める事ができませんでした👯♀️😭その後松本に飛び、セイジ・オザワ・松本フェスティバルへ今年演奏させていただいたプロジェクトは、まずオペラがブリテン作曲の「真夏の夜の夢」、オーケストラプログラムとして、ショスタコーヴィッチのヴァイオリン協奏曲と交響曲第5番、そして室内楽コンサートではブルッフの弦楽八重奏曲でしたオペラでは沖澤のどかさんやコンサートマスターの矢部さんを中心とした比較的編成の小さなアンサンブルで、初めての作品を堪能オーケストラプログラムで思い出深いのは、何といってもドイツでとてもお世話になったソリストの樫本大進のショスタコ!実はフライブルク時代にこの曲で彼の卒試を伴奏したのですが、この日記を遡ってみたら、それが2004年の12月だったということで、何と約20年ぶりの「共演」です!その時の日記当時は、初めて生で聴く彼の演奏にリハーサルから興奮しっぱなしでしたが、2日あった本番で初日からその興奮が沸点に達し、これ以上望めないなと思った2日目で軽くそれを飛び越えていったという…終演後、審査員で来ていたヴィオラのクリスト先生は彼に膝をついてうやうやしくお辞儀をし、ヴァイオリンのホンダ・ローゼンベルク先生は「Du, ein Wunderkind!(この天才少年め!」と激賞していたのを覚えていますさて、あれから年月が経って「同級生」がどんなショスタコを弾いてくれるのか…いやいや、やはり彼は偉大でした!そしてさらに凄みと深みが増していました!彼の演奏に接すると感じる、あの不思議な吸引力は何なのだろう?彼の10分の1でもその才能が欲しいものです…!また彼の大いなる伝説に触れてしまいました!室内楽では、偉大な矢部さん、桐朋時代から尊敬している後輩にあたる大宮臨ちゃん、そして大進、ヴィオラがこれまた桐朋時代から憧れの存在だった篠崎友美先輩、今回が初めての村松龍さん、チェロが東京アンサンブル以来となる同い年のチョウチン、そしてコントラバスが池松先生という非日常過ぎる豪華なメンバーと共演させて頂きました個人的には2025年の大一番の一つです緊張感のあるリハーサル中も、大進が少しずつ冗談を挟みながら上手く空気を作ってくれて、とても助かりましたゲネプロを聴いてくださった川本さんさんから「もっと田島くんの音が聴きたい」というアドバイスを頂き、本番は個人的にとても楽しく演奏する事ができましたどんな形でもいいからまた共演させてもらえるように精進しよう!これからも憧れの同級生・樫本大進を追いかけ続けます!フライブルク時代の戦友たちと共にそしてこの夏の最後のミッションは和波たかよし八ヶ岳サマーコース 何と来年の第40回をもって終わってしまいますこちらはアシスタントとして20年近く関わらせて頂きながらも、引き継ぐ事のできない非力さを感じながらの参加となりましたレッスン場視覚障害をもった受講生のレッスン風景中国から多くの受講生を連れてきて下さった荒先生によるアンサンブル発表会を袖で聴く和波先生自らの演奏後に挨拶する和波先生御夫妻時は流れます再来年以降、自分の夏の過ごし方も変わっていくのかな、と思うと少し切ない気持ちになりますでも全く想像もできなかった出会いがあるかもしれないし、とにかく目の前の事柄ひとつひとつに誠実にやっていこう🐢
Dec 2, 2025
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素晴らしい47歳の滑り出しとなった翌日、文化庁の巡回公演のため羽田経由で広島市に移動それまで未踏だった地で最初に入ったお店は、泉原くんに紹介してもらったお好み焼き屋さんの貴家4人で4種類を分け合いましたそのまま小雨模様の広島を散策幻想的な原爆ドームガンジーの銅像もありました…翌朝7時30分から平和祈念資料館を見学想像を大きく上回る当時の凄惨な状況に、ただただ言葉を失うばかり2度と同じ、そしてそれ以上の過ちが起きませんように!ホテルまでの道すがら、なんとカミーノのマークを発見‼️どうやら朝からやっているカフェのようでした次回は絶対行こう‼️さて、この日は呉市の小学校で本番ここはチェロの廣狩理栄さんの出身校だったそうです!校歌が流れた時は、なぜか彼女より自分の方が感動して涙してしまったという…(なぜだ…?)終演後は岡山市へ移動ここでも気の合う同僚たちと楽しくお食事しました翌日の訪問先は岡山県新見市の小学校山の中、岩の上に建てられた体育館内での本番でしたちなみにオケトラックはここまで上がって来れなかったので、ステージスタッフが何回も山を徒歩で往復して楽器を運んでくれたとのこと!本当に頭が下がります❗️🙇♂️🙇♂️🙇♂️とても思い出深いツアーとなりました🎻ところで6月は移動続き登別、旭川の日帰りコンサートの他、岡山から帰って数日後に稚内へ宗谷本線の存続も気になる中、やはり今回も車で北上幸運なことに天候に恵まれ、海越しに利尻山を眺めつつ、とても快適なドライブとなりました今年も我が定宿では、カニやウニなど、とても充実したお食事を提供して下さいました!漁村の夕陽もなかなかですね翌朝もこの充実度…😋チェックアウトからゲネプロまで時間があったので、久しぶりに宗谷岬へその途上で茨城の地元つくばみらいの英雄、間宮林蔵の樺太出航の地に立ち寄り、ついに日本最北端へ残念ながらこの日も40キロ先のサハリンは見えず…日本最北のポストから祖母に手紙を出し、ホタテの貝殻を砕いて敷き詰めたという白い道へところでこのコンサートを支援し続けてくださっているのが稚内信用金庫さま今回で節目の40回ということで、終演後にパーティーを開いて下さいました!美味しいお食事に津軽三味線と和太鼓のセッションが入り、とても楽しい時間を過ごしましたちなみにまだ高校生という津軽三味線奏者の方は、前年の稚内公演に来てくださったそうで、「たぢおさんのシンドラーのソロに痺れた」と仰って下さいました感謝です🥲続いてシュトイデさんとの公演今回はモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番、シンドラーのリスト、そしてドヴォルザークの交響曲第8番というプログラムでした指揮者無しですむろんシュトイデさんがソロの時は、こちらがコンマス席に座ってのアンサンブル何回やってもなかなか痺れるシチュエーションですそんな中、美しすぎる彼のソロ、テキパキと進む交響曲のリハーサルを堪能しましたそして今回も指名されてしまいました、シュトイデさんとのプレトークこれは開演15分前から約10分ほどシュトイデさんにインタビューし、それを観客の皆様に翻訳してお伝えする、というもの日々薄れ行く自分の僅かなドイツ語能力を振り絞るこの時間が、実は一番神経を使うという…😅あらかじめこちらで質問を用意して本番前の「大一番」今回は彼に日本語で自己紹介してもらうという「あざとい演出」でお客様の心をキャッチ順調に進んで行ったつもりでしたが、途中で「うらやましい」という意味の neidisch という言葉の日本語が出て来なくて舞台上で悶絶結局うやむやにしてしまいました…😓「モーツァルトはピアノ協奏曲を27曲も書いているのにヴァイオリンには5曲しか書いていない。それはとてもうらやましい」というような文脈だったかなぁ最後に彼にもう一言日本語を喋ってもらって締めるつもりが、「タカ、もう一言!オマエのせいでソロをさらう時間が無くなっちゃったじゃないか、と訳してくれ!」客席がドッと湧きます最後は二人で日本語で締めたものの、しっかり彼の掌の上で踊らされてしまいました💃演奏会の方も、彼との3回目の共演ということもあってか、みんなで生き生きと音楽ができた気がしますこの後一緒に飲みに行って、プライベートのことや、こちらが普段気にしている事など、コミュニケーションを深めましたそれにしても彼は札響をとても高く評価してくれて、こちらも大きな励みになります次の日曜日には唯一の生徒(78歳)の単独発表会80歳でクロイツェルソナタを弾こうと頑張っている彼から大きな勇気をもらっています終演後に彼のお友達と打ち上げパーティー月末は首席指揮者のグランディを中心に、シュテッケルと近衛さんとの素晴らしいドン・キホーテ死ぬ程忙しいけど、素晴らしい環境で音楽できることに感謝ですね!
Sep 10, 2025
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神様ホリガーさんのコンサートから一週間も経たないうちに、もう一人のスイスの大巨匠、我らがマティアス・バーメルトさんが札響にやってきました本当にありがたいことです今回のプログラムはオール・モーツァルトで交響曲第39番 変ホ長調 KV.543交響曲第40番 ト短調 KV.550交響曲第41番 ハ長調 KV.551というものこの三曲はモーツァルトがこの世を去る3年前、1788年の夏に一気に書かれたそうですいつものように「ここに戻ってくる事ができて嬉しい」との彼の挨拶の後、40番からリハーサルがスタート一コマ目が終わった後に、数日前にホリガーさんからの「マティアスに心からよろしく」をお届けすると、「ほぉ、そうかい…」スイス出身のお二方、ホリガーさんは1939年5月21日生まれの86歳、バーメルトさんは1942年7月5日生まれの82歳、指揮、オーボエ演奏、ブーレーズの下で作曲を学ぶなど、何気に共通項が多いですね…同じスイスにいながらもう何十年も会っていないそうですいつか2人が、例えば、札響のステージで、バーメルトさんの指揮の下、ホリガーさんの作品を演奏したり、ソリストホリガーさんが実現しないか…勝手に妄想は膨らむばかりです😚さてバーメルトさんの音楽作りは、「弱音をベースとした洗練された音の美しさ」が大きなポイントになってきますモーツァルトにおいてもその方向で、「古典スタイル絶対主義」のそれとは真逆を行っている、と言っても過言ではないかもしれません個人的には、これまでこの3曲をまとめて演奏した事もありますし、それぞれの交響曲をプログラムの中の一曲として演奏した事もありますが、リハーサルが進むにつれて、改めてそれぞれの作品の偉大さを思い知ることになりましたところで今回の演奏会ではもう一つの大きな嬉しい再会がありましたそれはコンマスサイド奏者として、泉原隆志(いずはらたかし)さんが来てくれた事彼は15年以上も京都市交響楽団のコンサートマスターを務めている素晴らしいヴァイオリニストで、高校の貴重な「男子」の同級生でもあります彼とはここ数年松本のフェスティバルでも会っていて、お互いにコンサートマスターとしての様々な話題を共有しています彼は最も繊細な仕事を求められるサイド奏者として寄り添ってくれつつも、「音楽」をしてくれて、とても大きな安心感を得る事ができました本番前夜には、某高級寿司店の魚の仕入れをしていた知り合いの方に「京都から友人が来るんだけど魚の美味しい居酒屋さんを教えて!」と尋ねて紹介して頂いたお店で3人で食事をしたのですが、想像のはるか上を行く素晴らしさ!しっかり英気を養って翌日の本番に向かいます満員に近いお客様にご来場頂いた名曲コンサートリハーサル前の準備期間、リハーサル中に思い知った事それはこれまでの演奏機会で、モーツァルトが書いた多くのパッセージをうまく活用しきれずに来てしまっていたな、とそして結果的に音楽の流れ、ノリや、ここは「楽しい」「悲しい」などという表面的な感情だけで演奏してきたな、と今回はバーメルトさんからいつも提示される「弱音」というテーマから、同時に鳴っている他のパッセージといかに活かしあって演奏できるか、そのような課題を頂いた気がしますそれと同時にここ最近、個人的に勉強したものが(ようやく)良い結果に繋がる頻度が高くなってきているように感じています本番では39番と40番は、バーメルトさんの指揮を感じつつ、徹底的に他のパートを聴きながら弾いたので、脂汗がじんわり出てくるような感覚でしたが、41番は一番演奏機会が多い事もあってか、はたまたモーツァルトの作品そのものがそれまでのものよりも緊密感を解いてくれたせいか、心から楽しく演奏することができましたアンコールとして用意されたのは、モーツァルトのディヴェルティメントKV.136の第3楽章いつかの東京公演でバーメルトさんと演奏したこともありますそれまでの緊張感から解放されて、久しぶりに「桐朋弾き」をしてしまいました!あー楽しかった❗️終演後にお見送りに出ると、「最初の2曲は低空飛行だったけど後半は素晴らしかったわねー」とか「バーメルトさんのモーツァルトは、往年のカール・ベームを思い起こさせました」 とか「本当に素晴ら…」と言って涙ぐんでしまう男性も…その時のベストを尽くした上で様々な感想を頂けることは、とても参考になります楽屋に戻ってバーメルトさんに「今日は誕生日だったんですよ」と報告すると、とても驚いてくれて、「なんで言ってくれなかったんだ!ハッピーバースデーやったのに!」いやいや…一度だけやって頂いたことがあるけど、嬉しいけど、どう応えてよいかわからないんですよね…代わりに一緒に写真を撮ってもらいました彼が一番「笑顔」でいてくれた一枚😆その後「後泊」してくれた泉原氏とスープカレーと夜パフェで誕生日パーティー🥳🎉47歳最高の滑り出しになりました😃この一年もどうぞよろしくお願い致します🙏
Jun 9, 2025
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今年もやってまいりました、ハインツ・ホリガーさんとの定期演奏会 自分にとっては5回目の共演です初回は2015年 フンメル 序奏、主題と変奏 ヘ長調 シューベルト(R.モーゼル編) アンダンテ ロ短調 シューベルト 交響曲第7番ロ短調「未完成」 バルトーク 管弦楽のための協奏曲2回目は2017年シューマン ミサ・サクラ マーラー アダージェット〜交響曲第5番より マーラー(ゴッドヴァルト編曲)「夕映えに」 ドビュッシー 「海」3回目は2019年ホリガー 2つのリスト・トランスクリプション バッハ 「泣き、歎き、憂い、怯え」より シンフォニア 「わが心に憂い多かりき」より シンフォニア ベルク ヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出のためにホリガー アルドゥル・ノワール(黒い熱) 〜ドビュッシー「燃える炭火に照らされた夕べ」よシューマン 交響曲第1番「春」4回目は2023年 ラシーヌ 愛ー大管弦楽のためのホリガー 薄明ーソプラノと大管弦楽のための5つの俳句ヴェレシュ バルトークの思い出に捧げる哀歌 バルトーク 弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽 そして2025年の今回ホリガー 2つのリスト・トランスクリプション ケルターボーン オーボエと弦楽器のためのバリエーションウェーベルン 管弦楽のための6つの小品(1928年版)シューベルト 交響曲「ザ・グレイト」リハーサル初日、チューニングに入ろうかというところで、ホリガーさん登場振り返って会釈をすると、柔和な笑顔でお手振り😊👋 お、機嫌が良さそうだ…😏 いま思い返してみても、2015年のリハーサルの頃は終始イライラドイツ語で悪態をつきっぱなしでしたが、あれから数回の共演を経て彼の心に変化が訪れたのでしょうか… チューニング後、最初に取り上げられた作品は、ウェーベルンの「6つの小品」 音を出す前に、 「この曲はとても短い曲だけど(約13分)、オレはたくさんリハーサルに時間をかけるよ笑」(←初日は4コマ中2コマ、すなわち2時間) 「業界ではシェーンベルクの室内交響曲から新しい時代が始まったと言われているけど、オレはこのウェーベルンの作品が新しい世紀を開いたと思っているよ」 と言ってからリハーサルがスタート とても複雑で難解な曲も関わらず、彼の手に掛かると譜面上に様々なラインが見えるようで、「このぶつ切れのモティーフをひとつのラインで聞かせたいんだ」とのこと そして彼は大事なモティーフの音符一つ一つを丁寧に描き出すためか、時として拍そのものよりも、より細かく音符ひとつひとつを振ることになるので混乱を招きます こういう時は「勉強しておいてよかった」と思える瞬間のひとつですね…😮💨 まぁしかし機嫌が良くても妥協はしない! 複雑に書かれたリズムに対して、徹底的に正確に演奏できるまで反復し、自分のような「素人」にはただの不協和音の塊でしかないような響きをしっかり「ハーモニー」として捉えて音程を合わせる! ふと数年前にサイトウキネンでの「春の祭典」で、デュトワが澄んだ「不協和音」になるまで徹底的にリハーサルしていたことを思い出しました やはり「神は細部に宿る」のですね 昼休みに入る頃には「いまの2度目の通しでいつの間にかその世界に入り込んで弾いていたわ」という団員さんが出てきました 何でもホリガーさんは、15、6歳の時に初めてこの作品と出会い、その世界観にいたく「感動した」そうでございます ううむ、高尚だ…😅 昼明け一コマ目はホリガーさん作の「2つのリスト・トランスクリプション」 前掲の通り、2019年に一度演奏しています 6年間に2度もホリガーさんの同じ作品を弾くことがあろうとは! この作品はリストのピアノソロのための作品、「黒い雲」S.199と「凶星!」S.208をベースに、ホリガーさんの自由なイメージを載せたもの ホリガーさんの「黒い雲」は特殊楽器を多く用いて、独特の色彩感を楽しむことができます 男の独白が天に向かって昇化していくようなコンマスソロが続き、途中から4拍子の中に5連符を入れるという難解な譜面でしたが、最終的にはその5連符が作品をフリーに幅を持たせていることに気付かされ、ようやく光を感じる事ができました ホリガーさんの「凶星!」はブラスが、まるで天からの「お達し」を宣告するかのような厳しい音楽で始まり、クライマックスを迎えると、quasi organoと書かれた場所から木管楽器の静謐で慈愛に満ちた響き、そしてそのまま彷徨いながら消えていきます もうホリガーワールド全開です 「この曲やケルターボーンはウェーベルンに比べたら全然簡単だろう?」 いやいや、先生、確かに譜面ヅラはそうかもしれないけど、その精神性に魂抜かれますよ…! この日の最後のコマはケルターボーンの「オーボエと弦楽器のためのバリエーション」 この作曲家はホリガーさんと同じスイス人で2021年まで御存命だった方 この作品はルドルフ・バウムガルトナー(指揮者かな?)、ルツェルン祝祭弦楽オーケストラ、そして当時まだ21歳だったホリガーさんのために書かれたそうです 「この曲はしばらく演奏していなかったんだけど、数年前に水戸室内管弦楽団とやって、とてもうまくいったから今回プログラムに入れてみた」とか しかし指揮棒をオーボエに持ち替えると、彼の活力はさらに増します 下手したら2019年よりも音が出ているかも!🔥 一度ソロ無しで彼に振ってもらって譜読みをし、指揮無しでオーボエと演奏し、あと15分残っていると知るや「もう一度通すぞ!」😂 元気…! リハーサル終了後、ゆっくり話す機会を頂きました たぢお「お元気そうで良かったです!」 ホリガー「そうだね。実は5月21日に86歳になったんだけど、丁度その日は新日本フィルでリハーサルでね、あやうく『ハッピーバースデー』をやられそうになったんだけどね、オレはあの儀式が嫌いなんだよ」(…と憎々しげに♪ハッピーバースデーと歌う) ホ「でも実は昨年末に(なんとかという)身体に良いとされる水を飲んだら変に肺にたまっちゃってね、2週間入院してほぼ2ヶ月突っ伏していたんだよ、お陰で20ほどの仕事をキャンセルしなきゃいけなかったんだ…」 何と! 本当に良かった! ホ「しかし世間は狭いね!この間新日本フィルの人と話していて、ある女性ヴァイオリニストの話題になったんだけど、『あ、それ自分の元彼女です』だって」😂 た「今回の『グレイト』はどのような方向性になりそうですか?」 ホ「少なくともドイツ的な、例えば大時代のフルトヴェングラー的な大仰な…××× ×××××的な(イタズラっぽい笑みを浮かべながら右手を掲げる…😖)風には絶対にしないよ!シューベルトはあくまでもオーストリアの音楽だからね!」 た「…(例のポーズにたじろぎまくる)」ジィさん…😫 ホ「あ、繰り返しは全部するからね!」 た「ハイ…🫡」 リハーサル2日目 この日は前日にやらなかったシューベルトの交響曲「グレイト」 2015年の素晴らしい「未完成」の記憶がまだ鮮明なところ、一体どんなシューベルトになるか… ただ失敗だったのは、どんなシューベルトになるかと受け身になりすぎて、時間が掛かりすぎてしまったこと 貴重な2コマで全曲収まりきらないかも… 1コマ目後の休憩で ホ「今日は第一楽章と第二楽章だけやって、明日残りをやろうかね…」 いやいや、それは全体の士気に関わる、マズい! と、しっかり本番スイッチを入れて臨んだら、意外と第四楽章の最後の方まで進んでひと安心…😮💨 ホ「もう大丈夫だね、明日はもっと上手く行くよ」 「ところで君たちは素晴らしいオーケストラだね!今までこの作品を他のオケと何度かやったけど、それらより良いよ!」 「君たちのオーボエグループも素晴らしいね!」 た「ありがとうございます😊メチャクチャ嬉しいです!でもそれらをご自分の口で伝えて頂けますか?絶対みんな喜びますよ!」 ホ「いやぁそれは、まぁねぇ…」 と途端にモゴモゴ言い出す… しょーもないので、少なくともオーボエグループにお伝えすると、とても喜んでおりました… そりゃそーよね、オーボエの神さまでもあるんだもんね… この日のリハ後には即席オーボエ講習会が開かれておりましたこの後コントラバス首席の聖也くんの質問に答えると、「君たちも本当に素晴らしいグループだね!」とお褒めの言葉!さて翌日のキタラでの会場リハーサルも順調に進み、いざ本番日 リハーサルの成果が十二分に出た前半、そしてオール繰り返しという「天国的な長さ」な尺で演奏したシューベルト でもこの繰り返しの意味が本番になってようやくわかりました! ホ「繰り返す度に違う表現ができるだろう?だからこの曲で繰り返しは絶対に必要なんだよ!」 何年か前からこの曲の愉しみ方は身体に染み付いてきていたつもりでしたが、さらにオーストリア的というか、その曲そのものの素朴な美しさを感じながら演奏できたことは、大きな喜びでした 本番後… た「ホリガーさん、最初に来た時より随分変わられましたね、以前は時間を忘れてリハーサルに没頭していたのに、今回は自ら時計を見て時間をしっかりマネジメントしていたし、たくさん褒めてくださるようになりました…」 ホ「いやね、実は自分のパートナーからいろいろアドバイスを受けてね、以前はオーケストラプレイヤーが自分の思うように演奏できないことがもどかしくてしょうがなかったんだけど、逆にどのようにしたらこちらが思うことをプレイヤーが実現してくれるか考えるようになったんだよ!」 なんと素晴らしいパートナー!👍 その話をオケメンバーにすると 「今度その方に寄せ書きを持っていこうよ!🤣」 ホ「いや、でも本当にとても良いオーケストラだよ、前回のバルトークでも両サイドに素晴らしいプレイヤーがいたでしょ(たぢおと莉凡ちゃんのこと?😚)」 た「🙇♂️🙇♂️🙇♂️」 他にも色々な話をしました ホリガーさんの亡くなられた奥さまウルズラさんとたぢおとシューマンが同じ誕生日だったことで盛り上がった事がありましたが、今回さらにホリガーさんご自身とたぢおの亡くなった母方の祖父が同じ誕生日だった事が判明 勝手にご縁を感じていますホリガーさんはフライブルク音楽大学で長く教鞭をとっておられましたが、私たち夫婦が同音楽大学の卒業生と知って以来、「フライブルクの同志」としてとても目をかけてくれていますそして私たちもドイツ時代に何回か彼の演奏に接する機会があり、毎回感動を頂いてきましたドイツでは叶わなかった「共演」が、ここ遠い札幌、札響で実現されたことに、心から感謝しています また共演できること、そして彼の健康を心から祈念しつつ… 私の愛するフライブルクの友よ! 心より ハインツ ホリガーホ「マティアスに心からよろしくと伝えておいてね!」明日からはそのマティアス・バーメルトさんとモーツァルトの交響曲39、40、41番のリハーサルが始まりますこちらも非常に楽しみです…🎻
Jun 5, 2025
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大阪から帰ってきて一、ニ週間はとっても寒かった🥶最高気温が20度まで上がらないどころか、14度なんていう日もざら🌡️何度暖房のスイッチを入れようとしたことか…🔥それでも厚着をするなどして何とか灯油代を節約することに成功今日最高気温が25度ほどまで上がり、ようやく体がほぐれてきたように思いますそんな「リラ冷え」な日々でしたが、我が家の花々が綺麗に咲き始めましたまずは玄関の生垣の植物引っ越して初めて花がついたように思いますところでこの花の名前は何なのでしょうか…庭のツツジも色とりどりに咲き乱れます左奥の藤の花も蔓を伸ばし放題…!アスファルトの間からは…いい季節になってきました夏至まで貴重な日光を堪能しよう…🌞今日からホリガーさんのリハーサルが始まりました初日からとても刺激的です🎻その日々についてはまた必ずリポートします📝
May 28, 2025
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5月13日の夕方に大阪から戻り、2日ぶりに楽器にご挨拶翌日、昼過ぎに家を出て再び新千歳空港へ今度はアンサンブルNOVAのコンサートまずは松本空港まで飛び、バスで松本駅まで移動し、特急「しなの」で長野駅へ向かいます19時過ぎにホテルに着き、夕飯を食べに「うなぎの宿住吉」へここは35年ほど前の小学校時代に、同級生と「社会見学」と称してこの店を訪れ、親切な店主さんからうなぎの骨煎餅を頂いたことがある思い出の場所ただ少なくとも自分のお金でここを訪れるのは初めてとなりますうなぎだけ頼むのは無粋かと思い、ビールとうなぎの肝を頼むも、ビールのおつまみに懐かしの骨煎餅が!変わらぬ味!一気に当時にタイムスリップします…そしてこの後に来た鰻の美味しかったこと❗️とても幸先の良いスタートが切れました!ところで今回のプログラムは、キッズオーケストラによるレスピーギ:リュートのための古風な舞曲とアリア大人のオーケストラによるビゼー:交響曲合同オーケストラによるビゼー:「アルルの女」第一、第二組曲で指揮者はもちろん、ユベール・スダーンさん今回の楽しみは、何といってもコンサートマスターの原雅道さんやホルンの水野信行さんとNOVAでご一緒できること!原さんはこのオーケストラを結成した中心人物のおひとりで、自分が学生時代に新日本フィルにエキストラに行っていた時によくお隣りで弾かせて頂いたご縁を皮切りに、札響にもしばしば来て頂くなど、知り合って長い方そして水野さんは、自分がサイトウキネンのファン時代にソロホルンを吹かれていた憧れの方しかも彼は幼少期にバイオリンを習っていたそうで、その先生が隣町の須坂市で同じ先生だったという…!何十年の時を経てまさかのご縁!やはり3歳から12歳まで過ごした長野は、自分には特別な場所です…さて、今回の会場は長野市芸術館自分にとってはこの場所は長野市民会館数年前にきれいに生まれ変わったようです実際に音を出してみると、ちょっと想像以上に響き過ぎる印象がありましたが、徐々に慣れてきましたしかしいざリハーサルが始まってみると、自分がコンマスを務めたビゼーの交響曲が難しい!ただでさえ第一ヴァイオリンに音数が多いだけでなく、そのホールの響きが細かいアンサンブルを聞き取りにくくする、という印象でしょうか…それでもこの曲のサイドにいて下さった原さん、2nd首席の小宮さん、ヴィオラ首席の市坪さん、チェロ首席の花崎さん、そしてコントラバス首席の中村さんや管打楽器の皆さまと、徐々にアンサンブルの質を上げていきました今年もとてもお元気なスダーンさん、そして今年もかわいい子供たちと楽しくリハーサルして1日目が終了その夜は原さん、山本さん御夫妻、そして小宮さん、小林さん御夫妻と懇親会🍷元新日の原さん、山本さん御夫妻からは、当時の自分に関するオケ内での知られざる話や、様々な人間模様を伺い大盛り上がりやはり頑張っていれば誰かが見てくださっているようです…2日目のリハーサル開始は午後2時それまでお散歩することにしました裾花川を渡って旭山へ(左奥の山です)この山は、当時通っていた小学校に程近く、毎日眺めていました⛰️自分の中で長野のシンボルといっても過言ではありません秋の焼き芋大会となれば、この山に木の枝を取りに行き、家族とも頻繁に登りましたところが20年ほど前か、最寄りの登山道が崖崩れで閉鎖になり、それ以来足が遠のいていました今回ふと違うルートが無いかと検索したところ、平柴台という長野駅からより近い場所から登れる所があることを知り、行ってみることにホテルから1時間ほどダラダラ坂を登っていくと朝日山観世音堂に到着そこから少し行くと、ついに登山口へ熊が出るらしいので、携帯のradikoを大音量にして進みます🔈さらに30分ほど登ってついに山頂に到着!ここは元お城跡で、最初は武田軍がいたものの、その後上杉軍が取り返し…という歴史があったようで、小学校時代にここの地面を良く探したら、焦げた米粒が出てきたような…この後少し歩いて展望台へここからは長野市が一望できます!こちらは約10年間住んでいた辺りです、かなりざっくりですが…真ん中右手前は善光寺です飯綱山と雪が被っているのは妙高かなぁ?左手のギザギザ山は戸隠かな?たっぷり景色を堪能していよいよ下山今年のりんごはどうかな?🍎さて2日目のリハーサル前日の録音を聴いて反省を活かすべく臨みます交響曲は特に最終楽章が1stヴァイオリンにとって音数が多く、皆で一緒に弾くのが難しいので、一人ひとりがしっかり弾くことだけでなく、よく聴き合うことも確認しました原さんがコンマスを務めた子供と一緒のアルルは全く問題なく、翌日が楽しみですその晩は一部のメンバーとまたまた懇親会結束を高めました🍻ホテルまでは水野さんとゆっくりお話しながら帰ります実は彼はサイトウキネンのヨーロッパツアー中にずっと体調を崩されていたようで、小澤さんと励まし合いながら最後まで完走した、というエピソードを聞き、改めて尊敬の念が増しましたさぁ演奏会当日順調にゲネプロが進み、いよいよ本番まずは子供のアンサンブルスダーンさんの指揮のもと、昨年同様一矢乱れぬ素晴らしい演奏が繰り広げられますそして子供のみならず、チェロの後方から凄まじいエネルギーでもって全体をまとめる先生に、改めて脱帽でございました!次は交響曲前日のリハーサルでは、聞き合うことである程度のまとまりを得ることはできたものの、音楽的につまらなくなってしまったので、「やることはやった」ということで、「聴き合いながら攻める」ことにこの作戦が功を奏したのか、皆さんで生き生きと演奏することができました!スダーンさんも喜んでくれて、とてもホッとしました😮💨特別アンコールとしてラヴェルの亡き王女のためのパヴァーヌ今回でNOVAを引退されるという水野さんの「いぶし銀」のソロがホールを満たしました改めて最後の最後でご一緒できたことに感謝です🥲そして子供と一緒の「アルルの女」同じプルトに座った素晴らしい音色を持つ長野高校の男の子と、音楽を味わいながら演奏アンコールのドビュッシーの月の光もとっても美しかったなぁ😌というわけで今年のNOVAも終わってしまいました…終演後、スダーンさん、花崎さんと📸遠いところ聴きに来てくれた両親も喜んでくれて一安心改めてNOVA代表の森さんを始め、関係者の皆さまに厚く御礼申し上げます!その夜はもう一泊して小学校時代の同級生とプチ同窓会通称ガイコとはなんと小学校卒業以来の再会!みんな変わったようで変わってないし、変わってないようで様々な経験を積んで良い年の取り方をしているんだろうな…忙しい中会ってくれたみんなに心から感謝です🥲帰り際には駅で鬼無里名物いろは堂のおやきを購入姨捨の棚田と善光寺平また来年来れるといいな…札幌に戻ると、ライラックが良い香りを漂わせて咲き誇っておりましたさぁ、また北海道での日々も頑張っていこう!🎻
May 27, 2025
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万博の翌朝は7時過ぎに宿を出発弁天町からJRでひと駅先の西九条駅まで行き、そこから桜島線に乗り換えてユニバーサルシティ駅へキャピキャピの若者と多くの外国人に混じって入場口へ向かいますこんな人混みに揉まれつつ今回も奥方完全プロデュースまずは一番新しいアトラクションだというドンキーコングへ!その道すがら、突然現れたマリオの世界にびっくり!そして行き着いた場所には170分待ちの表示!…何やら刺激的なトロッコ旅でした!続いてマリオカートこちらは110分待ち…みんなマリオに変身して…奥方は無事ミッションをクリアしていたようです!👏👏👏続いてジェットコースターに向かう途中で「客引き」に袖を引かれ、「今ならジョーズほとんど待ち時間がないですよ!」言われるがままに乗船すると…なかなか怖かった…!😖😖😖😖🦈🦈🦈🦈今度こそ「ハリドリ」こと、ハリウッド・ドリーム・ザ・ライドというジェットコースターへ最初は久々のジェットコースターに奥方の方がビビり、たぢおの方が、「まぁ、後楽園もよみうりランドも全然平気だったからねーー」なんて余裕をかましていましたが…45分待ちからの「前降りコースター」のそれは怖いこと怖いこと…❗️😫😫😫しかも悪いことに最前列だったもんだから、ゆっくり昇っていってからの落ち際なんぞ、体感90°ですよ❗️一応ギャー😱とか叫んでみるものの、降りるときにはもうグッタリ…😵💫この後スペースファンタジー・ザ・ライドを挟んでからのハリドリ後ろ降りコースター「バックドロップ」にトライ…!70分ほど待ってからいよいよ乗車🎢今度は幸い(?)1番前では無かったものの…もう恐怖の域を超えて、半死状態でしたよ、気絶したかったくらい…!あまりにも制御不能で、まるで飛行機事故に遭ったらこんな感じなのかな、と思ったくらい…!もう遊園地は…少なくともジェットコースターは引退だな…😮💨足元のおぼつかない中、次に向かうはハリーポッターゾーンまぁよく出来ている!ホグワーツエクスプレスかな?よく造ったネェ!この肖像画たちが突然しゃべりだすのよ!このアトラクションもまるで空を飛んでいるみたいで、頭がクラクラになりましたわ😵💫この構内でもう一つかわいいコースターに乗って、次はジュラシックパークへ🦕まとめて30人くらいで船に乗って出航するのですが、自分たちの前に座っていたYOUたちが大興奮!OH SHIT‼️を本場の発音で大連発!いいもの見れたなぁ🤣どうやらこのフライング・ダイナソーも相当怖いらしいのですが…幸いメンテナンス中でした😮💨ドラえもんの4Dムービーを観て、最後にユニバーサル・ワンダーランドへ小さな子供たちとバルーン🎈の乗り物に乗ってほっこりした後、エルモのゴーゴースケートボードでフィニッシュ🛹いやぁよく遊んだぜ…大阪最後の夜は、やはりご当地グルメが食べたい…!というわけで、ホルン職人米倉くんにお好み焼き屋さんのおすすめを電話で聞いたところ、ちょうどそこにいたお客様の推薦で大阪駅ビル内の五郎ッペ食堂へメニューに「関西粉もん食べ比べセット」なるものがあったので迷わずそれを注文大阪名物ねぎお好み焼き京都名物べた焼き塩マヨネーズ味和歌山名物オムそば デミグラスソースが美味かった!そして神戸・長田のそばめしいずれもぺろり😋大満足!連日よく歩きました!翌日は昼過ぎのフライトまでプチ観光生まれて初めて道頓堀へここにみなさま飛び込むのね…😅コメダで初のアズキトーストを食べて南海電車で空港へ札幌に着いたのは午後4時すぎなかなか充実した日々でございました!楽しかった!感謝!
May 24, 2025
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5月の朝はとても早く明るくなりますね🌅この日の起床は5時半過ぎ…前夜の就寝が1時半ということで、とても短い睡眠時間でしたが、目が冴えて仕方ないしかも朝9時入場組といえど、相当待たされるだろうからもう行ってしまおう!と6時15分過ぎには宿を出ていました幸い天気も良く、絶好の(?)万博日和❗️弁天町まで歩き、そこから地下鉄中央線に乗りこみましたが、車内にはすでに多くの乗客が…!こりゃあ相当混むんだろうな…終点夢洲で降りると、真新しい駅構内を人々が早歩きで進んでいきます外に出ると、混雑対策のためか、すぐそこにある東ゲートまでとても遠回りなルートが設定されていましたたださすがに到着が7時過ぎだったせいか、比較的前列の方だったでしょうか…200人目くらい?そこから2時間弱、みなさん地べたに座って携帯をいじったりパンをかじったり、思い思いの過ごし方…8時半頃にゲート前まで移動いよいよテンションの上がる女史ここまで何の混乱も無く観客を導いた警備員さんに👏厳重なチェックの後、いよいよ入場です!目の前にいきなり現れた大屋根リングさて最初にどこに行こう?少し前にブラジル館に行くとポンチョがもらえるという記事があったのを思い出し、早速行ってみることに全く並ぶことなく入れたものの、この日は「子供だけ」ということでシュン…😞展示内容もあまりパッとしなかったので次へ奥方たっての希望でルイヴィトンの生地でできた壁が見どころというフランス館に向かうも、時すでに遅し、長蛇の列、2時間待ち!その隣のアメリカ館も同じく2時間待ち!う〜む、初動を間違えたか…ただ万博だし、普段あまり接しない国に行かないと、と次に向かったのはアイルランドアイリッシュ・ハープに触れる事ができました続いてマレーシア出口付近で売っていたカレーの香りがたまらなかったなぁ次はフィリピンこの国には7000以上の島で構成されているらしく、大自然が堪能できる他、観光地、見どころも多いそうです治安は疑問だけど、いつか行ってみたいかも…その隣のコモンズA館には、多くの小さな国々が入っています北マケドニアコーナーにはマザーテレサコモロでは着せ替えたぢお、なかなかハマっとる😲ここで奥方が予約していた未来の都市館へ未来の電車に未来のバイク2050年にはできるというこの獣のような乗り物はどんな悪路でも進んでいくそうな…これは未来の水中作業車未来の農耕機外に出たところで出会ったこれは空飛ぶクルマかな?次はips心臓を観にPASONA館へアトム、ブラックジャック、お茶の水博士がお出迎え40分ほど並んでついにご対面!ピクピク動いていましたよ…😖だんだんミャクミャクがかわいく見えてくるから不思議だ…そしてついに奥方の「母国」ハンガリー館へ50分ほど待って中へプラネタリウムのような環境でハンガリー語で歌う女性アゼルバイジャン館ウクライナコーナーここでは器具をモニュメントに当てるとウクライナの惨状を記した文章が出てきます…次の万博が開催されるというセルビアチュニジア館は常にカモミールのような香りがしたなぁ最後に訪れたのはイタリア、バチカン館展示物はさすがの貫禄でした!でも正直最も感銘を受けたのは、ドイツ❗️全てが理路整然としていて、キチンと環境について説明されていて、SDG's精神に最も近く、日本が未来未来と新しいものばかり紹介している中で、一番現実的に再生可能エネルギーについて考えられていて、素晴らしいと思いました!もう夜9時となり、ようやく帰宅です雨の降る夜空ではドローンのショー結局大屋根リングには登れなかったな…でも楽しかった‼️この後我が町いとしの町中華で遅い夕飯奥方も喜んでくれて良かった👌しかしよく歩いたもんだ🥾翌日はまた朝早くからどこに行くって…?😂
May 22, 2025
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5月6日、朝5時半過ぎの空港バスに乗って新千歳空港へ今回の上京は芸大フィルのお手伝い🎻数週間前にそのオケのコンマスの方から連絡があり、「たぢ!急で悪いけどお願いできないかな?」とのことその日程は5月7日に上野でリハーサル、1日空いて9日に和歌山に移動、現地で再度リハーサル、そして10日に本番というもの実はこちらはこちらで、奥方完全プロデュースで5月10日から13日にかけて大阪へ万博、ユニバツアーを組んでいまして、たまたまとはいえ、上手くハマってくれたものです😌羽田に無事降り立ち、茨城の実家に帰ると、最後の猫であるレオくんが昨年旅立ったカイの介くんに代わって両親を癒してくれていました寝室の窓から外を眺めると溢れんばかりの新緑これは長野の小学校の入学式で記念にもらった梅の木最初は小さな苗木だったのに、グングン伸び続け、いまや家の屋根を超えんばかりの勢いです窓越しに頻繁に野鳥の声が聞こえて、心に平安をもたらしてくれます☺️さて翌7日はリハーサル初日気持ちの良い晴天のもと、上野の森を経由して、数年ぶりに芸大構内に入ります初めてのオーケストラということで緊張の面持ちで会場へすると旧知の仲であるステージマネージャーの小宮山さん、スタッフの1人として芸大に就職した元同門の村島さんの顔を見てホッ😮💨さらにトランペットのエキストラに元札響の鶴田さんがいてまたまたびっくり!他にも25年ほど前のイギリスの講習会で一緒だった方、桐朋の先輩、服部譲二さんのアンサンブルで一緒にカナダツアーに行った方、前回の札響時代に一緒に飲みに行っていた方など…交流範囲が狭くない事も悪くないですね…それだけ自分が歳をとったということかもしれませんが…主だった方々とご挨拶をさせていただき、今回の指揮者である澤先生と握手してリハーサルスタートそういえば初めての海外旅行の際、ロンドンのウィグモアホールで澤先生のリサイタルに伺ったなぁとても良い公演で、終演後に楽屋にブレイニンやパウクが来ていたっけ…彼は先月の和波先生のコンサートにも来てくださっていたようで、「素晴らしいコンサートでした」とのお言葉を頂戴してとても嬉しかったですねぇ…この日のリハーサルではエルガーの威風堂々、チャイコフスキーのロミジュリ序曲、ロドリーゴのアランフェス協奏曲、そして今回のゲストである平原綾香さんの曲目のカラオケ、と進んでいきました澤先生や親切なオーケストラの皆さまのサポートもあって、ボウイングの変更やアンサンブル上の相談をスムーズに提案する事ができて、感謝の気持ちで一杯です8日の夜は狛江に住む中学時代の同級生と1年ぶりに一献外で飲む前に彼の家族の顔を見に家に乗り込むと、知り合ってから全く印象の変わらない聡明な奥さまと再会彼らの次男くんにピアノ演奏を披露してもらい、思わずほっこり☺️バッハやベートーヴェンが好きなんだそうです😌その後、外で大人の時間🍻 他愛の無い話を延々とできる仲はいいですね!さて翌9日は和歌山へ移動久しぶりの東海道新幹線です!🚄下手したら中学時代の修学旅行以来かも!いろいろ調べていたら、こだまやひかりのグリーン車は早めに予約すれば安く買えるということで、敢えてひかりで行くことにしました北海道では新幹線とは縁が遠いのでね、やっぱりテンションが上がります…ガラガラの車内で無駄にフットレストを弄んでみる…😎富士山はギリギリ😅ところで静岡駅からだったか、ガラガラのグリーン車に半袖短パン姿のとても大きな男性が入ってきて、通路を挟んで反対側の一列前に着席そしてカーテンをザーッと閉めて、リクライニングをずずいーっと倒し、長〜い足を前の座席に引っ掛けるう〜ん、このオーラといい、巨大な体躯といい、これはスポーツ選手だな…誰だろう…そこから先日のリハーサルの録音と譜面をチェックしつつ、頭の中で知っているスポーツ選手の記憶を引っ張り出すというダブルタスクを敢行(←つまり勉強できていない?)そしてそろそろ京都に着こうかという辺りで、その彼がトイレに立つ際に勉強しているふうなコチラをジロジロ👁️どうやら貴重品を置いて行っても大丈夫かどうか「品定め」していたようですなその瞬間に降りてきた⚡️彼の正体が❗️全日本にも選ばれた事のある超有名選手でした❗️声を掛けようかと逡巡していると、「まもなく新大阪」のアナウンス彼も新大阪で降りる筈だから、彼より早く下車準備をして、彼の席を通過する時に声を掛けよう…という訳で、「××選手ですか?いつも応援してます。頑張ってください!」とだけお伝えしました!あぁドキドキした💓彼が改札から出て行くところまで目で追ってさようなら👋やっぱおっきいなぁ!この後特急くろしおで和歌山へ駅では何やら可愛らしい猫電車に遭遇わかやま電鉄かにゃ❓😺この後本番会場でリハーサルその翌日、ギターのソリストの方や平原綾香さんとゲネプロがあり、無事本番を弾き切る事ができましたどうやらお客さまや主催者さまも喜んで下さったようで、その一助となれたことに心からホッとしました帰りの特急でたまたま隣になったのが、ライブラリアンの小久保さん実は彼女は桐朋出身だということで、学生時代の話、共通の知人の話、果てはユニバの話まで、楽しくおしゃべり新今宮駅で乗り換えて今回の大阪滞在の拠点となる弁天町駅へそうそう、ここで最後のサプライズがあったんだった!奥方さまが何気無く取った今回の宿のすぐ近くに、Herford時代の同志であるホルン職人、米倉祥平くんの店があったのです!ただ時間も遅かったし、店の近くまで行って灯りがついていたら電話してみよう…って明るいし…❗️💡早速電話すると、「たぢおさん、何やってんすかぁ!」しめしめ、びっくりしてくれてるよ🤩一旦宿に荷物を置いてから彼の工房へHMG Hornsこちらの顔を見てようやく信じてくれたみたいこの後近所のめちゃめちゃ美味しい街中華で旧交を温めました彼と別れ、札幌から飛んでくる奥方が弁天町駅に到着する午前0時過ぎまでその辺をウロウロし、布団に入ったのが1時半過ぎ💤翌朝からいよいよ万博〜ユニバ怒涛のハシゴ旅が始まります🚶🥾
May 21, 2025
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5月に入り、毎年恒例「実は演奏者には気軽ではない」きがるにオーケストラ公演を終え、翌4日の午前中にレッスンをして、新たな演奏のために富良野方面へ移動🚙4月の定期演奏会以来、怒涛の如く流れてきて、この後も流れていく日程の中で、野球を聴きながらドライブする時間は、束の間の息抜きとなりました富良野近郊のホテルに到着すると、早速楽器を出して準備🎻ここでのルールは30分×3ステージで、その全てで違う小品を演奏しなければいけないこと演奏間の30分の休憩中に、奥方から次のステージのプログラムの発表があり、楽譜が渡されるという、なかなかハードなもの宿泊者がレストランで食べている中での演奏ということで、彼らのテーブルでの会話を邪魔しないように、あくまでもBGMとして、しかしながら心を込めて演奏するという繊細さ…でもたまに静かに拍手をして下さるグループもあって、とても励みになりました初日のステージを弾き終え、ホテルの温泉に浸かって、下宿先へこの下宿は広大な農作地の中にポツンと建つ古〜い一軒家なのですが、ただ泊まるだけならとても快適なのです翌日、昼まで練習して、しばしドライブまずは四季彩の丘へ何だか眉毛が似てるかなと思って…続いて青い池へこの日はあまり青くなく…白髭の滝への移動中反射板毎にクマゲラのモニュメントが…細かい…!白髭の滝のダイナミックな景色!以前来た時は真冬で滝が全面結氷していましたね…最後に望岳台へこの日は曇りがちで全ての山々は見えなかったものの、ダイナミックな自然の景色に触れることができましたさてぼちぼち下山して遅めの昼食を…今回選んだのは上富良野町の第一食堂何年か前にテレビでこの店の頑張り屋女将さんを取り上げていて、いつか行きたいと思っていたところでした到着してみると、午後3時過ぎにも関わらず、店内は多くのお客様で賑わっていました定休日もなく、ほぼ365日11時から19時まで開店しているそうで、女将さんやその他二人の女性店員さんも休みなく働いておられましたそして出てきた肉の溢れっぷりを刮目せよ!🧐そしてこれをぺろりと食べ切る奥方の鋼鉄の胃袋!😌また来なければ!でも女将さん、くれぐれも健康に気をつけて!一旦下宿に戻って一休みしてから、いざ最終ステージへ素晴らしい景色!その夜も無事に3ステージ弾き切り、温泉に入ってから、21時半過ぎに札幌に向かって走り出します途中夕ご飯に、と富良野市のマクドナルドに立ち寄り、ドライブスルーで声をかけるも、「申し訳ございません。もう材料がなくなってしまい、ソフトドリンクしかありません」えーーー⁉️ゴールデンウィーク真っ只中とはいえ、こんなことってあるんですねぇ仕方ないので、コンビニでサンドイッチを買って、暗い山道を鹿を避け避け、札幌まで帰りました翌日は4時45分に起きて東京へ飛んだのですが…その話はまた次回…📝
May 20, 2025
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何といっても今回の上京のメインイベントはこのコンサートこの4月1日に80歳になられた和波先生がオーケストラを結成して、モーツァルトの第4番、5番のヴァイオリン協奏曲と、協奏交響曲を、しかも指揮者無しでやってしまおう、というものでしたオーケストラメンバーは、和波先生にゆかりのある玉井さん、小川くん、市川さんほか、素晴らしい方々ばかりでした!その準備はすでに2月から始まっていて、全ての曲の1stヴァイオリンパートを和波先生が弓付けをして、それを元お弟子さんの小林さんが譜面に書き起こし、それをこちらに送ってもらって、そのボウイングを元に何箇所かを和波先生と電話で相談、2ndヴァイオリンとヴィオラパートに反映させ、それを楽譜係の柿崎さんに転送して、譜面に写してもらう、というウルトラCを敢行その後、リハーサル開始4日前に和波先生と玉井さんと3人で音楽的な打ち合わせをして、準備完了伊豆大島への旅行を挟んで、リハーサル初日会場の世田谷区民会館に向かう道すがら、小田急線の遅れで一瞬パニックになるも、何とか時間に間に合って一安心リハーサルはプログラム通り第4番、第5番の協奏曲の順番で進みます今回は前半を玉井さんが、後半のコンチェルタンテをたぢおがコンマスを務め、前後半で1st、2ndヴァイオリンを全員入れ替えましたというわけで、たぢおは前半は2ndパートになる訳で、弾き慣れないパート、パッセージに悪戦苦闘しましたもちろんそれなりに練習したのですが、勉強した成果を少しでも表現しようと変な欲を出すと、全体のバランスが崩れたり、ソロが聴こえなくなったり…やはり2ndパート専門家の方々には頭が下がる思いです午後はコンマス席でのコンチェルタンテ今回のヴィオラのソリスト、笠井大暉(かさいひろき)さんは初めましてだったのですが、その最初のパッセージから魅了されてしまいました!温かい音色に加えて溢れる歌心!現在マドリッドの音楽院で今井先生に師事しているそうですが、素晴らしい才能に出会うことができました2日目のリハーサルの前には、和波先生から音楽上の「訓示」があり、特に「スラーの時にキチンと抜くことを徹底してみよう」と改めて皆でそれを意識してやってみると、音楽が言語化されたかのように輪郭が見えてくるし、推進力が生まれてきますオーボエ、ホルンの方々ともよくコミュニケーションを取って、段々全体のまとまりを実感できるまでになっていきましたリハーサルの録音を聴いてみると、まだオーケストラがソリストを聴き取りきれていないところがあったので、ゲネプロに委ねます演奏会当日、会場である東京文化会館に向かうと、大ホールではムーティと春祭オーケストラの本番だったらしく、随分ガヤガヤしていました楽屋まわりで久しぶりに幸太や郷古くん、卒業以来に会う同級生など、田舎者には嬉しい多くの再会がありましたさてリハ前に小ホールで音を出してみると、何て良い響きなんでしょうか!逆に言うと、今まで以上に繊細に伴奏しなければならないということで、とにかくソロの音を漏らさずに聴き取り切ることを目標にリハーサルを進めていきましたその甲斐あってか、会場で聴いて下さっていた美寧子先生からもOKサインいよいよ本番です今回和波先生は「当然のことながら」全て暗譜し、カデンツァも全て自作そのカデンツァがまた楽想に溢れ、しかも高難度!リハーサル中にもオケメンバーから万雷の拍手を送られておりましたが、やっぱり凄い!80歳まで生きていることだけでも偉大なことなのに、まだまだ衰えない音楽への情熱!簡単に師匠を「見習いたい」なんて言えませんあえて言うなら「あやかりたい」かな…前半ですでにお客様のボルテージが上がっていましたが、後半のコンチェルタンテでも、二人のマエストロ、そしてすでにワンチームとなっていったオーケストラが渾然一体となって完全燃焼笠井さんと和波先生が心からの笑顔でカーテンコールに応えているのを見て、今回何とかお役目を果たせたことを実感アンコールにソリスト2人でモーツァルトのデュオを演奏し、最後にもう一度オーケストラの伴奏でモーツァルトのロンドK.373を披露これにて全ての演奏が終了しましたこの後近くのお店で打ち上げパーティー元弟子の小林さん、岩根さんの協力で和波先生にサプライズバースデースイーツをプレゼントみんなでハッピーバースデーを大合唱和波先生からのお言葉を頂戴します笠井くんからも喜びの挨拶があり、たぢお、玉井さんと感謝の言葉を紡いで打ち上げは終了最後にみんなで写真を撮って解散となりました改めて、素晴らしい企画に携わることができて、和波先生に心から感謝致します!
Apr 21, 2025
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この日の天気は曇り 三原山の頂上に着く頃には晴れることを信じて、まずは腹ごしらえ 大島温泉ホテルまで車で登り、いよいよ登山開始です🥾 この黄色い裏砂漠ライン、所要時間は約65分だそうな 見事な椿の木 歩き始めは緑のトンネル桜も可憐に咲いています 次第に歩道が黒くなっていき…緑から岩へ…かつて流れ出た溶岩、噴石が飛んできた辺りを歩いていたんでしょうかこの後裏砂漠、櫛形山方面に向かおうとするも、霧に加えてコースが不明瞭だったので、途中で断念 それでも国土地理院の地図に、日本で唯一「砂漠」と記載されている場所の片鱗を、少しだけ見る事ができたかな… 元のコースに戻って、再び山頂を目指します しばらくするとお鉢のへりに到着 ここからお鉢巡りです 10分ほどで三原神社の鳥居を発見 鳥居をくぐって少し行くと「奇跡」の神社に到着 何が奇跡かって、1986年の噴火で溶岩が神社の両脇をすり抜けていき、建物が奇跡的に残ったという… そんな神社の傍らに、アスファルトの隙間から小さな花々が… がんばれ〜しかし霧が晴れない… っと霧の中からゴジラー🔥 歩けど歩けど… 本来ここからは火口が見える筈でしたが… ついに頂上に到着…まぁしゃあない 歩を進めていくと、奥方の携帯に着信 そこから15分の通話中、あれあれ、雲の中から太陽の輪郭が見えてきました これはチャンスが来るかも!と慌てて戻ります すると… おきたーー!火口は英語でクレーターというそうですが、まさに地球がえぐられているといった趣きでした!写真ではうまく伝えられませんが、島にいるとは思えないほどとても雄大な景色でした!お天気の神様に感謝しながら大満足で駐車場に戻ります行きでも気になっていた長ーいミミズかと思いきや…よく見るとカエルのタマゴ?無事車に戻り、樹齢800年以上と言われる大島の桜株を観て、大島動物園へ鳥園ではとっても人懐っこいマナヅルのご挨拶を受け、クジャクもこんな近くまで来てくれました!ラクダを見たのは久しぶりこのかわいい動物は鹿の一種キョンもともと大島にはキョンはいなかったようですが、動物園の一つがいのキョンが逃げ出したことで、2万頭以上になってしまったとか…恐るべしその生命力…!このあと昨日食べることのできなかった波浮港のコロッケ屋さんで揚げたてのコロッケ&メンチカツを堪能し、もう一度雄大な三原山の景色を楽しみ、元町地区の温泉、浜の湯へここは水着着用の男女混浴露天風呂で、伊豆半島に沈む夕陽を見ながら登山の疲れを癒しました松と松の木の間に小さく富士山が見えます夕食は魚味幸で新鮮なお刺身明日葉とわかめの炒めものそして久しぶりのくさや!ごちそうさまでした!一旦就寝して午前3時に起きて星空観察天の川がとてもよく見えました!翌朝岡田港にて美味しい大島牛乳を飲んで、派手なデザインのジェットフォイルで帰ります途中ジェットフォイルとすれ違いましたが、ホントに浮かんでいるのね…無事に竹芝桟橋に到着短いながらもとても癒された旅となりましたいつか小笠原の方も行ってみたいですね感謝です次回は今回の上京の主目的である和波先生のコンサートについて書く予定…
Apr 18, 2025
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忘れ難い「同窓会」から奥方の実家に帰り着いたのが0時過ぎ…そこから少し寝て、翌朝7時過ぎに出発いよいよ伊豆大島に向かいます浜松町から歩く事約10分、竹芝桟橋に到着ですこのジェットフォイルに乗ります!意気揚々と指定された席に行くと…一回の1番前の席にも関わらず(?)前に窓はなく、壁!若干の閉塞感にぶーたれる我が家の女史😅8時40分に定刻通り出発出航直後は横の小さな船窓から首を捻じ曲げて外を眺めておりましたが、観念して寝ようとするも…久しぶりの船旅、しかも初めてと言っていいジェットフォイルに興奮を隠しきれず、なんだかんだずっと起きていました船はレインボーブリッジをくぐり、左手にお台場を眺めつつ進み、続いて羽田空港を右手に見ながら次第にスピードを上げていきますしかしこのジェットフォイル、まったく揺れないんですよ!どうやら水上に浮かんで進んでいるようです実際出航時に「まもなくテイクオフです」というアナウンスがあったくらいですし船は順調に東京湾を進み、久里浜に寄って、房総半島からも離れていき、いよいよ大海原へ幸いなことに海も穏やかでとても快適な航海でした途中「クジラやイルカなどの大型海洋生物と遭遇する可能性がある」からと徐行する区間もありましたが、大半の区間を時速80kmで疾走していたようですもう少しで到着、という辺りで雨模様に☔️まぁしゃあない10時40分、船は無事伊豆大島の岡田(おかた)港に入港この日は日曜日だったこともあってか、タラップの外には多くの子どもたち、ボーイスカウトでしょうか、の出迎えを受けました彼らは船から降りたお客さんひとりひとりにお土産袋を渡しています警官の方もいて、どうやら交通安全を訴えていたようですさて、ここからどうしよう…実は伊豆大島にはここ岡田港と元町港という2つの港があり、船がどちらに着くかは当日の朝にならなければわからないのです今回の宿は元町地区にあるので、まずバスで移動かなぁ…でもこの日は終日雨の予報だし、サイクリングって感じでも無さそうだし、と急遽レンタカーすることに幸い最初に入ったお店で軽自動車の最後の一台を借りる事ができましたさぁ出発です🚙この島をぐるっと一周する「大島一周道路」は約51kmまず島の「映えスポット」のひとつである「泉津の切通し」へちょっと神秘的な光景でしょう?なんでこんなルートができたんでしょうねぇ…これは配られたお土産の中に入っていた大島名物「ミルク煎餅」ほのかな甘さに噛みごたえのある堅さとっても美味しかったです続いて大島公園内「椿園」へそこここに椿が咲き誇っておりました実はもう満開の時期を少し過ぎていたようでしたが、桜との競演を楽しむ事ができましたやはり桜もいいですねぇ雨が激しくなってきて、そそくさと車へ次は島の南部のポコっと窪んだところにある波浮(はぶ)港に向かいます実はここに来る前にオケのメンバーから大島のおすすめスポットを聞いていて、波浮港には美味しいコロッケ屋さんがある、とのこと揚げたてコロッケを楽しみに、降りしきる雨の中、坂道&ヘアピンカーブをひたすら走ること約30分13時過ぎに港に到着狭い路地の一角に車を停めて、目的のコロッケ店である鵜飼商店へ向かうと、なんたることか、30分前に昼休みに入っているではあ〜りませんか!ガッカリしていると、隣の女史の方がもっと落ちこんでいる…😫どうやら自分よりお腹がすいていたようですこれまでの経験から空腹時にロクなことは起こらない、ムシロヤヴァイかと言ってその周辺に多くの食堂がある訳でもなく、オロオロしていると、目の前に港鮨の暖簾ここは図書館で借りた本にも「名店」と書いてあったものの、実はこの夜に人づてに「この島一番」と聞いていたレストランを予約していて、2食連続のご馳走、そして幾ら掛かるんだろう、と心の中でアレコレ考えてしまいましたしかしこういう時に突然大胆に行動する我らが女史迷わずズンズン入っていきました!(オナカガスイテイタンダネ…😂)店内は全てのテーブルが埋まっていて大盛況本来ならせっかく来たわけだし、皆さんも食べているこの店イチオシの伊勢海老丼を食べるべきだったかもしれませんが、夜のことも考えて天丼と、この島の郷土料理であるべっこう寿司を頼みましたこの「べっこう」とは、唐辛子醤油に漬けたお魚がべっこう色になるということで、このような名前になったようですん?このお魚は何だったかな?でもとても美味でした!そしてメインはブリブリの海老2本に加えて、この島原産の明日葉の天ぷら!明日葉も初めて食べましたが、セリのような風味、しっかりとした歯応えがたまりませんすっかり心もお腹もすっかり満足して店を出ます今夜どうなっちゃうんだろう…まぁなるようになれだ…😅この後少し港周辺を散策札幌に帰ってから過去のブラタモリ伊豆大島編を観てみたら、この円形の港も火口のひとつだったようですさて宿泊地の元町地区まではあと四分の一周🚙島を時計回りに進んでいきますしばらくするとまたまた映えスポット、「バームクーヘン」に到着これで何千年前からの火山活動の様子が一目でわかるそうな…byブラタモリこれが延々と続くルートです詳しくはこちらでどうぞ💁♂️バス停も秀逸フォークがささっています😄さてようやく今回の宿泊地へご縁あって泊めて頂けることになりました玄関先のつつじがとてもきれいでしたこの後、持っていった楽器に少しご挨拶とても静かな環境のもとで、数日後のモーツァルトの協奏曲の勉強をして、予約したレストランBistro U・TOへまだお腹の中に天丼が残っていたものの、美味しいものを目の前にすると膨満感がどこかへ行ってしまいますシェフの方に地元の話を伺い、大満足で店を後にしましたさて翌日は三原山に登ります⛰️
Apr 16, 2025
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1月末日…東京公演に合わせて上京中に、3月のモーツァルトヴァイオリン協奏曲の打ち合わせで、指揮者の佐藤俊太郎さんの素敵なお宅へ打ち合わせ後の雑談中、た「今度4月に東京で丸3日空き日ができたんですけど、どこかで落ち着いて心を休められるところはないですかねー…」佐「鎌倉の禅寺なんてどうよ?いいところ知ってるよ」た「うーん、でもちょっと俗世間と近すぎるなぁ…あとお日様を浴びたいんですよねー、島とかどうかなー」佐「あ、小笠原とか伊豆諸島とかどうよ?御蔵島に行けばイルカやクジラに会えるって」た「伊豆諸島はいいかも!ちょっと考えてみます!」というわけで、その後インターネット検索していく過程で奇跡的な出会いがあり、2泊3日で伊豆大島に行く事にしました4月5日に上京し、楽器屋さんに毛替えがてら荷物を預けて、目黒川へ見事な桜!天気の良い土曜日ということもあってか、とてつもない人出でしたよこの後和波先生のお宅に伺って、玉井さんと11日のコンサートの打ち合わせをして、今度は仙川に向かいますしばらく会ってない何人かに連絡したら、プチ同窓会のような形が実現しました飲み会の前に久しぶりに母校・桐朋学園へ実は音楽ホールができてから一度も中に入った事が無かったので、同級生である鷹羽先生に見せてもらうことになったのです仙川商店街で同級生のしんごと合流し、職員室へ向かうと、懐かしの合田先生がいらっしゃる!そして学生ホールでは「巨匠」こと「うんちゃん」と卒業以来の再会!大興奮で音楽ホールに突入し、その美しさもさることながら、皆さんとお喋りできた感激が大きかったなぁ!左から鷹羽先生、合田先生、「うんちゃん」、たぢお、しんごこの後念願の「同窓会」左からフミ、シンゴ、タヂオ、ナベ、ハッチ実はここにタカシがいれば、桐朋女子高等学校音楽科(男女共学)の男子5人全員コンプリートだったのですが、それはまたの機会に…😌みな年相応にいろいろなものを抱えて生きていますが、この時ばかりは全てを忘れて楽しみました😊4時間があっという間⏳最後に仙川駅前の桜の前で📸この桜は、一度は駅前の再開発で切り倒されることが決定していたものの、今日ここにいなかった同級生も中心となって署名を集めた結果、見事結果が覆ったのです!残念ながら仙川に学生時代から残るお店はほんの僅かですが、この桜と桐朋と同級生さえいれば、一瞬で「あの頃」に戻る事ができます…心から幸せな時間でした次回は伊豆大島について書く予定です
Apr 15, 2025
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2025年に入り新年早々クロスカントリー初体験⛷️突然オオタカの来訪…しかも何かを捕食している模様…何かをついばむ度にハラハラと落ちる灰色の羽根…ドバトかヒヨドリか…そんな中、1月全ての札響のコンサートを経て、2月の東京公演終演後に楽屋に多くの方々が来て下さいました!続いて新潟でセントラルフィルハーモニー管弦楽団とブラームスのヴァイオリン協奏曲を弾かせて頂きました現地入りした日に観測史上稀に見る大雪に見舞われましたが…同級生を始め、オケメンバー、指揮者の磯部さんの素晴らしいサポートを得て、何とか弾き切ることができましたりゅうとぴあもいいホールですね!家族の支えにも感謝です…全身全霊で弾き過ぎて完全に体調を崩してしまいましたが、札幌に戻ってバーメルトさんとの2月定期、このコンサートでヴァイオリンの大先輩福井岳雄さんが御卒業またひとり、素晴らしい先輩がいなくなってしまうのはとても寂しいです白老ふる川でのコンサートを経て、ヒタルでのモーツァルト初「ドン・ジョヴァンニ」1stヴァイオリンは119ページもあり、しかも弾きにくいパッセージだらけでどうしようかと思いましたが、指揮者の園田隆一郎さんが、自らチェンバロでレチタティーヴォを演奏しながら、センス良く全体を引っ張って下さり、最終的に素晴らしい本番となりました!舞台上では札響別動隊がバンダとして素敵なパーティーの音楽を奏で、歌手の皆さまが躍動し、演出もとても美しく、見どころがとても多かったようです終演後に芸大、桐朋「同期」とゴキゲンな1枚!そしてドンナ・アンナ役で聴衆を魅了した針生美智子さんと…休む間もなく、栗山定期、ヒタル定期を経て苫小牧でモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番を演奏する機会を頂きました佐藤俊太郎さん、札響の皆様にしっかり支えて頂き、楽しく演奏ま、写真が無いんだけどね…🥲そして先シーズン最後の本番は、石井竜也さんの伴奏何やらソロだらけできつかったですが、ずっとテレビで観ていたHTBの室岡アナに会えて嬉しかったな…その後一週間は諸々の準備をしながら貴重なダラダラ時間を満喫ある朝突然視界の前を大きな鳥が通過静かに窓辺に近づくと…アカゲラくん!せわしなく庭中の木をつついたかと思ったら颯爽と飛び立っていきました確か昨年もこのくらいの時期に来てたっけ?我が家の「春告鳥」となりそうです先シーズンもよく頑張った👏👏👏👏スペインに行きたい❗️🥾🎒
Apr 14, 2025
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2004年から実家で飼っていた猫のカイの介くんが逝ってしまいました病院の診察を待つ間に息を引き取ったそうですただ幸運なことにその20分前まで一緒にいることができました!その最後の3日間を綴りたいと思いますそもそも今回関東に来ることになったきっかけは、12月10日にオペラシティで行われるイザベル=ファウストのモーツァルトヴァイオリン協奏曲全曲演奏会を聴きに来る予定を立てたことでした来年3月に苫小牧でモーツァルトの第3番の協奏曲を弾かせて頂くことになり、大好きな彼女の演奏で勉強しようというわけです他の関東でのコンサートの予定を見てみると、羽田に着く8日の15時から神奈川県立音楽堂でイッサーリスのコンサートもあるちょうど彼の執筆した本を立て続けに読んでいたこともあり、勝手にご縁を感じチケットを購入というわけで、まず横浜へ向かいますJR石川町で降り、ミサを受けに初めての山手教会へ寒い札幌仕様の防寒具は、暖かい関東にはそぐわないしかもその目的地が駅付近からひたすら長い階段を登った先にあるということで、脚はガクガク、全身びっしょり!それでもなんとか到着し、久しぶりのミサを味わいました終わってから、その歴史的建造物を堪能して外へ出ると、母からメールその前日からカイちゃんが水しか受け付けなくなったとのこと…その添付されてきた写真を見て、いてもたってもいられなくなり、イッサーリスのコンサート後に奥方の実家に泊めてもらう約束を急遽キャンセルさせて頂き、茨城の実家に帰ることに…せつない気持ちを引き摺りながら、ホールのある桜木町まで歩きますその途中に横浜スタジアムがあり、本来ならそこのショップで今年日本一になったDeNAのグッズを購入しようと思っていたのですが、カイの介に会える、と願を掛けて我慢その後に聴いたイッサーリスが素晴らしかった特に彼の本を読んでいただけに、一層親近感が湧きましたし、音楽家として、人間としてのしなやかさにも触れる事ができましただいぶコックリコックリしてしまいましたが…終了後にサイン会があるという事でしたが、何とか間に合ってほしい!という思いで猛ダッシュで茨城へ帰宅して早速カイの介に挨拶に行くと…痩せ細った身体を横たえつつも、生きている!良かった…!部屋に荷物を置いて、うがい手洗いをして廊下に出ると、いつの間にか居間から出てきたカイの介その足取りはヨタヨタしながらもそのまま玄関へいざなわれます実は彼が元気だった頃から、玄関に身体を横たえて背中やノドをカキカキされるのが、自分と彼とのルーティーンだったのですが、今回は寝転がることはせず、(あるいはできず)こちらからの問いかけに、ただただ鳴き続けます「カイちゃん、かわいいねーっ」「ニャー」「よく頑張って生きてきたねーっ」「ニャー」「えらいねーっ」「ニャゴニャゴ…」こんなに元気に鳴いたのはこれが最後でした…その後も夕食時に母と現状について話す内容を、まるで一緒に聞いていると言わんばかりに、横たわらず、ずっと踏ん張った体勢を保持するカイの介今回「中直り」という言葉を初めて知ったのですが、この日がまさにそれだったように思いますようやく寝る時間翌朝…前日に頑張ってくれたせいか、かなりぐったりしていました母が病院に連れて行くと「脱水症状」との診断そう、一瞬元気な姿を見せてくれてはいたものの、水も食事も一切摂れなくなっていました 点滴を打ってもらって帰宅したカイの介はこれまで以上にグッタリ…肉球は冷たいし、寝ていても瞼も閉まらない、時折呼吸が荒くなって口で息をするようになり、泡を吹き、ヨダレが止まらない…しっぽは完全に力が抜け、耳も全く表情を表さず…少し落ち着いた頃に、1.8キロにまで体重が落ちてしまったカイの介を抱いて2階に上がり、元外ネコのレオくんと引き戸越しに御対面、よく西日を浴びに来ていた寝室を経由して、今度は1階の防音室へ小さな頃ここのソファーがお気に入りだったので、何か感情が動くかと思ったのですが…すぐにストーブの前に戻りたい、とのことでしたその後何かのタイミングで、か細い声で鳴いてました…その日の夕食時、突然カッと目を見開いて虚空を見つめ、前脚を盛んに動かしていましたが、それは死への必死の抵抗だったか、はたまた鳥を捕まえる幻想でも見ていたのか…翌朝出かける時間まで、水で指を湿らせて、彼の代わりに「毛繕い」したり口の周りの泡を拭きながら、カイの介と最後の「対話」「20年以上生きてすごいね、えらかったね」「長い間ありがとうね」もうこの時点で反応は無く…そろそろ病院経由で出かける時間彼を猫バッグに入れてタクシーに乗り込みます 道中何回か手を入れて「生きてるー?」と問いかけると、その度に起き上がってみせる…!これが最後の力を振り絞ったファイティングポーズだったのでしょう!泣く泣く別れ、電車に乗って数分後の11時50分母からのメールで亡くなった事を知りました楽器屋さんに楽器を預けて、改めて奥方の実家に行き、先日の非礼を詫びると、奥方兄弟が子供の頃、当時飼っていたハムスターがやはり瀕死の状態だったにも関わらず、彼らの帰りを待って亡くなった、とのことペットって飼い主にとても気を遣ってくれているんでしょうね…その夜のイザベル=ファウストはキレッキレで最高に楽しかったカイちゃん本当にありがとうゆっくり休んでください
Dec 10, 2024
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今日はちょっと早めに奥方さまの御降誕祭🎂朝から「コーヒーを三杯飲みたい」と仰るので、その通りにすると、「多すぎる」と苦言を呈される…😅それにもめげずに昼まで譜読み🎻ドンファンむず…!😓そういやまだ一回しか演奏会で弾いたことなかったかも…?1ページ目は暗譜でも弾けるくらいオーディションで弾いているのに…2ページ目以降の経験のギャップがやばいです😰何とか16時までに今日の譜読み目標をクリアし、今夜の買い出しへ🚙まず奥方のドレスのお直し屋さんに行って、円山クラスというマダム御用達の商業施設で予約してあったバゲットを受け取って、ポワソンダブリールという南区の素晴らしいケーキ屋さんに行って、近くのイオンで新聞広告でゲットしたクレーンゲーム一回分と、メダル10枚無料券を握りしめて10分で撃沈し…😶🌫️、食料品をゲットして帰宅🏠チャチャっと準備して🧑🍳おめでとう🎉楽しく食事🍽️目の前では早田ひなちゃんの3位決定戦!苦労人早田選手は満身創痍入場時の表情も冴えぬまま…やはり利き手の状況がよくないのかな…?得点する度に奇声を発して少しでも優位性をアピールしたい相手選手じっと耐える早田選手そしてその彼女の心情にしっかり寄り添うようなリアクションを取る彼女のコーチ素晴らしいリレーションシップ!いや、どんなに相手にリードされようと、早田選手の方が実力も人間力も明らかに上のはず!耐えてくれ!一進一退の攻防が続き、早田選手優位のセットカウント3対1で迎えた第5セット明らかに早田選手が有利な戦況なのに、熱が入っていないように見える…まるで「このセットで決めるつもりは無い」、とでもいうかのように案の定というか、このセットを相手に渡し、迎えた第6セット🏓相手のミスもありながら、得点するたびに自然と気合いの声が大きくなっていくようにみえる早田選手そして、勝ち切る…‼️両手ガッツポーズで立ち上がって喜びを表現するコーチと、しゃがみ込んで感涙にむせる早田選手!(と涙が止まらない自分😭)最高にカッコよかったし‼️これまでこんなに心からのめり込んで卓球を応援したことなかったな…次のオリンピックは美誠ちゃんと共に、卓球人生の集大成を見せてほしい!と、キリのよいところでスイーツタイム🍰まるごとピーチのケーキは美味しかったな!そして先日ドイツで準備したモノをプレゼント🎁これを購入した時「プレゼント用の包装紙無いの?」と聞くも「無いわね」とにべもないドイツ人マダム店員そこに現れたのが金髪の東欧ギャル系店員(あくまでも主観的に…🙇🏻)「ちょっと待ってて」と方々を廻って包装紙を持ってきて下さいましたさらに「リボンはどの色がいい?」と聞いたかと思うと、選択したものをハサミでカッティングしてクルクルに!🌀日本のレベルからするとあり得ないようにも見えますが、そこまでの過程、心意気が嬉しい❗️😃奥方にそうお伝えしたら…見事に再現なさっていました🎁ぼちぼち松本に移動してのフェスティバル、そして山梨でのサマーコースと続きます5月からこれまで今までの人生でもなかなか無かったような濃さの中で生き抜いてきましたそれらについてはいつか書くことがあるかもしれませんが、とにかく今は前だけを向いて力強く進んでいこうと思います早田選手、そして奥方さま、心からおめでとうございます😊
Aug 3, 2024
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先日長野市で行われたensemble NOVA キッズプロジェクトvol.4に出演させて頂きました!このアンサンブルは、もともと長野市柳町中学の室内楽部が発展してできたグループで、その後NOVAとして長野に所縁のある方々を中心に活動しています今回声をかけて下さったヴァイオリンの原雅道さんは、その室内楽部を結成された方で、ある日「キミ長野に住んでいたんでしょう?僕の代わりに弾いてくれない?」とお誘い頂き、出演と相成りました2日間のリハーサルと本番は全てホクト文化ホールの中ホール住んでいた頃は長野県民文化会館という名前で、ここの小ホールでは毎年ピアノの発表会で演奏していたし、大ホールにN響やバレエを観に行っていたし、そしてこの中ホールにはクレーメルとアルゲリッチのコンサートを聴きに来て、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番の譜面にサインを頂いたとか…多くの思い出が詰まった会場です今回ご一緒させて頂いたメンバーは、初めましてのヴァイオリンの小宮さん、ヴィオラの加藤さん、ホルンの大野さん、そして学生時代からの付き合いのチェロの夏嵐くん、コントラバスの中村さん他、とても素晴らしく気さくな方々ばかりクーセヴィツキーのソリストである西山さんは同い年なのですが、長野の同じ町名のところに住んでいたということで、とてもご縁を感じましたそして指揮者はユベール・スダーンさん札響で何度もご一緒させて頂いている、尊敬するマエストロのひとりです音を出す前はとても緊張しましたが、リハーサルが始まってしまえば、それどころではありませんマエストロの意図を汲み取りつつ、みんなでアンサンブルを整えていきますさらに今回はペール・ギュントで子供たちとの合同オーケストラになるということで、1stヴァイオリンだけでも21人という壮大な編成になりました!さすがに初日は苦労しましたが、なんとか終了メンバーとゴハンに行って親睦を深めます🍚🍺2日目は午後からのリハーサルの前に市内をパトロール🚶すっかり様変わりしてしまった権堂商店街長野オリンピックの表彰台跡地出身小学校跡地と旭山日本聖公会の聖堂その聖堂の隣の教室で、伝田充正先生に初めてヴァイオリンのレッスンを受けましたまだ残ってた!このあと善光寺にご挨拶ここの仲見世のひとつ、丸八たきやは同級生のご家族が営んでいますおそばもとても美味しいので、皆さま是非お立ち寄りください!この六地蔵にもご挨拶🙏ちょうど鐘をついているところに遭遇!一度ここで除夜の鐘をついたことがありましたが、相変わらず深く心に染み渡るような響きでした…お天気が良かったのも幸いでしたね!さて、2日目のリハーサルは、スダーンさんによって初日よりもさらに細部にまで拘ったものとなりました少し集中力がぐらつきかけましたが、これだけやれば本番は大丈夫でしょう!0次会で個性的なビールを外で楽しみ…その後指揮者も交えて翌日の壮行会🍻 二次会ではある悩めるメンバーの話を聞いていたら、いつのまにか2時!そそくさと床につきます🛏️翌朝、リハ前にその後に来る札響定期のクセナキスや武満の譜読みをしつつ、いざゲネプロへそこで聴いたキッズオーケストラのホルベルク組曲の見事なこと!プロでもなかなか一筋縄ではいかない難曲を、瑞々しく爽やかに演奏していました🎻こうして14時に始まったコンサート緊張感の中にも生き生きとしたキッズのホルベルク、リハ初日から徹頭徹尾素晴らしい演奏を貫き通し本番で爆発させた西山さんのクーセヴィツキー、そして下平さんのナレーションや、最後のソルヴェイグの歌で、ノルウェー語で澄んだ歌声を聞かせてくれたキッズ・コーラスを加えてのペール・ギュントも本番が一番良いものになったと思います!応援に来てくれた同級生や両親、昔からの知り合いの方々、そして多くのお客さまから喜びの声を頂きました!スダーンさんや彼のマネジメント会社の方からも労いのお言葉を頂き、ひと安心😮💨どうやら最低限のお勤めを果たすことができたようです辛うじて撮れたメンバーとの一枚😊その夜は両親や幼稚園時代から全てを見られてきて頭の上がらない方々😉と楽しくご飯を頂きつつ、日頃の感謝の思いをお伝えしました…翌日は松本空港からの出発時間まで、引っ越して以来30年以上ご挨拶できていなかったヴァイオリンの先生に会いに、隣町の須坂市まで行きました長野電鉄の地下ホームに潜ると、旧成田エクスプレスがお出迎え😅どうやら旧ロマンスカーもここに払い下げられて活躍しているようです🚄電車が出発すると、ガラガラだったにも関わらず、恥を忍んで運転席の真後ろにピッタリ立ち、流れゆく景色を堪能😅懐かしの駅舎何も変わってなくて嬉しい☺️今回34年ぶりの訪問だったのですが、先生のお宅まで地図で調べなくても勝手に足が動いていきましたよ🚶そして…ついに再会!実は小学校2、3年の頃、西田先生の前についていた先生に口答えをしてクビになってしまい、路頭に迷っていた時に、当時習っていたピアノの先生に彼を紹介してもらい、毎回とても楽しいレッスンをして頂きました先生のお声もお姿も昔のまま、ダンディでいらっしゃる実は彼の奥さまが前日のコンサートに来て下さっていたようで、喜びの声を頂き、さらに隣で弾いていたキッズメンバーが彼女にピアノを習っているとか、今回はご一緒できなかったNOVAのメンバーのホルンの水野さんは、昔西田先生にヴァイオリンを習っていた時期があったとか…あっという間にお約束の一時間半が経ってしまいました🕰️いまヴァイオリンで食べて行くことができているのも、西田先生の御指導あってこそ!心から感謝です🥲御夫婦でいつまでもお元気でいてほしいものです!この後バスで長野駅まで移動し、お土産を買って、後ろ髪を引かれる思いで松本まで移動姨捨駅付近から長野市方面を望む空港までバスで移動して、丘珠空港行きに乗り込みました✈️席につくと、夢グループのお二人からの歓待を受けて思わずパシャリ📸無事札幌に到着しました!いやぁ、夢のように楽しい時間だったなぁ!またいつか呼んでもらえるように、日々頑張っていこう💪長野の皆さま、ありがとうございました😊
May 31, 2024
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先日幼稚園から小学校卒業まで約10年弱を過ごした長野市で行われたensemble NOVAキッズプロジェクトに参加させて頂きました長野市は今の自分を形成してくれたとても大事な土地、ふるさとです当時、父が自分が小学校を卒業するキリの良いタイミングまで転勤を遅らせてくれたのですが、6年間クラス替えが無かった故、もうほぼ親戚と言っても過言ではないくらいの存在だった多くのクラスメートたちが、引っ越しの日に駅のホームまで見送りに来てくれた光景は、今でも忘れることができません😢昔から鉄道旅は好きでしたが、長野が背後に消えて行く車窓は本当に切なかったなぁあの頃はオリンピック前で、まだ新幹線も開通していなかったので、東京までは特急あさま号や白山号で碓氷峠を越え、3時間半ほどの乗車時間でした今回長野に移動するに当たって、札幌から松本まで一日二本飛んでいる飛行機で移動するのが便利なのですが、たまたま東京で用事があった関係で、鉄路で移動することとなりましたそしてそのルートを考えながら、何とか横川駅を通ることが出来ないものか、碓氷峠をバスで軽井沢まで走り抜ける事ができないかと乗換案内サイトと格闘していたら、全て可能なことがわかり、時間にも余裕があったので早速実行スタートは恵比寿駅ここから埼京線で大宮まで向かいます横川でなるべく長く時間を取るために、大宮から高崎までは新幹線を利用もう敦賀まで繋がったんですねぇ😌久しぶりの新幹線は、それはもう速くて速くて…🚀大宮〜高崎が20分で着いてしまいました😵💫ここからは信越本線横川まで30分ほどの旅です久しぶりに自分の中の鉄道ファン部分を解放してみたら、なかなか楽しくなってきたゾ💗これは何の家紋なんだろう?🤔車窓はというと…曇っていて、楽しみにしていた妙義山が全く見えず…😢天気予報は晴れるはずだったのですが…そして到着した横川駅以前はこの駅で峠越えのために機関車を取り外しが行われてたんだけどなぁ…🚂「絶対に横軽間の復活はさせない!」とばかりに線路が止められています…😟そういえばこの駅で機関車の交換を見学するために何回も一時下車した事はありましたが、改札を出たのはこの時が初めてでした!外から見ると、とてもシンプルな駅舎そして横川と言えば「峠の釜飯」ですよね!駅前の本店にて、釜飯定食(1600円)を頂きましたほんの少しご飯が温かかったような☺️店を出て少しお散歩🚶軽井沢行きのバス停を確認して…あっ❗️線路…❓なんと碓氷峠に向かって当時の線路と思われるレールが延びていました!こういうのには弱いなぁ…😢ここには鉄道文化村があって、予約すると機関車を動かせると聞いたことがあったのですが、さすがにここに入ってしまうと、その晩の予定に支障が出そうだったので老後の楽しみに取っておくとして、碓氷関へするとこんな看板が…わぁ!旧鉄路を歩けるようになってるんだ!しかもトンネル内や鉄橋も通れるのね…!こりゃいつかゆっくり来なきゃね❗️📝観光案内所で碓氷関に関する歴史を勉強して、広大な鉄道文化村の敷地横を通って、復元された関所跡へ向かう途中…なんと「あさま号」が❗️しかも数種類の塗装があった中、まさに最後に乗車したタイプ❗️いやぁ、エモい❗️(初めて使ってみた…)関所も立派だったけどさ…やっぱ「あさま」だよ…(←いつも以上に自己満日記でスミマセン🙇🏻)…さて、いよいよ出発の時間ですバスは旧道ではなく、バイパスを通って軽井沢へ途中で何回か放送が入り、「お天気が良ければ正面にに雄大に広がる浅間山が…」なんて言ってましたがね…霧で何も見えねーんじゃよ🫥バスを降りても…しなの鉄道に乗り換えても霧は晴れず…結局最後まで浅間山を見ることはありませんでした😔新幹線からだと浅間山がほんのわずかな時間しか見れないから、というのも在来線で来た理由のひとつだったんだけどなぁ…この後小諸駅で乗り換え、懐かしの車窓や、乗り降りする多くの学生さんを様子を眺めつつ、無事に長野駅に到着その夜はensemble NOVAの代表の方に、小学生時代の数ある通学路だったところの近くの「つた弥」という素晴らしい店に連れて行って頂き、翌日からの故郷でのリハーサルに備えて英気を養いました
May 29, 2024
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遅ればせながら5月に入りましたね!庭の花々も一気に咲き始めました!5月11日に和波先生が北海道へ野球を観るために飛んできてくれました✈️当日の朝、車で先生を空港まで迎えに行き、北広島市へ🚙予約してあった葬儀屋さんの駐車場に停めて、駅からのシャトルバスに乗り込みます🚌プレイボール2時間前でしたが、乗客の列もそこまで長くなく、ピストン輸送の効率の良さもあって発車まで5分と待つことはありませんでした✌️モダンな建物❗️球場の周りを少しお散歩してからいよいよ入場🎫エスコンの名所のひとつであるレフトポール近くのタワーイレブンで記念撮影📸ガラス張りのセンターを通って、ルスツ豚のお店でランチを買って、ライトポール際のGAORAブースを横目に、過去のペナントを頭上に見ながらエスカレーターで2階、そして3階へと上がり、今年からの公式グッズであるファイターズカウベルを購入してようやく着席🪑今回の席は3階のバックネット裏で、1番後ろから3列目というところでしたが、ご覧のようにそう遠く感じることも無く、むしろホームベースの真後ろということもあって、ピッチャーの横の変化がよくわかったし、プレイを全体から俯瞰して観れたのでとても良かったです👍プレイボールまで買ってきた「加藤で勝とうカツカレー」を食べて必勝祈願🙏この日はロッテ戦先発は日ハムがその加藤でロッテがメルセデス発表されたロッテのスターティングラインナップに、ソトとポランコの名前が無い💦こりゃ勝つ気があるんじゃろか😅いざ試合が始まると、案の定ロッテ打線の迫力不足は否めず、日ハム応援団より人数は少ないながらも声量と団結力で遥かに上回るロッテ応援団の応援虚しく、3対0でハムの完勝😎この日のヒーローは決勝打の万波と勝ち投手となった加藤耳に差したラジオと自分の状況説明の相乗効果もあってか、そして何よりも勝利という最高のシチュエーションに、とても楽しんで下さっているご様子の和波先生😃帰り際、勝利の「二次会」に遭遇した我々🚶トランペット6台とタイコによる爆音大会だったので、先生には苦痛かと思い、なるべく早く立ち去ろうとするも、むしろ嬉しそうに見ていらっしゃいました🤗もう一度GAORAの公開放送ブースに向かうと、解説の金村暁さんと実況の土井悠平アナウンサーによる今日の「おさらい」中🎙️放送が終わると集まったお客さんのために4〜5分ほどのサービストーク金村さんはGAORA中継ではそれまで勝率100%💯土井アナウンサーは鮮やかに関西弁に切り替わるという…😲この後30分ほどバスを待って北広島駅まで移動し、我が家へ🚙我が家ではたぢゅみさまがラザニアを作って待っていてくれました🍽️3人で楽しい時間を過ごし、先生をホテルまでお送りして1日目が終了😴翌日は支笏湖温泉へ♨️車内でこれからの人生プランを相談してもらいつつ…この日は本来雨予想でしたが、何とか保ってくれました😮💨ゆっくり温泉に浸かり、ランチを食べて、少しお散歩して、ラジオで野球を聴きながら新千歳空港へ✈️お土産を一緒に選んで、最後はソフトクリームを食べて先生をお見送り👋楽しい時間をありがとうございました😊帰りはチューリップ畑に寄って写真撮影🤳さぁこれからも頑張ろう💪
May 27, 2024
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毎回ラジオで「テレフォン人生相談」の最後に印象的なひと言を仰る加藤諦三さんそんな彼のYouTubeを発見札幌の林の中を歩きながら彼の言葉に耳を傾けました加藤諦三さんによる「自分らしさ」を作る心の持ち方何かぐぐっと心を動かされました心の仮面をはずそうもう少しで暗闇から出れそうな予感…⛅️
May 9, 2024
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今朝もケイタイのアルゴリズムにやられてしまった…😓「TBSは安住さんだけじゃない!」比べない思考術からの…Nスタ本音トーク「結婚篇」からの…Nスタ本音トーク「オッサン篇」からの…それでも生きる意味はあるからの…生き物は弱いから生き延びるでも…興味深いな…ムダ・ヒマ まんせー🙌さぁ〜て、ぼちぼち始めっかぁ🥱🎻
May 8, 2024
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たまたまニコニコ動画で観ることができた225衝撃の復帰戦…!8回裏に彼にまわっていく過程も含めて身震いしました😱しかしその存在感、そしてファンの彼への期待の大きさ…急激にチーム内のバランスが崩れないか、とても不安です石井コーチの推し進めてきた、丁寧なチームバッティング、走塁の基本ラインが傍へ押しやられないでほしいそして現キャプテンの牧選手は萎縮せずにこれまで通り堂々とチームを導いてほしいますます打高投低に拍車がかかりそうまだ心の中がザワザワしています…さぁどんなシーズンになるのかな…
May 6, 2024
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この夜もあまりの寒さで目を覚ましました今までの教訓から、全て二重以上に着込んで寝たんですけどね、気付くと海老の形に硬直してるんですよ…🦐寒いのはもうイヤだ…🤢出掛ける直前に、チェックイン時にもらっていた朝食セットからインスタントコーヒーを取り出して、テラスで一杯☕️時刻は5時45分まだ外は真っ暗イタリア人とハンガリー人が起き出してきました話が長くなる前に、早めに退散どうか楽しい時間を過ごせますように…!いよいよまともに歩けなくなった脚を、付点のリズムで引きずりながら、駅へゆっくり向かいますなかなかの運行間隔ですな標高 157.93m出発10分前に列車が入線してきましたこのあとバイヨンヌで乗り換え、TGVでパリへ4時間やっぱり時速300キロは速い❗️車内では携帯電話がUSBで充電でき、しかもWi-Fiが充実していて、あっという間に時が経ちましたそういえば帰りの列車は朝一番ということもあってか、83ユーロで取れたんです可能ならばやっぱり早めに予約するべきですね…😌無事にパリ・モンパルナス駅に到着街に出ようとすると、どこからかピアノの音が…おお、やってますね🎹楽しそうに弾いてるのがなんか嬉しいです😊このあとパリ在住の同級生、あっことランチの約束彼女と会うのは昨年福岡県直方市で共演して以来なので、ちょうど一年ぶり指定されたレストランに行くと、息子さんのテオくんと一緒に待っていてくれました美味しいゴハンに舌鼓を打ちながら、3人で楽しい時間を過ごしました巡礼路の「布教活動」に勤しむたぢおさらにデパートの素敵な喫茶店に移動しておしゃべりおしゃべり…高校からの同級生という間柄と、パリという土地も手伝ってついつい様々な本音を吐露してしまいますそのうちアッコから「だからテオの場合はさ…!」と思わず息子の名前で呼ばれる始末…😅すっかり甘えてしまいました😓たくさん元気をもらってお別れの時間⏳次に会える日、共演できる日を楽しみに!ありがとう!😊…さて、これからどうしよう?たっぷり時間もあることだし、今晩泊まるドミトリーまで歩いてみるか…デパートでお土産を買って、その隣の不思議なメダイ教会へ多くの観光客が静寂の時を過ごしていました途中でヤコブ通りというところを見つけて、巡礼路の聖ヤコブとの関連を考えましたが、よくわかりませんでしたそのまま足を引きずりながら歩き続け、ついにセーヌ川に到達あれはルーブル美術館かな?橋と橋の間はシテ島かな?そしてこれはヤコブの塔実はここがパリからサンディエゴ=デ=コンポステーラへと繋がる巡礼路のスタート地点なんです🥾それこそ目的地に着くまでに何日かかるんだか…よく探したら、上から聖ヤコブ像が優しく(?)見守ってくれていましたもう脚が限界に近づいていましたが、ここまで来たら火災に遭ってしまったノートル・ダム大聖堂を観に行かないと!もう一度川を渡って…着いた!正直なところ、外観からはどこが燃えてなくなってしまったのかよくわかりませんでしたが、聖堂の正面には臨時(だと思うのですが)のステージとベンチが設置されていて、多くの市民が修復工事を見守っていましたオルガンもパイプを一本一本外しての修復作業が行われているようでした…このあと2009年に一瞬「演奏した」サン・ルイ島を通ってドミトリーへ一旦荷物を置いて、メシの調達やっぱり最後のメシはケバブでしょ‼️長く住んでいたドイツ・ヘアフォルトの「オヤジのケバブ」の味には遠く及ばないものの、ひさしぶりに破壊力のある食事これ喰って日本でもがんばらにゃ❗️💪パリよ、ありがとう😊今回の寝床には掛け布団🤗その翌日シャルル・ド・ゴール空港から台北へ、そして台北から新千歳、最後に我が家まで無事に帰りつきましたあっという間だったけど、思い切って行って本当に良かった!素晴らしい休暇でした❗️次回はエステーリャからか、それとももう一度ピレネー越えをするのか…きっと必要な時にまた呼んでもらえることでしょう😌その日まで誠意を尽くしてがんばろう
Apr 21, 2024
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いよいよ巡礼最終日…翌々日の午前中の便でパリから札幌へ帰らなければならないので、余裕を持った予定を立てた結果、この日は9キロ先にあるエステーリャまで歩き、そこからバスとタクシーを乗り継いでサン=ジャンまで戻る、という結論に達しました本当はもっと先まで歩きたかったけれど、職のあるうちに40日も楽器無しで歩いてしまったら、もう職業音楽家に復帰できなくなるかもしれません悩ましい…ただ今回短い期間とはいえ、ここを歩くことができたのは、きっと偶然では無かったような、巡礼路から呼んでもらえたようにも感じていますいみじくも奥方が言っていた通り、普段の生活をカミーノ(巡礼路)だと思って行動する、これが現在の自分が札幌でできる最良の方法なのでしょう…そしてまた歩きたくなったら、40日がダメでもまた続きから少しずつ進めば良い…巡礼最後の朝は、二段ベッドの上で寝ていた韓国の男性が起き出す音で目覚めました時刻は6時半エステーリャを11時に出るバスに乗る予定で、普段だったら早く着きすぎてしまうことを心配しますが、まだ痛みの残る脚で果たして9キロ歩き切れるか想像ができなかったので、やはり早めの出発を決断荷物を整理しがてら、隣のベッドでまだ寝ていたハンガリー人の女の子に「充電器ありがとう」の置きメモ締めの言葉はもちろんBuen Camino!足を忍ばせて階下に降りていく時点で、もう痛い…!こりゃ相当ゆっくり歩かないと…😅裏玄関には、どなたかの荷物がリュックに荷札が挟まっているでしょう?これ次の宿さえ決まっていれば、6ユーロほどで車で運んでくれるサービスなんですこのサービスのおかげで、御高齢だったり何らかのハンディキャップを持った方々など、より多くの方々に巡礼できるチャンスが広がるようになったことは素晴らしいことです👍反面、このサービスを結構元気な方々も使っちゃってて、宿を指定しなきゃいけない→宿を事前予約する→何十キロも歩いてきた人のベッドが無くなる、という現象も起きているわけです予約できる数を制限する、予約無しの巡礼者のためのベッドも一定数確保するなど、何らかの対策が望まれます…親切なセニョーラ、きょうこさん、ありがとうございました🙇🏻さぁ、行こう!早起き巡礼バンザイ🙌日が昇ってきましたねニワトリのお仕事の時間だね🐔🔈カトリックは呑むのも仕事?😁次の街、ヴィリャトゥエルタの役場ついに次の街が終点…😢丘の上のチャペルはるか遠くに断崖絶壁の山々が…!自撮り!🤳エステーリャの街に入りますここのインフォメーションセンターでこの旅最後のスタンプをゲット!もう少し元気であれば、ここから1キロほど歩いたところにある、蛇口をひねるとワインが出てくる、ただで呑めるという「ワインの泉」のあるイラーチェに寄って、そこからエステーリャまで戻ってこようかと思ったのですが、脚が全く言う事を聞かず、次回以降に持ち越しとなりました10時頃、この通りを最後に巡礼路を離れ、予めグーグルマップで調べてあったバス停に向かうも、時刻が全く書いていないしかも通りを隔てて2つバス停があり、どちらで待てばいいかもわからないすぐ近くのガラス張りのお店で聞いてみると、ここからは出ないのでバスターミナルに行きなさい、と危ない、危ない…!10分ほど歩いて到着したこのバスターミナルの建物は元鉄道の駅舎だったようです出発時刻まで近くのバルでご朝食ほうれん草のトルティーヤとエスプレッソこのあと周辺をブラブラしていると、ウテルガの宿で一緒にご飯を食べた韓国人の女の子と再会何でも彼女は途中で足を痛め、数日間休み、バスに乗って先の街まで仲間を追いかけるとか無事に最後まで歩けるといいですね!そして巡礼中のニュージーランド人御夫妻にも会い、こちらから「いつか絶対戻ってきて続きを歩きたいんだ!」と伝えると、「私たちももう少し先まで進んでから一旦帰るのよ。次に私たちが戻ってきた時にまたきっと会えるわ」不思議なことにこの道に来ると、全ての言葉に力を感じ、本当に次回会うんだろうな、と心から信じることができますさて予めバスターミナルで買っておいたチケットを持ってバスに乗車まずはパンプローナに向かいます久しぶりの乗り物は驚くほど速くて…!この日の朝に出てきたロルカまでたったの15分プエンテ=ラ=レイナまで、そこから15分そしてその前日に宿泊したウテルガを遠目に見ながら、雨の中這いつくばって越えた峠をビュンッ💨と通過し、12時過ぎにはパンプローナのバスターミナルに到着!こっちが3日かけて歩いた道をたった1時間で…!まぁ、そーゆーもんですよねー😑でも歩いたからこそ見えたものや、多くの触れ合いがありました次の問題はロンセスバリェス行きのバスが、どのバス会社で運行され、何時にどこから出発するかということ何日か前に巡礼路上で見た時刻表とグーグルマップで検索して出てくる時刻とは異なっていたし…複数あるバス会社のカウンターから一つを選び、尋ねてみると、「ロンセスバリェス行きは13時30分に出るわよ、出発地点はまもなく表示されるからよく見てて!」とのこと今までどのサイトをみてもその時刻は無かったような…いずれにせよまだ時間があるので、再びパンプローナの街を散策しようと試みるも、痛む脚がそれを許さずしばし芝生の上で日光浴をすることにしましたしっかしよくこんな裏がツルツルの靴で100キロ以上も歩けたもんだ…!13時過ぎに地下のターミナルに戻ると、あった!(下から3番目)出発するスポットが20から26の間というアバウトさがスペインぽくて良き、ですなここのターミナルは各乗車スポットが放射状になっていて、とてもカッコいいです無事ロンセスバリェス行きのバスに乗り込むことができました出発したバスは、数日前に歩いた道や街を、やはり風のように通過していきます夜に凍える思いをしたララソアニャのアルベルゲの前も通過カップラーメンを買った商店の前を通りかかると、たまたま誰もいないタイミングだったようで、先日とても陽気に迎えてくれた店主が時間を持て余していたのか、バスから誰か降りてこないかと、文字通り首を長くしてこちらを見つめていた表情が何とも憂いを帯びていて、印象的でした車窓からはたくさんの「同志」を発見そこを歩いたタイミングさえ異なりますが、それぞれのルートを歩いていた時の苦労、楽しさ、景色の美しさなどを即座に共有することができますある峠にさしかかると、フードトラックの前で休む巡礼者たちからお手振りのご挨拶を頂きましたが、その中にいた黒人の女の子の、心から巡礼を楽しんでいる!という純粋な表情!なぜか泣けてしまいました…まだまだ解毒が足りないのでしょうか…バスはガードレールの無いつづら折りのルートにも関わらずもの凄いスピードで飛ばしに飛ばし、それこそ2日かけて歩いた街々を1時間で走破14時半過ぎに無事ロンセスバリェスに到着しましたここからサン=ジャンまではタクシーで戻ります少し見にくいですが、右奥の雲間から見えるピレネーの峠が雪化粧❄️巡礼者たちは大丈夫だったのかな?今回Wi-Fiを持っていかなかったので、先日泊まったアルベルゲのオスピタレイロにタクシーを呼んでもらおうとしましたが、「電話は貸してやるから自分でかけろ」とのこと一瞬たじろぎましたが、今までの体当たり言語で何とかアタック!「サン=ジャンまでね!50ユーロでいいかな?」ハンガリー人のマテくんの経験談で、パンプローナからサン=ジャンまで100ユーロと聞いていたので、そのくらいの相場でしょう「いま遠くにいるからそっちに着くのが16時くらいになるけどいいかな?」全然いいともさ!それまでの時間を使って、ピレネーを降りてきて、アルベルゲの順番待ちのために中庭で休んでいる旅人に声を掛けますたまたま1人目がシュトゥットガルトから来たドイツ人だったために、話がスムーズに進みました幸い巡礼路上には目立った雪も無くスムーズに歩けた、とのこと良かった!その他にも、彼が札幌も含めて日本に来たことがあるという話や、シュトゥットガルトの音楽事情、バレエが素晴らしいという話を聞いて、楽しくお別れくれぐれも先々Buen Caminoです👍15時半になったのでそろそろ待ち合わせ場所である、先日夕食、朝食を食べたバルに行き、そこで遅い昼食テラスでゆったりとスペイン最後の食事を始めた途端、道の向こうからタクシーが…!え〝?😱運転手が降りてきて、「サン=ジャンまでのお客さんだよね?」「まぢっすか?っつかいまちょうど食べ始めたばっかなんだけど…」とテーブルを指さすと、「わかった、ゆっくり食べな」とのこと寛大なお言葉にホッとしたのも束の間、運転手がすりガラスの向こう側の誰かに「こいつなんか食ってるよ」のジェスチャー相乗りかぃ!というわけで慌てて硬いパンをワインでグイッと呑み込みタクシーへ!案の定、車内にはカナダから来たという夫婦が2人待っておられました待たせてしまったことをお詫びしてタクシーは発車そのタクシーも今までのバスに負けず劣らず、とにかく飛ばす飛ばす!やはりガードレールの無いつづら折りの坂道を一切の容赦なく突き進みます🏎️この恐怖にはむしろ少しアルコールが入っていて良かったかもしれません😅途中何人かの巡礼者を見かけたような気もしましたが、次の瞬間にはもうサン=ジャンに辿り着いていましたロンセスバリェスを出てたった30分の出来事それこそ初日に自分の身体と対話しながら歩いた7時間は?っちゅう話です…ところで支払いの時に、「20ユーロね!」と言われてビックリ!相乗り客と折半という形にしてくれたのです!ムーチョス・グラシアス❗️こーゆー時ばっかり適当なスペイン語が出てきます😅この後、初日とは違うアルベルゲに荷物を置いて、前回できなかった、街を散策街をぐるりと巡る城壁に上がります要塞に着くととても美しい景色が広がっていました要塞から川の方に下り19時からのミサに参加多くの地元の方々、巡礼者の方々ミサが終わると、巡礼者だけ前に集められ、出身国を聞かれますドイツ、スペイン、韓国、アメリカ、カナダ、ブラジル、オーストラリア…「日本」と申告するとフランス人の神父さまが「じゃ、ジャポン?」とまさかの2度聞きやはり日本人に見えなかったのか、日本人が珍しかったのか…ホントどうでもいいことなんですけどね😌そしてこれからの道のりの安全を祈願して頂きますこちらも向かう方向は違えど、日本までの、そして日本での生きる力を祈念聖堂を後にしますアルベルゲに戻ると、部屋のベッドは満席状態ここは毛布が無いタイプでしたが、当然のようにトイレのトイレットペーパーも無い!ただこういったパターンや野外緊急時の為に日本から持っていったのが最後の最後で功を奏し、それを嘆いていた巡礼者のために「寄付」してきましたちょっとはお役に立てたでしょうか?というわけで、100キロ以上の道のりを歩き通せたことに感謝して、明朝6時半の電車に乗るべく、21時過ぎに就寝💤
Apr 20, 2024
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この旅で初にして唯一のシングルルームでの睡眠は、やはり超快適で、しかも毛布と掛け布団まであり、夢見心地とはまさにこの事でした😃爽やかに目覚めたところで朝食会場に行くと、昨日お誕生日だった韓国の女性とマダムたちと同じテーブルになりました食べ始めて少し経ってから、いかにも眠そうな欧米の女の子が登場あえて「よく眠れた?」と聞くと、「まぁね🥱」と愚問だよね、ごめんと、その女の子が韓国女性陣に「このベーコンいらない?」と尋ねるも、誰も挙手せずそこで控えめに立候補してちゃっかりゲット「プロテインをありがとう😊」とお礼を述べると、「そうね、確かに間違ってないわ😀」と少し明るくなったご様子すると韓国人マダム2人からもベーコンの差し入れを頂き、すっかりプロテイン満タン状態に🥓🥓「あなた今日ラッキーデーじゃない?😄」「あざーす✌️」さぁ愛情を一杯受けたところでボチボチ出発しますか…歩き始めて4日目そろそろ帰りのタイミングを考えなければなりませんパンプローナ、ロンセスバリェスまでのバスの時刻を調べた結果、この旅の最終目的地をエステーリャと定め、この日はロルカまで行くことにしましたここウテルガからプエンテ・ラ・レイナを通って、ロルカまで約21キロ歩きます宿を6時55分頃に出て、再び巡礼スタートムルサバルを抜けオバノスに入り、立派な教会の敷地を抜け、オバノスに別れを告げ、カタツムリくんの横をすり抜け、とある場所で、なんとまたマテくんと再会!実は彼もウテルガの、自分が最初満室で断られたアルベルゲに泊まっていたようで、そこからロルカまで同行することになりましたおしゃべり中にいつのまにかプエンテ・ラ・レイナに到着ここは王妃の橋と呼ばれる、美しい橋がかかっていることで有名ですいよいよその橋を渡ります渡りきって振り返るとこんな感じもうちょっと良いアングルがあったかもしれないですね…途中朝ミサを覗き見…どっちも正解だけど、どっちに行こう?うげげ、また上り坂マニェルに入り、巡礼者の朝食の横をすり抜け、野原に出ると、前方に見えてきたのは次の街シラウキ街のてっぺんの教会を目指すも、残念ながら閉まっていました街を出ると今度はぶどう畑の横を通ります何やら「楽園」と書かれた脇道を進むと、お菓子や果物のコーナーが!しかもフリー!この巡礼路にはこういった愛情で溢れています…オリーブ畑を抜け、菜の花畑を抜け、もうすぐロルカに着いてしまう…!この日にもう少し先に進むマテくんとは、ここでお別れです最後に休憩がてら軽くランチを食べて再会を誓い、彼のサンティアゴ=デ=コンポステーラまでの旅の安全を祈りますゴールテープは一緒に切りたかったなぁ😢…さて、アルベルゲはどこだろう?実はこの時、脚の痛みが全行程の中でピークに達しておりました右足をひきずりながら宿を探していると、通りに面して左右に2軒右側はなんとなく活気があるように見えたので、そこでベッドの有無を聞いてみると、「すでに予約で一杯なので、反対側に聞いてみてくれ」とのことう〜ん、昼過ぎの時点で既に満室とは世知辛い…その様子をくまなくじーーーっと眺めていた反対側のアルベルゲのセニョーラ恐る恐る空いてるか尋ねると、「あるある!それよりあんた脚だいぶ悪そうじゃないの!早くこっちに来て座んなさい!」(もちろん全部スペイン語❗️したがって以下全部こっちの解釈です‼️)椅子に腰掛けると、「ほら、靴下脱いで、ズボンの裾上げて!」と言ったかと思うと、彼女の手のひらに大量の岩塩をのせ、「ここにこのクリームを出して!」指示通りにすると、それを手のひらで擦り合わせて、やおらこちらの脚に塗りたくり始めました膝下全体から始まって、足の裏、甲、指と指の間まで丁寧にマッサージしながら治療してくれたのです!なんて親切なんでしょうか!「ところでなんか飲む?オレンジジュース?ビール?」思わず「ビール」と注文…「あんたどこから来たの?韓国?あ、日本なの?じゃ、ちょっと待ってて」とやおら2階へその後数分して降りてくるも何も起きず…「ところであんたスープ飲まない?」…じゃ飲む(いくらなの?)しばらくして出てきたお豆のスープの美味しいこと!するとやおら階段の上から「こんにちは」の声この旅に出てきてから初めての日本語に思わず「え〝⁉︎」と素っ頓狂な声を上げてしまいましたきょうこさんとおっしゃるこの方は、ここの厨房で働いているそうで、どうやらさっきセニョーラは彼女を呼びに行ってくれていたようです彼女の通訳によると、セニョーラ曰く、びっこをひいた旅人を大変不憫に思い、「マッサージしてあげてビールもフリーでプレゼントしたわよ、もう私のいとこみたいなもんだから」だそうで…なんと親切な!実は突然マッサージされるわ、ドリンクやスープも出てくるわで、いくらふんだくられるんだろうと内心ヒヤヒヤしておりました…きょうこさんは佐賀出身で、イタリアに住んでいた時に、この巡礼路に来て一気にハマり、ここに住み始めたらいつの間にか家庭を持つことになって…とのことこちらからも巡礼路への想いや現状の苦しみをお話しすると、「あなたはまた戻ってきますね!」とキッパリそして厨房に戻る際に、「まぁボチボチ、ですよ」とのこととても沁みる言葉を頂きました久しぶりの日本語を頭の中で反芻していると馬に乗った集団が通過これまで徒歩、自転車の巡礼者は見てきましたが、本当に馬との巡礼者もいたとは!このあとセニョーラが「半分食べな!」と自分の昼食のチキンとサラダを分け与えてくれましたよっぽど不幸せそうに見えたのかな…?😅ようやく自分のベッドに移動して、シャワー、洗濯、昼寝、読書、そしてディナータイム!前の宿で一緒だったオランダ人夫婦とここでも再会他にドイツ、オーストラリア、ハンガリー、韓国、デンマークの方々と食卓を囲みました「宿を予め予約してしまうのは巡礼のマナーとしてどうかな?」「馬での巡礼はかえって高くつくぜ」「スイスのドイツ語は覚えるのが大変!」などなど…脚の痛みも幾分癒え、またもハンガリーの女の子にiPhoneの充電器を借り、毛布のある有り難みを噛み締めながら、この夜も更けていきました💤
Apr 19, 2024
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