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1/20礼拝「どうしてわたしを知っているのですか」
イザヤ8:28~9:6 、ヨハネ伝1:43-51
アンデレ、シモン・ペテロがイエス様に出会った翌日のお話です。今度はフィリポがイエス様に出会いました。イエス様はフィリポに「わたしに従いなさい」と言われました。イエス様に出会ったフィリポは、すぐさま共にイスラエルの救いを待ち望んでいたナタナエルのもとに走りました。
一、イエスとの出会いは、友・兄弟・親子・夫婦・・と必然的に広がる
イエスとの出会いは、イエスの人格(愛)との出会いで、説明によるものではありません。否定的な反応を示したナタナエルに対して、フィリポは 「来て、見なさい」 とだけ言いました。
二、わたしの奥深くまで知り尽くし、尚愛してくださるイエスの愛
イエスに声をかけられたナタナエルの第一声は 「どうして私を知っているのですか」 というものでした。それは、単に、自分しか知っていない事実を言い当てられたということに留まらず、「この方はわたしの全てを御存知なのだ・・」という悟りのようなものであったのでしょう。全てを知られるということは、ある意味恐ろしいことでもあります。でも、多くの人の心の中には『わたしを知って欲しい・・わかって欲しい・・』という声があるのではないでしょうか。そして全てを知りつつ愛してくださるということに
『そんなばかな!!!』
という驚きを感じてしまうのは、わたしだけではないはずです。しかし、イエスは確かに、わたしたちの全てを知り、受け止め、愛してくださる方なのです。それは、説明で知ることはできませんが
今生きているイエス(愛)と出会うとき、神様の愛の助けによって知ることができるのです。祈ってみてください。求めれば与えられます。
主よ、あなたはわたしを究め
わたしを知っておられる
(詩篇139:1)
※本日の礼拝メッセージの要約となっていますが、内容・表現は『欠けた器』のフィルターを通っております。実際の島津師のメッセージはさらに豊かなお話です。是非、教会へいらしてください。
松本筑摩野伝道所 ↓