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ストレスがたまる「修学旅行の写真は いつ展示されるんですか」と 学習室の担任に尋ねたら「先週 視聴覚室に展示されていましたよ」ニコニコしながら 注文も終わったらしいとの答え聞いてないてか なんでニコニコDAIのリハビリの関係で 学校に2時間しかいられないある日。介助の先生は、年間の出勤時間の調整があり、 DAIの2時間のためだけに出勤されるのも大変なので「その日、DAIちゃんの勉強を見てもらってもいいですか」と介助の先生が 学習室の担任に頼んであった。すると「ぼくは ほかの子のトイレの世話があるので DAIちゃんは見られない」えぇ~~トイレに2時間もかかりますかてか それ以前の問題のような・・・愚痴りたくないでも 愚痴でも言わないと ストレスがたまる
2010年01月22日
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昨年12月から 山のようなお仕事が舞い込んでいまだに引きずっています12月の最初の日曜日に親の会のクリスマス会を企画していてその準備をしながら 修学旅行の準備もしました。そんな中、母の母・・・つまり DAIのおばあちゃんが大腸がんの宣告を受け 2つの病院を行ったり来たり。市の福祉課からは 障害児の親の集いをやって欲しいと依頼がありそれは 年明けに企画する(断ったのに なぜか働いている)としてとりあえず、年内に修学旅行と おばあちゃんのオペを無事に済ませ新しい年は開けましたそういやぁ~~ 年末の大掃除は誰がしたんだぁ~クリスマス会の報告を兼ねた 親の会の会報を作成し発送がようやく終わりましたバクバクの会(人工呼吸器をつけた子の親の会)の『まいど!医療的ケア』(昨年10月に開催)の感想文を事務局へ送りついでに 修学旅行の体験記も作ったので送りました福祉課から依頼された親の集いは 今月19日に開催できたし今、参加者名簿とアンケートの集計をやっています毎日、学校に付き添いをしながらDAIのリハビリや検診に走り回り 土曜日は、DAIのデイサービスでお手伝いをしていてどんだけ働きもの~~更年期にもめげず 栄養ドリンクと頭痛薬でごまかしながらがんばれ DAIの母ちゃんってか
2010年01月21日
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すご過ぎる昨日から 積雪の予報は出ていました見事に大当たり早朝、まだ暗い時間に DAIの姉を駅まで送っていくのですが前の車がチンタラチンタラ・・・「電車に間に合わ~~ん」後部座席で吠える姉を「電車も たぶん遅れるから 大丈夫よ」根拠もなく慰めながら どうにか間に合いました学校を休もうかどうしよう~~でも、DAIはすでに行く気満々制服をパスして とにかく完全武装で暖かくしていつもより少し遅れて 10時半頃登校しました学習室の担任の先生は まだ到着していませんでした「雪に埋もれて 捜索願いが出てるのかもよ」んな あほな
2010年01月13日
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やばっ宿題をやっていないDAIにはやる気があったのです母がやらせてないだけなんですてか やらせる暇がなかったのです言い訳 言い訳・・・DAIがどれくらい勉強が好きでどれくらいできるようになったかというと・・・社会・・・都道府県名を覚えました。 日本地図を見ながら「ここ何県」と聞くと 漢字で県名を書いてくれます 今は 県庁所在地を暗記中国語・・・漢字が大好き パソコンで漢字の書き順を練習している間に たくさんの漢字を覚えました “愛” “飛行機” “新幹線” “事業” “仕分け” 「あははは 新聞で覚えたなぁ~」 思いつくままに メモ用紙に漢字を書いていき あっという間に 数十枚のメモ用紙の束ができます 電子辞書に 自分の言いたいことを打つのですが 漢字の変換が正確なので ちょっと驚きです算数・・・計算も大好き 数式を見たら興奮する兄とそっくり 数字が目に入ったら因数分解をしているという病気の兄・・・ DAIにも 足し算と引き算の神が下りてくるらしい 因数分解はできなくても とりついたように計算問題を解いていきます英語・・・アルファベットはパーフェクト A~Zまで 虫食いのように抜けたアルファベットを どんどん埋めていきます。 ちなみに母は、たとえばKの次はと聞かれたら 「A B C・・・」順番に言わないと出てこない お風呂からあがるとき「ワン ツー スリー・・・ナイン テン ナイン エイト・・・スリー ツー ワン ゼロ」1~10までと10~1までを 毎日数えてからあがるので 数字の英語は覚えました。今のDAIは いろんな知識がインプットされていくことがうれしくて仕方がないのです。先日は、母が作った『修学旅行体験記』をじぃ~~~~っと見て指でなぞりながら 笑っていました。読んでるんじゃないのかなぁと本気で思ったほどでした。3学期は 先生に本読みをお願いしてみようかなDAIにできること・・・もっともっと増えるといいな宿題をサボってる場合じゃないかごめんよぉ~~~DAI
2010年01月09日
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新学期が始まりました。冬休みの間、毎日『学校学校』と騒ぐDAIに「今日は年末だからお休み」とか「今日はお正月だからお休み」と説得するのが大変でした。夕べはDAIが寝る前に「明日からに行けるからね」そう言うとニコニコわくわく DAIが興奮するので笑えます。『そんなに楽しみにしているのは あんただけかもね』朝起きて 着替えをするとき『学校』とランランの目で母の顔を見ながら 自分が着ている服を確認します。『やったぁ~ 制服だ学校に行ける』朝、着替えをさせるとき 制服でなかったら脱ごうとするし 制服を着たら学校に行けることをちゃんと知っているので久しぶりに制服を着た瞬間に『へへぇぇぇぇ~~~~~』この人 学校中毒
2010年01月08日
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元日に DAIの兄と姉はふたりで買い物に出かけました働き始めた兄が お年玉代わりに何か買ってくれるらしいと姉は大喜びでついていきました。(母的には 何が楽しくて兄妹でショッピングと思うのですがまっ平和で良いか)夕方 夕飯の時間になっても帰ってこないので『夕飯どうする』とメールをしたら『無事に着いたら家で食べる』と返信どこまで行ったんだか・・・しばらくして ルンルンの姉とヘトヘトの兄が帰ってきました。「見て見て」財布を忘れて行った確信犯の姉は 服とブーツを買ってもらい 携帯を忘れて行った兄は 姉にまかれては困るので7時間近く 姉のショッピングにくっついて3時間の運転と 食事代も出し自分の買い物といえば ミスドー4つのみDAIには 風船とゲームのお土産がありましたお兄ちゃんご苦労様でも、これに懲りたかと思いきや昨日は 姉と今度は高校生の従妹をつれてまたまたショッピングに出かけた兄でした
2010年01月04日
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12月修学旅行の予定は 12月15日~17日広島を経由し 京都で二泊 最終日に大阪のUSJに行きます。とにかく 準備のスタートが遅いこととひと月で 山のような手配を一度にしなくてはなりません。しかも 学習室の担任は学校をお休みされていて母がお願いしていたことが 学校には伝わっていない。母も先生方も あせる・・・あせる・・・看護師さんは 昨年ふれあい教室の宿泊訓練に行ってくれた母の友人に 夏休みの前にお願いをしていました。でも、丸三日を看護師さん一人にお任せするわけにはいかずかと言って もう一人を確保するは時間がないし・・・母が行くしかありません。「医療的なことは 看護師さんと母がやりますがそれ以外は 学校にお任せします看護師さんも母も 本当は存在しないと思って下さい」と先生方にお願いをしました。DAIも生徒の一人として みんなと同じ修学旅行の体験をさせたいそれが母の願いでした。準備を引き受けてくださった 体育の先生はDAIが友達と一緒にいられる時間を大事にしたいと細かい日程を考えてくださいました。天気予報では とにかく冷え込むという予想だったので雨の時・寒い時・晴れた時の三パターンで日程を考え、二日目の京都を 班ごとで回る日程ではDAIにレンタカーと添乗員さんを手配して下さっていたり新幹線の各駅では 必ず駅員さんがサポートをして下さるように事前に頼んでもらっていたりとにかく DAIが困ることがないように看護師さんと母が 安心して付いていけるように準備万端にして下さっていました。修学旅行の当日は この体育の先生は二年生全体を見る大役があったのでDAIには 違う先生が引率でついて下さいました。本来なら 学習室の担任が引率して当然なのですが前日まで体調を壊されてお休みだったので急遽 引き受けてくださった先生ですが母は 学校の中で挨拶くらいしかしたことがなくDAIとの関わりは全くない先生でした。でも、ここで母はまた ラッキーと思ってしまうわけです。『DAIのことを知ってもらえるチャンス』とねDAIの一つ上の車椅子の先輩の担任をされたことがあって抱っこして車椅子に乗せることなど とても慣れておられたので全部お任せすることができました。いつもDAIのことを気にかけて下さり宿でも何度も様子を見に来て下さいました。お風呂を友達と一緒に入れて欲しいと体育の先生にお願いをしていたので「僕が入れます」と張り切ってもらっていてクラスの男子と一緒にお風呂の経験もできました。体育の先生は 実はアスリートでもあるのですがDAIはお風呂の中で スポーツマッサージをやってもらったらしいのですお風呂からあがってきた時の 超ご機嫌のDAIの顔…興奮していて 笑いが止まらないDAIの顔を先生たちに見てもらいたかったな帰りの新幹線の中で「DAIちゃん新幹線に乗れてよかったね修学旅行 楽しかったね」声をかけてくれた友達がいました。DAIの手を握り 肩や腕をさすりながら一生懸命話しかけてくれました。母は泣きそうになりました『ありがとうありがとう』その子にも そしてもちろん先生方にもそれから、ずっと助けて下さった看護師さんと添乗員さんにも感謝でいっぱいの修学旅行でした。一時はあきらめた修学旅行に行けたぞぉ~修学旅行が終わって 三日間の体験記を作り先生方に見ていただきました。時間を見つけて ここにもUPできたら…と思っています。
2010年01月03日
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11月DAIたち2年生は 12月の中旬 広島・京都・大阪(USJ)に修学旅行に行きました。運動会が終わったころから子どもたちは修学旅行の準備を着々と始めていました。でも、11月半ばになってもDAIには何の話もなくクラス担任の先生が「時間を見つけて打ち合わせをしましょう。」と言われたっきり・・・駄目だ限界学習室の担任から話が出るまで待っていましたがもう我慢の限界でした。看護師さんの手配人工呼吸器の手配何かあったときの病院の手配新幹線は?宿は?日程は?・・・etc 子どもたちが普通に準備すること+手配することやることは山ほどあってひと月前では間に合わないこともあります。学習室の担任に「DAIも修学旅行には連れて行ってくださるんですよね」本当に 何にも話がないので忘れられているのかと思ったほどでした。それでも「打ち合わせしましょう。」の言葉だけで具体的な動きがないのでまたまた 教頭先生にお願いをしてしまったのです。えっ驚かれたのは教頭先生のほうでした。それからが大騒ぎ・・・。このタイミングで 学習室の担任が体調を崩されて学校を休まれ急きょ 担任ではない先生がDAIの準備をして下さることになりました。担任以外の先生と関わることができる母的には ラッキー実は 体育の先生で 全く関わりがないわけではありません。DAIが 体操服に着替えて介助の先生と体育館へ行ってもなかなか体育の授業に参加できないことを不満に思っていた母(先生 ごめんなさい)この際 修学旅行をきっかけに いろいろ話をするぞ実際に どうして体育に参加できなかったのかとか10月に教頭先生にお話したような事とかたくさん話ができました。体育の授業を受け持ってもらっていても こんなにお話をしたことはありませんでした。 学校以外でも いろんな経験をお持ちで(すごいアスリートだったりする)学校内でも 重要なお仕事をされていることもあって「もっと早く こんな風にお母さんといろんなお話ができていればよかった」と言って下さいました。修学旅行の準備は 先生が授業の合間の時間だったり自宅へ来ていただいて 何度も打ち合わせをしDAIのそれはそれは細かい日程表を作ってくださり(起きて何をする~どこで注入し~どこで着替えをし~どう移動する 等)母の不安が全くなくなるまで綿密に計画して下さいました修学旅行に行かれる先生全員が DAIの行動が全部わかるようにとかいつも 誰か引率の先生がそばにいて看護師さんの手を煩わせることがないようにとか母のたっての願いのお風呂は自分(先生)が入れるとか本当に感謝でいっぱいでした。全部の先生の前で DAIのことをお話したことはありましたがそれぞれの先生方とお話しする機会は 今まで全くありませんでした。学習室の担任を通して 各教科の先生には当然伝わっていると思っていたことが伝わっていなかったり誤解を生んでいることもわかりました。本当は 学校にいてはならない母ですがSOSを自分で出すことができない子どものことを一番理解してほしい学習室の担任にわかってもらえなくて口を出してしまっていることが申し訳ないと思っています。母が口を出すことを 特別扱いと言われたらそうではないと思っていても 否定することはできません。でも・・・学校の中が見えてしまう母だからあと1年半したら どうせ消える存在だからどうしてもこれだけは言いたい。学校の中で 教師というプロが保護者から子どもを預かっている以上その責任は持ってもらいたい偉そうですみません修学旅行がきっかけで DAIの中学校の生活が変わるような気がしています体育の先生本当にありがとうございました12月へつづく・・・
2010年01月03日
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新しい年が明けました。DAIにとっても きっと新しい年になる!!と信じています!!10月中学校で『高校受験』の話をしました。学習室の担任に 『受験をさせたい理由を4つ』と『高校に入学することと受験をすることは別だと思っている』ことを話しました。受験となれば もちろん先生方の理解がいるしいろんな教科の先生方との関わりが出てきます。学習室の担任が「職員会議で 先生方に話します。」と言われたので先生方がどんなふうに受け止められるかある意味楽しみでもありました。それからしばらくして 教頭先生が母の待機室に来られました。今年赴任された教頭先生とは ゆっくりお話しする機会がなく母の話を聞いてくださるのは初めてでした。DAIが生まれた時のこと小学校の頃のこと肝臓出血で命が危なかったことなぜ母が毎日付き添っているのかそして なぜ この中学を選んだか・・・ここまで話をしていると 母は涙が止まらなくなりました。大好きだった友達が離れてしまったこと高校受験をさせたいこと高校受験の話になったとき「なぜ 高校受験をさせたいの?」と聞かれました。えっ職員会議では「DAIちゃんが高校を受験したいそうです。」とだけ発表されたのだそうです。先生方の反応は想像がつきます。『お母さん・・・何を考えているんだろう・・・』学習室の担任に話したことを もう一度教頭先生に話しました。「そういうことだったんですね」そこから段々と見えてきたものがありました。入学して 1年半が過ぎました。1年生の時の学習室の担任はなんとかDAIを友達の中に入れたいと頑張って下さっていました。クラスとの連携が取れないこともありましたがそれでも 友達が学習室に来てくれていました。2年生になって 学習室の担任が変わりクラスとの連携は全く取れなくなって友達は離れて行きました。「どうしてこの中学に来てしまったんだろうDAIが教室で泣いているのを もう見たくありません教室で泣いていても DAIはやっぱり学校が大好きで毎朝 学校学校と行きたがるんです。」教頭先生に訴えました。DAIが生まれたとき もうDAIの前では泣かないと決めていたのに教頭先生の前で号泣してしまった母・・・中学の中で 母が出しているSOSがなかなか伝わらなくて登校拒否までしているのに その理由さえわかってもらえず『もう どうでもいいごめんねDAI』この中学に来たことを母は後悔し始めていました。小学校の先生方にも心配をおかけするほど母は落ち込み 体重も減りました(これだけラッキー)でも、『DAIちゃんのお母さんが変だぞ!』と思ってくださる先生が学校内におられたんですね。で、教頭先生が話を聞きにきてくださったのでした。「そういうことだったんですね」どんなに障害が重くてもみんなの中で 中学生としての当たり前の生活をさせてやりたい障害があるから みんなとは違うとか特別扱いをして欲しいとかそんなことは微塵も思ってはいません。そのことをやっと理解していただきました。「DAIちゃんにもお母さんにも つらい思いをさせました。もっと早く 僕がお母さんの話を聞くべきでした。本当にごめんなさいこれからの1年半で 取り戻しましょう」母は救われました教頭先生のこの言葉で 全部クリアにしてもいいと思うほど救われました。何かが変わる気がします。母は 翌日顔が腫れていましたつづく・・・
2010年01月03日
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