「その男との打ち合わせは夜であった事は確かであるが時間などは定かではない。 確か皮ジャンを着ていたような気もするのだが、Tシャツであったような気もするし、寒かったけど汗かいていたから季節もよく分からない。しかし、私にとって運命をかけた待ち合わせであった事は確かだ。待ち合わせも遅れてはならない。私は気付けば、一時間半前に到着してしまっていた。おもむろに近くの公園に行き、ブランコに座り精神統一と今日の落とすべき相手を想像してシミュエレーションを重ねた。岸谷五朗とブランコはあまりにもミスマッチで、しかも、独り言をブツブツ言っている私はさぞかし気持ちの悪い者であったに違いない。一時間半の精神統一をして「よしゃー!」待ち合わせの店に向かおうとしたとき、ブランコ待ちの子供達が列を作って並んでいた事にはじめて気づいた。子供達よ、あの日はすまなかった・・・・・・・。店に着いて5分程して、あの男が個室の扉を開けて入ってきた。「おう」と一言。俺の頭の中で「ROCK AND ROLL HERO」が流れた。桑田“大将”佳祐の登場である。酒を飲み、正体不明の何人だか分からなくなるゼロオーラの大将ではなく、仕事の顔になっている時の大将は後光が射し、原坊じゃなくても惚れてしまう鋭さと圧倒的な存在感を放つ。いや、原坊から奪いたくなるぐらい男前だ!・・・・・一重まぶたのくせに・・・・・。 実は数ヶ月前の大将の誕生会で、俺は開口一番「大将、俺に時間をください。10分でもいいです、お願いします。」と持ちかけた。初めてかもしれない俺の真面目な口調に大将は、「え?仕事の話?」俺「はい」大将「舞台の話?」俺「その通りです。」大将の目が光った!一重まぶたのくせに・・・・・。大将「わかった。」気持ちのいい返答を下さった。そして、この日の打ち合わせをこぎ付けたのである。俺はシノプシス(小説・劇画・映画等のあらすじ)と共に自分の今回の企画意図をおそらくマシンガンのように話したと思う。大将はゆっくりと丁寧にシノプシスを読み、一つ一つ言葉に対し、質問を繰り返してくれた。 大将は言葉へのこだわりを目の当たりにした。どれ位の時間が過ぎたのかよく分からない・・・・。静けさの中、大将が口を開いた。「面白いじゃん、やるよ。」 俺「ほ、ほ、本当っすか!」大将「うん、やるよ」。大将は右手を差し出してくれた。俺は飛びつくように、その手を握った・・・・。嬉しかった。俺の頭の中で、大将とお花畑で手をつなぎ笑顔で走っている映像が浮かんだ。 ミュージカル「クラウディア」の記念すべきスタートの日がここに成立した。 この後、身体に溢れんばかりのアルコールを叩き込んだ大将は、桑田“ゼロオーラ”佳祐に変身した事は言うまでも無い。」