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昼間の草屯では、突然、生徒にケーキをもらった。何かと思ったら、誕生日プレゼントだそうだ。しかも10月28日だと思っていたそうだ。まあ何にしろ嬉しい限りである。 夜の授業はドタキャンになったので、家に戻った。授業時間をいれて、往復3時間半くらいかかるのがないとなると、やはり楽である。 いつものように遅い夕食では、たまっていた功名が辻を3話ほど続けてみた。近年では、利家とまつにつぐ視聴率のよさという事だ。なるほど確かに、我々夫婦も、利家とまつは欠かさず見ていた。去年の義経はタッキーの演技にだんだん腹が立ってきて、3ヶ月ほどで投げ出した次第である。功名が辻では、利家とまつではあまり詳細に描かれていなかった、関が原後なども楽しみである。 シュウゴ
2006.10.31
車に乗り込み、出発しようとすると、エンジンがかからなかった。多分、バッテリーだと思い、すぐにバイクに乗り換えて草屯に向かった。少々デンジェラスな運転をして、7分遅れでタイムカードを押せた。帰りも当然、バイクだったが、もう夜は結構寒かった。 家では、食事後、先週に引き続き、踊る大捜査線シリーズの「灰島弁護士」を見た。だいぶ年をとったはずの石田ゆり子が綺麗だった。ストーリーもテンポもまあまあ速くて、ただで見る分には合格点だと思った。 シュウゴ
2006.10.30
我々夫婦とゴンガジル、台湾人5人で、レンタカーで台北へ向かった。最初は、高原野菜や地鶏の昼食を食べた。その後、陽名山を歩いたが、霧というか雲というかで視界が10Mくらいだった。仕方ないので温泉に入ろうと、無料のところに行ってみるとちょうど1時間半の清掃タイムだった。時間が無いので、ドライブをし、山の反対側の信義温泉に行ってみた。適当なところを見つけ入ってみると、100元で露天の水風呂と熱風呂と普通の風呂、スチームサウナがあり、個人風呂もあった。台中付近では考えられないコストパフォーマンスの良さである。 その後は、日本から来たお客さんとの交流会をした。日本語を勉強している3人もしっかりコミュニケーションがとれていた。 シュウゴ
2006.10.29
家では明日の台北日帰りツアーの行き先を考えたりしていた。授業では、50音は先週は0人だったが、今日は二人来た。夜の中級は、2ヶ月ぶりに復活する生徒などがいて、久しぶりににぎわった。 夜、家に帰り、食事をしていると明日車を出す予定の台湾人が、突然「車の調子がおかしいから車を出せない」と言い出した。こういう直前になってのドタバタと、責任感の無さは台湾ではよくあることなので、その人の車はあっさりと諦めた。それでネットで調べ、レンタカー屋を探した。しかし今ひとつ良くわからないので、家に一番近いレンタカー屋へ行ってみた。すると、明日の人数がちょうど乗れる7人乗りの車を1900元で借りられることとなった。よくわからない道を2台で行くのは大変なので、これはこれで逆に良かった。 シュウゴ
2006.10.28
比較的ゆっくりできる金曜日ということで、昼飯は一家で近くのスペアリブラーメン屋へ。残った骨はゴンガジルにやったが、大喜びだった。その後は、足が痛いので遠征はせずに、昼は家露天風呂に入った。もう秋の風でなかなか気持ちよかった。入浴剤を入れ、本を読みながらゆっくりとした時間をもった。 夜の彰化の授業を終え、家に帰ると、ガジルママ兄が遊びに来ていた。ゴンガジルも嬉しそうに飛び回っていた。 シュウゴ
2006.10.27
持病なのか、年に2.3度足の甲が痛くなる。その症状がでたので、前の残っていた薬を飲んだが良くならないので病院へ行った。通風かと思ったが、通風は先端が痛くなるのでどうやら違うらしい。非常に簡単な問診と触診のみで薬をもらった。 授業では、ここ1週間ほど見なかった生徒が来たので話を聞くと、中国の湖南へ旅行に行っていたとのことだった。ベトナムと国境を接していて、物価は台湾の3分の一くらい。旅行者は台湾人と韓国人が多かったとのことだった。 夜は「踊るレジェンドスペシャル・木島??」を見た。キャラ的には面白かったが、ベタなシーンも多かった。踊る大捜査線シリーズはほぼ全て見ているが、容疑者・室井辺りから、どうも警察の上層部に巨悪の根源がいるような伏線をしているようだ。 シュウゴ
2006.10.26
50音は最初、誰も来なかったが、暫くして年配の男性が入ってきた。50音の質問ではなく、「なに」と「なん」の使い分けの事を聞かれた。いろいろ例外はあるが、数量を聞く時、助詞にた・だ・な行の時は「なん」で、それ以外は「なに」ということにしておいたが、今ひとつ自信が無い、、、。 休憩時間では、なぜか体が疲れ気味で、ずっと起きられず、気がつくと夜の授業ギリギリまで寝ていた。 夜の高級座談は、マグロの乱獲の話題だった。この前、ちょうどガイアの夜明けでも同じ話題をやっていた。世界中でマグロブームになり、台湾人もマグロが大好きである。しかし、トロなどを食べても、台湾では価格は安いものの、切りかたが雑で、日本で食べた時のような美味しさがなく今ひとつ残念である。 シュウゴ
2006.10.25
昨日のドライブの為、寝るのが遅く、昼間は睡眠不足だった。授業と授業の合間を利用して、徐々に睡眠を取り戻し、逆に夜は元気になっていた。 夜の11時過ぎに、ガジル母兄と飼い主などなどが遊びに来た。ゴンガジルも大喜びだった。ガジル兄は小学校へ行き、30人ほどの生徒の前でショーをやったそうだ。輪くぐりも非常に高く飛べるようになり、なかなか凄い犬だと思った。 シュウゴ
2006.10.24
気がつくと、半月以上日記を更新していなかった。それでとりあえず、一週間分くらいをしておいた。 昨日の温泉ではプールがついていて、水泳もしたたため、今日は何となく体が重かった。それで、塾の空き時間では長い熟睡をしてしまった。 夜は、免許をとり、中古の車をゲットしたとのことで、N先生からお誘いがあり、ドライブに行った。我が家の近くは余り景色の良いところがないので、仕方なく川沿いへいき、ライトアップしている橋の近くで降り、景色を見ながら歓談した。 シュウゴ
2006.10.23
昼から一家で出かけた。北港渓へ行った。途中、清水公園という標識があったので、その道に入ってみると、目的の公園は無かったが、渓流に出た。それで犬達といってみると、とても透明で綺麗な流れだった。ゴンガジルも当然のように泳いでいた。ゴンちゃんが、この1週間で大きくなったのか?、河原を力強く飛び回っていた。 その後は、半年以上ぶりの北港渓温泉へ行った。日本で買ったどこでもベープを試してみた。一応の効果はあるようだが、夜になり、街灯のすぐ横で本を読んでいたら蚊に大量にさされてしまった。 家に戻っては、ミエイが私の誕生日ケーキを買ってきてくれていたので、一家で食べた。 シュウゴ
2006.10.22
50音は誰もいなかった。日本行きの疲れが抜けていないので、密かにありがたかった。 カラオケ班は、彰化から生徒が来て、草屯の生徒と自分の男三人でひたすらインターネットカラオケをしていた。 夜は、ミエイと日本行きで溜まっていたTV録画1週間分を大量に見た。パソコンで見ているので、二倍速などでみれるのがありがたい。 シュウゴ
2006.10.21
昨日の疲れを引きずりながら、昼から一家で出かけた。警察へ行き、居留証を受け取り、その足で免許センターへ行き、免許の書き換えをした。免許を取ってから数回引っ越したので、後ろの住所変更欄などは書くところがなくなったのでどうするのかと思ったら、上からシールを貼って書き足していた。 夜のカラオケの授業を終えてからは、家で食事をしながらMステ3時間スペシャルを見た。もう20年も経ったとは驚きだ。前身の新日のワールドプロレスがゴールデンタイムの同じ時間にやっていたのは今は昔である。 シュウゴ
2006.10.20
午前に九十九里浜をでて、柏に向かった。柏では、イトーヨーカドーや長崎屋などなどにいった。100均にも行った。イトヨでは、なんとロッカー無料サービスがあったので、重い荷物を押し込めて、目的地に向かった。途中、美味しそうなラーメン屋を見つけたので、時間がないにも関わらず入った。豚骨と醤油ラーメンを頼んだが、非常に美味しかった。目的地では、知人と小1時間程はなすことが出来た。 夕方5時ごろ、柏を出て成田に向かった。成田では機内持込にしようとした荷物がカウンターに見つかって、預け荷物になってしまった。その為、台湾の空港でも空港を出るに30分ほどかかってしまい、台中に戻ったのは深夜1時近くになっていた。 シュウゴ
2006.10.19
今日で3?歳になった。別に?で伏せるほどのことはないのだが、不特定公開のブログ上のことなので、?は描かないことにする。もう「青年」と呼べる年齢からは徐々にお別れをしなければいけない年になってきた、、、。 それで、宿泊先に自転車を借りて、九十九里浜周辺をサイクリングした。浜は波が高くサーファーが多かった。近くに運河というか、干潟?というかがあり、釣りをしている人がたくさんいた。鯔の大群や、蟹の大群、多くの鳥などを見た。まだ紅葉は殆どなかったが、それでもよく見ると葉っぱが色づいていたりし、秋の気配を感じられた。 シュウゴ
2006.10.18
昨晩は泉岳寺で泊まった。午後1時近くに泉岳寺を出発。ハイパーマートで調べた経由で行ったが、駅での乗り換え時間などが実際と違っていて、早く出たにもかかわらず、定刻どおりの到着となった。途中、千葉駅構内で10数分の乗り換え時間があったので、ネギトロ丼を食べた。非常に美味しかった。千葉の九十九里浜の宿泊先には、約半年振りに来た。食事が、前回より更に豪華になっていて、非常に美味しく食べられた。 お風呂に入ると、大学時代にお世話になった方と偶然に居合わせ、いろいろ話すことが出来た。 シュウゴ
2006.10.17
登戸を出発して、新宿へ行った。新宿で銀行や郵便局へ行ったあと、ネットで調べた評判の、ラーメン屋の武蔵に行った。行ってみると、開店10分くらい前で、すでに10人ほど並んでいた。その後も続々と人が詰め掛けた。店員はパフォーマンスか何かで、いちいちみんな揃って掛け声をあげていた。味はスープは魚だしで美味しかった。麺はちょっと太めなのが残念だった。 その後、新宿のスカラ座で、アニメ・永遠の法という映画を見た。画像と音楽がとても綺麗だった。最近、日本ではスピリチュアル系統がはやっているが、オーラの泉ファンなどにも是非見てもらいたいものだ。 終了後は、紀伊国屋へ行ったり、松坂屋へ行ったりした。そしてビックカメラで、自分の誕生日プレゼントということで、ミエイにMP3プレーヤーを買ってもらった。曲の途中で電源を切っても、次に電源を入れたときに同じ場所から聞くことが出来る「レジューム機能」というのは、今は標準装備なのには驚いた。1Gでライン入力録音が出来て、単4電池式で1万円ほどで買えて嬉しかった。 シュウゴ
2006.10.16
資格試験で駒場東大に行った。去年より簡単に思えたが、合格ラインの7割に届いているかは微妙なところである。この試験は、やはり日本にいて普段から情報を集めていないと難しいところがある。 夜は、兄一家と夕食をとった。台湾ではあまり食べられない、あっさり系を注文した。やはり、日本の料理は美味しい。料理の種類も多く、競争も厳しいのでいろいろ凝っている。ビールも泡のつき具合がとても美味しかった。 終わった後は、ミエイと二人でJRにのり、温泉に行った。しがらの湯?とかいうところで、地下数キロから掘り出していて、塩分が強く、海水のようだった。露天にも入ったが、風が冷たく気持ちが良かった。 シュウゴ
2006.10.15
ゴンガジルは行きがけに知人の家にあずけた。毎回、誰か誰か預かってくれる人がいて、ありがたい限りだ。高速バスで空港へ行き、予定通りに成田空港に着いた。 京成線から千代田線に乗り継ぎ、代々木上原で降りた。コンビニで立ち読みをしながら、知人を待った。大学時代からの10数年来のお付き合いの人で、今は、仕事の関係で世界のあちこちに行っているそうだ。うらやましい限りである。ここ数年来入ったことが無いような、結構おしゃれな店で、結局、おごってもらえた。 食事後、小田急線で登戸まで行き、久しぶりに兄の家で泊まった。 シュウゴ
2006.10.14
明日からの日本行きのために、昼間は日本円の両替に出かけた。日本円が下がっているおかげで、まあまあのレートで交換できた。 家では、明日からの出発準備と、日曜日に日本で受ける試験の準備をしていた。しかしこの5連休、全く勉強しなかったのは非常に痛い。仕方ないので、気休め程度にフォトリーディングの本の活字を頭の中にインプットする作業をしておいた。 シュウゴ
2006.10.13
員林の授業も、休み分を取り戻すべく、1時間半で2課分を教えた。 いつものように、草屯に移動すると、初級班の授業に、久々に若者が2人来た。学校が始まってからというもの、昼間の授業は、「常連のお姉さま方」ばかりだった。やはり若者が来ると、それなりに授業も違った活気があり、こちらとしても何となく張りがあるのが不思議だ、、、。 シュウゴ
2006.10.12
休み明けで休みボケで結構しんどかった。生徒の要望で、休み分の1課も教えて欲しいとのことで、1時間半の授業で2課分を教えた。結構大変だった。 夜の高級座談は、休み明けもあってか、前半は生徒一人、後半は生徒2人だった。離島の旅の写真などを見せた。 シュウゴ
2006.10.11
昼間もここ数日の疲れの回復の為、ゆっくりしていた。何もしないのも良くないので、夜は歩いて湯包(たんばお)を食べに行った。往復1時間ちょっとをゴンガジルの散歩がてら歩いた。新しく開発した湯包(日本ではショーロンポー)店は値段も手ごろで、皮の中身の汁もしっかりあって美味しかった。 夜は、ガジルのママ一家が遊びに来た。兄犬が、フラフープの輪くぐりが出来るようになったというので、ゴンガジルにも試してみたら、見事に出来るようになった。 シュウゴ
2006.10.10
緑島からは朝の3時過ぎにつき、その後は断続的に眠り、結局合計、15時間ほどねた。夜は生徒からバーベキューに呼ばれた。通常、バーベキューの肉や魚などの料理はさして美味しくないのだが、今回のは特別美味しかった。バーベキューの料理はすぐに飽きてしまいがちなのだが、美味しくて次から次へと食べられた。ゴンガジルも旅疲れから復活し、肉をもらったりして、元気に飛び回っていた。 シュウゴ
2006.10.09
日の出を見ようと目覚ましをセットしたが、二度寝をしてしまい起きたら外が明るくなっていた。急いで出発し、朝日温泉に向かった。ここは2度目である。ギリギリ、日の出らしい朝日を見ながら温泉に入れた。 その後は島を一周し、港に台中から来た2人の先生を出迎えた。バイクやシュノーケリングセットを借り、早速海へ。緑島は2度目だが、魚の種類の多さは台湾一である。ツアーで泳いでいる横に着いて、餌付けを大量にしていて集まっている魚達を見たりしていた。 軽く泳いだあとは、昼食を取った。セットメニューにいろいろ注文をつけ、好きなものを頼んだ挙句、なぜか一品海老が多く食べられた。鹿肉が特産のようで、美味しく食べられた。昼食後は、島内をぐるっと回り、違うシュノーケリングスポットへ行った。こちらは人が少ないが、とても水が透明で幻想的なところだった。ちょっと深いが、もっていった浮き輪をベース基地に4人で泳いだ。 海から上がり、自分達は2人の先生と別れて、16時半の船に乗り、台東から、途中、大学院卒の4姉妹が作ったという美味しい牛肉麺へ寄ったりし、台中に戻った。 シュウゴ
2006.10.08
早起きして、ランユィーを今度は昨日と反対周りに一周した。坂道を登って日本統治時代からある気象観測所にも行ってみた。島が一望でき、青い空と青い海と緑の芝生と吹き続ける風が心地よかった。 バイクを返したあとは、港近くでシュノーケリングをした。私の人生最大に、水が透明で青かった。魚も種類が豊富で大きかった。港で泳いだため結構深かったが、5Mくらい下の海底も見通せた。 2箇所ほどで泳ぎ、午後2時半初の船に乗り、緑島へ行った。一番混む時期らしく、宿がなかなか見つからなかった。港近くから順番に探し、10数件目でようやく見つかった。なぜか部屋ではBS1.2がうつるのが嬉しかった。 緑島は開発が進んでいて、メインストリートは夜も結構楽しめた。食べ放題のバーベキューでは密かにゴンガジルにも肉などをおすそ分けしたりし、その後は宿近くの商店街をぶらぶらした。 シュウゴ
2006.10.07
明日から一緒に行く予定だった先生が急遽行けなくなったので、ではせっかくなので、予定を繰り上げ、急遽夜に台中を出発した。 この5連休は夜中、高速道路がただなのだ。混み具合などを考えて、カンディンからランユィーへ行くか、台東からランユィーへ行くかだったが、結局、台東→ランユィー→緑島→台東のコースにした。 出発の船の15分くらい前につき、急いでチケットを買い、ゴンガジルには強制的に酔い止めの薬を飲ませ、船に乗った。約3時間の船旅だった。 島に着いて、早速宿探しをした。結構苦労して、ようやく宿を見つけ、バイクをゲットし、島を一周した。小琉球や緑島に比べれば結構広く、あちこちに野生?の山羊がいた。 海の青さと透明度は半端じゃなかった。島の人はヤミ族という原住民で、中国とヤミ族語が混じったような言葉をはなしていた。みんな肌が黒く、今ひとつ識別に苦労した。 この島は、特別な料理というものはなく、ショッピング街というものもなく、夜は早々と寝るしかなかった。 シュウゴ
2006.10.06
月曜日行った草屯の医者からもらった薬の効きが今ひとつなので、員林の授業の前に、学校前の耳鼻咽喉科へ行った。薬も三食分と寝る前の薬をもらい、量も種類も前のところより多かった。 草屯の初級は休み前やらなんやらで誰もこないので、自分の勉強をしていた。夜は、本来なら明後日の深夜出発だった旅行の予定が、一緒に来るはずだった先生が来れなくなったので、早目に出発することにした。それで、車で聞く為のMP3CDなどを作成していた。 シュウゴ
2006.10.05
塾でいつものように寝ていると、携帯電話がなり、予定していた日本行きの団体チケットが、人数が集まらずキャンセルになったとのこと。仕方ないので、早速、別のちょっと割高の便を調べた。どうも明後日から5連休になり、発券業務もしないことで、早々に諦めた節がある。まあ幸い、1500元くらい高いチケットで、時間もゆとりがあるのを選べたのでよしとしよう。 帰りに車のガソリンをいれると、満タンにしたのに、メーターが3分の1のところでとまったままだった。どうやら故障である。おまけに、クーラーの風が出るところの調節スライドも使えなくなった。どれも走りには問題ないが、徐々に壊れていくのは悲しい限りである。 シュウゴ
2006.10.04
塾に行くと、当校でも10月6日から五連休の旨の知らせが張ってあった。嬉しい反面、時給制の身としてはその分給料が少なくなるので複雑な気分だ。どうも、もともと、陳水扁への抗議で連休の飛び石の10月9日をストライキに当てようとしていた勢力に対する、政府の対抗措置のようである。しかし、五連休が一週間前に決まるなんて、近代・文明・法治国家とは思えない気もする。当校も、選挙デーなどは直前まで休みかどうかわからないことがある。しかし、中華系の人と付き合っていると、「あらかじめ」ということが少なく、突然何かをしがちなことも確かなので、民族性なのかもしれない。 シュウゴ
2006.10.03
昼間の基礎班が3ヶ月ターンの第一回目だった。新しい生徒が来ないかと心配したが、ちゃんと3人程現れた。昼食後は、たっぷり塾で睡眠。 しかし、どうも喘息気味で、体がだるいのでついに医者に行った。塾の近くは耳鼻咽喉科がなく、結局、内科と小児科らしきところへ行き薬をもらった。 夜の観光日本語は、常連生徒がいなくなり、火が消えかかっていたが、1ヶ月ぶりに復活した生徒や、基礎班からの生徒などで見事に前の水準に復活した。やれやれである、、、。 家では、録りためておいた、「功名が辻」を3話連続で見た。前田利家役に利家とまつの時の唐沢が出ていたのは、なにか得した気分になった。 シュウゴ
2006.10.02
午後になり、一家で出かけた。水の綺麗なところに行こうということで、太平方面に向かった。割と水が綺麗な川があり、散歩をした。泳ごうかと思ったが、今ひとつ体調が悪いのでやめておいた。 それで、川に沿って川を下っていった。ゴンガジルは水が深いところは泳いだりして、必死に着いてきた。しかし途中で大事件発見。なぜか川の砂浜に蜂がたくさんいたが、そこをゴンちゃんが通ったらしく、気がつくと無数の蜂にゴンちゃんが襲われいた。体が黒いのもよくなかったらしい。聞いたことの無いような悲鳴をあげていた。可哀想なので、すぐに手で払ってあげたが、どうも数匹には刺されたらしく、蜂がいなくなっても悲鳴をあげていて可哀想だった。心配したが、その後は元気は今ひとつないものの、特に問題なさそうなので放っておいた。 山道を通り、新社のほうへ行き、サイクリングでもしようと思ったが、適当なところが見つからずに日が暮れだした。なので、夕日が綺麗なレストランに入り、お茶とケーキなどを食べ、暗くなるまでゆっくりしていた。 シュウゴ
2006.10.01
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