死ぬ直前という視点



私はお酒が好きだ。
お酒の何が好きかと言うと、グラスに注いだときの色だ、と思う。

友人とランチに入ったお店で、軽いカクテルを注文した。
グラスの上半分が透明な海の色で、下半分がだんだんイエローに染まる。
二人でいつまでも、ランチが冷めていくのにも気づかずに目を細めていたっけ。

お酒を飲むと、人は変わる。
周りにいる人たちも、陽気になったり、普段は話さないことをつぶやきだしたり
涙を浮かべたり・・・・
いや、変わるのはもしかしたら、周りにいる人たちなのではなくて、
周りにいる人たちを眺めている、私なのかもしれないと思ったりする。


生まれてから今まで、無心に生きてきた。
無邪気な少女時代、思春期、・・・
ごくごくありきたりな時代を、地味に無垢に、生きてきたと思う。

そんな日々の中、私の生き方が全く逆転してしまう出来事が起きた。
祖父の死だ。

祖父は急に心臓の血管がつまって倒れ運ばれた。
とっさに延命治療を望んだ私達親族。
無菌室で、体中にあらゆる管をつけられて祖父は、眠り続けていた。

祖父が暮らす家は私達の実家からはちょっと距離があった。
その頃、祖父の家から割合近いところに一人暮らしをしていた私が、
家族の代わりに毎日、大学のあとにお見舞いに行っていた。
お見舞いと言うよりも、様子を見に。

確かにあたたかい体、けれど目を閉じたままただただ息をしている祖父を前に、
私はただただ、座り尽くしていた。
時々話し掛けたり、うっすらと目を開けたことに一喜一憂したりしながら。

帰り道は、泣いた。
一人で泣いた。
まちなかのネオンが目に染みて余計につらくて、泣いた。


そんな日々をすごすうちに、少しずつ私の体内で、時計は逆流を始めた。
生まれてから今まで、前だけを見て、常に進んできた自分の生。
自分が立っているのは現在で、背後にあるのは過去で、前にあるのが未来。
そんな当たり前の自分の生のあり方に対するゆるぎない信念が、
ぐらぐらと崩れてゆくのを感じた。


そして私はいつしか、”死ぬ直前”に立って物を見つめるようになっていた。
言うならば、今目の前にある、祖父の状態・・・・・・
それを全く自分に置き換えて、物を見るようになっていた。



死ぬ直前にいる私が、今の私を見つめる。
そうしていると、何もかもは死の瞬間から逆算され、私の生は
あっというまに前倒しされていく。
彷徨ったとき、この視点に立つと、答えはおのずと見えてくる。


お酒を飲んで周りが違って見えてくる瞬間、
私はいつも考える。
多分ここにいる誰もが、生の砂時計を持っていて、
砂が切れる時間も、決まっている。
その、もうひるがえすことのできない悲しくつらい事実が、
少しのアルコールに溶け込んで、人の内部からにじみ出てくるのだと。


















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