Tomorrow Fragrance

Chopin 1


本名Fryderyk Franciszek Chopin(フレデリック・F・ショパン)
いわずと知れた天才作曲家です。

彼は1810年3月1日、ポーランドの首都ワルシャワの近郊で産まれました。
4歳の時からピアノをはじめ、8歳の時には第二のモーツァルトと呼ばれていました。

1825年、15歳のときに「ロンド ハ長調」が作品1として出版され、1828年10月から翌年7月までの間に多くの作品を完成させています。やがて1829年7月31日、友人と赴いたウィーンを新境地とすることを決意します。

そのころ彼は恋に悩んでいて、その彼女の事を考えながら書いた曲が作品21のラルゲット、作品70のワルツと言われています。

その後の1830年11月2日、彼はワルシャワを去り、それ以後祖国の地を踏むことはありませんでした。希望に胸を膨らませ、ウィーンに着いた彼を待っていたのは厳しい現実でした。出版の約束も果たせず、頼れる人もいない彼に、更なる不幸な知らせが届きます。故郷ワルシャワの陥落でした。そのとき彼は希望の持てないウィーンを離れていました。そんな絶望のなかで作曲したのが「練習曲 ハ短調 作品10の12」、「革命のエチュード」です。

1831年9月、パリに着いたショパンはそこに留まることにしました。そこでロッシーニ、メンデルスゾーン、リストなどと出会うことになります。

1836年、ショパンはリストの紹介で女流作家ジョルジュ・サンドに会います。その頃からショパンは結核に冒されていましたが、彼女の看護のおかげで作曲を続けることができました。
しかし1846年11月、2人に破局が訪れ、ショパンは彼女のもとを去りました。

1848年2月、パリに革命が勃発。ショパンはイギリスに渡ります。そしてスコットランドにも足を伸ばしましたが、スコットランドの濃霧と寒気がショパンの健康を害していました。

1949年10月17日、午前2時、彼は39歳でこの世を去りました。

続く


© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: