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ただただ、むなしかった。陣痛をおこして、元気な赤ちゃんが産まれてくるなら、どんな痛みも喜びにかわるのに私の赤ちゃんは、小さな金属トレーにのせられて、私と対面することもなく先生と別の部屋に行ってしまった。---------------2時間ほど安静にしたあと、数ヶ月だったけどずっと一緒だった赤ちゃんと対面した。女の子。頭蓋骨が無いので、頭には白いガーゼの帽子が。小さな小さな箱に、看護師さんが手作りしてくれたたくさんの折り紙に囲まれて手を胸のあたりにくんでちょっぴりおすまししてる様鼻が私にそっくりで、丸いだんごっ鼻だねってお母さんが言った。元気に育ててあげられなくてごめんね。涙が止まらなかったけどこの一瞬の対面を目に、心に焼き付けたくて看護師さんが「そろそろ・・・」というまで一緒にいた。私と旦那で、赤ちゃんを「天ちゃん」と名づけした。------------それからしばらくは、妊娠前に戻りあまりに快調な身体に、それがまたむなしくてむなしくて赤ちゃんを、無事に外の世界に誕生させてあげられなかった自分を責める日が続いた。ところが、火葬場で最後の対面をしたとき、ふと赤ちゃんを見ながら旦那が「天ちゃん、笑ってない?」・・・ほんとだ。病院で対面したときと比べて、にこっと微笑んでいるように見えたのだ。確かに笑っていた。「きっと天ちゃんは、許してくれたんだよ。」天ちゃんの顔と、旦那のその一言で 私は救われた。-------------私のお腹に宿ってくれてありがとう。天ちゃんと過ごした数ヶ月は大変だったけど、私とっても幸せだった。ありがとう。
2007.07.30
3月に「妊娠しました~~~♪♪」とお知らせして早4ヶ月。このときもう3ヶ月だったのかな?今頃、元気であればお腹もすっかり大きくなり始めたころかな~・・・なんて。--------------------5月、思いもよらない出来事がありました。つわりもだいぶおさまり、安定期に入ってまもなくのとき。夜、軽い出血があり、検診日を待たずに受診。よくあることだと自分に言い聞かせ、念のためみたいな感じで行ったのに。先生から聞いた言葉は思いもよらないことでした。赤ちゃんの頭の形がおかしいね、大学病院に転院しましょう。・・・・え頭の形がおかしいってどういうこと?・・・赤ちゃんに異常があるの?この日は詳しい所見は得られず、翌日大学病院へ。もう、人生で忘れられない日で、忘れてしまえるなら・・・エコーの結果赤ちゃんの先天異常が見つかりました。病名は『無頭蓋症』頭蓋骨が形成されない病気。頭蓋骨が無いから、脳が羊水にふわふわ浮いてしまって、それで頭の形がおかしいんだって。信じられませんでした。悪夢の中に入ってしまったようでした。このまま育っても、脳は溶けてしまうと。赤ちゃんにさよならする決断をするしかありませんでした。それから入院までの数日は、よく覚えていません。入院して、2日かけて子宮口を拡げ、陣痛促進剤で促す。痛みとか、体の具合とか、そんなことはどうでもよかった。
2007.07.27
しばらーくほっとくともう3ヶ月経ったりしている。時間が経つのは早すぎる・・・。この3ヶ月、私はなんと、自分でも予想しなかった変化があった。まずは妊娠!驚きです。思い当たるフシがあるようなないような(笑)今、7週過ぎたころです。つわりがめちゃくちゃひどい。ひとりでいると、吐かないとますます気持ち悪くなるので指を突っ込んで吐いちゃう。ふたつめは、うつ(軽度)。この無神経な、お気楽な自分がって思う。でもこればっかりは、本当誰でもなるものなのだ。私の場合は、主人の会社を手伝い始めてすぐから、プレッシャーやら責任やら、余計なこと考えたりしてみたりしていくうちに変化が出てきた。まず悲しいことに主人の前で笑えなくなってしまった。「大変なこのときに笑うことなんか許されない」という、無謀な使命感にやられてしまった。妊娠とうつ。不安だらけで、過ごしています。変な薬も服用できないので、ストレスをためないようにしよう!と、しばらく前から自宅安静。事務処理のみ行っております。主人にはさんざんな迷惑ばかりかけてしまっていますが、ここは甘えるしかないと、割り切りました。自宅でゆっくりするようになってから経過は良好。主人のやさしさにも惚れ直し、前向きな方向に向かっております。
2007.03.26
近頃我が家のネコがストレス↑↑のようだ。ごはんもトイレも欠かしはしないのだが、原因はわかるような気がする。2人の家にいる時間が少なすぎるからだ~~~~(泣)私達が帰宅すると、必ずといっていいほどリビングがめちゃめちゃにされている・・・。今まで乗らなかった戸棚の上の食べ物を、食べられないくせに散らかす。そして家にいる間はにゃーにゃー鳴いてついてくる。ちょっと困っている。昔から甘えん坊ではあるけれど、最近それがすさまじくて・・。この状況が、もし自分の子供だったらと考えると、ちょっとどころでは済まされなくなるだろう。だからまだ当分、子供は先だねー、なんてひとり思う夜でした。
2006.12.10
私が主人の会社に経理として入ってそろそろ1ヶ月。1ヶ月の資金繰を理解できるようになったので、少し不安が消えた。ところで税理士さんのこと。私が引き継ぐ前までお願いしていた税理士さんへの支払が、ちょっと高すぎないかという話になり、他の税理士さんの話を聞いてやっぱり「高い!」ということになった。交渉して安くしてもらうこともできたのだろうが、色々と疑問に感じることもあり、新しい税理士さんに頼むことにした。そして前の税理士さんが4月~10月までの決算報告書を作成して持ってきてくれたのだが、最初の一声が「残りの未払金、早く払ってくださいね!」・・・・そのとき事務所には私ひとりしかいなかった。確かに、本来は何ヶ月か前に申し出をしなくてはならないのに突然契約を切ったのだから、怒るのも当然だろう。でも、こんなに小さな会社なのに、決算費用で別途30万もかかるか??!今まで経理さんは何も疑問を持たなかったのか、、、?出勤簿、源泉徴収簿等ももない、ましてや、労働者名簿も・・・・今日○保ジャ○ンから11万ほど引き落としされて、事務所のどこを探してもそれらしい資料はなかったので、どの社用車の保険なのか前の経理さんに聞いたら「え?ひかれてた?なんだろ」・・・・がーーーーん今の11万は移転などでたくさんお金がかかる中デカすぎる!、、、というかそういうことはすべて把握しなくてはいけないと思うのだけど。揃っているべきものも揃わず、ただ13年前からの納品書の埃くさいダンボールの山だけが事務所を囲う。これじゃあ・・・・と心から言いたくなる。この何週間で破棄できるものは破棄し、スッキリさせた。いつものように社長が孫を連れてやってくる。辞めた従業員は良く言っていたらしい。「・・・ここは保育所じゃねーんだよ」会社としてどうあるべきか。1からやりなおしだな・・・(汗)
2006.11.29
絶対ブログを書く時間って作れるのに、5分でも10分でも作れるのに楽天ブログにログインできない自分がいる。忙しいとか、書く暇なんかないとか、そんなのは言い訳。理由はひとつ思い切って前進できていない自分がいるから。いいとこばかり書きたいっていう自分がいるからなのだ。実際今のところ自信をもって「頑張ってます!」と言えない状況が続いている。会社の株のこと、営業権、いわゆるのれん代で社長との話が全く進まず、移転するにも足踏み状態。家族経営って、こわい・・・とも思う。まったく赤の他人が継ぐのだから、身内同士では相当な話し合いが行われているだろうにそれを全く彼らは顔に出さず、こちらからの話し合いに応じようとしない。そんな状況だからもちろん登記簿、定款変更も終わっていない社長は昔ながらの職人で、「○○(←主人)にまかせる!」と口では言うが、いざ登記のこと、事務的な処理を申し出るとふらっとどこかへ消えてしまう。。。なんなんだろうか、この会社は、、、と不思議に思う。実際何千万の借金をつくってきた会社の実態が見えてくる。その借金というものは、全部社長の奥様の資産からでたもので、商工会議所の人は「ハングリー精神がないからこんなことになっちゃったんだよ」のひとこと。当然だ。このまま自分がやると奥様から毎月お金を借りる羽目(実際何年間はこの状態だったらしい)になるから、うちの主人に継がせようとということになった。専門家の意見ではこの会社は株に一銭の価値も無いとのこと。価値は取引先のみ。けれど社長はそれ以上の価値代を要求している・・・といった状況なのだ。今回の引継ぎで、社長は会社の借金の負債放棄を行う、というのが大前提であったから主人も立て直す価値はあると考え継ぐことを決めたのだがそれすらも処理されていない。税理士さんと相談して、一切の書類をこちらから作ってあとは印鑑を押してもらうだけにすることにした。そんな間にも色々なところから請求がくる。今月は消費税の納付もあるし・・・通帳等はわたしが引き取ったのだが引き取った時点で残高が3万円だった !!!ひどい。こういう場で書くべき内容でないことは十分わかっているのだけれどいいことばかり連ねても意味がないと思ったので書いた(ほんの一部分だけど・・・)。ただただ、これだけは、と思うことがある。主人の「やりたい!」もわかるのだけど、それには従業員とその家族の命がかかっているのだと、それだけは四六時中感じてもらわなければならない。お前だけの一生じゃないのだと。従業員と従業員の帰りを待つ家族の一生をお前が背負うのだと。当たり前のことをこうやって活字にすると、また違った意味で強く響く。-------------------改善点はたくさんある。意味のわからない経費も多かったようだ(ここで多くは語れないけど(汗))。営業努力の甲斐あってか今月はずいぶん売上が伸びた。目標売上を現時点では達成できている。やればできるのだ。そう思う。”こんな会社です!!”早く公表できるようにしたい。
2006.11.25
移転先の契約が完了した。古く使っていなかった倉庫を借りるため、色々ごたごたがあったがどうにかおさまりそうだ。それにしても毎日が早すぎる!!一日がもっと長ければいいのに・・・なんて思うけど、人間の身体は限度がある・・・(汗経理の方は、資金繰り等欠かせないものはある程度把握できるようになった。でも、まだまだ作りたい資料があるので、パソコンに向かう時間はこれからも増えそうだ。-------------我が家の猫がさらに甘えん坊になった気がする。家にいる時間が少なくなったからかな。寝るときなど素早く察知してベッドで待っている。ゴロゴロうるさ~~~~~い(泣)
2006.11.11
今月の15日までは今勤めている会社に在籍するので、あと数回だが勤務がある。今日は久しぶりの出勤だった。まぁ~~~~よくしゃべる自分!!何をそんなに興奮したのか、ちょっと手があいたらしゃべるしゃべる。普段はおとなしい(と自分では思っている)私だが、今日は何かが暴走した(汗勤務態度としては最低であっただろう。。。-------------------------夫の会社の方は、従業員さんたちと会議をし、これからのことについて確かめた。夫の先行き、会社の先行きは甘くない。厳しい。それをどう乗り越え、どう切り開いていくか。広告の雛形作りや事業計画書作成で日々は過ぎてゆく・・・税理士さんとも、もっともっと話がしたい。在庫管理表、作業価格表も新たに作り直さなければ。こんなに日々を早く感じるのは今まで無かった。明日も現職場の出勤だ。職場の先輩にもらったじゃがいもを食べた。おいしかった。
2006.11.06
2日目。電話応対で早くも失敗をしてしまった。電話で仕事を依頼されたのだが、営業所を聞き取れなく、そのまま「ガチャ」・・・・あれ?今、どこからの電話だったんだ??結局すぐ判明し、事なきを得たのだが、まさに初歩的な失敗。取引がある営業所とフロントマンの名前を全部書き出し、まず電話相手を覚える作業をした。午後は請求書の発送と伝票確認。反省と実践の繰り返し。くよくよしていても先に進まない。反省を生かさなければ。
2006.11.02
今日から正式に会社の引継ぎが始まった。書類・伝票、たくさん覚えることがある。でもまずは、電話対応だ。お客様に不快な思いをさせてはいけない。今までの仕事で電話対応はもちろんしていたが、業界が全く違う。発注の内容などまだ不十分すぎて、これからの課題は山積みだ。ひとつひとつ、確実に覚えていこう。1日1日、経験を重ねていこう。これからエクセルでお金の流れをまとめます。
2006.11.01
昨日、実家に一泊してきた。親戚リストをもらってくることが目的だったのだが、実家に向かう際、大学生の弟(次男)をひろって一緒に帰った。車に乗り込んだ瞬間、弟は自分が欲しい車について話し始めた。前々から車が欲しいようなことは言っていたので、そんなに欲しかったのか・・・と半分驚き、半分あきれて聞いていた。車の話は家に到着して、なんと深夜3時まで続いた!!そもそも両親は、大反対。当たり前である。貯金も無い、ましてや学生の身分で車なぞ・・・!!!!わたしもその意見なので、最初は聞く耳持たず~といった感じだった。けれど、話の流れで、お父さんと長男の話題になった。正直いって、お父さんと長男は昔から仲が悪い。いや、悪いというよりも、むしろもっと酷なことに、お互いがお互いを受け入れることができない、と言った方が正しい。それは長男が学生の頃、非行に走ったことにも関わってくるのだが、お互い会話をしようとしないのは長男が小さい頃からだった。嫌いではない。でも、受け入れることができない。親子にこんな関係があっていいものかと、お母さんはお父さんをよく責めていた。お母さんは苦しんだ。けれどお父さんも、相当苦しんだ。それは、長女である私、次男である弟、2人ともわかっていた。本当に初めて、弟とその話をした。しかも弟から!(とてもビックリした)泣きながら弟はこう言った。「としくん(長男)がたまにスーツ姿で実家に帰ってきたりすると、すごくうれしいんだ。」「ともちゃん(私)の結婚式のときだって、電車できたとしくんに、お父さんが『言ってくれれば迎えに行ったのに』とボソっと話しかけてて、すごくうれしかった。」今までのお父さんと長男の会話、ひとことだけだとしても、それがある度すごくうれしかったと。今まで、長男の非行、私の反抗(大学中退、家出)を全部、全部見てきた弟は、誰よりも”家族”に敏感になっていた。私も泣いた。いつのまにか話を聞いていたお母さんも泣いていた。---------------------------両親の今までの苦労を思うと、弟は自分のわがままを通してでも車を手に入れることはどうしてもできない。でも欲しい気持ちは日に日に強まるばかりで、相当の葛藤があったようである。車が彼にとって今必要かそうでないかは別として正面から家族のことに触れた弟をみて、大人になったんだなと姉心として思った深夜の出来事だった。---------------------------追記お父さん、お母さんへ必ず恩返しします。必ず。弟へ車が何が何でも欲しいのはわかるけど、絶対バイト代だけじゃやっていけないって。。。((汗そこら辺は、まだ子供よのぉ....
2006.10.29
久しぶりに夫の会社のこと。本日税理士さんと話し合い、色々めどが立ってきた。税理士さんいわく、夫がすべて出資するのではなく、社員(2名)も小額ながら出し合ったほうがいいのではないかとの事。それがどんな意味をなすのか、今後の経営においてどのような影響を及ぼすのか。。。----------------------------今は夫の話をかっぽじって聞いて、状況判断をするしかない。私はまだ彼らにとってはまだ部外者なので、そこがなんとも歯がゆい。小娘に何ができるのか、人生経験、知識乏しい小娘に。現実、周りにそうとらえられるのは当然のこと。けれど、その逆境をバネにして立ち向かう精神力がないと、夫を支えることなどできない。そんな事を考えていると、自分は実はすごく負けず嫌いなんだと思えてくる。うすうす感じてはいたけど(汗何度か今まで会社に足を運んだが、正式な引継ぎは11月1日から。膨大な書類関係を、今の事務さん(社長の娘さん)がひとつひとつ整理をしてくれているらしい。書類の山、すごかったもんな(汗汗------------------------今、ふと思い出したのだが、数年前家出同然で岡山に行ったものの、お金が無くて何ヶ月か毎日1食で過ごしたことがある。スーパーで売っている1人前うどんを、半分。しょうゆを薄めた汁につけて食べた。食べられない日もあった。それでお金が無い苦しみを経験した。お金が無いこわさを知っているだけ、今までの人生に蛇足は無かったと思う。生かすも殺すも自分次第。これからの自分に期待したい、、、と客観視した今日であった。
2006.10.28
簿記の勉強、ただ文字を眺めるだけのことから、やっと”理解”できるようになってきた。本を読んでいてつくづく思うのだが、やっぱり自分には独学が一番合っている。塾とか予備校を経験したことがないから言えることかもしれないが、学校の授業を例にあげてみると、わかるのに進度が遅い・・・わかないのに次へ進む・・・(←こっちの方がダントツ)こんなことが毎日だった。私の勉強法はこれといって決まっていない。でも最初に必ず行うことがある。それは、、、意味はわからないけど、ズラズラズラ~~~~~っっっと本を何回も読む。”読む”というより、ただ目を通す、といった感じ。ズラズラズラ~~・・・全然わからない。ズラズラズラ~~・・・やっぱりわからない。またまたズラズラズラ~~・・・こんなことを数回繰り返す。その中のピックアップした問題を解いてみたところで、はっきりいって90%解けない。しかし、”ズラ読み”を繰り返すと、さて、初ページからじっくりやるか、と本気で始めたとき、自然と頭に入ってくる感じがする。ただただ、私の場合そこまでが長い!そんな私も、習得が早かったものがある。それは小学校4年生くらいのとき、母に「アンタまだそんなことも覚えてないの?!!今まで何勉強してたの!!」と、夜いきなり怒られ、泣きじゃくりながら一晩かけて習得した英語の筆記体である。。。学校で英語やらないのに・・・ (ましてや筆記体・・・) と矛盾を感じながらも、むなしさと悔しさで秀吉の”一夜城”の如く見事自分のものにした。思えば、・・・あのときの私がピークだった・・・(((汗みなさんは、どんな勉強方法ですか?
2006.10.23
今日1年ぶりくらいにCDを買った。サラ・ブライトマン、待ちに待った本格的ベストアルバム。彼女の音楽を初めて耳にしたのは、8年ほど前、当時買いまくっていた”NOW”シリーズの中でも私が一番好んで聴いていた”NOW9”の中の一曲。『ナトゥラレーサ・ムエルタ~静物画~』。イタリア語だかロシア語だか区別もつかなかったのだが、心に響く透き通った声で、夜寝る前だとか落ち込んだときだとか色々なシーンでよく聴いていた。さっそく購入直後、車の中で夫と聴いた。夫としては、結婚式のとき両親に花束贈呈の場面で使用した『タイム・トゥ・セイ・グッバイ』がドキュンときたようで、「やべぇ~(←口グセ)」とつぶやいていた。家に帰って全部通して聴いてみたが、最近の気持ちの高揚が自然と落ち着いていくようで・・・よかった・・・・通勤の友、確定である。----------追記脳年齢を調べてみました。20歳!実年齢より若干若かった真実味があるかないかは別として、とりあえず安心。簡単に調べられるのでトライしてみてください。
2006.10.22
我が家族の写真集をつくってみました。ペットなれどペットじゃないっすよ。家族そのものですからね。最近朝晩寒くなってきたのでホカロンのごとくわたしの足元で寝ています。呼びかけると必ず返事・・・かわいい。 おなかすいた? ニャー 寒いの? ニャー旦那とケンカをすれば、、、、 あいつの方が悪いよね? ニャー わたし悪くないよね? ニャー・・・もうたまんないです。
2006.10.18
私が勤務する病院には透析センターがあり、私は透析患者さんとのふれあいの機会が多い。というのも、毎月1回の集金や、お知らせがあったりすると透析室に出向いてひとりひとりに声がけをしていくので、自然と知り合いのようになっていく。ちゃんと私の顔を知ってくれているところが素直にうれしい。しかし、数年前、初めて透析室に入ったときは・・・正直言うとその独特の雰囲気に圧倒された。まぁ、何十人もの人がベッドに横になって管を通され何時間もじっとしているのだから、何というか人間が‘操作’されているような。「ポコポコ」という機械音も、正直言うと不気味だった。もちろん今では仲の良い人もでき、「お、今月はあんたか~、また太ったか?」とか「俺は浮気はしないからな、俺の口つけたジュース冷蔵庫にあるぞ」など冗談ばかり言い合って、当時感じた不気味さは全く無くなった。看護師さんには言えないことをちょろっと口にする人もいたり(笑)楽しいには楽しいのだが、たまに透析についてふと思う。一生戦っていかなければならない病気。病院に通い詰めの日々。私にとって考えられない日々が彼らにはあるわけで、もし自分が・・・と考えると、果たして毎日を笑って過ごせるだろうかと思う。いや、できない。透析患者さんを卑下しているのでも何でもない。生まれながらにして腎臓が弱かったりする人もたくさんいるのだから。だから、幸運にも健康な身体で生まれてきたからには、不摂生な生活が原因で透析通いになるようなことには絶対したくないと思う。最近、新たに始める仕事のことを考えたりして食事や睡眠がおろそかになっている自分がいる。健康のことも頭に入れなくては、と改めて自分に言い聞かせた。
2006.10.17
今の職場はシフトが毎月15日締めで、今日来月分のシフトが決定した。私にとっては最終シフトとなる。仕事に行くことが楽しくてしょうがない。そんな職場だ。有給休暇消化のこともあり、ほとんど出勤しないわけだが、それがとてもさびしかった。一番年下の私は、‘かなり‘自由にやらせてもらっていた(いろんな意味で(汗)。「○○←(わたしの名前)、もっと子供っぽくした方がいいよ」と良く言われたものだった (笑)残り一ヶ月、最後まで頑張らせてください。
2006.10.14
今日はお父さんの誕生日。0時を過ぎてすぐメールをした。そういえば去年もメールを送って、すぐ返事が返ってきたのだが、なぜかメールだといつものお父さんらしくない。去年は「ありがとう。しかしこの年になると誕生日はあまりうれしくないよ。人間ドッグでもちらほら異常が出てくるし・・。会社も残り少ないのに3人の子供の先行きが不安でな。じゃな。父」とあった。・・・会話では絶対こんなセリフはありえない父なので驚いたものである。まぁ、メールだと気軽に言えるからだと思うけど。。先行きが心配か、、私はいつも両親に心配かけてばかり。今回の経営のことも、父が銀行関係なので前々から2人で相談に行ったりしていたのだが、もちろんあの父のことだから口には出さないもののものすごく心配しているんだろうなぁ。いつか絶対「もう俺の心配は無用だな。」って言ってもらう。それが私の1つの夢でもある。
2006.10.13
2~3年前、起業やビジネスにふと興味がわいて『いちばんやさしい会計の本』を読んだことがある。損益計算書?? 貸借対照表????・・・・意味がわからない(汗)。いちばんやさしい会計の本のはずなのにそれまで簿記には無縁だった私は理解に相当苦しんだ。そのときは趣味程度で学んでいたので、「世の中のビジネスマンは大変だなぁ」くらいの判断に終わり、私の理解もそこまでであった。しかし今、その経理業務をもろに私が引き受けることとなり、旦那からヘルプを頼まれた時点から経理関係の本を読みあさっている自分がいる。中途半端な理解では業務をこなせない。本気になった今、自分の脳も「理解すべし」と判断してくれたようで少しずつではあるがわかるようになってきた。ところで‘本気’になって一番最初に手にとったのは以前理解しそびれて終わった、『いちばんやさしい会計の本』・・・まさかこんな形で再度手にとることがあろうとは。思いもよらなかった。
2006.10.09
前回の続き・・・私が会社の事務を手伝うにあたり、主人は相当悩んだと思う。なぜなら、私は来年看護学校を受験しようとして勉強をしていたから。去年の暮れくらいから、看護師になりたくて勉強をしていたのだ。私の夢を主人は一番良く理解してくれている。私がどんなに看護師になりたいかを一番わかっている。そんな主人が、私に、事務が雇えないから手伝ってなんて普段さえ自分の思いをめったに口に出さない人なのに言えるわけなかったと思う。しかし現実は刻々と厳しくなっている。私に初めて口にするとき、どんなに勇気が必要だったか。でも私は、ある程度の予測はして、主人からの言葉を待っていた。確かに、主人が経営者となり、その奥さんは看護師なんて現実的に厳しすぎる(←これは舅から言われた言葉ですが。)私にも夢があるが、今私がやるべきことは会社をなんとしてでも手伝うことだ。夢は夢で終わらせず、いつか会社が軌道にのったとき、また夢に向かおう。最初の頃はそういう風に自分に言い聞かせないと、自分を見失いそうで。そして次に、経理に対する自分の無知さに、愕然とした。続く・・・
2006.10.08
ID、パスワードは、他人にわからないように保管するのが当たり前でしょう。しかし自分は、自分でID・パスワードを幾度となく忘れ、保管することもなく、しまいには何年間もほったらかしにする始末。こんなのはこれからの自分の人生において許されないことになってくる。・・・・というのも今度、主人が勤めている会社の社長が引退する運びとなり、跡継ぎ息子がいない社長は我が主人を後継者として認めたのだった。・・・といっても、社員が5人にも満たない小さな小さな会社。けれど何十年も立派にやってきた株式会社。私はその話を聞いてビックリビックリあたり前。あなた、本当にやっていけるの、社員とその家族の生活をあなたが全部背負うのよ。。。。。。。。がその後の発言も私にとってこれからの人生を大きく変える一言となったのだった。「事務が、雇えないんだ。●●←わたし がやってくれれば・・・」そうだよね。小さな会社ですもの。主人が仕事をとってくる、そして奥さんが経理をする、、、こういう流れ、私の地元でもたくさんみてきた。それが、今年の、8月の出来事だった。
2006.10.07
‘転機’っていう言葉、何なんだろうか。引越し、就職、結婚、転職・・・・数を上げればきりがなく、この世の人たちすべてにとって、毎日が‘転機’ではなかろうか?想像のつかない明日へ、自分の思い描く道通りに行かない明日へ
2006.10.06
1年半ぶりに更新してみました。自分のパスワード、IDがわからず日々苦戦しました。更新しない間にいろんなことが あったなァ ・・・就職・結婚・脱税最後のはうそ懐かしくもあり、あもころより少しは大人になったかという気持ちもあり。けどまだこびりついた脂肪は、取りきれてないです(汗パスワード・IDを思い出せたのは今日のものすごい雷雨のおかげかもしれない !
2006.08.19
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