売り場に学ぼう by 太田伸之

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Nobuyuki Ota

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2026.05.02
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デザイナー組織の責任者から転じて百貨店にスカウトされた直後、館内のイッセイミヤケショップは販売スタッフ4人、売り場面積22坪、全国百貨店では売上3位でした。すぐ上のポジションにいたのはスタッフ7人、面積45坪の西武百貨店池袋本店、スタッフ数が多く売り場も広いから簡単に抜けそうにありませんでした。

われらのイッセイミヤケ男性店長Sくんには大胆な発注方法を伝授しました。Sくんに「これまで1マークで最大何枚発注したことあるの?」と訊いたら、おそらく松屋銀座では1マーク30数枚程度と答えたので、展示会場で1マーク150枚、しかも2マーク発注してくれとお願いしました。

Sくんに「これまで最高いくら売上があったの」と訊ねたら、月に2,000万円に少し満たない、と。そこで大胆な発注を試みたのだから月3,000万円の売上を目指せ、超えたら自腹でスタッフ4人をフグ屋でご馳走すると約束しました。月2,000万円未達のショップにいきなり3,000万円超えを賭けたのです。

1997年11月でした。ありがたいことにお客様に支持され売上は順調に伸び、11月中旬を終えたところで私はフグ屋の出費を覚悟しました。ところが11月最後の週末、大手証券会社山一證券が経営破綻、あの有名な涙の社長記者会見。この日からデパ地下高級食材の売上は急ブレーキ、天然マグロも高い蟹も売れません。婦人服フロアの売上もピタッと止まりました。

そして最終的に過去最高2750万円を達成しましたが、目標の大台には乗らず、フグ屋というわけにはいきません。フグはまた次の機会、それでも過去最高なんですからご褒美にすき焼きレストランに招待しました。

この話をグループの母親役だった小室知子さんに話したら、「あんたケチやな。私がおごるからみんなでフグ屋に行こう」となって私も含めみんなでフグをご馳走になりました。これ以降百貨店ショップ売上第2位になったのです。

フグ屋でご馳走になって2年半後、私は当のグループのアパレル企業経営者に。このとき一番最初にグループ移籍のことを打ち明けたのはS店長でした。「キミに教えた発注方法を全国の店長に教えてみないか」、私は彼を本社に異動させました。もうひとり館内のメンズショップ店長だった男性店長Ḿくんも本社に異動させ、マーチャンダイジング指導の補佐を命じました。



Ḿくんは7年間私の社内ゼミに立ち会わせ、ときには講義を担当させて育てました。私が退任したあと社内ゼミを継続し、私に代わって
Ḿくんが講師となり社員にマーチャンダイジングの基本 や意図ある発注を指導しました。私が抜けたあとも高いプロパー消化率を維持できたのは継続した社内ゼミのお陰、そして若手社員でさえ「定数定量」を普通の会話の中で口にする会社になったからです。

私がマーチャンダイジングを教え始めた当初、幹部社員は顧客分類や定数定量の話をすると下を向いてクスクス笑っていました。たぶん「うちはミヤケだぞ。この人何を言ってるの」という意味の笑いだったでしょう。就任2年後プロパー消化率が劇的に改善すると彼らは笑わなくなり、3年後には社員の多くが「定数定量」を当たり前に使うようになりました。

Ḿくんは私の後継講師としてその後8年ほど社内ゼミを続け、次に子会社に出向してマーチャンダイジングの指導を継続、グループに大きく貢献してくれました。

再び百貨店に復帰した私は、今度はお取引先の店長たちから希望者を募ってMDスクールを始めました。化粧品、外資ブランド、大手アパレル、国内ブランド企業の店長たちに加えファッション専門媒体の記者さんにも門戸を開きました。ショップの店長が定数定量や顧客分類を考えて仕事する会社はほかになく、宿題を与えるとイッセイミヤケの社員だけが満足な回答を持ってきました。当然と言えば当然ですが。

お取引先店長に向けたマーチャンダイジング指導は2年続けました。しかしながら政府から百貨店側に要請があり、私は政府系投資ファンド経営者に転籍することになったので指導継続はできなくなりました。もしもお取引先の店長たちにマーチャンダイジングの指導を継続していたら、発注やVMDでもっと精度の高い仕事をするショップが増えていたはずと思います。

もう一点、百貨店に復帰してすぐ私
は店舗開発担当だった Sくんを呼び出し、館内4箇所に分かれてショップを構えていた4ブランドを大型ショップひとつに集約する構想を提示、百貨店売り場では珍しいブランド統合ショップを立ち上げました。売上目標は既存4ショップの合計金額ではなく大幅予算アップでした。目論見通り4ブランド合計売上はすぐ1.5倍になり、現在は3ブランドながらかつての約3.5倍に。



前職政府系投資ファンドで親交のあった阪急百貨店会長が上京された際、私はこの統合ショップを案内、外資ラグジュアリーでなく日本ブランドがやり方ひとつで大化けする、外資トップブランドにも売上は負けていない、大阪でもお考えになったらどうですかとアドバイスしました。もちろん売り場をただ大きくしただけではこんな効果は出ません。百貨店側もショップ側もマーチャンダイジングの基礎を理解していなければ結果は生まれませんが。

かつてスタッフ4人、売り場面積22坪だったショップは、現在スタッフ約30人、売り場面積80坪、ブランド3つで全国でもダントツ店舗になりました。同時に百貨店にとっても全商品カテゴリーのすべてのお取引先の中でもトップランクのベンダーに成長し、ウインウインの関係になりました。行動目標を与え地道に人材育成する、これで企業は変わります。もっと伸ばして欲しいですね。





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Last updated  2026.05.02 15:34:55


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