夏風

2007/10/13
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カテゴリ: ロスチャイルド
前回の続になってしまいますが、ローゼンタールはユダヤ人はいつでも一体であるという発言しています。
そこで、また疑問が生じる。

Q.何故、ユダヤ人は一体であるにも関わらず、歴史を見ると大勢のユダヤ人が犠牲となっている。特にナチスの犯したユダヤ人大量虐殺はどうして行われたのでしょう。

A.第二次大戦でナチスによってユダヤ人が大量に殺されたことを、ホロコーストと呼ばれています。多くの人は、ホロコーストとは「民族大虐殺」という意味だと思われていると思います。
しかし、ホロコーストの本当の意味は「燔祭」です。

「燔祭」というものは、かつてのユダヤ人が神殿で神への償いのために捧げた犠牲の生贄のことです。

つまり、「燔祭」は、自分の身代わりになって死んでもらう、という意味が込められている言葉なのです。

聖書とユダヤ人
http://d.hatena.ne.jp/believer777/20070428




Q.生贄の信仰は、ユダヤ人に限らないのでは?

A.これについても次のように説明されています。

異邦人は、豊作のため、雨乞いのため、などに生贄を行っていたのです。

ユダヤ人の生贄が、それら異邦人の生贄と決定的に違っていることがあります。

それは、「ヤーウェの神に罪の赦しを乞い願う」ために生贄を行っていることです。

自分たちの罪を神に赦していただくために、彼らは生贄をヤーウェの神に献げました。

つまり、生贄という行為は同じでも、その目的は大きく異なっていました。

そして、彼らの罪とは、神に従うことをしなかった罪のことです。

神に従わなかったなら、神に殺されても仕方がないことと彼らは感じていました。

しかし、死にたくはない。そこで、自分たちの身代わりに生贄を捧げるのです。

このようにして、彼らは神の怒りを免れることが出来ると考えたのです。


http://d.hatena.ne.jp/believer777/20070430


Q.普通の感覚では、やり過ぎ行き過ぎではないかと言うほどに、虐殺を行います。戦争後しばらくは立ち直れないほどにズタズタにします。こういう行動も思想から来ているものでしょうか。

A.そうです、思想からなのです。

通常の場合、戦争というものは、相手の領土を奪い、財産、奴隷などを更に戦利品として奪うものですが、ヨシュアの戦争は、敵の兵士を皆殺しにするだけではなく、女子供、奴隷、果ては家畜までも殺し尽くすのです。

そして財産があっても焼き尽くします。もし、敵の財産をこっそり隠して着服するイスラエル人がいたなら、同胞であってもそのイスラエル人を殺します。このように、ヨシュアの戦争は、この世からカナンの地の周辺に住んでいた民族の痕跡さえも消し去ろうとする戦争なのです。



この「ヨシュアの戦争」について知っていないと、現在のユダヤ人の思想についても、到底理解は不可能だと思われます。

*モーセは、カナンの地に足を踏み入れることが出来ずに死んでしまい、リーダーとしての座はヨシュアに引き継がれました。

つまり、モーセの後継者であるのだからヨシュアの行動自体が教えに繋がるのでしょう。


Q.何故、痕跡さえも消し去ろうとする戦争にする理由が解りません。普通の考えであれば、植民地にして奴隷として自身達の国の繁栄の為に利用しようとするのではないでしょうか。

A.ヨシュアが、影形も無くなるまで他民族を滅ぼし尽くさないではおかなかったのには
当然ながら、理由があります。

他民族というのは、ヤーウェの神以外の神を崇めている民族であるからです。

イスラエルの民は、カナンの地(現在のパレスチナ)に定住することを目指していましたから、すこしでも他民族が生き残っていたならば、彼らの宗教、彼らの神が生き残ってしまうことになります。

これをヨシュアは忌み嫌ったのです。

つまり、ヨシュアはどこまでもヤーウェの神への忠誠を尽くしたのです。

これは、『焼き尽くす献げ物』と、まったく同じ思想です。

通常の献げ物というものは、適度に焼いたら、その献げ物を皆で食べるものなのですが、

『焼き尽くす献げ物』というのは、それこそ骨に至るまで焼き尽くして、一切を神へ捧げる、
というものです。

ヨシュアは、他民族を虐殺するときに、他民族を、この『焼き尽くす献げ物』として神へ捧げました。

実際、ヨシュアは、他民族の住んでいる土地に火を放って、ことごとく焼き尽くしました。

これは、イスラエルにとって神への信仰の証であり、奪い取った財産を、尊い犠牲、献げ物として神へことごとく捧げるという宗教的行為であったのです。

ここに、イスラエル民族が他民族へ容赦のない仕打ちができる思想の源流があるのです。

聖書とユダヤ人
http://d.hatena.ne.jp/believer777/20070528


「聖書とユダヤ人」、非常に簡潔に解り易く説明して下さっています。

国際金融資本家は血も涙もない奴らだ!とこちらからは見えますが、困ったことに彼らは「神のため」「罪のため」にと本気で思い込んでいます。
つまり、彼らにとっては非常に世の為にしているのだと思いこんでいる様です。

日本人の自分達に理解出来る筈もなく、自分達の培われた捧げるは「感謝する」となるでしょう。農家が豊作であれば感謝して豊作の一部をお供えするという習慣であるとおもいます。
自分の罪を逃れる為に、無実の人を生贄するだとか異教徒の血はこの聖なる大地には一滴も残さないだとか。。。心が歪んだ教えとしか思えない。
そういう行為が平気で出きるのも「選民思想」と言って、我々は神から選ばれたという教えからなのです。

ある意味、彼等は、真実を本当の意味で知らない「犠牲者」なのかも知れない。












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Last updated  2007/10/14 09:54:45 AM
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