夏風

2007/12/02
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カテゴリ: ロスチャイルド
引き続き『Rothschild Money Trust』の中から興味深い記事をご紹介します。繰り返しますが、本書は1940年に米国人によって米国で出版されたものです。著者がどのような人物であったのかはプロフィールが書いていないのでわかりませんが、前回ご紹介したように真珠湾攻撃による日米開戦を予測的中させたり、頻繁に連邦議会議事録を引用していることからみて、政治や国際情勢に精通してることは間違いないと思われます。(日頃から精読していないと的確な引用はできませんし、多少政治に興味がある程度なら議事録を精読したりしないでしょうから。)

著者はアイソレーショニスト*1であり、反ユダヤを標榜しているので、必然的に親ヒットラー的な記述が多くみられますが、当時まだ参戦していない、つまり第三国である米国からの視点なので、わりと客観的にヨーロッパ戦線の情勢を描写していると思います。

現在では“極悪人”とか“悪魔”とか“狂人”というレッテルを貼られているヒットラーですが、彼は本当に“狂人”だったのでしょうか?狂人だとすれば、なぜ質実剛健で優秀とされるドイツ国民に熱烈に支持されたのでしょう?世界情勢を違った角度から見ると、ヒットラーの見方も変わるかもしれません。

第一次世界大戦の結果、ドイツ皇帝は退位し、宰相ベートマン・ホルヴェークは辞職した。しかしラーテナウや他のユダヤ人たちはそのままだった。戦争によってドイツはユダヤ人支配の君主国から、ユダヤ人支配の民主主義国へと変わっただけだ。たしかに民主主義国になって、この国を支配するユダヤ人の顔ぶれは一新したが、彼らはやはり、あのおなじみのロスチャイルドの影響下にあり、ロスチャイルドの理想を理想とし、ロスチャイルドの計画に従っていた。

彼らが最初にとった行動は、ドイツの通貨・ドイツマルクの価値を下落させることであった。彼らは何十億ものマルクを発行し、マルクの価値がなくなるまで発行し続けた。彼らは膨大な額のマルクを高い割引率でアメリカをはじめとする諸外国に売り、売った後でマルクを無価値なものにした。彼らは無価値のマルクで世界中の民衆から本物の金を巻き上げたのだ。彼らはドイツの土地、建物、工場など値段の高いときに買い、そして、その代金を価値のなくなったマルクで支払った。ところがこの激しいインフレが静まり、しかも財産をただ同然で獲得し終えてから、このまさしく同じ顔ぶれの悪辣なユダヤ人勢力は、ドーズ委員会を通じてドイツ国立銀行を再建し、金本位制を復活させ、デフレ政策に切り換えたのである。

このようにしてユダヤ人はドイツ国民を圧迫し、困窮に陥れながら自分たちはいい思いをしてきた。

アドルフ・ヒットラーが推測したところによると、ユダヤ人はドイツの全財産の少なくない部分を占めていたという。なんとドイツの全人口の1%にも満たないこの異人種が、この国の大きい割合(8割)の富を所有していた。ひどいことに、これらの財産は彼らがアメリカの富を盗み取ってきたのと同じように、通貨制度を操作して盗み取ったものなのだ。ヒットラーが今までかくも忍耐強く耐えてきたとは驚くべきことだ。

ウィルソン大統領はかの有名な14ヵ条を、ドイツをはじめとする世界各国に休戦交渉の共通基盤として宣言した。これはもしドイツが降伏すれば、ドイツ政府もドイツ国民も不利益を被らないということをほぼ保証するものだった。休戦条約は皇帝によって正式に受諾され、これによって休戦が宣言され、ひきつづいてベルサイユ講和条約が結ばれた。

ドイツは、降伏して武装解除をし無力になると、今度はユダヤ人の手にゆだねられ、解体され、無力化された。第二次世界大戦が始まる数ヵ月前にアドルフ・ヒットラーはラジオ演説で、ドイツ軍を降伏させるためウィルソン大統領がおこなった14ヵ条の約束のことに触れ、アメリカ政府によって暗に保証されていたこの約束が踏みにじられたこと、ドイツ帝国が解体されたこと、支払い不可能な高額の賠償金が課せられたこと、ドイツ政府のユダヤ人内閣が戦後国民を大不況に陥れたことなどを数え上げ、次のように述べている。



政治秩序の崩壊と、無責任なユダヤ人の報道機関によって起こされた人心の混乱は、かつてないほどの強い衝撃を経済生活に引き起こし、その結果困窮者は増大し、政府転覆を図るボルシェビキ思想がますます受け入れやすくなる土壌ができあがった。ユダヤ世界政府革命軍は、失業者群を呼び集めて、ついに700万人近くになった」

ヒットラーの演説は、野心をもち、武力をちらつかせるほら吹き屋の演説ではない。これは戦争を憎む、真面目で、思慮深い男が使命感に燃えて行なった演説である。

彼は戦争挑発者について次のように述べている。

「『屈辱的な融和政策はもうごめんだ』という叫びが、現在、世界中に響き渡っているが、この叫び声は、戦争挑発者にとって平和解決は最も命取りの解決方法だという事実を世界にふれまわっているだけだ。彼らは血が流されても平気である。もちろん彼ら自身の血ではない。これら挑発者たちは弾丸飛び交う戦地には姿を現わさず、もっぱら金儲けのできる場所にいる。血を流すのは名もない兵士たちなのだ。」

アドルフ・ヒットラーは演説で、ポーランドに向けて率直明快に、もとドイツ領であったダンツィヒとポーランド回廊はもらわねばならないが、以前ドイツ領であったシュレジアは要求しないと述べている。彼らはさらに、世界平和のため以前ドイツ領であったアルザスに関する条約をフランスと結んだことを述べ、その条約を遵守すると演説している。

ヒットラーはポーランドと交渉を開始し、これらの領土を話し合いによってドイツに返還させようとした。交渉の最中にポーランド在住のドイツ人虐殺事件が起こったが、それにもかかわらずヒットラーはこの条約を締結するためユダヤ人のポーランド外相ベックとの会見の約束をしたが、ベックはこの約束を守らなかった。彼は約束を守るどころか、ロンドンのダウニング街(首相官邸のある所)へ出向き、英国首相に助言を求めた。ヒットラーはポーランドの反乱を押さえるために軍隊を送り、その結果、英国とフランスがドイツに宣戦を布告した。かくして第二次世界大戦は始まったのである。

ポーランドを征服した後、ヒットラーはベルサイユ条約でドイツから奪われた領土以外は、アルザスを例外として要求しないという条件をつけて、連合軍およびその他の国々に和平を再度提案した。今回のこの提案と彼の最初の提案との違いは、今回はベルサイユ条約で英国に与えられた植民地をドイツに返還するよう要求していることである。この申し出に対する回答は、ヒットラー政府と取引する気はない、ヒットラーとヒットラー主義(反ユダヤ主義と同義)は潰してしまわなければならないというものであった。

古くからの戦略にならって、英国は海上封鎖をして敵を兵糧攻めにする戦略をとった。英国は、大英帝国がその大半をつくった国際法を自ら犯して、ドイツの輸出入を封鎖した。ドイツはこれに対して潜水艦と空軍で対処し、飢えるのは「反対側」の英国という皮肉な結果となった。

今までのところドイツは文明国の戦争規則に従って戦争をしてきている。英国の予想を裏切って、その秀でた空軍力を利用して行なう毒ガス攻撃はせず、英国の指揮官を一人も殺そうとはしていない。英国の船が沈められたときも、英国の兵士や船員を保護し、移送してきた。ノルウェーの港に停泊しているアルトマルク号にはこういった捕虜が多数乗っていた。チャーチルの命令で英国の巡洋艦がノルウェーの中立を踏みにじり、ノルウェーの港に停泊しているアルトマルク号を攻撃し、数人の無抵抗で丸腰の船員を撃って、これら捕虜を助け出した。ドイツはこれら捕虜たちの船が沈められたとき、彼らを見殺しにすることもできたのに。

非武装のアルトマルク号を英国が卑劣にも攻撃した事件は、英米のユダヤ人報道機関から英国の大勝利として大喝采を浴びた。






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Last updated  2007/12/03 01:01:27 AM
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