全31件 (31件中 1-31件目)
1
ちょっと暗部ばかり書いてしまったけれど、研究室に入ってからは、人と接することが多くなり、学生生活を謳歌した。家から通えない距離ではなかったけれど、下宿した。ただ、週末は、家庭教師をするため、洗濯物を持って実家へ帰る生活。下宿代は月、1万円。四畳半一間。部屋の中に置いたものは、コタツと、万年床と、やっとの思いで買った冷蔵庫。テレビもラジオもなく、もちろん、車などとんでもない。最近、TVで1ヶ月、5円で生活した、って誰かが言っていたけれど、僕も一度経験した。自販機で飲みものを買いたかったけれど、がまんした記憶が鮮明に残っている。風呂はなく、大学の中にあったトイレの横の1つだけの狭いシャワー室が風呂代わり。下宿まで2キロくらいあったので、冬は少し辛かった。でも、そういう生活が、実に楽しかった。夜遅く下宿に戻ってすることは、コタツに入って本を読むことだけ。窓にはカーテンがなくて、外に月が見えたりすると、実に満たされたいい気持ちになった。そのころは、吉川栄治ばかり読んでいた。全集を全部読んだ。歴史小説を読むのと、月明かりと、コタツが実によくマッチしていた。教養部時代と違い、学部の教授は、全く違っていた。僕に「興味」をもってくれ、色々話しかけてくれた。俵万智のおじさんが教授だった。手紙で励ましてくれた。化学の教授が、授業中、「君は不思議な人だ」とおっしゃった。当てられて、偶然だけれど、すんなり答えが言えた。試験の時、あまりよく出来なくて、また単位を落としたかと思ったけれど、その先生は通してくれた。得意な科目は非常に偏っていた。高校、大学受験の時は、コツを駆使したけれど、大学の試験は、実に愚直に勉強し、愚直なテストの受け方だった。ノートを写さず、過去問題もあえて調べず、コツを使って受験するのは全く意味がないと、妙に精錬潔癖を気取っていた。大学院の受験のとき、辞書持参がOKだったけれど、忘れた。で、急にやる気をなくし、すぐに外に出た。もちろん落ちた。でも、暗くはなかった。ただ、ボイコットはその瞬間は快感だけれど、ツケというものが非常に大きく、取り返すのに、何倍もの努力をしなければならないということを身をもって知る。合計2年遅れで大学院に進学。脳の神経回路の専攻。この頃、脳に興味があった。歴史は趣味。脳も楽しかったけれど、員の2年間の研究室時代は、大学生活の中で最も充実していたし、楽しかったし、刺激が多かった。モノが全くない生活、読むことと、考えることと、人と話をすること、これだけで満ち足りていた。今は全く逆で、モノに満ち溢れ、落ち着きがなくなっている。毎年、年初に、「シンプルライフ」と「早起き」を誓うけれど、大変ハードルが高い。。。だから余計に、大学の清貧時代がむしょうに懐かしい。
2008年01月31日
コメント(0)
職場の室の新年会。色々な人間模様。僕は、新入社員の頃でも上司のお酌に回ることはなく、最初に座った場所から不動。近くの人とのみ話続ける。なので、立食が苦手。見ていると、実にマメな人がいる。とてもマネできない。だんだん年をとり、いろんな人が席の前にお酌に来てくれるようになった。正直、悪い気はしない。主に失敗談、そして、歴史の話をする。宴席だけれど、歴史の話って、話しようによっては、結構、面白がってくれる。今日は、仕入れたばかりの、額田女王、楊貴妃、カエサル・シーザー、椿三十郎の話をした。面白がってくれるのは、がってくれているだけかもしれないとやや、酔いからさめて思うと、ちと寂しい。最後に締めの指名を受けた。品質工学的な締めをして欲しいと・・・会社で、二言目には「品質工学的に見ると・・」が口癖になっているので。全然関係のない話をして、最後に、ばらつきのない一本締めをお願いします。とこじつけた。わかったかなあ?
2008年01月30日
コメント(2)
今年に入ってから、なんだかバタバタの毎日。なにかしら締め切りがあって、それをギリギリに提出して、会議と会議の合間は走って、昼休みもなにかしら資料を書いたりして・・・東京出張生活期間の文字通りアフター5は、幸せな時間だったけれど。今日、学生並に問題を解き終え、夜間開いている郵便局に行って、速達でお願いし、ほっと一息。品質工学の勉強中。数式を弄繰り回している。目的が明確。明確じゃなければやる気が出ないかというと、最近はそうでもない。モチベーションって、それほど単純なものでもないようだ。ふと、目に止まった新聞のコラム。『頭痛(第2版)』(日本医事新報社)を著した杏林大学神経内科客員教授の作田学さんによると、検査手法の発達で大方の頭痛の原因は、究明できるようになった。頭痛持ちの代表的作家、樋口一葉についても「後頚部の筋肉が緊張して起こる緊張型頭痛」と見立て「箱枕を平らな柔らかい枕へ、正座して向かう小さな文机から肘掛けいすと大きな机へ、筆からパソコンへと切り替え、腹筋や背筋を鍛えたい」と処方。僕も、2年前に何ヶ月も続く頭痛に悩まされた。CTスキャン、MRと色々検査してもらったが、原因がわからず。ただ、発症したのが、雨の降る冷たい夜、夜通し歩き続けた後だったので、それを、先生に訴えたけれど、明確な診断も、処方もなく、ただ、いろんな頭痛薬をくれた。気功の先生に診てもらったり、易者にみたててもらったり・・・なんとなく頼りなさそうな(すみません)易者さんに、来年の2月には治ってますよ、心配要りませんと言われ、気が楽になった。実際、少し誤差はあったけれど、3月頃には突然直り、以後、再発なし。僕は、「後頚部の筋肉が緊張して起こる緊張型頭痛」と、冷えだったのではないかと、自己診断している。その頃、近所の奥さんが続けてくも膜下で急死されていて、そのお宅が、もとお墓のあった場所と、どこかをつなぐ直線上に並んでいて、「霊の通る道」だと、まことしやかにうわさになっていた。ちょうど、その直線上にあったので、僕は、少し覚悟をしていた。だから、易者さんにまで見てもらったが、「霊の通る道」なんてものは、ない、と言われた。頭痛は、いやだ。
2008年01月29日
コメント(0)
大学時代に、突然なった「病気」。対人恐怖症もそうだけれど、対象に期待やら持ちすぎるとなる、という説明を当時、本で読んだ。でも、電車の向い側に女性が座っただけで、落ち着きがなくなり、その場を逃げたくなる。別に何も期待していないのに。もちろん、会話などできない。あいさつもろくにできない。まあ、高校時代も、ほとんど女性と会話らしい会話をしたことがなかったけれど。用事があれば、普通に話すことはできた。今だに原因不明。。。いつの間にか治った。といっても、積極的に声をかけたりはしていないが。同時に対人恐怖症にもなった。これは、高校時代から徐々に。高校時代は人前で話すのがイヤだなあ、くらいから、どんどんひどくなり、大学時代、緊張して、一言も話せなくなった。中学時代は、弁論大会に出たりするくらいだったのに。こちらの方は、社会人になった時に大変だと、色々努力した。結局は、「成功体験」をするしかない、という結論で、徹底的に準備して、人前で話す経験をし、これは、治るべくして治った。結婚式のスピーチも、会社で大勢の前で話すのも平気になった。時々、ふっと緊張して、懐かしい気持ちになる。営業実習では、営業向きだと言われた。自分で自分の感情をコントロールできるものではないが、「緊張するのは、当然だ」って、心底思うことによって、緊張はするが、あがらない、というフィーリングはつかめた。今、会社では、会議で発言しすぎるのを自分で抑えている。緊張感を忘れてはいけないと思う。
2008年01月28日
コメント(0)
そもそも高校時代に歴史に興味を持ったのに、工学系に進んだのが間違いだったかも。と、当時は思った。入学試験も世界史で点数を稼いだと思う。研究室に入るまでの2年間、「教養部」で「教養」を学ぶのだけれど、その中の数学の授業がいけなかった。文学は面白かった。英語はまだいけた。物理もまあまあ。数学に意味と目的を見出せなかった。教授に答案用紙の中で意味と目的を質問したけれど、返事が来なかったことも興味をなくした事の一因。(と人のせいにするのはよくないが)小学生に「九九」を教えるのと同じ感覚で、大学生に「行列」を教えていたと思う。要するに、考える前に慣れろ、ということである。機械的に式が操作できればいい。(ある意味、これも大事ではあるが)行列の掛け算、逆行列・・・中学、高校の数学で、「図形」には非常に興味があった。「ベクトル」も面白かった。「図形」は直感的。「ベクトル」は、魔法のような魅力があった。行列もベクトルの延長のようなものだけれど、それを完全に機械的にし、これでもか、というように魅力を奪ってしまった。反面、文学、特に夏目漱石の講義は面白かった。なので、数学の講義は、全てキャンセルした。もちろん単位は落とした。「進学できない」と脅されたが、無視し、試験もボイコットして留年した。体育会系のクラブに所属して、そちらで昇華していたが、大学の検診の「誤診?」で、運動禁止、と言われて、クラブもやめた。そのクラブの中に、密かに思いを寄せていた同級生がいたけれど、いかんせん、全てがうまくいっていない時期に手紙を書いたものだから、当然、うまくいかず・・・まあ、他にも色々あって、「半病人」になってしまった。2年間。。。8年の大学時代の中の2年間。短くてよかった。
2008年01月27日
コメント(0)
なので、ネタバレは関係ないと思うが・・・「アース」を土曜日に見てきた。浜松の東宝シネマズ。子供が多かった。温暖化への意識を高める教育映画?そういう見方をすると、今ひとつ。渡辺謙のナレーションがそんな感じだったけれど、今回は、日本語吹き替えしかないので、元々どうだったかはわからない。人が登場する前だって、絶滅する種はいた。人は「自然」ではない?唯一、自然をコントロールできるのが人類だから、そして、破壊してきたのが人類?だから、責任がある?「神」から見たら、これらも全て含めて想定されたシナリオかもしれない。ただ、太古に巨大隕石が地球に衝突して、地軸がズレたことが地球に四季を生み、すばらしい自然、変化する自然を創り出した。というくだりは、想定外もありうるのかなと。まあ、それも、銀河系の「神」ではなく、全宇宙の「神」から見たら、想定内だろうなあ。ということではなく、そもそも話は地球規模なのだから、宇宙からみたら「一瞬」でも、ごみのような小さな世界であろうと、それをできうる限りコントロールしようとする努力は必要。映画を見ながら、そんな事を考えていたわけでも、さらに感じていたのでもなく、「偶然」が作ったすばらしい環境の地球の、むしろスケールの大きさを感じていた。日常は、あまりにスケールが小さいから。見ているときは、その映像に感じていた。見終わって翌日、残像は少しは残っているけれど、心に残っているものは、何だろう?白熊を絶滅させないために、車を低燃費車に変える?風力発電や、緑化のための基金をする?ガソリン値下げに反対する?ああいう映画は無邪気に見たい。あんなところで、温暖化の話など出さなくてもいい。
2008年01月26日
コメント(2)
ざっと30年前。でも、結構色々覚えている。坊主頭が義務づけられていた田舎の中学から、都会の高校へ。坊主頭はクラスで数人だった。そして、僕はしっかり制服を着て、詰襟のホックもしっかり全部止めて電車に乗って通学したが、周囲はかなりの人が私服、長髪。女子生徒は片手くらいだったかな?カルチャーショックはこれだけでなかった。放課時間に「討議」の時間があって、「自衛隊についてどう思うか?」とか政治がらみのテーマばかり。中学はせいぜい「坊主頭の義務づけについてどう思うか?」だったのに。。。当てられるのが嫌だった。子供っぽい意見だと思われると。授業も「まとも」ではなかった。ほとんど「雑談」。教科書なんてほとんど使わない。まじめに使うとブーイング。「内職」「早弁」もまかり通っていた。あと「休講委員」なるものが居て、ある授業が休講になると、他の先生と交渉して授業時間をずらし、午前に終わりにするなど調整したり、2時間分くっつけて自由時間を増やすことをする。まあおかげで昼間テニスを楽しむことができたが。教室で見る限り「勉強」は悪で、「あいつ、まじめに勉強している」という目で見られた。けれど、みな家ではしっかり勉強していた、というか、今から思えば塾に行っていたのだろう・・・。クラスの数割は医者か弁護士、国家公務員になっている。これらはみな「テスト」のための勉強をしないと通るはずはないから。「討議」では、受験勉強ばかりでなく、「全人教育」なるものをみな主張していたのに。「全人教育」とは、まあ、文武両道、人格を鍛える、人として成長させる教育のこと。僕は真に受けて、授業は聞かない、「武」というか、休講時間はしっかり体を動かし、家では数学より、歴史をしっかり勉強した。塾にも行かなかった。私服は家で許可されず、詰襟と、校章をはずした。もちろん帽子も捨てた。今どき、高校の帽子なんてないと思うが・・・そして、大学に入ったけれど、そこがすごく「普通」で、高校が「特殊」だったと知る。まあ、世間相場として、どこが普通かなんて、今でもわからないかもしれない。ふたたびカルチャーショック。これが大きかった。それはまた明日。
2008年01月25日
コメント(0)
最近は滅多に夢を見ない、というか、たぶん目が覚めた時には忘れているのかもしれないが・・・。見る時、覚えているのは、奇妙な夢が多い。最近は全く見なくなったが、空を飛ぶ夢が多かった。但し、スーパーマンのような飛び方ではなく、高い所から飛んで降りたり、ビルからビルへ飛び移ったり、あとは、低空飛行。周囲の人は飛べなくて、自分だけが飛んでいる。不思議に、ある時期、ピタリと、この種の夢を見なくなった。見ようともって見られる夢ではない。あとは、「非常に懐かしい夢」。まさに「懐かしい」という思いが朝起きた時にも残っていて、夢に戻りたい気持ちになる夢。今は、逢えない人と逢える。別れた人と逢える。これも見たくて見られる夢でない。あまりイヤな夢はみない。なので、夢を見たいのだが・・・たっぷり寝ないと見られないのだろうか。そういえば、奇妙な夢をよく見た頃は、白昼夢も多かった。ヒマな時代だった。僕の父親は、白昼夢ではなく、「幻想」というか、「幻影」を見るという。夜中に起きると、知らない人たちが部屋でたむろしている。毎晩である。そして、「なにをしているんですか?」とか声をかけると消えるそうだ。昼間にも見る。 あそこにビルが見えると、指をさす。僕には何も見えない。別にボケがきているわけでもなく、日常の会話は普通であるのに。本人は、悩んでいないし、普通に話すので、聞いている方も興味深く聞いている。僕自身がそういう幻想、幻影を見たら、不気味というか、悩みそうだが。空を飛ぶ夢をまた見たい。懐かしい人に逢いたい。
2008年01月24日
コメント(0)
どうもいけない。仕事以外の時間は深夜のみ。歩いていない。叩いていない。動いていない。なので、身体のキレが悪い感じ。去年の習慣がいくつかできていない。新しくできた、というか復活した習慣が、日記と読書と、寝る前の一杯。身体にいい習慣が3つもできていないのは問題。もひとつ、いい習慣は増えた。書斎をこまめに片づけるようになった。ためなければ、年末に超特大掃除をしなくてすむのだ。仕事の宿題も、ためないようにできれば、大進歩。重役報告は、ワインのせいか、予算獲得は、30%どまり。でも、プロパー2人増員を認められた。まあ、そのほうがいいかも。
2008年01月23日
コメント(0)
ワインを始めてまだ3ヶ月。正確にいうと、美味しいと思うようになってから。まだ何もわからないけれど、いけるワイン、今ひとつのワインの区別はつくようになった。そして、ワインで宿酔いしなくなった。その前はもっぱらシングルモルトウィスキーのストレート。というより、ほとんど山崎しか飲まなかった。普通は12年、ときどきおごって18年。25年を飲んでみたかったけれど、今だ実現せず。空港の免税店で18年が1万円だったときには、思わず何本も買いたかったけれど、2本にとどめた。ビールは、地ビール。御殿場高原、高山。ヴァイツェンがいい。高山のカルミナは、最高。ニューヨークかどこかでヒットしているという日本の地ビールがなんだったかがわからず、色々調べているけれどわからない。まあ、日本人の口にあうかどうかは?日本で人気のあるビールはドイツ人には人気がなかったりするし・・・これから明日の重役報告の資料を書かなければならないのに、ワインを飲んでていいのだろうか?ちょっと開き直り・・・
2008年01月22日
コメント(0)

朝、起きるのがつらいのはわかっていて、読みきってしまった。身体が冷えるので、ワインを飲みながら・・・あくまで、井上靖の描いた楊貴妃であるが、今まで、「ライチが好きな傾国の美女」玄宗皇帝が夢中になった、くらいの表面的なイメージしかなかったけれど、生身の人間としての、いきいきとした面が伝わってきて、楊貴妃自身、38になるまで長い夢を見たように、読んでいる間、少しの間、夢を見ているような感覚になり、読み終えて、切ないような、哀しいような気持ちになった。『貴妃は安禄山が叛したお蔭で、武后にも太平公主にもなることなく、 国に殉ずる形でその三十八年の生涯を終えることができたのである。』それにしても、3000人の後宮、って大奥の比ではない。
2008年01月21日
コメント(0)
今年初めて、目覚ましをかけずに7.5時間寝た。すっきりしたけれど、一日が短くなって、もったいない気がする。もっと時間が欲しい、と言いながらあまり効率的な時間の使い方でもないなと思う。「だから片付かない。なのに時間がない』って本を買って、まだ読んでいないけれど、まさにこんな状況。この手の本は何冊か読んだけれど、なかなか改善されない。本は、その中からヒントを得て、実際にやってみて、それで改善される、ってのもわかっているけれど・・・ところで、だらだら時間の中、「お年玉年賀」のチェックをしようと、検索したが、どこにもない。07年のしかない。で、その中のひとつを見たら、当たりの発表は1月27日と・・・いつもは成人式の日だったのに。民営化の影響は、年賀状の配達の遅さだけかと思ったら、こんなところにも。もっとも、切手が当たっても交換したのは、2度くらい。当たりの最高は、封筒と便箋のセット。くじ運はあまりよくないというか懸賞応募をあまりしないせいか・・・人生最高の当たりは、デスクトップパソコン(DELL)「オリジナルパソコン」ってのが少々気になったが・・1年くらいで粗大ゴミになってしまった。。。楽天ラッキーくじは、5ポイントが2度ばかり。あとは1ポイント。当たり年ってのはあるみたいで、グリーティングカードの懸賞とか、あれこれ、続けて1万円相当が数度当たった年がある。。。最近は、全くダメ。ジャンボ宝くじは生涯で4,5度買ったことがあるが、ダメ。本当に当たっている人がいるだろうか、と思うことがあるが、クジ運のいい人はいる。確率の問題だけではなさそうである。
2008年01月20日
コメント(0)

出張から帰る。郵便物や宅急便がたくさん届いていた。楽天やソースネクスト。1テラのディスク。ずいぶん安くなって3万円台。昔、会社で100ギガのディスクを買った時は1000万だった。容量だけでは比較できないけれど・・・京都四季八景。癒しのクラシック音楽とともに体験する京都・擬似散策DVD。ツインフォーマットとな。購入サイトの説明に「DVDではありません」とあったので、不安だったが、バイオのブルーレイでも再生できた。なんだ・・・ただのDVDではない、という意味?ローソンパス。クレジットとポイント機能をもったカード。これで、ほとんどのコンビニでキャッシュレス。ナナコとエディと、これ。ファミマは古いカードを切り替えてファミマTカードにせねば。もっともエディが使えるが。それにしても、カードの数が多い。スクラップ&ビルドしないと・・・
2008年01月19日
コメント(0)

勘違いだったかな?銀座apple shopでMac Book Airが見られると、どこかで読んだ気がしたが。。。「まだです」と言われてしまった。外に行列ができていたから、それかと思ったら、イベントがあるんだと。残念。で、有楽町のビッグカメラへ。新幹線置忘れの悔しさを忘れるために、DS Liteを買う。たまったポイントで手に入った。色は変えて、Crimson Blackにした。ソフトも買いなおし。これは同じものをとりあえず、1本だけ。。。4本もなくしたのだ。とりあえずの1本は、「ワインのはじめかた」。ついでにハンズにも寄る。髭ばさみと、「苔」「禅」「墨」を買う。今は、ボルドーフルボディの2003年ものを飲んでる。美味しい。夕食は品川で買った弁当。1週間の仕事、出張を終え、ホテルでのんびり中。
2008年01月18日
コメント(0)
丸の内オアゾの丸善へ。銀座特注というので、「おとなの週末」を買うつもりで行ったけれど、他にもあれこれ買ってしまった。1万500円以上買うと、無料配送してくれる。楽天は1500円以上なのに・・・カードがややこしい。丸の内カードと、丸善カード、あと、JALカードの特約店。丸の内カードがクレジットカード機能つきだと、3枚併用はできず。丸の内も、JALもクレジット機能つきだから、という説明だったけれど、でも、丸の内とJALの2枚併用はOKだった。今年は定期購読をやめようと決めたけれど、また、やってしまった。もうすぐ終わるのが小学館の「寺巡り」。やってしまったのは、朝日新聞の「百名山」。先にバインダーを買ってしまった。寺巡りのバインダーは全巻分なかった。取り寄せ。「日本の歴史」も創刊だ・・・定期購読モノは日経とか、色々経験があるけれど、場所は取るし、ほとんど読まない。それなのに、ついつい・・・さてさてと。
2008年01月17日
コメント(0)
東京生活2日目。総合的には「うれしい」のだけれど、通勤ラッシュには今さらながらびっくり。品川から新橋と、新橋から赤坂見附というより、虎ノ門。このそれぞれ一区間がすごい。電車に加速度が加わるたびに左右、前後に人が揺れるけれど、将棋倒しにならないくらいすし詰め。まあ、ダイエットにはなるかもしれないけれど、これが毎日とすると、耐えられない。まあ、勤め先の車の渋滞と比べてどうか、だけれど・・・時間はかかっても、歩くのが一番。片道5キロ、50分。寒くなって、夜が遅くなって、中断中だけれど、早寝早起きして、歩こう。ところで、尊敬する東京の「師匠」。ずっとご無沙汰しているが、メールやサイトで昨年、奥さんを亡くされたことを知った。やりたいこと、やるべきことが山ほどある方。それが、急に「退屈」になったと。非常に考えさせられた。今、まさにやりたいこと、やるべきことが山積みでどんな状況になろうと、自分だけは退屈しないと思っていた。空を一日眺めていたり、色々空想するだけでも退屈しないと・・・趣味はあれこれ、読みたい本もあれこれ、行きたいところもたくさん。これは、「奥さん」と限らず、誰かに無意識に支えられていてのこと?僕は、それは「社会」だと思っていた。「社会」と関わりをもつこと、それがベースで色々、他にも興味を持って楽しめると。学生時代、あまり授業を受けなかったので、ありあまるほどの「自分の時間」があった。やりたいことはなんでもできる状況。ただ、「社会」との関わりは未確定で、その不安で決して、心底楽しんでいる、という心理状況ではなかった。「会社」に入って、当然「社会」との関わりが発生して「自分の時間」は減ったけれど、「土日」はいろいろしたいことをして、心底楽しい日々になった。伴侶や、恋人、親友は、「社会」とは違う。でも、社会との関わりがなくても、「大切な人」が居れば、やりたいこと、やるべきことはできるのだろうか?僕は、まずは「社会」だと思うけれど・・・「会社」を辞めたあとの「社会」との関わり方をいつも考えているけれど、まだわからない・・・
2008年01月16日
コメント(0)
遊びや出張でよく来る。定番があって、あまりあちこちに行ってないなあ。今週はずっと東京。今日は銀座、有楽町。泊まりは品川、仕事は赤坂見附。銀座、有楽町の定番は、伊東屋、東急ハンズ、ビッグカメラ、山野楽器、木村屋、レオニダス、アップルストア、ソニー、鳩居堂。わざわざ銀座で?という店ばかりかも。最近発見したのが、TUMIの店。マップで調べて探したけれど、中々わかりにくい場所。さぞデパートでは置いていないようなものがたくさんあるだろうと期待したけれど、横浜そごうや、新宿の伊勢丹の方がよほど多かった。特に新宿は、ネットでも見たことがないものも多く、非常に購買欲をそそられた。TUMIはいい。最初は皮ものをアウトレットで2つばかり買ったけれど、それからはもっぱらハイブリッドナイロン。いかにも丈夫で使っていて安心感がある。ちと高いが、ずっと使える。それから、タイ古式マッサージの店。ネットで調べて現地確認。まだ行っていないけれど、今度行ってみよう。タイ古式は一度だけ、このあいだ博多で入って、はまった。はまったといっても、出張先、遊び先でネット検索で調べるだけ。先週は浜松、掛川で調べ、車で回ったけれど、普通の家、マンションの一室ばかりで、なんとなく入りづらくてパス。銀座は入りやすそう。伊東屋は銀座に行くと必ず入る店。ボールペンにこだわりがあり、毎回何かを買ってしまう。昔はモンブランを普段使いしたけれど、今はペンテルのエナージェル。出がよくて非常に滑らかに書けるが、インクで手が汚れることもない。書いていて、気持ちがよいペン。システム手帳のメモ書き用は、パイロットのグランセ。マーブル塗装のものだけれど、質感があって、美しい。持っていて気持ちがよいペン。きりがない・・・
2008年01月15日
コメント(0)
品川へ向かう新幹線の中で読了。物語の始まりは、額田女王や大海人皇子、中大兄皇子の心情が細やかに描かれ、わくわくしたが、後半、白村江の戦いでの大敗から、壬申の乱に向かって、「その後」が淡々と書かれて、やや読後は物足りない感じ。歴史は資料の事実だけから、自分で勝手に空想するのと、歴史小説を、フィクションと割り切って読むのと、まあ、それぞれに楽しいけれど・・・次は楊貴妃伝。 しばらく井上靖づくしになりそう。。。
2008年01月14日
コメント(0)

1年ぶりに復活したバンド。以前は椎名林檎、東京事変のコピーバンドだったけれど、ボーカルと、キーボードが脱退して、残ったギター、ベース、ドラムの3人は、ひとまず解散。一昨年の12月に、しばらくはそれぞれが個人練習を、ということになった。脱退のいきさつ、解散後のいきさつはともかく、サラリーマンバンドとして、趣味とはいえ、ライブをするからにはいい加減にやりたくなく、練習も真剣にやらねば、という一方、家に帰るのが12時近くで平日の練習もままならず、土日も用事ができたりと、バンドのプライオリティがNO.1、というのにはついていけず・・・去年の12月にまずは3人で復活。事変はやらず。何をやろうか、という段階。ジャズか、60年代、70年代くらいのロックか・・・ジャズをやるなら、まずはビバップから練習的にとか・・・結構、方向の定まらないバンドであるが、「ソロ」と違う、「グルーブ」の味わえる、そして、お客さんのノリが伝わるライブの喜びのために。ということで、矢野沙織のチャーリー・パーカー「Donna Lee」を聴く。
2008年01月13日
コメント(0)
「正月映画」を土曜日に見る。TOHOシネマズ浜松。入ってから知ったのだが、「プレミアスクリーン」。ソファーのようなリクラインニングの椅子でスペースもゆったり。普通の料金で得した気分。入る前は、同じ階の整体、足裏マッサージの予約をしたくらい身体がだるく不調だったけれど、プレミア席で単純明快なストーリーの映画を見て、体調もすっきり。見ながら飲んだ、ゴディバチョコドリンクもよかったかも。黒沢明監督のは見たことがなく、原作も読んでなく、初めて。ストーリーはともかく、多様なキャラを楽しんだ。まったり奥方と、まったり姫。ばたばた、かつ、ちょっと頭が足りない、でも、憎めない若侍9人。織田裕二は、映画はいいね。ホワイトアウトもよかったけど。キャスターをやると、ちょっとハイテンション過ぎて・・・ただ、小者をばっさばっさ斬るのはどうも。映画ではあるけれど、小者が悪いんじゃないからね。でも、まあ、楽しい映画だった。
2008年01月12日
コメント(0)

不思議な町。特別有名な名所があるわけでも、産業があるわけでもないけれど、「文化」が感じられる町。自然は豊かである。この町で訪れたことがある所は、つま恋、花鳥園、掛川城(まだ中には入ったことがない)、ならここの湯(キャンプ場と露天風呂)、こだわりやま(人気の居酒屋)・・少し離れるが、小笠山総合運動公園などなど。東海道では新幹線の駅と東名高速道路のICが比較的近い(1キロ程度)唯一の場所ではないかと思う。便利である。ときどき来る町。。。
2008年01月11日
コメント(0)

この年になって「落ち着きがない」と言われた事が、結構ずっしりきている。落ち込んではいないけれど、なぜだろう?と真剣に考え始めた。今朝も飛ばして、走った。始まりは寝坊。目覚ましがなって、ちょっとうとうとして、でもすぐに起きたつもりが、1時間が経過していた。よく経験するが、朝のあとちょっと寝は、すごく深い。なので、瞬間と思ってもこれくらい時間経過してしまう。で、走ることから一日が始まり、会議会議。数えたら9つの会議。時間は合計で11時間。その合間に電話応対と、メール処理と、それから回覧物処理。加えて席まで来て話しかける人の応対、「ちょっといいですか?」の類。一方で締め切り資料に追われている。『忙しい』を言い訳にしない、とよく言われるし、自分でもそうしたくない。『忙しい』『時間がない』と言ったとたんにあれこれ仕事以外のしたいことがしずらくなる。自然、睡眠を減らすしかない。で、1.5の倍数理論を信じたくなり、時々1.5。一番多いのが4.5。やっぱり眠いから、朝走る。新幹線の改札で『乗車証明』をもらって飛び乗る。でも、本当はまったりしたい。日差しが暖かい窓際で読書したい。。。ひねもす空を見ていたい。
2008年01月10日
コメント(0)

これは名古屋と関係なし。確か京都。今日は同業者との交流会。落し物、忘れ物自慢をしてしまった。どこかに「同類」はいないものかと。そして、その人がどう工夫しているか知りたくて、あちこちで「自慢」をするのだけれど、未だ自分を超える人に出会っていない。ただ、いろいろアドバイスをもらう。だいたいは実施済み。それでも落とし、忘れる。「落ち着きのない性格を直せ」確かにそうだけれど、これは生まれつき。人格のように育てられるものではないと思う。子供の頃から親や先生から落ち着きがないと言われてきた。でも、努力は続けないと。落ち着けるものを見る習慣。落ち着いた人と付き合う。早寝早起で時間に余裕を作る。忘れ物、落し物リストを作り、なぜ忘れたか、なぜ落としたか、その時の心理状況、落ち着きのなさの原因をまとめる。まずはこれくらいかな?
2008年01月09日
コメント(2)

落とした。08年の抱負、NO.1にアップさせたのだけれど、会社で2つ。親切な人に届けてもらった・・・。社内では、ちょっと有名になっていて、落し物があると、まずは僕ではないかと、みなが気を利かせてくれる。「黒い皮もの」であれば、ほぼ確実視される。今回は、黒皮のシステム手帳。そのあとに、黒皮のロール式ペンケース。どちらも、奮発して買ったもの。「バッグのチャックを締める」は言い聞かせるようにしているが、今回の2ケースの一つ目は、後ろのポケットに入れていて、椅子から立ち上がった時に落としたらしい・・・2つ目のケースは会議机の上に堂々と置いてあったそうな。。。一躍有名になった落し物は、メガネのレンズ2つ。メガネを落としたことは、1、2年の間に片手くらいあるが、レンズのみ落としたのは2度だけ。一度は、車の中。富士登山をしようとした時、いやに霧が濃くて、実に見通しが悪く、断念して車に戻ったら、床にレンズが落ちていた。会社で落とした時は、どう落としたのか、全くわからないが、とにかく、片方を誰かに発見され、それがメーリングリストで展開された。メールのタイトルは「落し物」。なんだか知らないが、まずは自分のものではないかと必ず見るようにしている。で、すぐ取りに行ったら、またたく間に室じゅうに情報が広がり、有名になった。レンズフレームだけで歩いていたのだ。今年にはいって、4件目。抱負にしたにしては、ペースが早すぎる。さて、読書はまだ「額田女王」。探していた「昔行った飛鳥」の写真が出てきた。中大兄皇子のゆかりのもの、ということは記憶があるが、この石はなんだったんだろう?
2008年01月08日
コメント(0)
昔は、長い休みの最終日、明日から会社だと思うと、憂鬱だった。今は、かなり切り替えが早く、自由な時間がたっぷりあるのもいいけれど、なくて、わずかな時間を大事に使うのも、またいいと思う。ただ、明るいうち、会議とメールと回覧物処理で終わってしまうのはどうかと・・・。会議時間や資料作成時間を減らそう、という活動・運動はよく行われるが、一向に減らない。情報伝達型会議はなるべくさぼるようにしているけれど、決定会議、相談会議が多いので、なんともならない。なんともならないではいけないので、なんとかしなければならない。これも、今年のひとつの課題。
2008年01月07日
コメント(0)

先行してソフトを色々買って、これから「勉強」って時に。。。1月3日、新幹線の中で落とす。途中でリュックのチャックが開いているのに気づいたけれど、その瞬間ははっ、っとしなかったのだ。この開けっ放しはほとんど病気である。特にバッグのあちこちのチャック。めがねを落としたり、サイフを落としたり・・・それでも今までは奇跡的に元に戻ってきた。戻らなかったのは、500円玉120個だけ。当然、遺失物の検索をした。JR東海。最初は東京へ電話していたけれど、昼間はビジーで全く通じない。やっと通じたら、新幹線は別の番号にかけてくれと。「JR東海」ではだめなんだ。。。050-3772-3910しばらく待ったら、申し訳なさそうに、届けはありませんでした、と。。。誰かのお年玉? 落とし玉だ。ワインと、ゴルフと、カロリーと・・・拾った人、しっかり勉強してください。
2008年01月06日
コメント(0)

鶴岡八幡宮へ行く。昨年は5日に行ったが、今年は1日早く、4日。この1日の違いは大きかった。すごい人出だった。昼過ぎに行き、帰りは日が傾きかけたころ。行列を待ちながら、額田女王を読む。他のお寺には行けなかった。よく歩くのは、参道にあたる若宮大路ではなく、その西側の道。名前はないのだろうか?多くの店が並んでいる道。ここで必ず買うのが鎌倉豆。今年も福袋を買う。あと、ドイツビールとソーセージで¥1000のセットがお決まりだけれど、今回は座る場所がなく、断念。それから、香。去年は「老松」を買う。今年は、やめておく。まだまだたくさんあるので。正月にディスプレイを落としたが、どうもこの旅の途中、たぶん新幹線でDSを落とした。去年も色々落としたので、今年こそは!と思っていたが・・・なんとかしたい。
2008年01月05日
コメント(0)

1月4日の日記 (3日のできごと)富士山がきれいだった。飽きない。富士山は2週間に一度くらい見る。今日は浜松からも見ることができた。今年は真っ白ではなく、頂上から、どうだろう?五合目くらいまで?今年も登ろう。だいたいは夜の8時から11時くらいに登り始め、頂上か、8合目くらいでご来光時間。一度は午後に登り始め8合目の山小屋に泊まり、頂上近くでご来光。去年、初めて早朝に登り始め、日が暮れるまでに5合目に戻るパターン。ご来光にこだわらなければ、これが一番登りやすいと思った。富士宮口、河口湖口、須走り口・・・それぞれ何度か試したけれど、結局、河口湖口が一番かも。御殿場口は、とにかくつらい、と聞いたことがあるので、試していないが、一度やってみようかな。夜は横浜。駅はすごい人だった。みなとみらいの近くのスタバで福袋発見。結構入手が難しいけれど、たくさんあった!今年はこれのみ。
2008年01月04日
コメント(0)
年末にTVでホワイトアウトが放映された。一度ビデオを借りてきて見たし、その前は原作も読んだ。大整理をしながら、ちらちらと。。。たまたま最近、井上靖の「氷壁」を読んだけれど、ふと、似ているなと。終わり方は全く違うし、展開も違う。何が似ているんだろう?「冬」「雪山」「山男」「山男同士の友情」「それにからむ女性」まあ、だからどう、ということはない。「氷壁」を読んで、井上靖の作品に興味を持った。もともとこれは、宮本輝の書評を読んで読む気になった。今は、「額田女王」。学校の歴史の時間に出てきた「大化の改新」の時代。2000年に飛鳥村を歩いて、ゆかりのものを見たりしたけれど、「額田女王」を読んでいて、読んでから歩いたら、もっと色々感じただろうと。魅力的な女性。不思議な女性。ということで、また今度歩こう。
2008年01月03日
コメント(0)
2年前の正月は印象的だった。どうしても日の出時の富士山を「下」から見たくて、午前2時に出発して、高速を走った。「下」といっても、低い山からがいいだろうと、岩室山を目指した。道がわからず、カーナビを頼りに走った。日の出が近づき、焦りもあって、ナビの「狭い道も検索」みたいなオプションをプチと押した。そうしたら、その通り、狭い道を案内された。が、どんどん狭くなっていく。しかもくねくね。そのうち、人しか通れないような道に出た。「登山道」と書いてある。慌ててバックしたとたん、ふと宙に浮いた感覚のあと、ガンと。落下はしなかったが、何が起こったのか、おそるおそる車の外に出ると、後部半分、高さ2メートルくらいの石垣の外に出ていた。前輪は、道に踏みとどまり、腹の部分が設置、後輪は完全に宙を回る状態。それでも、日の出優先で、一旦、車を放置し、その登山道を駆け登り、「ご来光」を仰ぐ。カメラに収めようとしたら、電池切れ。あまりの不運にやや開き直り。意外に冷静だった。板切れを探しながら下山。車をどうしようかと考えながら。戻ったら板切れでどうにもならない状態だと認識。JAFに電話。普通の道でないので、なかなか場所がわからず、待たされる。ようやく到着して、状況を見るなり、『かなり難易度が高い』とまさにその通り言われた。腹をくくり、JAFの『隊員』の奮戦を見させてもらった。まさに『隊員』とよぶにふさわしい凛々しさだった。難易度が高いとモチベーションが高くなるのだろうか。車の中にコンロやら、ポットやらアウトドアセットが入っていたので、コーヒーをわかし、『隊員』にどうぞ、と言ったが、「全て終わってから」と言われた。しかたなく、失礼してコーヒーを飲みながら奮戦を見続ける。ロープを使って、木にかけ、後部を持ち上げようとしたり、板をはさんだり、あれこれ・・・見ていて、とても解決できるようには思えなかった。『車の状態がどうなっても保障できません』と言われたが、当然、文句が言えた筋合いでないので、「どうぞお構いなく」と答えた。それでも流石に『隊員』2人は、結局、ロープで横にスライドさせ片輪を設置させ、その状態で、僕が車を前進させることで見事に脱出。数時間かかった。全てサービスとな。JAFさまさまだった。いたく感激、感謝した。今年は、パソコンのディスプレイと周辺機器が落下した。元旦の夜明け前、4時過ぎ。大晦日でも整理、掃除は終わらず、焦りつつ、最後にパソコン周辺の掃除を始めて、机を移動している時、突然、上記が落ちてきた。窓を開けていたので、早起きの人は何が起こったのかと思ったかもしれない。ガチャガチャ、ドンとかなりの音。僕もどうして落下したか、すぐにはわからなかったが、よく見ると、机が斜面になっている。さらによく見ると、キャスターが2本、折れて、破片が飛び散っている。今日、ホームセンターにキャスターを探しに行ったけれど、キャスターの耐重量の計算式が載っていた。当然のこと、机、もしくは台に乗せるものの総重量を4で割った値。パソコン本体やら、周辺機器を乗せるとオーバーするかもしれない。とにかく、それらが落下し、すぐ液晶が心配で、うつぶせ状態で落下したものをおそるおそるひっくり返した。割れていない! 一安心。でも、色々落下したので、いろんなコードがからまり、さらに机は斜面のままなので、部屋のもうひとつの机に乗せ換え作業。接続テストはあきらめ、とりあえず大掃除を終了させた。結局、終了は朝の9時。よく落とす正月である。一度、仮眠して、接続。しかしネットがつながらない。元旦だけれど、NTTに電話。「留守電に入れてくれ」というメッセージ。これは、正月明けしか連絡がこないだろう、と思っていたら、すぐに電話がかかってきた。またこれも『隊員』が来てくれた。難問だったようだ。NTTのモデム(ONU)は全くの正常。NTTからのテストでも異常なし。でも、IPが取得できないと・・・もともとエアステーションのルータを介してつないでいたので、それが壊れたかもと、モデムとパソコンを直結したり、ハブを使ったりしていた。結局、これがミソ。ONUはルータ内蔵ではないので、IPが取得できなかった。結論は、エアステーションが落下で壊れた。一度の落下で。エアステーションを落下で壊したのは3度か4度目。落下に対し、非常に弱い、精密機械だ。また買わなければ・・・
2008年01月02日
コメント(0)
まだ大整理中。掃除になってない。新年には掃除をしてはいけない、風呂に入ってはいけない、と子供の頃に言われたけれど・・・季節感というより、しきたり、言い伝えには意味があるかもしれない。でも、昨年中にできなかった。今年は4日も休みがあったのに。と、新年からしきりに反省。今年こそは! と、まだ360日以上あるけれど。みなが初詣をしている時に窓を開けて掃除をするのも、まあ、この1年を物語っているかも。年末は、5時過ぎ、まもなく日が昇る時に寝ていた。08年の抱負は1.早寝早起2.使わないものはどんどん捨てる3.使わなくなりそうなものは買わないくらいが筆頭にきそう。昨年は「100の目標」を立てた。目標を立てるのに、半年くらいかかった。今年はベースがあるから、正月休みのうちに立てよう。どんな年にしようか・・・
2008年01月01日
コメント(0)
全31件 (31件中 1-31件目)
1