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第60回記念大会への出場でした。
別大は福岡国際に次ぐ憧れの大会。
この憧れの大会で 『福岡への権利』 を勝ち取る。
これが シナリオ であり、 ミッション でもありました。
しかし、年末の練習で 足底筋膜炎 を悪化させ、
尚且つ、 リスフラン関節炎 を併発させ、
年が明けた1月は満足な走り込みができていませんでした。![]()
それでもレースの DNS はまったく考えていませんでした。
仲間と大分の地を訪れ、憧れのレースのスタートに立ち、そして、走る。
たとえゴールできなくても良い。
走れるところまで走る。
そう決めていたから・・・


ぱっきーこと秋葉さん、渡邊先生、伊那の御大:品さん
今日は キロ4分のペース で走ろう。
そして、そのペースを守ろうと・・・。
この日は、スタート前のアップから
足底筋膜炎 による痛みが小さい気がしていました。
スタート20分前に召集が掛かり、選手は皆、
自分のゼッケンナンバーが示されたプラカードの横に整列します。
仲間同士、別れ際に一言二言、言葉を交わしています。
「それじゃ、ゴールで会おう!」
「お互い、全力でがんばろう!」
「ベストをめざそう!」
まるで戦場に向かう戦士たちのように・・・
普段なら気障に聞こえる台詞も、
ここではごく自然に交わされていて、
選手皆が同化されています。
スタート前の緊張がはしります。
身震いがして、鳥肌が立ちます。
ヘリコプターのプロペラが回る音だけが
高崎山・うみたまご の上空にこだましています。
別大マラソン は全国TBS系列で生中継されます。
この日は日曜お昼の人気番組 「アッコにおまかせ!」 もお休みです。
0時ちょうどに一斉スタート。
キロ4分のペース を意識して走ります。
普段のレースなら2,3キロも走れば集団はバラけて走りやすくなりますが
別大は違います。
スタートからずっと集団、同じ顔ぶれ。
どこまで走っても集団は続きます。
そりゃそうだ、ゼッケンは持ちタイム順に割付られていて、
皆同様の力を持っている。 バラけることなどありません。
普段の練習で集団走の経験が無い自分は、
並走する周りのランナーの圧力やら近すぎる距離に
余計なストレスを感じながら走ります。
10キロのタイム が 40分00秒
キロ4分ペースを維持、とは言うものの
ここまで ドンピシャ じゃ無くても良いのですが・・・
そして、15キロが
1時間00分32秒。
少しペースが落ちたが、まだ行ける!
しかし右足裏にはかなり痛みが出始めていました
20キロが
1時間21分21秒。
そして、中間点が
1時間25分51秒。
すでに、足の痛みは右足裏から甲ににまで伝わっていました。
25キロを過ぎると、足底、甲をかばうあまり、
右膝にまで痛みが出てきてしまいました。
「ここまでか・・・」
![]()
20キロ通過時点では
「もしかしたら、完走できるかも・・・」、 などと淡い期待を寄せましたが、
やはり甘くはありませんでした。
27キロ過ぎ、後ろからきた〇峽君に抜かれる。
「〇田さん、大丈夫ですか? 無理しないでください!」
そう声を掛けられる。
「うん、〇峽ちゃん、 だめだ・・・ 止めるよ・・・ 」
そして、28キロの距離表示を過ぎた地点で
レース前から口にしていた
『勇気ある決断』 を下しました。
でも、本当にこの決断をすることになるとはこの時点まで想像していませんでした。
明日になれば、痛みがなくなっている。
走り始めれば、きっと走れる。
そう信じていたから。
28キロ地点の係員に棄権する旨を伝えコースアウトしようとするも、
「ええっ、棄権? ああっ、救護車、いま行っちゃったしなぁ・・・」
「ああっ、そうなんですか・・・ じゃあ、いいです。
歩けますから、次の救護車が来るまで歩いて行きますから・・・」
「ああっ、いいかい・・・」
「はい、大丈夫です・・・」
この会話を、いかにも不慣れなボランティアの係員と交わしながら歩き始めました。
すぐ来ると言われた救護車は、すぐには来ませんでした。
そうこうしているうちに35キロを超え、再び弁天島橋まで戻ってきてしまいました。
「いまから走り始めれば、まだサブスリーできるかも・・・」
そんな馬鹿なことを考えたりもしました。
もう、キロ4分では走れっこしないのに・・・ ![]()
結局、ゴールまで小走りを含めながら歩いてしまいました。
特に大分市営陸上競技場近くの舞鶴橋を渡ってからは
足の故障など何も無いかのように走り、
競技場に入ってからは笑顔でトラックを駆け抜けました。
ゴールで〇峽ちゃん、〇広ちゃんを含めた仲間が待っていてくれました。
「〇田さん、おめでとう! よくやりましたね~!」
「うん、ありがとう・・・! 僕、ゴールしちゃったね~・・・・ 」

ゴール後のシーン。 ぱっきーとその仲間がいます。
記録は
3時間21分26秒。
制限時間は3時間30分だから、 完走成立 。
記録は自身の フルマラソンワースト記録 ではありますが
フルマラソン途中棄権無しの 連続完走 。
『自己満記録』 は継続することができました~!
ちょっとだけ、おめでたし~!
そして、〇峽ちゃん、〇広ちゃんは自己ベスト記録の更新。
これは、ホントに
おめでたし~!
この大会に〇峽ちゃんの大学時代の友人で同じゼミだったという
〇田 さん が福岡から応援に来てくれました。
彼女は某企業へ総合職での就職のため福岡勤務でした。
お酒の飲み方を含めて、大人の会話のできる賢いステキな女性でした。

〇田 さんの応援もあり、〇峽ちゃんは後半の苦しい弁天島橋からのラスト7キロも頑張れたようです。
そして、宴会は彼女の参加もありいつも以上に盛り上がり、


最後は 〇田製作所 の社長でもある、 〇田 〇広ちゃんの
『お・さ・か・な』 まで飛び出し、 大笑い!
お店の店員さんたちも ビックリ~ ?
宴会は 信州 北信流 の流儀に沿って、
一次会お開きと相成りました。
( 〇田 という苗字が複数記載されていますが、いずれも確かに 〇田 なんです・・・笑)
そして、しめは九州、とんこつラーメン ですね~

そして、最後のおまけはこれ・・・

実はこれが一番の 『別大のおもいで・・・』
だったりして・・・
ほんのはずみの行為・・・???
魔が差した・・・??
できごころ・・・?
決してわるぎも下心もありませんから・・・
よって、隠しもしません・・・
ですよね~、 〇田 社長!
これで、 『別大の思い出』
おしま~い
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