2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全23件 (23件中 1-23件目)
1

ダイニングルームの建築が順調に進んでいます。しかも、何故か今までよりもずっと正確に進んできているんですね。垂直とか、水平とか。垂直と水平は、すべての基本です。これがしっかりしていないと、家は建ちませんね。しかも、機械類には頼らず手作業です。(機械類があれば楽なんですけど・・・トホホ)一体、どうした事か、自分でもびっくり。アセンション達成してから、一ヶ月が経ちました。だいぶ、ハイヤーセルフさんとの連携がうまくいっているようです。だから、ハイヤーセルフさんとの二人連れの建築です。問題が起こっても、ほぼ瞬時に解決方法を教えていただけています。本当に、力強いパートナーです。「これ、どうしようかな~~」なんて心に問い掛けます。すると、閃きやら、周りの人からのヒントやらがポンポン出てきてしまう。これが出てこない時は、その時期ではないという事。自分を含めた周りの状況の、準備が整っていないという事。やる時期ではないという事なんです。だから、そういう時は“潮時”を待ちます。無理はしないようにしている。準備が整い、“潮時”が来れば自然とそれに向うように仕向けられる。時間を味方に付けると、これは大きな力になります。自分が好きな事をやるという事は、勿論自分自身は喜びです。ハイヤーセルフさんも、大きな喜びなのですね。私が嫌な事をしようとすると、ハイヤーセルフさんも大変嫌がります。嫌々する事は、波動を下げます。ハイヤーセルフさんは、高次元の存在ですから、波動が合うはずがありませんね。ハイヤーセルフさんは、余計な事は一切しません。問いかけや、判断に困った時にヒントを出すだけ。それ以外は、ずっと見守って下さる。後の決断は、私です。-----*****-----*****-----*****-----ブログのイメージを、ちょっと変えてみました。ちょっとした流れから、こうなりました。ここ一週間、パソコンの具合が良くない。画像が出てこない。ちょっと、様子見です。
2008.04.30
コメント(6)
題名は忘れましたが、15年位前に見た洋画です。時代は、近未来。大規模な核戦争が起こり、地上は人間が住める状態ではなくなってしまった。生き残った人類は、地下に作られた大変大きなスペースで生活している。完全な管理された社会。そこでの人間の食料は、緑色したビスケットのようなものだけ。そのビスケットだけで、すべての栄養が賄えるらしい。製造方法は、誰も知らされていない。そこでの人間は、60歳になると食料不足のため“口減らし”されてしまう。60歳の誕生日になると、最後の晩餐が行われる。正面には、大きなスクリーンがある。そこに映し出されている映像と音楽は、かつての核戦争前の美しい地球です。緑の森林、茜色に輝く夕日、野生の動物達、どこまでも続く農場、川のせせらぎ・・・誰もが当り前に感じていたはずの地球の営みの映像を、誕生日の男は涙して食い入るように見る。限られた人だけが口にする事が出来る野菜や果物は、僅かばかり作られている。この特別は日には、数十年も食べた事がなかった真っ赤な林檎と、レタス一個が出される。子供の頃に、当り前に食べていた林檎とレタス。それが、死を前にしてやっと食べられる。男は、涙しながら林檎にかぶりつく。レタスを、むしゃむしゃ食べ始める。男は思う。何で、こんな世界になったのか。人間のどこが悪かったのか。でも、いくら考えてもむなしいばかり。最期に、死ぬ為の薬をもらって・・・その後、工場の風景に変わる。今しがた、60歳で死に追いやられた男の死体がオートメーション化された工場で、緑色のビスケットに作り替えられていた。こんな洋画でした。当時は、ちょっとしたショックを覚えましたね。いくらSF映画とは言え、当時の世界的緊張を考えるとこうなってもおかしくはない内容でした。地球を守りたい!せつに思ったものでした。それが、私のアセンションに駆り立てた強い思いだったのかもしれません。美しい地球、かけがえのない地球。自然を大切にしたい。自然から学びたい。当り前を当り前と思わずに、生かされていることに感謝したい。林檎を、レタスを、そして、すべてに感謝したい。アセンションという事を、浮かれた気持ちではなく、しっかりと考えなくてはいけない。
2008.04.28
コメント(4)

多くの方の五次元アセンションが起こっていますね。毎日が、目を離せません。どんどん楽しくなりますね。楽しくなる反面、油断は禁物、新たな宿題も用意されます。一点の曇りもないまでに浄化するため。これも、ありがたい神の計らいですね。三次元社会にいると、何かと係わり合いを持たなければいけないことが多い。せっかく高い波動を維持しているのに、三次元意識に引き戻そうという宿題でしょうか。マスコミで報道される暗いニュースを聞いた時、三次元意識丸出しの人と付き合わなくてはいけない時、そういう時に、一瞬でも同調したり、反発したりしないようにしないといけません。セルフビルドの土台部分、傾斜地だから難しい先日、島で島民を集めて警察官のお話がありました。交通ルールを守ってくださいという事なのですが、話が恐怖を植え付けるような内容でした。ああなったらこうなる、こうなったら大変な事になる・・・事故や事件の最悪に成る事を想定した極論ばかりの脅かし。早く終わらないかなーとばかり、思っていました。(私、地元の役員をやっていて避けられない立場に(涙)・・・)波動を下げないように、窓の外の桜の景色に集中していました。まだまだ、こういう宿題がたくさん出されるはずです。将来のお役目が、大きければ大きいほど、厳しい宿題が待っているのでしょう。現実なんてこんなものなんだ、夢とか希望なんか持てないんだ、という壁を作ろうと画策して、三次元に引き戻そうとする。アセンションを達成したからって、その手を緩めないかもしれません。何はともあれ、油断は禁物ですね。
2008.04.26
コメント(8)

島では、今桜が満開です。あちこちに花が咲き乱れ、どこを見ても春、喜びでいっぱいです。「どうぞ、私を見て下さい。そして癒されて下さい。」と言ってくれてます。大自然の存在は、与えるだけですね。美味しい空気や香りも、自然からいただけています。無償の愛なのでしょう。自然界の中で、ずれてしまったのは人間だけのようです。この桜、見て下さい。風でポッキリと折れてしまいました。少し腐りかけていた部分が弱かったのでしょう。皮一枚で繋がっています。それでも、はや7日経とうとしているのに、健気に咲き続けています。まるで、自らの使命を全うしようとする強い意思が感じられます。周りがどうであろうと、人が何を言おうと、自分のする事はこれ!と、一本芯の通っていない人間に手本を示してくれてます。大いなる存在に愛され、祝福されていると思えるからなのでしょう。恐れはなく、不安もない。私も、この桜のように光を流し続ける灯りを照らし続ける自分でありたい。
2008.04.25
コメント(2)
お布施って、お賽銭とかの寄付行為ばかりではないようですね。お金、収穫した野菜や米、お酒などを寄進するのを財施。私の場合、人に貸したものが返ってこなかったり、もらうべきお金や物がもらえなかった時、あまり、請求できない性格かもしれません。そんな時は、世の中にお布施したと思うようにしていました。仏教では地位や財産がなくても、誰もがいつでも容易にできる布施の行、それが「無財の七施」と言われているそうです。ちょっと、ご紹介しますね。(仏教関係の本から抜粋)1 眼 施 がんせ 慈しみに満ちた優しいまなざしで、 すべてに接することをいいます。2 和顔施 わげんせ いつもなごやかで穏やかな 顔つきで人や物に接する行為です。3 愛語施 あいごせ 文字通り優しい言葉、思いやりのある態度で言葉を交わす行ないをいいます。4 身 施 しんせ 自分の身体で奉仕をすること。5 心 施 しんせ 他のために心をくばり、心底から共に喜び共 に悲しむことができ、 他の痛みや苦しみを自らのものとして感じ取れる心持ち。6 牀座施 しょうざせ たとえば自分が疲れていても電車の中で喜んで席を譲 る行為。7 房舎施 ぼうしゃせ 風や雨露をしのぐ所を与えること。 自分が半身濡れな がらも、相手に雨がかからないように 傘を差し掛ける思いやりの行為など。 慈しみに満ちた優しいまなざしと笑顔で、優しい言葉と思いやりのある態度で人や物に接する。これだけで、眼施、和顔施、愛語施の3つが含まれている。アセンション意図者や達成者の方々は、すでに実践済みでしょうね。いや、7つ全部を実践しているのではないですか?布施というのは、単なる善行ではなく修行です。解脱の為の行ですね。解脱とは、アセンションして天上界に行く事。アセンションの道も、お釈迦様の説かれている道も、進む方向は同じなのですね。
2008.04.24
コメント(12)

昨日は、あの嵐が過ぎ去って、静かな春らしい日になりましたね。一日中屋外にいましたから、お日様の光をたっぷりと浴びさせていただきました。(私の場合、雨以外はほとんど外にいますが・・・)島では、嵐の後遺症とでも言うのでしょうか、後処理が待っていました。先ず、倒木で道路がふさがれている箇所を確認して伐採し片付けます。木の伐採は慣れていますから、私の得意分野です。なかなか素敵な道でしょう? ここを歩くと最高なんです。そして、山からの沢水が海に流れ出る流れ口が石や流木などで塞がれてしまって、排水できずに水が溜まってしまい、道路が冠水しています。排水を塞いでいる物を、スコップや鍬で取り除く作業もしました。雨で、3日間ジョギングが出来なかったので、楽しく走った後の作業でした。朝一のボランティア作業。自分の行為が、地域の人達の役に立つって楽しいですね。楽しいだけでなく、恩返しが出来る喜びがある。恩というのは、こんな素敵な島に住まわせていただいている恩です。今回の嵐は、もう一つの部落の方では停電になっていました。風が吹き荒れ、横殴りの雨が降っている中、縁あるお年寄りの家の訪問です。「何も問題ない? ご飯食べられた?」と声をかけて回った時、安心したような、子供みたいな笑顔を返してくれます。ゴーッという地鳴りのような風の音に中、停電で電気が使えない状態です。心細いのは事実でしょう。ジョギングをしているのも、勿論自分の身体を意識してはいますが、いつでも足腰を鍛え、何かあった時にすぐに飛んで行って上げたいからというのも大きな理由の一つ。そして、奉仕作業をさせていただいてありがとう、です。改まったボランティア活動ではありませんが、身近な、必要とされる小さなご奉仕。この島だから、必要とされる事です。これまた、感謝、感謝です。昨日の早朝の西に沈む前の満月 AM4:44
2008.04.23
コメント(2)
三次元社会で忙しく立ち回らなければ成らない中、少しでも自分を見つめる時間が欲しいもの。非日常とは、日常ではない事。(当り前の事ですね!)朝起きてから寝るまで、日々の日課をこなす三次元の生活が日常です。三次元の肉体を維持し、生活を維持してゆく行動でしょうか。非日常の時間を持つという事は、三次元の制約を超えた所にあると思われます。三次元にどっぷりと浸かっている方からすれば、無駄な時間に思えるかもしれませんね。非日常はゆとり、遊び、豊かさ、夢、光があります。例えば、お日様が燦々と降り注ぐ春の日に、外で食事をする。森の中で、シートを敷いて瞑想、昼寝する。波打ち際の岩の上に、座って本を読む、瞑想する。これ、絶対に非日常ですよね。(私の場合、これ日常化している?)すべてに関係しているのが、実は大自然です。この演出が不可欠なんですね。大自然=神の存在つまり、非日常というのは、普段忙しくって忘れ去られている神という存在を確認する事のようです。自分を振り返り、至らない自分を発見する。感謝の足りなさを気付かせていただける。三次元を維持する為の日常は減らして行くのが望まれるのかも知れません。生活をシンプルにして、仕事量も少なくする。少々貧しくても良いから、不便でも良いから心豊かに暮らす。そして、非日常の時間を多く作るのが道を求めている者に求められるのかも知れない。
2008.04.21
コメント(0)
2日間、吹きまくりました。島では、風速20mは超えていましたね。瞬間風速は、それの1・5倍。20mを超えると、歩くのが大変です。30mとなると、木が倒され始め、車が浮き上がる。今年になって、低気圧の来襲に変化が起きています。通常の移動性の低気圧は、中国大陸である西からやってくるのがほとんど。たまに来る、台湾坊主と言われる低気圧がある。台湾あたりの東シナ海で発生した低気圧が、日本列島の太平洋側に沿って、発達しながら北上するタイプ。この低気圧が、都会の人には厄介です。関東、東海に大雪を降らせ、台風並に発達する。いや、台風以上の時も多い。今回の嵐もこのタイプ。今年になって、めったに来ないこのタイプが毎回のようにやってきています。いわゆる、気象の統計からすると異常気象なのでしょう。でも私は、アセンションの雪崩現象を祝福しているかのように思えます。島全体を、すっかりときれいに浄化するような、そんな愛が感じられます。一見、厳しく見える愛ですね。地球さんご本人も、自らの浄化の膿出しも兼ねているのでしょう。いい天気、悪い天気って言いますか?晴れ上がってお日様燦々の日がいい天気、雨降りや大風の日は悪い天気?自分の都合で良い、悪いを判断すると、三次元意識です。すべての出来事は、意味があって起こるもの。無意味なものは、何一つない。だから地球さん全体、宇宙全体で見る視点を持ちたいですね。晴れも雨も、雪も嵐も、ありがたい宇宙の営み。アセンション意図者にとって、すべての事が自分の成長の手助けをしてくれていると心から思えて、感謝、感謝です。
2008.04.20
コメント(11)
続々と、アセンション達成者が現れています。皆様、本当におめでとうございます。大きな波が感じられます。アセンション意図者様に、もっともっと光が届きます事を意図します。-----*****-----*****-----*****-----許すという事は、愛の形の中では上質のレベル。その先には、究極の無条件の愛が待っています。許せるという事は、大きな寛容と忍耐が伴いますね。どんな考えも、やり方も、大歓迎という事。人間の想念は、エネルギーとなってこの宇宙を舞います。許すという思いは、温かな優しいエネルギーとなって相手を癒す事になる。許す事が出来るのは、自分が今まで許されてきたから。我々を育んでくれているお日様や地球さんは、人間に与えるだけで何一つ要求はしていません。その地球さんを汚し続けた人間。それでも地球さんは、人間が何をしてもいつも許してきた。それを、我々は許されてきたと思えるか。当り前と思ってしまうか。五次元意識と三次元意識の違いかもしれません。今まで、人類を温かい目で見守り、許し続けて下さった地球さんにできる恩返しは地球さん五次元アセンションのお手伝いです。このお手伝いは、我々が意識レベルの五次元アセンションを達成する事ですね。五次元アセンションの達成のポイントは、周りの人を許す事。許し、許されるという学びを実践する事。地球さんに許され続けた恩返しが、許す事に。許された分、許したい。沢山の人を許したい。それだけ、たくさん許されてきたから。弥勒の世は、許し、許され、愛があふれる世界。
2008.04.19
コメント(6)
ここ数日で、6名のアセンション達成者が誕生しましたね。正しく、光の季節!!!大変、喜ばしい事です。アセンション意図者の皆様のブログからは、どんどん光が溢れていて、更なる覚醒者が目白押しに出現する気配ですね。-----*****-----*****-----*****-----昨日の日記に、自分の体から出ているオーラや後光の事を書きました。そうしたら、すぐにお二人からコメントをいただきました。おはようございます ≪らりる≫さん ペンション屋さん、おはようございます。先ほどはありがとうございました。実はその体から出る白っぽい湯気のようなモノ、僕も見えるんですよ(笑) やはり錯覚ではなかったですね。いや~ホントに楽しみです♪(2008.04.17 05:24:01)Re:光背のような物が!! 麗蓬(れいほう)さん ペンション屋さん、こんにちは。おぉぉ! 後光でございますか~!!!ふっふっふ。私もばっちり見えますよん。眼の錯覚ではありませぬ(*^^*)毎日がきらきらでございますね…。お二方、おめでとうございます♪私も軽やかにアセンション道を歩んで参りまする☆麗蓬(れいほう)(2008.04.17 12:52:39)そう、アセンション達成されたお二方です。やはり、私と同じようにそれを確認できている方がいらっしゃった。もっと、私の体の変化を見ていかなかればなりませんが、楽しい現象です。都会にいた頃、ずっと気功をやっていましたが、自分の“気”をコントロールする訓練はやっていました。胸の前で手を広げ、“気”の玉を作るのですが、今は気持ちを整えてから手をかざすとすぐに“気”の玉が出来ます。しかも30cm位のでかい玉でもすぐに。その“気”で出来た玉を、下腹の丹田に押し込めると、心がすっきりします。“気”の力で、少々の体調不良は治す事が出来ました。そのパワーは、島に来てかなりアップしているようです。黎明さんがおっしゃっています。既に5次元アセンションなさっている方も、もっともっと霊能は開発され、進化しうるチャンスの波が来ていますからね。常に向上心を持って下さいね。霊能の開発は、六次元以上に覚醒させる過程で出現するものかもしれません。自然と一体になる、神と一体になることが大切ですね。-----*****-----*****-----*****-----今、セルフビルドで家を建築中です。建築現場が、砂地で急な傾斜地。清水寺のような土台を作っています。(ちょっと、オーバーかな)初めての経験で、大変難しい。土台の80%くらいは出来上がりました。その間、ハイヤーセルフさんにどれだけ教えていただいた事か。その教えは、今までと違ってリアルタイムです。今までは、数時間後か数日後でした。それが、瞬時に教えがいただけます。本当に、早いです。アセンションを達成した事による変化なのですね。アセンション達成から20日経過。これから、どうなって行くのか。わくわくの毎日です。
2008.04.18
コメント(12)

昨日、いつも通りに4時半頃に起きてパソコンチェック。ブログの更新。薪ストーブに火を入れ、(朝の内のみ付けます。)お茶を2杯飲んで、9kmのジョギングに出かけました。この日は足が少し重い感じで、ウォーキングとジョギング半々くらいのペース。朝日が眩しい、素敵な朝でした。2kmくらいから汗が出始め、Tシャツに。事は、折り返しを過ぎて少し行った所。いつも通りに瞑想しながらのウォーキング。朝日を背中に受けてのウォーキングになります。両手を左右に少し開いて、目は半眼。自分の影を見ながら歩いていると、何やら私の体から立ち上がるもやのような物を確認しました。おやっ、と思い立ち止まってきちっと瞑想しました。やはり、そうでした。背中から朝日を浴びた私の影の上半身の周りに、15cm位に縁取られた白っぽいオーラのようなものが確認できました。そして、広げた両腕、頭、掌からゆらゆらと燃え上がるようなものも見えます。それはまるで陽炎のような感じで、半透明の炎のようになって1メートル位昇っていたでしょうか。「これって、光背というのではないか!」「後光が射しているのか!」不動明王様の背中にあるような炎ではありませんが。びっくりしました!目の錯覚かと・・・でも、ちゃんと確認できました。今年の二十四節気の一つの清明は4月4日でしたね。同じ二十四節気の穀雨の4月20日までが清明です。万物の生命エネルギーが満ち満ちて充実する頃と言われています。黎明さんも、朝日を浴びる大切さを説いていらっしゃいましたね。海、山の生命が一斉に謳歌する時期と、朝日さんのお力。条件が揃ったのでしょうか。今度は、もっとしっかりとした中でやってみます。アセンション意図者の皆様、この時期は出来るだけ自然の中で過ごしましょう。できれば山や海に出かけてみては。-----*****-----*****-----*****-----アセンション達成者がお二人、誕生しましたね。ちゃた o(=・ェ・=)oさん≪らりる≫さんおめでとうございます。もうすでに、皆様はご存知でしょうね。本当に、喜ばしい事です。これからも、アセンション意図者のアセンションの達成を強く意図します。
2008.04.17
コメント(6)

我々が今生活している三次元物質社会は、多くの人達の想念がこの現実を作っていると言われていますね。そして今、時間の加速が進んで、思いの通りの現実が速いスピードで実現しやすくなっています。引き寄せの法則なんていう言葉がある通り、思いが具現化し易くなっている。恐れを信じる人は、自分の人生も恐れに満ちたものになります。愛と光だけを信じる人は、人生の中で愛と光だけしか体験しません。マスコミとかの洗脳で、ああなったら、こうなったらという風に考えさせられ、恐怖を植え付けさせられ、これでもか、これでもかとそれを毎日反復させられる。人は信じてはいけないんだ、自分しか信じられないんだと言う洗脳。お金がなければ、何も出来ないんだ、お金を持つ事が人生の目標だ、みたいな。こうなると、愛を信じる事は難しくなってしまう。そういう自らの想念が、現実を作ってしまうのですね。だから、アセンションを意図するのです。愛と光を信じ、目指すのです。マスコミ等で報道しているものは、それはそれで別物。自分の現実は、別に自分が作って行く。アセンションを意図すれば、その思いが強ければ強いほど想念のエネルギーとして大宇宙を舞います。そして、すべての存在がその意図したことを具現化するよう働きかけが起こります。高次元のマスターやハイヤーセルフは、本人の要請に従って思いを具現化してくれます。意図されたことを現実にする為の大応援団が結成されるようなもの。要請がなければ、誰も動いてくれません。意図が、希望的な願望程度であれば、応援団は結成されませんね。意図した本人の肉体も、アセンションバージョンに変って行きますね。体が顔が、姿が美しくなるでしょう。だって、愛を前面に打ち出す姿は、菩薩様と見間違うかも知れません。内面から、どんどん美しくなる。それが、日に日に変わってゆくでしょう。人間関係も変化してゆきますね。光を強く放つ存在になるのですから、周りの人も大きく影響を受けるでしょう。実は、私がすでに経験積みです。三次元物質社会に見切りをつけ、島に移り住んで14年。いずれ物質社会が終焉し、地球さんのアセンションが起こるのは解っていました。それに備えるために島に移り住んだわけです。でも、その当時はアセンションを意図まではしていませんでしたね。少しずつ少しずつ。物質も、必要な物は利用させていただきます。無理に手放すのではなく、徐々にいらなくなってくるのを待てば良い。今は、自分の不都合は一切ありません。ネガティブな感情に支配される事もありません。食べさせていただくくらいのお金も、過不足なく入ってきます。私達家族5人は、正しく光の家族です。誰一人として、人の批判や愚痴、文句は言いませんし、いつも笑顔でいられます。交わす会話は、明るい光に満ちていて、愛を、いたわりを感じます。神に抱かれて、不安のない喜びの毎日。引き寄せと言う言葉は使いたくありませんが、究極の引き寄せかも知れません。もうすでに、ここは弥勒の世です。アセンション意図者の皆様、黎明さんのおっしゃっている事が光の道の最短距離だという事を私が証明しております。どうか迷わずに、そのまま進んでください。山に入れば沢山の春蘭が咲いてます
2008.04.16
コメント(4)

私の人生を振り返ると、結構派手な生き方だったような気がします。例えば、普通の人が10年間で経験する喜び、悲しみ、苦しみ等が、ぎゅっと詰まって2年くらいで経験しちゃったような。三次元レベルでの成功や失敗も随分とさせて頂きました。人の迷惑のかけっぱなし、反省ばっかりの人生でした。今の生き方とまるっきり正反対です。アセンション意図者の方にも、このように感じていらっしゃる方も多いのではないか。今では、その辺に転がっている石ころや、道端に咲いているタンポポのようなそんな生き方を望んでいますから。反省と後悔。同じようですが、ちょっと違うようです。反省は、意に反した結果に対して振り返ります。反省は、内観です。思った結果にならなかったのは、やり方が悪いのではなく、その心のあり方に原因があるのです。そして、自分のどこが原因なのかを検証し、今後の糧とします。後悔は、失敗した事のみを引きずってしまい、その事に囚われてしまって進展が見られません。生きて行く上で、失敗は付き物です。失敗する事が後のステップアップに繋がりますね。反省した後は、これからはこうしようといった進む道が示されます。反省はプラス志向、後悔はマイナス志向。この差は大きいです。今、5次元アセンションを達成し、自分の人生を振り返る。過去のすべての出来事が、アセンションの為の序曲だったとはっきり解りました。勿論、失敗した事やわき道にそれたように見えることもすべてです。今まで、私は後悔した事は一度もありません。失敗だらけの反省だらけですけどね。その反省が、今日に至ったのかな~~多くのアセンション意図者が、ハイヤーセルフさんと繋がって来ていますね。大変喜ばしい事ですね。1000人いれば、1000通りのアセンション道があります。ハイヤーセルフさんとの繋がり方も、それぞれでしょう。自分がハイヤーセルフさんと繋がっていないと思っても、絶対に焦ってはいけませんね。時間を、思いをかけましょう。日々、どれだけ光を出せたか反省し、明日につなげましょう。グダグダ、ネチネチの後悔はいけません。アセンションから遠のいてしまいます。職場が、アセンションする自分にとって足かせになっていると思ったら、転職も一つの方法ですね。家族との別居や引越しも、選択肢の一つです。三次元社会はあと数年で崩壊するようです。その数年間、アセンション達成の為に最大限の時間を取りたいもの。(30年間やり続けろではない。あと数年です。)どうか、反省(内観)して下さい。そして、アセンションという明日につなげてください。タラの芽が出始めました。これからは、島は山菜の採り放題です。天ぷらにしていただきましたが、大地の味しました。
2008.04.15
コメント(4)

アセンション意図者のブログを拝見させていただいて、ネガに襲われた、家族と言い合ってしまった、など、波動が下がってしまう場面があるようです。その日一日の波動が、5次元に行ったり、三次元に戻ったり。私のように、島にいて自然に囲まれ、愛すべき家族、島のお年寄りに守られている状況であれば、波動が三次元レベルに下がる事はめったにありませんけど。。都会の中で、もろ三次元の世界で生きる事は大変だと推察いたします。悩みとかイライラとかの原因は何なのか。それが解れば、悩みが少なくなるのは間違いありません。この度のアセンション意図者の浄化は、身近の人の接し方がポイントかも!?家族や同僚、友人といった一番近い人。その人に対して、些細な事で心がささくれ立つ事ありませんか。その人の行為に、苛立ちを感じた事はありませんか。自分はアセンションを意図していても、家族は、アセンションの言葉すらも知らないなんていう場合が多いのではないか。過去の私を振り返って、心当たりを列挙してみます。無遠慮にタバコを吸う、見もしないテレビをつける、低俗のテレビ番組を見てる、散らかしたままにする、話を聞いてくれない、話をしたがらない、三次元的考えが多い物に囚われている、こんな些細な事でも、心の中に暗雲が立ち込める。こういう時の心の中は、相手を理解しようとする気持ちより、何で自分を解ってくれないんだろうと思ってしまっている。これも、一種の闇的な試練ですね。これをクリヤーしないと次に進めません。原因は、“自分”と言う存在です。自分の事を見てくれない、自分を気遣ってくれない、自分、自分、自分・・・・・神と繋がっていれば、ハイヤーセルフと繋がっていれば、誰にも見てもらえなくても至福感がある。一人ぽっちなどでは無い。自分の事などどうでもいい。自分を捨てられる。人の為に生きてみたい。そうなれば、家庭内でのつまらないネガティブな感情は起きません。高い波動を取り戻せれば、「何であんな事で・・・」と、笑い飛ばせるでしょう。自分という一番厄介な存在を、捨ててしまえばいい。自分を捨て去った所に、無条件の愛がある。だって、我々にはアセンションという高い目標がある。神に近づくという、崇高な夢がある。その事と比べたら、三次元世界の意地やプライドなんて、何と陳腐なものなのか。どうか身近な方に対して、最大限の愛を!!この身近な存在のテストを超えてしまえば、黎明さんからアセンション予告のコメントが入るかも?-----*****-----*****-----*****-----島ではこの所寒い日が続いて、我が家の桜はやっと三分咲き宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の最後の文章みんなにでくのぼーと呼ばれ褒められもせず 苦にもされずそういうものに わたしは なりたいこれは、明らかに自分を捨てたいと意図していますね。
2008.04.14
コメント(19)
行なわなければ、知っているとは言えない。知っていても行なわないのは、まだ知らないのと同じである。知って、行なってこそ、本当の知恵、真知である。多くのアセンション意図者のアプローチは、アセンションという言葉を知り、アセンションとはいかなるものなのかを知り、アセンションしてみたいと思えて来て、アセンションを意図する。こんな流れでしょうか。知行合一(ちこうごういつ)という考え方は、知る事と行動が一緒でなければ知ったとはいえないという陽明学の考え方。行動が大切だという事なのでしょうね。その行動が阻害される大きな要因の一つは、マンネリです。新鮮な感動を覚え、震えるような、涙するような思いを、どうやって維持して行くか。古い話ですが、昭和39年の東京オリンピック。この時の金メダルを取った女子バレーの監督さんの話。「3日に一度は、金メダルを取る!という話をし続けました。」という話をされたのを思い出します。オリンピックに出場するような選手であっても、3日おきに気合を入れないと駄目との話。アセンション道は、自分自身で叱咤しなくてはいけません。ブログの巡回は、有効な手段ですね。皆さんの励んでいる姿に励まされます。アセンション日記なるものを作って、本日の光を流せた事、ネガティブな感情に支配された事等を綴るのもいいですよ。ブログにそのまま書くとなると、見られると言う意識が働いて、そのまんまに書きずらいですね。だから、自分だけのノートが良いかもね。そのノートから抜粋して、ブログに紹介して下さればもっと良いですね。皆さんの励みになりますからね。三次元レベルの自分と五次元意識の自分、それを行ったり来たりの毎日。忙しい合間を縫っての愛の奉仕行動。奉仕とは、利害を考えずに相手に尽くす事。自然に笑顔で声をかける、ちょっと手を貸す、相手の顔を見て耳を傾ける・・・こんな些細な事でも素敵な奉仕です。勿論、心に愛があってね。これも、光を流す事。流せば、光が返ってきます。大々的な奉仕活動よりも、身近な奉仕があることを忘れてはいけませんね。どうか、行動して下さい。
2008.04.12
コメント(14)
ある方のブログのコメントの返事を入れていて、その瞬間にハイヤーセルフさんから教えていただいた言葉。“三次元社会の貴重品は五次元の不要品”どうです?これ、名言だと思いませんか?(なんちゃって!)三次元で大切な物と言えば?まずお金でしょう?社会的地位や立場?職場や仕事?あれやこれやの物?これらの物は、五次元には一切持って行く事は出来ませんね。という事は、あと数年で手放すことに・・・・・三次元の物で五次元に持って行ける物は経験だけと言われています。しかも、愛を積み重ねた経験だそうです。愛を積み上げた魂が、五次元の住人には相応しいのでしょう。意識体だけでは学ぶ事が出来ず、この肉体があるから多くを学ぶ事が出来るとも言われている今の三次元社会。自分の生活がある。三次元のしがらみが沢山ある。その中で、アセンション意図者は無条件の愛を積み上げて行かなければ成りません。浄化して行かなければなりません。生活があるという事は少なからずお金がかかること。お金を稼ぐには、働かなくてはならず。職場という組織には、いろいろな人がいて・・・専業主婦であっても、人とのかかわりはありますね。その中での浄化です、愛の実践です。むむむ・・・アセンションを意図するということは、半端な覚悟では出来ませんね。人や世間とかかわりを持ちながらの、日々の暮らしの中での身魂の浄化。5次元にまで持っていける愛の行動、奉仕の行動がどこまで出来るかにかかっているようです。
2008.04.11
コメント(16)
自灯明、法灯明(じとうみょう、ほうとうみょう)「自己のアートマン(真我)を拠りどころとし、ダルマ(理法、ブラーフマン(究極絶対神))を拠りどころとしなさい」という仏陀のお言葉です。仏陀が涅槃に入る時、弟子の一人が嘆いた言葉に対する答えですね。涅槃に入るとは、アセンションして高次元に昇華する事。「お師匠が居なくなったら、どうして良いか解らない。」という問いの答えです。私流に解釈するに「いつでも、心の奥からの直感を信じ、宇宙の真理に従いなさい。」という事でしょうか。正しく、お釈迦様らしい立派なお言葉ですね。もう一つ、私の我流解釈。自灯明は、呼んで字の如くです。「自らが灯りと成って、周りを明るく照らす。」自分が光り輝く存在になり、周りの人を幸せにする。自らがアセンションして、多くのアセンション意図者に勇気と希望を与える。そう解釈しています。家族の中で一人が、職場の中で一人が、地域の中で一人がアセンションを成就する。そうすると、その周りが光に満たされる。そして、次に続く人が現れるのでしょう。自分が灯りになれるか、光に成れるか。辺りを照らせるか、光を流せるか。先般、黎明さんから5次元アセンションは、努力すれば手の届く場所に存在するけれど、魂の本気の美が求められていると。と言う、叱咤激励がありましたね。もっと、本気を出せと。私も、ピリッとしました。あの時からのアセンション意図者の本気が、一層パワーアップしてびしびしと伝わってきましたね。本当に、心から嬉しくなりました。ブログから、コメントから、眩いばかりの光が出てきましたね。凄く、いい感じです!どうか、アセンション意図者は、自灯明の精神で!
2008.04.10
コメント(12)
先日の記事の中に、アセンションを意図すると、病も治ると書きました。これってどういう事? という疑問に私なりの見解をお伝えします。病気というのは、気が病むと書きますね。体が不調和をきたしている時にばい菌やらウィルスといった身体に良くないものが取り付いて、弱っている体のどこかに現れてくるというものなのでしょう。 病院に行くと、お医者さんから「○○が○○して○○になってしまって、それが原因で○○となってしまった。」と聞かされます。西洋医学のお医者さんは、「よく解りませんね、この症状は。」と言う事はタブーです。そんな事言ったら、患者さんに不信感を与えてしまう。しかし、現実的に病は科学的医学的説明があっても、説明しきれない事もある。どうして○○と言うウィルスが私に近づいたの?どうして、それが○○になってこうなってしまったの?たまたま? 運が悪かった? 体が弱っていた?病気は気の病。“類は友を呼ぶ”という言葉がありますね。人間関係では、同じような波動を持ったもの同士が引き合うという事。“似た者夫婦”とかも言います。だから、その人の人間関係を見れば、どんな事を言っていようがその人の本質が良く解ってしまう。病の元凶のマイナスのエネルギーは言わば低波動です。病は人間の波動が下がるのを待っていたかのように、静かに忍び寄って来たり、引き寄せてしまう。低い波動に、病が同調してしまうのでしょう。だから、波動を急激に下げてしまう怒り、暴力、文句、愚痴、批判は病に付け入る隙を与えてしまう。アセンションを意図している人は、意識的にこういう隙は作らなくなるので病気に罹りにくいということ。ネガティブな感情が、病気になる原因を作っているということですね。病というのは、不都合な言わば闇的存在です。アセンションを意図した人は、どんどん光が入ってきて、又光も放射する。闇的な存在は、その人の身体には入り込めません。強力な光のバリヤーで保護されるのでしょう。又、アセンションを意図する事により、浄化が早くなる。そして、低級霊や低級動物霊といった低い波動を持つ存在にも同調させない高い波動をキープしていれば、そういう4次元界の存在にも影響されませんね。病気は、浄化されていない人から出る膿のような物。アセンションを意図し、浄化が進めば身体に毒が無くなりますから膿は出ないと言う事。又、病気や怪我は自分にとっては不都合です。不都合は、過去からの清算すべき垢ですね。ネガティブなカルマでしょう。病気になって、嫌な思いをしてそれが又浄化につながってゆく。だから、病気も受け入れてしまう。過度に病院や薬に頼らず痛さ、辛さすらも受け入れる。心から、病に感謝する事により病の役割が終わって自分の波動が上がって完治する。こう説明されれば、アセンション意図者は病が治るし、それ以前に病になりにくいということがお解りのはずですね。健康のためにも、アセンションを意図し、身魂の浄化することをお勧めします。
2008.04.09
コメント(2)
昨日は、ちょっと厳しい言い方になってしまいましたね。でも、アセンション意図者であれば、その真意は解っていただけたかと思います。過去数千年の間、数える位しかアセンションした人しかいません。私達は、そんな凄い事を望み、意図したわけです。今回の一連のアセンションの波は、過去数万年の間に6度あったと聞いております。今回が7回目と言う事。過去の失敗の原因は、やはり人間が足を引っ張ってしまったらしいと聞いています。今回は、絶対に失敗は許されないのです!!地球さんの五次元アセンションは、より多くの覚醒した人類にかかっている。まずアセンションを意図し、浄化に次ぐ浄化を重ね、闇勢力の罠をかわし、そして意識レベルの五次元アセンションの成就した人達による壮大なドラマです。半端な覚悟では出来ない事はお解りいただけると思います。人類は、長い年月を三次元に染まり続けてきました。見せ掛けの物質的な豊かさに目を奪われ、それを失うまいとして神の望む生き方からどんどんかけ離れて行ってしまった。三次元の垢であるお金、社会的地位や立場なんかを握り締めて放そうとしない。それらを手放さないと、次の何かを掴み事が出来ません。手の中の掴んでいるものを広げて放し、手の中に何も無い状態にしておけばすぐにでも掴めます。私達人間の悪い癖、「手放したら、新たな物が掴めるという保証はあるの?」こう思う方も多いのではないか。「あと数年でアセンションして五次元に行くか、地球さん自身のクリーニングに巻き込まれて肉体の死を迎え、又どこかの星で三次元をやってゆくか、選択が迫られますよ。」と言っても、「その保証はあるの?」「そうならなかったらどうするの?。」と言って、極楽トンボを決め込む人が多い。それも、その人の完全自由です。どう生きようと、どちらの道もイヤサカです。何が何でもやるという決意の意図か、あるいは希望的願望か。でも、縁あってアセンションと言う言葉に出会い、黎明さんのブログに触れる事が出来、燃えてアセンションを意図された。神がお作りになったレールの乗った生き方です。一足先にアセンションを許された私は、後に続くアセンション意図者を後押しをさせていただくお役目があります。時には、厳しい言い方もあるかもしれません。それが、光を流す事。それが、私の天意天命と思っています。黎明さんのブログを開いたのも、アセンションと言う言葉を知ったのも、すべてご縁というもの。神が仕組んだ計画です。もうすでに、あなたは神の計画に組み込まれているのです。どうかこのご縁の意味をよく考え、浄化に励まれます事を願ってやみません。
2008.04.08
コメント(20)

昨日の日記に関連する事。こんなコメントをいただきました。gooscanさん はじめまして。アセンションを意図している者です。今日の記事は私が以前から気になっていたことだったので、拝見してすごくすっきりしました。ありがとうございました。アセンションする前にすっかり浄化しなくてはいけないと思い込んでいたのですが、アセンション後に浄化できるんですね。ものすごく気が楽になりました。光をいただいてうれしいです!(2008.04.04 22:05:45)このコメントの答えになるかどうか、考察してみます。私の場合、五次元アセンションを許された後、夢を利用しての魂の浄化作業。これは、まだまだ浄化が必要だったということですね。今回のアセンションの成就と言う事は、あくまでも意識レベルの事。すべての面で五次元の住人になれたわけではないようですね。仮に過去の清算が残っていたとしても、光を流せる意識レベルになったと言う事なのでしょう。過去のネガティブなカルマが未清算の状態でも、それを凌駕するほどの意識になったという事か。ギャゼボの六角堂からの眺めここに、黎明さんの五次元アセンションの目安があります。ちょっとお借りします。黎明さんのアセンション判別法判別法まとめ1 一切のネガティブが消えたかどうか。2 自分で何かが違うと感じ取ったか。3 ハイヤーセルフと合体した意識だと自信を持っていえるか。4 二極化世界が見える。意識出来る。5 宇宙意識の拡大意識が身についているか。6 自分の光の量が違うと感じるか。7 他者に光を流す意識が身についているか。8 自然、他生命体との共生意識があるか。9 心眼。10 今日までの流れで、睡眠中、宇宙に行っていたり、日々自分の考えること、書くこと、思うことが、自分の叡智を超えた感じがするか。と言う事なんですね。私の場合、この10ヶ条、おおむねクリヤーです。まだまだ足りないのではないかと思うのは、9か条の心眼。もっともっと、心眼を開かなくてはいけない。“1 一切のネガティブが消えたかどうか。”これは、顕在意識や潜在意識でのレベルの事ではないかと思います。現在の自分は、一切のネガティブな思いに影響される事はまったく無いと思っています。しかし、過去生においての未清算なカルマはまだ有るのではないか。それを、昨日書いたような方法で、ハイヤーセルフさんとの共同作業で浄化されてゆくのではないか。完璧な、一点の曇りの無い魂レベルと言うのは、今回のアセンションの波には求められていないような気がします。(過去にアセンションされたキリストや、仏陀の時とは違うと思う。)それを求められていれば、私なんかがアセンション出来る筈がないと思っている。それほど、この地球さんの五次元アセンションが急務で切羽詰っているということでしょう。光を流せるという事は、高次元の叡智とつながっているという事。人々に、ハッとさせるような明るい光、希望と勇気を沸々と泉のように湧き起こさせる愛の光、このような光を流せるのがこの度のアセンションの成就ではないか。そして、自らが発した光は、自分にも帰ってきて自らが浄化されてゆく。自分が更なる浄化が進めば、もっともっと霊妙なる光を発することが出来るのでしょう。一人のアセンション達成者は、1000人に良い影響を与える事が出来ると言われています。黎明さんは○万人?我らは、その黎明さんに続かなくてはいけない存在。もたもたしている場合ではない。次に目指すのは六次元という事か?!
2008.04.05
コメント(10)
五次元アセンションの成就が許されてから、数日経過。今、あらためて変化などを確認してみる。大きく変ったことが一つあります。変わりつつあると言うべきか。私の過去、あるいは過去生で、私が人を傷つけてしまった(意識、無意識も含め)方と、連夜会って人間関係の修復を行っているのです。勿論夢なのですが、夢とは思えないリアルさです。しかも、一晩に7回くらい飛び廻っている。(7つのストーリー、7グループとの修復)話し合いをしていたり、旅行のような事をしていたり、1対1だったり複数だったり、様々。しかも、楽しそうに歓談してます。その中で解る事は、私の過去で良くない関係のままに成っている人達のハイヤーセルフさんと関係修復をしているということ。一つの場面で、まったく関連性の無い人達のハイヤーセルフさんを集めて、懇談会のような事をやっていたり。一つの修復が終わると、次に移り、一昨夜は7回そんな事を繰り返したようです。その中には、すでに亡くなってしまった方も居ました。先日の記事で、グループ転生した人達との関係について書きました。3月24日の日記相手のハイヤーセルフさんと関係修復しているのは、私のハイヤーセルフさんか、あるいは肉体から離れた私の真我がやっているのか、どちらかです。又、そのやり取りを客観的に見守っている自分もいます。多分、私の真我とハイヤーセルフさんの共同作業だと感じます。こんな夜が2晩ありました。身魂の浄化には、過去の過ちの清算が必要です。カルマの清算という事か。過去の過ちの清算=浄化 方法は人それぞれ。五次元レベルというのは、こういう事も出来るのか。すごいですね!!!意識して光を流そうという意識下の行為の影で、無意識の中で、夢を利用して?浄化しているなんて・・・・・「日夜(昼夜)努力してます」何ていうのは言葉だけであって、昼も夜もなかなかやれるものではありませんが、近頃の私、やっちゃってる感じです。はっきり言って、今までの私からすると、素晴らしい事になってしまったみたい!!体外離脱というのか?よく解りません。夜中じゅう、精力的に動いて、まったく寝不足という事はありません。布団に潜ったのがPM8時過ぎ、朝起きたのがAM3時半でした。まあ、肉体は休んでいますから、疲れは無いのでしょうけどね。あんどりゅーさんは、テレパシー能力に目覚めそうだと言うし、なんか、楽しくなりそうです。あんどりゅーさんの4月2日に日記黎明さんの負担を少しでも和らげるためには、五次元で満足せず、もっともっと自らを高めなくてはなりません。アセンション意図者の皆様、残された時間はあまりないようです。焦らず、急いで!光の国、弥勒の世の建国にはせ参じましょう。そう言えば、私のブログのURL、気付いていました?2年前にブログをはじめた時に決めたもの。http://plaza.rakuten.co.jp/udoku369/はい、369 弥勒です。
2008.04.04
コメント(17)
島に居ると、大変頼まれごとが多い。高齢化が進んでいますからね。私、50代後半で一番の若手派の一人です。しかも、自慢じゃあないけど家をすでに5棟も自作しているし、船も修理出来る。(しっかりと自慢してるね。)でも、自分で出来るような事を言っていますが、そのほとんどがハイヤーセルフさんの教えです。作業をしている最中に、何度も壁に当たります。勿論、素人ですからね。その時、ちょっと間を置いてから、スーッと解決方法の突破口のお知らせが来ます。お知らせ方法は、いきなり心の中に閃きとして入ってきます。お知らせが来ない時は、まだ準備不足という事。自分でもっと考えろという事。だから、その作業は置いといて別の作業をする。別の作業をしている間とか、その日の夜の夢の中で教えていただけます。ハイヤーセルフさんは、大宇宙の叡智です。でも、ハイヤーセルフさんが嫌いな事もあります。答えてもらえない事がある。それは、光の道ではない方向の教えをもらおうとした時です。損得の事や、エゴにつながるようなものへは一切無視されます。そう、ハイヤーセルフさんは私の味方だから。傍から見ると、さも一人でやっているように見えます。ところがどっこい、私はやらせてもらっているだけです。でも、島のお年寄りからすれば、頼もしい存在に映るのかも知れません。私は何か頼まれても、お金はいただかない事にしています。無理無理お金をよこされますが、断わるようにしている。かかった実費は別ですけど。奉仕作業後の喜びは、非常に心地良い。相手に感謝され、その思いのエネルギーで私は満たされます。癒され、浄化される。都会ではあまり無い、離島ならではの光の流し方。奉仕の精神は、身魂の浄化には最上級の有効な愛の形であるのも事実です。五次元以降の世界は、食べる心配が無い世界。お金を稼ぐという概念の無い世界。お金というものすらも存在しない。人々は、人のお役に立てる事が無上の喜びとしいている。奉仕する事が、喜びで、よりその魂は昇華される。今、都会ではこちらから頼んでも、頼まれごとが無い時代ですね。(ややこしい言い方ですね。)ただより高いものはない?電話一本で、業者の方が来てくれますからね。業者に頼めば、お金がかかる。お金のかかる仕組み・・・むむむ島では、業者は来てはくれません。だから、人に何かをして上げられるチャンスがあれば進んでやってあげたい。そこに、身魂の浄化という素晴らしいご褒美が待っている。でも、浄化されたいから奉仕するのではない。奉仕したいから奉仕する。やってあげたいからやる。結果として、浄化される。島では、お年寄りが作った山盛りの野菜が感謝の気持ちとして届きます。そして必ず言う事。私「他に困っていることな~い? あったら言ってね?」お年寄り「うん、そんときゃあ頼むから!」という、やり取りです。道路で会った時、お年寄り「この間は助かった~~。」私「いいえ、いただいた野菜、美味しかったよー。」お年寄り「そっかー、またやるからおいでー。」私「ありがとう、何か困っていることなーい? 大丈夫?」こんな会話です。お金ですべてを解決する時代、こんな島も日本に残っています。こんな愛の物々交換が、ひょっとして五次元世界なのかな~~。足らざるを満たし合う。世界中が、こんな世の中に成ればいいですね。
2008.04.03
コメント(15)
島に移住する決心をしたのは40代前半。友人や知人はこう言った。「働き盛りなのに、もったいない。」「逃げるのか!」金を稼いで、物質的に豊かな生活を目指すのが世帯主の第一の役割とされている時、いそいそと離島で暮らすというのは馬鹿な考えに思えて当り前。大量生産、大量消費という経済に嫌気が差していたのは事実です。この時は、もうすでにアセンションというものを意識していました。お金のかからない、シンプルな生活をしようと思っていた。世の常識とされているものに、大変疑問も感じていた。テレビに身も心も侵略され、マスコミに洗脳されている自分に気付いていないされるがままの国民。当時は、「テレビで○○だって、言ってたよ。」と聞くとちょっと、ムッとして反発したものでした。「俺は騙されんぞ!!」と強く思っていた。当時、皆がやらされている?ゴルフとパチンコ。自分の意志で決めた事なのだけれど、親のせいにして、「親の遺言でね、ゴルフとパチンコはやらないんです。」と、断わる理由にしていました。意志薄弱で優柔不断の私です。都会にこのまま居たら、駄目になると思いました。将来のために、今という時間やエネルギーを使うのはやめよう、今は、今のためにあるべきだと考えました。だから、一切の保険はやめた。生命保険、火災保険、自動車保険、・・・沢山ありましたね。貯金も止めました。(元々ありませんでしたが・・)ここらから、お金のかからない生活がスタートしましたね。闇勢力が作り上げてきたレールに乗るのを止めた時、神との会話がスタートしました。島で暮らして“米のまんまとお天道様”(おてんとうさま=太陽)は、いつでもついて来てくれると確信しました。食べさせていただけるという事。でもそれは、天の望む生き方をしている人に限るようです。天の望む生き方とは、正しくアセンション意図者が望む生き方です。浄化の道。求道者の道です。“必要な物が、必要な時に、必要な分だけ”いただけます。勿論、生活してゆくだけのお金も沸いてきます。全自動洗濯機のようなものみたい。する事をすれば、神がお造りになったレールが延びてきます。“このように生きなさい!”とお示し下さいます。私は、網地島の自然に魅せられて来島されたお客様を、おもてなしするお役目もいただいております。すごく、ありがたい事です。私達家族の天職と考えています。天が、神が与えて下さったお役目がある。ちょっと大変な所もあるけど、喜びの多いお役目です。だから、将来の不安や悩みは一切無い生活。勿論、ストレスも無ければやりたくない事を嫌々やる事もない。私は神の子、光の子。神から見た、お利口ちゃんでいたい。神が望まれる生き方をしたい。神は可愛い我が子を、粗末に扱う筈が無い。何処までも、神を信じられる確信を持っています。まるで赤ちゃんが、お腹がすけばお乳を与えられ、お尻が汚れればオムツを替えてもらえる。赤ちゃんは、お母さんを絶対に裏切らない存在だと信じきっている。まるで私の島生活は、神の揺りかごの中に居るようです。一人ぼっちでは無い。“神との二人連れ人生”です。そして現在、五次元アセンションを成就し更なる“神との二人連れ人生”がグレードアップしてきています。神を信じきる事によって得られる喜びを、より多くの方々と共有しなさいというメッセージ。それが、“光を流しなさい!”という事。日本人の苦手な言葉“神”と“愛”。本当は、よく解っているのだけれど、変なふうに思われるの嫌だから、シャイだから、照れくさいから。特に、神という言葉は、宗教団体につなげてしまう人が日本人には多い。遠藤周作著 「深い河」ディープリバー インドで異なった日本人が、自分なりの神を探す小説です。その中の美津子と神学生の会話美津子「ねえ、その神という言葉やめてくれない。イライラするし、実感が無いの。」神学生「すみません。その言葉が嫌ならトマトでも玉葱でもいい。」ここから、二人の会話は神とは言わず、玉葱になっている。言葉なんか何でもいいと私も思う。キリスト様、お釈迦様、天地創造の神、大いなる存在・・・・・でも、宗教団体色の少ない呼び方が私は好きかな。-----*****-----*****-----*****-----アセンションの成就という、私にはもったいない、そして恐れ多いメッセージをいただいてから一夜明けました。黎明さんから、富士山様の温かいお導きの一言網地島のペンション屋さん様ネジを固く締める、緩めるのバランスの研究を!ありがたく、ありがたく頂戴いたします。今は、身が引き締まる思いでいっぱいです。どうか、これからもお導きくださるようお願い致します。そして、またまたお祝いのメッセージを沢山いただきました。あんどりゅー2379さん、ひかりの☆しずくさん、kaz333444さん、洋々youyouさん、ロコタンさん、なおさん、mocomoco。さん、弓弦羽(ゆずるは)さん、千代喜^^さん、yutapon080314さん 、smilerさんありがとうございます。この場をお借りして、お礼申し上げます。
2008.04.02
コメント(7)
全23件 (23件中 1-23件目)
1