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育児という言葉を耳にすると、僕はふと、「育自」という言葉の方がしっくりくるな、と思うことがあります。子どもを育てる――そう言うけれど、実はその過程でいちばん育っているのは、大人自身かもしれません。学ぶは、まねぶ。つまり、学びとは、誰かを真似ることから始まる。そんな言葉を聞いたことがあります。子どもたちは、生まれてすぐに世界を探しはじめます。音をまね、言葉をまね、表情をまね、歩き方やしぐささえも、知らず知らずのうちに誰かのあとを追いかけます。そして、子どもがいちばん真似たいと願うのは、やっぱり親であり、身近にいる大人たちなのです。親が怒れば、子どもも怒り方を知ります。親が笑えば、子どもも笑顔を覚えます。親が誰かを思いやれば、子どももそのぬくもりを受け取り、また誰かに渡していくでしょう。だからこそ、僕は思います。親や教育に携わる人たちは、子どもたちにかける言葉を、まず自分自身に向けてみるべきだと。「人に優しくしようね」そう伝えるなら、今日、自分自身が誰よりも優しくあろうとする。「挑戦することは素晴らしいよ」そう励ますなら、まずは自分が、小さな一歩を踏み出してみる。子どもに「こうなってほしい」と願うなら、その未来を、まずは自分が体現してみる。そんな覚悟と優しさが、育児には必要なのかもしれません。もちろん、完璧である必要なんてありません。間違えたっていい。子どもたちは、大人の弱さや失敗からも、きっと何かを感じ取っているからです。大切なのは、その姿勢です。誤ったときに謝ること、悩みながらも前を向くこと、人の痛みに寄り添おうとすること――そのすべてを、子どもたちは、まっすぐに受け取ってくれます。「育児」という言葉に込められた優しさに、「育自」という視点を少しだけ加えてみる。それだけで、子どもと大人が一緒に育ちあう日々が、ずっと豊かに、温かく広がっていく気がするのです。今日もまた、小さな手に導かれながら、僕たちは育てられているのだと思います。
2014.04.30
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僕たちの学び舎の個別指導には、ちょっとした特徴があるかもしれません。一言で言えば、それは「一体感」。個別指導という形態にありながら、どこか一体感を感じられる空間です。その理由は、授業の進行の仕方や教室の雰囲気にあります。一斉に笑い、一斉に集中する。そんなメリハリのある時間を提供することが、僕たちのスタイルなのです。「一斉に笑う?」個別指導の場で、どんなふうに笑いが生まれるのか、少し不思議に思うかもしれません。でも、実はこの「笑い」を生み出す瞬間が、授業の最初にあります。授業が始まる号令は、単なる「始めます!」や指示の言葉だけで終わりません。その代わりに、時にはみんなが話したくなるようなテーマを投げかけ、時にはみんなに考えさせるような質問を投げかけ、時には共感できる話題で場を和ませます。その中で、自然と笑いが生まれる瞬間があるのです。こうした小さな工夫が、授業を始める段階での一体感を作り出しているんです。今年度からは、大画面を使えるようになったので、あらかじめPCで面白いネタを準備したり、YouTubeやNHKの動画を使って少しだけ演出したりすることもできるようになりました。このような工夫を通して、授業の入り口からワクワク感を提供しています。もう一つの「笑い」のポイントは、授業中にあります。教室全体が一体となって、集中して学ぶだけではなく、時には思わず笑顔になれる瞬間を作り出すことも大切です。この工夫が、ただの授業を超えた楽しい学びの時間へとつながります。僕たちの目標は、塾生が教室に来たくなるような雰囲気を作り上げることです。学びの場が楽しさと集中力を両立できる場所になるように、日々工夫を凝らしています。(追記)昨日、授業中に面談に来ていたお母様が、こんなことを言ってくれました。「こんな雰囲気の授業だったら、私も勉強が好きになっていたんだろうな」と、一言漏らしてくれたのです。その言葉に、僕たちは改めて自信を深めることができました。「これでいいんだ」と、思える瞬間に出会えたことが嬉しく、心からの励みになりました。そして、僕たちはこれからも“思考”を巡らせ、より良い教室づくり、より良い授業づくりに向けて、さまざまな試行を重ねていきたいと思います。僕たちの目指すものは、ただの学びの場ではありません。学ぶことが楽しく、みんなが自然と力を合わせて学び合う場。そのために、毎日少しずつ工夫を続けていきます。
2014.04.24
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新しい月を迎えるたびに、心が少し引き締まります。変化のスピードが速い今の時代にあって、教育の現場もまた、日々進化しています。そんな中で、今月は特に多くの企業様とのNDA(秘密保持契約)の締結が進んでいます。それぞれの企業が持つ技術や知見、そして私たちの教育現場のリアルなニーズを丁寧につなぎ合わせていくための第一歩。その一つひとつに、大きな意味があると感じています。中でも、とても意義深いのがQuipper社との新たなNDAの締結です。このパートナーシップを通じて、より密な連携を図りながら、“新たな教育スタイルのデファクトスタンダード”を共に築いていけたらと願っています。Quipper社は、オンライン教育の分野において世界的にも注目を集めている企業です。そしてこのたび、5億8千万円という大規模な資金調達に成功されました。このニュースを知ったとき、「やはり本気で、世界の教育に風を起こそうとしている」そんな熱意を、あらためて感じました。今後は、この資金をもとにグローバル展開を加速させていくとのこと。私たちとしても、教育の現場で得た知見や課題感をしっかりと共有しながら、Quipper社が持つテクノロジーと融合させていくことで、まったく新しい“学びのかたち”を形にしていけると信じています。教育とは、未来を託す営み。目の前の生徒一人ひとりの表情、声、悩みに向き合いながら、それでも常に、時代の先を見つめる勇気を持ちたい。Quipper社との今回の連携は、その想いを具体的な形にする一つの希望でもあります。テクノロジーと、人のぬくもりのちょうど真ん中で。私たちが目指す教育の理想は、そこにあります。これからも、目の前の一人を大切にしながら、世界の教育にも貢献できるような活動を、静かに、しかし着実に進めていきます。
2014.04.21
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今年も、無料の集団授業が始まろうとしています。例年どおり、…いえ、むしろ「いい意味で、面白くなりそうだな」と感じています。というのも、今年の子どもたちは、すでに個別指導のなかで素晴らしい姿勢と意欲を見せてくれているのです。特に印象的なのは、女の子たちの積極性。そのエネルギーが、自然と男の子たちにも良い影響を与えていて、学びの場が、まるで小さな社会のように機能しはじめています。こういうメンバーが集まると、教える側としても、つい“あの手この手”を使いたくなるものです。マインドコントロールに近いような熱のこもった言葉で引っ張ったり、一瞬で解けるような解法テクニックを次々に伝授したり、さらには演出を加えたくなる——そんな欲が、ふと頭をもたげます。でも、今は、その気持ちにちゃんとブレーキをかけられるようになりました。勉強って、テクニックを詰め込むだけでは、ほんとうの意味での「力」にはならないんですよね。だから今年の集団授業では、受験勉強や“エデュテインメント”(教育×娯楽)の枠から、もう一歩外に出て、「真摯に学問と向き合う時間」をつくっていきたいと考えています。テーマをひとことで言えば、“無知への知に対する自己への悔しさを超越できるか”そんな問いを、心にそっと置いてみたいのです。「悔しさ」って、学びの場において、案外、大切な感情です。たとえば、「知らなかった」「できなかった」ことに対して、自分自身がくやしく思える。その経験を幼いうちに重ねておくと、「どうせ無理」「もういいや」「とりあえず」で済ませるクセがなくなっていくんです。それどころか、そこから生まれる”何か”がその子の人生を大きく動かす原動力になることすらあります。それは決して、他人に向ける嫉妬ではありません。そして、自己卑下でもありません。あくまで、「自分自身に対する、素直な悔しさ」です。その感情こそが、内なる炎となって、一歩、また一歩と、学びを前へと押し進めていく。私たちが、子どもたちに授けられるいちばんの贈り物は、そんな“悔しさの先にある気づき”なのかもしれません。この集団授業が、ただの成績向上のための場所ではなく、「知ることの喜び」と「知らなかった自分を乗り越える力」この二つを静かに育てていく場所になるよう、これからも工夫と対話を重ねていきたいと思います。また来年、今年以上に「面白くなりそう」と思える夏がくることを、今から楽しみにしています。少しだけ、心に残った風景を追記します。最近、ある生徒がふと漏らしたひと言がありました。「この前の問題、悔しかった。でも、家で何回もやったらできた。」そのとき、彼の目はどこか自信に満ちていました。きっと彼はもう、”悔しさ”と“前向きな自己成長”の関係を肌で感じ取っているのでしょう。そう思えた瞬間に、私はあらためて、教育の可能性にわくわくしてしまいました。いまの子どもたちが、知識だけでなく「心の芯の強さ」を持てるように。今年の授業も、丁寧に、一緒に歩んでいきます。
2014.04.15
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春が訪れ、新しい学年が始まりました。教室に入ると、少し背が伸びた生徒たちが、新しい教科書を開きながら、どことなく誇らしげに、それでも少し不安そうにしているのがわかります。毎年この時期になると、教師として私も気が引き締まる思いになります。学年が上がれば、学ぶ内容も当然ながら難しくなっていきます。特に数学において、その難易度の「階段」はときに急すぎて、子どもたちの心がぽろりとこぼれ落ちてしまいそうな瞬間があります。そんな中で、私が特に大切にしているのが、**中学1年生の「マイナスの概念」**と、**中学3年生の「平方根の概念」**です。数学を「わかる」ことが、数学を「好きになる」ことのはじまりこのふたつの単元は、ただの知識ではありません。子どもたちが数学という学問の「奥行き」や「不思議さ」に触れ、その魅力に心を動かされる――そんな**「はじめの扉」**なのです。たとえば、中1で出会うマイナスの世界。これまで「りんごが3個ある」といった具体的で触れられる世界で学んできた子どもたちに、「借金が3円」「温度がマイナス5度」といった、**“存在しないもの”や“見えないもの”**が登場します。それはまるで、現実と空想の境界線を飛び越えるような感覚です。「マイナス×マイナスはなぜプラスになるのか?」ここで生徒たちに「なんとなくそういうルールだから」ではなく、本質的な意味や具体的なイメージとともに説明できるかどうか。その「なるほど!」「あ~、ね!」の瞬間が生まれるかどうかが、その後の数学への姿勢を決めると言っても、決して大げさではありません。平方根は、数式の“詩”である一方、中3で出会う「平方根」もまた、非常に繊細な単元です。√(ルート)という記号が登場し、見慣れない数式が増えていく中で、つまずきやすい子がぐっと増えるのもこのタイミングです。でも、平方根という概念の裏側には、全ての数式や等式がつながっているという、とても深く、美しい構造があります。「2乗して4になる数は何ですか?」「それは、2だけではなく、−2も含まれるんだよ」この“正と負が共存する世界”を理解することで、子どもたちは「数は広がっている」「ひとつじゃない答えがある」という数のロマンスに出会います。「わかりやすさ」の落とし穴しかし、今の公教育や塾をはじめとした私教育の現場では、この「本質」や「概念」に立ち止まる余裕が少しずつ失われているように感じるのです。理由のひとつは、やはり「わかりやすさの追求」にあります。もちろん、わかりやすく教えることは大切です。けれども、わかりやすさが“簡略化”や“省略”になってしまうと、本当に伝えるべき核の部分が見えなくなってしまう。先生も、親も、生徒も、「早く正解にたどり着くこと」を優先してしまうと、その途中にある「問い続けることの楽しさ」や「自分なりに納得するまで考える時間」は、どこかに置き去りになってしまうのです。数学は“正解”よりも、“納得”の教科私は、生徒に教えるとき、まず「これってなんでこうなるんだろうね?」と問いかけます。正解よりも、「納得」できるまで一緒に考えること。答えを早く出すことよりも、「なるほど!」と思える時間を共有すること。それが、子どもたちの心に残る学びだと信じています。なぜなら、数学は決して「機械のように正解を出す作業」ではなく、“人間が世界をどう捉えるか”を学ぶ哲学でもあるからです。おわりに:あのとき、心がふるえたから「数学が好きになったのは、先生の“マイナス×マイナス”の話が面白かったからです」「平方根って、宇宙のひみつみたいでワクワクしたのを覚えています」そんな声を卒業生から聞くたびに、私は思います。ほんの一瞬でも、「あっ、わかったかも」という心のふるえを感じられたとき、その子の世界は、きっと少し広がったんだ、と。だから今日も、教室の前で問いかけます。「ねぇ、マイナス×マイナスがプラスになるって、ちょっと不思議じゃない?」数学がわかる喜び、そしてその先にある、“好きになる”瞬間を、これからもたくさん届けていけたらと思っています。
2014.04.07
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春がやってきました。今年でこの学び舎は6年目を迎えます。少しだけ冷たさの残る風に、あたたかな陽の光が差し込む季節。そんな春の空気のなかで、私は毎年、少し特別な気持ちになります。この時期には、懐かしい顔ぶれが次々と訪れてくれるからです。大学の入学式の帰り道に立ち寄ってくれた卒塾生がいました。紺色のスーツが少し大きく見えるその姿には、どこか誇らしげな、でも少しだけ緊張した表情が浮かんでいました。別の日には、結婚の報告をしてくれた卒塾生。彼女は手元の指輪を、はにかみながら見せてくれました。「先生のとこで勉強してた頃は、まさか自分が結婚するなんて思ってませんでした」そう笑う姿が、あの頃と少しも変わらず、どこか嬉しくてたまらなくなりました。さらにある日は、「赤ちゃんが産まれました」と小さな命を腕に抱いて訪れてくれた卒塾生も。教室の椅子にちょこんと座ったその赤ちゃんは、まだ言葉も話せないけれど、確かに新しい未来を運んできてくれていました。また、春の就職活動で早くも内定をもらい、「第一志望の企業に決まりました!」と目を輝かせて報告に来てくれた子もいます。あの頃、夜遅くまで数学の問題とにらめっこしていた子が、いまは社会に羽ばたく直前の青年として、自分の道を歩き始めている。そんな成長を間近で感じられることは、この仕事をしていて、本当によかったと思える瞬間です。人生というのは、どこか“積み重ね”に似ているなと思います。一歩ずつ、一年ずつ、目の前のことに取り組みながら、気がつけば大きな木のように枝を伸ばしていく。それは、うまくいく時もあれば、立ち止まったり、思うように進めなかったりする時もある。でも、そんなときこそ、「動きながら悩む」ことが、大切なのではないでしょうか。完璧な答えなんて、きっとどこにもありません。でも、止まらずに、自分なりに考え、動いていく。それが、確かな「今」をつくっていくのだと思います。卒塾生たちの姿は、それを私に教えてくれます。いい時も、そうじゃない時も、それぞれの歩幅で前に進み続ける――その姿に、こちらが勇気をもらっているのです。そして、私たちの学び舎も、また新たな一歩を踏み出そうとしています。ゴールデンウィーク明けには、皆さんにとって嬉しいお知らせができる予定です。これまでの出会い、これからの出会い、すべてのつながりに感謝しながら、また一年を大切に歩んでいきたいと思います。この春、卒塾生たちが見せてくれたさまざまな人生のかたち――それは私たちにとって、何よりの贈りものです。
2014.04.03
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