福岡市個別指導学習塾慶應修学舎の記憶「石橋の思考」

福岡市個別指導学習塾慶應修学舎の記憶「石橋の思考」

2012.01.25
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カテゴリ: 思想
「考えるとは、思いやりであり、感謝なのだと思う。」

ふとしたときに浮かんだこの言葉が、
いまの自分の考え方の根っこにある気がしています。

何かを「考える」とき、私たちはただ知識を並べたり、
正解を探したりしているだけではありません。
それはもっと、人間らしくて、温かな行為です。

たとえば、身近な誰かのこと。
自分の行動や言葉が、その人にどう影響するかを思い巡らせる。
あるいは、社会の中で起きている出来事に触れ、


「自分だったら、どう感じるだろう」
「この言葉は、相手を傷つけないだろうか」

そんなふうに心を動かしながら考えることができるのは、
私たちが“思いやり”という感性を持っているからなのだと思います。

もちろん、考えることはときに苦しく、
「どうしたらいいのか分からない」と迷うこともあります。
とくに、物事が大きかったり複雑だったりすると、
ああでもない、こうでもないと、答えを探して行き来する日々が続きます。

でも、それでも考え続けるということは、
「誰かを大切にしたい」という願いの裏返し。
その思いがある限り、


私はときどき、「言葉」というものが持つ力に、怖さすら感じることがあります。
たった一言が、人を救うこともあれば、傷つけることもある。
だからこそ、言葉を発する前に一瞬立ち止まり、
「この言葉は、本当に必要なものか」と自分に問いかけたいと思います。

感情が先に出てしまうことも、もちろんあります。

そのままでも優しさが宿っていることが多いです。

けれど、「怒」の感情だけは、
発する前に一拍、考える時間が必要だと感じています。

特に、教育や子育てといった、人を育てる現場では、
怒りの感情が先に立ってしまわないよう、心を整える必要があります。
感情をそのままぶつけてしまうのではなく、
「伝えるべきことは何か」「どう伝えたら届くか」を考える。

そこにあるのは、やっぱり“思いやり”であり、
その子と出会えたことへの“感謝”なのだと思います。

怒らなくていい社会。
誰もが安心して気持ちを伝えあえる街。
自分の思いをきちんと考え、言葉にできる環境。

そんな世界を目指して、私たちは「考える」ことを手放してはいけないし、
考えられる力を持っていることを誇りに思っていい。

「考えるとは、思いやりである。」
「考えるとは、感謝である。」

日々のなかで、この言葉をそっと胸に置きながら、
私はこれからも、自分なりに“考える”という営みを続けていきたいと思っています。

それは、自分とまわりを大切にするための、
とてもささやかで、でも確かな一歩なのです。





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Last updated  2025.05.05 19:52:33
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