UNFINISHED

第1話 死期



時計


 11月も下旬になると寒さが本格的になってきて、コートの襟を立てて行き交う人が目立つようになってきた。
 日頃の不摂生などがたたり風邪をこじらせてしまった私は、持病の喘息発作も出たため、かかりつけのT大学病院呼吸器内科病棟へ入院することになった。
 気管支拡張剤のネオフェリンを点滴すると、副作用のせいか眠れなくなってしまう。心臓はドキドキするし頭も痛い。とにかく入院中は目をつぶって安静にしているしかない。

 面会時間もとっくに過ぎた午後8時30分。突然、私の病室から2つ先の個室に入院しているおばあさんの声が聞こえてきた。
 「みなさん!お世話になりました。ホント、お世話になりましたー!」病棟内に聞こえ渡るくらい鮮明に聞こえてきた。
 (こんな時間に退院か?)と私は思った。
 「○○さん!もう夜だから寝ようね。」と看護婦(師)の声が続いて聞こえてきた。
 (そうか。痴呆かなんかか・・・)私はそう状況を把握した。しかし、何故か鮮明に耳に残る気がしてならない。

 午前4時。眠れずうとうとしていた私はトイレに行った。手を洗って病室へ戻ろうとしたとき、背後に人の気配を感じた。あのおばあさんの部屋から、医師2人とおばあさんの家族のような方が2人出てきたのだ。そして、家族の方々は鼻をすすりハンカチで目を押さえていた。(ような気がした。コンタクトを外していたのでよく見えなかった。)
 まさか、亡くなったのか・・・?

 午前8時。朝食を食べたあと、気になっておばあさんの部屋を覗いてみたが、綺麗に片付けられていた。数時間後、あのおばあさんが未明に亡くなっていたことを聞かされた。
 じゃあ、やっぱり朝4時頃に・・・。
 でも、昨夜はあんなに元気だったのに。ふと、あのおばあさんの声を思い出した。
 「みなさん!お世話になりました。ホント、お世話になりましたー!」

 もしかしたら、おばあさんは自分の最期を知っていたのでは。









→第2話


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